金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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通算、100話達成! 自分おめでとう
この話数で事件の途中だし、夏休み編も終わってない事が衝撃

誤字報告により、修正しました。ありがとうございます


28休 幽霊客船を流刑船と呼ぶならば・前編

 旧式の良さは木をふんだんに使った品のある内装だ。

 レストランのテーブルも高級感あるうねりを持つ木材、白いクロスへバイキング形式に並べられた朝食の数々、出来立てで香ばしい。

 

「え~、本日は実に船旅日和です。乗客の皆様に就きましても、朝からお元気そうで何よりと存じます」

 

 ――いけしゃあしゃあとよく言うぜ

 

 乗客からの白けた視線を物ともせず、鷹守(たかもり)船長は意気揚々と乗客へご挨拶。

 ホンの1時間前、部下の加納(かのう)三等航海士による大騒動を「お元気」と揶揄している。豪華客船並みに図太い神経の持ち主だ。

 

「加納さんが大騒ぎしたんですよ、船長」

「そうだ、そうだ。俺らよりビビってじゃん」

「今も部屋から、出てこねえんだろっ」

 

 鷹守船長のご挨拶が終わり、赤井(あかい)大沢(おおさわ)吉田(よしだ)はブーイングと言う名の反論を述べる。美里(みさと)飯島(いいじま)などの女子組はウンウンッと頷き、乗客へ責任転嫁するなと訴えていた。

 

「皆様、ご心配入りません。加納の勘違いですので」

 

 すかさず、落ち着き払った若王子(わかおうじ)一等航海士が口を開く。加納三等航海士を庇う気のない口調。職場の人間関係が透けて見えた。

 乗客の納得できない空気が更に重くなる。

 

「ねえねえ、岡持君。水崎さんに聞いた方が早いかな? あの人、結構親切そうだし……」

「そうだな、どこにいるんだ?」

「水崎は現在、操舵室におります。お客様は立ち入り禁止ですので、ご遠慮ください

 

 鷹杉(たかすぎ)岡持(おかもち)のヒソヒソ話は若王子一等航海士に筒抜け、手厳しく注意された。

 

「さあ、折角の料理が冷めてしまいます。どうぞ、お食事になさって! 心配せずとも、幽霊の作ったもんじゃありません。フハハハハハ」

「あの船長……ま~だ酔っぱらってんのか?」

「昨日のパーティーで相当、飲んでたもんなあ」

 

 レストランを去りながら、鷹守船長は豪快に笑う。嫌味ったらしい笑い方に大沢と吉田は呆れ、怒る気力もない様子だ。

 

「あの……若王子さん、昨夜は……どちらに? 甲板の時……おいでにならなかったみたいですが」

「私ですか? 無線室に待機しておりました。甲板の騒動については船員より、報告を受けております。その件に関しまして、私も船長と同じ意見です。一部のお客様が騒がれたようですが、どうか、お気になさらず」

(……ん?)

 

 時原(ときはら)は躊躇いつつ、去ろうとした若王子一等航海士を呼び止める。彼は返事をしているものの、物凄く面倒そうに大学生2人を一瞥していた。

 その視線から、昨晩の『幽霊船長』出現は彼らの仕業と誤解している。乗組員達の報連相に食い違いがあるようだ。理由は知らない。

 若王子らがレストランを離れると、重苦しい空気がふっと和らいだ。

 乗客達はどこか肩の力を抜き、互いに視線を交わしながら、照れ臭そうに自然と会話を交わし始める。解放された心が旅先ならではの温かさを求めていた。

 

「お姉さん、大丈夫? 大沢さんに聞いたよ、『幽霊船長』を見ちゃったんでしょ。カワイソウに……」

「あたしら、そん時……疲れて寝ちゃってて……。怖かったら、あたしの部屋に来てもいいよ。勿論、アッケの部屋でもいいし」

「ありがとう……。昨日は雪峯さんが居てくれたから、大丈夫よ」

 

 美里と飯島に心配され、時原は弱々しくも笑顔を見せた。昨夜の出来事は忘れられていない。でも、少しずつ、自分達の力で乗り越えようとしていた。

 

(((良いなあ、美女2人の空間……)))

 

 一部男性陣の羨む心の声が、聞こえた気がする。

 

