金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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長いので『赤髭サンタ』に省略しています

誤字報告により修正修正しました、ありがとうございます


Q7 俵田刑事は知らない・後編

 人肌枕、それは快適な目覚めを約束する。

 だが、赤い部屋は違う。ベッドへ運んでくれた竜太(りゅうた)には、感謝と文句が混ざり合う。 

 彼の眠りを妨げぬよう、(いち)は布団から起き上がる。大きく伸びをした際、自分が着の身着のままと気付いた。

 着替えた後はバスルームにて、脱いだ衣服をもみ洗い。

 

「金田先輩……朝シャンかと思ったら、洗濯ですか?」

「佐木君、おはようございます。この時間に干さないといけませんので」

 

 竜太は寝起きにハンディカムを持ち、覗き込む。片目の瞼が眠そうに半開きだ。

 

「昨日の事情聴取、撮れましたか?」

「父にお願いしました。先輩を部屋に1人ってワケには行かないでしょ。一応、不破警視に部屋の中を確認してもらってから、入りました」

「……お父様が危険では、ありませんか?」

「僕ら兄弟の父ですよ、無問題ってヤツです」

 

 シャワーカーテンへ洗濯物を干し、昨晩の様子を問う。竜太から物凄く説得力のある返事を聞き、一緒に朝のジョギングへ向かった。

 

「警官コスが増えてねえか?」

「もしかしたら、ミステリーナイトのヒントかも」

 

 3階やロビーに警官をチラチラと見かけても、何も知らぬ宿泊客にはイベントスタッフに見えるらしい。

 下手に騒がれず、警察や犯人にとっては有り難い誤解だ。

 

「あっ、金田さん」

「文月さん、おはようございます。昨晩の上演、素晴らしかったです」

 

 フロントへカードキーを返却する際、劇団女優の文月(ふみづき)にご挨拶。上演中にアクシデントが発生しても、団員のアドリブで見事に乗り切った。

 

「私の方こそ、昨日は本当にありがとうございます。金田さんの機転がなければ、今頃……。万代先生も感謝しているはずです」

「だと良いのですが、あれは仮に自分が逆の立場だったら……キレています。万代先生は正しい反応をしたのです」

 

 舞台を汚されたと怒るのは現役の証。万代(ばんだい)先生は最大のスター頃の自尊心と共に、気高き誇りがある。それが分かって良かったが、実際は怖かったと黙っておこう。

 

「そう言って頂けると、気が楽になります。お2人は刑事さんから捜査協力だと聞いていますが……」

「自分は探偵の孫の代理ですが、佐木君は実際に起こった事件を解決させた功労者です」

「……へへ、金田先輩だって同じでしょう♪」

 

 肩の力を緩めた文月に聞かれ、(いち)は頼りになる竜太を紹介した。

 話せば話す程、彼女への既視感。劇団の本拠地は東京、道ですれ違ったのかもしれない。

 

「文月さん……雑誌でお写真を拝見した事ありませんが、取材NGですか?」

「はい、私に顔出しなんて……早くて。結構いますよ、劇団にも」

 

 文月の話は本当に自然で、疑いようもなかった。

 

「文月さんはとてもキレイな方ですし、世の男共が放って置かないですもん。先輩だって、雑誌のインタビューには答えな……」

「佐木君、ジョギングに行きましょう。それでは文月さん、失礼します」

「あっ、金田さん……先生がまだ……」

 

 竜太の余計な一言を避け、(いち)は外へダッシュした。

 

 外の駐車場には【青森県警察】のパトカーが堂々と置いてあり、そこにも探偵役の宿泊客がイベントのヒントを求め、車体下も探る。

 一切、本物とは疑わず、大道具だと思い込んでいる。そんな彼らの危機感が心配。

 

「先輩、榎戸さんです」

「榎戸さん、おはようございます」

「!? お前らか……」

 

