金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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Q6 俵田刑事は知らない・中編

 ロビーへ降りた時、イベントと違う騒がしさが起こった。

 劇団『アフロディア』座長・万代(ばんだい) 鈴江(すずえ)の到着である。付き人を伴い、サングラスや如何にも高級なアクセサリを纏い、文字通りに輝く姿は正に大御所。

 

うおお……ほ、本物だあ!! 会えるとは思ってたけどぉ……距離が近いぃ……)

「……金田先輩、そんな唇噛んで、目を血走らせなくても……。嬉しいなら、喜んでください……」

 

 当初の目的を忘れそうな程、大興奮。竜太(りゅうた)の手前、(いち)は歯を食いしばった。

 

「花蓮はどこ?」

「はい、只今っ」

「どなたですか? 初めて見ました」

「文月 花蓮、万代の門下生だ」

 

 団員達に出迎えられても、万代座長は1人の名を呼ぶ。さっと応じたのは文月(ふみづき) 花蓮(かれん)、しなっと流れる黒髪、舞台に映える顔立ちだ。劇団紹介の雑誌、パンフレットでも、名前のみ紹介される人気急上昇中の女優。

 そう、見た事ない(・・・・・)。なのに、既視感が拭えない。思い出せない感覚に近かった。

 

「ああやって……名指しされるのでしたら、文月さんは万代先生に目を掛けられているのでしょうか?」

「いや、万代のスケジュール調整や体調管理と扱き使われているらしい」

 

 俵田(たわらだ)刑事からパシリの立場と聞き、文月への親近感が湧く。瞬間、脳髄の奥が冷え込んだ。

 

(……そうだった、もうパシッてくれる遠野先輩は……)

「淋しいのかい、クリスティーン。万代の婆にお気に入りがいてよ……」

 

 (いち)の沈黙を誤解し、葉巻を咥えた虹川(にじかわ)にそっと肩を掴まれた。全く気配がなく、ゾッとした。

 

「先輩に、お触り厳禁です。僕を通してください」

(佐木君……)

「ケケケ、なんだよ。ラウルにしては貧相……!? ……いやあ、立派な息子さんでぇ」

 

 竜太(りゅうた)がそっと虹川の手を払い、(いち)は心から感謝。高校生をからかう脚本家は佐木(さき)父の存在に驚き、ビクッと肩を痙攣させた。

 

きゃああ~っ!!

「「「!?」」」

(箱っ!!)

 

 万代の甲高い悲鳴に誰もが釘付けになる中、(いち)は咄嗟に開封されたプレゼント箱へ手を伸ばす。床へ落ちるより先にキャッチした。

 人形の首、緩衝材代わりの紙に包まれていた。硝子の瞳と目が合い、(いち)は硬直。無惨な斬り口から飛び散った綿が、箱の内側に零れた様まで、見るとはなしに見てしまった。

 

「俵田さん、どうしましょうか……これ。不破警視に渡しますか?」

「と、取り敢えず……俺が……」

「「……!!」」

 

 動揺しつつも、おそらくは『赤髭のサンタクロース』の証拠品。俵田刑事へ渡す際、文月や虹川にも哀れな人形を目撃させてしまった。

 

「俵田刑事、大変です! 今夜の控室があ!」

 

 血相を変えた雪村(ゆきむろ)オーナーの言葉通り、劇団が使用していた控室は見るも無残な有り様。台本まで散らかっている。

 

「今宵、劇の最中……このなかの誰かが死ぬ……」

「赤髭のサンタクロース」

「「「!?」」」

 

 切り裂かれた衣装がカーテンのように、壁に書かれた文字の不気味さを演出していた。

 (いち)と竜太が緊張に読み上げた時、その場にいた団員達の顔色が変わる。雪村オーナーは仕方ないにしても、万代先生や虹川、そして、俳優の榎戸(えのきど) あきらは何故だろう。

 

悪ふざけにも程があるわ!!

