金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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時間を遡り、32休と同じ週の金曜日から始まります

誤字報告により修正しました。ありがとうございます


Q2 悲恋湖伝説殺人事件の余波‐剣持

 警視庁捜査一課所属の剣持(けんもち) (いさむ)警部は休暇を終え、登庁。同僚達へ北海道土産を配った。

 

「剣持警部がお土産を振る舞われるなんて……随分とお楽しみな時間を過ごされたようで」

「ウルセ~、黙って受け取れ」

 

 部下・正野(ただの)のように、妻・和枝(かずえ)と結婚15周年記念旅行をからかう者もいた。

 北海道の大雪山にある背氷村。避暑地に建てられた邸宅での日々、和枝を大いに満足させた。帰りの道中は妻から何度も感謝されたが、剣持は引き攣った笑みを返すしかない。

 残間(ざんま) 青完(あおまさ)の運転による北海道ガイド、管理人・諏訪(すわ) 正子(まさこ)による手厚い待遇。

 全部、剣持の想定外。冷や汗で服の下がビッショビショ。

 

(……(いち)君。別荘に泊まらせてくれってぇのは、もてなしてくれって意味じゃあ……なかったんだが)

 

 別荘の鍵だけ借り、後は夫婦で大雪山の観光地を巡り、どうにか過ごすつもりだった。

 それが至れり尽くせりの7日間。

 残間へコッソリと代金を問えば、「往復の航空代は自腹でお願いします」と見当違いの返事しかない。

 余った予算で予定より、多くのお土産が買えた。3人の子供達を預けた和枝の実家にも、余分にお礼を渡した。もう感謝しかない。

 ひとつ、気になるのは梶原(かじわら) 裕子(ひろこ)と名乗った奇妙な訪問者。

 剣持を邸宅の新たな持ち主と思い込み、何故かガッカリされた。人の良い諏訪が対応してくれたお陰でトラブルにならず、梶原は素直に帰ってくれた。

 

「剣持君、戻りましたか」

「……明智警視、お土産です。ヨロシケレバ」

 

 キャリア組のエリート警視・明智 健吾(あけち けんご)が入室した途端、全員がさっと着席。手持ちの調書を広げ、職務へ取り掛かった。

 いつも高級車を乗り回し、高価な持ち物を身に纏う上司は食べ飽きているかもしれない。そう思いながら、剣持はお土産を渡す。

 意外にも、明智警視は感謝の言葉と共に受け取り、己のデスクへそっと片付けた。

 

「背氷村に変わりは?」

「滞在中、梶原 裕子という女性が訪ねて来られたぐらいですね。後は長閑モンでしたよ」

 

 明智警視は旅行の感想ではなく、背氷村の状況を知りたがる。訪問者を報告すれば一瞬、整った眉が痙攣した。

 

「……本題ですが、報道は確認しましたか?」

「ハイッ、勿論です。鷹守 郷三の逮捕も知っております」

 

 何を言われるか身構えたが、明智警視は話題をすり替えた。剣持も旅行明け気分から、事件に携わる捜査一課の刑事へ切り替えた。

 

「では、こちらを頭へ叩き込んでください」

「……長野?」

 

 『コバルトマリン号、殺人未遂事件』、『オリエンタル号沈没事故裁判の偽証』、そして、『悲恋湖キャンプ場殺人事件』。今まさに世間の注目を浴びた事件ばかり。

 どれもこれも、当事者に顔見知りの高校生がいる。クルージング船ツアーは剣持の紹介故、流石にクラッと目眩がした。

 

「鹿島船長が生きていた? しかも、高遠からの手紙を持って……出頭? 明智警視、どういう……」

「鹿島 伸吾は沖縄にいたんです。金田君は以前、和泉 宣彦の入院を調べに波照間島へ行きました。そして、高遠と鉢合わせた。あれは偶然などでは……なかった」

 

 鹿島(かしま)元船長は極度の栄養失調により、長時間は話せない状態。今も警察病院で適切な治療を受けながら、少しずつ、供述している最中だ。

 

「そもそも、(いち)君のお母さんが……行方不明。残間さんにも先日もお会いしましたが……私には一言も」

「ええ、この方は一般家出人扱いでした。私の判断で、キミには伝えずに置いたんです」

 

