金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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前回の翌日、金曜日の話です
誤字報告により修正しました。ありがとうございます


Q13 『オペラ座館』の招待は既に

 不動高校学園祭に急遽、一般参加を募集した。

 春以降、悲惨な事件が数々も起こった学校。いくら、事件現場の旧校舎が取り壊されたと言っても、保護者や地域住民の不信感は拭えない。

 ならば、オープンスクールも兼ねて、もっと来校者を増やそう。海峰(かいほう)は自信満々にそう、提案した。

 

「ちなみに開桜の囲碁部は是非って、返事くれたっス♪」

 

 海峰は開桜学院より、出し物の申請書を勝手に受け取っていた。

 執行部顧問は心底、面倒くさそうな顔だったが、意外にも校長の許可は下りた。

 学園祭の活動を熱心に努めれば、PTAに不祥事を気取られないで済む。学校側の嫌な事情が見え隠れし、生徒会執行部も正直、乗り気ではなかった。

 

 ――七瀬(ななせ)以外は。

 

「見てみて、金田君♪ こ~んなに参加者が集まったのよ。フラワーアレンジメント教室も参加したいって♪」

「……聖正病院、……不動山学院、……津野スキー場ホテル、……『夜桜亭』、……御堂さんにまで声をかけたのですか? 誰ですか……小宮山 吾郎って」

 

 愉しげな七瀬から申請書の束を渡され、イラッとする。

 ほとんどが食品関係の屋台。野外に設置では間に合わず、教室を提供せねばならない。

 

「七瀬さん、松葉杖は要らないのですか?」

「ゆっくり歩けば、何とかね」

 

 松葉杖無しで歩ける程、左足は回復したらしい。目出度いが、皆は忙しさに祝いの言葉を掛ける間がない。(いち)も別の機会にしよう。

 

(『夜桜亭』……え? 北屋敷さんが来る?)

 

 申請書を見直しながら、ハッと気付く。注意深く読み返していれば、入室の音がした。

 

「失礼しま~す。七瀬さん、学園祭の申請ってまだ受け付けてる? 2名追加で」

「千家君! 勿論よ、見せて。うっそ、森さんが来てくれるんだ♪」

「宮園 彰……お2人とも、別々の学校ですか」

 

 2年5組・千家 貴司(せんけ たかし)が丁寧に挨拶し、2枚も差し出す。副会長は普段の威厳も忘れ、疲労感に机へ突っ伏した。会計が「締め切った! これ以上は無理!」と叫び、庶務が「先生達にも、伝えてくる!」と廊下へ飛び出した。

 

「失礼します……2年の鈴森です。飲み物の差し入れに来ました。それと、あたしに何かお手伝いさせてください。スキー部でマネージャーやってるんで、リストのチェックは得意です」

「ありがとう、鈴森さん! コレ、お願い。学園祭パンフの下書き! 学園祭実行委員長が手直ししたけど、前のヤツと違いが分かんない!」

 

 2年4組・鈴森(すずもり) 笑美(えみ)の登場に喜び、秋絵(あきえ)は遠慮せずに仕事を振った。

 

「うっしゃあ、俺……書記と屋台の設置場所、確認し直してきまっス。占いの館は教室にするとして……、ラベンダー饅頭?」

 

 海峰はテキパキと動くが正反対に、沈んだ書記と外へ向かった。

 

「七瀬さん……俺も手伝うわ」

「本当? ありがとう、千家君。それじゃあ、森さんと宮園君に打ち合わせへ来て欲しいから、都合の良い日に……」

 

 多忙極まる執行部を見るに見兼ね、千家は空いている席へ座った。流石、七瀬は早速に扱き使う。

 人手が増えた有難さに感謝する間もなく、(いち)の目と手は業務へ没頭した。

 

 下校時間が待ち遠しいとは、正にこの事。

 だが、バイトも待っている為に休憩はない。下駄箱で靴を履き替え、もうひと踏ん張りと深いため息を吐く。

 

