金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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前回から翌日、学校生活です
原作を読み返したら、千家が生徒会役員だった(読み込み不足にショック)

誤字報告により修正しました。ありがとうございます


Q12 女神は誰に微笑むか?

 連休明けの火曜日、先ずは職員室。

 D組担任の先生、執行部顧問の先生、演劇部顧問の音楽担当・緒方 夏代(おがた なつよ)先生並びに校長と三谷(みたに)教頭へゴマすり……お詫びの函館土産を渡した。

 平身低頭して、無断欠席の許しを乞う。

 

「……金田一(きんだいち)君の代わりに函館へ行って、捜査協力なんて……ドラマみたいな展開ね」

「確かに彼、警察から連絡がありましたよね。捜査協力の依頼だったなんて、事実は小説より奇なりね♪」

 

 緒方先生が疑わしげに土産を眺めていれば、社会科担当・朱鷺田(ときた) (しのぶ)先生はクスクスと笑う。

 後は生徒会執行部の仲間へ配ろうと思いきや。生徒会室の鍵がない。

 恐る恐る向かえば、不機嫌MAXの副会長が出迎えた。

 

「うう……ヒッ」

「汐見先輩、無理しないで……」

 

 3年の汐見 初音(しおみ はつね)先輩がハンカチに顔を埋め、椅子へ深くもたれかかる。泣きじゃくる彼女を労わるように、2年の朝木 秋絵(あさき あきえ)を始めとした女子生徒が優しく囲っていた。

 

「……初音っ」

「中津川先生は黙ってくだせぇ~、発言権ないっスよ」

 

 反対に美術部顧問の美術担当・中津川(なかつがわ) 賢人(けんと)先生は地べたに正座させられ、1年の海峰(かいほう) (まなぶ)を中心とした男子生徒から、ガン飛ばされていた。

 状況が見えない。

 廊下から松葉杖の音が聞こえ、七瀬(ななせ)の到着を伝えた。

 

「おはよう……ございます? 金田君、どうしたの?」

「七瀬さん、自分も今来たので……サッパリです」

 

 七瀬の困惑は自分も同じ。怖すぎて、誰かに事情を訊ねる雰囲気でもない。

 

「おはようございます」

 

 スキー部顧問の体育担当・尾根(おね) 静香(しずか)先生が入室し、ピシャリと戸を閉めた。途轍もなく、嫌な予感。

 

「尾根先生、汐見先輩と中津川先生……何があったんですか?」

「私からは、何とも……

(何ともって……顔じゃないし!)

 

 恐る恐る問う七瀬に答えず、尾根先生のじ~っと中津川先生を見下ろす態度は怒髪冠を衝く。彼女は無意味に人を叱らぬ性分ならば、問題は女子生徒と男性教師にある。

 前例から、思い当たった。

 

「……汐見先輩、中津川先生……。お付き合いされているのですか?」

……うん……グ、ズッ

「は、はい」

ええ!?

 

 (いち)は外れて欲しいと祈ったが、無意味。初音先輩は泣きながら、中津川先生はビクッと肩を痙攣させたがあっさりと認めた。

 魂消た七瀬のように叫びたい。(いち)は眉間のシワを解しつつ、グッと堪える。

 遠野(とおの)先輩はもう、いない。自分がしっかりせねば――。

 

「あまりにも……汐見さんの様子がおかしいと、副会長から相談されたの。中津川先生は顧問ですから、何かご存じかと思いきや……」

「……ぼ、僕は真剣です。初音を愛しています……! そ、その証拠にこれを……」

「喋っていいって、言ってないんスけど……立っていいとも言ってないんスけど!!」

 

 取っつきにくいとは言え、流石は体育を任される教師。迫力が凄まじく、こちらまで叱られている気分だ。中津川先生は海峰の冷たい眼差しを物ともせず、上着の内ポケットを探った。

 掌サイズの四角い箱を取り出し、汐見先輩へそっと差し出した。

 

「な……何これ?」

「こ……婚約指輪だ。卒業してからで構わない、結婚しよう!」

 

 ――!?

