金田少年の生徒会日誌   作:珍明

11 / 143
相島豪太の視点から送る『雪稜山荘』で過ごした時間です


F.11 【殺人ポーカー】を思い返す人‐相島

 相島(あいじま) 豪太(ごうた)は高校生、北アルプス氷壁岳の地元で生まれ育つ。年中、登山者が集うのは当たり前、雪山と化した冬こそ絶景であり、制覇したいと謳われる名峰のひとつだ。

 地元民だからと言って、豪太は滅多に登山しない。折角の環境が勿体ないと妬まれようが、休日は自分の好きに過ごすのだ。

 今日の登山はクラスメイトからの誘いを渋々、受けた。

 この友達は同じ地元、幼い頃から季節を問わず、登山の機会があれば、氷壁岳を歩く。家族だったり、他の友だったりと面子は様々、同学年にしてベテラン登山者高校生と自称する程。

 

「お前と一緒なら、安心だなっ」

 

 豪太も登山の腕は信頼しており、友達と入山手続きした。

 厳冬期の終わり頃である春期、景色のように登山者の顔触れも変わる。下山途中の人々と挨拶しつつ、素敵な出会いを勝手に予感し、心を弾ませた。

 春の名に遠く、まだまだ積雪は多い。しかも、天候の変化は熟年者でも予測が付かない。それも楽しみのひとつと言えば、危機感を疑われるので口には出さない。

 順調に歩いて、中腹の『雪稜山荘』に立ち寄る。山奥によくぞ造ってくれた洒落た山荘だ。

 

「こんにちは、皆さん。何か飲み物をお持ちしましょう」

 

 耶麻田(やまだ) 雪雄(ゆきお)は山荘が建設されてから、ずっと管理人を勤めている初老の男。一目で元登山者とわかる体付きで、豪太が会うのは多分、2度目か3度目だと思う。友達はすっかり顔馴染み、6合目を目指す話をしていた。

 炎が揺らぐ暖炉の間。そこにいる先客は眼鏡のせいだろうか、やたらとキラキラッと眩い。

 

「こんにちは、明智と申します。お会いできて、光栄です。突然で申し訳ありませんが、チェスの心得は御座いませんか?」

「どうも、相島っス。俺なら、一戦付き合えるぜ」

 

 優雅に髪を掻き上げ、明智 健吾(あけち けんご)は出会い頭にチェスへ誘う。豪太は腕に覚えがある。自信満々に応戦した。

 相手が本庁捜査一課にして、キャリア組のエリート警視だと知らぬ人生であれば良い。

 

「ほお、そう来ますか」

「明智さん、強いっスね」

 

 友達に荷物を任せ、暖炉の熱を抜きにして額に汗を流す。それ程に豪太は久しぶりの苦戦中。正直、プロを疑う腕前だ。

 時間にして30分。

 

「どうだ!」

王手(チェックメイト)っ」

 

 必死で閃いた苦肉の一手だが、明智はあっさりと王手へ駒を動かす。豪太の敗北である。隣で友達に大爆笑され、自信があっただけに悔しさが増す。

 

「もう一戦! 今度は最初から本気でっ!!」

「いえ、このくらいにしましょう。今日はもっと上まで登るつもりだったので、そろそろ出発します」

 

 再挑戦を断られ、豪太は我に返る。登山目的であり、チェスは違う。

 

「明智さん。1人なら、俺達と一緒にどうっスか?」

「良いですね、是非」

 

 良い笑顔だが、それとは別に明智はキラキラッ眩しかった。

 

「それでは6号で折り返し、戻ってきます」

「晴れてますが、注意して下さい。どんなに小さな変化でもあれば、すぐに戻って下さい」

 

 耶麻田に挨拶し、3人で連れ立って外へ出る。

 入れ違いに登山者2人組を発見、1人は無精ひげのオッサン、もう1人は豪太より年下だろう。ニット帽とマスクで人相は判断できないが、三眼目の目元から、親子だと勝手に推測した。

 

「こんにちは。すみません、ここは『雪稜山荘』ですよね? 前は山小屋だったはずですが、いつ頃に改装されたのですか?」

「ちっす。アンタらは初めて? 山小屋は10年くらい前に大雪崩で潰れちまったんだってさ。その跡にロッジを建てたんだとっ。雑誌にも載ってるぜ」

 