「疲れた顔してんな、金田。今日はそっち、鈴森さんが行ったろ?」

「雪岡君……ええ、鈴森さんのご協力は本当に助かりました」

 

 2年B組・雪岡 草平(ゆきおか そうへい)にじ~っと顔を見られ、肩をポンポンッと叩かれる。彼の優しさが身に沁み、疲れが飛びそうだ。

 

「尾根先生の計らい。七瀬さんに頼まれたとは言え、スキー部と交流のある他校や合宿先のホテルなんかに連絡して、学園祭に誘っちまったからな」

「何故、青森のホテルが参加しているのかと思いましたが……尾根先生の仕業ですか」

 

 やれやれと肩を竦め、雪岡は苦笑を交える。スキー部顧問の尾根先生は受け持ち以外、あまり積極的に関わらない。現生徒会長とは言え、生徒の頼みを引き受けるなど珍し過ぎる。

 

「金田く~ん、明日の事なんだけどね……って。なんで雪岡君の後ろに隠れるのよっ」

「条件反射です」

「明日にしたれよ」

 

 七瀬の声が聞こえた瞬間、(いち)は雪岡を盾にする。突然の事態だが、彼は驚かずに庇ってくれた。

 

「あたし、明日は休むの! 伊豆に行かなくちゃいけなくて、ほら……金田君も誘われたでしょう? 黒沢オーナーに」

「確か……劇場を取り壊す前に一度、公演をすると……言っていましたね」

 

 全く悪びれず、七瀬は衝撃の予定を暴露した。

 しかも、行先は静岡の伊豆半島にあるリゾートホテル『オペラ座館』。以前、(いち)はオーナー直々に招待されたが、断った。

 

「明日も学校なのに……伊豆?」

 

 場所もそうだが、生徒会長のサボり宣言に雪岡は絶句である。

 

「演劇部の皆さんも……ですか?」

「ううん、あたしとはじめちゃんだけ。後は剣持警部」

「警察と……伊豆? また事件捜査かよ」

 

 (いち)は感情的な理由で断った身だが、一瞬だけ後悔した。

 警視庁捜査一課の剣持(けんもち) (いさむ)警部、男気溢れる現役刑事の名を聞き、雪岡の警戒心が上がる。(いち)の肩を掴み、七瀬から離れた。

 

「今回は違うから! 雪岡君、そんな怪しい物を見る目はやめて」

「……怪しいんじゃねえ、危ねえモン見る目してんだよ」

(……学園祭、明日……実行委員とポスター制作を見直すって話じゃあ……)

 

 七瀬の必死な態度を見ても、雪岡の不信感は募る。それよりも明日の業務、彼女を欠いてはまた副会長がお冠だ。

 否、(いち)もご立腹。

 

「……3人……白神さんは、一緒ではありませんか? 学校でもお姿を見ませんが……」

「白神さん、忙しいみたい。落ち着いたら、連絡くれるそうよ」

 

 ミステリー研究会の講師・白神(しらがみ) 海人(かいと)、オーナーと親しい間柄に見えただけに不参加は意外に思う。しかし、七瀬の配慮する視線を受け、(いち)は思い当たる。

 コバルトマリン号殺人未遂事件、彼も当事者。警察や報道への対策に追われ、捜査協力も受けている可能性がある。

 

「おお、いたいた。キンダニじゃない方! 校門で刑事さんが待ってるぜ」

「陣馬、こいつは金田だ! 金田一(きんだいち)と一緒にするな!」

 

 2年A組・陣馬 剛史(じんま つよし)に何とも言えない呼び方をされ、雪岡が代わりに怒ってくれた。金田一(きんだいち)と一緒くたにされても良い。だが、「キンダニ」には「カネダ」の「ダ」のみ。それは嫌だ。

 

「つ~か、刑事が待ってる!? 嫌な予感するわ。金田は行くな。それこそ、キンダニ呼べ、キンダニっ」

「……雪岡君、……そうは行きませんよ(唐突のキンダニ呼び)」

 