 

 万代先生の喚きは当然だが、ショックのあまりに誰も諫められない。

 騒ぎを聞きつけた不破(ふわ)警視は無反応が如く、静観している。

 

「万代さん、劇を中止しましょう」

「冗談言わないで、脅しに屈したと思われるじゃない!!」

 

 俵田刑事の賢明な判断を万代先生は聞き入れない。中止は敗北の受け入れ、それを自尊心が許さないのだろう。

 

「分かりました。劇は予定通りに上演なさってください。但し、こちらが指定した場所全て、警官を配置します」

「不破警視!!」

「……今までは、配置していなかったのですか?」

 

 不破警視の条件を聞き、俵田刑事は咎める。彼らの会話に疑問を抱き、(いち)は失礼を承知で口を挿む。ちゃんと手は挙げ、問いかけた。

 

「何よ、この坊や」

「捜査協力者です。……後で話そうな

「警察には外回りの巡回を任せてたんだ。舞台前でただでさえ、気が立ってんのに警官の制服なんざあ見ちまったら、不安になる奴もいるしよ」

「ちょっと……虹川さん」

 

 初めて、万代先生は(いち)を認識したように思える。俵田刑事は手振りでこの場を引きさがる様に指示したが、虹川が代わりに説明してくれた。普段はそこまで親切ではないらしく、榎戸は驚いていた。

 

「それは……劇団の皆様の為に、俵田さんが下した判断ですか?」

「いいえ、私よ。なるべく、劇団関係者の目に留まらないように指示したわ」

 

 更なる疑問には、不破警視が答える。一見、冷徹な態度だが、どちらの捜査にも真摯に向き合う姿勢だ。

 

「やっぱ……よしませんか、万代先……」

「花蓮、すぐに代わりの衣装を用意なさい! 犯人め……この程度であたしが屈するとでも? 寧ろ……火が点くわ」

「万代先生……はい、すぐにっ」

 

 榎戸が恐る恐る忠言したが、万代先生は不敵に微笑む。怯えた顔が嘘のように好戦的となった。(いち)はその負けん気の強さ、舞台への執念に心を打たれた。

 

「高慢チキめ……」

「……きっと、万代先生は慣れてらっしゃるのですよ。この程度(・・・・)が……」

 

 他人を蹴落としてでも、上へ這いあがる。

 万代先生の生き抜いた業界、戦後も今も変わらぬ熾烈な争い。

 (いち)は先日、身を以て味わった。壁の文字が起因となり、かつて自分へ送られた脅迫状がフラッシュバックした。

 

「随分、万代に肩入れしてるのね。ひょっとして、ファン?」

「……はい、スクリーンに映っていた頃から……引退されるまでの映画は全て、観ました」

 

 不破警視に皮肉っぽい言い方をされ、(いち)は我に返る。素直に答えたが、心外にも益々、胡乱な目付きをされた。

 簡単な現場検証と片付けがある為、(いち)達は控室を追い出される。そのまま、舞台の下見へ行く事になった。

 大道具がセッティングされた舞台の上へ立つ。

 食堂とは違い、テーブルも置かれた大広間は空気が冷たい。

 

「それから、こいつが劇の台本だ。目を通してくれ」

「『ナルシスの魔鏡』、これも虹川さんが脚本を書いていますね。……階段にあるメデューサとペルセウスをモチーフにしたのでしょうか?」

「流石、先輩。僕もそう思って、ギリシャ神話の本を持って来ました」

 

 俵田刑事に渡された台本を開き、プロの脚本に触れる。別の緊張に震えながら、(いち)は気付く。

 

「書き込みがありませんが……誰も使っていない予備ですか?」

「多分、そうだが……その書き込みが重要か?」

「どこに書かれていたかで、誰の持ち主か判断したかったのです(後は純粋に興味)」

「……警官の配置といい、変なトコを気にしてくれるのも、助かってる。キンダ二の代わりとしては、上等だな」

 

 神妙に頷かれたが、俵田刑事の物言いに褒められた気がしない。

 この時、探偵の孫が危機一髪の状況下で壮大なクシャミをかましていたなど、知る由もない。

 

「すみませ~ん、セットの最終チェックに入ります」

「お、そうか。お前らはミステリーナイトの時間まで、好きにしてくれ。劇の稽古も見学できるように許可を取ってあるからな。俺は人形と控室の検証報告を聞いて来る」

「先輩、父が稽古を見学したいそうです」

「!? ……そうしましょうか……(いたんだ……本当に気付かねえ)」

 