 ニット帽は物腰が柔らかく、声から男子と判明。豪太が説明すれば、あからさまにガッカリする。下調べせずに来たのなら、氷壁岳自体が初心者だろう。

 そんな2人組は気にせず、3人は6号を目指す。山奥へ進んでも、空に雲ひとつない。積雪は増えて行ったが、全く問題ない。念の為に装備もバッチリだ。

 

「明智さん、登山に慣れてるんスね」

「ええ、勿論。雪山にはあまり、登りませんが……今日は気分転換です」

 

 北海道の背氷村事件が原因だと、豪太は絶対に知りようがない。

 6号目に到着。流石に疲労感で足が悲鳴を上げ、呼吸も荒くなる。仕方なく来た身だが、雪が解ける手前の山々。厳冬とは別の美しい景色、心を打たれる。

 このまま7合目へ挑戦したいが、通行止め。今日の6合目も明日は禁止かもしれない。それが雪山登山だ。

 

「心が洗われますね」

「勉強も何もかも。ちっぽけに見える!」

 

 雪景色に負けず、明智もキラキラと輝く。彼の水筒からコーヒーの匂いがした。

 豪太達も水分補給し、梅干しや煎餅を齧った。

 十分な休憩を取り、先程の『雪稜山荘』を目指して下りる。3人でチェスの話で盛り上がった。

 

「あれ? さっきの奴。1人じゃん?」

 

 5合目の中間にて、ニット帽の彼を見かける。一眼レフカメラ・ニコンFを構え、切なげに雪景色を撮影していた。

 登山者ならば、ありがちな様子。何故だろうか、豪太は美しいと感じた。

 

「どうも! これから、登んのかよ。連れのオッサンは?」

「あの人は山荘で、休んでいます。自分はまだ体力に余裕がありますから、6合目まで登ろうと思いました」

 

 彼は簡単そうに言うが、初心者には危険。他の雪山登山経験者であろうと、豪太はお節介ながら阻止しようと決意した。

 

「それなら、私達と山荘へ帰りましょう。6合目まで行きましたが、誰も居ませんでした。ここから先の天候は崩れやすい。1人では危険です。申し遅れましたが、私は明智と言います。彼らは地元の高校生です」

「金田です。ご親切にどうも、明智さん。お言葉に甘えて、ご一緒します。皆さん、雪山に慣れていらっしゃいますね。心強いです」

 

 穏やかな口調の金田は素直に受け入れ、下りる選択をした。正直、ホッとした。

 挨拶を済ませれば、登山仲間同然。

 学校の話になれば、金田は東京の高校生で意外。中学生と早合点しなくて良かった。

 

「東京……。失礼っ、キミは金田 一(かねだ いち)君ではありませんか?」

「!? 明智さん……? ……もしかして……ボイコッ……いえ、急なご予定でお会いできなかった明智さんですか?」

 

 驚いた顔で明智が問えば、金田はギョッとして警戒態勢になる。記憶を探るように呟いてから、思い当たった様子だ。

 他人事の豪太は会話だけでも、この面白い状況を察した。

 

「「ボイコットしたんスか、明智さん」」

「……ゴホンッ、やむを得ない事情です。ですが、まさかこんなところで金田君にお会いできるとはっ」

 

 からかい半分の高校生2人に対し、明智は不本意と言わんばかりに咳払い。そして、またキラキラと眩かせて金田との出会いを喜んだ。

 しかし、反対に金田はニット帽で目元を隠す。マスクもそのままであり、顔が完全に隠れた。

 

「……今日、明智さんに会う予定ではありません。忘れて下さいっ」

「「お前は一体、何を言っているんだ?」」

 

 まさかの出会いすら、拒否。豪太と友達は呆れた笑いが込み上げる。ちなみに明智はキラキラッが曇ってしまう程、驚いていた。

 そして、金田は何とニット帽を下げたまま、走り出す。登山道で命知らずな行動をされ、背筋が凍り付いた。

 

「!? 金田君!! 走ってはいけない!」

「馬鹿か、止まれ! 金田!!」

 

 制止の声、虚しく。金田は躓いて転んだかと思えば、綺麗に体を回転させる。背中のリュックサックで地面への衝突を防いだ。

 