 顔を顰めた雪岡へ振り返った時、下駄箱の向こう側に金田一(きんだいち)がいた。しっかりと体を隠し、こちらを覗き見る。見つかりたくない彼の意思を尊重し、そっとしておこう。

 

 一応は警戒したが、校門に待つのは剣持警部。噂をすれば影、(いち)は弾んだ心のままに駆け寄った。

 

(いち)君! 聞いたぞ、金田一(きんだいち)の代わりに大活躍だったらしいな」

「剣持さん、こんにちは。MVPは佐木君と彼のお父様ですよ」

 

 剣持警部に褒められ、嬉しい。彼の前では謙虚な自分を忘れず、控え目に照れた。

 

「これから、一緒に来られるか?」

「一生付いて行きたいのは山々ですが……バイトです」

「……ああ、え~と……それなら、明智警視が休みの連絡しておいたぞ」

「明智さんが?」

 

 (いち)の気持ちを受け流し、苦笑いの剣持警部は明智(あけち)警視の名を出す。雪岡の予感は的中した。

 

「……来られるか……と聞いたなら、向かう先は家とは違いますか?」

「不動山署だ。警視庁はここから遠いからな、場所を借りた」

 

 目的地を聞けば、剣持警部は真剣な表情へ変わる。署に連行される心当たりが多すぎて、思い付かない。函館異人館ホテルの事情聴取であるように、祈った。

 

 パトカーに先行され、愛車のバイクで後を追う。初めての経験に緊張して、臓物はずっと痙攣したままだ。秋の涼しさは何処へやら、首筋も悪寒に震え上がっていた。

 

「剣持警部、ご苦労様です。そちらが噂の……金田一(きんだいち)君?」

「違う違う、この子は金田君。金田一(きんだいち)と同じ不動高校の生徒だ。(いち)君も紹介しよう。彼は青井、不動山署刑事課の刑事。俺とも個人的に知り合いだ」

「初めまして、青井刑事。金田と申します」

 

 出迎えた青井 零児(あおい れいじ)刑事は剣持警部へ敬礼した後、(いち)へ確かめるような視線を向けた。噂の金田一(きんだいち)ではないが、不動高校生相手に興味のある眼差しに思えた。

 (いち)も剣持警部と個人的な知り合いに興味津々。

 

「もしも、俺や明智警視と連絡が付かない時はこいつを頼ってくれ」

「……? はい」

「こちらです」

 

 剣持警部の意味深な発言に首を傾げつつ、青井刑事はひとつの部屋へ通してくれた。

 脚付黒板、会議用テーブル、整然と並べられた捜査資料。何故だろうか、緊張感は段違いだが、ミステリー研究会の部室を彷彿とさせた。

 しかし、明智警視、抱えた木箱が印象的な女性。この容姿端麗な男女の存在が際立ち、ドラマの撮影現場と誤解してしまいそうだ。

 

「失礼します、青井です。剣持警部並びに金田君をお連れしました」

「ご苦労様です。青井君は下がってよろしい」

 

 明智警視のキラキラッが窓から射す夕焼けにより、更に眩しい。礼儀を欠くと思いつつ、(いち)は先にブラインドカーテンを下ろした。

 

「ウフフフ、お久しぶりね。金田君、眩しかった? 色々と」

「……久しぶり? ……! ……神奈川県警の茅刑事ですね。その節は失礼致しました。改めまして、金田と申します」

「なんだ(いち)君、茅警部とも知り合いだったのか」

 

 クスクスッと鈴を転がすような笑い声に挨拶され、記憶が触発される。以前、チラッと言葉を交わしただけの神奈川県警・(かや) 杏子(きょうこ)警部。彼女がいるなら、(いち)は呼ばれた理由に察しが付いた。

 母・にいみの失踪。コバルトマリン号の事件にて、明智警視から宣告は受けていたが、いざ目の前に突き付けられると足が竦む。

 その通りと言わんばかりに箱から、カサカサと音がする。ビックリして、剣持警部の後ろへ隠れた。

 