 俵田刑事と別行動になり、(いち)達は稽古中の部屋へ向かう。

 警官が立っている為、すぐ分かった。不破警視が見張る中、若手№1・辺見(へんみ) 魔子(まこ)、腹話術師・市川(いちかわ) 玉三郎(たまさぶろう)などの劇団の役者が各々の台本を手に、勢揃いだ。

 

「……万代先生、台本を読んでいます。超レア……」

「先輩、どういう意味です?」

「万代先生はどのような台本も一度読んでしまえば、頭に入るのです。有名ですよ」

「だとしたら、本番3時間前なのに……読んでない(・・・・・)ってコトですか」

 

 高校生2人の視線を受けても、稽古の妨げにならない。

 ちょうど第1幕のラスト、ワイングラスの乾杯シーン。

 メイド役の文月がカートを押し、全員で運ばれたワイングラスを取る。ピエロ役の榎戸が毒に苦しみながら、倒れ伏した。

 途端、(いち)には倒れた榎戸が別人と重なり、胃が竦む。――こんな簡単に息絶える?

 

(……これは演技、これは演技……)

 

 そんな死に方、許せないと脳髄の奥から囁く声。(いち)はせめぎ合う感情を抑えようと学帽を深く被り、深呼吸した。

 

「あたしを撮るんじゃない!」

「わっ、僕のビデオがっ」

「佐木君!? 万代先生、本当にすみません! ほら、佐木君も謝って!」

 

 激怒した万代先生の叱責を受け、竜太のハンディカムが床へ叩き落された。

 目を離した隙、とんでもない非礼。(いち)は真っ青なり、ビデオ小僧の頭を掴む。なりふり構わず、勢いよく下げさせた。

 

「またアンタか! 捜査協力だが、何だか知らないが、好き勝手な事をするんじゃないよ!」

「……っ」

 

 憤怒の形相になり、万代先生は台本を投げ付ける。(いち)の手に本の角が当たり、堪え切れずに自分の持つ台本を落とす。2つの台本が床へ重なり合った。

 憧れの大女優に叱られ、ショック。

 

「万代先生、何もそこまで!」

「どうしましたか!?」

 

 慌てた文月が止めに入った時、不破警視も駆け付けてくれた。

 

「この男、あたしをビデオに撮ろうとしたのよ!」

 

 万代先生の指先が竜太のみを指し、舞台の隅っこにいる佐木父には気付いていなかった。

 撮っていないで、息子の蛮行を止めて欲しい。

 

「し、失礼します。万代先生……、舞台の用意が整いました……」

「よし、後はそっちで通しと行こう」

 

 揉めている中、万代先生の剣幕に恐れをなした劇団員がビクビクと報せに現れた。

 虹川の指示に従い、落ち着き払った人達は部屋を後にする。万代先生はイライラを露わにしたまま、ズカズカと去った。

 

「申し訳ございません、万代先生はカメラの類がお嫌いなんです」

「こちらこそ、無礼をお詫び申し上げます」

「良かった……僕のビデオ、壊れてない」

 

 文月も落ちた台本を拾い上げ、(いち)達へ詫びてくれる。元凶の的外れな言葉を聞き、刈り上げ気味の後頭部に平手打ちを送ってやった。

 

「部屋を閉じるわよ。それと舞台の稽古、キミらは遠慮しなさいっ」

「はい……」

 

 不破警視に念押しされ、(いち)はガッカリ。落ちていた台本を拾った。

 一先ず、俵田刑事を探す。万代先生を怒らせた報告をする為だ。何が捜査の妨げになるか、分からない。情報は必要だ。

 

「聞きそびれたんですけど……金田一(きんだいち)先輩に頼まれたんですか?」

「いいえ、祖父が申し込んでいたのです。それを拝借しました」

 

 ギョッとした竜太は足を止め、ハンディカムを下げた。

 

「……お爺さん、先輩がここにいるって……知ってるんですか?」

「誰にも言わず、来ました。祖父には参加券が当たったとも言っていませんので、思い付かないでしょう」

 

