金田少年の生徒会日誌 作:珍明
誤字報告により修正しました、ありがとうございます
3日間、穏やかに過ごせた。
「狭山クン、屋上に行けるって」
「狭山クン、隣町へ行く一本道を見に行きましょう」
「狭山ク~ン」
訂正。
しかも、彼女はやり過ぎる傾向にある。
「底なし沼が本当に、底が無いか。興味ない? 狭山クン」
「お客様、おやめくださいっ」
人の体で実験しようとした時、
大人しく劇場の見学へ行けば、サンフィッシュ室内楽団の練習に出くわす。彼らはコンサートこそ、初日の晩のみ。劇場自体を宿泊中は借りているらしく、決められた時間に様々な曲をチャレンジしていた。
「狭山クンは何か楽器、出来る? ちょっとヴァイオリン、やってみて」
「右竜先生……そんな「逆立ちしてみて」みたいな言い方しないでください」
「僕の良かったら、使ってくれ」
右竜先生の無茶振り、やれやれと肩を竦める。
瞼の裏に高名なヴァイオリニストを思い浮かべ、しなやかな指の動きをなぞる。どの弦を押さえ、弓を弾けばよいのか、ずっと見ていたから理解している。しかし、指が攣った。
「なんで止めちゃうの? 狭山クン、まだ……え~と……一楽章も終わってないじゃん」
「……見れば分るでしょう……右竜先生……」
「アハハ、キミ……筋良いよ。楽器、やってただろ?」
コンサートマスターにして、ビオラの
「狭山」と呼ばれる心地良さのせいだろう。
自分を知られないまま、誰かと関わる気軽さに救われていた。
「おやすみ~狭山クン」
「おやすみなさい……」
部屋に独りとなれば、情報の吹雪が脳髄の奥で荒れ狂う。学帽を枕代わりにして過ごす夜もまた、一興だった。
明日はいよいよ、ホテルを出発。当初の目的地・函館にある異人館ホテルを目指す。
『ミステリーナイト‐殺人劇への招待 ナルシスの魔鏡』
参加券を見ながら、右竜先生との別れを惜しんでいる自分に気付く。日常へ帰りたくない我が儘か、素性を明かして関係を続けたいのか、気持ちの整理も付けられない。
それだけ、楽しいと感じてしまった。
ノックの音が聞こえ、
「私だよ、ちょっと良いかな?」
「はい、どうぞ」
意外な人物が現れたが、断る理由もない。躊躇いなく、招いた。
「狭山君も明日、ここを発つんだろ?」
「はい、ここでの時間は……あっという間でした。皆さんに会えて、嬉しかったです」
雑談しながら、城は愛想よく椅子へ腰かける。彼らと出会えた感想を語れば、見定める視線を向けられた。
「キミ、ピアノやってたんじゃないか? あのヴァイオリンの弾き方……ピアノを弾ける奴の癖が出ていたぜ」
(え~……ナニソレ。初耳……)
城から思わぬ指摘を受け、
「それが何か、問題でも?」
「高校演劇コンクール。御堂 周一郎の遺作『悪魔組曲』を伴奏した学校があるんだが……、そこの生徒の集合写真に……狭山君に激似の男子がいたような気がしてなあ~?」
平静を装ったが、既に身元がバレていた。
東京広くとも、世間は狭し。
しかし、ここで動じてはならない。例え、サンフィッシュ室内楽団全員にバレていようとも、
「――何をおっしゃってるのか、全く意味が分かりませんねえ――」
「……なんだい、その詐欺師みたいな言い方……」
真面目な顔で言い放てば、城は少しだけ笑った。
イタズラを認めぬ子供に余裕を持ち、接する。そんな器の大きさが込められた笑みだ。
「……ふう、分かって欲しいから言うけどね。学校をサボっていようと、キミの勝手さ。ただ……何か思い詰めてる気がしたんだ」
「……それで、わざわざ……」
それだけなら、初対面の高校生に対して、随分と人が良い。
もしくは、事件報道に見舞われた不動高校へ同情でもしたのだろう。そんな捻くれた考えに嫌悪し、眉間のシワを解す。
「私も……以前、悩みを抱えて……取り返しのつかない事態になったからね。狭山君には、そうなって欲しくないっ」
一瞬、城は過去を見ていた。
これは無下に出来ない。
「城さん、貴方の言うように自分は……人に言いたくないモノを抱えています。ですが、逃げていません。『悪魔組曲』にありますように……いつか、嵐は去ります。今はその旅路の途中ですっ」
「……言いたくない……か、まあ……私のような突然、現れただけのオッサンには言えないかもしれないな」
