金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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はじめちゃんには怪我をそのまま、歌島へ行ってもらいます
誤字報告により修正しました。ありがとうございます


Q14 オペラ座館・新たなる惨劇-はじめ

 金田一(きんだいち) (はじめ)は伊豆半島の端にある田舎駅へ来ていた。

 この改札口を通ったのは2度目。前回は演劇部の合宿、そのメンバーに死んだ桐生(きりゅう) 春美(はるみ)もいた。

 はじめは柄にもなく緊張し、妙に落ち着かない。肩に掛けたボストンバッグが腕に巻いた包帯へ当たり、無意識に庇った。

 

「はじめちゃん、傷……痛む?」

「……どおってコトねえよ。ほとんど治ってんのに、お母さんが巻いとけってウルサくてな」

 

 幼馴染の七瀬 美雪(ななせ みゆき)に心配されながら、待ち合わせ相手の到着を今か今と待ち構える。寝坊してしまい、適当にTシャツを選んだ為に包帯が丸見え、後悔した。

 

「頬っぺたも絆創膏しておけばいいのにっ。ここ、瘡蓋になってる。こんなの織江ちゃんが見たら、ビックリしちゃう」

「そこはヤキモチ妬いた美雪に引っ掻かれましたって、言えばいいのさ」

 

 美雪はこの場にいない母に代わり、はじめの頬にある掠り傷を指差す。我ながら冴えた言い訳だったが、彼女はお気に召さず、包帯を叩かれた。地味に痛い。

 車のクラクションに振り返れば、静岡県警のパトカーが1台。助手席と後部座席の窓から、見知った顔が現れた。

 

金田一く~ん、美雪ちゃ~ん!

「待たせたな、2人とも」

「あ! 織江ちゃんに剣持警部!」

 

 警視庁捜査一課・剣持(けんもち) (いさむ)警部と元同級生・日高 織江(ひだか おりえ)。剣持のオッサンは5日前に顔を見たばかりだが、日高とは先月の演劇コンクール会場で偶然、見かけた切りだった。

 彼女の髪が随分と伸びたが、天真爛漫な笑顔に変わりはない。少しだけ、安心した。

 

「ワリィな、オッサン。無理言って」

「警部、今日はありがとうございます」

「な~に、畏まってんだよ。特に金田一っ。こっちは問題ねえよ。さあ、乗りな」

 

 はじめは美雪と剣持のオッサンへ礼を述べ、遠慮なくパトカーへ乗り込んだ。

 日高は今、両親の傍で保護観察処分。行動には制限がかけられている。今回、剣持のオッサンが現場を再検証する為、その協力と言う形で外泊許可を得られた。

 

「ところで、何でパトカー?」

「静岡県警の厚意だよ。挨拶しに行ったら、是非にってな」

 

 警視庁捜査一課が挨拶など来れば、地元警察官は運転手を買って出るだろう。彼はそれくらい、お見通しのはずだ。

 

「金田一君、剣持警部から聞いたよぉ。事件捜査、お疲れ様。ケガは勲章だね♪」

「……俺のケガは、もう治ったようなもんだぜ。日高は足の具合、どうだ?」

 

 お喋りな剣持のオッサンを一瞥し、日高の左足を労わる。照明落下により、大腿骨骨折。命に別状はないが、以前のように歩けなくなった。

 奇遇ではないが、美雪も先日に左足へ酷い傷を負った。今も包帯は取れず、下手に走れない状態。スカートが上手く、隠している。

 誰も彼も傷だらけだ。

 

「あたしは平気、リハビリの先生が良い人でね。今月に入ってや~っと通院が終わったんだぁ~。エライ? 褒めて褒めて」

「そっか、よく頑張ったな。日高」

 

 にっこりと笑い、日高は左足を指差す。はじめは心から、称賛を送った。

 

「ところで、金田(かねだ)君はどうして来なかったの?」

「……っ」

「織江ちゃんに言ってなかったっけ? 金田(かねだ)君どころか、皆に断られちゃったの」

 

 日高が質問を口にした途端、車内の温度が下がった。少なくとも、はじめはそう感じる。この空気に気付かず、美雪はさらりと教えた。正直、助かった。

 