 劇団の若手俳優・榎戸(えのきど)が木に隠れるように座り込む。高校生2人の声掛けにビクッとし、過剰な程に怯える姿に疑問だ。

 

「なあ……、昨日……狙われたのは……万代だよな? だ、誰でも良かったとかじゃあ、ないだろ?」

「……榎戸さん、何故そのように?」

「……犯人はどうして、万代の飲むグラスを予測したのかって話になって……虹川さんは誰が取るって指定はしていなかった。皆の台本もチェックしたけど……書き込みなんてないし……」

「指定がなかったのですか……」

 

 カートに乗ったワイングラスは5つ。台本には万代先生が最初に取り、他はそれに続くとあった。しかし、誰がどれを取るか、指定がなかったなど予想外。

 

「他の……グラスも調べて、毒はなかった……。どうやって、毒の入ったもんを万代に取らせたんだ?」

「分かりません。ですが、標的は万代先生です」

 

 送られた脅迫状に込められた確かな殺意。同時に警察の目を掻い潜り、犯行を成し遂げられる絶対の自信も感じ取った。

 

「……やっぱり、奴は生きてるんだ」

「? 榎戸さん、奴とは誰ですか?」

「『赤髭のサンタクロース』に決まってるだろ。あいつは生きて……この館に……」

「……幽霊かもしれませんよ?」

 

 榎戸がブツブツと呟き、話にも脈絡のない。(いち)は深呼吸し、深みを込めて問うた。

 

「……違う! 奴は……お……!! ……そうだな……幽霊がマシだ……」

 

 訴えかけようとした途端、榎戸は我に返る。誰もいない地面へ向かい、忌々しく吐き捨てた。

 その行動にひとつの可能性が推察される。

 

「先輩、『赤髭サンタ』って死んでるんですか?」

「……佐木君に言ってませんでしたっけ?」

 

 竜太の質問に、(いち)が我に返った。

 仕方なく、俵田刑事のいる309号室にてお浚い。彼は朝から背広姿であった。

 

「……さっきの榎戸さん以外、……誰もその話しませんよね?」

「そうか、俺もオーナー以外に「死んだ」とは聞いてない……。金田ンとこの爺さんが言うには、1年近く姿を見せないんだったな?」

「はい、祖父はそう言っていました。佐木君、お父様の話も聞きましょう。306号室に内線を……」

 

 部屋の中をウロウロし、俵田刑事は怒りを抑え込む。(いち)は佐木父を呼ぼうと、内線電話へ手を掛けた。

 その横に佐木父が壁の如く、立っていた。

 

「……~!?

「父さん、いつの間に。……俵田さんと事情聴取の映像を確認していたそうです」

「すまん、すまん。言ってなかった」

 

 心臓が止まるかと思う程、(いち)は驚いた。

 竜太は意外そうにするだけで、慣れた様子。俵田刑事は言い忘れを詫びた。

 

「父も見なくなった程度の話しか、知らないそうです。榎戸さんは『赤髭サンタ』が死んだのを直接、見たとか?」

「……警察に話さないのは榎戸が……あるいは、劇団員の誰かが殺すのを目撃したか……。だとすると、ホテルに電話して来た『赤髭サンタ』親族とは何者か……益々、分からんな」

 

 (いち)の動悸が落ち着くまでの間、竜太は佐木父の通訳をして俵田刑事と情報を纏める。

 

「グラスの件、無差別だったんじゃないかって、榎戸さんが言ってましたけど……」

「そうだ。これは劇団員全員の台本、ゴミ箱へ入っていた分も集めて来た」

 

 竜太から確認され、俵田刑事は手袋を着ける。ベッドの下へ保管していた数冊の台本、テーブルへドンッと乗せた。内容が変更される為、要らなくなったそうだ。

 ちょっと欲しい。

 

「金田が上演前に台本の書き込みがあれば……とか言ってたろ? それで調べてみたが、不審な書き込みはなかった。勿論、万代さんの台本にもだ」

「「……あっ」」

 

