金田少年の生徒会日誌 作:珍明
地元民だからと言って、豪太は滅多に登山しない。折角の環境が勿体ないと妬まれようが、休日は自分の好きに過ごすのだ。
今日の登山はクラスメイトからの誘いを渋々、受けた。
この友達は同じ地元、幼い頃から季節を問わず、登山の機会があれば、氷壁岳を歩く。家族だったり、他の友だったりと面子は様々、同学年にしてベテラン登山者高校生と自称する程。
「お前と一緒なら、安心だなっ」
豪太も登山の腕は信頼しており、友達と入山手続きした。
厳冬期の終わり頃である春期、景色のように登山者の顔触れも変わる。下山途中の人々と挨拶しつつ、素敵な出会いを勝手に予感し、心を弾ませた。
春の名に遠く、まだまだ積雪は多い。しかも、天候の変化は熟年者でも予測が付かない。それも楽しみのひとつと言えば、危機感を疑われるので口には出さない。
順調に歩いて、中腹の『雪稜山荘』に立ち寄る。山奥によくぞ造ってくれた洒落た山荘だ。
「こんにちは、皆さん。何か飲み物をお持ちしましょう」
炎が揺らぐ暖炉の間。そこにいる先客は眼鏡のせいだろうか、やたらとキラキラッと眩い。
「こんにちは、明智と申します。お会いできて、光栄です。突然で申し訳ありませんが、チェスの心得は御座いませんか?」
「どうも、相島っス。俺なら、一戦付き合えるぜ」
優雅に髪を掻き上げ、
相手が本庁捜査一課にして、キャリア組のエリート警視だと知らぬ人生であれば良い。
「ほお、そう来ますか」
「明智さん、強いっスね」
友達に荷物を任せ、暖炉の熱を抜きにして額に汗を流す。それ程に豪太は久しぶりの苦戦中。正直、プロを疑う腕前だ。
時間にして30分。
「どうだ!」
「
必死で閃いた苦肉の一手だが、明智はあっさりと王手へ駒を動かす。豪太の敗北である。隣で友達に大爆笑され、自信があっただけに悔しさが増す。
「もう一戦! 今度は最初から本気でっ!!」
「いえ、このくらいにしましょう。今日はもっと上まで登るつもりだったので、そろそろ出発します」
再挑戦を断られ、豪太は我に返る。登山目的であり、チェスは違う。
「明智さん。1人なら、俺達と一緒にどうっスか?」
「良いですね、是非」
良い笑顔だが、それとは別に明智はキラキラッ眩しかった。
「それでは6号で折り返し、戻ってきます」
「晴れてますが、注意して下さい。どんなに小さな変化でもあれば、すぐに戻って下さい」
耶麻田に挨拶し、3人で連れ立って外へ出る。
入れ違いに登山者2人組を発見、1人は無精ひげのオッサン、もう1人は豪太より年下だろう。ニット帽とマスクで人相は判断できないが、三眼目の目元から、親子だと勝手に推測した。
「こんにちは。すみません、ここは『雪稜山荘』ですよね? 前は山小屋だったはずですが、いつ頃に改装されたのですか?」
「ちっす。アンタらは初めて? 山小屋は10年くらい前に大雪崩で潰れちまったんだってさ。その跡にロッジを建てたんだとっ。雑誌にも載ってるぜ」
ニット帽は物腰が柔らかく、声から男子と判明。豪太が説明すれば、あからさまにガッカリする。下調べせずに来たのなら、氷壁岳自体が初心者だろう。
そんな2人組は気にせず、3人は6号を目指す。山奥へ進んでも、空に雲ひとつない。積雪は増えて行ったが、全く問題ない。念の為に装備もバッチリだ。
「明智さん、登山に慣れてるんスね」
「ええ、勿論。雪山にはあまり、登りませんが……今日は気分転換です」
北海道の背氷村事件が原因だと、豪太は絶対に知りようがない。
