金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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有森裕二視点、時間を遡ったQ1の新学期明けの最初の週です
誤字報告により修正しました、ありがとうございます


Q10 【速水玲香誘拐殺人事件】が起ころうと-有森

 2年2組の有森(ありもり) 裕二(ゆうじ)は演劇部小道具係、足りない物を作り上げるのが役割。

 美術部も掛け持ちし、芸術品関連の勉強を重ねて、作製する能力を磨いた。お陰様で顔を隠すマスク、身に着けるアクセサリー、本物ソックリのナイフはお手の物。

 

 ――だが、人間は作れない。

 

 前生徒会長・遠野 英治(とおの えいじ)先輩が謎の失踪、3年生に動揺が広がった。

 

「はあ~、遠野君……。僕を北海道へ連れてってくれるんじゃあなかったのかい……」

「部長……そんな約束、してないでしょ~」

 

 朝方に美術部の部室へ行けば、美術部部長・瀬名(せな) 光一(こういち)先輩は深いため息。ガラクタもとい芸術作品を作りながら、遠野先輩へ思いを馳せる。2年の神津(かみづ) さやかは遠慮がちに、そ~っとツッコんだ。

 

うう……っ

「どうしたの!? 初音!」

 

 3年の汐見(しおみ) 初音(はつね)先輩が具合悪そうに吐きかけ、3年の山吹(やまぶき) 薫子(かおるこ)先輩に心配される。念の為にと、保健室へ連れて行かれた。

 

「無理もないわ、三矢さんなんて……ショックで休んでるし……。有森君、布施君は平気? 彼にしてみれば、早乙女さんに続いて……だもの」

「俺らの前では、しっかりしてます。今週はコンクールも控えてるんで……」

 

 3年の(とどろき) 美和子(みわこ)先輩も嘆息し、演劇部部長・布施(ふせ) 光彦(みつひこ)先輩を気に掛ける。彼の胸の内はどうであれ、裕二は見たままを答えるしかない。

 

「有森……あいつに頼んだらどうだ? ほら、金田一(きんだいち)っ。名探偵の孫なんだろ?」

「……どうかな、アイツも忙しいし……」

 

 2年の芝里 丈治(しばさと じょうじ)の言う通りだが、金田一(きんだいち) (はじめ)に頼りづらい。不動高校開校以来の『オチコボレ』だからとか、名探偵・金田一(きんだいち) 耕助(こうすけ)の孫だから遠慮しているとかではない。

 新学期からどことなく――影を感じる。

 普段通りに面白おかしく笑っていても、『オペラ座館』と同じ凄惨な事件を目の当たりにした。それに近い、深刻な雰囲気だ。

 彼の幼馴染みにして現生徒会長・七瀬 美雪(ななせ みゆき)。夏休みの最後に右足へ大ケガを負い、松葉杖になった。詳細は知らないが、とても嫌な既視感を覚える。

 

「中津川先生よりは、頼れると思うぜ。ここんトコ、準備室に籠りっきりだしよ。先生も遠野先輩がいなくなって……淋しいんスかね?」

「……確かに」

 

 芝里のヒソヒソ話に裕二は頷く。

 美術部顧問は影が薄くても、不在は分かる。彼も新学期から、考え込んでいる様子だ。これも遠野先輩の影響だろう。

 

「しゃ~ねえか……」

 

 裕二は意を決し、昼休みにミステリー研究会の部室を目指す。会長の桜樹(さくらぎ) るい子先輩は人知れず、誰かの助けになっていると聞いた事がある。

 既に誰かが、相談した後かもしれない。裕二も頼んでみよう。

 

「無理よ、金田一(きんだいち)君。函館には行けないわ」

「桜樹先輩の好きそうな事件なんですけど……」

 

 部室のドアが開いており、2人分の会話が聞こえてきた。有森はギョッとし、廊下へ座り込んで聞き耳を立てる。まさかの金田一(きんだいち)が事件の相談を持ち込んでいた。

 

「遠野君がいないの。皆、動揺してる。伊志田君や宗像さんが頑張ってる今、迂闊に学校を離れられないわ。佐木君、どう?」

「行けます」

!?

