金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。楽しんで頂ければ、幸いです

原作では2月頃の事件ですが、作中は12月末の冬休みが舞台です

誤字報告により、修正しました。ありがとうございます


1年生の冬
F.1 氷点下15度の殺意


――アナタの始まりはいつですか?

 

 雪が降り積もり、スキー部の活動が活発になる時期。

 一面、銀世界に包まれた青森県の津野スキー場も例外ではない。北海道の極寒とは行かずとも、空気は息が凍るように冷たいのだ。

 暖房の効いたバスから降りれば、尚更だ。

 

「東京と全然、違う! あたしらみたいな仮入部でも来て良いなんて♪ 最高じゃん、美雪」

「本当ね、真紀ちゃん。こんな場所に来られるなんて……流石はインハイで入賞しているだけあるわね」

 

 相馬(そうま) 真紀(まき)七瀬(ななせ) 美雪(みゆき)が積雪の光景に感激しながら、ただ駄弁る。

 景色に見惚れてたいが、さっさと津野スキー場ホテルへ急ぐ。他の1年生と2年生、部活顧問は先日から宿泊しており、自分達の到着を待っているのだ。

 

「ねえ、美雪。彼って、大丈夫なの? ここに来るまでの新幹線とバスでずっ~と、一緒なのにな~んにも喋らないし……、いくらスキー教室の参加者がいないからって、態度の悪い奴を連れて来るなって怒られるよ……」

「だ……大丈夫よ。遠野先輩と緒方先生から、彼を是非に連れて行けって話だし……ねえ?」

 

 不安そうな相馬へ七瀬は苦笑いで返す。自分とあまり親しくない間柄だからだ。

 

「前生徒会長の遠野先輩に……演劇部の顧問……。どっちも美雪が所属してんじゃん。それなのに、彼がどういう人か知らないわけ? 現生徒会長の演劇部さん?」

「だって……部活に顔を出してくれないし、生徒会でも連絡事項くらいしか喋らないし……」

 

 風もなく空気も冷たい為か、彼女達の会話がよく通る。

 緒方(おがた) 夏代(なつよ)先生が顧問する演劇部は見学した初日以降、()ってない幽霊部員。

 前生徒会長・遠野 英治(とおの えいじ)先輩が今でも在籍する生徒会執行部、七瀬の方が顔出し程度ですぐに帰る。行き違いの為、お互いに印象が薄いだけだ。

 そんな言い分もあるが、言い返さない。3日間も一緒なのだから、雰囲気を悪くしたくない。

 否、十分に悪い

 監視カメラに見守られながら、ホテルの正面扉へ手をかける。まだ始まってすらいないのに早く終わるように祈った。

 

「時間通りね。七瀬さん、相馬さん。それと金田一(きんだいち)君」

「違います」

 

 不動高校スキー部顧問の体育担当・尾根(おね) 静香(しずか)先生は愛想なく、3人の名前を呼ぶ。予想通りの間違いを速攻で否定すれば、尾根先生は怪訝した。

 

金田(かねだ)です。金田 一(かねだ いち)っ」

「……そうだったわ。緒方先生にも、金田一(きんだいち)君と間違えないように言われていたのに。失礼したわ、金田(かねだ)君」

 

 下手な言い訳せず、尾根先生は生徒相手にも丁寧な態度で訂正してくれる。付き合いづらいと評判の先生だが、話が早くて一安心。(いち)は目礼にて、受け入れた。

 

あたしも金田一(きんだいち)君だと思ってた。だって、名札が……

出発前にも言ったじゃない! はじめちゃんと間違えないでって

 

 女子2人の小声は丸聞こえである。

 先月、就任したばかりの現生徒会長に次ぐ有名人『オチコボレの金田一 一(きんだいち はじめ)』。勿論、悪目立ちだ。

 自分は金田一(きんだいち)とは違う。彼と間違われたくないのは、悪評故にではない。ただ、別人だからという理由だけだ。

 

