金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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前回から一夜明けた午前です

誤字報告により修正しました、ありがとうございます


Q9 異人館ホテルへ届く福音の鐘・後編

 カーン、カーン、カーン

 (いち)は306号室の窓辺に立ち、響き渡る福音の調べに聞き入った。

 明日までの予定だったミステリーナイトは中止。

 参加者達は費用返却や別サービス提供されている中、(いち)達は部屋に缶詰状態を強いられる。

 警察の現場検証は未だ続き、明智(あけち)警視主導の事情聴取を受ける劇団員と鉢合わせないようにする為だ。

 警察犬もいるらしく、犬の吠える声もした。

 

「金田先輩、どうかしたんですか? 今日には東京へ帰れるのに……ご機嫌斜めですね。家出の事なら、僕も一緒にお爺さんとお婆さんへ謝りますよ」

「……佐木君、嫌な事を思い出させないでください」

 

 単純に現在の状況を振り返っていただけだが、竜太(りゅうた)に勘違いされた。しかも、東京には大いなる課題が待ち受けている。金田祖父母のお怒りではなく、もっと深刻かつ残酷な現実。

 遠野(とおの)先輩がいない(・・・)不動高校へ通う。

 共に校舎で過ごした時間、彼の笑顔、その腕に巻かれた古い腕時計さえも思い返せる。だが、何を考えていたかなど、思い付きさえしない。

 

〝金田君といると時間の流れが早く感じるよ、また新学期にね〟

 

 暑い夏の陽射しの下、遠野先輩と最後に交わした言葉は思い出せる。なのに彼の顔が、吹雪に掻き消されて見えない。

 思い浮かべるだけで、鈍痛に苛まれた。

 

 プルル。

 見計らったように内線電話が鳴り、竜太が受話器を取る。会話の口振りから、相手は明智警視だ。

 

「先輩、ロビーへ下りても大丈夫です」

「分かりました……ようやく、チェックアウトですね」

 

 忘れ物がないよう、荷物はチェック済み。

 現場検証の邪魔にならないエレベーターを使い、ロビーへ下りる。階段付近に黄色いテープはまだ張っていた。

 フロントにいる俵田(たわらだ)刑事は自分達の姿を確認した瞬間、スタッフへ会計してくれた。

 

「金田、大分(だいぶ)待たせたな。やっ~と連中をしょっ引けたんだ。とは言っても、薬物所持の現行犯で虹川と取り巻きだけ。後は血液検査やら何やらで、逮捕にはま~だまだ時間はかかりそうだ。だが、県警のお偉いさんはご満悦でな、2人に感謝状を贈ると言っとったぞ」

「俵田さん、色々とありがとうございます。後はお願いします」

 

 約束通り、(いち)の宿泊費は青森県警の経費持ち。俵田刑事は探偵の孫の代理の活躍に、満足そうだ。

 

「じゃあ、劇団の人は全員いないんです?」

「イルヨッ」

うお!? ……ビックリした。何の用だ……市川さん」

 

 竜太が問いかけた瞬間、(いち)の背後から市川(いちかわ)が腹話術の人形越しに呟く。自分が驚くよりも先に、俵田刑事がギョッとした。

 

「探偵坊ヤ二、ゴ挨拶サ。キミハ、花蓮ト同ジ、万代ノ言イナリ、ソウ思ッテイタ。取リ込ム為ノ、演技ダッタ?」

 

 腹話術人形を動かしながら、市川は(いち)としっかり視線を絡ませた。意味深にニヤつく表情は本心を悟らせない為、貼り付けた素顔のマスクなのだろう。

 

「いいえ、市川さん。万代先生は今でも……戦後最大のスターです。それだけは変わりません」

 

 (いち)の答えを聞き、市川は目を伏せる。

 

「……ありがとう。それが聞けて、良かった……」

 

 そして、市川はその唇を感謝の為に動かした。

 顎の動きが、妙にぎこちない。彼にとって、こちらが思う以上に労力がいるのだろう。

 