「……剣持さん、あの箱は何でしょうか? まさか、中学生女子の上半身とか、入っていませんよね?」

「事件だろ、ソレ。茅警部の箱は気にせんでいい、トレードマークだと思っとけ」

「ウフフフ、金田君の冗談。この子も喜んでるわ」

 

 怯えた(いち)の肩へ剣持警部の大きな手が置かれ、宥められる。しかし、茅警部の意味深な笑みに安心など出来なかった。

 

「お喋りはこのくらいにして、先ずはお浚いから」

 

 明智警視の容赦なさ、(いち)はゲンナリ。

 刑事がわざわざ、高校生1人の為に時間と場所を用意してくれた。自分が逃げれば、代わりに姉・さとみが仕事を中断してでも連れて来られてしまう。それは駄目だ。

 ただでさえ、『地獄の傀儡師』の関与を知り、彼女も疲弊している。もう何も知って欲しくない。

 自らに喝を入れ、ひたすらに耐える。

 にいみは3年前、鹿島(かしま)船長を保護し、診療所へ預けての治療。後にその娘・洋子(ようこ)と接触し、協力関係に至る。加納(かのう)と金銭取引する最中、水崎(みずさき) 丈次(じょうじ)に隠し撮り写真を送り付けられた。

 加納の脅しと誤解し、にいみは口論の果てに橋から突き落とされる。窮地を脱した後、鹿島船長の診療所脱走を知り、洋子と竜王丸元保有会社へ連絡。更に後日、朝木 春子(あさき はるこ)と会話していた。

 説明されながら、黒板に現役時代の鹿島船長、加納、水崎の写真が貼られ、洋子と春子の名前が書き込まれる。

 その日付を聞き、(いち)は驚愕。

 

「3月6日? 母は……届を出した後も、東京に現れたのですか?」

「朝木 春子の証言から推察するに、お母様は捜索願が出ていると知らずにいたんでしょう。そして、渡航履歴について調べました」

 

 (いち)の呻きに答え、明智警視は黒板へ国名を書き込んでいく。

 ブラジル、シンガポール、中国、イギリス、アメリカ。それらを見ながら、にいみは家族を置いて国を出た事実に打ちひしがれる。知らず、拳を握りしめた。

 

「これらは日本のタンカー船が立ち寄る代表的な国々です。鹿島 伸吾にも確認しましたが、竜王丸も過去に何度も寄港しています」

「母は鹿島船長が行きそうな国を渡り歩いた……のですね。明智警視は今も、あの人が海外にいると思われますか?」

 

 これに答えず、明智警視はテープレコーダーを取り出す。

 

「鹿島 伸吾の顔写真をメディアへ公開したところ、匿名で3件の情報提供者が現れました。声や口調に覚えがあれば、おっしゃってください」

「……ああ、鹿島船長の写真を新聞に載せたのは……こういう意図が……」

 

 カチッと音声テープが再生される。

 

〈私、鹿島さんを釣ったかもしれません。けど、すぐお医者さんトコに運びました。一緒におった連れが、オリエンタル号の生存者かも言うとったなあと思いまして、お電話させてもらいました。言い訳になりますけど、連れが警察はアカンて言うもんで〉

〈そう、そう。3年前に釣りへ行った時、見付けた人によく似てます。そのまま、医者へ任せたね。知り合いでもないし、警察が必要なら、本人が起きた時に助けを求めるでしょ〉

〈3年前、事故の裁判が終わった後かしら。竜王丸側に関して色々と調べてくれ、そう依頼されたわ。私も守秘義務があるもんで、これ以上は……〉

 

 関西弁訛りの男、敬語が苦手そうな男、高飛車な女、3名の声。

 

「……あの、2人目の方をもう一度……」

 

 耳を澄ませ、ひと言ひと言を逃さないように傾聴してみれば、2番目の声に聞き覚えがある。再生を頼んで、脳内の記憶にある人々の声を照らし合わせてみた。

 