(……ビックリしたぁ~)

 

 深刻な場面に第三者の声、1年の佐木(さき) 竜太(りゅうた)がハンディカムを先輩2人へ向ける。金田一(きんだいち)だけが震え上がったが、悲鳴は殺していた。

 

「いや……佐木、推理とか出来んの?」

「要は警察のお手伝いですよねっ。この前は竜二が活躍したので、次は僕の番ですっ」

「……佐木君、弟君に対抗心燃やし過ぎよ。どんな時でも、冷静沈着がモットーだったのにね」

 

 愉快そうに語り合っているが、桜樹先輩にも相談出来ない。それだけは分かった。

 

(忙しいよな……)

 

 裕二は色々と諦め、立ち上がった時に3年の真壁(まかべ) (まこと)先輩と鷹島(たかしま) 友代(ともよ)先輩がやってきた。

 

「キミ、何してんだい? 入部希望なら、話聞くよ」

「……お気遣い、ありがとうございます」

 

 前髪をウネらせ、真壁先輩はニヒルに笑う。推理小説の受賞者故に頭は良い。嫌味っぽい性格だが悪人ではなく、桜樹先輩よりも人間味がある。しかし、何故だろうか、相談してはいけない気がした。

 

 夕方の演劇部、七瀬へコッソリと聞いてみる。

 

「鷹島先輩は極度の潔癖症なの。人が触れた物も必ず、ハンカチで拭くわ」

「……へえ、よく部活できんな。……ぷぷぷっ」

 

 七瀬が面白可笑しいミス研所属と思えば、裕二は笑いを堪えるのに必死だった。

 でも、すぐにバレた。

 

「有森ぃ~、何が可笑しいんだよ」

「……俺自身の問題っス」

 

 布施先輩もつられて笑い、部室は少し明るい雰囲気になった。

 

「有森……サンキュー。やっぱし、布施先輩……落ち込んでるよなぁ」

「仙道にも、そう見えるか……」

 

 2年の大道具係・仙道(せんどう) (ゆたか)はいつも空気を読まない発言が多くて、ヒヤヒヤする。そんな彼でさえ、布施先輩の身を案じる事態だ。

 この不穏な気配、離婚直前の両親と被る。誰にも、どうしようもできない。だから、裕二達はあえて普段通りに振る舞う。

 

「有森君――笑えばいいと思うよ――」

金田(かねだ)……俺、どういう顔をすれば……とか言ってねえからな」

 

 心の機微に敏感だったはずが、金田(かねだ) (いち)へ気を配れなかったのは何故だろう。七瀬と同じ生徒会執行部、遠野先輩に最も近い後輩だった。

 

 ――普段通りに笑っていたから? おくびにも出さないから?

 

 愛しの月島(つきしま) 冬子(ふゆこ)も入院の折、内に秘めた想いを語らなかった。裕二へ手紙をしたためる程、追い詰められた精神に気付いてやれなかった。

 それを経験して尚、裕二は見落とす(・・・・)金田(かねだ)が意図的に本心を隠していたとしても、演劇部、美術部、学校全体ばかりに目が行き、ちゃんと見ていなかった。

 

 

 思い知ったのは演劇コンクールにて、優秀賞を獲得した翌日。

 バイト先のひとつ『大草原の小さな家』を動き回り、裕二は汗だく。「新生・黒髪バイトちゃん」に扮する金田(かねだ)目当てのお客も多いが、バイトが1人減った為だ。

 アイドルタイムに入ったが、クッタクタ。

 

「花都さんがいないとキッツィ、店長……人手増やしましょう」

「う~ん、出来れば……キッチン担当が欲しいのよねえ」

 

 売上向上の中、上機嫌の店長はバイトを選り好み。裕二をイラッとさせた。

 

「店長、今日は上がります。有森君、お先に失礼します」

「おう、お疲れ」

 

 途端、金田(かねだ)は時計を気にしたかと思えば、黒髪カツラとフリフリエプロンを脱ぎ出す。帰り支度を始めた。

 よくある光景の為、裕二は疑問を抱かずに彼を労わった。

 

「……アナタは自由人で、有森君も掛け持ちだし、しょうがない……募集するかあ。ねえ……るい子ちゃんに声、かけといて♪」

「「ご自分でどうぞ」」

 

 金田(かねだ)へ「もっと働け」と圧力をかけながら、店長は気怠そうに頭を掻く。図々しいお願いを聞かされ、2人で無下にしてやった。

 