 万代先生の台本と聞き、すっかり忘れていた事実。

 台本のすり替わりだ。

 

「佐木君、鞄は?」

「ベッドの上です」

「おい、お前ら……行っちまった」

 

 2人は急いで315号室へ戻り、ルームキーで鍵を開けた。竜太の言う通り、赤いベッドの上には鞄があった。チャックを開けば、台本はあった。

 ホッとして、息を吐く。急がず、件の場面へページを捲った

 

 ――ない

 

 ギュッと胃が竦んだ。

 

「ワインのシーンが破り取られてる! ……万代先生が持っていた時から……?」

「……すり替わったのは稽古中です。いくら、万代先生でも不審に思うでしょう。……これはつまり、犯人が部屋に入って……」

 

 驚愕した竜太に答えながら。(いち)の首筋が燃えあがる様に熱い。

 証言があっても、証拠が無ければ、証明できない。先手を打たれた悔しさに歯を食いしばった。

 湧き起った感情に血液が如く、全身を巡ろうとも、一部の冷静さが自問自答。

 防犯対策による深夜12時の全室カードデータ変更。これを掻い潜ったのなら、『赤髭サンタ』は315号室を自由に出入りできるという事だ。

 昨晩か、睡眠中か、つい先程の隙か。

 そもそも、台本の入れ替わりに気付かれたのか。

 

わがんねぁ~!!

 

 叫んだ。

 腹の底から、天井の壁へ響く様に。

 そんな人間の取る行動は同じ。(いち)も台本を投げ放つ。力の限りに大きく、振り被った。

 壁の腰見切りへ命中、台本の角が当たったガッと鋭い音がした。

 

 ――バタン

 

 音を聞いてから、脳が認識するまで数秒の間があった。

 

「「……え?」」

 

 途端に板が外れ、隣の316号室へ倒れてしまった。3階は満室だが、不在らしい。誰もいなかったのは幸いだ。

 

こ……壊した……)

「これは……」

 

 (いち)は背筋が凍り付き、自身でも分かる程に青褪める。狼狽える先輩に見向きもせず、竜太は慎重に巾木(はばき)と腰板を交互に検分をし始めた。

 

「元から、ですね。巾木(はばき)の部分に壊れた形跡がないので、腰板はここに嵌めていただけ……」

「……欠陥?」

 

 竜太から冷静に告げられ、(いち)も腰板に触れてるみる。滑り心地から、破損ではなかった。仮に築百年の老朽化だとしても、不自然だ。他に理由がある。

 

「犯人はここから入って……台本を破いたとか?」

「……隣の人が犯人?」

 

 高校生2人の知恵ではしっくりこない。

 内線電話で俵田刑事と雪村オーナーを呼び出し、外れた腰板を見せた。

 

「俵田刑事、抜け穴ですよ。きっと、この館を建てた持ち主が作ったモノです」

「オーナーが言っていた……例の?」

 

 雪村オーナー曰く、最初の持ち主は貿易商。函館に館を建てられる程の莫大な富得た為に敵も多く、常に襲撃を恐れていた。

 緊急に備え、館のあちこちに隠し通路を設置。それらを記した設計図は第二次大戦の混乱の中、失われてしまったと言う。

 

「思えば……あの方がホテルに滞在されている間、隣の316号室を指名されるお客様が……急に(・・)増えましたな」

オーナー! そういう大事な話は先に全部、言っといてください!!

(この人……わざとやってんのかね?)