 探りを入れて来る竜太の反応から、金田祖父母の騒ぎを察した。

 世間体を気にする金田祖母が周囲に気取られるなど、少し意外だった。てっきり、体調不良などを言い訳に学校側へ体裁を取り繕っていると思っていた。

 

「連絡しましょう、お婆さんに……」

「しません。そんな事をしたら、連れ戻されます。自分、どうしても……このミステリーナイトに参加したいのです。最後まで……」

 

 年寄りへの心配を言葉にし、竜太は通せんぼ。(いち)は眼鏡の奥にある瞳を見据え、毅然と言い返す。例え、何が起ころうとも、探偵役を全うしよう。

 万代先生に点いた火が燃え移ったように、(いち)の心にも宿った。

 

「先輩でも……父さん、……はい」

 

 竜太はまだ何か言いかけたが、佐木父に諭されたらしい。会話の内容が物凄く気になった。

 俵田刑事は「仕方ない」と竜太へ簡単な注意だけだ。

 

「一度、部屋へ戻りましょう。佐木君のギリシャ神話の本を読みたいです」

「あら、坊や達。こんな所にいたの」

 

 3人で階段を上がろうとした時、まさかの辺見に声をかけられた。

 

「辺見さんっ、先程は失礼しました。稽古は終わりですか?」

「ええ、これから衣装よ。さっきは災難だったわね、あの人……シワだらけの顔を撮られたくないもんだから」

「映画女優なのに、ビデオが嫌なんですか?」

 

 クスクス笑いの辺見へ竜太は詫びるどころか、素知らぬ顔で質問。豪胆過ぎる。

 

「そうよねえ。年老いて醜くなるのは当然なんだから、気持ちに余裕を持って欲しいわ」

「本当ですよ、60代なんてまだまだ現役です。自分、万代先生が引退されてから、主演された映画を観たのですが……幼心にも届く、素晴らしさをお持ちでした」

 

 辺見の意味深な発言は批判に述べるが、(いち)は気付かず、万代先生引退の勿体無さを力絶した。

 

「……成程、虹川さんがアナタをと~っても、気にかける理由が分かった気がする。何だかんだ、張り合ってるから……あの2人」

 

 髪で隠された左顔面の痣、それさえも魅力的な程に辺見は美しく微笑む。

 

「迷惑です」

「……先輩、男の著名人なら……誰でも良いんじゃないんですね。安心しました」

 

 虹川から気に入られるなど、我が身が危ない。(いち)はズバッと本音を伝えた。竜太の誤解は意味不明だった。

 

 竜太からギリシャ神話の本を借り、(いち)はベッドにてページを捲る。途端に佐木父がガタッと椅子から立ち上がり、ビビった。彼は机の台本を指差した。

 

「先輩、これ……書き込みがされてます。万代さんのと間違えたんですよ」

「あぁ~……、今日の上演が終わってから……俵田さんにお願いしましょう」

 

 またも失態。(いち)は頭を抱えつつも、無くさないように台本を竜太の鞄へ入れさせてもらった。すぐに返すつもりで、チャックを半開きにさせたままだった。

 

 夜も更けた7時、または19時。

 参加者達が豪華な夕食を楽しむ中、ミステリーナイト開幕。

 

「ようこそ、皆様。今宵のミステリーナイト、謎と恐怖、そして、死に満ちた世界を十分にお楽しみください」

「へ~、化粧ひとつであんなに……」

 

 暗くなった舞台の上に小町が1人。辺見の化粧を施した見事な変貌には、竜太も感心だ。

 緞帳が上がり、スタート。

 

 ――演目、『ナルシスの魔鏡』

 

 山奥の村にある旧家。当主の死後、残った遺族による相続争い。

 老女、老女の娘、小説家、ピエロ、人形使い、メイド。プロの劇は動き、ひとつひとつに役の実感が込められる。肌に届く熱量が演技ではなく、本物の感情と訴えて来る。

 脳髄、心臓が素晴らしさに涙を溢す。

 滲んだ視界に舞台が光る。大道具の暖炉、反射の輝きが目を襲う。

 