「そうだ、金田(かねだ)。来月のコンクール、演目は何だと思う?」

「さあ、何でしょうね。有森君、聞いておいてください」

 

 ちょっとした雑談のつもりだったが、金田(かねだ)の物言いは他人事。

 この瞬間になり、やっと彼が生徒会執行部だと意識した。明日からは執行部を優先するのだと思い込み、裕二は言葉を慎んだ。

 

「また学校で、有森君」

「明日な」

 

 店を去り際に振り返り、微笑んだ金田(かねだ)は確かにそう言った。

 そこには何の違和感もなく、裕二はいつもの様に挨拶しただけだった。

 

 

 月曜日、来ない。

 1日くらい、休むだろう。

 火曜日、来ない。

 2日休むなんて、ザラにある。

 水曜日、来ない。

 金田と同じ組の照明係・神矢(かみや) 修一郎(しゅういちろう)へ問えば、以前も何日か学校を休んだ時期があったそうだ。

 木曜日、来ない。

 何か、おかしい。本格的な異変を察知したのは転入生・相田 桃子(あいだ ももこ)からの質問がキッカケだ。

 

「有森君だったよねえ。ウチの学校ってさ~、なんかヤバい(・・・)?」

「ヤバいって何?」

 

 相田の日焼けした腕にジャラジャラと巻いた数珠や、ルーズソックスにドクロアクセサリーは瀬名先輩の芸術的センスに負けないヤバさだが、そういう意味ではないだろう。

 

「隠さなくていいよ。旧校舎の呪いとか、あんでしょ? あたし、そういうのスッゴク興味あんの。知ってるコト、教えてよ。噂好きの奴でも良いからさ」

「……ミステリー研究会かな。生徒会長の七瀬さんも所属してんぜ」

「あ~、そこはちょっと……あたし、オカルト研究会作ろうと思っててさあ。商売敵って言うか、ライバル的な相手だし……あれ? 生徒会長は演劇部なんじゃないん? 演劇部の顧問と話してたよ」

「七瀬さんは掛け持ち……」

 

 最初、差し障りのない内容だった。相田が演劇部顧問の音楽担当・緒方 夏代(おがた なつよ)先生の存在に触れ、裕二は妙な不安に襲われた。

 

「七瀬さん、緒方先生……演劇部の顧問と何話してた?」

「え~と、顧問の方が……もしもの時、キンダイチクンにまた相談するとか、なんとか」

 

 緒方先生が()金田一(きんだいち)へ相談。すぐに金田(かねだ)の欠席と結び付け、裕二はハッとする。キョトンとした相田を置き去りにし、隣の教室へ急いだ。

 昼休み故に2年1組の教室はダラけた生徒ばかり、金田一(きんだいち)は机へ突っ伏す。閉じた瞼と寝息から、呑気に眠っていると分かった。

 

金田一(きんだいち)、起き……」

「……桐生……」

 

 金田一(きんだいち)の肩に触れようとした瞬間、ゾッとする。うなされた寝言から零れた名、絶対に聞き違いなどではない。彼は亡くなった同級生(桐生 春美)と夢の中で会っていた。

 

「……ハッ! 今、誰か呼んだ? ……有森じゃん、お前か?」

「あ、ああ……俺が呼んだよ。ちょっと話せるか……」

 

 目覚めた金田一(きんだいち)は辺りを見回し、裕二と視線が絡む。彼は寝言を覚えていないらしく、どうにか笑って誤魔化した。

 人目の少ない屋上よりも高い場所、塔屋へ登った。

 

金田(かねだ)さ、学校で会おうって言ったんだ。それなのに来てねえし……緒方先生も多分、ただの休みじゃないって勘付いてる。金田一(きんだいち)、どう思う?」

「……今日、金田(かねだ)ン家に行ってくるよ」

 

 青空と町の景色を見下ろしながら、裕二は前置きなく、本題を伝える。案の定、金田一(きんだいち)は表情を曇らせた。

 

「だったら……俺も」

「……いや、俺だけで行く。話せる限り……金田(かねだ)と話してくる。ありがとうな、有森……。決心がついたよ」

 

 裕二が笑顔を取り繕い、お見舞いを提案。我ながら、名案と思ったが金田一(きんだいち)は頭を振るう。

 彼が1人で金田(かねだ)の家を訪問する。それこそが重要だと、言いたげな深刻さに反論はなかった。不思議と人を惹きつける魅力があり、その言動は抱えた悩みを吹き飛ばす。