「金田センパイ、また元気なくなっちゃってます。そんなに怖い写真だったんですか? 没収した雪峯さんにせがんでも、見せてくれないんです」

「……見なくてよいのです」

 

 ハンディカムを回し続け、竜二は深くため息。(いち)の身も案じているが、今朝の騒動の元となった写真を撮れなかった残念さが強い。

 何も知らない態度に、救われる。

 (いち)は臓物が凍らされたような感覚が抜けず、それで吐かない体が不思議でならない。

 件の写真は雪峯(ゆきみね)刑事により剥がされ、保管。

 その後にやってきた岡持、時原、白神(しらがみ)、美里、飯島、そして、竜二(りゅうじ)と遅れて来た人達は見ていない。

 

「どうせ、白神さんには見せるんだろうな~。時原さんが襲われた時もかな~り、親しげに見えましたし」

(……後で白神さんに事情、聞かれそう)

 

 ブ~垂れた竜二の声を聞きながら、白神の煩い視線から目を背ける。代わりに雪峯刑事を盗み見た。彼女は周囲と適度に会話し、朝食もしっかり召し上がっている。

 船の上で何か起これば、雪峯刑事の出番。どれだけ体力を消耗するか分からない。

 少し安心だ。

 

「雪峯……さん、この後は予定通りか?

「はい、私は時原さんに付いてますから……中村さんも聞き込……出来る限り、噂の出処など調べて頂ければ……

 

 中村(なかむら)の敬称に慣れない呼び方、雪峯刑事の言い回しに疑問。まるで上司と部下、あるいは同僚を思わせる空気を察知した。

 

(……そんな偶然ある?)

「金田センパイ……パンが噛めてませんよ」

 

 ビックリし過ぎて、(いち)はクロワッサンを食い千切り損ねる。竜二に指摘され、慌てて手持ちのハンカチを探す。

 スッとテーブルナプキンが差し出された。相手は香取(かとり)だ。

 

「お客さん。コレ、どうぞ」

「……ありがとうございます」

 

 人懐っこい笑みを振り撒き、(いち)へテーブルナプキンを渡す。それはウェイトレスを兼ねている香取には業務範囲内の対応だが、わざとらしい「お客さん」呼びは壁を感じる。

 (いち)は一度会っただけで当然の扱い。この船で再会してから、香取と会話らしい会話をしていない。

 にいみと何があったか、聞かずにいる。

 

「金田センパイ、どうしたんですか? 香取さんを見つめちゃって……金田一(きんだいち)センパイじゃあるまいし」

 

 生憎、名探偵の孫はいない。けれど、竜太(りゅうた)に瓜二つの竜二がいる。香取は彼をどう思っているのだろうか、個人的に気になる。

 

「佐木君、昨日のパーティー……香取さんとは何か、話しましたか?」

「はい、新選組の話で盛り上がりました♪ 彼女、芹沢派なんですよ。ボクは近藤派です」

 

 ナンデダヨ。

 どんな打ち解け方をすれば、新選組で盛り上がれるのだ。

 

「話と言えば……大槻さんに詳しい話を聞き直してみたんです。金田センパイの言う通りでしたっ。しかも、どうやら……若王子さんが引き入れたみたいです」

「!? 引き入れた(・・・・・)……のですか?」

「大槻さんはあくまでも、噂だって言ってます。船員はみ~んな、知ってる噂」

「……っ」

 

 唐突に周囲を見渡し、竜二は耳打ちしてくる。主語を言わなくても、加納三等航海士の情報と分かる。衝撃的過ぎる内容を聞いた瞬間、(いち)は本当に目眩を起こしかける。

 2人の関係を考えれば、絶対に在り得ない。万一、話に聞く持病に情けをかけたとしても、鷹守船長の反対があるはずだ。なければ、本当に倫理観を疑う。

 

(小林さんを……あんな目に遭わせて(・・・・・・・・)、当人達は……仲良しこよし(・・・・・・)?)