「それと、アイツは俺が断らせたんだ」

「金田一君が……どうして?」

 

 一瞬、日高の目が据わった。本当に刹那と呼ばれる僅かな動き、はじめは大げさに肩をすくめて見せた。

 

「最近、美雪に似て小言が増えてさ。うるさいのなんの、ありゃしねえ。それにほら、美雪がいない分、生徒会の仕事をやってもらわねえとっ」

「……そっか、流石は金田一♪ 美雪ちゃんの為なんだねぇ、愛されてる~♪

「もう、はじめちゃんったら! 織江ちゃん、本気にしちゃうでしょ」

 

 はじめが言うならば、誰もが信じる言い訳を語った。日高はパッと表情を輝かせ、美雪をからかう。

 美雪もプンプンしながら、こちらの言い分を否定しなかった。きっとお互いの考えは違えど、自分達以外が来ない現状に触れないよう、話題を逸らしたかったのだろう。

 普段なら二言三言、剣持のオッサンは高校生の会話へ茶々を入れる。珍しく口を閉ざすのは、彼なりの気遣い。はじめには分かっていた。

 

 田舎にピッタリの小さな漁港。

 釣りがしたくなる天候と波の静けさだが、目的はクルーザー。

 ここから海を渡って、歌島を目指す。リゾートホテル『オペラ座館』はそこにあるのだ。

 

「「「黒沢オーナー! こんにちは♪」」」

「どうも、黒沢オーナー。剣持です」

「皆さん、お久しぶりです。剣持さん、歓迎致します」

 

 乗船前に、黒沢(くろさわ) 和馬(かずま)オーナーへご挨拶。剣持のオッサンとは現場検証や事情聴取以来の再会。

 日高の事情も説明してあり、刑事の付き添いも受け入れてくれた。演劇部の人間関係に巻き込まれたと言うのに、黒沢オーナーは何処までも人が良い。

 そんな寛大な彼の左頬には大きな傷、初見の人間は見入ってしまう。はじめには愛嬌じみていた。

 

「金田一さん、その怪我……どうされました? 絆創膏を貼りましょう。潮風が傷に沁みるかもしれません」

「お気遣いなく。俺、頑丈だけが取り柄なんでっ」

「コイツ、医者からも日常生活に支障はないとお墨付きをもらってますんでっ」

 

 黒沢オーナーに心配され、慌てて剣持のオッサンと取り繕った。

 

「あら、あたし達以外にもお客さん?」

 

 クルーザーへ乗り込んでみれば、美雪は知らない顔の2人へ会釈。どう見ても、成人済み。細身と太っちょだが、人の顔をジロジロ見ながら、コソコソと内緒話する様子は陰気臭い。

 

「こんにちは、お兄さん達。あたし、日高 織江」

 緑川……」

「おれ、滝沢 厚。こいつは緑川 由紀夫。キミが(・・・)織江ちゃん……可愛いね、皆……高校生?」

 

 物怖じしない日高がエンジン音に負けない声量で名乗れば、太っちょの滝沢(たきざわ) (あつし)は細見の緑川(みどりかわ) 由紀夫(ゆきお)を遮り、我先に名乗った。

 

「はい! あたし達、高校生で~す。あちらの剣持さんは、付き添いなの」

「だったら、そっちのキミは噂の名探偵クンだね。黒沢先生が言ってた」

「黒沢先生?」

 

 剣持のオッサンの身分を伏せ、日高は元気良く笑う。そんな彼女をじっと見た後、はじめは滝沢から唐突に話を振られた。

 

「やだ、金田一君。もしかして、黒沢オーナーが演出家だったって知らないの?」

「え? 演出家の黒沢……劇団『幻想』の!? そっか、滝沢さんに見覚えあると思ったら、公演よ。あたし、前に一度観に行ったわ」

 

 急に日高は甲高い声を上げ、美雪もつられる。女子2人がキャピキャピと騒ぎ出したが、はじめは演劇に疎くて、ピンと来ない。

 

「その通り、『幻想』で役者やってます」

 

 可愛い女子高生に言い当てられても、滝沢は嬉しそうに見えない。彼女達の面接官、或いは買い物客と同じ品定めする雰囲気を醸し出す。つまりは不気味。

 

「お前達、知らなかったのか。今日は日高君に会ってから、ずっと黒沢オーナーと『幻想』の話ばかりだったぞ。後はそう……能条 光三郎っ。劇団トップの若手スターらしいな」

能条 光三郎! 彼って、あたし達の演劇コンクールを観に来てくれたのよ!

