金田少年の生徒会日誌 作:珍明
誤字報告により修正しました。ありがとうございます
警視庁捜査一課所属の
「剣持警部がお土産を振る舞われるなんて……随分とお楽しみな時間を過ごされたようで」
「ウルセ~、黙って受け取れ」
部下・
北海道の大雪山にある背氷村。避暑地に建てられた邸宅での日々、和枝を大いに満足させた。帰りの道中は妻から何度も感謝されたが、剣持は引き攣った笑みを返すしかない。
全部、剣持の想定外。冷や汗で服の下がビッショビショ。
(……
別荘の鍵だけ借り、後は夫婦で大雪山の観光地を巡り、どうにか過ごすつもりだった。
それが至れり尽くせりの7日間。
残間へコッソリと代金を問えば、「往復の航空代は自腹でお願いします」と見当違いの返事しかない。
余った予算で予定より、多くのお土産が買えた。3人の子供達を預けた和枝の実家にも、余分にお礼を渡した。もう感謝しかない。
ひとつ、気になるのは
剣持を邸宅の新たな持ち主と思い込み、何故かガッカリされた。人の良い諏訪が対応してくれたお陰でトラブルにならず、梶原は素直に帰ってくれた。
「剣持君、戻りましたか」
「……明智警視、お土産です。ヨロシケレバ」
キャリア組のエリート警視・
いつも高級車を乗り回し、高価な持ち物を身に纏う上司は食べ飽きているかもしれない。そう思いながら、剣持はお土産を渡す。
意外にも、明智警視は感謝の言葉と共に受け取り、己のデスクへそっと片付けた。
「背氷村に変わりは?」
「滞在中、梶原 裕子という女性が訪ねて来られたぐらいですね。後は長閑モンでしたよ」
明智警視は旅行の感想ではなく、背氷村の状況を知りたがる。訪問者を報告すれば一瞬、整った眉が痙攣した。
「……本題ですが、報道は確認しましたか?」
「ハイッ、勿論です。鷹守 郷三の逮捕も知っております」
何を言われるか身構えたが、明智警視は話題をすり替えた。剣持も旅行明け気分から、事件に携わる捜査一課の刑事へ切り替えた。
「では、こちらを頭へ叩き込んでください」
「……長野?」
『コバルトマリン号、殺人未遂事件』、『オリエンタル号沈没事故裁判の偽証』、そして、『悲恋湖キャンプ場殺人事件』。今まさに世間の注目を浴びた事件ばかり。
どれもこれも、当事者に顔見知りの高校生がいる。クルージング船ツアーは剣持の紹介故、流石にクラッと目眩がした。
「鹿島船長が生きていた? しかも、高遠からの手紙を持って……出頭? 明智警視、どういう……」
「鹿島 伸吾は沖縄にいたんです。金田君は以前、和泉 宣彦の入院を調べに波照間島へ行きました。そして、高遠と鉢合わせた。あれは偶然などでは……なかった」
「そもそも、
「ええ、この方は一般家出人扱いでした。私の判断で、キミには伝えずに置いたんです」
何より、驚いたのは金田家の家庭事情。剣持は何も知らなかった。
「ですが、昨日の取り調べで加納 達夫は金田 にいみと口論になり、橋から突き飛ばしたと供述しました。これによって、彼女に正式な捜査の手が入ります」
困惑している剣持と違い、明智警視から強い使命感が伝わった。
(メンドクセェ……)
偽証を働いた
犯罪者の面倒くささは刑事の経歴を重ねても、共感や理解ができない。
先ず、遠出の長野県。名探偵の孫がいる。
長野県赤根山中は長島警部の管轄外だが、顔馴染みの方が話は通しやすい。
「私は長島警部と連絡を取ります。金田一や七瀬君の容態も気掛かりですし……」
「頼みますよ」
現場検証などの事後処理に取り掛かれば、当事者の事情聴取にも立ち会う。
山と海で起こった事件そのものは別々の思惑で動き、共謀や共犯の線はない。だが、やり切れない事件だ。
裁判の偽証が1日でも早く明るみになれば、何かが違ったと思いたい。
(……よりにもよって、
沈没事故で愛する人を亡くし、復讐殺人と称して4人を殺害。後にボートにて自爆し、悲恋湖へ身を沈めたとされる。今も遺体の捜索は続いているが、発見は望み薄だ。