 

 悲惨な海難事故の記事を思い返し、当事者である彼らへの嫌悪が湧き起った。

 

「スト~ップ、佐木。金田、ま~た顔色が悪くなってんぞ。これ以上、俺達の調査を手伝わなくていいぜ。お前は元々、旅行に来てるだけだろ」

「岡持君……」

 

 (いち)と竜二の間に割り込み、岡持に離される。

 

「金田センパイは以前にも、兄さんと事件を解決したんです。その時だって、金田センパイは今回みたいに旅行先で居合わせて……今度はボクと解決する番なんですよ」

 

 竜二は駄々を捏ねる言い方で抗議したが、(いち)は『夜桜亭』殺人事件を思い返す。紅い桜に包まれ、床へ倒れ伏す男の姿が浮かんだ。

 自覚のない感情が浮き彫りとなり、今も脳髄の奥に巣を張っている。

 

「……へえ、それは初耳。……金田はミス研じゃないんだろ? 金田一(きんだいち)みたいに探偵の孫とか?」

「いえ……その時は白峰先輩……竜太君がいた為、執行部として我が校の生徒を守らねばと……思いました」

 

 純粋に驚いた岡持は深く感心し、素朴な質問を投げかける。自分の言葉を聞き、(いち)はハッとして口ごもる。

 生徒会執行部部員としての使命感。校外だろうと、胸に抱えた想いを今は感じない。今、何の為に竜二の話に耳を傾けていたのか、自問自答に陥る。

 

「だったら、今回は執行部を休めよ。幸い、雪峯さんがいるんだ。今迄みたいに『幽霊船長』を語った犯人が居たとしても、対処してくれるさ」

「そんな~っ」

 

 ミス研はこれまで『放課後の魔術師』、『首狩り武者』を名乗る犯人と関わった。

 だから、岡崎は『幽霊船長』を怪奇現象ではなく、既に人の仕業と感じているに違いない。竜二は原因が何であれ、(いち)と一緒に解決したいらしい。

 

〝気付いて……どうしても放置出来なかった〟

 

 また、金田一(きんだいち)の声が脳裏に蘇る。ここで逃げる選択をすれば、一生後悔すると言いたげな警告に聞こえた。

 昨日の怪奇文書、朝の写真を知り、(いち)は目を逸らしていた。

 自分も彼の様に逃げず、過去に向き合う時が来た。

 今なら、独りじゃない。

 その確信が胸を照らす。心臓を包んでいた氷が音を立てて崩れ落ちる。温もりに勇気を重ね、(いち)は深く息を吸い、決意を込めて吐き出した。

 もう、迷わない。

 

「岡持君、ありがとうございます。これは執行部の活動ではありません。自分の為に調べようと思います。と言うワケで、竜二君を貸してください」

「金田センパイ♪ はい、ボク……張り切っちゃいます♪」

「……! ……よく分かんねえけど、今のお前……桜樹先輩みたいだな。水を得た魚って感じ♪」

 

 声は震えていない。寧ろ、腕を揮おう。竜二は大喜びし、岡持はクスリッと笑ってくれた。

 例えに疑問だが、光栄に思う事とする。

 そうと決まれば、(いち)は業務中の香取にさり気なく近寄る。 

 

「香取さん、少しお時間よろしいでしょうか?」

!? ……あの、あたし……お片付けもあるし、お昼の用意もしないといけないんです」

「では、待ちます。何ならお手伝いします。どうしても、貴女とお話がしたいのです」

「……っ」

 

 案の定、断りを入れてくる。だが、(いち)は間髪入れずに再度、頼む。香取が目を逸らそうとも、戸惑った横顔を見つめ続けた。

 凡そ3分の沈黙、香取は嘆息を吐く。

 

「……9時から売店にいるわ。そこに来て……」

「はい、ありがとうございます」

 

 香取の声、諦めにも似た響きがあった。早口に告げた彼女は振り返ることなく、業務へ戻っていく。強引だっただろうに受け入れてくれた。

 (いち)は感謝が胸に込み上げ、忙しない背中にそっと頭を下げた。

 竜二の気遣う視線に(いち)は黙って頷き、2人は客室へと急ぎ足で戻っていく。歩みは自然と軽やかになっていた。

 

 約束の時間まで30分、(いち)は昨夜のパーティーの様子を竜二のビデオにて確認。

 

〈え~と、一等航海士の若王子さん。二等航海士の水崎さん……あれ? 三等航海士の人はどこに? さっきまでいたのに……〉

〈加納さんは操舵室です。この時間が当番になっております。進行方向に問題がなければ、10分少々でしたら、目を離しても大丈夫なんですよ〉

 