 

 剣持のオッサンが告げ、美雪は大興奮。反対に滝沢と緑川は目配せし、意味深に笑うが先程までと何か、違う。

 操縦席にいた黒沢オーナーまで、ひょっこりと顔を出して来た。

 

「……そうなんですか、七瀬さん? あの場所に能条君が……」

「はい♪ 舞台から見えたって皆、騒いでました」

「あたしも会場で見かけて、能条さんの活躍を見直そうと思って……演劇雑誌をいっぱい読んだの。そしたら、黒沢オーナーの名前を見付けてね」

 

 黒沢オーナーは意外そうに呟き、美雪は上機嫌に答える。日高はウットリと劇団スターとやらを思い返す。女子高生2人をここまで魅了するなら、見目の良い役者なのだろう。

 はじめは勿論、知らない。

 

「自力でオーナーが演出家だって気付くとは、日高も名探偵だな」

「フフッ、あたし……時間だけはあるもん」

 

 賛辞を送りたかっただけだが、微笑んだ日高の返しから言葉を間違えたと思った。

 

「キミ達、演劇コンクールに出てたの?」

「あたしはもう辞めちゃったけど、美雪ちゃんはとっても頼りになる進行係なの。先月の高校演劇コンクールで『審査員特別賞』を獲得したんだ~。演目は『オペラ座の怪人』」

「『オペラ座の怪人』だって!? じゃあ、クリスティーンはキミかな?」

「……っ」

「美雪は裏方だっつったろ」

 

 滝沢に聞かれ、日高は馬鹿正直に答える。演目を聞いた途端、緑川は何故か、黒沢オーナーを一瞥してから、美雪へ迫った。厚かましいまでの迫力に、彼女がたじろいだ為、はじめはすっと前に出た。

 

「まさか、キミがラウル? 怪人だとしても、無理があるな」

「まっさか~、金田一に台本が覚えられるワケないだろう」

「オッサン、言い方を……だなあ」

 

 じ~っと人を値踏みし、緑川は失礼な発言。プロ故に当然の眼差しだとしても、見られた者は不快感を覚える。裏表なく、剣持のオッサンにバシバシッと叩かれたお陰で雰囲気を和らげた。

 

金田一君は探偵だよ、舞台でも現実でも

 

 凛とした声が波音の隙間を掻い潜り、皆の耳へ届く。日高だと分かっていても、潮風に揺られた長い髪が艶めかしく、怪しい。

 仲間内でも一際、幼かったはずの彼女が大人びて見えた。

 

「黒沢オーナー。現役時代に『オペラ座の怪人』を8回も公演して、ぜ~んぶ大成功させたんですよねえ」

「いえいえ、全員の協力があってこそです」

 

 パッといつもの表情に戻り、日高は黒沢オーナーの活躍に拍手を送った。

 

「なんで、黒沢オーナーは同じ舞台を8回も?」

「おいおい、キミ。失礼じゃないかっ。黒沢先生はな(大演出家としての多大なる功績と『オペラ座の怪人』の偉大さ)。公演になれば、ブロードウェイの演出家がわざわざ、来日したんだ」

 

 ちょっとした疑問だった。

 緑川は無知を憐れむように、静かな口調で延々と語り出した。声を荒げていないのに、誰にも口を挿ませない。寧ろ、聞かせたいよりも喋りたい。そんな意思を強く感じた。

 いつもの事だろうか、黒沢オーナーは彼を止めなかった。

 

アハハ! 緑川さん、肺活量スッゴイ♪ あたし、喋るのあんまり得意じゃないから~緑川さんといたら、退屈しないなあ」

「! 織江ちゃんもキレイな声だし、舞台に映える顔さ」

「本当? そう言われたら、本気にしちゃうなあ。緑川さんの言う通りの顔だとしても、あたし、ぜんぜ~ん台詞覚えられなくて。演技も結局、普段のあたしで……。もっと出来る子だと思ってたから、落ち込んでばっかりだったよ」