「市川さん、そのお人形の名前は何でしょうか? 一度も紹介された記事を読んだ事がありませんので、よろしければ……教えてください」

「無イヨ、人形ハ人形、デモ、キミト、次ニ会ウ時ニハ、名乗ッテ、ミヨウカナ」

 

 純粋な疑問だったが、市川は再会を約束するような口振りで行ってしまった。

 後の人生で何度か、彼と遭遇する。その度、人形の名前が違うのは愛嬌だ。

 

「金田様、佐木様、もうお帰りと聞きまして……この度はありがとうございました」

「雪村さん、お世話になりました。……後が大変そうですから、お礼は心苦しいのです」

 

 雪村(ゆきむら)オーナーが駆け付け、挨拶してくれた。今が一番対応に忙しく、更には隠し貯蔵庫の後始末、報道陣への記者会見、苦情や風評被害とホテルには困難が待ち構えているのだ。

 

「何をおっしゃいますやら、他のお客様からも『思った以上に楽しめた』『設定詰め込み過ぎたね』『こんな感じのイベントを次もよろしく』と有難いお言葉を頂きました」

 

 若干、褒め言葉ではないモノも混じっている。能天気な客人に、拍手を送りたい。

 

「ところで、脅迫状の犯人は……金田様が見事に当てられたとか、どのような推理を? 失礼ながら、私は劇団の皆さんが宣伝目的で自作したと思っておりました」

「ありそうでヤダな、ソレ」

 

 コソコソッと質問してくる雪村オーナーの推測、俵田刑事はゲンナリ。

 

「舞台の剣です。偽物の剣とすり替えられ、舞台セットに飾られていました。剣には本物の宝石があしらわれ、上演中に照明の反射を受けて、何度も光っていました。腐っても、演劇に厳しい万代先生の劇団です。そんな初歩的なミスは、しません。上演初日、劇団の方がセットの点検も行っています。その時点で気付かないなら、すり替えられたのはその後(・・・)。皆さんの稽古を警護と称して、見張っていた……不破警視に限られます」

「……なんと……」

「先輩、それを僕も聞いて納得しましたが、従業員を疑わなかったのって……何が理由ですか?」

 

 丁寧に説明したのは「偽物の剣」を用意した人物への言い掛かり。

 たったこれだけでは竜太の言う通り、ホテルスタッフも容疑者になる。でも、雪村オーナーの前で堂々と聞くのは、流石に肝が冷える。

 

「百年前の御伽話を警察へ話さない人が、職場で事件など起こしませんよ」

「「「確かにっ」」」

 

 竜太、俵田刑事、雪村オーナーの声が揃ったのは偶然だろう。

 雪村オーナーに見送られ、青森県警のパトカーへ乗り込む。次にここを訪れるかどうか、人生次第だ。

 

「このまま、空港ですか?」

「ああ……俺はそこまでだ。だが、午後を過ぎんと明智警視に合流できんからな。お前達はそれまで、ゆっくりと土産でも買っとれ」

 

 竜太と俵田刑事の会話を聞き、まだ搭乗時間に余裕があると知る。

 

「……俵田さん、ひとつお願いがあります」

「……それは構わんが、明智警視との待ち合わせに遅れるなよ」

 

 (いち)が行き先を告げ、真剣に頼む。俵田刑事は快く、目的地の赤い門前にて降ろしてくれた。

 

「金田、佐木、本当に助かった。キンダニによろしくな」

「はい、俵田さんもお元気で。金田一(きんだいち)先輩には僕から、言っときます」

(な~んで、一緒に降りるかな~。この後輩とオトンは……)

 

 俵田刑事は3人に手を振りながら、快活な笑顔でパトカーを走らせた。後処理などを考えず、事件は終わったと視覚的に告げられた。

 

「金田先輩、ここ午後からです」

「待ちますよ。佐木君とお父様は……空港へ行って良かったのです」

 