6号目に到着。流石に疲労感で足が悲鳴を上げ、呼吸も荒くなる。仕方なく来た身だが、雪が解ける手前の山々。厳冬とは別の美しい景色、心を打たれる。
このまま7合目へ挑戦したいが、通行止め。今日の6合目も明日は禁止かもしれない。それが雪山登山だ。
「心が洗われますね」
「勉強も何もかも。ちっぽけに見える!」
雪景色に負けず、明智もキラキラと輝く。彼の水筒からコーヒーの匂いがした。
豪太達も水分補給し、梅干しや煎餅を齧った。
十分な休憩を取り、先程の『雪稜山荘』を目指して下りる。3人でチェスの話で盛り上がった。
「あれ? さっきの奴。1人じゃん?」
5合目の中間にて、ニット帽の彼を見かける。一眼レフカメラ・ニコンFを構え、切なげに雪景色を撮影していた。
登山者ならば、ありがちな様子。何故だろうか、豪太は美しいと感じた。
「どうも! これから、登んのかよ。連れのオッサンは?」
「あの人は山荘で、休んでいます。自分はまだ体力に余裕がありますから、6合目まで登ろうと思いました」
彼は簡単そうに言うが、初心者には危険。他の雪山登山経験者であろうと、豪太はお節介ながら阻止しようと決意した。
「それなら、私達と山荘へ帰りましょう。6合目まで行きましたが、誰も居ませんでした。ここから先の天候は崩れやすい。1人では危険です。申し遅れましたが、私は明智と言います。彼らは地元の高校生です」
「金田です。ご親切にどうも、明智さん。お言葉に甘えて、ご一緒します。皆さん、雪山に慣れていらっしゃいますね。心強いです」
穏やかな口調の金田は素直に受け入れ、下りる選択をした。正直、ホッとした。
挨拶を済ませれば、登山仲間同然。
学校の話になれば、金田は東京の高校生で意外。中学生と早合点しなくて良かった。
「東京……。失礼っ、キミは
「!? 明智さん……? ……もしかして……ボイコッ……いえ、急なご予定でお会いできなかった明智さんですか?」
驚いた顔で明智が問えば、金田はギョッとして警戒態勢になる。記憶を探るように呟いてから、思い当たった様子だ。
他人事の豪太は会話だけでも、この面白い状況を察した。
「「ボイコットしたんスか、明智さん」」
「……ゴホンッ、やむを得ない事情です。ですが、まさかこんなところで金田君にお会いできるとはっ」
からかい半分の高校生2人に対し、明智は不本意と言わんばかりに咳払い。そして、またキラキラと眩かせて金田との出会いを喜んだ。
しかし、反対に金田はニット帽で目元を隠す。マスクもそのままであり、顔が完全に隠れた。
「……今日、明智さんに会う予定ではありません。忘れて下さいっ」
「「お前は一体、何を言っているんだ?」」
まさかの出会いすら、拒否。豪太と友達は呆れた笑いが込み上げる。ちなみに明智はキラキラッが曇ってしまう程、驚いていた。
そして、金田は何とニット帽を下げたまま、走り出す。登山道で命知らずな行動をされ、背筋が凍り付いた。
「!? 金田君!! 走ってはいけない!」
「馬鹿か、止まれ! 金田!!」
制止の声、虚しく。金田は躓いて転んだかと思えば、綺麗に体を回転させる。背中のリュックサックで地面への衝突を防いだ。
「すげえ、空中回転っ。じゃねえよ、何してんだよ。どっか、打ったか?」
「金田君、動けますか?」
咄嗟の動きは感心するが、裏返った亀状態な金田の身を案じる。見た目だけなら、ケガはない。更に近寄れば、まだニット帽で顔を隠したままだ。
「――はい、自分で動けます。ご心配をおかけしました――」
「……? それなら、良かった?」
金田が喋った途端、雰囲気が変わる。同じ高校生という印象がなくなり、明智と同年代のような錯覚を覚えた。