 

 たった今思い付いたみたいに、雪村オーナーは重要な情報を語り出す。俵田刑事のご尤もなお怒りにも、ケロッとしていた。

 物怖じしない態度は支配人の経験が為せる業だろう。

 

「俵田さん、父が言うには『赤髭サンタ』は館の秘密を何かで知って、麻薬取引に利用したんじゃないかって」

「……おそらく、そんなトコだろう。今、316号室は文月 花蓮が泊まっている。コレを知っていたか、話を聞いてみるか……早速、不破警視にも……」

「いえ、黙っておきます。文月さんにも知らせず、接着剤か何かで腰板を外れないようにしましょう」

 

 竜太に答えた俵田刑事は報せようとしたが、(いち)は不意に閃く。不破(ふわ)警視が抜け道を知っていた場合、そこへ警察ではなく、高校生と劇団員を隣同士で寝泊まりさせる。この意味を知らなければ、ならない。

 最悪、何かの囮だ。探偵役として、受けて立つ。

 

「金田様、不破警視は捜査責任者ですし……黙っておくのは……」

「おそらく、あの方は知っています。捜査目的で放置していたなら、自分が壊したと思い込んで、勝手に直したと説明します」

「……分かった。警視が俺に話していない情報もある。行き違いくらいはあるだろう。オーナー、すまんがここだけの話にしてくれ」

 

 雪村オーナーは不破警視には弱いらしく、途端に弱腰。(いち)が説明すれば、俵田刑事は同意してくれた。

 

「オーナー、念の為にこれまで316号室に泊った客の名簿を確認したい」

「……あまり、参考にならないかと……。ここだけの話……おそらく、万代様も316号室を指定して泊まられた事があります。サングラスで顔を隠し……違うお名前を使われていました」

 

 俵田刑事の依頼に雪村オーナーは初めて、申し訳なさそうに答える。

 宿泊の際、偽名を使う客は珍しくない。著名人もお忍びで、よくやる手だ。

 だが、万代先生もその中にいると話は変わる。(いち)は戦慄に震え上がり、ひとつの可能性に胸を痛めた。

 

(万代先生が……麻薬取引に?)

だから……そういう話は……

「まあまあ、俵田刑事。支配人にも守秘義務がありますって」

 

 人のショックを知らず、俵田刑事は竜太に諫められた。

 

 ホテルスタッフに接着剤を用意してもらい、腰板の固定。

 ようやく食堂へ向かい、朝食だ。

 

「何だか、推理小説の解答編に差し迫った気分です。自分……すっかり、疲れました」

「先輩、まだまだこれからですよ。父さんの部屋に行って、昨日のビデオを観ましょう」

 

 (いち)は言葉にした通り、疲労困憊。いくつか謎や事情が分かっても、ヒントを見せられたに過ぎない。これがただのイベントなら、明日の解答編上演までやり過ごせば良い。

 命が懸かった本物の事件。探偵に成りきり、犯行を阻止せねばならない。

 でも、休憩は欲しい。

 竜太にせかされながら、階段を上がろうとした。

 そこで、佐木父が急に足をピタッと止める。ハンディカムが左右の親柱にあるメデューサとペルセウスの像へ向けられた。

 

「父さん?」

「……! 万代先生、おはようございます」

 

 今まさに階段を下りる万代先生と鉢合わせ、その後ろには文月が控えている。麻薬への関与を疑う今は正直、会いたくなかった。

 

「……フンッ、元気そうね……」

 

 (いち)の挨拶を当然と受け取り、万代先生は尊大に鼻を鳴らす。昨晩の舞台乱入への怒りか、生来の性格か、判断しにくい。

 

「昨日は……よくやったわ。褒めてあげる。これから稽古に入るわ、見学にいらっしゃいっ。あたしを撮らないなら、ビデオもOKしてやるわよ」

「お誘いは嬉しいのですが、自分は不破警視に遠慮するように指示されています」

「あたしが良いと言ったら、良いのっ」

「はい……」

 

 稽古を見学できる喜びの反面、昨晩の事情聴取を確認出来ない状況に悶々とした。

 

「それに……ここだけの話、あの女はあたしに逆らえない(・・・・・)のよ」

「――そうですか、それはとても心強いです――」

 