現場へ行き、被疑者の家宅捜査、調書を纏め、早1週間。自宅には寝に帰れるだけ、御の字。
欠伸を殺しながら、登庁した際に雪の模様を生地とした着物が目に入った。
「剣持さん、お勤めご苦労様です。本日は……面通しに呼ばれました」
「これは……金田さん、わざわざご足労を……」
老齢の女性は
面通しの相手、新たに出頭してきた
加納と同じコバルトマリン号の乗組員であり、オリエンタル号の関係者。先日、東亜オリエント海運を出し抜く形で、
水崎はにいみと面識があり、真相解明を恐れて、口封じに隠し撮り写真を送ったと供述した。
この男は鹿島元船長の娘・
「先日は残間さんに大変、お世話になりました。ご連絡もせず……」
複雑な胸中を察し、話題を変えた。
「ご心配には及びません。奥様からご連絡頂いております故、娘婿がお役に立ちましたようで何よりにございます。お帰りは別の者を遣わせたとお聞きしましたが……」
「ええ、一堂さんに空港まで送って頂きました」
今更ながらの謝辞に、金田夫人は肩の力を抜く。井戸端会議に現れたご近所のような気軽さを見せた。
「お祖母ちゃん、タクシー来たよ……剣持さん」
「さとみ君、ご家族で一緒に……」
「今日は、私とさとみだけです。男共は先日、こちらでご迷惑をおかけましたので……置いて来ましたっ」
黒目の大きな美少女、現役見習いマジシャンの
金田夫人の言い草に居残り家族へ身内故の怒りを感じ、ちょっと苦笑した。
「
「いっく……弟は今日、学校で。……今回ばかりはあの子も……」
「さとみっ」
しっかり者の高校生は学校へ登校中、剣持は多忙な毎日で世間一般は新学期だと忘れていた。
しかし、さとみを咎める金田夫人の口調に違和感を覚える。すぐに1人の容疑者が思い付く。彼しか、思い付かなかった。
全ての事件は捜査中、調書も完成しておらず、剣持の知らぬ人間関係もあった。
「剣持さん、コバルトマリン号に就きまして……どうか、お礼を言わせて下さい。剣持さんがご案内くださらなければ……
「ありがとう、ございます……」
「いえ……」
恭しく頭を下げられ、剣持は複雑な気持ちに駆られる。
北海道の礼で渡したクーポン券が金田家を更なる事件へ誘う切符となり、行方不明者の手掛かりにもなった。だが、鹿島元船長は遅かれ早かれ、出頭して来たはずだ。
本当に意味があったのか、悩まされる。
「お祖母ちゃん、そろそろ……」
「さとみが先に、お行きなさい。すぐに追い付きます」
さとみが遠慮がちに指を外へ向ければ、金田夫人は厳格に告げる。孫娘はシュンッと元気を更に無くし、剣持へ一礼。祖母の言い付け通り、先に外へ出て行った。
途端、彼女は切なそうに眉を寄せ、剣持を見上げる。豹変にギョッとした。
「……剣持さんは洋子さんと、お会いになりまして?」
「はい……私も事情聴取を行いましたが……何か?」
「
「……っ」
耳まで切りそろえた髪、鍛えられた体躯。活発な見た目に加え、父親想いの性格も確かに似通っている。
「娘は……きっと、洋子さんを放って置けなかった……同情されたのでしょう。私なら……そうしますっ」
「……!?」
「どうか、洋子さんの良い様に……もしも、にいみが……一聖のように戻れぬなら……せめて……」
「金田さん、滅多な言わんでください。母親であるアナタだけは……」
その訴えは懇願であり、金田夫人はもう己が娘の生存を諦めている。
幾度となく、子を想う母親を見た。
だから、剣持は承諾できぬ。ここで頷けば、金田夫人の心は、にいみを勝手に喪ってしまう。絶対に駄目だ。刑事ではなく、妻を持つ夫の立場として言い放つ。
「……っ、……し、失礼しました……」
「いえ、私の方こそ……」
声を荒げた剣持を見上げ、金田夫人はハッとする。己の言動に愚かさを感じた様子。
まだ危ういが、一先ずは持ち堪えると信じた。
「本当、剣持さんは情に厚くていらっしゃる……。これも……一聖の導きでしょうに」
