金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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原作読み返したら、明智さんがはじめちゃんに冷たい。なんでだろうと思ったら、セカンドコンタクトだった
2月のバレンタイン直前の出会いから、再会はクリスマス・イブ。わあ、ロマンチック(棒読み


Q8 異人館ホテルへ届く福音の鐘・前編

 初代・館の主が隠した地下貯蔵庫から、50億相当に匹敵する大量の麻薬が発見された。

 科捜研も現場に出動。万一、爆発性を持つ薬物で精製されていた時に備え、消防車も待機した。

 宿泊客、ホテルスタッフも残らず、避難命令。

 

「金田先輩、大手柄ですよ。僕もあの像は変だとは思ってましたが、地下に通じているとはっ」

「……手柄と言うなら、佐木君のお父様です。抜け穴の話(・・・・・)を聞いて、像の違和感に気付いたのです」

 

 竜太(りゅうた)の称賛を受け流し、(いち)は由々しき事態にゲンナリ。

 何人ものお目出度い客は「これがミステリーナイトだって言うのかい?」「本物っぽい」とまだイベントの真っ最中と思い込んでいた。

 (いち)も彼ら側で居たかったが、隠し通路を発見した身。俵田(たわらだ)刑事とパトカーにいる羽目になった。

 

「……俵田さん、麻薬は爆発物並みに危ないのですか?」

「成分によるな、あの量だと……粉塵爆発を起こしかねん。俺は劇団員どもの事情聴取があるから、金田は動くなよ。佐木、親父さんを借りるぞ。都丸、こいつらを頼む」

「はっ!」

 

 俵田刑事は(いち)達へ釘を刺し、佐木父とパトカーを降りる。彼らが戻れば、報告。それが何度も続いた。

 エコノミー症候群対策に歩きたいと訴えても、却下された。

 

 時間は刻一刻と過ぎ、科捜研は撤退。爆発の危険性は一先ずなし。

 大型輸送車が到着し、麻薬の積み込みが開始。消防車がホースの準備万端の様子にまだ危機は去っていないと知る。

 事件の匂いを嗅ぎ付け、近寄る記者などは宿泊客が「完成度の高いイベント」と発言して自然に追い払っている。疑う者は作業風景を勝手に撮り、引き上げてくれた。

 (いち)達は安全の為に、喫茶店『フィロソフィア』へ行けたが、大行列。店内も混雑状況、マスターはご近所さんの手を借り、注文を捌いていた。

 

「いや~こんなに忙しいのは年越しくらいだよ~♪」

 

 マスターの愛想を忘れず、テキパキした動きは見習いたい。(いち)達がようやく食事を済ませた時、時計の針は午後5時を回った。

 

 ――カーン、カーン、カーン

 

 不意に何処からともなく、鐘の音が鳴り響く。人々の喧騒さえ、掻き消す程の美しい音色だ。

 

「あれは?」

「教会の鐘です。ほら、近くにある聖ハリストス正教会。いつも土曜の夕方5時と日曜の朝10時に鐘を鳴らすんですよ。良い音でしょう?」

「本当……なんか、祝福の鐘の音って感じです」

 

 マスターと竜太の会話に金田祖母の蘊蓄を思い返す。日本の音風景に選ばれたと思えば、とても感慨深い。

 

「佐木君、このまま教会へ行きましょうか? 拝観出来なくても、もっと近くで聞きたいです」

「いいですね。そうしましょう。僕らするコトないし……俵田さんも許してく……」

金田、佐木! すぐ戻れ!