 すれ違い様に耳元で囁かれ、(いち)は万代先生の揺るぎない傲慢さの正体を垣間見た。

 その言葉(・・・・)が指し示す意味の重要性に気付き、微笑む。強い権力を持つ劇団の座長へ焦がれた少年、そんな風に振る舞って見せた。

 

 事件現場の大広間、警官2名の見張りの下に稽古は行われる。

 

「クリスティーン! 聞いたぜ、毒にビビって気絶したんだって? さぞ怖かったろうに」

「佐木君に慰めてもらったので、平気です」

「……ププッ、お上手ね……」

 

 脚本家の虹川(にじかわ)が葉巻を咥え、馴れ馴れしい態度で迫ってくる。(いち)はさっと竜太の後ろへ隠れ、女優の辺見(へんみ)にクスクスと笑われた。

 人形師の市川(いちかわ)も手に人形を大切に持ち、無言でスタンバイ。

 先程、会ったばかりの榎戸は無表情に台本を読んでいるが、微かな表情の怯えは隠せない。彼のお陰で色々と分かった事もあり、何か恩を返したい。

 

「さあ、始めよう。先ずは変更したシーンから」

 

 虹川の合図に全員、役者の顔色になる。舞台である山奥の山荘現場へ雰囲気が変わった。

 後半に登場するはずだった探偵役が消え、老女の娘が真相を話す。全ての犯人は人形使い、結局は老女を刺し殺し、幕引きだ。

 前半の流れに違和感を見せない変更、感動した。

 

「さっきから、椅子とか道具に触らないようにしているのは……何でですか? 刺すシーンでさえ、そこに飾っている剣を取る素振りだけでしたけど……」

「本番までセットに触るなと言われているのよ。あの不破が直接、調べた後のまま……保存しとけってね」

 

 竜太は暖炉の上に飾られた小道具の剣を指差し、問う。その疑問に万代先生がわざわざ、舞台を見渡しながら答える。彼女は捜査をせせら笑っていた。

 足音と共に見張りの警官が敬礼、不破警視だ。眼鏡の反射で表情が分かりにくいが、不愉快そうに見える。

 

「アナタ達、ここにいたの。稽古は遠慮しなさいと……」

「あたしが許したわ。案外、良い子よ……この子達」

 

 不破警視の鋭い視線に睨まれたが、すぐに万代先生が庇ってくれた。裏がありそうで、不気味だ。

 

「不破警視、おはようございます。すみませんが、煙草を1本頂けませんか?」

 

 (いち)の頼みに、場の空気が凍り付く。

 

「先輩、流石にそれは……」

「……警察の前で未成年者が喫煙とは、良い度胸じゃない?」

「違います。煙草の煙が魔除けになるのです。自分の部屋、幽霊が出る呪われた場所だと聞きまして、ちょっと怖く……」

 

 佐木親子にまで引かれ、不破警視は眼鏡の縁を押さえ込む。とんでもない勘違いに気付き、慌てて補足した。幽霊どころか、『赤髭サンタ』の侵入を許したが、そこは伏せよう。

 

「駄目に決まってんでしょ。幽霊が怖いなら、部屋を出るなりなんなりしなさい」

「……はい。極力、部屋に居ないようにします」

 

 不破警視に叱られたタイミングで、稽古は休憩。全員が大広間を出る際、持ち物をチェック。1人の警官が施錠し、鍵は俵田刑事へ渡されると聞いた。

 

「アンタ、若いのに感心ね。ウチのヘビースモーカーでさえ知らん煙草の話を……誰から聞いたんだい?」

「祖父です。吸えなくても、持っているだけで良いと教えてもらいました」

 

 からかう口調の万代先生へ正直に答えた途端、大女優ならではの張り詰めた雰囲気が柔らかくなった。

 

「……フッ、まさかね。……坊や、その年寄り……大事になさいな」

「はい……勿論です」

「万代先生……?」

 