「……いいえ、きっかけは金田一ですよ」
目尻に涙を溜め、金田夫人は深々と頭を下げる。剣持も倣い、この場に居ない名探偵の孫の縁が生んだ繋がりと主張した。
捜査会議は情報交換と整理。
ホワイトボードに書き込まれた相関図、手元の資料に目を通す。
「……以上を持ちまして、コバルトマリン号船内に高遠 遙一の痕跡はなかったと考えられます」
「『幽霊船長』の手紙につきましては、金田 にいみの筆跡に間違いないと母親から証言が取れました。鹿島 洋子も間違いなく、本人から受け取ったと供述しています」
(殺された小林 星二が……金田家と懇意? しかも、金田 にいみが鹿島 伸吾を見付けた? 残間さんが高遠と……約束? どうなってんだ、こりゃあ)
「金田 にいみは何の目的で、手紙を書いたんでしょうか?」
「それに関して、鹿島 洋子は金田 にいみがオリエンタル号出航を皮肉っただけであり、鷹守 郷三へ送ったのは彼女の意思によるモノと供述しています」
剣持が動揺する中、
「……鹿島 洋子と高遠 遙一に接点はないのか? 奴の関与は?」
「いえ、鹿島は高遠を報道でしか知らず、彼女の勤務歴と『幻想魔術団』のスケジュールを照らし合わせましたが、機会は得られなかったと考えられます」
自分の質問に中村刑事が、如何にも残念そうに報告。洋子自身は『地獄の傀儡師』に関わりなく、少しだけ安堵した。
沈黙していた明智警視はそっとホワイトボードの前に立ち、写真を追加。マジックペンを手に取り、書き込む。
加納がにいみを突き飛ばした現場の検証結果、遺留品の発見もなく、周辺の救急病院に不審な急患はなかったそうだ。
「金田 にいみの友人、朝木 春子の証言により、海外へ行った可能性が出てきた。現在、渡航履歴閲覧を申請しています」
場合によって、捜査は海外にも及ぶかもしれない。
「彼女が海外へ行く要因となったのが、鹿島 伸吾と考えられます」
明智警視の指示と捉え、全員が資料を捲る。正直、鹿島元船長の供述は嘘臭い。
彼は救出された当時の記憶がなく、自我を取り戻したのは去年の2月。
家に帰りたい一心でどこかの診療所を抜け出し、荒れ果てた自宅を見てしまった。
衝突事故の責任を押し付けられた挙句に死亡者扱い。ひとり娘に見限られたと思い込み、沖縄へ隠れ住んでいた。
そこを高遠に発見され、東京までのフェリー代を渡されたという。
(……ウサンクセ~)
「水崎が写真を送り付け、加納と口論した日付は同じ。鹿島 洋子への連絡は1週間後、竜王丸元所有者への連絡も同日。そして……朝木 春子のブティックへ来店したのは更に1週間後、3月6日」
剣持がイライラと頭を掻き毟り、明智警視はボードにある各写真へ日付を書き足した。
「彼女は最低でも2週間、鹿島を捜索。家族にも伝えなかったのは……加納を警戒していたんでしょうか?」
「ええ、橋から突き落とされた後ですからね。しかも、自宅マンションの写真を盗み撮りされ、疑心暗鬼に陥っていた」
雪峯刑事の質問に明智警視はさらりと答え、剣持はにいみの心境を想像してしまう。ゾッとした。
「しかし、鹿島親子をすぐに会わせなかった……何故、2人は協力関係では?」
「鹿島の安全を優先した可能性があります。彼は多くの人間に恨まれ、意識不明でした」
正野刑事は戸惑いつつも問う。明智警視の返答に、誰もが納得。
「例の診療所、特定は? 鹿島が病み上がりで元の自宅へ帰れる距離なら、案外……近くでは?」
「まだです。市民からの情報提供を目的とし、鹿島 伸吾の現在の姿を全国へ公開する!」
まさかの決定、大胆過ぎる。
「……鹿島の保護は既に報道されていますし、せめて、もう少し回復を待ってからでも……」
「剣持君、問題はそこです。先週から今日まで、診療所らしき方からの連絡はない。つまり、素性を知らず、彼の世話をしていた可能性があります」
(……和泉 宣彦のように、か?)