 不動高校開校以来、愉快な『オチコボレ』と呼んでも過言ではない。裕二はそこを信頼した。

 

「有森、今……失礼なコト考えてねえか?」

金田一(きんだいち)、本当に勘が良いな」

 

 仏頂面の金田一(きんだいち)に胸中を見抜かれ、裕二は正直にウィンク。ぷっと笑いながら、お互いにぽすぽすっとじゃれ合うように叩き合った。

 

 本日の授業終了後、裕二は演劇部へ向かおうと廊下へ出た。

 

金田一(きんだいち)さん、もっと急いで!」

「ちょっ……待っ、本当、お姉さん……誰!?」

「はじめちゃん、待って!」

 

 眼鏡を掛けた美人の部外者が金田一(きんだいち)の腕を引っ張り、慌てて七瀬は追いかける。何事だと誰もが、奇異の目を向けた。

 

「美雪! まだ走っちゃダメよ!」

「美雪ちゃん、鞄っ。これ、金田一(きんだいち)君の分。また事件っぽい? 気を付けて」

「ありがとう、千絵ちゃん」

 

 2年1組の太田 千明(おおた ちあき)が引き留め、平嶋(ひらしま) 千絵(ちえ)が鞄を渡す。七瀬は右手の松葉杖で行動する身、心配されるのは当然だ。

 裕二だけはこの光景を見た瞬間、背筋が凍り付く。

 

金田一(きんだいち)!! 金田(かねだ)はどうするんだ!?

「有森……! ワリィ、コレが終わってから、行くわ!!」

 

 叫び声に振り返り、金田一(きんだいち)は咄嗟に返事はした。部外者が一切、足を止めなかった為に遠ざかってしまう。

 彼は他人に頼られる人間。縋られれば、何だかんだと拒めない。

 向かう先に、世間を騒がす人気アイドル誘拐殺人事件が待ち構えているなど、自分達は知らぬ。

 例え知っていたとしても、裕二は素直にショックを受けただろう。

 

「有森君、はじめちゃん……金田(かねだ)君に会うつもりだったの? ……知り合いの刑事さんに頼んでみる。だから、お願い……はじめちゃんを責めないでっ」

「……! 七瀬さん……俺、別に怒ってなんか……」

 

 七瀬に懇願され、裕二は眼鏡のブリッジを押さえる。その拍子に指先が眉間へ触れ、深く刻まれていると理解した。

 違う。

 裕二が責めたいのは自分だ。金田一(きんだいち)に任せっきりにしようとして、勝手に傷付いた自分だ。

 パンッと頬を叩き、裕二は深呼吸。七瀬は当然、周囲の女子も驚いた。

 

金田(かねだ)はこっちに任せて、金田一(きんだいち)と行ってくれ。七瀬さん」

「うん! ありがとう、有森君」

 

 方法なんて考えてないが、裕二は格好付けた。七瀬は安心を笑顔に変え、金田一(きんだいち)を追いかけて行った。

 

(なんで、七瀬さん……刑事に頼むって? やっぱ、遠野先輩の失踪は……事件絡みなのか? 金田(かねだ)はそれを調べに……やりかねんぞお)

 

 七瀬の不吉な単語を思い返し、金田(かねだ)の行動を勝手に予測してしまう。更なる焦りから、急いで演劇部の部室へ駆け込んだ。緒方先生へ彼の住所を教えて貰い、神矢を連れ出した。

 

「俺も?」

「お前は金田(かねだ)にとって、実家のような安心感なんだろ?」

「2人とも、金田(かねだ)君の家へ行くなら……これを」

 

 神矢は物凄く驚いていたが、金田(かねだ)のクラスメイト。ご家族も幾分か、緊張を解くだろう。裕二の考えを聞かせている時、緒方先生に台本を託された。

 『魔笛』、来月のコンクール演目。まだ、金田(かねだ)は知らない。

 

金田(かねだ)君が受け取ってくれなくても……良いから」

 

 緒方先生は普段と違い、控え目な態度で言葉も慎む。先生方の気苦労を察し、台本は受け取った。

 

 しかし、金田(かねだ)の自宅は隣の市。一度も訪れた事のない微妙に遠い距離だ。

 