 万代先生は懐かしむように微笑む。どこにでもいるお節介な老女だった。

 (いち)と文月は失礼ながら、呆気に取られた。

 

「先輩さん、さっきの話……本当か? 煙が魔除けってヤツ」

「榎戸さん、はい……祖父はそう言っていました。この前、お会いした船乗りの方も知っていました……先輩さんって何ですか?」

「僕、お前の名前知らないし、そこの佐木さんが先輩って呼んでたからさ。クリスティーンよりはいいだろ? ……煙草か、参考にするよ」

 

 榎戸は団員の目がないか気にしながら、(いち)へ問う。あまり、納得していない様子でそそくさと去った。その背を見ながら、彼が少しでも穏やかに過ごせるように願う。

 

「クリスティーン、煙草なら俺が……」

 

 虹川に声を掛けられた瞬間、ダッシュで逃げた。

 

 306号室の佐木父の部屋、目に優しい配色と豪華な家具。

 同じダブル式で印象が違い過ぎる。

 時計の針に耳を傾けつつ、(いち)は佐木父が撮影した事情聴取の映像を確認。1人ずつ呼ばれ、彼らは俵田刑事を相手に語り出す。

 

〈ずっと舞台袖でスタンバイして……〉

〈全員だよ。ここにいる奴は、一度は袖へ引っ込んでる〉

〈……犯人はどうやって、先生が取るグラスへ毒が入れられたのかしら?〉

〈じゃあ、一歩間違ってたら……僕が……〉

〈脚本ハ、虹川ガ考エル。万代モ、口ヲ出サナイ〉

〈グラスを取る指定? ……なかった(・・・・)はずよ、あたしが言うんだから間違いないわ〉

 

 文月、虹川、榎戸、市川、そして、万代先生。確実に(・・・)、嘘を吐いている人がいた。

 ゾッとして、(いち)はもう一度再生。やはり、聞き違いではない。

 

〈きゃあぁ!!〉

 

 緊張感が募った瞬間、絹を裂くような悲鳴にビビった。

 

「すみません、先輩。音量大きくし過ぎました」

「……佐木君。それは稽古を撮った時ですか? 文月さんの悲鳴に聞こえましたが……」

 

 詫びる竜太は己のビデオ音量を下げ、(いち)は場面を想定。劇中にある文月の悲鳴があるシーン、ラストの毒に倒れた榎戸へ向けた1回限りだ。

 途端、竜太は硬直する。

 目を見開いた眼光は画面へ釘付けとなり、瞬きさせも忘れていた。それ程の深刻な様子を見せられ、(いち)は困惑した。

 竜太は驚愕したまま、信じられない形相をこちらへ向けた。

 

「……先輩、耳紋って知ってます? ……つまり、耳の指紋です。人の耳はそれぞれ、違います。でも、親の耳の形を子が引継ぐ場合があるんです」

 

 我が子の説明に合わせ、佐木父は己の耳と竜太の耳を交互に指差す。違う形だ。

 

「耳の形が、初めて聞きました。……今、そう言う話をされるなら、劇団に親子関係の方がいるのですか?」

「いいえ、親子関係の方はいません。ただ、僕の仮説が正しかったとしても、これがどういう事なのか……分からなくて」

 

 前置きしてから、竜太は口元を手で覆う。彼を焦られる程の仮説、どれ程の事態を招くのだろう。緊張が移り、(いち)の耳の後ろも鼓動で騒がしくなった。

 けれども、竜太の言葉は一字一句、脳髄へ届いた。

 

 全てを聞き終え、(いち)は感嘆の息を吐く。アドレナリンが脳髄を満たし、推理小説の大作を読み切った高揚感に似ていた。

 判断材料は十分、揃った

 ただ、惜しむのはイベントの中止。自分達の手に負えず、探偵役を全うできない。

 

「相手が悪すぎました……ね? 佐木君」

「……これは俵田刑事にも、荷が重いです。頼るなら(・・・・)……」

 