 

 会計を終えた直後に無情にも、俵田刑事のお迎えが来た。

 大型輸送車と消防車はおらずとも、パトカーや警官の姿は当然ある。ホテル内に入れば、階段付近には黄色いテープが張り巡らされたまま。警官も立つ。

 そして、忙しなく走り回るホテルスタッフ達。避難は解除されたらしい。

 

「万代先生達はどちらに?」

「明日に向けて、稽古中だ」

「上演するんですか? これだけ大騒ぎになったのに……」

「彼らの行動を制限する為ですよ。不破警視も同じ考えでした」

 

 最後に答えた声(・・・・・・・)は、ロビーにいる誰でもない。

 近付く足音も聞こえ、(いち)は焦りから汗だく。振り返らずにフロントへ行こうとしたが、佐木親子にそれぞれの両腕を掴まれた。佐木(さき)父はいつの間に居たのだろう。

 

「お勤めご苦労様です。青森県の俵田です」

「本庁の明智です。青森県警と北海道警に了解を得ました。今から私が不破警視に代わり、捜査責任者です」

「道警の銭形です」

 

 俵田刑事はスッと背筋を整え、本庁捜査一課・明智 健吾(あけち けんご)警視並びに道警の銭形(ぜにがた) ケンタロウ警部補へ敬礼。逃げられなかった為、(いち)は観念した。

 

「本当に(いち)君がいた。そちらが、佐木 連太郎さんと息子の竜太君だね」

「初めまして、佐木です。金田先輩の可愛い後輩と覚えてください」

 

 事件現場にいながら、銭形警部補は親しみやすい態度で佐木親子へ自己紹介だ。(いち)の家出騒動は伝わっていないと、一安心。

 

「不破警視はいないんですか?」

「ああ、署に行ったよ。麻薬は不破警視の本分だからな」

 

 竜太の質問に俵田刑事が答えた時、(いち)は明智警視に肩を掴まれた。

 

「金田君、後でお話が……」

「それよりも報連相です。自分の部屋へ行き……」

「お前達の315号室、そして、316号室はまだ立ち入り禁止だ。丁度いい。お2人へのご説明を兼ね、大広間へ案内しましょう」

 

 (いち)は青褪めつつも、さっと話題を変える。俵田刑事は明智警視の手前か、多少は丁寧な口調になった。

 俵田刑事が解錠し、大広間へ入る。誰もいなかったと示す程、冷たい空気。

 内緒話に打って付けの場所だ。

 

「自分達は現在、あの剣の検査結果を待っています」

 

 (いち)は舞台を指差す。

 大道具の暖炉の上、今もそこに飾られている小道具ではない。鑑識に回されたもうひとつの本物の剣(・・・・)だ。

 

「俵田君。破られた台本から、指紋は取れましたか?」

「はい、金田の推察通り……不破警視の指紋が検出されました」

 

 昨晩、不破(ふわ)警視は315号室へ高校生2人を送った際、安全確認を言い訳に室内を物色。台本を発見して、例のページを破いた。

 つまり、万代先生のワイングラスへ青酸カリを入れた犯人は、彼女(・・)

 動機は弱みを握られている。

 竜太が閃いた不破警視と文月(ふみづき)が、血縁関係にあるという弱み。

 彼女達の耳の形がほとんど同じ。更に、不破警視は喉を潰したようなハスキーボイスだが、昨晩の悲鳴は文月と全く同じ声質だった。

 弱みになる事情(・・)がある。

 

「『不破 鳴美』の年齢は28歳、身寄りのない天涯孤独です。『文月 花蓮』は本名を『北見 花江』と言いますが、10年前に生き別れた双子の姉『北見 蓮子』がいます。札幌で殺人事件の容疑者として、指名手配されている事実が分かりました」

「警察官になる前は必ず、身辺調査が行われますよね。偽名や改名だろうと経歴詐称は見抜かれる……不破警視は……小田切先生の時と同じ背乗(はいの)り……」

 

 明智警視の説明に驚き、竜太は自然と口走った。

 不破警視が誰よりも事件に向き合う必死さ(・・・)はかつて、不動高校にいた『小田切先生(偽者)』と酷似していた。

 

「顔は整形しても、耳の形と声は変えられない。……不破警視は私も知るところの……優秀な刑事です。本当……信じられません」

 