 鷹杉と水崎(みずさき)二等航海士の会話。この辺りの映像から、加納三等航海士の姿はない。

 

〈昔はなあ~このレストラン……いくら赤字……雑用係やコックを入れても12人……〉

 

 禿げた大槻(おおつき)機関長の愚痴が長い。内容は知っている為、早送りした。

 

〈新見さんって……新選組ですか? あの芹沢派と言われた……〉

〈そ……そうっ、佐木君。歴史に詳しいのね~♪ 高校生だっけ?〉

〈ボクは中学生です。新選組なんて初歩中の初歩ですよ〉

〈中学生なんだ~見えな~い♪〉

 

 成程、香取が竜太だと思って(・・・・・・・)話しかけた為、誤解が生じる。にいみは苗字として、名高く「新見」や「新居見」と勘違いされやすい。

 新選組の話題を出した事から、別人だと気付き、香取は無理やり盛り上げたのだ。

 

〈……私、時原と……言います〉

〈これはどうも……〉

 

 時原はここでも躊躇いがちな態度で、若王子一等航海士へ声をかけている。物凄く勇気を振り絞っている様子に見受けられるが、肝心の相手は素っ気ない。

 

「お2人とも、オリエンタル号に乗っていたんでしょう? 今見ると、時原さんは若王子さんを覚えていて、用があるんだと思います」

「その時原さんが……この後、『幽霊船長』に遭遇ですか。しかし、船長……飲み過ぎではありませんか?」

 

 2人で映像を確認しながら、鷹守船長の飲酒っぷりに呆れる。彼は浴びる程に飲み、水崎二等航海士と船員に肩を借りて引っ込んだ。

 続いて、『幽霊船長』騒動時の映像。時刻は深夜の0時を過ぎた頃だ。

 竜二は鷹守船長と同じタイミングで甲板に到着し、話を撮影してくれた。雪峯刑事、白神、岡持、鷹杉、大沢とドンドン乗客が集まる。灯火はあるものの、濃い服の人は暗闇の中では見えにくい。

 

〈船長、お客様が突き飛ばされたんです!〉

〈何を馬鹿な……時原様は酔っておいでなのだっ〉

 

 香取が必死に状況を訴え、鷹守船長は不機嫌極まりない。慌てて起きたらしく、帽子の向きや白い船員服もボタンの掛け違いが酷い。

 

〈ち、違います〉

〈そうですよ、船長。この船にはやはり、先代の船長の幽霊がいるんです!〉

 

 時原は目を伏せ、唇を震わせている。何故か、赤井だけはテンション高く喜んでいた。

 

〈これって……事件ですよね? け、警察を……〉

はっ! 幽霊がやったと? 時原様が勝手に足を滑らせて、落ちかけただけですよ。『幽霊船長』からのお手紙は、皆様には刺激が強すぎたようで〉

〈雪峯さん……〉

〈残念だけど……この暗がりと場所……それに相手が幽霊じゃあ……〉

 

 怯えた鷹杉の声は鷹守船長のせせら笑いに消され、岡持は雪峯刑事に耳打ちする。

 

〈船長はどうぞ、おやすみなさいを。私達が勝手に調べます。ねえ、赤井さん〉

〈白神さん、その通りです! 今から撮れば、何か写るかもしれません♪〉

これ以上、面倒事を起こすな! お客様はさっさと寝ろ!!

 

 冷静沈着な白神と童心に返った赤井の温度差。取材根性を許さんと言わんばかり、鷹守船長は怒鳴った。そこから乗客同士の愚痴り大会が開幕し、朝までは待機の流れとなった。

 

「……飯島さんと美里さんは就寝中で騒動に気付かず、吉田さんと中村さんはどちらに?」

「吉田さんは幽霊が怖くて、部屋から出られなかったそうです。中村さんは客室の階に不審者が来ないか、見張ってくれていました」

 

 竜二が映像外の補足を述べた時、ノックの音。開ければ、白神がまた咥え煙草で立つ。

 (いち)はとっくに予想し、迎え入れた。

 

「白神さん、昨晩はありがとうございました。朝の写真ですが……あれ(・・)には、母が写っていました」

「え!?」

「やはり、そうですか。まだ写真を見ていませんが、前情報は助かります」

 