「この方、巴さんと声が似ています。トレジャーハンターをされていて、本も出しています」

 

 尾高山へヒッチハイクした際、同乗させてくれた親切な人。3月の出来事を懐かしむ間もなく、彼の存在をさっと教えた。

 

「と、トレジャーハンター!?」

「昔からのお知り合い?」

「金田君、その方の名刺をお持ちでしたね。詳しくお願いします」

 

 それぞれが当然の反応だが、明智警視の眼鏡がキラリッと輝く。その眼光で見られれば、ヒッチハイクの旅を剣持警部に聞かれた後が怖い。誤魔化した後はもっと怖いので、素直に暴露した。

 

「尾高山へヒッチハイク!? (いち)君、なんて無茶を!! マスコミがウロウロしてる中で見つかったら、ただじゃすまないんだぞ!! 何考えてんだ!」

……っ

 

 剣持警部の雷が落ち、(いち)は縮み上がった。顔はマスクやゴーグルで隠したが、週刊誌記者の宇治木(うじき)との出会いは絶対、内緒にしようと決めた。

 

「剣持警部……氷室 一聖の顔は、知られていませんし……ね? ほら、この子も驚いてるわ」

 

 茅警部が剣持警部を宥めた瞬間、腕にある箱からカサカサと音がする。彼女の言う「この子」に反応しているような印象を受けた。怖い。

 

「……茅警部も伯父をご存知なのですか?」

「情報共有の為、私が伝えました。お母様の事件に氷室画伯は関係ありませんので、知っているのは捜査員でも一部です」

 

 (いち)の疑問に明智警視が答えた瞬間、血の気が引く。

 死骨ヶ原湿原ホテルで知り得た長崎(ながさき)支配人の証言から、推測しただけの言い掛かり。確たる証拠もないのに彼ら刑事へ伝えてよいものか、迷った。

 

「父や姉……祖父母は何と、言っていましたか?」

「お婆様はかつての教え子を当たってみるとだけ、残間さんも特に思い当たらないと……」

「……鹿島船長にも、この録音は聞いて頂けましたか?」

「はい、念の為に。覚えはないそうです」

 

 父・残間(ざんま) 青完(あおまさ)の知る元妻の交友関係は少なく、金田祖父母に任せた方が確かに良い。ここに、さとみの意見がないのはまだ聞かせていない証拠。少しだけ、安心した。

 

「録音にあった医者、病院の特定は……?」

「良い質問です。白神君へ捜査協力を依頼しました。彼は間接的にお母様と繋がりがあります。地方医師の取材もされた経験から、相手にも警戒もされにくいでしょう」

 

 白神が多忙な原因、予想通りだった。又、明智警視が外部に頼る程、事態は慎重かつ深刻と知った。

 

「それでね、お母様のお友達。もう少し、教えてもらえないかしら? 二神先生みたいに先輩、後輩でもいいのよ」

「……母の友達は……あっ

 

 茅警部に問われた瞬間、思い付く。

 にいみと推理小説家・多岐川(たきがわ) かほる先生が友人関係にあると、明智警視が知らない事実。まだ何も言っていないのに、エリート警視の手が(いち)の肩を掴んだ。

 白状した。

 

「成程、氷室画伯が多岐川先生と知り合ったキッカケが……そもそも、お母様だった」

「……正野刑事と雪峯刑事には『夜桜亭』の時、お話ししました。てっきり、伝わっているものだと……」

い!?