(……なんだ? 本番中に光……)

 

 効果照明の妨げに為、舞台に反射物は置かない。宝石であろうと紙やすりをかけ、光らせない。演劇の常識一流の劇団が抜かるなど、在り得ない。

 疑問の答えが出ぬ内にメイドの文月がカートを押しながら、登場。稽古と違い、ワイングラスには液が注がれていた。

いよいよ、前半ラストシーン。

 

 ――ピエロが毒を盛られる

 

 ここまで何もない。脅迫文はただの脅しだった可能性も出て来た。

 

 ――毒を盛られる

 

 違う(・・)。人形の首を切断した切り口、確かな殺意があった。

 

「この不吉な夜に」

 

 老女の万代先生が台本通り、最初にワイングラスを手に取る。乾杯の音頭を取り、メイド以外が応じた。

 

 ――毒の入った……ワイン

 

 直感に従い、(いち)は空いた皿を手にする。上演中も気にせず、舞台へ走った。

 

「先輩?」

 

 竜太の声がある意味で合図となり、(いち)は迷わずに叫んだ。

 

飲むなあ!!

 

 ――シュンッ

 

「きゃ!?」

 

 ――!?

 

 投げ放った皿は真っ直ぐ、ワイングラスへ命中。万代先生は驚きと手の衝撃に負け、尻もちを付いた。

 宙を回転したグラスは中身を溢しながら、床へ叩き付けられ、粉々に霧散する。

 割れた音が静まり返ったホールに響き、(いち)は濡れた床を指差した。

 

「それ、毒です」

 

 自分の言葉とは思えない宣言。呆気に取られた人々の視線を受けながら、老女の娘・辺見が動く。

 

「な、何たること! ピエロよ、そのメイドを捕えなさい!! その者が入れたに違いありません!」

「……!? 畏まりました。お嬢様っ」

「……! ああ! そんな、違います!」

 

 辺見の脚本にないアドリブ、一瞬で理解したピエロの榎戸は大げさに畏まる。文月もすぐに口元を手で覆い、慄いた演技。

 緞帳が下り、拍手が巻き起こった。

 ホッとしたのも束の間、(いち)の腕が物凄い力に掴まれる。かと思えば、舞台へ引き上げられた。

 

この……ガキィ。よくもあたしの舞台を……

「万代先生、自分は謝りませんっ」

 

 万代先生は山姥の如くに顔を歪め、(いち)を床へ這い蹲らせた。

 降り切った緞帳により、竜太達と離される。緊張や焦りはとっくに限界を超え、寧ろ、気分は氷点下だ。

 様々な感情を込めた眼差しが降り注いでも、(いち)は万代先生の怒りから目を逸らさなかった。

 

「待て待てぇ~。金田、どういう事だ!」

「万代先生が持っていたワイングラス、毒が入っているのです」

 

 バタバタと駆けこんで来た俵田刑事へ答えれば、ようやく真実味が出たのだろう。悲鳴を上げ、濡れた場所から離れた。

 

「全員、動くな。すぐに鑑識を呼ぶ! 万代さん、その子を離して下さい!」

「……っ、もしも……毒が出なかったら、只じゃおかないからね!!」

「出ますよ、絶対にっ」

 

 俵田刑事に指示され、万代先生はワナワナと慄く。今にも、首を絞めそうな手を離してくれた。

 だから、(いち)は敬意を込めて断言した。

  

 鑑識の結果が出るまでの間、舞台に上がっていた劇団員には警官の監視が付けられた。持ち物検査までされ、万代先生は不服を隠さなかったそうだ。

 

「やってくれたわね……下手したら、傷害罪よ」

「皆さんに声をかける時間が惜しかったのです」

 

 (いち)も別室にて、待機。しかも、不破警視自ら監視に乗り出す。念の為にと、俵田刑事による持ち物検査を受けさせられた。心が冷め切っても、流石に恥ずかしかった。

 

「不破警視、先輩まで検査するなんて……万代さんを助けようとしたんですよっ」

「まだ、結果は出ていない。上演中に騒ぎを起こしたんだ。形だけでもやっておかんと……と言う事ですよね?」

 