結局、再び『雪稜山荘』へ到着するまで、金田は顔を隠し続ける。転倒防止対策で仕方なく、豪太は腕を貸す。奇妙な時間だったが、悪い気はしなかった。
無事に戻れば、暖炉の間にてオッサンが座り込む。暇だったらしく、スケッチブックに描き込んでいた。
目元を隠さなくなった金田は足早にオッサンへ駆け寄り、小声で耳打ちする。じろりとオッサンが明智へ視線を送った。
「明智さん、こちらは小林さん。伯父の友人です」
「!? 初めまして、明智と申します」
「……小林だ」
紹介された明智は一瞬、驚いて見せる。すぐにキラキラした輝きを放ち、挨拶した。
各々の人間関係よりも、豪太は金田が気にかかる。大人が醸し出すような礼節を無くし、自分達と同じ高校生の雰囲気へ戻っていた。
「小林……、画家の小林 星二さんですか?」
「「え? オッサン、画家なん!?」
不愛想なオッサンが日本画家・
「金田、オッサンは有名なの?」
「はい、その筋では有名です。ただ、相島君向けの画風ではありません」
丁寧に教えてくれた金田曰く、人を選ぶ画風らしい。それならば、小林と歳の近そうな耶麻田へ小声で質問した。
「耶麻田さん、知ってる?」
「生憎、私もその方面には疎くて……。そちらの絵の作者・氷室 一聖なら、存じているんですが……」
一瞬、耶麻田の視線が金田へ向けられた気がするが、ただの気のせいだろう。
日本を代表する氷室画伯なら、高校生でも知っている。元々、本当に有名だったが、北海道の事件で悲劇の画家として、更に名を上げてしまった。
あまりにも、非人道的な最期だった。
報道内容は被害者よりも、加害者4人を重点的に取り上げた。何故なら、彼らは己が犯した罪の報いを死によって、償わされた。
欲に目が眩み、見捨てた生存者の復讐の刃によってだ。
(殺した人……誰だっけ? 無期懲役だったな……確かっ。親の敵討ちなのに……罪に問われちまうんだよなあ)
同じ雪山の事件を思い返すのは不吉。豪太は報道内容を振り払った。
「ほお、こちら……。氷室画伯の……」
「はい。12年前にお会いしまして、氷室さんから直々に頂きました」
興味津々な明智が壁にかかった絵を眺め、豪太も近付いた。
吹雪と雪道、ピッケルを手にし、重装備を2人分背負う人影。本当に絵の中を彷徨っているような躍動感があった。
一見すれば、写真と見間違える程、再現された風景。冬の氷壁岳から生み出された伝説のひとつ、『雪霊伝説タカハシ』だと随分、後になって聞いた。
由来を知らぬ豪太でさえ、感動のあまりに背筋が粟立つ。
「あれ? さっき、休憩した時……この絵あったっけ?」
「……普段は管理人室に飾っているんです。皆さん、お疲れでしょう。夕食の支度は出来てます。お部屋に荷物を置きましたら、どうぞ、食堂へ」
はぐらかされたが、空腹に勝てなかった。
日が暮れれば、窓の向こうは吹雪。豪雪に比べ、可愛い降り方だが、油断は禁物。
今夜の宿泊客は5人だけ、管理人の耶麻田を含めても6人と少ない。彼の手料理が並ぶ食卓をほとんど貸し切り状態、何とも贅沢。
「マスクしてっから、どんな面かと思ったら、色男じゃん。金田っ」
「相島君に比べたら、貧弱ですよ」
金田は暑苦しい防寒具を脱ぎ、セーター姿でも細身と丸分かりの体格。男前より、色男がしっくりくる。それで躓いた拍子に受け身が取れるなら、運動神経は良いのだろう。
「耶麻田さん、席順は決まっていますか?」
「金田さんはこちらの席へどうぞ。ご希望の魚料理にしてあります。それ以外の方はお好きな席へお座り下さい」