「部屋に荷物を置いて、食堂へ来て頂戴。スキー部員も含めて、ミーティングよ。鈴森さん、案内をお願い」

「はい、アナタ達の部屋はこっち! ゴホゴホッ」

 

 同じ1年生のマネージャー・鈴森(すずもり) 笑美(えみ)はマスク越しに咳き込む。

 尾根先生でもジャージの前を開く程、暖房の効いたロビー。鈴森だけ、マスクとマフラーにコートまで着込んでいる。辛そうには見えないが、風邪の引き始めかもしれない。こちらへ感染(うつ)されたくない気持ちもあるが、彼女の体調が心配だ。

 

「鈴森さん、風邪ですか? マネージャーの役割、代わりますよ。お休みになられては如何ですか?」

「え!? いいよ、いいよ! こっちに着くなり熱が出ちゃっただけだから! マネージャーの私は滑らないから、外に出るなって先生にも言われてるし! って言うか……金田(かねだ)君。あたし、自己紹介したっけ?」

 

 予定外の体調不良など、演劇部なら即刻に強制送還だと思う。外に出なければ、風邪が治るとは根性論が過ぎる。流石、運動部だ。

 絶対に入部しない。

 

「先生が鈴森さんって呼んでいたので、自分もそう呼びました。マネージャーは滑らないのですか……そういう方も参加するのですね」

「勿論っ、スキーだけが部員ってわけじゃないんだから!」

 

 (いち)が案内されたのは1人部屋。ベッドに荷物を置けば、汗が頬を流れる。ホテル内は暖房がよく効いており、スキーウェアでは暑い為に脱いだ。

 

 昼食を控えた食堂。スキー部に相応しいガタイの良い体躯が男女問わず、揃う。

 

「今回、一般生徒の参加は金田(かねだ)君だけです」

 

 たった1人の一般生徒、(いち)へ視線がグサッと刺さる。わざわざ尾根先生が「だけ」と強調する為、何か言いたげな視線も混ざっていた。

 

尾根先生~! ただでさえ、今年は仮入部ばっかりの部員が多すぎってのに。部外者が1人だけって、かったりーっスよ

(ほら、やっぱし~)

 

 雪岡(ゆきおか) 草平(そうへい)は不満を隠さず、文句を述べる。仮入部呼ばわりされた部員は委縮してしまう。(いち)は不満をグッと(こら)えた。

 同じ1年生だが、彼は入学早々に入部した生徒。礼儀を弁えない態度だが、部活には真剣に取り組んでいると言えるだろう。そんな話を後から、聞いた。

 だが、今はどうでもいい。まだ始まってすらないのに、早く終わって欲しいと2回目の祈りを捧げた。

 

「雪岡君の言う通りだと思います」

 

 2年生・女子新キャプテンの春田(はるた) 優子(ゆうこ)先輩は冷静な態度で雪岡へ賛同してしまい、益々、空気は重い。

 

(こっちもバイトを休んでまで、来たのに……)

 

 うんざりした気持ちを押し殺し、(いち)は礼儀正しく手を挙げる。

 

金田(かねだ)君?」

「――雪岡君、今日は僕の方から無理を言って参加させて貰ったんです。その為、皆さんの貴重なお時間を頂戴した事をお詫び申し上げます。それと……白峰先輩は何方ですか? 前生徒会長である遠野先輩から、言付けを預かっています――」

「「「!?」」」

 

 2年生の白峰(しらみね) 辰貴(たつき)先輩の名を出せば、雪岡を含めた何人かが息を飲む。

 

「遠野が俺に何だって?」

「白峰君!」

 

 当の本人である白峰先輩はどこ吹く風、右足を引きずって現れる。何故か、春田先輩が驚いていた。

 

「遅かったわね、白峰君」

「全員のスキーのコンディションを再チェックしていました」

 

 尾根先生は当然のように遅刻を受け入れ、物静かな白峰は詫びるように頭を下げる。慣れた雰囲気から、日常茶飯事なのだろう。

 