 

 明智警視にため息を吐かれ、(いち)もムシャクシャして2人の刑事も巻き込む。彼らの上司である剣持警部は歯を食いしばったような悲鳴を上げた。

 

「朝木 春子も朝木陶工の妹さんでしたわね。対談で話題になった……御堂 周一郎とも、お母様は関係あるのかしら?」

「そうそう、御堂家の執事がな。(いち)君のお祖母様の弟だそうだ」

 

 茅警部の見事な推理。しかし、にいみの失踪には無関係。

 

「話が脱線しました。かほる先生は母がいなくなったと知って、一緒に悲しんでくれた方です。鹿島船長や……香取、いえ、洋子さんとの関わりも知らないと思います」

「……分かりました。ですが、捜査の都合上、事情聴取の必要があれば、協力を要請します」

 

 何も分かっていない発言にイラッとする。

 かほる先生は小林(こばやし)画伯の訃報を知り、金田家へ文字通りに駆け付けてくれた。もしも、にいみの思惑に関与しているならば、そこで事情を明かしてくれたに違いない。

 (いち)を抱き締めた温かい腕に嘘は、ない。

 

 ――だから、先ずは嘘を吐いた人達の話をしよう。

 

「水崎さん達がどうなるか、聞いてもいいですか?」

「……水崎は警察で保護します。加納は送検されました。検察が保護していると考えてくれて構いません。鷹守は不起訴になり、時原 優と示談が成立したそうです」

 

 2人は予想通りだが、殺人未遂が不起訴の展開。ゾッとする。

 

「まあ待て、(いち)君。時原には狙いがある。鷹守の奴、東亜オリエント海運から訴えられるんだっ。鹿島も生きていて、『地獄の傀儡師』まで出張って来た! 奴さん、ビビりまくってたぜ。殺人未遂で起訴されちまえば、加納みたいに検察が守る。時原は署に居させるより、自由にした方が罰になると考えたんだよ」

「……時原さん、心広すぎませんか?」

 

 剣持警部に説明されても、納得し難い。

 時原(ときはら) (ゆう)も隠蔽工作の記事を読んだだろう。3年前の事故真相を知り、夫を死なせた側の人間に対しての処置は寛大すぎる。水崎が保護されるなら、彼女と話せる日はまたも遠退いた。

 

「若王子も鷹守と同じ状態だ。だが……上司と違って、覚悟が決まってやがった。今度は誰にも、嘘は吐かせねえってな」

「どの口が言うのでしょうね……」

 

 続いて剣持警部は若王子(わかおうじ) 幹彦(みきひこ)の現状を伝えるが、(いち)は何も心配していない。彼が許されるかどうかは別として、罪は確かに償うだろう。皮肉は賛辞の代わりだ。

 

「それと……鹿島なんだが、しばらく警察病院にいる。会える時に会ってやってくれ。さとみ君は会う決心が付かんそうだ」

「……他は、誰も会ってないのですか? 洋子さん相手には面通ししたのに……」

 

 剣持警部は急に言葉を濁す。それに返事をせず、(いち)は問い返した。

 

「残間さんはお母様が無事に戻られるまで、会わないの一点張りです」

 

 明智警視の答えが家族の総意だと、今知った。

 てっきり、自分抜きで親族達が勝手に面通しやら、面会を済ませたと思い込んでいた。

 

(いち)君、そう言う話を家では……イタッ

 

 疑問を言い終える前に、剣持警部の背中が茅警部の箱に小突かれる。突然の出来事にビックリし、(いち)は困惑した。

 

「明智警視。金田君の質問ひとつだけ、答えませんわ。金田 にいみの居場所っ」

「……茅警部、言葉で制しても……剣持君は聞き入れますよ。(いち)君、キミのお母様は今……アメリカにいます(・・・・・・・・)

 

 茅警部の行動に目を奪われ、明智警視の断言を聞き逃すところだった。

 ずっと、探そうともしなかった相手。きっと、(いち)は家族の中で最後に伝えられたのだろう。

 生きているとは思っていた。期待していた。信じていた。

 ひとつ、良かったと思うのは日本にいない事実。彼女は小林画伯の死をすぐに、実感しないで済む。

 

「アメリカでも、この件に関する報道は既にされています。ロス市警にも協力を要請し、保護対象として手配済みです。遅かれ早かれ、反応があるでしょう」

 

 明智警視の言葉を聞き終えても尚、嬉しいとは微塵も思わない(・・・・)