 何より、驚いたのは金田家の家庭事情。剣持は何も知らなかった。

 

「ですが、昨日の取り調べで加納 達夫は金田 にいみと口論になり、橋から突き飛ばしたと供述しました。これによって、彼女に正式な捜査の手が入ります」

 

 困惑している剣持と違い、明智警視から強い使命感が伝わった。

 

(メンドクセェ……)

 

 偽証を働いた加納 達夫(かのう たつお)の供述を読み上げ、剣持は口癖を胸中で呟く。彼が法廷の誓い通りに真実を語ってくれれば、こんな事態にならなかった。

 犯罪者の面倒くささは刑事の経歴を重ねても、共感や理解ができない。

 先ず、遠出の長野県。名探偵の孫がいる。

 長野県赤根山中は長島警部の管轄外だが、顔馴染みの方が話は通しやすい。

 

「私は長島警部と連絡を取ります。金田一や七瀬君の容態も気掛かりですし……」

「頼みますよ」

 

 現場検証などの事後処理に取り掛かれば、当事者の事情聴取にも立ち会う。

 山と海で起こった事件そのものは別々の思惑で動き、共謀や共犯の線はない。だが、やり切れない事件だ。

 裁判の偽証が1日でも早く明るみになれば、何かが違ったと思いたい。

 

(……よりにもよって、(いち)君の先輩……桜樹君の同輩か……)

 

 沈没事故で愛する人を亡くし、復讐殺人と称して4人を殺害。後にボートにて自爆し、悲恋湖へ身を沈めたとされる。今も遺体の捜索は続いているが、発見は望み薄だ。

 現場へ行き、被疑者の家宅捜査、調書を纏め、早1週間。自宅には寝に帰れるだけ、御の字。

 欠伸を殺しながら、登庁した際に雪の模様を生地とした着物が目に入った。

 

「剣持さん、お勤めご苦労様です。本日は……面通しに呼ばれました」

「これは……金田さん、わざわざご足労を……」

 

 老齢の女性は金田(かねだ) にいみの母親、残間の姑でもある。厳格な雰囲気が醸し出され、剣持は思わず、敬礼。

 面通しの相手、新たに出頭してきた水崎 丈次(みずさき じょうじ)

 加納と同じコバルトマリン号の乗組員であり、オリエンタル号の関係者。先日、東亜オリエント海運を出し抜く形で、若王子(わかおうじ) 幹彦(みきひこ)と共に報道陣へ偽証の事実を明かした。

 水崎はにいみと面識があり、真相解明を恐れて、口封じに隠し撮り写真を送ったと供述した。

 この男は鹿島元船長の娘・洋子(ようこ)の恋人だったそうだ。

 

「先日は残間さんに大変、お世話になりました。ご連絡もせず……」

 

 複雑な胸中を察し、話題を変えた。

 

「ご心配には及びません。奥様からご連絡頂いております故、娘婿がお役に立ちましたようで何よりにございます。お帰りは別の者を遣わせたとお聞きしましたが……」

「ええ、一堂さんに空港まで送って頂きました」

 

 今更ながらの謝辞に、金田夫人は肩の力を抜く。井戸端会議に現れたご近所のような気軽さを見せた。

 

「お祖母ちゃん、タクシー来たよ……剣持さん」

「さとみ君、ご家族で一緒に……」

「今日は、私とさとみだけです。男共は先日、こちらでご迷惑をおかけましたので……置いて来ましたっ」

 

 黒目の大きな美少女、現役見習いマジシャンの残間(ざんま) さとみ。ワイシャツとジーンズ姿でも、礼儀正しさが滲み出る。少し笑顔に翳りが見えるのは、また事件絡みのせいだろう。

 金田夫人の言い草に居残り家族へ身内故の怒りを感じ、ちょっと苦笑した。

 

(いち)君も……ですか?」

「いっく……弟は今日、学校で。……今回ばかりはあの子も……」

「さとみっ」

 

 しっかり者の高校生は学校へ登校中、剣持は多忙な毎日で世間一般は新学期だと忘れていた。

 しかし、さとみを咎める金田夫人の口調に違和感を覚える。すぐに1人の容疑者が思い付く。彼しか、思い付かなかった。

 全ての事件は捜査中、調書も完成しておらず、剣持の知らぬ人間関係もあった。

 