「もしもそうなら、彼の衰弱した状態しか、知らない。今よりも回復してしまっては、別人と判断されてしまうんです」
剣持の質問に答えながら、明智警視はボードへ2枚の写真を貼る。ひとつは3年前以前の鹿島元船長、もうひとつは保護直前に撮った写真。肉付きや血色、目元の隈、眉間のシワで印象が違いすぎる。
「あの……高遠は何故、鹿島を明智警視へ託したんですか……ね?」
「そりゃあ、報道目的だろうよ。竜王丸船長の帰還にマスコミは必ず、食い付く。金田 にいみの目にも入るはずだ。警察に預けたのは、さっきも言った身の安全さ」
中村刑事の疑問へ剣持は答え、報道による市民の反応報告へ目を通す。
亡くなった竜王丸元乗組員の遺族、船の所有者だった会社関係者から警視庁への問い合わせが殺到。
前者は加納へ向けた怨嗟の声に満ち溢れ、後者は再審請求に向けて鹿島元船長、その航海日誌の引き渡しを求めていた。
全く違う立場の2人が、それぞれの意味で危険だ。
「剣持君にしては鋭いですね。私も同じ考えです」
明智警視はわざわざ余計な一言。カチンッときた。
「残間 青完の監視はどうされますか?」
「引き続き、行います。水崎 丈次、警察での保護を決定。加納 達夫は既に検察により起訴されていますが、高遠の接触を警戒するように」
(残間さんに……刑事が張り付いていたとは、これも知らんかった……)
『地獄の傀儡師』が北海道の旭川留置場に居た際、残間とは何度も面会している。それ程の親しい間柄故、警察もマークしていると、向こうも十分承知。
仮に約束を果したとしても、夫婦再会の場面にノコノコと現れる程、愚かではない。
「どうかしましたか? 剣持君」
「明智警視、いえ……金田家の事情を突き付けられて、驚いたと言いますか。さとみ君や
正直、あの姉弟は何も知らずにいて欲しいと願う。
「いくつか、お話しました。あの子達は何も、知らないご様子でしたよ」
明智警視の口調は一段と優しくなり、金田家を気遣う。彼は時折、剣持以上の人情を見せる。安心はできないが、もっと気に病むべき事件へ目を向ける。
『悲恋湖キャンプ場殺人事件』だ。
(遠野 英治……)
容疑者たる
しかし、不動高校には何らかの報せが行くだろう。
剣持は見知った彼らを励ましてやりたい。久方ぶりに重く、悩んだ。
陽が沈む前、自宅へ帰れた。
玄関の戸へ手をかけ、ふ~っと一息吐く。
「剣持先生、こんにちは!」
「やれやれ……まりなちゃん、もう先生はやめろと言ってるだろ……」
振り返れば、近所に住む
気立てが良く、居るだけで場の空気が明るい。言葉を交わすだけで、帰宅したばかりの剣持に元気を分けてくれる魅力を持つ。
以前、剣持がご近所ボランティアで剣道の先生を務めた時期があり、指南した生徒の1人。それ以来、家族ぐるみの付き合いだが、「先生」呼びは照れる。
「おばさまから旅行のお土産、貰って……お礼を言いたくてっ。良いですね、結婚15周年記念。あたしもその頃には北海道へ行こうかな~♪」
「なぬ? まりなちゃん、それは……ついに彼氏と結婚するのか?」
羨ましがりながら、まりなは唐突な結婚報告。剣持はギョッとして、目を見張った。
何故なら、彼女は3年前に暴漢に襲われかけ、一時期的に若い男性へのトラウマを抱えてしまった。その為、高校卒業後の入籍も延期したと聞いていたのだ。
「はい、やっと……区切りが付いたんです。ずっと待っててくれた……零児との新居も探しています。今日は……それも伝えたくて……」
「そうか、良かったな。おめでとう……」
今までは心配かけまいとする笑みが、とても幸せそうに笑う。まりなは本当に立ち直ったと分かり、剣持の疲れは吹き飛んだ。