 聖ハリストス正教会、本日は午後1時より拝観。

 東京へ帰るならば、絶対に中へ入りたい。先日は建物を見渡しただけ、しかも、虹川(にじかわ)と遭遇してしまった。

 小林(こばやし)画伯の追悼を今度こそ、ここで捧げたい。

 (いち)は待った。

 空腹に襲われず、ずっと教会の周辺を歩き続けた。負けじと佐木親子も付き添い、突如、姿が見えないと思いきや、おにぎりを手に戻って来た時はビックリした。

 

「ありがとう……ございます」

 

 佐木(さき)父からスッと手に握らされ、(いち)は食す。米の触感を美味しく感じられた。どうやら、自分は相当に腹が減っていたらしい。

 

「先輩……僕がコバルトマリン号に乗らなかった理由、話してなかったですね。あれ、葉崎 栞さんの初公判を傍聴しに行ってたんです。当初、月曜日もクルージング期間だったので……」

「……そうですか」

「冬部さんのお陰で……葉崎さん、証拠不十分で釈放になるかもしれません。判決はまだ先ですけど……」

「……そう、ですか」

 

 今は気にしていなかったが、竜太は丁寧に話してくれた。(いち)は初公判の日程を知っていても、行かなかったに違いない。彼の行動は尊敬に値する。

 そして、不破警視達の裁判も見ないと今、決めた。

 

 開門の時間になり、いよいよ拝観。

 教会内部は撮影禁止、ハンディカム親子はベンチにて待機と致し方なし。2人は無言で見つめ合い、竜太は自慢のハンディカムを佐木父へ預けた。

 

「……何を言われたのですか?」

「父が見ておいでって」

 

 どうやら、親子の会話に本当は言葉が不要らしい。テレパシー類だろう。

 何故なら、言葉にしなくても伝わるモノはある。

 ひとつは福音だと思う。今から、それを目で見るのだ。

 

 拝観料を支払い、靴と学帽を脱ぐ。

 床の赤いカーペットを慎重に歩き、天井から吊り下げられた金色に輝くシャンデリアを見上げる。蝋燭の光、窓から射しこむ太陽。その調和が取れた内装は静粛を求め、正面の聖障(イコノスタス)に飾られた聖像(イコン)は悩める訪問者を歓迎している。

 瞼を閉じれば、もう言葉を交わせぬ人々が浮かぶ。既に別れを済ませた人さえ、いた。

 神聖な場所故、心が揺さぶられたのだろう。宗派は違えども、(いち)は冥福を祈った。

 祈ってはならない人へも――ただ、祈った。

 

 清浄な場で過ごした数分、外の風景が普段と違う美しさに彩られている。それだけ、胸に熱い火が灯っている。これは感動だ。

 不意に襲って来たのは、達成してしまった後悔(・・)

 函館へ居座る意義を失い、東京へ帰るしかない。

 また日常が始まる。以前と少し違う、ちょっと変わっただけの日常。

 心が拒みながら、脳髄は正確に足へ指令を送る。函館空港へ向け、歩く。タクシーを捕まえる気分になれず、また歩いた。

 

「……先輩、遠野先輩と……何があったんですか?」

 

 竜太は一瞬の躊躇いの後、確信に触れた。(いち)はずっと問われず、どこか安心していた。

 何故なら、彼は思慮深く、禁断の魔鏡を覗き込まない性格だ。それどころか、(いち)が魔鏡に映り込まないように布を被せ、その存在にも気付かせない。

 今、竜太はその布を取り、(いち)へ魔鏡を見せている。

 

「何も……なかったです。ですが……今でも、遠野先輩は……不動高校の前生徒会長です」

 

 ――遠野先輩が小林画伯を殺した――小林画伯が遠野先輩に殺された――

 この事実に折り合いが付けられない程、2人が大好きだった。どんな経緯が殺人に導いたか、知るのは怖い。2人とも嫌いになりそうだ。

 2度と戻って来ないなら、大好きなままでいたい。痛ましい真実が映る鏡は破壊し、これからも生きていきたい。

 