「一番近い駅、どこ?」

「え~と……」

「コッチです」

 

 最寄り駅で乗車券を買おうとした瞬間、当然のように佐木がいた。

 あまりにも、自然に居た為に2人のどちらかが声をかけたとお互いに思ったが、違う。けれども、彼の案内は助かった。

 

金田(かねだ)先輩はお爺さん、お婆さんと3人で暮らしているんです」

「あれ、親父さんは……? あの背が高くて、PTA会長がメロメロになった男前の……」

「それに、美人の姉ちゃんもいるじゃん」

 

 電車の座席に揺られ、佐木は勝手に人の家庭事情を暴露する。かと言って、自分達も詳しく知らない。裕二も両親の離婚を冬子以外、誰にも告げていない。それと同じだ。

 

「お仕事の関係で、離れて暮らしているんだと思います。金田(かねだ)先輩のお父さんは仙台に会社があると、前に弟が聞いてますから」

((……金田(かねだ)に直接じゃなくて、盗み聞きみたいに聞こえるのはなんでだろうなあ……))

 

 聞き慣れない駅から降り、地味な坂道を登る。平穏な雰囲気に包まれた閑静な住宅地、その角に【金田(かねだ)】の表札を見付けた。

 屋根瓦、壁、門扉の日焼け具合から見て、2・3年前にリフォームされた印象を受けた。

 

「いらっしゃい~♪ よお、来なすった。……佐木くんも一緒かい。まあええわ、茶くらいは出したるわ。客間におりぃや」

「お爺さん。そう言わず、お土産のお菓子です」

「「お邪魔しま~す」」

 

 台本のような関西弁に出迎えられ、有森はその迫力に尻込みする。金田爺さんの佐木へ向ける視線は気になったが、気持ちは何となく分かる為に追及しなかった。

 問題は玄関の靴、男物のサンダルが一足のみ。

 金田爺さんは孫の同級生と後輩がわざわざ訪問したと言うのに、本人の存在を匂わせない。

 

 ――金田(かねだ)は今、家に居ない

 

 玄関の手前にある客間へ通されたのは、それを悟らせない為だ。

 

「おまっとうさ~ん、麦茶やけどええか?」

「ありがとうございます……」

 

 オボンに3人のコースターとコップを乗せ、金田爺さんは剽軽(ひょうきん)な態度でテーブルへ置いて行く。神矢はただ、恐縮していた。

 

「お爺さん、金田(かねだ)先輩って居ないんですか? 靴なかったですよ」

ブッ!!

「佐木、直球過ぎんぞ!!」」

 

 一切、オブラートに包まず、佐木は問う。ビックリ仰天の神矢は麦茶を噴出し、慌てた裕二はお喋りな後輩のハンディカムを無理やり下した。

 

「孫がどこにおろうが、小倅に関係あらへんやろ? 茶しばいたら、帰りぃよ?

 

 金田爺さんは目を瞬いた後、佐木をねめつける。口元は変わらず、笑う。ピリッと張り詰めた空気、老兵と呼ぶに相応しい圧迫感が背筋を粟立たせた。

 裕二には十分、怖い。

 

「僕は、先輩の後輩です。十分、関係あります」

((佐木~、胆が据わり過ぎだってぇ~))

 

 臆さぬ後輩はもっと怖い。

 金田爺さんのオボンを掴む手に殺気を感じ、裕二は咄嗟に身構える。神矢もビビりながら、佐木を庇う位置へ立つ。

 

「あなた、お客様? ……不動高校の皆様ね、いらっしゃい」

「「「こんにちは、お邪魔していますっ」」」

 

 白い着物の老女が足音もなく現れ、別の恐怖に竦んだ。

 悠然とした仕草は緒方先生を思わせ、かつては教壇へ立っていただろう立ち振る舞い。高校生3人はさっと礼儀正しく、挨拶した。

 

「おや、佐木君も一緒ですか。金田(かねだ)さん、私もこちらでお茶を頂きましょう」

「明智さんっ」

「明智さん、いらっしゃいっ。婆さん送ってもろたて……気付きませんで、すんません」

 