 

 唐突のプロポーズを見せ付けられ、自分達は呆気に取られる。汐見先輩は涙が止まり、呆然としつつも婚約指輪を受け取った。

 

「先生ずっと、口を利いてくれないから……あたし……てっきり、赤ちゃんを……」

「嬉しいに決まってるじゃないか……僕とキミの子共だよ」

は? 赤ちゃん?

 

 甘酸っぱい雰囲気が生徒会室を満たそうとした瞬間、爆弾発言を耳にする。最初に反応したのは勿論、尾根先生。今にもスキー板で殴りそうな勢い。

 

「汐見先輩! お腹に赤ちゃんが!?」

「しかも、中津川先生の!?」

「マジっスか!」

「キミ達、あまり大声出さないでくれる? 初音の体に障る」

 

 我に返った生徒会執行部は幹部、役員共に汐見先輩へ質問攻め。中津川先生が包み込むように彼女を抱き締め、生徒から守ろうとする。

 それらを見ながら、(いち)の気分は氷点下。

 

「中津川先生は懲戒免職処分、汐見先輩は退学が妥当です。如何でしょうか、尾根先生」

「……全く、金田君の言う通りよ。弁護しようもないわ」

「「!?」」

 

 (いち)と尾根先生の静かな会話は全員の耳へ入り、中津川先生と汐見先輩が自分達の行いを顧みずにビックリ仰天。

 ほんの少しだけ、お祝いムードだったが、ぶっ壊れ。

 

「そんな、初音は学校が好きなんです。美大も目指してて、退学なんて……それに僕も、仕事を失ったら……彼女と結婚できない! 甲斐性のない人間だと、初音のご両親に認め……」

「アナタね、どの口が言うんです!! 小田切先生の件から、何も学んでないんですか!! 他の方に知られる前に、ご自分で退職届を出しなさい!」

 

 中津川先生は信じがたい判断と言わんばかりに、尾根先生へ詰め寄った。彼女の現実的な説教に誰もが、口を噤む。

 

「か……金田君も、そう思う?」

「中津川先生、悪阻が酷くなれば……汐見先輩は授業どころか、受験もままなりません」

「私の見立てだけど……汐見さんの出産は春頃、その後は絶対安静よ。大学に通ってる場合じゃないわ」

「……うう」

 

 中津川先生の細目で縋られても、現実は変えられない。(いち)と尾根先生の具体的な退学理由に納得したのか、汐見先輩は絶句した。

 

「懲戒免職と、やっぱ扱いが違うんスか?」

「そりゃあ……言葉通りに処分だもん。そういう人は次の就職に差し障るし……」

「あ……先生」

 

 海峰が七瀬へヒソヒソと問えば、秋絵は戸を開けた執行部顧問に気付く。普段、日和見主義の顔色が真っ青になり、話は聞かれていたと分かる。

 再び起こった不純異性交遊の事実に狼狽え、執行部顧問はダッシュで職員へ走ってしまった。

 1分足らず、駆け込む足音は暴走車が如く荒々しい。

 

「「こらあ、中津川!!」」

ヒィ!! 蝶田先生、羽田先生!

 

 蝶田(ちょうだ)先生と羽田(はねだ) (ふとし)先生、筋肉隆々の体育担当2人に乗り込まれる。気迫に圧され、すっかり怯えた中津川先生は震え上がった。

 問答無用に連行される様を皆、温かい眼差しで見送った。どう考えても、退職は免れない。

 

「ドナドナド~ナ~、ド~ナ~♪」

「海峰君、笑わせないでください」

 

 この場面に的確な歌が流れ、変な緊張のせいで笑いが起きる。口ずさんだ海峰は己の選曲センスに大ウケ、(いち)も冷め切った心が穏やかになった。

 

「汐見さん、担任の先生とご両親を呼びます。今後について、お話し合いをしないとね」

「……はい」

 

 尾根先生は汐見先輩の体調を労わり、優しい手付きで廊下へ連れ出す。副会長は汐見先輩へ付き添った。

 静寂を取り戻そうが、疲労感に業務を行う気力なし。各自教室へ解散。

 (いち)は生徒会室の鍵を引き受け、職員室へ向かう。七瀬と秋絵は頼んでいないが、一緒だ。

 