登山仲間しかいない山荘に指定席など不要、豪太は早速、金田の隣へ座ろうとした。物凄い速さで大人2人に陣取られる。小林は連れだが、明智は何故だろう。少し残念な気持ちで、友達と隣同士になった。
明智は綺麗な箸使いで食事しつつ、堂々と金田を見ている。そして、小林は食事中でもスケッチブックを手放さない。
「……小林さん、お行儀悪いですよ。自分の教育に良くありません」
「……そうだね」
「納得した!?」
金田に諭され、小林はスケッチブックを椅子へ立て掛ける。彼はオッサンの扱いに慣れた様子だ。
「金田君も絵の心得があるんですか?」
「美術の成績、1です。自分の絵を見た担当の先生が笑い転げて、授業になりません」
明智に聞かれ、金田はニッコリと笑って見せる。その笑みに込められた感情は豪太には読み解けない。
「なんか、金田ばっかり質問されてんじゃん。明智さんは絵心あんの?」
「ええ、見せる自信は勿論、ありますっ」
豪太に答えた瞬間、明智のキラキラが増して眩しい。チェスの腕前といい、段々と腹立って来た。
「食べ終わったら、チェスな! 今度こそ、負かしてやるっ」
「楽しみにしていますよ、相島君。金田君もチェスを一戦、いかがですか?」
「ルールを理解していませんっ」
明智は何かと金田へ声をかけるが、簡単にあしらわれる。こんなに絡んでくるなら、外での行動もわかる気がした。
食後、各部屋のストーブ用の灯油タンクを配られる。半分状態で約20㎏の重さ、豪太は勿論、金田もヒョイッと運んで行った。
さて、お待ちかねのチェス。余裕綽々な態度の明智はチェス盤の前にて待ち構える。お互い、試合の前に心が弾んだ。
「「いざ、尋常に勝負っ」」
本番の試合さながら、1人持ち2時間にして40手の頭脳戦。豪太は物の見事に完全敗北した。
「あ~、負けた負けた。降参っス」
「良い勝負でしたよ、相島君。久々に熱くなりましたっ。私もお風呂を頂きます」
ここまで来れば、いっそ清々しい気分。風呂上がり状態の友達は温かい眼差しで、豪太を慰めてくれた。
完全勝利の明智は称賛の言葉をかけながら、場を離れる。見計らったように金田が食堂より現れ、コーヒーを渡してくれた。
「お見事です、相島君。素人ながら、大人相手に接戦だったと分かります」
「見られたのかよ、恥ずかしいっ。……小林さんもオレらの試合見てたわけ?」
小林は言わずもがな、隅っこでスケッチブックだ。
「自分達はお風呂を頂きましたので、相島君もどうぞ」
「え? オレ抜きで風呂、楽しんできたわけ? ちぇ~、このまま行っても明智さんと一緒だし。金田もやろうぜ、チェス。ルールは教えるからさ」
「いいえ。あのような白熱戦の後では……恥晒しですよ」
「大丈夫、大丈夫。オレも手加減するから♪」
初心者の金田に手取り足取り教えつつ、対戦と言うよりもチェス講座。彼は飲み込みが早く、教え甲斐がある。あっと言う間に覚えて行った。
喋れば喋る程、金田は雰囲気がある人。彼に会えただけでも、登山して良かったと思う。
「おや、指導ですか? 相島君、金田君」
「おっと。明智さんが出たなら、オレも入ろう」
軽く一戦しようと考えた時、風呂上がりの明智が戻って来た。
「では、自分は寝ます。おやすみなさいっ」
「え~!? 金田、もう寝るのかよ! まだ9時半だぜ、小学生じゃん! せめて、オレが出てくるまで待っててくれよ!」
友達と一緒に抗議。金田に眠られたら、10代の面子が減ってしまう。彼は困ったように笑うが、断る気配はない。急いだ豪太は烏の行水の如く、風呂を済ませた。
何故か、耶麻田を入れた4人で『UNO』。小林は変わらず、スケッチブックにお絵描きだ。