「すげえ、空中回転っ。じゃねえよ、何してんだよ。どっか、打ったか?」

「金田君、動けますか?」

 

 咄嗟の動きは感心するが、裏返った亀状態な金田の身を案じる。見た目だけなら、ケガはない。更に近寄れば、まだニット帽で顔を隠したままだ。

 

「――はい、自分で動けます。ご心配をおかけしました――」

「……? それなら、良かった?」

 

 金田が喋った途端、雰囲気が変わる。同じ高校生という印象がなくなり、明智と同年代のような錯覚を覚えた。

 結局、再び『雪稜山荘』へ到着するまで、金田は顔を隠し続ける。転倒防止対策で仕方なく、豪太は腕を貸す。奇妙な時間だったが、悪い気はしなかった。

 無事に戻れば、暖炉の間にてオッサンが座り込む。暇だったらしく、スケッチブックに描き込んでいた。

 目元を隠さなくなった金田は足早にオッサンへ駆け寄り、小声で耳打ちする。じろりとオッサンが明智へ視線を送った。

 

「明智さん、こちらは小林さん。伯父の友人です」

「!? 初めまして、明智と申します」

「……小林だ」

 

 紹介された明智は一瞬、驚いて見せる。すぐにキラキラした輝きを放ち、挨拶した。

 各々の人間関係よりも、豪太は金田が気にかかる。大人が醸し出すような礼節を無くし、自分達と同じ高校生の雰囲気へ戻っていた。

 

「小林……、画家の小林 星二さんですか?」

「「え? オッサン、画家なん!?」

 

 不愛想なオッサンが日本画家・小林 星二(こばやし せいじ)だと知り、今度は豪太達がビックリ仰天。人は見掛けに寄らないけれども、実は聞いた事のない名前だ。

 

「金田、オッサンは有名なの?」

「はい、その筋では有名です。ただ、相島君向けの画風ではありません」

 

 丁寧に教えてくれた金田曰く、人を選ぶ画風らしい。それならば、小林と歳の近そうな耶麻田へ小声で質問した。

 

「耶麻田さん、知ってる?」

「生憎、私もその方面には疎くて……。そちらの絵の作者・氷室 一聖なら、存じているんですが……」

 

 一瞬、耶麻田の視線が金田へ向けられた気がするが、ただの気のせいだろう。

 日本を代表する氷室画伯なら、高校生でも知っている。元々、本当に有名だったが、北海道の事件で悲劇の画家として、更に名を上げてしまった。

 あまりにも、非人道的な最期だった。

 報道内容は被害者よりも、加害者4人を重点的に取り上げた。何故なら、彼らは己が犯した罪の報いを死によって、償わされた。

 欲に目が眩み、見捨てた生存者の復讐の刃によってだ。

 

(殺した人……誰だっけ? 無期懲役だったな……確かっ。親の敵討ちなのに……罪に問われちまうんだよなあ)

 

 同じ雪山の事件を思い返すのは不吉。豪太は報道内容を振り払った。

 

「ほお、こちら……。氷室画伯の……」

「はい。12年前にお会いしまして、氷室さんから直々に頂きました」

 

 興味津々な明智が壁にかかった絵を眺め、豪太も近付いた。

 吹雪と雪道、ピッケルを手にし、重装備を2人分背負う人影。本当に絵の中を彷徨っているような躍動感があった。

 一見すれば、写真と見間違える程、再現された風景。冬の氷壁岳から生み出された伝説のひとつ、『雪霊伝説タカハシ』だと随分、後になって聞いた。

 由来を知らぬ豪太でさえ、感動のあまりに背筋が粟立つ。

 

「あれ? さっき、休憩した時……この絵あったっけ?」

「……普段は管理人室に飾っているんです。皆さん、お疲れでしょう。夕食の支度は出来てます。お部屋に荷物を置きましたら、どうぞ、食堂へ」

 

 はぐらかされたが、空腹に勝てなかった。

 

 日が暮れれば、窓の向こうは吹雪。豪雪に比べ、可愛い降り方だが、油断は禁物。

 今夜の宿泊客は5人だけ、管理人の耶麻田を含めても6人と少ない。彼の手料理が並ぶ食卓をほとんど貸し切り状態、何とも贅沢。

 