「汐見先輩……どうなるの? ちょっと可哀想……」

「……お子さんを一番に、考えて頂くのです。勉学はどうにでもなりますが、彼女の代わりは誰にもできません」

 

 七瀬は恐らく、打開策を練りたい。

 前例は金田一(きんだいち)がPTAを説得してくれたものの、結果的に時田 若葉(ときた わかば)は転校と言う形でいなくなった。その後、『小田切先生』の最悪な事実が判明し、学校は警察沙汰へ発展した。

 それに比べれば、今回はまだ良い。決して、可哀想ではない。

 

「……金田君、厳しいのね。中津川先生とも仲良かったはずでしょう? ……ズバズバと言っちゃうんだもの」

 

 秋絵は事の重大さに緊張しており、表情が暗い。気の沈んだ口調は不安を和らげるつもりだったのかもしれないが、(いち)の胸にグサッと刺さった。

 中津川先生は審美眼も近く、話していて楽しい。

 (いち)が入院している時、事件後の為に周囲は深刻だった。彼だけは空気を読まず、好き勝手な話をしてくれた。だから、余計に不純異性交遊はショックだ。

 

童貞だと信じでだのに……

「「は?」」

 

 胸中で呟いたはずが、女子2人にバッチリ聞かれる。(いち)は驚かせたとも気付かず、職員室の戸に手を掛けた。

 

バッカモ~ン!! どうして、この非常時にそんな真似が出来るんだね、キミって奴は!!」

「誤解です。初音とは去年から、付き合ってます」

はあ~!?

 

 校長室から怒声が聞こえ、執行部3人の興味を引く。廊下まで響いた原因は中途半端に開いた扉、(いち)はそ~っと忍び足で近寄り、物音を立てずに閉めようとした。

 

中津川先生!! 聞きましたよ、なんてコトをしてくれたんだ!!

 

 写真部顧問の科学担当・津雲 成人(つくも しげと)先生が飛び込み、ついでに扉を閉めてくれた。(いち)の気配を消した方が上手く、下手をすれば、手を挟むところだった。危なくて、冷や汗を掻いた。

 

どう? 金田君、先生達なんて言ってる?

!? ……六野先輩

 

 写真部3年の六野 冬花(ろくの ふゆか)先輩が耳を澄ませ、堂々と盗み聞き。しかも、(いち)まで勝手に仲間扱いだ。七瀬と秋絵も一緒なり、真剣な表情で聞き耳を立てた。

 

「ここは学校。義務教育じゃない、高校だっ。将来に向けて、勉強がしたい生徒が来るんだよ。生徒は全員、保護者の方から預かった大切なお子さん! キミは生徒に手を出すような教師のいる学校に、我が子を通わせたいかね!?」

「そんな奴いたら、僕がぶっ飛ばします」

 

 切羽詰まった津雲先生は必死に訴えるが、中津川先生は糸目のままに拳を握りしめた。

 瞬間、校長と三谷教頭からの無言チョップが、彼を襲う。

 

「それに、僕は初音を大切に思っています」

「だったら、10年後でも20年後でもいいだろうって話だろ! なんで、今なんだ? どっちが先かなんて聞かんがね、本当に愛しているなら……キミは生徒の為に拒まないといけなかったんだ(・・・・・・・・・・・・・)

「そ、それだと……初音は他の男に。僕なんか、地味で……今を逃したら……」

「今を逃して消えるような想いは……さっきも言った10年後、20年後に必ず、破綻するぞ。結婚はね、私の歳だって出来る。高校生という肩書も書類さえ出せば、また得られる。でも、18歳は……今しかない(・・・・・)。キミは大切な人から、今の学校生活を奪った。その自覚をせねば、ならんのだよっ」

 

 中津川先生の汐見先輩への想いは真剣だからこそ、婚約指輪を急いで用意した。

 それはあくまでも、愛の話。

 汐見先輩はまだ高校生、中津川先生は教師。津雲先生は容赦なく、厳しい現実を突き付けた。

 

「「津雲先生……アンタ、そこまで生徒を……学校を思って……」」

 