心配をかけまいと胸の内を語ったつもりだが、城には違う印象に受け取ったらしい。
身内、教師、警察、ライター、記者。今まで話をして来た大人達と違うタイプだ。
「話、通じています?」
「狭山君、格好付けて言っても……最初に出た言葉が本心なんだよ。後は……そうである自分自身への言い訳さ」
名探偵の孫でさえ、遠慮する部分まで踏み込んで来ようとしている。聞きたい話を聞けるまで、城は根気よく付き合うつもりだ。
「……城さんは何に悩んだのですか? その……取り返しのつかなくなった物事については聞きませんから……」
「普通、逆じゃね? 変なトコに気を遣うね、狭山君は……」
城の個人的な事情に興味なく、就寝時間までの時間稼ぎである。
「私は音芸大出身でね……当時、アメリカ留学の栄光に目が眩んでいたのさ。ニューヨーク国立音楽院の特別留学生。その栄誉に選ばれたかったんだ。他の人に決まった時、実力だけなら……自分が留学出来たはずだって……思ってたよ」
(……選ばれた人が実力じゃないなら、コネかなあ……)
華々しい大学は熾烈極まりない争いに満ち、言い回しから大体の予想が付く。聞くんじゃなかったと後悔した。
「すみません……それ以上、聞きたくありません」
「ああ、すまない。面白くない話と前置きしてなかったね」
城は素直に引いてくれたが、後日。その事件を別の人間から語られるなど、双方知る由もない。
「……ただ、自分は選ばれなかったと悩んだ事はありません。……最優秀賞を取れなくて、悔しいとは思いました」
賞が発表された瞬間を思い返し、拳を握り締める。
「狭山君、自分の気持ちに気付いていない感じかな? じゃあ、失礼を承知で言わせてくれ。キミ、いつか……
「……っ」
親身な口調から一変、冷徹な態度で見据えられた。
自分を知らぬ人から見ても、殺意を見抜かれるのだと感心すら覚えた。もしかしたら、右竜先生が声をかけてきた理由も同じかもしれない。
「自分が殺してやりたかった相手は……
城への敬意を込め、口走ったのだろう。だが、殺したい相手が吹雪で見えない。今までは紅い花びらを散らせ、血に伏した偽者の姿だった。
「……狭山君、ソレだよ。俺達は後悔した。キミは……代わりを探している」
「……代わりなんて、見付かるのでしょうか?」
城の憐れみを受け、
もしも、見付かるならば、荒れ狂った吹雪は治まり、彷徨い歩いた雪原は雪解けを迎えるに違いない。積雪の下に埋もれた薔薇はついに、咲く。
想像してみたが、どうにも虚しかった。
部屋の時計の秒針がチッチッと響き、沈黙が場を制す。あまりにも静かで、このやり取りは夢の中の出来事と錯覚して来た。
「……悪い、俺が性急過ぎた……。狭山君、もっと自分の気持ちに気付いて、それを誰かに話すと良い……。キミが頼りたい誰かでもいいし、俺も……話を聞く」
「……城さんに、迷惑をかけませんか?」
「かけていいのさ……俺はそう言う意味で言ってるっ」
(……この人、ちょっと……明智さんに似てるような……)
成長を見守るような微笑み、城はどこぞのエリート警視と全く人相は似ていない。されど、他人を思いやる表情から、そう感じた。
何ひとつ解決せずとも、朝が来る。
「や……やったわ、狭山君。一本書けた……いや、二本は行けたんだけど……納得出来たのは一本って意味で……」
「右竜先生、おはようございます」
右竜先生は執筆中の原稿を見せてくれないが、徹夜明けのハイテンションな笑顔が物語っている。目の下にある隈を見つめ、
朝食後、右竜先生とホテルの散策に励んだ。フラフラな千鳥足は眠そうに見えたが、東京までの道のりで一寝入りするそうだ。
「狭山クン、函館で降りちゃうでしょ。キミと一緒に居られる時間が勿体ないもの」
「……そのお気持ち、小説のネタにするつもりですか?」
決められた別れを笑いながら、惜しむ右竜先生へ意地悪を言ってみる。すぐに「YES」と返事が来た。
だからこそ、ここで終わろうと決めた。
旅の途中で出会った小説家と過ごした非日常、それは日常へ戻った時の思い出にしておきたい。死骨ヶ原湿原ホテルはその為の場所だ。
(……代わりを探している、か……)