「高校演劇は成長よりも、芝居の上手い奴を優先されるからね。たった3年だもの、仕方ないんだ。黒沢先生なら、織江ちゃんの悩みを解決できるぜ」

 

 尻込みした自分や美雪と違い、日高はケタケタッと笑う。気を良くした緑川は初対面なのに図々しくも、彼女を「ちゃん付け」だ。

 間違いなく、緑川は日高に惚れた。はじめは絶対に応援したくない。

 

「おいおい、緑川君。私を当てにしないでくれ、責任重大じゃないか」

「黒沢先生を当てにしないで、誰を当てにするんです?」

「あれ……あそこ、誰か立ってる」

 

 苦笑した黒沢オーナーへ緑川が食い気味の質問をブツけた時、美雪が近付く歌島を指差した。

 船を着ける岸壁。

 白いシャツを着た男が1人。鍛え上げられた肉体と美しい相貌は見るものを惹き付け、虜にするだろう。

 

お、噂をすれば……

「「きゃあ♪ 能条 光三郎よ!!」」

 

 黄色い声が重なり、はじめは耳を塞ぐ。黒沢オーナーが何か言っていた気もするが、女子高生2人の迫力に押し黙った。

 

「ほれ、金田一はこっち」

「へいへい、重っ

「ありがとう、はじめちゃん」

「美雪ちゃん、荷物多いねえ。あたし、着替えしかないよ。後はお薬っ」

 

 剣持のオッサンとはじめは荷物を分け合い、彼女達はクルーザーを降りる。美雪がお手本となり、ゆっくりとした動きで岸壁へ足を着けた。

 

「織江ちゃん、手……」

「お嬢さん、お手をどうぞ」

「あ、……能条さん」

 

 美雪が声を掛けるより先、能条(のうじょう) 光三郎(こうさぶろう)は手を差し出す。逞しい手を遠慮がちに見つめ、日高は彼の手を取った。

 緑川は我先に行こうとしたが、2人の様子を無言で見やる。嫉妬かと思ったが、それにしては不気味な目の動き。滝沢に肘を突かれ、彼らは先を急いだ。黒沢オーナー曰く、買い足した品々を運ばなければならないそうだ。

 

「足悪いなら、俺が負ぶさって行こう」

「能条さん、そんな! 奥様に悪いわ」

 

 爽やかな笑顔の能条から提案され、日高はドギマギ。親切よりも女慣れしている印象が強く、はじめは眉を寄せた。

 

「美雪、能条……さんは結婚してんのか?」

「ええ、勿論。聖子さんと言って、同じ劇団のスターよ」

「能条さん、剣持と言う者だ。この子達の付き添いでな、日高君は金田一が背負う」

「そ、それが良いかも……金田一君、お願い出来る?」

 

 はじめが美雪へ問いかけた時、勝手に決まってしまう。日高の足は心配だが、幼馴染の怪我も完治していない。かと言って、断ってしまえば、能条が引き受ける。と言うか、剣持のオッサンがやればいい。

 ――絵面を想像したが、どう見ても不審者。

 

「金田一、失礼なコト……考えてるだろ?」

「やだなあ、オッサン。こんな時だけ勘が良い~♪」

 

 結局、はじめが日高を背負う。自分達の荷物は黒沢オーナーへ頼んだ。

 

「へえ、キミが噂の探偵クン」

「はじめちゃん、あの金田一(きんだいち) 耕助(こうすけ)の孫なんです。彼もこれまでたくさん、事件を解決してるんです」

「能条さん、高校演劇コンクール。観に来てくれましたよね? お目当ての学校でもあったんですか?」

 

 能条が話題を振っても、美雪のミーハー根性丸出しにゲンナリ。はじめの背にいる日高も有名人と話したくて、必死に緊張の声を出す。その度、密着した彼女の揺れる体にドギマギさせられた。

 自然現象故、仕方ない。

 

「ああ、あれはね。実は……偶々、街で黒沢先生をお見掛けして、後を追いました」

「え? 私かい?」

「東京に出てくるなんて、何事かと思ったんです。まさか、高校演劇とは夢にも思わなくて」

「……完璧な変装だと思ったんだが、バレているもんだな。お恥ずかしい」

 