 

「ありがとうございます」

 

 ここまで動いてくれた刑事へ感謝し、自分の言葉を口にした。何故だろうか、彼らの視線は優しいはずなのに切なげだった。

 

「私はまた、神奈川にいるわ。何か思い出したら、連絡してね。この子も待ってるわ」

「……その箱、「ほうっ」って声出したりしませんか?」

「だから、事件だろ。それはっ」

 

 茅警部に微笑みの挨拶をもらったが、(いち)は箱が気になって仕方ない。誰も中身を見ようとしない為、諦めた。

 

「茅さんは生活安全部の方、ですか?」

「……そっか、所属を明かしてなかったわね。私は捜査一課よ、念の為に名刺を渡しておくわ」

 

 さっと渡された名刺を眺め、(いち)は奇妙な感覚に戸惑う。

 以前、捜索願を記入しに行った時は書いてすぐ、終わり。帰り際、優秀そうな神奈川県警に無礼を承知で頼み込んだ時、話も聞いてもらえなかった。

 今思えば、あの瞬間に家族の誰も居なくて良かった。

 

「金田君、金田一(きんだいち)君に宜しく」

「……はい」

 

 明智警視の忠告とも取れる願いを聞き、(いち)は笑顔を返す。金田一(きんだいち)は隠れるのが上手く、探すだけで執行部の業務が滞ってしまう。だから、返事だけだ。

 そう思いながら、剣持警部と駐車場へ急いだ。

 

(いち)君、今更だが……北海道、ありがとうな。女房も喜んでくれたぞ。すっかり、親父さんにも世話になっちまった」

「剣持さんが喜んでくれて、自分はとても嬉しいです」

 

 剣持警部の結婚15年記念旅行、感想を聞き忘れていた。

 事件続き中、話す間はなかった。しかし、彼の照れた顔に旅行を満喫してもらえた。ここ最近で一番、満足な報せだった。

 

「なあ、(いち)君。梶原 裕子って名前、聞き覚えあるか?」

「……梶原? ないです……」

 

 折角、話題を振ってくれたが、(いち)は知らない。必死に記憶を辿ったが、無理だった。

 

「それよりも剣持さん、明日は伊豆へ行かれるそうですね。七瀬さんから聞きました」

「ん? なんだ、知ってたのか。そっちは半分仕事だ。(いち)君も聞いただろうが、日高 織江も行くからな

 

 高校生2人の子守りを労わろうと思えば、予想外の名前に硬直した。

 日高 織江(ひだか おりえ)

 『オペラ座館』の事件後、自主退学した生徒。それ以降は何も、聞いていない。

 剣持警部の言い方から、七瀬は知っている。そうなれば、金田一(きんだいち)も承知の上だろう。

 

「……日高さんが『オペラ座館』に行くと……剣持さんの仕事ですか?」

「ああ、これ以上は言えんが……」

 

 (いち)の疑問に剣持警部は言葉を濁す。そう言えば、日高は桐生(きりゅう) 春美(はるみ)の死に関して刑事責任を問われていたと今更、思い返した。ならば、彼は警察の守秘義務がある為に言えぬ。

 『オペラ座館』に行かない自分には無関係故、もう何も聞かない。

 

 ただ、ほんの少しだけ荒れ狂う吹雪の気配がした。季節外れの吹雪はやがて、歌島を覆い尽くす。そうならないように、祈った。




黒沢「黒沢です。先日はお騒がせ致しましたが、お盆が明けてから営業を再開しております。これも、応援してくれる皆様のお陰です。結城先生、先週振りですね。いつもご贔屓にっ。さて、次回は『オペラ座館・新たなる惨劇‐はじめ』!! ……タイトル不穏……」

鈴森 笑美、雪岡 草平
氷点下15度の殺意ゲストキャラ

陣馬 剛史
墓場島殺人事件ゲストキャラ

青井 零児
剣持警部の殺人ゲストキャラ
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