「剣持さん、コバルトマリン号に就きまして……どうか、お礼を言わせて下さい。剣持さんがご案内くださらなければ……(いち)はツアーへ参加せず、娘の行いも知らずに終わった事でしょう。……ありがとうございます」

「ありがとう、ございます……」

「いえ……」

 

 恭しく頭を下げられ、剣持は複雑な気持ちに駆られる。

 北海道の礼で渡したクーポン券が金田家を更なる事件へ誘う切符となり、行方不明者の手掛かりにもなった。だが、鹿島元船長は遅かれ早かれ、出頭して来たはずだ。

 本当に意味があったのか、悩まされる。

 

「お祖母ちゃん、そろそろ……」

「さとみが先に、お行きなさい。すぐに追い付きます」

 

 さとみが遠慮がちに指を外へ向ければ、金田夫人は厳格に告げる。孫娘はシュンッと元気を更に無くし、剣持へ一礼。祖母の言い付け通り、先に外へ出て行った。

 途端、彼女は切なそうに眉を寄せ、剣持を見上げる。豹変にギョッとした。

 

「……剣持さんは洋子さんと、お会いになりまして?」

「はい……私も事情聴取を行いましたが……何か?」

似ている(・・・・)と思いませんか? さとみに……」

「……っ」

 

 耳まで切りそろえた髪、鍛えられた体躯。活発な見た目に加え、父親想いの性格も確かに似通っている。

 

「娘は……きっと、洋子さんを放って置けなかった……同情されたのでしょう。私なら……そうしますっ」

「……!?

「どうか、洋子さんの良い様に……もしも、にいみが……一聖のように戻れぬなら……せめて……」

「金田さん、滅多な言わんでください。母親であるアナタだけは……」

 

 その訴えは懇願であり、金田夫人はもう己が娘の生存を諦めている。

 幾度となく、子を想う母親を見た。

 だから、剣持は承諾できぬ。ここで頷けば、金田夫人の心は、にいみを勝手に喪ってしまう。絶対に駄目だ。刑事ではなく、妻を持つ夫の立場として言い放つ。

 

「……っ、……し、失礼しました……」

「いえ、私の方こそ……」

 

 声を荒げた剣持を見上げ、金田夫人はハッとする。己の言動に愚かさを感じた様子。

 まだ危ういが、一先ずは持ち堪えると信じた。

 

「本当、剣持さんは情に厚くていらっしゃる……。これも……一聖の導きでしょうに」

「……いいえ、きっかけは金田一ですよ」

 

 目尻に涙を溜め、金田夫人は深々と頭を下げる。剣持も倣い、この場に居ない名探偵の孫の縁が生んだ繋がりと主張した。

 

 捜査会議は情報交換と整理。

 ホワイトボードに書き込まれた相関図、手元の資料に目を通す。

 

「……以上を持ちまして、コバルトマリン号船内に高遠 遙一の痕跡はなかったと考えられます」

「『幽霊船長』の手紙につきましては、金田 にいみの筆跡に間違いないと母親から証言が取れました。鹿島 洋子も間違いなく、本人から受け取ったと供述しています」

 

 中村(なかむら)刑事、雪峯(ゆきみね)刑事。コバルトマリン号へ偶然にも乗り合わせ2人による説明を聞きながら、剣持は赤線で結ばれた人物に真っ青。

 

(殺された小林 星二が……金田家と懇意? しかも、金田 にいみが鹿島 伸吾を見付けた? 残間さんが高遠と……約束? どうなってんだ、こりゃあ)

「金田 にいみは何の目的で、手紙を書いたんでしょうか?」

「それに関して、鹿島 洋子は金田 にいみがオリエンタル号出航を皮肉っただけであり、鷹守 郷三へ送ったのは彼女の意思によるモノと供述しています」

 

 剣持が動揺する中、正野(ただの)刑事の質問に雪峯刑事は淀みなく、答える。不意な疑問に手を挙げ、捜査員の注目を浴びた。

 