「それで1年生、遠野が何だ?」

「はいっ、――可愛い後輩をよろしく――と言っていました」

 

 実際、遠野先輩はそれだけを言付けた。

 

金田(かねだ)、そいつにスキーを触らせない方がいいぜ。渋沢 圭介(しぶさわ けいすけ)の二の舞になりたくなければな!!」

「雪岡、てめえっ!」

 

 雪岡の口元は嘲りのように断じれば、2年生・赤穂(あこう) 晴俊(はるとし)先輩が怒り狂う。しかも、彼の胸ぐらを掴んだ。

 このやり取りも当たり前のように、生徒どころか尾根先生も止めに入らない。七瀬と相馬のような仮入部組は状況が飲み来めないのはわかるが、他は中立のつもりだろう。

 だからこそ、(いち)はただの質問として言葉にした。

 

「渋沢 圭介って、2年生の渋沢先輩ですよね。競技中の事故に遭った……」

「ああ、あれは事故さ。別に俺のせいでも何でもないぜ。なあ? そ~だろ?

 

 笑うように口元を上げ、白峰先輩は鼻で笑う。焦燥、困惑、軽蔑、各々が様々な反応を見せる。彼を庇っていた赤穂先輩も思わず、雪岡から手を離す程、言葉に詰まる迫力があった。

 

(俺のせいでも――ない。俺は悪くないでもなく、俺の責任じゃないでもなく――)

 

 開き直っているようには見えない。深い贖罪の念を感じた。

 

「――では、僕の分のスキーもよろしくお願いいたします。白峰先輩――」

 

 安心して任せられると確信し、(いち)は頭を下げる。

 

「……わかってる」

 

 白峰先輩は当然と言わんばかりに承諾した。

 

 ――とは言え、険悪な雰囲気のまま昼食を終えたのは言うまでもない。

 

 スキーウェアに袖を通し、ニット帽を被り終え、ゴーグルとかける。グローブをはめれば支度完了。

 積雪を踏みつつ、程良い日差しを浴びながら、全員で準備運動開始。

 

金田(かねだ)君、渋沢 圭介とか事故って何? それに遠野先輩が白峰先輩にだけ言付けたの?」

「先ずは……白峰先輩。昨シーズン、大腿骨を複雑骨折して2度と競技へ出られません。そして、渋沢先輩は今月の最初、転倒事故を起こしたのですよ。未だに意識が戻らず、入院されています。お2人とも、1年生の頃から上級生を押しのけての大活躍。部内エースの座を争うスキーヤーでした。いいですか? スキー部は将来有望なスキーヤーを2年連続、失ったのです。これは不祥事と言っても過言ではないでしょう。スキー部の管理体制について、問い合わせも来ています。そこで、素人が参加しても良い程、安全対策が成されているという実績が必要なのですよ」

「うへえ……、ただのスキー教室じゃないじゃん。……事情、深すぎ……」

 

 七瀬の疑問に答えつつ、(いち)は手足をしっかり動かす。相馬は聞くとはなしに聞こえしまい、ビックリ仰天だ。

 

「お喋りせず、準備運動に集中しなさい。ケガのないようにっ! ……尾根先生もそれなら、そうと言ってくれれば……」

 

 見回りで通り過ぎた春田先輩と視線が絡む。彼女にも会話は聞こえてしまったらしく、腑に落ちない態度であった。

 次の大会へ向け、スキー部員の練習に打ち込む時間が惜しいという気持ちはわかる。しかし、顧問が決行したのならば、学校側の意図が必ずあるのだ。

 

「ケッ、生徒会の回し者がっ」

 

 (いち)は準備運動を終え、雪岡から忌々しく吐き捨てられた。

 

(……回し者どころか、下っ端のパシリだし……七瀬さんなんて生徒会長だけど……)

 

 現生徒会長が仮入部していようが、七瀬は1年生。生徒からの信頼など、遠野先輩に及ばない。寧ろ、舐められ――着任して日も浅く、致し方無いと言えよう。

 