「先輩……尾ノ上先輩も今回みたいに、助けられたかもって……勝手に責任を感じてませんか?」

「!?」

「小田切先生も、桐生先輩も……高遠さんも、葉崎さんも皆……金田先輩が助けられたかもって、思っちゃってませんか?」

「……佐木君?」

 

 淡々と語り、竜太はハンディカムを下ろす。けれども、レンズを向けられたような迫力があった。

 彼は(いち)の持つ魔鏡を覗き込んでいる。ゾッとした。

 和泉(いずみ) さくらの名が出て来なかっただけ、幸いだった。

 

「もしもそう思ってるなら、それは気のせい(・・・・)です。金田先輩1人がどんなに頑張ったって、誰も止まらなかった。僕はそう思います」

「気のせい……」

 

 竜太の静かな声に厳しい現実を教えられ、(いち)は笑いそうになる。この上なく、納得してしまった。

 彼らは誰にも気付かれない様、常に細心の注意を払っていた。遠野先輩も名探偵の孫が傍にいながら、決断を変えなかったのだ。

 

「何にも……出来なかったのですね。自分は……」

「はい、それと同じくらい……先輩の責任ではないんです」

 

 無力感に浸り、弱った心へ竜太は遠慮しない。涙が出ないのは、彼の言葉に慰めを感じる為だ。

 

「だから、先輩は好きなだけ落ち込んで、悲しんでいいんです。辛くて、耐えられなくて……今回みたいに遠くへ行きたくなったら、僕がお供します。山だって、海だって、船の上だって、ド田舎だって、何処へだって」

「佐木君……」

 

 眼鏡の奥にある瞳から真っ直ぐに見据えられ、(いち)は鈍痛が和らいで行くのを実感した。自覚はなかったが、ずっと自責の念に押し潰されかけていたのだ。

 遠野先輩の顔を覆っていた吹雪が消える。ああ、彼は笑っていた。次も会えると信じて、笑っていただけだ。

 

「貴方は先輩相手なら……誰でも良いんだと、思っていました」

「酷い誤解です。僕は……僕が気に入った人が先輩じゃないと、相手にしませんよ」

 

 緊迫した雰囲気程、冗談じみた言葉が浮かぶ。竜太は心外だと言わんばかりに不機嫌な顔を見せ、ため息交じりに笑った。

 結局、竜太は気に入った先輩なら誰でも……と言いかけた文句を深呼吸へ変えた。

 体の力が抜け、美しい青空を仰ぎ見た。

 同じ北海道の空の下、函館から背氷村は遠く、東京よりは近い。

 

「佐木君、このまま……自分と北海道で暮らしませんか? 自分が生活費は出します。とても広い家に、近所には馬とお爺さんがいます。きっと楽しいですよ」

!?

 

 (いち)が朗らかに竜太を誘えば、佐木父はビックリ仰天。ハンディカムを下ろし、笑顔以外を初めて見た。

 反対に竜太はハンディカムを持ったまま、静止した。

 

「……先輩、ひとつ屋根の下で暮らそうって意味デスカ?」

「佐木君、それ以外に何がありますか?」

 

 竜太は普段通りの口調だが、眼鏡の縁を押す指先は物凄く震えていた。

 

「……そう言ってくれた人は……初めてです。先輩、ありがとうございます。でも、NOです」

え!? 佐木君、こ……断るのですか? どこでもお供するのでは?」

 

 勇気を振り絞ったお誘いだった。

 

「それとこれとは話が別です。僕は東京でやりたい事があります。さあ先輩、一緒に帰りましょう」

「……プッ、アハハハ……フハハ……本当、……貴方達……兄弟は……人の気も知らないで……」

 

 (いち)の心情に構わず、竜太は簡単にフれる。腹が捩れる程、笑った。彼が居なければ、ここまで笑えなかった。このまま、何もかも投げ捨てて、背氷村へ身を隠したかもしれない。

 函館異人館ホテルで彼と出会えた幸運は、季節外れの『赤髭のサンタクロース』からのプレゼントだ。

 

(いち)君、見っけ!」

げえ、銭形さん!!