昨晩の言葉だけは日常へ戻っても、
チェックアウトを終えた頃、汽笛の音が到着。
「またのお越しをお待ちしております」
「……さようなら、長崎さん」
長崎支配人は帰路へ就く客人を見送りと新たなる客人の出迎えに現れ、
――2度と此処へ来ない。
その想いが通じたのか、長崎支配人の視線を背中に感じた。だが、振り返らない。きっと、母・にいみもここを去る際に、そうしただろう。
決して立ち止まらず、歩き続ける。それが母子なりの礼儀だった。
3日振りの『銀流星』は変わらず、夜を思わせる深く青い塗装。
サンフィッシュ室内楽団一行もホームに待機。彼らの楽器は数時間前の貨物列車によって、既に運ばれている。最低限の荷物だけだ。それでも、スーツケースは必需品らしい。
「城さん、東京でもまたコンサートを開きますか? 自分、聴きに行きたいですっ」
「勿論、やるよ。学校の友達と聴きにおいで……金田君」
社交辞令だったのは確かだが、見抜いた城は小声で人の本名を言いやがった。
微妙に大人げなく、イラッとした。
東京の道端ですれ違おうとも、初対面のフリをしてやろう。
「狭山君……荷物、それだけ?」
「バックパッカーだって、もうちょい荷物持ってるぜ」
「……身軽にしたかったのです」
ハープの
車掌が乗客の乗り降りを確認し、『銀流星』は死骨ヶ原駅を出発。赤い煉瓦の建物が遠退いて行く。
「狭山クン、見てごらん。あの駅から出発すると、銀河鉄道に乗った気分だわ。同じ地球にいるとは思えない~」
「……壮大過ぎません!? 危ない、危ないから!」
黄昏れた右竜先生が走行中の窓から顔を出そうとし、
「ウフフ……狭山クン、良いお婿さんになるわ~。私の担当編集に欲しいくらい」
「お断りします」
クスクス笑い、右竜先生が暴れないように見張る。
彼女の寝顔は見ないように気を遣った。しかも、少し眠っただけで「元気になった」と原稿用紙を取り出し、今の気持ちを書き留めだす。煮詰まれば、「何か喋って盛り上げて」と無茶振りして来た。
にいみと暮らした横浜での幸せな日々を思い返してしまい、ホンの少し胸が痛んだ。
《函館~、函館――》
函館駅へ到着した頃、夜は更ける。見え上げた星空は『銀流星』よりも深く、美しい。
6時間以上に及ぶ乗車だったが、退屈せずに過ごせた。寧ろ、体の動きは軽くて、物足りない程だ。
ホームに降り立った瞬間、潮の香りが飛び込む。同じ北海道でも、匂いの違いにビックリして笑いが出た。
「狭山クン、色々とありがとう。今回書いた話……絶対に本にするからっ」
右竜先生は乗降口へ見送りに来てくれたが、寝ぼけ眼。クスリッと笑いながら、
眼鏡の縁を押し、右竜先生は何言いかけ、代わりに笑みをくれた。
お互いに別れや再会の言葉はなし。
それが一期一会を覚悟した出会いと別れと、理解し合っていた。
汽笛が鳴り、
去り行く『銀流星』から最後まで目を離さず、見送った。
潮風が頬を撫で、学帽を深く被り直す。本当に夏かと疑う冷え込みの中、頬を伝う汗は胸に宿った灯のように暖かかった。
――こうして、「
ただの
見回せば、無視していた数々の現実が見えた。
駅の購買に売られたタブロイド紙や新聞紙、それらを買い漁る人々。一面の見出しは【竜王丸船長の帰還!!】、浮浪者の身なりで保護された顔写真が掲載されていた。
「今週はこんな記事ばっかり、いつ裁判をやり直すんだっ」
「ば~か、船の再調査が先だろ」
彼らの会話を聞くとはなしに聞けば、月曜日の夕刊からその顔写真を載せ出したらしい。保護直前の写真は警察しか、持っていない。報道陣が入手するなど、考えにくい。
警察が
まだ、自分が関わるには早い。だから、背を向けて歩き出す。楽しんだひと時さえもなかったように一歩、一歩、地面を踏み締めた。
――さあ、今度こそ追悼の旅へ行こう。
雪村「異人館ホテルへようこそ、支配人の雪村 剛造と申します。明日の夜から、告知していたミステリーナイトを開催致します。是非、ご堪能下さい。さて、次回は『俵田刑事は知らない』。警官服の参加者が多い? はて、何の事やら……」
城 晋一郎
殺意の四重奏ゲストキャラ、コンサートマスター
吉野 音美、赤堤 響介、谷村
殺意の四重奏ゲストキャラ、谷村は名前のみ登場