 銭形警部補は嘆きながら、ため息を吐く。彼にここまで言わせる不破警視は心底、刑事の名に恥じぬ人間だったのだろう。他人の人生に縋り付き、決して離さぬ生き方が、(いち)には痛ましい程に美しく感じた。

 

(……でも、北見? ……残間の会社の……いや、まさかね)

「父が言うには、不破警視は『赤髭のサンタクロース』を捜査中に麻薬の取引相手の1人として、万代先生へ辿り着いた。劇団員の中にも麻薬所持の所持者がいて、捜査の手を入れようとしたところに……正体がバレたかもしれないと……」

((今……その人、何か喋った?))

 

 竜太が伝えれば、明智警視と銭形警部補はじ~っと佐木父を見つめた。

 

「警察に不審な書き込みを教えなかったのは……不破警視を更に脅す為か、……ふてぶてしい婆だ」

「……っ」

 

 俵田刑事は心底、万代先生を軽蔑した。

 彼女は事情聴取に対し、指定はなかったと証言していた。だが、竜太の撮影した映像には台本へト書きはあったのだ。普通ならば、脚本を書いた虹川(にじかわ)を真っ先に疑う。

 万代先生は時間が経ち、冷静になり、不破警視へ疑いの目を向けた。

 (いち)は昨晩を思い返し、万代先生を助けた行いが、不破警視を追い詰めてしまったと知った。

 非常に気分が悪い

 

「明智さん、不破警視はどうなりますか? 背乗りだったと言え、刑事の職務は全うしていたはずです。情状酌量も……」

「金田君、アナタが(・・・・)……それを(・・・)言いますか? 本物の『不破 鳴美』と何があったのか、分かっていません。仮に……合意の上で、今の戸籍を得たとしても、これは犯罪です。10年前の殺人容疑、犯した罪の責任を誰よりも知る刑事でありながら、隠蔽の為に殺人を犯そうとした。何ひとつ、見逃せませんっ」

 

 (いち)の口から溢れた言葉は不破警視への慈悲を求めていたが、明智警視は一蹴した。

 当然ながら、彼が正しい。これは見逃せない(・・・・・)罪だ。

 

〝……キミは……見逃す(・・・)人なんだね〟

 

 その声が脳髄の奥で囁かれ、(いち)の心に深く沁み込んだ。

 

 ――『小田切先生』に何もしなかったくせに、『不破警視』には情けをかけるのか?

 

 腹の底から浮かんだ憤りをじっくり、胃へ溶かす。視界を遮る為、学帽を深く被った。

 

「失言でした」

「先輩……」

 

 竜太が心配してくれる声を発した後、1人の警官が駆け寄り俵田刑事へ耳打ちした。

 

「例の剣から、トリカブトが検出されました」

「ご苦労様です。俵田君、劇団員を全員、事情聴取します。オーナーにイベント中止を正式に通達してください。私と銭形君は予定通り、不破警視の身柄を……」

 

 大人達の心は事件処理に取り掛かっている。

 (いち)はお役御免。もう探偵役ではない。

 

「すみません、明智さん。最後に……と話をさせてください」

 

 だから、この湧き起こる気持ちはただの高校生(・・・・・・)としての願いだ。

 

○●……――北見 花江(きたみ はなえ)でしかなかった頃、万代(ばんだい) 鈴江(すずえ)に拾われた。

 相手がまさかの劇団『アフロディア』座長と知り、生き別れた姉の蓮子(れんこ)を想った。彼女の夢は舞台女優であり、自分はデザイナー。

 

 ――いつか、花江のデザインした衣装を蓮子が纏い、舞台に立つ。姉妹のささやかな夢

 

 蓮子の居場所を先に作っておくのはどうだろう? そう、閃いた。

 万一に発覚した場合に備え、犯人隠匿罪を調べた。そして、親族による「特例」を見付けた。

 自分だけが蓮子を匿うならば、周囲に迷惑はかけない。

 幼い頃からの夢を、夢のままで終わらせない。叶えよう。その為の準備をしよう。

 