「……鹿島 洋子と高遠 遙一に接点はないのか? 奴の関与は?」

「いえ、鹿島は高遠を報道でしか知らず、彼女の勤務歴と『幻想魔術団』のスケジュールを照らし合わせましたが、機会は得られなかったと考えられます」

 

 自分の質問に中村刑事が、如何にも残念そうに報告。洋子自身は『地獄の傀儡師』に関わりなく、少しだけ安堵した。

 沈黙していた明智警視はそっとホワイトボードの前に立ち、写真を追加。マジックペンを手に取り、書き込む。

 加納がにいみを突き飛ばした現場の検証結果、遺留品の発見もなく、周辺の救急病院に不審な急患はなかったそうだ。

 

「金田 にいみの友人、朝木 春子の証言により、海外へ行った可能性が出てきた。現在、渡航履歴閲覧を申請しています」

 

 場合によって、捜査は海外にも及ぶかもしれない。

 

「彼女が海外へ行く要因となったのが、鹿島 伸吾と考えられます」

 

 明智警視の指示と捉え、全員が資料を捲る。正直、鹿島元船長の供述は嘘臭い。

 彼は救出された当時の記憶がなく、自我を取り戻したのは去年の2月。

 家に帰りたい一心でどこかの診療所を抜け出し、荒れ果てた自宅を見てしまった。

 衝突事故の責任を押し付けられた挙句に死亡者扱い。ひとり娘に見限られたと思い込み、沖縄へ隠れ住んでいた。

 そこを高遠に発見され、東京までのフェリー代を渡されたという。

 不動高校生(岡持 武則)と知り合い、明智警視を訪ねて警視庁へ出頭した。

 

(……ウサンクセ~)

「水崎が写真を送り付け、加納と口論した日付は同じ。鹿島 洋子への連絡は1週間後、竜王丸元所有者への連絡も同日。そして……朝木 春子のブティックへ来店したのは更に1週間後、3月6日」

 

 剣持がイライラと頭を掻き毟り、明智警視はボードにある各写真へ日付を書き足した。

 

「彼女は最低でも2週間、鹿島を捜索。家族にも伝えなかったのは……加納を警戒していたんでしょうか?」

「ええ、橋から突き落とされた後ですからね。しかも、自宅マンションの写真を盗み撮りされ、疑心暗鬼に陥っていた」

 

 雪峯刑事の質問に明智警視はさらりと答え、剣持はにいみの心境を想像してしまう。ゾッとした。

 

「しかし、鹿島親子をすぐに会わせなかった……何故、2人は協力関係では?」

「鹿島の安全を優先した可能性があります。彼は多くの人間に恨まれ、意識不明でした」

 

 正野刑事は戸惑いつつも問う。明智警視の返答に、誰もが納得。

 

「例の診療所、特定は? 鹿島が病み上がりで元の自宅へ帰れる距離なら、案外……近くでは?」

「まだです。市民からの情報提供を目的とし、鹿島 伸吾の現在の姿を全国へ公開する!」

 

 まさかの決定、大胆過ぎる。

 

「……鹿島の保護は既に報道されていますし、せめて、もう少し回復を待ってからでも……」

「剣持君、問題はそこです。先週から今日まで、診療所らしき方からの連絡はない。つまり、素性を知らず、彼の世話をしていた可能性があります」

(……和泉 宣彦のように、か?

「もしもそうなら、彼の衰弱した状態しか、知らない。今よりも回復してしまっては、別人と判断されてしまうんです」

 

 剣持の質問に答えながら、明智警視はボードへ2枚の写真を貼る。ひとつは3年前以前の鹿島元船長、もうひとつは保護直前に撮った写真。肉付きや血色、目元の隈、眉間のシワで印象が違いすぎる。

 

「あの……高遠は何故、鹿島を明智警視へ託したんですか……ね?」

「そりゃあ、報道目的だろうよ。竜王丸船長の帰還にマスコミは必ず、食い付く。金田 にいみの目にも入るはずだ。警察に預けたのは、さっきも言った身の安全さ」

 