 校長と三谷教頭の涙ぐむ声が聞こえ、(いち)も感じ入る。流石、津雲先生。身を挺して女子生徒を助けた体現者に言われれば、言葉の重みが違う。

 扉で顔は見えないが、中津川先生の浮かれ気分が下がったような息遣いが聞こえた。愛する人に新たな命が宿った喜びに加え、生徒に手を出した実感も湧く。

 これ以上は聞けぬと思い、(いち)は扉から離れた。女子生徒3人もさっと立ち、またも付いてくる。

 

「津雲先生……あんなに、汐見先輩の将来を考えて……」

「前も見直したけど、今回も感動しちゃった……写真部に入ろうかなあ」

(……どの口が(・・・・)、言ってんのかしらね)

 

 七瀬と秋絵が津雲先生の言動に感激する中、白けた六野先輩だけが遠い目をしていた。

 

「六野先輩、汐見先輩のコトは知ってたんですか?」

「全然! 部室の鍵を取りに来たら、職員室はザワついてて……津雲先生は飛び出しちゃうし……」

「飛び出しちゃうと言えば、金田君……金田一(きんだいち)君に代わって事件捜査へ行ってたって? 美雪ちゃんに聞いたよ。大変だったね、お疲れ様」

「……! どうも……」

 

 汐見先輩の話だと油断すれば、秋絵に耳元で囁かれた。彼女は遠野先輩に想いを馳せていたが、それをおくびにも出さず、労わってくれた。

 いつの間に話したのかと思ったが、仲の良い彼女達は電話のやりとりもあるだろう。

 (いち)が無断欠席した間、秋絵にも心配をかけたに違いない。そう、自覚した(・・・・)

 不動高校に自分を待つ人がいる。胸の奥が熱く、顔が綻ぶ。

 

「連絡せず、すみません」

「全くだぜ……金田ぁ

 

 反省と感謝を口にした瞬間、ガッと肩を掴まれた。ゾワッと背筋が粟立ち、首筋の神経まで一気に硬直した。振り返りたくないが、このまま逃げるともっと厄介。

 

「白峰先輩……おはようございます」 

 

 ギギッと筋肉を無理やり動かし、肩に置かれた手の主へ笑いかけた。

 

「おはようじゃねえよ、事件で1週間も学校を休みやがってぇ~」

 

 スキー部3年E組・白峰(しらみね) 辰貴(たつき)先輩は青筋を立て、(いち)の首をガックンガックンと揺さぶった。彼の目尻に浮かんだ涙は怒りか、喜びか、怖すぎて聞けぬ。

 生徒会室に残りのお土産を置いて来たと今、思い返した。

 

「そうだった……白峰先輩も金田先輩を心配してたって、言い忘れてました」

「!? 佐木君……いつ、来たの?」

「佐木君、本当に神出鬼没ねえ」

 

 視界の隅に現れた竜太(りゅうた)へ七瀬はビビり、六野先輩はしげしげと眺めた。

 

「ほらほら、白峰。お前の気持ちは……金田に届いてっから。な?」

「いきなり、片足ケンケンし出して。何事かと思ったぜ」

ふう~ふう~……

 

 スキー部3年B組・赤穂(あこう) 晴俊(はるとし)渋沢 圭介(しぶさわ けいすけ)が駆けつけ、白峰先輩の興奮を宥めてもらう。良い先輩方のお陰で、(いち)は呼吸する間を得られた。

 

「白峰先輩、迷惑かけてすみません。ただいま」

「……! ただいまも何も、お前はスキー部じゃねえだろ。……入るか? スキー部。演劇部なんて辞めちまってよ」

「あ、金田君……演劇……」

 

 無事、帰って来た。

 白峰先輩はこちらの気持ちを察し、厳しい表情を崩さずに照れてくれる。彼のスキー部勧誘を聞き、七瀬は何か言いたげに呼び掛けて来た。

 別方向のトラブルを察知し、逃げた。

 

 昼休みは生徒会室に逃げ込もうと、弁当の支度。D組の教室が妙に騒々しいと顔を上げれば、金田一(きんだいち)の登場。いくら、お調子者と悪名高い生徒だろうと包帯グルグル巻きは心配するのが筋。

 