 まさかの理由に黒沢オーナーは苦笑し、頬の傷へ触れる。ほとんど無意識の仕草が、はじめはとても気になった。

 

「黒沢オーナーも来てたの? あたしも、会いたかったなあ。美雪ちゃん、知ってた?」

「うん、控室まで来てくれたよ。そうそう、黒沢オーナー。お菓子、美味しかったです♪」

「それは、お口に合って何よりっ」

 

 和気藹々と話す様子を見ながら、能条は初めて強い関心を向けたように思える。

 

「そうか、キミ達……コンクールに出ていた演劇部の生徒さんか。『オペラ座の怪人』を演じた」

「あ、はい。俺は違いますけどっ」

「『審査員特別賞』を取ったと、新聞で読みましたよ。今更ですが、おめでとう」

「いやあ、はは……だから、俺じゃないって」

 

 能条から賛辞を受けてしまい、美雪と日高の視線が痛かった。

 

 凡そ2カ月振りの『オペラ座館』。

 断崖絶壁に建てられた洋館の外壁は萌黄色と白が塗られ、森道に疲れた客人を迎え入れた。

 玄関の装飾柱、廊下一面の赤いカーペット、薄いピンクのカーテン。

 あの日と何も変わらぬ内装。けれども、死の匂いはもうしない。

 

「黒沢オーナー~劇場って今、どうなってます?」

「誰も入れないように封鎖しています。新しいドアも取り付けて、南京錠で簡単にね」

 

 日高が劇場について触れた為、はじめはギョッとする。彼女はそこで落下した照明に足をやられた――トラウマはないのだろうか?

 

「オーナー、お帰りなさい」

 

 隠さずに黒沢オーナーが現状を教えてくれた時、コックみたいな白い服を着た若い男が駆け寄った。前回には見なかった顔だ。

 

「江口君、ただいま。先に滝沢君、緑川君が戻ってるはずだが……」

「はい、食堂へ通しました。ちょうど、昼食が出来上がったので。能条さんの奥様と加奈井さんもそちらにっ」

「そうか」

 

 嬉しい知らせを聞き、はじめの腹がグルグル~ッと鳴る。全員の視線を浴び、羞恥心に体が熱い。

 

「金田一、お前なあ……」

「はじめちゃんったら……」

「まあまあ、金田一君はあたしを背負った分だけ、お腹が空いたのよ~。よいしょ、ありがとっ」

 

 剣持のオッサンと美雪に呆れられたが、背から降りた日高が庇ってくれる。軽くなった分、柔らかい感触も無くし、背中はとても淋しい。

 

「さっ、荷物を運んでしまおう。聖子は待たせるとうるさいからな」

「能条君っ。キミも一応、客だぞ。それは私の仕事だ。部屋割りも知らないだろ……能条君っ」

「金田一、お前は2人を連れて食堂へ行ってろ」

 

 能条は黒沢オーナーから荷物を奪い、軽々と持ち上げて見せる。引き留める声を無視し、彼はスタスタと行ってしまう。残りの荷物を持つ剣持のオッサンも急ぎ、後を追った。

 

「あたし達と同じお客様なのに……荷物持ちを買って出るなんて、素敵っ。ねえ、美雪ちゃん

「本当……腹を空かせた誰かさんとは大違い

「ウルセ~……あっ、お兄さん。前に来た時、いませんでしたよね? 俺、金田一です」

「正解、アルバイトの江口です。とは言っても、大学が休みの今だけさ」

 

 女子2人の意味深な視線に構わず、はじめは大学生・江口(えぐち) 六郎(ろくろう)と自己紹介し合った。

 

「そっか、大学生は9月も夏休みよね。じゃあ、江口さんは8月からずっと?」

「正確にはお盆明け。ここ、7月に色々あってね。それまで休業してたんだ」

 

 美雪は雑談のつもりだったが、江口の返答に口ごもる。彼は詳細を伏せてくれた為、自分達がその当事者と知らないのだろう。

 

「気を遣わないで、江口さん。あたし達、全部知ってる。当事者ってヤツだから」

「……っ、そう……」

 