 中村刑事の疑問へ剣持は答え、報道による市民の反応報告へ目を通す。

 亡くなった竜王丸元乗組員の遺族、船の所有者だった会社関係者から警視庁への問い合わせが殺到。

 前者は加納へ向けた怨嗟の声に満ち溢れ、後者は再審請求に向けて鹿島元船長、その航海日誌の引き渡しを求めていた。

 全く違う立場の2人が、それぞれの意味で危険だ。

 

「剣持君にしては鋭いですね。私も同じ考えです」

 

 明智警視はわざわざ余計な一言。カチンッときた。

 

「残間 青完の監視はどうされますか?」

「引き続き、行います。水崎 丈次、警察での保護を決定。加納 達夫は既に検察により起訴されていますが、高遠の接触を警戒するように」

(残間さんに……刑事が張り付いていたとは、これも知らんかった……)

 

 『地獄の傀儡師』が北海道の旭川留置場に居た際、残間とは何度も面会している。それ程の親しい間柄故、警察もマークしていると、向こうも十分承知。

 仮に約束を果したとしても、夫婦再会の場面にノコノコと現れる程、愚かではない。

 

「どうかしましたか? 剣持君」

「明智警視、いえ……金田家の事情を突き付けられて、驚いたと言いますか。さとみ君や(いち)君は……これをどこまで知っているのかと思いまして……」

 

 正直、あの姉弟は何も知らずにいて欲しいと願う。

 

「いくつか、お話しました。あの子達は何も、知らないご様子でしたよ」

 

 明智警視の口調は一段と優しくなり、金田家を気遣う。彼は時折、剣持以上の人情を見せる。安心はできないが、もっと気に病むべき事件へ目を向ける。

 『悲恋湖キャンプ場殺人事件』だ。

 

(遠野 英治……)

 

 容疑者たる遠野 英治(とおの えいじ)は未成年者、報道に素性は明かされない。

 しかし、不動高校には何らかの報せが行くだろう。あの2人(・・・・)は当事者だが、口は堅い。だからこそ、真相を伝えられぬ苦しみを背負う羽目になる。

 剣持は見知った彼らを励ましてやりたい。久方ぶりに重く、悩んだ。

 

 陽が沈む前、自宅へ帰れた。

 玄関の戸へ手をかけ、ふ~っと一息吐く。

 

「剣持先生、こんにちは!」

「やれやれ……まりなちゃん、もう先生はやめろと言ってるだろ……」

 

 振り返れば、近所に住む十神(とがみ)家の長女・まりな。

 気立てが良く、居るだけで場の空気が明るい。言葉を交わすだけで、帰宅したばかりの剣持に元気を分けてくれる魅力を持つ。

 以前、剣持がご近所ボランティアで剣道の先生を務めた時期があり、指南した生徒の1人。それ以来、家族ぐるみの付き合いだが、「先生」呼びは照れる。

 

「おばさまから旅行のお土産、貰って……お礼を言いたくてっ。良いですね、結婚15周年記念。あたしもその頃には北海道へ行こうかな~♪」

「なぬ? まりなちゃん、それは……ついに彼氏と結婚するのか?」

 

 羨ましがりながら、まりなは唐突な結婚報告。剣持はギョッとして、目を見張った。

 何故なら、彼女は3年前に暴漢に襲われかけ、一時期的に若い男性へのトラウマを抱えてしまった。その為、高校卒業後の入籍も延期したと聞いていたのだ。

 

「はい、やっと……区切りが付いたんです。ずっと待っててくれた……零児との新居も探しています。今日は……それも伝えたくて……」

「そうか、良かったな。おめでとう……」

 

 今までは心配かけまいとする笑みが、とても幸せそうに笑う。まりなは本当に立ち直ったと分かり、剣持の疲れは吹き飛んだ。

 

「式はいつ頃を予定しているんだ?」

「来年の6月です。剣持先生には参列してもらえますから、細かい日程は早く伝えますね♪」

「……どういう意味だ? 参列に条件があるのか?」

「うふふ……零児、刑事になったんです」

 

 何気ない質問のやり取りから意外な事実を知り、ビックリ。

 警察官が結婚式を挙げる場合、プライバシー保護や愉快犯の介入を防ぐ為、参列者は限定される。

 剣持の場合はお互いの両親と兄弟姉妹、警察関係の同僚と上司のみ。

 後日、仕事抜きの酒の席を用意し、個人的な友人達を紹介する羽目になった。

 