「何か失礼な事、考えてない?」

「自分は初級コースですので、赤穂先輩に着いて行きます」

「おう、こっちだぞ。金田(かねだ)っ」

 

 流石は生徒会長、勘の鋭い。だが、答えてやらない。(いち)は素知らぬ顔で元気溌剌な赤穂先輩に付き従った。

 天気良好、積雪も問題なし。準備万端とくれば、先ずは初級コースだ。

 

「お前、遠野の親戚か何か?」

「いいえ、ただの後輩です」

 

 白峰先輩にピンディング調整を受けながら、赤穂先輩に問われる。本当にただの後輩であり、それ以上の関係はない。

 

「食堂で喋っている時、お前が遠野みたいに見えてよ。口調と言うか、雰囲気が……遠野がそこにいればそう言うんじゃないかなって気がしてなあ」

「……人望ある遠野先輩に似ているとは、光栄です」

 

 赤穂先輩の言う通り、表情ひとつから『言いそうな台詞』まで遠野先輩として振る舞った。

 キチンと通じていて、(いち)はホンの少し誇らしく思う。

 

「遠野に言われて、スキー教室に参加したんだろ? アイツとは同じ組だが……自分で動かず、妙に人を使うのが巧い。まさに、人の上に立つ生徒会長様だったぜ」

 

 冷静沈着な白峰先輩の遠野先輩に対する評価は正しい。

 (いち)は教師陣への点数稼ぎとして、生徒会執行部へ入ったつもりだった。だと言うのに思いの外、遠野先輩には何度も何度も何度も、良い様に扱き使われた。

 

「白峰先輩も道具の扱いが巧いです。ピンディングも良い具合に締まっています。成程、鈴森さんが言うように、滑るだけが部員ではないのですね」

「白峰のチューンナップは職人並み! 皆のタイムを上げてんのはコイツのスキー調整だぜ!」

 

 白峰先輩への称賛を赤穂先輩が我が事のように喜ぶ。正反対な性格の彼らの間に、強い信頼が伝わって来た。

 

「鈴森さんはお風邪だそうですが、白峰先輩1人でスキーの調整をなさるのは重労働ですね」

「……鈴森はスキーに触らない。マネージャーの仕事は主にスケジュールの管理になる。弁当や備品、合宿の宿泊先の手配とかな。元々、鈴森は滑れないから、マネージャーをしてんだよ。彼女は自分の分のスキーも持ってない」

 

 赤穂先輩のスキーを調整しながら、白峰先輩は何気なく言い放つ。

 

「具合が悪いから、帰った方が良いって言ったんだけどな。自分はマネージャーしか出来ないからって、……どいつもこいつも強情だぜ」

 

 やれやれと大げさに肩を竦め、赤穂先輩は嘆く。強情とは、白峰先輩と鈴森の2人へ向けた言葉だろう。

 

(白峰先輩のように、滑れなくなったではなく……。最初から? マネージャーしか出来ないから、風邪を引いても、帰らない?)

 

 先程の春田先輩ではないが、(いち)は腑に落ちない気分。

 視界にも、微妙な変化を感じて周囲を見渡す。何故か、白峰先輩のスキーウェアが青から赤へ変化していた。

 

「へ~お前、色の変わるウェア。持ってたっけ?」

「合宿前日にな、急いで買った。雪のコンディションチェックをするのに、丁度いいっ」

「暖かそうですね、そのスキーウェア」

 

 先輩方2人の会話を聞き、湿度によって色が変わる「カメレオン繊維」だと気付く。新素材の新品とは羨ましい限りだ。

 

 滑る前に重要なのは3つ。歩く、お尻から転び、立ち上がりだ。

 それを終えれば、更に3つ。基本のボーゲン、ターン、パラレル。

 

「そう、その調子! 金田(かねだ)、良くなってきたぞ。最初は豪快に転んだから、どうなるかと思ったけどよ。このまま、入部するか?」

「赤穂先輩に言われた通りにしているだけですよ。先輩の教え方が上手いんですね」

 