 驚いた竜二と違い、白神は納得したように頷く。

 

「雪峯さんにはまだ、伝えないでください。母がこの船にいるか……自分にはわかりかねます。ですから、香取さんと話をしてきます。その間、白神さんには赤井さんの相手をお願いします」

「あの……センパイ」

「彼には鷹杉さんと岡持君が一緒にいます。船員の皆さんへ幽霊について、取材している頃でしょう。香取さんといるところを見られても、違和感はないはずです」

 

 話の見えない竜二を置き去りにし、(いち)と白神で段取りを進める。結局、白神は煙草に火を付ける間もなく、静かに部屋を後にした。

 

「金田センパイ! ボクにも分かるように、説明してください」

「すみません、竜二君へ簡単に説明しますと……」

ええ~!? センパイのお母さんが、香取さんの知り合いで、行方不明で、『幽霊船長』かもしれない!? た、大変じゃないですか……。雪峯さんに相談した方が……」

「駄目です。……確実に母が関与していると判断材料が揃うまで、雪峯さんには言えません」

 

 不貞腐れた竜二へ詳細を省くが、要点を話す。それだけでも、彼はビックリ仰天と漫画みたいに床のカーペットへ転がった。

 

「それに……相談する内容も纏まっていません」

「……と言いますと?」

「加納は……母に会っています。あの狼狽の仕方から、只事でないのは明らかです。ここにいる自分が息子と知られたら、何をされるか分かりません」

「それは加納さんが……お母さんの失踪に関わっちゃってるか、……あるいは……」

 

 口にしながら、何も確認できていない状況を改めて知る。

 ハッと気付いた竜二は発言を控えた。(いち)も言葉の続きを考えず、売店へ向かう。まだ、判断材料は揃っていない。

 

 約束通りに売店へ来たが、香取は業務を優先する。レジの釣銭準備や陳列棚へ品出しを始め出した。

 

「お待たせしました~♪ お客さん、何をお求めですか?」

「にいみの話です。香取さんはいつ頃から、お知り合いなのですか?」

(……センパイ、お母さんを呼び捨てて……)

 

 営業スマイルの香取へ単刀直入に問う。何故か、竜二にギョッとされる。

 

「……やっぱり、にいみさんはアナタに何も言ってないのね。……じゃあ、あたしも言わない……な~んて。駄目よね……分かってる」

「はい、教えてください」

 

 ホッとしたような残念そうな笑みを見せ、香取は周囲を見渡す。手招きして売店のお土産品コーナーへ案内し、接客を装った。

 

「にいみさんとの出会いは3年前の11月よ。あの日の事は……いつでも思い出せるわ。でも、その話じゃないわよね。……最後に話をしたのは去年の2月27日」

 

 香取は目を伏せ、言葉を絞り出す。その声に懐かしさと痛みが滲んでいた。

 

「『しくじった……。貴様はアタシの帰りを待て』ってそれだけ言って、電話は切られたの」

「2月27日……?」

「……そう、高校の卒業式前日。忘れられるわけ、ないわ」

 

 (いち)は息を呑んだ。

 唐突にして、重い言葉が胸に沈む。

 その日付は奇しくも、(いち)が神奈川県警へ通報した日。

 にいみは目の前にいる香取にだけ告げ、消えた。家族には告げず、己の意思で――。

 予想はしていた。

 それでも思いの外、ショックだった。

 何を聞いても、動じないと思っていた。思いたかった(・・・・・・)

 

「香取さんは白神さんを知っていましたね。にいみは何の為に、紹介したのでしょうか?」

「あたしを信頼させる為……かな。ルポライターと繋がりがあるから、色々と調べられるって……。これ、その時に貰った名刺っ」

 

 香取は白神の名刺を取り出し、(いち)は借りる。おそらく、にいみが己の先輩を通じて受け取ったのだろう。面識のないルポライターを信用した理由はそこにある。

 黄ばんだ紙の裏面に書き込まれた数字、その羅列は懐かしい電話番号だ。

 

「掛けたのですか? この番号に……」

「ちょっと前にね、留守番電話に繋がって……誰も出なかったわ」

 

 思わず、問う。番号はまだ使われていた。

 (いち)は感傷に浸りかけ、香取へ名刺を返す。過去を振り返っている場合ではない。

 