「相島君も戻りましたので、寝ます」
「オレと『UNO』してねえじゃん。チェスもあるんだし、もっと起きてろよ~」
ちなみに豪太は寝たいは勝手に寝る。金田のように宣言すれば、引き留められるのは必須。
「しかし、自分は10時になれば、勝手に眠ってしまいます。せめて、部屋の……」
「眠ってもらっても構いませんよ、私が運びますっ」
明智の手が運ぶ手付きになり、ゾッとする金田は目を丸くして硬直。豪太にも、お姫様抱っこされた姿が目に浮かんだ。
「お断りしますっ、明智さん」
「失礼いたしました。金田君の気持ちを考えるべきでした」
場に変な沈黙が訪れたかと思えば、金田は自尊心が傷付いた怒り方。謝罪しているはずの明智はまだキラキラと眩く、寧ろ、彼の反応を楽しんでいた。
「明智さんは悪い人ではありませんが、変な人ですね」
「周囲の人間と感性が違うのは、自覚しています。仕方ありませんっ」
豪太も思った明智に対する金田の評価、それを本人は物ともしていない。治そうとすら、考えていなかった。
結局、金田は部屋に戻らず、豪太とチェスの一戦。開始10分で電源が切れたように崩れ落ちる。本人の宣言通りに眠っただけだが、目の辺りにして肝が冷えた。
「うおお、金田!? 本当に寝た!!」
「だから、寝るって言っただろ。よいしょっ、……重くなったな」
「私に任せて下さい。……見た目より、軽いですね」
慣れた手つきで、小林は金田を肩へ担ぐ。だが、想定より重いらしく動かない。そこに明智が手を貸し、彼を背負う。お姫様抱っこよりはマシだろうが、黙って置こうと決めた。
明智に背負われた金田へ付き添い、小林も着いて行く。不意にテーブルへ置かれたスケッチブックが気になった。
プロの画家が描いたと思えば、豪太は好奇心で遠慮なく、捲る。所々、山々と自分達もいるが、ほとんど金田を描いた絵。得意分野ではないものの、鉛筆描きでも上手いとわかる。モデルへ込められた優しい情を感じた。
「まだ下描きだっ」
「す、すんません」
足早で戻って来た小林にスケッチブックを奪い返される。勝手に見た無礼もあり、素直に謝った。
「下描きで良かったですね、相島君っ」
「? そうっスね……」
フフッと意味深に明智は笑う。その意味を知る時、豪太は社会人になっているだろう。
耶麻田は万一の緊急事態に備え、仮眠へ向かう。小林は変わらず、スケッチブックと睨めっこ。夜の時間を満喫したい3人でポーカーゲームを始めた。
「フフフッ、登山にポーカーは付き物ですかね……。これで雷鳴轟けば、何かが起こりそうです」
微笑みながら、明智が唐突にボソッと呟く。困惑して豪太が反応に困っていれば、友達から『UNO』中も彼は何度も勝手に呟き、クスクスッと笑い出したそうだ。
本当に変な人だが、見ている分に面白い。
「小林さん、明日のご予定は? お時間ありましたら、私は金田君を6合目へ誘いたいと思います」
「午前中に下山する。明日の夜までに東京へ返してやりたい……」
明智に予定を聞かれ、小林は不愛想のまま答える。その言い草から、金田の登校へ合わせた段取りに聞こえた。
ポーカーも明智の圧勝。何をやらせても完璧、存在自体が嫌味な男。それでも会えて良かったと思うのは、山の力だろう。
時計を見なかった為、眠った時間は定かではない。ただ、起きた時間は午前6時だ。
寝付きは良くても、寝ぼけ眼で視界が歪む。洗顔目当てに洗面台へ行けば、ウェアを着ただけの金田と鉢合わせた。
「まさか、今から登んの?」
「おはようございます、相島君。山荘付近をジョギングしてきます」