(めんどくさかったな、あれも……)

 

 懐かしい思い出だ。

 

「それも不動山署に配属されたんですよ……最近、出動しても警視庁が先に現場の指揮を執ってて、パシリにされるって、愚痴ってました♪」

「そうだったのか……」

 

 原因は多分、剣持だ。

 今年に入り、不動山署の管轄に度々出動していたが、全く知らなかった。全国は勿論、都内でも警官の数は多く、出会わなければ、出会わない。

 今度からは所轄の刑事にも、意識を向けてみよう。

 

「あなた、玄関で喋ってないでっ。家に入りなさい。まりなちゃん、お菓子食べる?」

「はい、頂きます♪ お邪魔しま~す」

 

 話が長すぎ、和枝は痺れを切らして出迎えた。まりなはお言葉に甘え、さっさと靴を脱ぐ。キチンと揃えて置き、育ちの良さが出る。剣持のやんちゃな子供達も見習って欲しいが、上手く行かない。

 

「そうだ……当時、中学生だった潮 美波留って子、今はどうしてる? 高校に進学したと聞いた切りだが……」

「元気ですよ。将来は水泳の選手になるって……」

 

 まりなの元気溌剌な話を聞き、剣持は金田家を思う。

 如何なる真相が明かされても、彼らの心は掻き乱される。だが、目の前で微笑んだ彼女を見ていると、信じたくなる。あの家族にも、心から笑える日が戻って来ると――。

 自分勝手に信じながら、彼ら一家の行く末を見守ろう。刑事として、個人に介入し過ぎだが、剣持に出来る事はそれだけだ。そう、開き直った。

 

 夕食後、捜査抜きで金田家を訪問した。件の彼(・・・)は生憎、留守だった。

 

○●……――甲田(こうだ) 征作(せいさく)の脳裏にこびり付く。

 炎上しながら、悲恋湖に沈んでいくボート。赤く染まった水面に煙も吸われ、残骸が浮かぶ。

 まるで悪夢の再来。

 3年前の判断が再び、甲田を責めるような光景。

 遠野を復讐殺人に走らせ、死に至らしめた。大自然から責任を問われても、答えなどない。

 救助が来るまで、足に負傷した七瀬を守る事に専念した。

 そうしなければ、湖の誘いに乗ってしまいそうだった。

 

 七瀬に付き添い、搬送された救急病院にて衝撃的な報道を知った。

 あのオリエンタル号責任問題を追及する裁判、裏金による偽証が発覚したのだ。

 タンカー竜王丸に一切の責任なく、悲惨なる事故の元凶と汚名を着せられただけだった。

 考えもしなかった

 後から検査の為に病院へ運ばれた他の生存者にも、記事を見せた。誰もが愕然とした。

 

「九条さん、アナタ……本当に知らなかったの? たった1人の生存者を買収するだなんて!」

「み……観月旅行会社は裁判に関わってません! ……全て、東亜オリエント海運がやった事です」

もう、やめてぇや!!

 

 汚い手口に香山 聖子(かやま せいこ)は怒り、ツアーコンダクター・九条(くじょう) 章太郎(しょうたろう)は必死に弁明。

 高校生の河西(かさい) さゆりはワッと泣き出した。すぐに職員により、別室へ連れて行かれる。彼女のご両親が迎えに来る手筈になっており、先に事情聴取も行う為でもある。

 

「俺とした事が……偽証に気付かねえとはなっ! ……とんだ特ダネを逃がしちまったぜ」

 

 いつき 陽介(ようすけ)は苛立ちながら、記事をゴミ箱へ投げ捨てる。額面通りではなく、真実を見抜けなかった不甲斐無さを呪っていた。

 

「遠野君が読んでいれば……」

「甲田さん……それ以上は……」

 

 ゴミ箱に入った記事を拾い、甲田は遠野を思い返す。起こした事故の責任から免れた者がいると知れば、事件は起きなかったと信じたかった。

 されど、心優しき名探偵の孫は頭を振るう。

 発覚した報道はツアーの真っ最中、そして、遠野の恨みは豪華客船でもタンカーでもない。小泉(こいずみ) 蛍子(けいこ)を「カルネアデスの板」に則り、振り払った自分にある。