「マスクしてっから、どんな面かと思ったら、色男じゃん。金田っ」

「相島君に比べたら、貧弱ですよ」

 

 金田は暑苦しい防寒具を脱ぎ、セーター姿でも細身と丸分かりの体格。男前より、色男がしっくりくる。それで躓いた拍子に受け身が取れるなら、運動神経は良いのだろう。

 

「耶麻田さん、席順は決まっていますか?」

「金田さんはこちらの席へどうぞ。ご希望の魚料理にしてあります。それ以外の方はお好きな席へお座り下さい」

 

 登山仲間しかいない山荘に指定席など不要、豪太は早速、金田の隣へ座ろうとした。物凄い速さで大人2人に陣取られる。小林は連れだが、明智は何故だろう。少し残念な気持ちで、友達と隣同士になった。

 明智は綺麗な箸使いで食事しつつ、堂々と金田を見ている。そして、小林は食事中でもスケッチブックを手放さない。

 

「……小林さん、お行儀悪いですよ。自分の教育に良くありません」

「……そうだね」

「納得した!?」

 

 金田に諭され、小林はスケッチブックを椅子へ立て掛ける。彼はオッサンの扱いに慣れた様子だ。

 

「金田君も絵の心得があるんですか?」

「美術の成績、1です。自分の絵を見た担当の先生が笑い転げて、授業になりません」

 

 明智に聞かれ、金田はニッコリと笑って見せる。その笑みに込められた感情は豪太には読み解けない。

 

「なんか、金田ばっかり質問されてんじゃん。明智さんは絵心あんの?」

「ええ、見せる自信は勿論、ありますっ」

 

 豪太に答えた瞬間、明智のキラキラが増して眩しい。チェスの腕前といい、段々と腹立って来た。

 

「食べ終わったら、チェスな! 今度こそ、負かしてやるっ」

「楽しみにしていますよ、相島君。金田君もチェスを一戦、いかがですか?」

「ルールを理解していませんっ」

 

 明智は何かと金田へ声をかけるが、簡単にあしらわれる。こんなに絡んでくるなら、外での行動もわかる気がした。

 食後、各部屋のストーブ用の灯油タンクを配られる。半分状態で約20㎏の重さ、豪太は勿論、金田もヒョイッと運んで行った。

 さて、お待ちかねのチェス。余裕綽々な態度の明智はチェス盤の前にて待ち構える。お互い、試合の前に心が弾んだ。

 

「「いざ、尋常に勝負っ」」

 

 本番の試合さながら、1人持ち2時間にして40手の頭脳戦。豪太は物の見事に完全敗北した。

 

「あ~、負けた負けた。降参っス」

「良い勝負でしたよ、相島君。久々に熱くなりましたっ。私もお風呂を頂きます」

 

 ここまで来れば、いっそ清々しい気分。風呂上がり状態の友達は温かい眼差しで、豪太を慰めてくれた。

 完全勝利の明智は称賛の言葉をかけながら、場を離れる。見計らったように金田が食堂より現れ、コーヒーを渡してくれた。

 

「お見事です、相島君。素人ながら、大人相手に接戦だったと分かります」

「見られたのかよ、恥ずかしいっ。……小林さんもオレらの試合見てたわけ?」

 

 小林は言わずもがな、隅っこでスケッチブックだ。

 

「自分達はお風呂を頂きましたので、相島君もどうぞ」

「え? オレ抜きで風呂、楽しんできたわけ? ちぇ~、このまま行っても明智さんと一緒だし。金田もやろうぜ、チェス。ルールは教えるからさ」

「いいえ。あのような白熱戦の後では……恥晒しですよ」

「大丈夫、大丈夫。オレも手加減するから♪」

 

 初心者の金田に手取り足取り教えつつ、対戦と言うよりもチェス講座。彼は飲み込みが早く、教え甲斐がある。あっと言う間に覚えて行った。

 喋れば喋る程、金田は雰囲気がある人。彼に会えただけでも、登山して良かったと思う。

 

「おや、指導ですか? 相島君、金田君」

「おっと。明智さんが出たなら、オレも入ろう」

 

 軽く一戦しようと考えた時、風呂上がりの明智が戻って来た。

 

「では、自分は寝ます。おやすみなさいっ」

「え~!? 金田、もう寝るのかよ! まだ9時半だぜ、小学生じゃん! せめて、オレが出てくるまで待っててくれよ!」

 