 金田婆さんの後ろから、知的な雰囲気を漂わせた男が1人。

 端正な顔立ちに優雅な佇まい、庶民と違う素材の背広やネクタイ、フワッと空気に馴染む微かな香水は間違いなく、セレブだ。

 否、警視庁捜査一課の明智 健吾(あけち けんご)警視その人である。

 金田爺さんの雰囲気がまた剽軽に戻り、裕二と神矢は安堵の息。

 

「有森 裕二です。クラシックコンサートで会った……警察の人ですよね」

「え、この人……警察だったの? あ……神矢 修一郎です」

「明智です。キミ達とご挨拶していませんでしたね。金田君のお見舞いに?」

「生憎、(いち)は出掛けておりますの。折角、皆さんがお越しくださったのに……いつ帰るのやら……ごめんなさいね」

 

 裕二達と挨拶を交わし、明智警視は問う。途端に金田婆さんはとても自然に口を挿んだが、妙に白々しく感じた。

 

「出掛けてる……もしかして、遠野先輩の居場所が分かったんですか?」

「「!?」」

 

 佐木も同じ感覚を味わったらしく、遠慮せずにとんでもない質問を投げかけた。

 老人2人の顔色が変わり、初耳と分かる。まだ暑い季節に部屋の中は肌寒いと感じ、裕二は鳥肌が立った。

 だから、明智警視の変わらぬ表情を気にしなかった。

 

「遠野くんが……どうしたで?」 

「いなくなりました。先生方は夏休み中に自主退学して、遠野先輩はもう生徒じゃないの一点張りです」

そんな……っ

「お婆ちゃん!」

 

 金田爺さんが呻き、佐木はベラベラと喋り出す。それを聞いた金田婆さんはフラッと扉へもたれかかり、慌てて神矢がさっと手を差し伸べた。

 

「皆さん、席を外して頂けますか?」

「明智さん……、……お爺さん、お婆さん……お茶ご馳走様でした。お菓子、食べてください」

「お、俺も……お茶、美味しかったデス。これ、遅れましたけど……学校からのプリントです」

「こっちは……演劇部の台本です。そ、それじゃあ……お邪魔しましたっ。」

 

 明智警視の物言いは優しいが、それは命令。

 佐木は一瞬だけ、躊躇うが従った。裕二と神矢もいそいそと大人達へ頭を下げ、金田(かねだ)家を後にした。

 老夫婦が明智警視を前に、沈黙。

 その異様な光景が――両親が離婚を宣言する時に重なり、不快だった。

 

「こ、怖かった……。やっぱ、遠野先輩……ヤバいのかな?」

「……かもな」

 

 金田(かねだ)家から離れた坂道の途中、緊張の解けた神矢は不安を言葉にして、ゆっくりと吐きだす。それが不安を紛らわせる。裕二も同じ行動原理だ。

 

(ニュースになってないなら、森下先輩と同じ状態……か?)

 

 佐木の心の声に気付かず、重苦しい空気を背負ったままに駅へ到着した。

 

金田(かねだ)は、家に居ない。これは分かった……俺らも心当たりを……」 

「有森先輩、それは少し……待ってくれませんか?」

 

 まさかの「待った」に困惑。佐木は鞄から封筒を取り出し、見せて来た。

 

「僕、金田一(きんだいち)先輩の代わりに函館へ行って来ます。金田(かねだ)先輩は……北海道に縁のある方ですから、手がかりがあるかもしれません」

「そっか、夏休みにやった生徒会の合宿先……北海道だっけ?」

 

 佐木が言葉を濁した北海道の縁。神矢の発想に、裕二は納得。だって他は、知らなかった。

 

「……事件捜査に行くって話か、日数はどれくらいかかる?」

「明日12日から、15日です」

 

 結構、待たされる。

 桜樹先輩は静観、金田一(きんだいち)は事件、明智警視も何らかの形で動いてくれる。しかし、自分達で動きたい気持ちに駆られ、気付けば貧乏揺すり。

 

「有森、15日までは待とうぜ。1月の3学期にさ、金田(かねだ)が休んだって話したろ? あれも……1週間くらいだったんだ。金田一(きんだいち)も……用事を終わらせてるだろうし、あいつもひょっこり帰って来るかも」

「……そんなに休んで、何してたんだ?」

金田(かねだ)先輩のご親戚が亡くなったそうです。お爺さんの息子さんだと言ってたので……」

 