「式はいつ頃を予定しているんだ?」
「来年の6月です。剣持先生には参列してもらえますから、細かい日程は早く伝えますね♪」
「……どういう意味だ? 参列に条件があるのか?」
「うふふ……零児、刑事になったんです」
何気ない質問のやり取りから意外な事実を知り、ビックリ。
警察官が結婚式を挙げる場合、プライバシー保護や愉快犯の介入を防ぐ為、参列者は限定される。
剣持の場合はお互いの両親と兄弟姉妹、警察関係の同僚と上司のみ。
後日、仕事抜きの酒の席を用意し、個人的な友人達を紹介する羽目になった。
(めんどくさかったな、あれも……)
懐かしい思い出だ。
「それも不動山署に配属されたんですよ……最近、出動しても警視庁が先に現場の指揮を執ってて、パシリにされるって、愚痴ってました♪」
「そうだったのか……」
原因は多分、剣持だ。
今年に入り、不動山署の管轄に度々出動していたが、全く知らなかった。全国は勿論、都内でも警官の数は多く、出会わなければ、出会わない。
今度からは所轄の刑事にも、意識を向けてみよう。
「あなた、玄関で喋ってないでっ。家に入りなさい。まりなちゃん、お菓子食べる?」
「はい、頂きます♪ お邪魔しま~す」
話が長すぎ、和枝は痺れを切らして出迎えた。まりなはお言葉に甘え、さっさと靴を脱ぐ。キチンと揃えて置き、育ちの良さが出る。剣持のやんちゃな子供達も見習って欲しいが、上手く行かない。
「そうだ……当時、中学生だった潮 美波留って子、今はどうしてる? 高校に進学したと聞いた切りだが……」
「元気ですよ。将来は水泳の選手になるって……」
まりなの元気溌剌な話を聞き、剣持は金田家を思う。
如何なる真相が明かされても、彼らの心は掻き乱される。だが、目の前で微笑んだ彼女を見ていると、信じたくなる。あの家族にも、心から笑える日が戻って来ると――。
自分勝手に信じながら、彼ら一家の行く末を見守ろう。刑事として、個人に介入し過ぎだが、剣持に出来る事はそれだけだ。そう、開き直った。
夕食後、捜査抜きで金田家を訪問した。
○●……――
炎上しながら、悲恋湖に沈んでいくボート。赤く染まった水面に煙も吸われ、残骸が浮かぶ。
まるで悪夢の再来。
3年前の判断が再び、甲田を責めるような光景。
遠野を復讐殺人に走らせ、死に至らしめた。大自然から責任を問われても、答えなどない。
救助が来るまで、足に負傷した七瀬を守る事に専念した。
そうしなければ、湖の誘いに乗ってしまいそうだった。
七瀬に付き添い、搬送された救急病院にて衝撃的な報道を知った。
あのオリエンタル号責任問題を追及する裁判、裏金による偽証が発覚したのだ。
タンカー竜王丸に一切の責任なく、悲惨なる事故の元凶と汚名を着せられただけだった。
考えもしなかった。
後から検査の為に病院へ運ばれた他の生存者にも、記事を見せた。誰もが愕然とした。
「九条さん、アナタ……本当に知らなかったの? たった1人の生存者を買収するだなんて!」
「み……観月旅行会社は裁判に関わってません! ……全て、東亜オリエント海運がやった事です」
「もう、やめてぇや!!」
汚い手口に
高校生の
「俺とした事が……偽証に気付かねえとはなっ! ……とんだ特ダネを逃がしちまったぜ」
いつき
「遠野君が読んでいれば……」
「甲田さん……それ以上は……」
ゴミ箱に入った記事を拾い、甲田は遠野を思い返す。起こした事故の責任から免れた者がいると知れば、事件は起きなかったと信じたかった。
されど、心優しき名探偵の孫は頭を振るう。
発覚した報道はツアーの真っ最中、そして、遠野の恨みは豪華客船でもタンカーでもない。