金田一(きんだいち)……そのケガ、どうした?」

「よお、神矢。金田、借りてくわ」

「――僕、忙しいんで――」

 

 同じD組の神矢(かみや)は心配そうに声を掛け合い、金田一(きんだいち)は遠慮せずに(いち)の襟元を掴む。

 竜太のように振る舞ってみたが、無駄な抵抗。金田一(きんだいち)により、屋上へ連れ込まれた。

 都合よく、人気(ひとけ)がない。

 

「汐見先輩の件でしたら、生徒会の手に負えません」

「汐見先輩……って、何の話だ?」

「……七瀬さんから、聞いていませんか?」

「俺が聞いたのは……お前の退部だよ」

 

 金田一(きんだいち)が知らないなら、情報統制は取れている。PTAへ伝えず、内々に処理するつもりだ。

 

「それよりもさ、今朝! 誰から手紙が来たと思う? 研太郎達だぜ。瑠璃子、コテージの暮らしは順調だと。純矢は今度、東京で個展開くってさ~♪」

「……へえ、純矢君の個展」

 

 (いち)が考え込んでいるにも構わず、金田一(きんだいち)はパッと表情を輝かせた。七瀬に乞われ、部に戻る説得へ来たかと思ったが、全然違う話題。手紙の嬉しさよりも、呆気に取られた。

 それはそれとして、若き天才画伯・絵馬(えま) 純矢(じゅんや)の個展は観に行きたい。

 

「後、比呂の本! ベストセラー決定したって、こりゃあ……めでたいっつ~ワケで、はい! 布教活動! 荒木 比呂先生をヨロシク!」

「……自分にですか? 金田一(きんだいち)君は……」

「俺の分、もう本屋に注文してんだよ。部屋になかったし、金田はまだ持ってねえだろ?……読んでやってくれ、比呂の恋愛小説……」

「……恋愛」

 

 何と言うタイミングだろう。金田一(きんだいち)は決して、(いち)へ諮る人ではない。ただ、友達の作品を広く伝えたいのだと思い、小説を受け取った。

 まだページも開いてもいないが、荒木(あらき) 比呂(ひろ)が誰を想って書き綴ったか、知っている気がする。

 

 その後、金田一(きんだいち)は七瀬に叱られたらしいが、知らぬ。

 

 

 肝心の不純異性交遊は翌日、落着。

 中津川先生が10月末日に一身上の都合により退職、汐見先輩は休学届を提出。彼女は早くても、来年の2学期に復学する見込みとなった。

 校長は新しい不祥事発覚を恐れながらも、2人の将来を見据えた。意外にも、恩情に溢れていた。

 

「と言うワケで、金田君。来年、初音を頼むよ」

「……芝里君に頼んで下さい」

 

 唐突に美術準備室へ拉致られ、中津川先生は丁寧に頭を下げる。何事かと思えば、(いち)はとんでもない頼み事にゲンナリ。

 2年の芝里 丈治(しばさと じょうじ)は芸術科の絵画選択。このまま進級すれば、彼は汐見先輩のクラスメイトになる運命だ。(いち)よりも適任だが、中津川先生は頭を振るう。

 

「初音は意地っ張りで、困った時……素直に人を頼れないんだ。副会長も卒業でいなくなってしまうし……、他に生徒を気に掛けてくれるのは、キミだ。迷惑をかけると思ってる。すまない」

「七瀬さんもいますよ」

 

 更に深々と頭を下げ、中津川先生は頼む。(いち)は別段、生徒を気に掛けた事など無い。教職員への内申点稼ぎに生徒会執行部へ所属し、役目を全うしただけだ。

 

(遠野先輩が……学校の問題を見付けて……)

 

 またも遠野先輩がいない現実に臓物は重くなり、視界が眩む。振り払おうと室内を見渡し、布を被せたイーゼルに気付く。準備室へ置いているなら、中津川先生の私物だ。

 

「何を描かれたのですか?」

「見るかい? まだ途中だけどね」

 