「加納は今朝の騒動について、何と言っていますか?」

「残念だけど……あの人、寝ちゃったらしいわ。電池が切れたみたいにね。そんな感じの持病だって、大槻さんが言ってた」

「にいみから、加納の名前は聞いた事ありますか?」

「……」

 

 スラスラと動いた口は突然の黙秘。肯定と取ろう。

 

「香取さんは……加納の噂をご存知ですか?」

「ええ、知らない人はいないわ」

「……誰も、何とも思わないのですか? 加納がいる状況を」

「若王子さんには、考えがあるのよ」

 

 つい熱を込めた質問だったが、香取は目を逸らさずに答える。本心の様でいて、本音を語っていない。そんな切なさを感じた。

 

「……失礼を致しました。ひとつ、お願いがあります。時原さんには加納の事を……伝わらない様にしてください」

「時原さん、それはいいけど……なんで?」

「彼女は……オリエンタル号の生存者です」

!?

 

 ずっとすまし顔だった香取は初めて、動揺を露わにした。

 

「加納が何者か知れば、時原さんもきっと……何らかのショックを受けるでしょう」

ちょ……ちょっと待って

 

 青褪めた香取は目を見開き、口元に手を当てる。完全に怯えていた。

 

「か……加納さんはそれを知ってるの? もし……そうなら、時原さんを襲った『幽霊船長』は……」

「あの~……センパイ」

 

 そこに竜二の声が挟まれ、2人きりでなかったと気付かされた。彼の気配を消すのが巧く、話に夢中で忘れていた。

 

「加納さんの話なんかより、香取さんが……にいみさんに何を調べてもらったとか……教えてくれませんか……?」

「いえ、そちらは時間がある時で良いのです」

えぇ、そうなの?

 

 恐る恐る口を挿みながら、竜二は香取の顔色を窺う。彼女が自ら語らないなら、こちらから聞くのは時期尚早。

 先ずは加納だ。

 

「香取さんの言う通り……昨晩の『幽霊船長』は加納である可能性があります。念の為、彼の勤務時間を教えて頂けますか?」

「夜中の12時だから、自由に動けるわ。加納さんは午後10時までだもの」

「うわ~益々、怪しい~……ってセンパイ。手紙は……にいみさんの筆跡、加納さんは写真を見て、逃げ出したんですよ。無理ありません?」

 

 状況を把握しようとすれば、竜二から純粋な疑問。(いち)は説明不足を反省した。

 

「勿論、それとは別人(・・・・・・)です。時原さんの件のみ、疑わしいと言っているのです。今、この船で何か起きても『幽霊船長』の仕業に見せかけられます」

「ああ……そっか。センパイ、本当に『幽霊船長』と名乗っている人に目星を付けてるんですね」

「……」

「ナンデ、黙るんですか!?」

 

 まだ言いたくない点に触れられ、(いち)も黙秘。竜二が叫ぶとハハハッと笑い声が耳を打った。

 

「新見って聞こえたけど、新選組の話か?」

 

 振り返れば、大沢が商品のガムを手に立つ。全然、気付かなかった。

 

「良いねえ、こっちは平和でさ。甲板に行ってみろよ、あの赤井さんがま~た船長とやりやってるぜ」

「……そうですか」

 

 ケタケタ笑う大沢に、(いち)は苦笑する。誤解されたが、訂正はしない。それより、甲板の騒ぎが気になった。

 

「……行ってみます。香取さん、色々とありがとうございました」

「は~い、またどうぞ~」

「センパイ。待ってくださいよ~」

 

 香取はいつもの営業スマイルで見送り、竜二も慌てて追って来る。

 彼女の笑顔、何事もなかったかのようだった。秘められた感情を隠す素振り、絶え間ない努力を感じてしまう。痛い程に――。

 そんな少女を置き去りにした大人。その息子として、恥ずかしく思った。




千堂「千堂 恭子です。閲覧ありがとうございます。誰?って思った人はドラマ版見てね~♪ さて、次回は『幽霊客船を流刑船と呼ぶならば・中編』!! 船内放送がかかった……え、八丈島に変更?」

大沢 貴志
フリーター。女子高生をナンパしやすいように、大学生と見栄を張った。ドラマ版では損な役回り
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