その現実を突き付けられ、甲田は崩れ落ちた。
15歳の少女を暗い海へ沈ませた。
後悔しても、時間は巻き戻せない。
だから、自分なりの償いとして僻地医療に尽くした。けれども、彼女の死を嘆く人がいたと、掠りも思わなかった。
何故、小泉の遺族を探さなかったのだろう。そして、遠野の元へ辿り着き、真実を打ち明ければ、良かった。そして、報いを受けるべきだった。
そんな考えが纏わり付き、甲田はまともに眠れず、食事も摂れなくなっていた。
何度目かの事情聴取、今度は本庁の明智警視。九条と歳の変わらぬ警視は前置きもなく、1枚の写真を見せてきた。
藍色のコートを着た女性、前髪で人相は見えにくいが知らない。
「この女性は……?」
「金田 にいみと言います」
静かな声を聞き、ハッとした。
〝金田君……大丈夫、コレが終わったら……一緒に学園祭、回ろう〟
〝遠野先輩……?〟
遠野が七瀬へ向けた言葉が蘇り、甲田は食い入るように写真を眺めた。あれは写真の女性に向けた言葉と確信した。
「この方に……会わせてもらえませんか? いえ、私は会わねば……」
「どなたか、思い当たる方がいますか?」
「遠野君が……最後に呼んだ名前が……金田でした。きっと、この方です」
「……っ」
必死に訴えれば、明智警視の眼鏡が不自然に反射した。一瞬の動揺と後で気付いた。
「残念ですが、この方ではありません。私に言えるのはそれだけです」
「で、では……遠野君が呼んでいた金田さんに会わせてください……。私は……伝えねばならない……」
思わず、明智警視の背広を掴もうとする。すっと避けられた。
「それは私の範疇外です。ですが、金田一君なら……協力出来るでしょう。先ずはお食事を。医者の不摂生は見るに堪えません」
「……っ」
冷静沈着な態度に情けが見えた。
本来なら、
また高校生を頼るのは、忍びない。他の当事者達も事件のショックがあるのだ。
ならば、別を頼ろう。
自宅に戻り、書斎のカーテンを開ける。たった数日、手を入れなかっただけで何年も放置されたかのように荒れていた。
机の引き出しを開け、最低限に整った書類の奥を漁る。ひっそりと眠っていた名刺が指先に触れた。
角は擦り切れ、文字は少し滲んでいた。けれども、甲田にはその名刺が過去から差し出された手に思えた。
「……この人なら……」
かつて、地方医師の実態調査に現れたミステリールポライター。取材中も真摯に耳を傾け、とても気品のある佇まいだったと記憶している。
名刺をそっと両手で包み、黄ばんだ紙片に祈りを捧げる。何よりも、希望の光に見えた。
実際、頼って良かった。そう、言っておこう。
遠野「遠野 英治です。閲覧ありがとうございます。すみません、金田君を見ませんでした? どこ行っちゃったのかな~……フフ。また、七瀬君に捕まってるんだろうね。さて、次回は『異人館ホテルへの寄り道』!! 金田君、キミはどこへ向かうの?」
甲田 征作
罪の意識に苛まれ続けた医師
救えなかった命の分だけ、多くを救おうと取り組んだ。遠野が発狂したのも、彼が良心の呵責に苦しんだ人と理解したからだと思われる
作中にて、とあるミステリールポライターを頼る
いつき 陽介
準レギュラーのフリーライター。幽霊客船の事件に何を思うか、公式の反応が見たい
今回の事件を記事にしなかったのは、甲田を気遣った意味もあっただろう
香山 聖子、九条 章太郎、河西 さゆり
3年前の真相を知ったら、香山は怒ってくれる気がする
諏訪 正子
タロット山荘殺人事件ゲストキャラ
十神 まりな
剣持警部の殺人ゲストキャラ。作中にて、6月に結婚を控えている