 勝手に話題を変えたが、中津川先生は快く布を取った。

 『ミロのヴィーナス』、女神の名を冠した像。

 それをモチーフに描き、独創的な色合いは躍動感を与える。彫刻のモデルとなった女性が元々、その色合いだったと勘違いしそうな程に自然だ。

 何より、中津川先生は忠実に描こうとせず、ヴィーナスへ込めた想いをキャンパスへ描いた。

 

「……素晴らしいです」

「そうかい? 色使いがちょっと気に入らないんだ。……辞めるまでには完成させるよ」

 

 素直に感想を伝えれば。中津川先生も照れる。彼の言う通り、未完成。残りの勤務時間は再就職に忙しいだろうが、完成は願っておこう。

 

「中津川先生……結婚、おめでとうございます」

「ありがとう……、今日はこれから……初音と婚姻届を出しに行くんだ。ご両親も一緒にっ」

 

 沸き起こった祝福の気持ちを伝え、中津川先生はガッツポーズ。どう考えても修羅場だが、彼はとても幸せそうだ。

 結局、頼み事の返事を曖昧にしたまま、(いち)は美術室を後にする。ちょうど、有森(ありもり)と鉢合わせた。

 

「金田、珍しいな。美術室に用事なんて」

「中津川先生と話していたのです。ヴィーナスの絵を見せてもらいました」

「ああ、ヴィーナスの絵! 中津川先生はちょくちょく、描いてるんだよ。てっきり、汐見先輩が休学になっちまったから、心配した中津川先生がその辺の事情を探るように、金田へ頼もうとしたのかと思ったぜ」

「……完全に探偵の仕事ですよね、それ?」

 

 有森の推測が微妙に合っており、(いち)は冷や汗。しかし、彼の様子を見る限り、学校側は真相を隠し通すつもりだ。既に承知の面子には、緘口令を強いたのかもしれない。

 ならば、(いち)も口を閉ざそう。

 

「だって、金田は金田一(きんだいち)の代わりに事件捜査へ行くんだぜ。お前も探偵じゃん」

「……いいえ、名探偵の孫の代理です」

 

 またも微妙に合っているが、一応は否定した。

 

「おや? キミは確か生徒会……遠野君の金魚のフン」

「……っ」

「瀬名先輩、オブラートに包んで下さいよ!」

 

 ひょっこりと現れた美術部部長3年の瀬名(せな) 光一(こういち)はこちらを見るなり、さらりと言い放つ。(いち)は愕然とし、有森が代わりに注意してくれた。

 

「え? いなくなっちゃったけど……遠野君の名前、言ってもイイだろ?」

「「金魚のフンの方です」」

 

 瀬名先輩は心外と言わんばかり、キョトン。後輩2人に指摘され、納得していないが気付いてくれた。

 

「え~と、……じゃあ、遠野君の後輩」

「俺もだよ!」

「本当……芸術的センスのある呼び方ですね、自分は金田です」

 

 悩んだ結果の呼び方、即座に有森がツッコんだ。

 瀬名先輩とは初めて口を利いたが、噂に違わぬ人。クスリッと笑い、(いち)は自己紹介した。

 

「なあ……金田君、この際だから……教えて欲しい。遠野君は戻るだろうか?」

「「!?」」

 

 この和やかな雰囲気をブチ壊す質問、想定外にも程がある。真っ青になった有森は思わず、周囲を見渡した。

 視線を落とした瀬名先輩は虚ろな表情、明確な答えを知りたいように思えない。

 彼にならば、言える。

 

「戻りません」

 

 (いち)も憶測でしか知らず、本来は金田一(きんだいち)や七瀬に彼を託すのが正しい。だが、敢えて、ここは自分が答えたいと心から思った。

 瀬名先輩と有森は目を見開いたが、抱いた感情はそれぞれ別々。

 

「遠野先輩はもう、帰ってきません」

 

 自らへ語り掛けるが如く、言葉を続けた。もしかしたら、瀬名先輩の眼鏡に映る自分自身へ、釘を刺したかっただけかもしれない。

 

「……そっか」

 

 数秒の沈黙した後、寂しそうに瀬名先輩はふうっと息を吐く。腑に落ちたと言いたげに笑い、きっと彼は心の中で遠野先輩へ別れを告げたのだろう。

 

「礼を言うよ、金田君」

 