 赤穂先輩の指導方法は初心者向けだ。

 ひとつひとつ、丁寧であり、教えた相手が理解しているか確認し、言われた通りに出来なくても、根気よく付き合ってくれる。

 (いち)は経験者の上、初心者コースなど余裕で滑れる身。わざと転ぶなど朝飯前だが、絶対に黙っておこう。

 

 空の色が雪に反射し、視界が橙色に染まる頃。

 本日のスキー教室は終了、誰もが乾燥室のスキー置き場へ集う。顧問と一般参加を含め、部員は指定されたロッカーへスキーを固定させた。

 (いち)も施錠を済ませ、ロッカーの鍵を預けにフロントへ向かう。

 

金田(かねだ)君~結構、滑れたんでしょう? 向こうで赤穂先輩が色んな人に褒めたよ。本当、あの金田一(きんだいち)じゃなくて、良かったわ~。彼って、運動音痴でも有名だしさっ」

 

 機嫌良く絡んできたかと思えば、相馬はこの場にいない金田一(きんだいち)を小馬鹿にして来る。居なくても勝手に話題になる彼が哀れだが、弁護はしない。

 

「相馬さん、自分は赤穂先輩のお陰で滑れるようになっただけです。そう言えば、七瀬さん。その金田一(きんだいち)君には声を掛けなかったのですか? スキー教室」

「はじめちゃんには、あたしが行くはずだったバイトへ行ってもらったの。演劇部OBから紹介されたTV局のバイトと合宿が被っちゃってね」

 

 どうやら、金田一(きんだいち)は現生徒会長に扱き使われている身の上。僅かな親近感を覚えた。

 

 暖炉の熱が十二分に広がった室内、そこで飲むホットミルクは体を温める。美味しい。

 

「それで金田(かねだ)、白峰サンに怪しいところはなかったか?」

「雪岡! まだ言うか!」

 

 厭味ったらしく雪岡が(いち)へ絡んで即刻、赤穂先輩は激しく注意した。

 相馬を含めた仮入部組がまた委縮してしまう。肝心の白峰先輩がおらず、人は何故に本人のいない場所で話題にするのだろう。

 

「白峰先輩はキチンと調整してくれましたよ。雪岡君は自分で調整をしているのですか?」

「ああ、白峰サンには触って欲しくないンでね。そもそも、スキーの調整は自分でやって当たり前。尾根先生も白峰サンに頼り過ぎなんだよっ」

 

 敵愾心丸出しである。だが、それは不満を表立って出さない面子の代弁にも聞こえる。

 

「いつも白峰先輩がいるとは限りませんし……自分の道具は自分で手入れしてこそですねっ」

「そうそう、渋沢サンが自分でピンディングを調整していれば、競技中に外れるなんて……」

「誰だって、ミスは起こるんだ! 確かに……誰のせいでもない……」

 

 必死に白峰先輩を庇い、赤穂先輩はそう締めくくった。

 

「ところで雪岡君、コーラ飲んでいますけど……体が冷えませんか?」

「あん? 炭酸のほうがスッキリすんだよ、ほっとけ!」

 

 夕食までは自由時間。

 到着した時には拝見出来なかった内装を眺めようと、(いち)はカップを手に歩き回る。勿論、中身を溢さぬ様に気を遣った。

 

(クリスマスはとっくに終わっても、……ツリーの飾りはそのままか……)

 

 まだ準備中の食堂は解放され、勝手に入れる。壁にかけられた小さな額縁の絵が気になり、ひとつひとつ、順番に物色した。

 

蒲生 剛三(がもう ごうぞう)に……こっちは小林(こばやし)さんか……作風からすると随分と古いなあ、……吉良 勘次郎(きら かんじろう)まである……。このホテル、凄いな……。……これは……)

 