 ――こうして、文月(ふみづき) 花蓮(かれん)は誕生した。

 

 二十歳を過ぎ、東北のデザイン事務所に就職したのは秘密。

 万代先生は勿論の事、劇団員も知らない。不思議と彼女達は詮索して来ない。だから、花蓮も劇団が持つ『裏の顔』に気付かなった。

 蓮子が整形し、刑事になっていた事実に比べれば、どうでも良かっただろう。

 

 ――何もかも、遅かったのだ。

 

 その思考はデザイナーの仕事にも影響し、大失態を犯した。

 広報担当・一堂(いちどう) 百太(ももた)がミスの発覚に気付き、花蓮は真っ青。幹部どころか、社長も大慌ての大騒動に発展させてしまった。有休消化中の残間(ざんま) 青完(あおまさ)氏も駆け付け、対応は深夜にも及んだ。

 職場にただ多大なるご迷惑をお掛けし、花蓮はクビを覚悟。

 大目玉を喰らったが、社長は許してくれた。

 

 東京への帰りの新幹線、残間氏と偶然にも隣同士の席になった。彼の娘さんは新人マジシャンの娘さん、出演が決まったショーを観に行くはずだった。

 

「社長は本気で反省している人間を突き放しませんよ。北見さん、よく頑張りました。次に誰かが、同じ事態を招いた時の参考になります」

「はい……はい、ありがとうございます」

 

 亡き父を思わせる温かい言葉、涙が溢れた。今の二重生活を始めてから、流した初めての涙だった。

 

 後日、一堂と話す際に聞かれた。

 

「北見さん、家族の悩み?」

「……いえ、そんな……」

 

 彼は自分よりも若く、残間氏の口利きで会社に就職してきた。元は東京の人間、花蓮の公演を観た可能性もあり、他の人よりも距離を置いていた。

 ミスをカバーしてくれたとは言え、プライベートには踏み込んで欲しくない。そう思ってしまい、口を噤んだ。

 

「じゃあ……俺が言う事は参考にならないかもしれないけど、言うよ。アナタの悩みを家族が理解してくれるって思ってるなら、諦めた(・・・)方がいい」

……!!

 

 一堂の温厚な笑顔が辛辣に語る。てっきり、「話し合えば、分かり合える」などの常套句が来ると思いきや、ショックは大きかった。

 

「友達の話なんだけどさ。仕事、向いていないかもって親に相談したら「甘えんな」って返されたんだって」

 

 一堂は友達の話とやらになった途端、笑みが強張った。それ以上、聞きたくない程の恐ろしさがあった。

 

「どうしようもないってところを……通りすがりの人に引っ張ってもらったんだ。スッゴイ関西弁で捲し立てられて、「ワシが辞めろ、言うたら、辞めろや」って……友達、ブッチしたんだ。戻んなきゃって思った日もあったけど、「鏡見て、物言え」って言われて……その意味が理解出来るようになるまで、ずっと傍に居てくれたのは……他人だったんだ」

「……分かるわ」

 

 一堂の「友達()」を助けた他人は自分にとって、万代先生だ。

 

「でもさ、友達は親を恨んだりしてないぜ。だって、仕事で甘えないのは本当だし。あんな漠然とした言い方じゃあ……な~んにも、伝わらないのは当然かなって今は思える。北見さんがどっちの立場か知らないけど……諦めちゃってもいいんだよ」

 

 彼は諦める選択(・・・・・)をした。

 だが、花蓮は「夢」を支えに生きていた。諦めた先に何があるのか、答えのない自問自答は深くなっただけだった。

 