 いきなり、日高は暴露する。緊張感はなく、まるで世間話のような言い方だった。あまりにも普通の態度に、江口も返答に困っていた。

 と言うか、はじめは肝が冷えた。

 

「おい、美雪。日高……どうしたんだ? ああやって、事件の話をするような奴じゃなかっただろ?」

「はじめちゃんもそう思う? クルーザーに乗ってた時から、織江ちゃん……ちょっと変わったなって。初対面の人に、あそこまで話しかける子じゃなかったもの。久々の外出を楽しんでいると思ってたけど……」

 

 思わず、美雪をコッソリと引き留めて内緒話。

 正直、はじめは日高とそこまで親しくない。だが、強烈な違和感が拭えない。彼女と仲が良い美雪さえ、変化に戸惑っている。

 

「わあ、美味しそうなご飯♪ ……! 美雪ちゃん、能条 聖子に……加奈井 理央だよ! ほ、本物だあ!!

「織江ちゃん、落ち着いて。さっきも江口さんが言ってたじゃない……ええ!? 能条さんの奥様だけじゃなく? はじめちゃん、どうしよう。『幻想』のスターだらけっ」

 

 案内された食堂の扉を覗き込み、日高は驚きを必死に堪える。美雪も続いて覗き、同じ反応。しかも、興奮が抑えられずに、はじめの腕をバシバシと叩いた。痛い。

 

「……全く、お前らはミーハーだなあ。良いから、早く中へ……」

金田一!!

「うわ! ビックリした……」

 

 やれやれと騒がしい小鳥を諫めようとしたが、はじめの言葉は大きな呼び声に掻き消された。驚いた江口の真後ろにいたらしく、皆で振り返った。

 ヨレヨレのポロシャツとクシャクシャな髪、絵の具の染み付いた指先。はじめと歳の変わらぬ少年はパアッと表情を明るくし、再会の喜びに浸っていた。

 勿論、はじめは知っている相手。

〝仲間〟の絵馬(えま) 純矢(じゅんや)だ。

 

「純矢? え、なんでここに?」

「それはこっちの台詞だよ……まさか、こんなに早く会えるなんて……来て良かった~」

 

 若き天才画伯は、軽井沢に住む元大学教授の一人息子。

 高校にも行かず、雑誌インタビュー記事にも顔出しNG。近々、東京で個展を開くと手紙を貰ったばかりだ。

 静岡の伊豆半島の孤島で出会う確率など、無いに等しい。嬉しい驚きに、はじめの胸が弾んだ。

 

「うそ……、はじめちゃんの友達で……若き天才画家の絵馬 純矢?」

「美雪ちゃん、なんでそんな説明口調なの……ええ!? 金田一のお友達!?

「ああっと、純矢……」

 

 グルグル~。

 面識ある美雪はともかく、お互いを紹介しようとすれば、豪快な腹の音。また空気も読めず、はじめの腹は空腹を訴えた。

 

「あはは、立ち話もなんだし。食べながら、話そう。そう言えば、金田一……金田(かねだ)君は一緒じゃないのか?」

「ああ、金田(かねだ)は来ねえよ」

 

 純矢は顔触れを見渡し、何気なく問う。彼の質問に特別な意図などなく、ただの疑問しかなかった。

 

「美雪ちゃん、彼って金田(かねだ)君とも知り合い?」

「うん、はじめちゃんが絵馬君へ会いに行った時、金田(かねだ)君も一緒だったの」

 

 一見、日高は普段の好奇心を曝け出す。笑顔と共に細められた瞳、籠った感情は好意と違う。美雪は全く気付かないが、はじめは見逃さなかった。

 何か(・・)、起こる前触れ。

 食欲をそそる香ばしい匂いや噛り付きたい食事が、絶対に摂取しておきたいカロリーに感じられた。




従業員A「閲覧ありがとうございま~す。ドラマ版の従業員で~す♪ 噂の名探偵クン、はじめまして~。まあ、可愛いらしい顔しちゃって。優しさにも溢れてるわ。さて、次回は『オペラ座館・新たなる惨劇‐絵馬 純矢』!! 今夜の公演、あたし達も観られるかしらね」

剣持 勇
ご存知レギュラー警部、作中にて前回の事件は処理のみ。今回は日高の付き添いで来島する
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