 ひとつの絵画の前で足を止めた。

 雪解けの景色、木の根元にある草木が春の訪れを見事に描いていた。

 これを描いた絵筆の動き、それを持つ手、キャンパスへ向けられた眼差し、それらを思い返すだけで胸が締め付けられる。目尻に涙が浮かぶ程、感情が揺さぶられた。

 誰かに涙を見られたくない。羞恥心が勝り、欠伸のフリをして指で涙を拭い去った。

 

 ――この絵を見られただけでも、来た甲斐があった。

 

 夕食と風呂を済ませ、(いち)が仮入部組に混ざって『UNO』をやろうとした瞬間。

 

「アナタたち~♪ 1階のフロアでスキー部の飲み会、一緒にどお?」

「お酒が出るの? 太っ腹じゃん!」

「真紀ちゃんの不良~」

 

 まさかの鈴森の提案、皆が好奇心と背徳感に心を躍らせる。反対する七瀬だけが異質に見えるという奇妙な現象だ。

 と言うか、生徒会執行部員の前で堂々と校則違反。

 

「七瀬さん、オカタくてPTAみたいっ」

「の……飲めますよ! あたしだって!」

(どう見ても、舐められとる……)

 

 段々、七瀬が不憫に見えて来た。

 ここで彼女に飲酒などさせれば、(いち)が遠野先輩からどんな叱責を受けるか想像したくない。

 

「自分、遠慮します。七瀬さんも飲まないで下さい。鈴森さんも風邪を引いているのに飲んじゃ、駄目ですよ」

「いや……、流石のあたしも……外に出てないのにお酒飲むとかしないって……」

「そうよ、金田(かねだ)君。アルコールは喉に悪いって、聞いた事あるわ」

 

 七瀬に指摘され、(いち)は気付く。鈴森の違和感。

 その喉。ここに到着してから一晩中、咳き込んでいたのに声が掠れていない。

 つまり、鈴森は仮病。

 だが、マネージャーはそもそも滑らない。スキーをサボる為ではないなら、他に理由がある。

 

「とにかく、自分と七瀬さんは参加しません。皆さんも飲み過ぎにお気を付け下さい」

「……! 金田(かねだ)君、待ってっ」

「よおし、生徒会からお許しも出たしっ。行く人~♪」

 

 (いち)が『UNO』を手に部屋を出れば、狙い通りに七瀬は付いて来た。

 

「尾根先生のところにでも行くの?」

「いいえ、マネージャーが声をかけて回っているなら、飲み会はお目こぼしでしょう。聞きたい相手は……春田先輩!」

「ビックリした……金田(かねだ)君と七瀬さん……何か用?」

 

 好都合にも、探していた相手に出会えた。

 

「飲み会って、白峰先輩も出るのですか?」

「……出ないわ。白峰君は今、スキーのコンディションを確認しているの。尾根先生とナイタースキーに行く部員もいるから、それでね」

「ナイタースキーで尾根先生がいない間に、飲み会ねえ。ある意味、理に適ってます……」

 

 白峰先輩の名を聞くのも嫌そうに春田先輩は答え、七瀬は飲み会の実態に感心したように呆れた。

 

「スキー板の数を考えれば、消灯時間までかかりますかね?」

「いいえ、白峰君は夜9時までに終わらせるわ。その時間には雪質のチェックで外を歩くのよ、彼は……」

 

 判断材料は十分、揃った。

 

「では、白峰先輩は乾燥室ですね。ありがとうございます、春田先輩」

「え、ええ」

「失礼します!」

 

 困惑した春田先輩を置き去りに、(いち)は自身の部屋に戻って防寒具一式を装備した。

 昼間と違い、夜は冷え込む。ホテル内との寒暖差が激しい。

 

「七瀬さん、お部屋にいてください。外は寒いですよ」

「何言ってるの。白峰先輩が心配なんでしょう? 渋沢先輩の事故で孤立してるんじゃないかとか、遠野先輩から頼まれたんでしょう?」

 