 抗議する竜太に俵田刑事は理路整然と答えつつも、不破警視へ不満そうな表情を隠さない。自分が原因だが、仲間内での睨み合いはやめて欲しい。

 

「結果が出る前に……聞かせて、金田君。どうして、万代のワイングラスに毒が入っている。そう、思ったのかしら?」

「……自分が犯人なら、そこが絶好のタイミングだからです」

 

 煙草に火を付け、不破警視は前髪を押さえる。万代先生と違い、話を聞く姿勢は真剣そのもの。

 正直に答えたが、返事は煙草の煙。納得していない様子だ。

 

「犯人は控室にメッセージを残しました。この時、犯人は台本を読んだと思います。劇の進行も把握済みでしょう。そして、首を万代先生へ送っています。狙いは確実に先生です」

「……まあ、筋は通ってるわね。あくまでも、劇の脚本としてはっ

 

 不破警視から、素人に犯行を見抜かれた悔しさが見えた。

 脅迫状を俵田刑事の担当と言いつつ、全ての事件を己の手で解決しようと意気込んでいる。そこに手柄など、功績を求める感じはしない。

 その為、(いち)は不破警視の言い分を素直に受け入れた。

 ノックの音に俵田刑事が応じれば、警官が鑑識結果の紙を渡しに来た。

 

「……青酸カリが検出されたそうですっ。不破警視、犯人は本気です。劇を中止しましょう」

「逆よ、俵田君。厳重な監視下の中、毒を盛られた……。金田君はどういう事か、分かる?」

 

 俵田刑事の進言を不破警視はあっさりと却下、試すような口調で問われた。

 

「……脚本なら、劇団の中に犯人がいます。ホテルから出してしまえば、それこそ警察の目が届かなくなり、次の犯行は防げません」

 

 『放課後の魔術師』『地獄の傀儡師』『オペラ座の怪人』並びに『幽霊船長』。

 4つの脅迫状もしくは怪奇文書を知っているが、どれも内部の人間が手紙の主。その経験が答えさせた。

 

「そうよ。容疑者を逃がさない為にも、14日の上演は予定通りに行ってもらうわ。俵田君は毒物混入及び殺人未遂として、堂々と捜査なさい。金田君、劇団員の事情聴取に同伴して、彼の反応を見届けて頂戴」

「……! いえ、それは佐木君にお願いします」

 

 不敵に笑い、不破警視は指示してくるが、(いち)はハッと時計を意識する。竜太を一瞥し、事情聴取を出来るだけ丁寧に断った。

 

「は? いや、金田……万代さんもお前に助けられたと知れば、捜査に協力するかもしれん」

「俵田さん、申し訳ありません。眠る時間なのです。皆さん、お先に失礼します」

 

 キョトンとした俵田刑事へ詫び、(いち)は椅子から立ち上がる。就寝の挨拶を込め、目上の方々へ礼儀正しく頭を下げた。

 

「……ちょっと何言ってるのか、分からないわ」

 

 困惑した不破警視は目をパチパチさせ、佐木父も首を傾げた。

 

「そっか、夜10時だっ。金田先輩……おやすみなさい」

 

 唯一、竜太だけは納得。先輩を労わる優しい声に誘われ、(いち)の意識は落ちた。

 

 ――バタンッ

 

 ついでに、体は倒れ込んだ。

 

「きゃあぁ!!」

「先輩は夜10時になったら、寝るんです」

「……さ、先に言っといてくれ……。心臓に悪い……」

 

 ビックリ仰天した大人達には、竜太が冷静に説明してくれたと後で聞いた。




土門「眼鏡ポジティブの土門 竜太郎です! ドラマ版では雪村オーナーの甥やってます(重要)。観客席に役者を混ぜておくなんて、こりゃあ思った以上に楽しめるぞ♪ 学校サボって、来て良かった! さて、次回は『俵田刑事は知らない・後編』!! さあさ、ヒント探さなきゃ。このパトカー、大道具にしては本物っぽいなあ」

名も無き人形の首
原作にて、猫の生首。殺意の波動をビンビン感じる。猫ちゃんが可哀想なので、人形にしました(ゴメン)
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