 瀬名先輩に感謝される謂れはない為、(いち)は目礼にて答える。有森の心配そうな視線には笑みを向け、自分はもう大丈夫だと伝えた。

 

 放課後の執行部は学園祭の準備に勤しみ、連絡事項が飛び交う。衛生審査、屋台の配置、体育館使用申請、数々の書類チェックにウンザリ。

 

「一般の方から……学祭の参加者を募集する?」

「ええ~……今から?」

 

 慌ただしい中、海峰の思わぬ提案。七瀬と秋絵の驚きに全員同意。

 

「11月なんス、まだまだ間に合いますって! 実はアタクシ~、連休に開桜の文化祭へ行って来ましてね。これ文化祭のパンフレット♪ 企業や大学の屋台なんかも結構、あったんスよ」

「……ホームベーカリーオオカワが出張販売……」

 

 ウッキウキの海峰が開桜学院文化祭をお手本に説明するが、(いち)は上等な厚紙に印刷されたインクの高級感に圧倒された。

 

「海峰君、開桜は都内の高校ですか? 自分、詳しくなく……」

「名門校です。あちらの囲碁部とは20年も交流が続き、毎年恒例の合宿対戦は伝統と呼んでもいいでしょう。僕も月曜日の祝日、行ってきました。高井デパートも協賛していて、面白かったです」

「「「!?」」」

 

 海峰に訊ねたはずが、竜太がぬっと現れての解説。突然の来訪者に執行部顧問も驚かせたが、(いち)は慣れっこである。

 

「佐木君、お手伝いに来たなら大歓迎です。違うなら、お帰りください

「金田先輩……厳しス」

「怖……」

「金田君、いくら佐木君でも……泣いちゃうわよ」

 

 多忙極まる状況では、イラつく。(いち)にビビった海峰はゴクリッと唾を飲み込み、秋絵もタジタジ。七瀬は宥めてくるが、竜太の図太い神経は涙と縁遠い。

 

「金田先輩に相談がありまして、竜二の奴が……」

「……その話、長くなりますか?」

 

 (いち)の苛立ちを物ともせず、竜太は普段通りに喋り出す。彼の弟・竜二(りゅうじ)は不動中学生、我が校の生徒ではない為に優先順位も低い。力になって上げたいのは山々だが、どうか、中学校の生徒会へ相談するよう、祈った。

 

女神(ヴィーナス)に恋をしたんです」

「は?」

 

 兄が心配した弟の恋の悩みは学園祭当日、解決する。




神津「神津さやかです。閲覧ありがとうございます。今度は美術部から人が減っちゃうのね……汐見先輩、お大事になさってください。あたしも次期部長、頑張ります! さて、次回は『オペラ座館の招待は既に』!! 既に……どうしたの?」

汐見 初音
強気な態度は不安の裏返し。『犯ジケ』みたいにもっと怒っていいと思う
作中にて、休学した後に戻ってくる

中津川 賢人
存在感の薄い顧問、多分、奥手。婚約指輪より、婚姻届を持ってこんかい(怒)。小田切先生の時、どんな気持ちだったわけ?(他人事だったんだろうなあ)
作中にて、オリ主が気を許していた教師。画商の鷲尾を頼り、職に就く

芝里 丈治
貴重な男子部員。作中にて、来年は汐見と同じクラスになる

瀬名 光一
意味深に普通の事を語る部長、はじめちゃんにツッコミをさせる猛者。アニメ版ではアーティスト気質が増していた。作中にて、汐見の妊娠を知らず、中津川の退職には驚いた

朱鷺田 忍
人形島殺人事件、ゲストキャラ

スキー部顧問・尾根 静香、白峰 辰貴、赤穂 晴俊、渋沢 圭介
氷点下15度の殺意、ゲストキャラ

写真部顧問・津雲 成人、六野 冬花
不動高校学園祭ゲストキャラ。キミ達はどんな気持ちで騒動を見ていたのかな?

校長と三谷教頭
連日の不祥事やら何やらで、胃痛薬が手放せない面子

蝶田、羽田 太
体育担当、それぞれ亡霊校舎の殺人モブキャラと七不思議殺人事件ドラマ版・ゲストキャラ
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