 異人館ホテルで蓮子……否、不破(ふわ) 鳴美(なるみ)警視と会えた時も顔を合さず、口も利かない。

 けれども、虹川(にじかわ) 幸雄(ゆきお)の視線がイヤらしい程に煩い。狙った相手は男女共逃さない脚本家。そんな彼から、万代先生はいつも壁になり、守ってくれる。

 彼女の思惑も知らず、恩に報いて、女優を続けて行くのも悪くない。心はそう、傾きかけて来た。

 

 『赤髭サンタ』からの脅迫状事件もそっちのけ、地下貯蔵庫にて大量麻薬発見。

 明日の公演は中止と聞き、万代先生は珍しく素直に従った。

 劇団員は夕食後にまたも事情聴取、口裏合わせを防ぐ為に1人1人、場所を変えて呼ばれた。

 花江が銭形 ケンタロウ警部補に案内され、大広間の舞台へ立たされた。

 緞帳は上がり、そこには一脚の椅子のみ。学ランの少年がちょこんと腰かけていた。

 自ら探偵の孫の代理と称する高校生、金田(かねだ) (いち)

 

「文月さん、こんばんは」

「金田さん、アナタも……事情聴取に?」

「いいえ、自分は文月さんに聞かせたいのです。北見 蓮子さんの話を……」

「……っ」

 

 花江が見下ろす立ち位置だが、金田の見上げる仕草は威風堂々。今まで公演した推理劇に登場する探偵を思わせた。

 だから、彼はもう全て知っている。

 10年前の札幌で起きた殺人事件、不破警視の正体、万代先生の脅迫、麻薬の密売人『赤髭サンタ』。

 知らない話に驚いたが、概ね予想通りの内容だった。今こそ、女優として他人を演じよう。

 

「不破警視が蓮子姉さん? 知りません、そんな話。私は妹です。姉さんがどんな姿になっていようと必ず、分かります。あの方は姉さんではありませんっ。ですから、万代先生が不破警視を脅していたなんて事実もないんです」

 

 花蓮は躊躇いながら、信じられないと驚いて見せる。傍から見れば、自分の姉が見抜けないはずはないと信じる妹の姿に映るだろう。

 金田は眉ひとつ動かさず、安楽椅子探偵が如くに耳を傾けた。

 

「文月さん、素晴らしい演技です。自分でなければ、信じたでしょう。ですが、問題はそこではありません。……貴女はお姉様に何を求めますか?」

「……何を?」

「不破警視を姉ではないと断じ、何処かで生きていると信じたいですか? 見知らぬ場所で幸せに生きてくれるなら、言葉を交わさずに一生を終えても良いですか? それとも……赦しを乞いたいですか?」

「……っ」

 

 淡々と語りながら、金田は最後の言葉にだけ憐れみを込めた。

 

 ――赦しを、乞う

 

 10年前。

 全てを打ち明けられ、罪は償えると信じた。だが、姉は自首を望まなかった。

 

〝アンタ、あたしをはめた(・・・)んだね!?〟

 

 悔し涙を滲ませた声が映画のフィルムのように、再生された。

 一堂の言葉ではないが、蓮子を助けたのは紛れもなく「不破 鳴美(他人)」だった。

 

「私は……不破警視とは今回が初対面です。蓮子姉さんではありません。あの方は……脅迫者から、私達を守ってくれた立派な刑事です!」

「……貴女は素晴らしい役者です。感服しました」

 

 一生分の嘘を心から、訴えた。

 花蓮は冷静であろうとしたが、口を動かす度に声が大きくなる。金田は一芝居を観た観客のように、拍手した。

 コツッとした足音に気付き、振り返る。不破警視はじっとこちらを睨みつけ、手には手錠をかけられていた。ゾッとした。

 

「不破警視!? どうして……」

「……こんな茶番を見せ付けて、どうするつもり? 素人探偵の代理」

「見ての通りです。劇の解釈は、不破警視の自由に」

 

 花蓮の焦りを気に掛けず、不破警視は金田を一瞥する。自分が大広間に呼ばれる前から、既に逮捕されていた。どの様なやり取りがあったのか、2人の間にある物々しい雰囲気が物語った。