 キチンと着込んだ七瀬だが、寒さに身震いしても足を止めない。人の良い彼女は実に惜しい解釈をした。

 乾燥室には予想通り、白峰先輩が1人でスキー板を手入れ中。

 

「……お前らか、何だ……?」

「白峰先輩、『UNO』をやりましょう。自分達は飲み会に行きませんし、ナイタースキーもやりませんので、暇なのです」

「……お邪魔じゃなければ……っ」

 

 突然の来訪者、白峰先輩は真意を探ろうとする目付きだ。

 

「……俺はいい、勝手にやってろ。」

 

 無下に追い返さず、作業に戻った。

 

「七瀬さんがカードを切って下さい」

「結局、2人でやるの……? 良いけど……」

「何だ、金田(かねだ)。美雪ちゃんとどこへ行くかと思えば……、俺も『UNO』混ざっていい? 雪岡、尾根先生には適当に誤魔化しといてくれ」

「俺っスか!?」

 

 ナイタースキーの為、何人かが自身のスキーを取りに来る。勝手に『UNO』を始める後輩を注意するどころか、赤穂先輩のように『UNO』へ集う。何故だ。

 昼間のスキーで体力を消耗しているはずが、カードゲームは男女共に別腹のようだ。

 勝負に熱くなれば、スキーウェアは暑い。白峰先輩が脱ぎ置いた場所へ自然と重ねた。

 しかし、白峰先輩はこれだけの喧騒に文句も言わず、黙々とスキー板をひとつひとつ、丁寧に仕上げていく。その様はまさに職人、(いち)は応援したくなる必死さを感じた。

 

金田(かねだ)君、またビリ……。これで何回目?」

「皆さんがお強いのですよ。キリが良いので……お手洗いに行ってきます。今度は赤穂先輩が切って下さい」

「しゃーねえな」

 

 (いち)はカードゲームに熱中した赤穂先輩へカードを渡し、防寒具セットを着込む。『UNO』に夢中な為、誰も見送らなかった。

 

「もう9時か。金田(かねだ)、戻って来ないぞ……。飲み会の様子、見て来るついでに探してくるわっ」

「俺も雪質のチェックに行く。お前らは好きにしてろ」

 

 時計の時間を確認し、戻らぬ後輩を気にして赤穂先輩が乾燥室を後にする。白峰先輩も冷え込む外へ出ようと、散らかった衣服から自身のスキーウェアを探した。

 

「……ん? おい、俺のスキーウェアを知らないか?」




金田一「え~、どうも~金田一 はじめですっ。閲覧ありがとうございます。なんで俺の登場が名前だけなワケ~! あん? 美雪に頼まれて北海道? 原作だと風邪を引いた美雪の代わりじゃなかったのかよ。~ったく、主人公なのに……。こんな感じで俺とは別行動が多い話ばっかです!」

金田 一
オリ主、生徒会執行部。演劇部の幽霊部員

七瀬 美雪
就任したばかりの生徒会長、スキー部にも仮入部していた時期がある。成績優秀、眉目秀麗なのに生徒会長の威厳はなく、読み返して「あれそうだっけ?」となった

スキー部顧問の体育担当・尾根 静香
とっつきにくいと評判の教師、90年代は高校生の飲酒を見逃す教師が多かった

マネージャー・鈴森 笑美
原作で4組と明記、元ミス研。恋人の渋沢と一緒に居る為にスキー部へ入った

女子キャプテン・春田 優子
渋沢に好意を寄せていた

雪岡 草平
正直者、良くも悪くも思った事を平気で言う

白峰 辰貴
チューンナップの達人、職人気質

赤穂 晴俊
渋沢の件で責められる白峰を庇い続けた良い人

相馬 真紀
雪鬼伝説殺人事件、ほぼモブキャラ。原作でF組と明記、スキー部

遠野 英治
悲恋湖伝説殺人事件、ゲストキャラ。「S・K(すごく・切れ者)」な元生徒会長

蒲生 剛三、吉良 勘次郎
怪盗紳士の殺人、ゲストキャラ。双方とも画家
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