 神矢の悠長さより、佐木が金田(かねだ)の家庭事情を知っている事実が怖い。またも本人達に直接、聞いていない言い回しも不気味だ。

 

「分かった……その代わり、金田一(きんだいち)には今日……見知った事を相談する。それでいいか?」

「はい、僕はそれで」

「俺も構わない。金田(かねだ)は詮索されるの嫌がるし……戻って来たら、ちゃんと叱るよ。皆を心配させんなってな!」

 

 裕二は仕方ないと妥協してみたが、神矢は金田(かねだ)の帰還を信じている。そう思わせる力強さを感じた。

 

 ――とは言ったものの、裕二は気を揉んだまま過ごした。

 日曜日に人気アイドルの誘拐、並びに劇団『アフロディア』団員が麻薬所持の疑いで逮捕など、衝撃的なニュースが相次いだ。

 それらを知る度、『オペラ座館』の記憶が甦る。

 日高 織江(ひだか おりえ)へ何の疑問も抱かず、ボーガンを手渡してしまった瞬間を――

 湧き起こる罪悪感に蓋をせんと授業、部活、バイト、部屋の掃除とやる事を増やして過ごした。

 

 

 一日千秋の想いで待った15日、あっさりと金田(かねだ)はバイト先の店へ顔を出した。

 

「有森君、おはようございます。こちら、函館のお土産です」

「おはよ……、じゃねえよ! どこ行ってやがった! ああ、函館か!!

 

 怒りながらも、裕二は函館の土産を受け取る。食べ物に罪はない。

 

「昨日の内に戻れましたが、自分……有森君の電話番号を知りませんので……」

「悪い……俺ン家、電話ねえから……」

 

 裕二は独り暮らし、生活費を自力で稼ぐ。電話加入権などの贅沢な費用は払えない為、学校からの必要な連絡は大家の自宅が取り次いでくれている。

 金田(かねだ)は申し訳なさそうに詫びるが、違う。そこじゃない。

 

「神矢君には連絡しました。たっぷり、叱られましたよ」

 

 本当に神矢から叱られたらしく、金田(かねだ)はションボリと項垂れた。裕二が相手でも、その態度でいて欲しい。

 

「……んで、何しに函館に行ったんだ?」

金田一(きんだいち)君の代わりに、事件捜査へ加わりました」

「……え? だって、佐木が……と言うか、それなら金田一(きんだいち)が言うだろ?」

「彼、うっかり……皆さんへ言い忘れたそうです。緒方先生や神矢君にも、そう説明しました。口裏を合わせて下さい。ね? 有森君」

 

 深い事情が有りそうな笑み、それこそが最善と言いたげだ。

 人の気も知らず、勝手な言い分。イラッとしたが、金田一(きんだいち)は約束を果してくれたと分かり、安心が勝った。

 段々、金田(かねだ)の無事を素直に喜べる心境になった。

 

「分かったよ、金田(かねだ)金田一(きんだいち)にはお土産、渡せたか?」

「はい、今頃は従妹の方と召し上がっている頃でしょう」

 

 ただの確認だったが、金田(かねだ)は意味深に微笑んだ。

 

 翌日の火曜日、金田一(きんだいち)は満身創痍かつ包帯グルグル巻きの姿で登校。裕二も含めた誰もが、愕然としたのは言うまでもない。




小渕沢「小渕沢 英成です。あの……七瀬さんでしたか? 彼、大丈夫でしょうか? 妙に力んでいると言うか、心ここにあらずと言いますか……。……学校のお友達が、行方不明(は?)。……かなり、思い詰められていた(はあ!?)。それは……心配ですね(しまった……絶対、金田君の身に面白い事が起こっている……見逃した!)。……(金田一君の推理ショーも佳境に入った……不出来なマリオネットを始末するのは簡単だが、拘束時間が伸びてしまう。放っておくか)……社長、早退します」
鏑木「ちょ……小渕沢! さて、次回は『【速水玲香誘拐殺人事件】が起ころうと』!! と、とにかく顧問弁護士に……」

有森 裕二を含めた演劇部員並びに顧問
オペラ座館殺人事件ゲストキャラ

相田 桃子
瞬間消失の謎、アニオリキャラ
作中にて、2学期からの転入生。アニメ視聴中「最近ミス研に入った」を何故か「転校してきた」と脳内変換してしまい、1学期に登場させてなかった(ごめん)
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