 

 一頻(ひとしき)り笑った後、(いち)達は北海道警のパトカーに乗せられた。

 

「俵田君から、聖ハリストス教会で降ろしたと聞きましてね。迎えに来たんです」

「……ありがとうございます。明智さん」

 

 後部座席の明智警視はキラキラッと眩しく、(いち)は学帽で塞いだ。

 

「銭形さんはやっぱり、銭形警部の親戚なんですか?」

「……あっちはフィクションだからね。ご先祖様は一緒だよ、僕は六代目」

 

 助手席の竜太は運転席の銭形警部補と和気藹々にお喋り、佐木父はそんな息子の撮影に大忙しだ。

 

「ん? ……銭形さん、父がこんな大変な時に僕らを送ってて良いのかって、聞いてます。不破警視が解決した事件捜査のやり直しがあるとか……、どういう意味ですか?」

「……佐木君のお父さん、詳しいね。公務執行の無効と言ってね、不破警視のやり遂げた仕事はなかったコト(・・・・・・)にされる。その為に再整理するのさ。今日明日の話じゃないし、僕は管轄違いだから、影響はほとんどないよ」

 

 竜太から興味深そうに問いかけられ、銭形警部補は一瞬だけ困った笑みになる。

 同じ道警から露見した不祥事、彼は柔らかい言い方をしているが、ハンドルを握りしめる手は強い。不破警視の功績が全て白紙にされる。それを悔やんでいた。

 誉れある刑事も罪を犯せば、報われない。厳しい現実を知らされ、(いち)はショックを受けた。 

 

「ところで、金田君はどうして函館に? 佐木君は金田一(きんだいち)君の代わりと聞きましたが」

「……今回のミステリーナイト、小林さんと約束していました。どうしても、来たかったのです」

 

 隠さずに答えれば、明智警視の表情は強張った。

 函館に来た理由よりも、(いち)が素直に明智警視へ自分の気持ちを打ち明けた。彼はそれに驚いている気がする。

 

「金田君、ご自宅まで送りますよ」

「いいえ、家出は終わりました。ちゃんと自分の足で帰ります」

 

 帰り着くまでに土産話を纏めておこう。金田祖父母を怒らせ過ぎて、家に入れてもらえないかもしれない。その時はしっかりと詫びよう。

 やっと金田家の……家族へ気を配れるようになった。

 

「……(いち)君? 家出してたのかい?」

「!?」

「先輩……折角、黙っていたのに……」

 

 自ら銭形警部補にバラしてしまい、(いち)は函館空港へ到着するまでの間に散々叱られた。

 彼の方が事件よりずっと、怖かった。

 

 

○●……――北海道が雪化粧に覆われた七日正月。

 銭形 ケンタロウ警部補は不破(ふわ) 鳴美(なるみ)改め、北見 蓮子(きたみ れんこ)に呼ばれ、函館を訪れた。

 警察署の取調室ではなく、留置所の面会室だ。

 以前と変わらぬエリートの雰囲気を醸し出し、眼鏡がない為に顔付きの印象は違った。

 

「久しぶりね、銭形君」

「ええ、不破警視は少し痩せましたね。眼鏡は?」

「まだそう呼ぶのね。視力回復の運動をしていたら、要らなくなったわ。ないと淋しいモノよ。アナタも掛けてみたら? ちょっと男前過ぎるし、箔も付くわ」

「……ご用件は?」

 

 硝子の向こうにいると思えぬ尊大な態度。流石、不破警視だった(・・・)人だ。

 

「万代……死んだそうね、よりによって、クリスマス・イブの夜に」

「はい、調査の結果……事件性はないと判断されました。元々、持病をお持ちでしたし……麻薬の副作用もあっただろうと」

 