 (いち)の愚痴へ答え、竜太は迷いなく内線電話の受話器を取る。外線へ繋げ、東京へ電話した。

 

「お父様? ギリシャ神話の……?」

 

 その間、佐木父はギリシャ神話の本を開き、あるページを指差す。

 (いち)へ何かを伝えたいが、竜太は電話の相手へ事情説明に忙しい。一先ず、有名なペルセウスの逸話を黙読してみた。

 ゆっくりと脳が理解していく心地よさ。

 

「……確かめに、行ってみましょう」

 

 そこに季節外れのクリスマスプレゼントがあれば良いと思いながら、(いち)は声を弾ませる。佐木父はハンディカムのビデオテープをセットし直し、準備万端だ。

 2人が廊下へ出た時、竜太は置いて行かれるのを恐れた。

 

「はい、函館の異人館ホテルに居ま……あっ、先輩……僕も! 明智さん、お願いしますね」

〈佐木君、先……ガチャン!!〉

 

 慌てた竜太は相手の話を遮り、無理やり電話を切った。

 

 メデューサとペルセウスが対峙せず、別々の方向を向く。これも仕掛け。メデューサ像の土台を眺めれば、ホンの僅か、擦れた痕跡が見えた。

 1人の力でも回せた為、(いち)は2つの像を向かい合わせにさせた。

 

「意外と軽いです……足元?」

「先輩、床が!

 

 1階の床板がギギッと動き出し、地下への隠し階段が忽然と現れる。思ったより壮大な仕掛けにビックリし、(いち)達は呆然と言葉を失う。

 

な……何ですか、これは!?

 

 駆け付けた雪村オーナーが代弁者となり、叫ぶ。その為、警察よりも先に野次馬が集った。大騒ぎの中、劇団員も混ざっていた。

 

「警察だ! 通してくれ。お前ら、その階段……まさか!!」

「俵田さん……どうしましょう。自分、……こういう展開は初めてなのです」

 

 人混みを掻き分け、俵田刑事は到着。(いち)は素直に困惑を伝え、対応を委ねた。

 

「下がりなさいっ、私が行きます。何人か、続いて!」

「「「はっ!!」」」

 

 階段を見た不破警視は絶句したのは一瞬、すぐに警官へ指示。彼女の傍に居た1人が手持ちの懐中電灯を照らし、暗くカビ臭い階段を下りて行った。

 誰も彼も息を潜め、成り行きを見守る。

 静まり返った空間に微かな呻き声の後、警官が1人駆け上がって来た。

 

「至急、署へ応援要請!! 出ました!

 

 緊迫した警察の言葉に辺りは騒然、中には「迫真の演技」「予算掛け過ぎ」と能天気な声が聞こえた。

 それとは反対に劇団員の目付きは、飢えた獣のように血走っていた。

 彼らの望みがそこにある。当たりだ。

 

「よし、俺も……」

「俵田さん、不破警視に内密で……お願いがあります」

 

 俵田刑事が気合い入れる中、(いち)はその耳元へ本題を囁いた。




木之内「カメラポジションの木之内 太です。ドラマ版では泥棒に見せかけて、部屋を荒らされたり、財布は取られるし、散々な目に遭ってマス。安心してください、死にませんよ! さて、次回は『異人館ホテルへ届く福音の鐘』!! 消防車が来た~!」

佐木 連太郎
金田一少年の殺人より登場、今回のMVP。多分、竜太より業界に詳しい。像の違和感にも、すぐに気付ける

榎戸 あきら
若手俳優、ご覧の通りに完全にやってる
作中にて、全てが終わった後は愛煙家になる

辺見 魔子
顔の痣が消せる程のメイク技術を持つ。原作のヒステリックなシーンから、多分やってる
アニメ版では万代の養子、市川の姉
作中にて、オリ主を「万代のファンとか、マジ無いわ。関わらんとこ」と距離を取った。それを悟らせない女優
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