 

「不破警視、行きましょう」

「あら、銭形君。まだ不破警視なんて、呼んでくれるのね」

「……だ、駄目!」

 

 銭形警部補が不破警視を気遣い、皮肉をもらう。大広間を出ようとした為、花蓮は急いで舞台から降りた。

 

「ま、待って! ねえ……!」

「文月さん、いけません。貴女は女優です(・・・・)

 

 追い縋ろうとした花蓮の腕を金田は掴み、静かに諭す。不破警視を他人と言い放ったなら、最後まで貫けと言いたのだと分かった。

 

「そんな……私……」

 

 不意に視界が歪む。体感も狂い、一分、一秒がとても長い。

 あの日もこうだった。

 走り去った蓮子を追いかけず、待ってくれと懇願しただけだ。あと一歩で不破警視の足は完全に大広間を出ると視界が捉え、花蓮は無我夢中で金田を振り払った。

 

「姉さん!!」

「……!」

 

 振り向かない背を抱き締め、行かせまいと足を踏ん張った。

 

「姉さん……姉さん……いやよお、置いて行かないでぇ……私も一緒に行くぅ」

「……何よ……何よ今更、私を警察に売ったアンタが!」

だから……逃げよう。今度は一緒に……わたしが……全部、どうにかするから……

「!?」

 

 「特例」など知らずとも、最初からこう言えば、良かった。

 社会的に間違っていたとしても、蓮子を手放さず、離れ離れにならずに済んだ。

 姉妹だけの秘密を抱え、共に夢を目指せた道もあった。

 いつか終わりを迎えたとしても、それは訪れるべき償いの日。2人で罰を受ければ良いだけの話だった。

 

「金田君……最初から、コレが目的だったのね。人の心を弄んで、良心は痛まない?」

「痛みます。ですが、文月さんはこうでもしなければ、貴女を姉とは認めません。貴女以上に手強い敵ですから」

「ハッ、DNA鑑定があるこのご時世?」

「血の繋がりがあろうとも、本人達が認めないなら……鑑定に価値はありません。人は血が繋がっていなくても、家族になれます。それと同じです」

 

 不破警視から軽蔑の視線を投げられても、金田は表情筋を動かさない。達観した物の言い方は、幼い子供の嘆きにすら思えた。

 今度は花江がはめられた。

 

「流石、万代なんて女のファンね。性根が一緒だわ」

「自分、貴女のファンでもあります」

「お上手ね」

「本心です。不破警視、貴女が何者であろうと事件と向かい合う姿は、確かに……美しかった(・・・・・)です」

 

 金田を嘲笑っていた不破警視は高校生からの突拍子もない一言を聞き、呆気に取られた。

 予想外過ぎて、花江の涙も引っ込んだ。

 

「何を馬鹿な……私が美しい? こんな顔……万代みたいな婆と比べたらマシって意味かしら?」

「ご想像にお任せします。この若輩者が何を考えているのか……それに囚われている間、貴女の心は自分の物です」

 

 ほとんど不破警視の独り言だったが、金田は律儀に返す。高校生らしい照れを見せながら、執着心に塗れた口説き文句は別の意味で心配になる。

 花蓮も油断し、腕の力を抜いてしまった。その隙に警官が引き離し、抵抗の名残で空を掴んだ。

 

「大丈夫だ、文月さん。キミのお姉さんに関して、僕が責任を持つよ。ご先祖様の名にかけて」

 

 銭形警部補の表情は凛々しく、花江への気遣いに溢れていていた。

 

「……銭形君、私に妹なんていないし、彼女の姉もここにはいない。さあ、何処へでも連れて行きなさい」

「姉さん……っ」

 

 DNA鑑定と言いながら、不破警視は冷静に言ってのけた。

 一瞬、花蓮を振り返らない横顔に「姉」の表情があった気がする。

 もしかしたら、自分の思い込みかもしれない。不破警視にとって、逃亡の疑いありとみなされ、罪状を増やしたくなかっただけだとしても、庇われた気持ちになった。

 