返答よりも挨拶が先と来る。金田への心配もあり、一緒に走りたくなった。
山ならではの清い空気が肺へ取り込まれ、足取りが軽く感じる。豪太の気分も軽く、心地良い。
「なあ、なんでこの時期に来たんだ? 冬休みとか、もうちょっとしたら、春休みもあるだろう? 小林さんに聞いたら、結構みっちみっちのスケジュールじゃん」
「……少しでも、多く雪の積もった氷壁岳を見たくて来たのです。前は……
その夏がまだ『雪稜山荘』が山小屋だった10年以上前だと思い当たる。ジョギングの足を止め、金田はまた切なげに眺めの良い景色を見渡す。次の厳冬期まで、待てなかった渇望を感じ取った。
「次も来いよ。ここはずっとあるからさっ。オレも来るから、な?」
「……次も相島君に会えたら、嬉しいですねっ」
豪太は登山が好きではない。だが、金田に会えるならば、また来ようと思う。口約束は約束と同じだ。
「おはようございます。朝のジョギングとは、良い心がけです」
自然と2人で握手を交わそうとした瞬間、ウェア姿の明智が割り込んで来る。雪景色と重なり、キラキラが倍増した。
((うざい……))
無言のアイコンタクト、ダッシュして逃げる。2人とも速攻で明智に捕まった。
朝食後、豪太達は下山の予定を早める。明日の学校もあるが、金田達と共にしたかった。
「私は6合目から別のルートで下山しますので、ここでお別れです。金田君、東京で会いましょう」
自分勝手な挨拶を残し、明智は上へ登る。最後までキラキラと眩かった。
「耶麻田さん、色々とありがとうございました。また来ます」
「金田さん……あの……。本当によろしいでしょうか、あれは……本来は……」
別れを告げる金田へ耶麻田さんは躊躇いつつ、問う。
「ここで耶麻田さんが守ってくれるなら、安心です。また、来ますっ」
「!? はいっ、お待ちしています」
同じ言葉を繰り返しても、想いが違う。やっと耶麻田は肩の荷が下りたように返事をした。
豪太は「前に来た夏」と勝手に解釈し、それ以上の追求はしない。
「そうだ、金田。カメラを持って来てたろ? 小林さんと撮ってやるよ」
「ありがとうございます、相島君! お願いしましょうか、小林さん」
「僕はいいよ、写真は好きじゃない」
折角の提案を小林は一蹴。流石の豪太もイラッとした。
「知っていますよ。だから、小林さんにもお願いいたします。一緒に写って下さい」
「……しょうがないなあ、1枚だけだよ」
(最初から、撮られてろよ……。素直じゃねえんだな)
不愛想のまま小林は若干、嬉しそうだ。
微笑ましく見守りながら、豪太はカメラを預かる。『雪稜山荘』を背に並んだ2人を撮影した。
「素敵な思い出になりますっ」
「どういたしまして♪ ここへ次来た時にでも、耶麻田さんに渡してくれよっ」
小林だけは黙々と先を下りるが、金田と離れないように何度も振り返った。
豪太にとって、今日の出会いは登山がもたらす偶然。金田は印象深く、明智は嫌でも目立つ。だからと言って、小林を忘れたわけではなかった。
夏の終わり、秋の始まる前。
8月最後の週。小林画伯に関する記事を見つけるまで、思い返せなかったのは致し方無い。
三矢「三矢 鉄男です。明智さん、今は警視か……。出世されたもんだ。あの山小屋で出会った皆さんは今頃、どうしているかなあ。私? 少なくとも、山は登ってないよ。さて、次回は『午前4時40分の銃声は鳴らない』!! 鳴らないなら……引き金は引かないって事かあ」
相島 豪太、耶麻田 雪雄
雪霊伝説殺人事件、ゲストキャラ
相島の友達
穴埋めオリキャラ、登山好き