 その現実を突き付けられ、甲田は崩れ落ちた。

 

 15歳の少女を暗い海へ沈ませた。

 後悔しても、時間は巻き戻せない。

 だから、自分なりの償いとして僻地医療に尽くした。けれども、彼女の死を嘆く人がいたと、掠りも思わなかった。

 何故、小泉の遺族を探さなかったのだろう。そして、遠野の元へ辿り着き、真実を打ち明ければ、良かった。そして、報いを受けるべきだった。

 そんな考えが纏わり付き、甲田はまともに眠れず、食事も摂れなくなっていた。

 

 何度目かの事情聴取、今度は本庁の明智警視。九条と歳の変わらぬ警視は前置きもなく、1枚の写真を見せてきた。

 藍色のコートを着た女性、前髪で人相は見えにくいが知らない。

 

「この女性は……?」

「金田 にいみと言います」

 

 静かな声を聞き、ハッとした。

 

〝金田君……大丈夫、コレが終わったら……一緒に学園祭、回ろう〟

〝遠野先輩……?〟

 

 遠野が七瀬へ向けた言葉が蘇り、甲田は食い入るように写真を眺めた。あれは写真の女性に向けた言葉と確信した。

 

「この方に……会わせてもらえませんか? いえ、私は会わねば……」

「どなたか、思い当たる方がいますか?」

「遠野君が……最後に呼んだ名前が……金田でした。きっと、この方です」

「……っ」

 

 必死に訴えれば、明智警視の眼鏡が不自然に反射した。一瞬の動揺と後で気付いた。

 

「残念ですが、この方ではありません。私に言えるのはそれだけです」

「で、では……遠野君が呼んでいた金田さんに会わせてください……。私は……伝えねばならない……」

 

 思わず、明智警視の背広を掴もうとする。すっと避けられた。

 

「それは私の範疇外です。ですが、金田一君なら……協力出来るでしょう。先ずはお食事を。医者の不摂生は見るに堪えません」

「……っ」

 

 冷静沈着な態度に情けが見えた。

 本来なら、それ(・・)を伝える義務も明智警視にはない。精一杯の恩情に甲田は頭を下げた。

 また高校生を頼るのは、忍びない。他の当事者達も事件のショックがあるのだ。

 ならば、別を頼ろう。

 

 自宅に戻り、書斎のカーテンを開ける。たった数日、手を入れなかっただけで何年も放置されたかのように荒れていた。

 机の引き出しを開け、最低限に整った書類の奥を漁る。ひっそりと眠っていた名刺が指先に触れた。

 角は擦り切れ、文字は少し滲んでいた。けれども、甲田にはその名刺が過去から差し出された手に思えた。

 

「……この人なら……」

 

 かつて、地方医師の実態調査に現れたミステリールポライター。取材中も真摯に耳を傾け、とても気品のある佇まいだったと記憶している。

 名刺をそっと両手で包み、黄ばんだ紙片に祈りを捧げる。何よりも、希望の光に見えた。

 

 実際、頼って良かった。そう、言っておこう。




遠野「遠野 英治です。閲覧ありがとうございます。すみません、金田君を見ませんでした? どこ行っちゃったのかな~……フフ。また、七瀬君に捕まってるんだろうね。さて、次回は『異人館ホテルへの寄り道』!! 金田君、キミはどこへ向かうの?」

甲田 征作
罪の意識に苛まれ続けた医師
救えなかった命の分だけ、多くを救おうと取り組んだ。遠野が発狂したのも、彼が良心の呵責に苦しんだ人と理解したからだと思われる
作中にて、とあるミステリールポライターを頼る

いつき 陽介
準レギュラーのフリーライター。幽霊客船の事件に何を思うか、公式の反応が見たい
今回の事件を記事にしなかったのは、甲田を気遣った意味もあっただろう

香山 聖子、九条 章太郎、河西 さゆり
3年前の真相を知ったら、香山は怒ってくれる気がする

諏訪 正子
タロット山荘殺人事件ゲストキャラ

十神 まりな
剣持警部の殺人ゲストキャラ。作中にて、6月に結婚を控えている
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