「いいえ、僕はお供するだけです。不破警視、ご指示を」

「……お優しいのね、銭形君」

 

 銭形警部補は敬礼し、不破警視は部下を労わる上司の様に、笑って見せた。

 

「行くわよ、銭形警部補」

 

 カツッカツッと靴音を鳴らす足取り、その手にはかけられた手錠さえもアクセサリーに変えた勇ましさ。去って行く背中はエリート警視そのもの。

 

「姉さん……」

 

 花蓮の呼びかけに止まらず、振り返らない。けれども、全く別れを感じない。近々、再会する予感に駆られた。

 これまで以上の困難が待ち受けていようとも、必ず、また会える。

 初めての()。心が躍る程の喜びに満ちた勘。

 信じられる勘に従い、涙を拭った花江(・・)は追わず、今度は蓮子(・・)を見送った。言葉に出さず、「行ってらっしゃい」と告げれば、彼女は微笑んでくれた気がした。

 

 不破警視の逮捕から、万代先生と虹川も脅迫、麻薬所持などの容疑で逮捕された。2人の勧めで麻薬を摂取した劇団員は多く、また榎戸(えのきど)は『赤髭サンタ』殺害の関与を自白した。

 実質、劇団は消滅。

 万代先生は花蓮も共犯と訴えたが、銭形警部補の調査により、麻薬に関して無関係と証明された。

 面会の折、彼女は悪びれずにペラペラと語る。警察へ恩を売る為、不破警視の脅迫行為及び、殺人未遂を示談にしたが、無駄になったと愚痴られた。

 

 その事実を知っても尚、花蓮は万代先生も待とうと思った。

 

 ――けれども、次に会えた彼女は骨壺へ入れられた姿。

 

 持病と麻薬の後遺症により、初公判も待たずに拘置所で息絶えたのだ。遺品も引き取り、万代先生宛てのファンレター、新聞記者とやり取りしたいくつもの手紙を見た。

 その中にひとつ、綺麗に保管された便箋があった。

 差出人は不明だが、【吸えんやろうから、気分だけ味わえ】と書かれた文章と煙草の絵が描かれていた。

 何故だろうか、万代先生がこの便箋を枕に眠る姿が浮かぶ。その人間らしさにクスリッと笑い、花蓮は哀惜の涙を流した。

 

 万代家の墓へ納骨する際、線香代わりに煙草を供えた。せめて、向こうで吸えますように――。




二三「おはこんばんにちわ、フミで~す。閲覧ありがとう♪ フミ、アニメ版に出てたよね? なんで出てないの? 分かるように説明しやがれ、コンチクショウ~!!」
七瀬「さて、次回は『異人館ホテルへ届く福音の鐘・後編』!!」
二三「あ~美雪おねえちゃん、フミのセリフ~!」

文月 花蓮
デザイナー北見 花江として活躍、二重生活を成立させる為に雑誌の顔出しNG
「特例」についての描写は無いが、周囲に迷惑をかけない性格の彼女なら、調べていたはず
作中にて、小学生のオリ主とデザイン事務所で対面しているが、今回は気付かずさようなら
数年後、オリ主の舞台衣装デザインを手掛けた

万代 鈴江
戦後最大のスター。自宅の表札が「万代」なので、鈴江は芸名かな?
自分の世話役には、麻薬を与えなかったと思われる
持病持ちでヤク中とか、ヤバいと思ったが、海外で余命僅かな人が違法大麻を摂取し、延命した例もある。きっと、相性が良かったのだろう
つまり、麻薬を断たれたら……と言うワケで作中にて、獄死

『小田切先生』
異人館村殺人事件ゲストキャラ。彼の真相について、オリ主は何も知らない

一堂 百太
黒霊ホテル殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、花江の同僚
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