 友達と一緒に抗議。金田に眠られたら、10代の面子が減ってしまう。彼は困ったように笑うが、断る気配はない。急いだ豪太は烏の行水の如く、風呂を済ませた。

 何故か、耶麻田を入れた4人で『UNO』。小林は変わらず、スケッチブックにお絵描きだ。

 

「相島君も戻りましたので、寝ます」

「オレと『UNO』してねえじゃん。チェスもあるんだし、もっと起きてろよ~」

 

 ちなみに豪太は寝たいは勝手に寝る。金田のように宣言すれば、引き留められるのは必須。

 

「しかし、自分は10時になれば、勝手に眠ってしまいます。せめて、部屋の……」

「眠ってもらっても構いませんよ、私が運びますっ」

 

 明智の手が運ぶ手付きになり、ゾッとする金田は目を丸くして硬直。豪太にも、お姫様抱っこされた姿が目に浮かんだ。

 

「お断りしますっ、明智さん」

「失礼いたしました。金田君の気持ちを考えるべきでした」

 

 場に変な沈黙が訪れたかと思えば、金田は自尊心が傷付いた怒り方。謝罪しているはずの明智はまだキラキラと眩く、寧ろ、彼の反応を楽しんでいた。

 

「明智さんは悪い人ではありませんが、変な人ですね」

「周囲の人間と感性が違うのは、自覚しています。仕方ありませんっ」

 

 豪太も思った明智に対する金田の評価、それを本人は物ともしていない。治そうとすら、考えていなかった。

 結局、金田は部屋に戻らず、豪太とチェスの一戦。開始10分で電源が切れたように崩れ落ちる。本人の宣言通りに眠っただけだが、目の辺りにして肝が冷えた。

 

「うおお、金田!? 本当に寝た!!」

「だから、寝るって言っただろ。よいしょっ、……重くなったな」

「私に任せて下さい。……見た目より、軽いですね」

 

 慣れた手つきで、小林は金田を肩へ担ぐ。だが、想定より重いらしく動かない。そこに明智が手を貸し、彼を背負う。お姫様抱っこよりはマシだろうが、黙って置こうと決めた。

 明智に背負われた金田へ付き添い、小林も着いて行く。不意にテーブルへ置かれたスケッチブックが気になった。

 プロの画家が描いたと思えば、豪太は好奇心で遠慮なく、捲る。所々、山々と自分達もいるが、ほとんど金田を描いた絵。得意分野ではないものの、鉛筆描きでも上手いとわかる。モデルへ込められた優しい情を感じた。

 

「まだ下描きだっ」

「す、すんません」

 

 足早で戻って来た小林にスケッチブックを奪い返される。勝手に見た無礼もあり、素直に謝った。

 

「下描きで良かったですね、相島君っ」

「? そうっスね……」

 

 フフッと意味深に明智は笑う。その意味を知る時、豪太は社会人になっているだろう。

 耶麻田は万一の緊急事態に備え、仮眠へ向かう。小林は変わらず、スケッチブックと睨めっこ。夜の時間を満喫したい3人でポーカーゲームを始めた。

 

「フフフッ、登山にポーカーは付き物ですかね……。これで雷鳴轟けば、何かが起こりそうです」

 

 微笑みながら、明智が唐突にボソッと呟く。困惑して豪太が反応に困っていれば、友達から『UNO』中も彼は何度も勝手に呟き、クスクスッと笑い出したそうだ。

 本当に変な人だが、見ている分に面白い。

 

「小林さん、明日のご予定は? お時間ありましたら、私は金田君を6合目へ誘いたいと思います」

「午前中に下山する。明日の夜までに東京へ返してやりたい……」

 

 明智に予定を聞かれ、小林は不愛想のまま答える。その言い草から、金田の登校へ合わせた段取りに聞こえた。

 ポーカーも明智の圧勝。何をやらせても完璧、存在自体が嫌味な男。それでも会えて良かったと思うのは、山の力だろう。

 

 時計を見なかった為、眠った時間は定かではない。ただ、起きた時間は午前6時だ。

 寝付きは良くても、寝ぼけ眼で視界が歪む。洗顔目当てに洗面台へ行けば、ウェアを着ただけの金田と鉢合わせた。

 