 起訴された万代(ばんだい) 鈴江(すずえ)は裁判に勝たんと、可能な限りを尽くしている途中だった。

 

「ふうん、花江が手紙を寄こした時はまさかと思ったけど……本当みたいね」

「妹さんを信じられないから、僕に確認を?」

「司法取引でもして、表向きは死んだ事にされたのかな~って思ったのよ。万代は『赤髭』以外にも、お友達がいたみたいだし?」

「海外ドラマを見過ぎです。そんな取引、日本ではありえません。それにあったとしても、万代は法の情けを受ける人間ではなかった。でしょう?」

 

 日本に司法取引が施行されたのは、彼女が刑期を終えた後だ。

 

「万代よりも……虹川にてこずっているでしょ?」

「……ノーコメント」

 

 万代が『赤髭サンタ』を殺害した理由。

 青森県のとある田舎、そこで密造された大麻は安価の上にお手軽。薬物中毒者には嬉しい新ルートを確保していた。そう、奴が不要になった。

 取引を打ち切れ良いだけの話だったが、自分達の悪事が露呈するのを恐れ、始末したのだ。

 だが、去年6月の大火災により、大麻は諸共消滅。薬物依存の症状が現れる前に、元の密売ルートを取り戻さなくてはならなくなった。

 取引現場の異人館ホテルに隠されていると睨み、イベント公演を企画。

 直後に『赤髭サンタ』からの脅迫状を受け、ホテル関係者に麻薬を引き継いだ者がいると当たりを付けていた。

 

 ――これらは万代を切り捨てた虹川(にじかわ) 幸雄(ゆきお)の供述によるモノ

 

 彼はしおらしい程に反省の色を見せ、違法薬物に関わった人物の名を上げたという。その中には広域暴力団の関係者もおり、本庁のマル暴は捜査を開始した。

 殺人、死体遺棄、犯人隠避罪などの重罪を重ねながら、捜査の結果によって検察官は減刑するかもしれない。実に、嫌な話だ。

 

「私も虹川には一生、ブチ込まれて欲しいわ。彼の為にもね」

「……彼の話が、本題ですか……」

 

 お互いに名を伏せ合う。会話の内容は全て、記録に残される。取調室も同じと思われがちだが、他の刑事に知られてしまう。面会室を選んだ理由も納得だ。

 

「彼ね……いずれ、人を殺す(・・・・)わ。元刑事としての直感よ」

「……!? アナタの直感……」

 

 『赤髭サンタ』が轢き逃げ遺体で発見された際、彼女は「これは殺しだ」と直感し、単独捜査を行った。それは正しくて、執念の果てに万代達へ辿り着いた。

 調書を読んだ時、銭形は感服した。全ての刑事が持つべき、在り方だと思った。だからこそ、今が(・・)残念でならない。

 

「……そうならないように、僕は……僕達は彼を見守って行きます」

 

 銭形は間を置かず、誇りをご先祖様の名にかけ、宣言した。

 

「それが出来なかった時、アナタは刑事として……あの子を助けてやれるかしら?」

 

 不破警視だった人はそう言って、肩の力を抜いて微笑む。目の前の彼女を助けられぬ、そんな銭形には耳の痛い。

 けれども、決して嫌味ではない。彼女もまた高校生を見守りたい大人なのだと、すぐに分かった。

 

「何故……今になって、そんな話を……」

「最近ね、鏡が見られるようになったの。失った美しい顔が惜しくて……ぜ~んぜん見られなかったのに……。ステンレス製だから、映りは悪いけど……この頬骨、ちょっとキュートじゃない? な~んて……。そんな風に考えを変えてくれた……お礼くらいはしてやらないとね」

 

 余裕ある笑みには生涯、その顔と共に生きる決意が込められていた。

 直接的に何も出来ないなら、間接的に行おうとする。そして、銭形を選んだ。適材適所、本当に人を見る目がある。

 