「まさか、今から登んの?」

「おはようございます、相島君。山荘付近をジョギングしてきます」

 

 返答よりも挨拶が先と来る。金田への心配もあり、一緒に走りたくなった。

 山ならではの清い空気が肺へ取り込まれ、足取りが軽く感じる。豪太の気分も軽く、心地良い。

 

「なあ、なんでこの時期に来たんだ? 冬休みとか、もうちょっとしたら、春休みもあるだろう? 小林さんに聞いたら、結構みっちみっちのスケジュールじゃん」

「……少しでも、多く雪の積もった氷壁岳を見たくて来たのです。前は……夏だった(・・・・)ので……」

 

 その夏がまだ『雪稜山荘』が山小屋だった10年以上前だと思い当たる。ジョギングの足を止め、金田はまた切なげに眺めの良い景色を見渡す。次の厳冬期まで、待てなかった渇望を感じ取った。

 

「次も来いよ。ここはずっとあるからさっ。オレも来るから、な?」

「……次も相島君に会えたら、嬉しいですねっ」

 

 豪太は登山が好きではない。だが、金田に会えるならば、また来ようと思う。口約束は約束と同じだ。

 

「おはようございます。朝のジョギングとは、良い心がけです」

 

 自然と2人で握手を交わそうとした瞬間、ウェア姿の明智が割り込んで来る。雪景色と重なり、キラキラが倍増した。

 

((うざい……))

 

 無言のアイコンタクト、ダッシュして逃げる。2人とも速攻で明智に捕まった。

 朝食後、豪太達は下山の予定を早める。明日の学校もあるが、金田達と共にしたかった。

 

「私は6合目から別のルートで下山しますので、ここでお別れです。金田君、東京で会いましょう」

 

 自分勝手な挨拶を残し、明智は上へ登る。最後までキラキラと眩かった。

 

「耶麻田さん、色々とありがとうございました。また来ます」

「金田さん……あの……。本当によろしいでしょうか、あれは……本来は……」

 

 別れを告げる金田へ耶麻田さんは躊躇いつつ、問う。(かぶり)を振り、彼は微笑を浮かべていた。

 

「ここで耶麻田さんが守ってくれるなら、安心です。また、来ますっ」

「!? はいっ、お待ちしています」

 

 同じ言葉を繰り返しても、想いが違う。やっと耶麻田は肩の荷が下りたように返事をした。

 豪太は「前に来た夏」と勝手に解釈し、それ以上の追求はしない。

 

「そうだ、金田。カメラを持って来てたろ? 小林さんと撮ってやるよ」

「ありがとうございます、相島君! お願いしましょうか、小林さん」

「僕はいいよ、写真は好きじゃない」

 

 折角の提案を小林は一蹴。流石の豪太もイラッとした。

 

「知っていますよ。だから、小林さんにもお願いいたします。一緒に写って下さい」

「……しょうがないなあ、1枚だけだよ」

(最初から、撮られてろよ……。素直じゃねえんだな)

 

 不愛想のまま小林は若干、嬉しそうだ。

 微笑ましく見守りながら、豪太はカメラを預かる。『雪稜山荘』を背に並んだ2人を撮影した。

 

「素敵な思い出になりますっ」

「どういたしまして♪ ここへ次来た時にでも、耶麻田さんに渡してくれよっ」

 

 小林だけは黙々と先を下りるが、金田と離れないように何度も振り返った。

 豪太にとって、今日の出会いは登山がもたらす偶然。金田は印象深く、明智は嫌でも目立つ。だからと言って、小林を忘れたわけではなかった。

 

 夏の終わり、秋の始まる前。

 8月最後の週。小林画伯に関する記事を見つけるまで、思い返せなかったのは致し方無い。




三矢「三矢 鉄男です。明智さん、今は警視か……。出世されたもんだ。あの山小屋で出会った皆さんは今頃、どうしているかなあ。私? 少なくとも、山は登ってないよ。さて、次回は『午前4時40分の銃声は鳴らない』!! 鳴らないなら……引き金は引かないって事かあ」

相島 豪太、耶麻田 雪雄
雪霊伝説殺人事件、ゲストキャラ

相島の友達
穴埋めオリキャラ、登山好き
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。