「キュートですよ。アナタは……見た目に惑わされない、本当に素晴らしい刑事だった」

「……不思議ね。以前だったら、階級の低い奴からの嫌味にしか聞こえなかったでしょうに……今は照れちゃうわ」

 

 彼女が困ったように笑った時、時間になった。

 

「妹さんに言付けは?」

「必要ないわ。花江はもう、私が何を言いたいか……知っているから」

 

 銭形は名残惜しさのあまり、次の面会へ繋げようと問う。あっさりと返された為にもう呼ばれる事はないだろうと直感。

 

 ――再会の折、彼女は再び東大生となっていた。北見 花江(きたみ はなえ)の援助を受けながら、精神保健福祉士を志していると言う。その生き方に情が通い、蓮子との入籍の為に警察手帳を手放したのは別の話だ。

 

 雪が積もりに積もった外へ出た。

 踏み締める雪は旭川周辺と違った感触が違う。同じ北海道に生きるから、分かる些細な違い。

 探偵の孫にでも話してみようかと思いながら、タクシーを拾う。乗った直前、携帯電話が鳴り響いた。急用だと思い、相手を確認せずに通話した。

 

「はい、銭形っ」

〈………――、……〉

「にいみさん……綾辻の件で、話したい? 旭川にいる? 僕、今は函館にいます。……知りませんよ、そんなの」

〈……!! ……――!!〉

 

 電話の相手から「貴様、そこを動くな」と怒鳴られ、ブチッと通話が切れた。銭形はやれやれとため息を吐き、運転手に函館駅と行先を告げた。

 今日はまだ、自分の管轄に戻れそうにない。そう、予感した。




兵頭「神奈川県警の兵頭 鳴美です。北海道の話、聞いたわ。不破警視……ざまあないわね。本庁から通達? 身辺調査対象、私……あ~あの女と同期だからか! 地味に腹立つ……。さて、次回は『速水玲香誘拐殺人事件が起ころうと-有森』!! 学校に不審者……」

佐木 竜太
好奇心で事件に首を突っ込んでしまった犠牲者、はじめちゃんのトラウマ
死後も枕元に立ち、アドバイスしている
アニメ版では生存、ドラマ版では未登場の為に生存
作中にて、不破警視と花蓮が血縁と気付く大活躍。オリ主のメンタルケアMVP。心から東京へ帰ろうと思わせるには、竜太君の言葉しかない(力説

俵田 孝太郎
ドラマ版では神奈川県警、不破警視と同期
金田一少年の決死行にて、警部に昇進。はじめちゃんが解決した2つの事件、不破警視との合同捜査の再評価された結果と思われる
作中にて、オリ主が家出少年と気付かぬままだった

不破 鳴美
プライドが高い故、麻薬を憎んだ
原作後はどう考えても、〇刑。民事責任を果たすまで、執行されないんだろうな(生き地獄
作中にて模範囚の為、仮釈放。2度目の東大生として過ごす中、銭形と入籍。満期を終えた後、精神保健福祉士として薬物依存に苦しむ人々の助けとなった
シスコンをこじらせた妹がデザインした服しか着ない、そんなポリシーを持ち続けた

虹川 幸雄
公式の好色家。はじめちゃんも狙われてた
勘だけど、やってない
万代が中毒症に襲われた時、冷静に対応する係だったと思われる。若い団員が薬物依存に陥っていく姿を楽しんでいたんじゃないかなあ(外道
2人でホテルに泊まって、何をしてたの~? 多分、どの子を薬付けにするかの選抜(悪党
作中にて、服役中にいくつもの本を出し、海外で大きく評価。出所後も印税で暮らす腹立つ未来が見えてしまったが、もうコイツはこれでいいや

市川
腹話術師。やってるか、ちょっと分からない
アニメ版の高笑いシーンはトラウマ。万代の養子、辺見の弟
原作で、はじめちゃんに劇団の情報を与えていた事から、現状を変えたかったのかもしれない
作中にて、人形は生涯、持ち続けた
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