金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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完全にタイトル詐欺回になってしまいましたが、次回は事件のキャラ出します。
ホワイトデー回です。


F.12 午前4時40分の銃声は鳴らない・前編

 ホワイトデーは欧米になく、アジアでもほとんど日本だけの行事。

 

「僕も去年、知ったよ。ホワイトデー、お菓子会社の陰謀なんだってね。まあ、それで日本生まれを後悔する人なんて、小田切先生くらいかな?」

「いや、遠野先輩。自分も若干、日本生まれを後悔しています」

「ホワイトデーどころか、バレンタインデーも知らなかったよ。うかつに受け取ってしまったばかりに……本当にありがとうっ。遠野君、金田君」

 

 放課後の調理実習室。

 男3人で大量のクッキー作りの真っ最中。

 小田切(おだぎり) (すすむ)先生が必要な材料をボールにぶち込んで混ぜ、遠野(とおの)先輩が下地から型を取り、(いち)はオーブンでクッキーを焼く。この一連の作業を繰り返し、早2時間経過。

 

「小田切先生っ、あたしは?」

 

 時田(ときた) 若葉(わかば)はわざとらしく棘を含んだ笑顔で問う。焼けたクッキーをひとつずつ、ラッピング中だ。

 

「も、勿論、時田さんも! ただ、遠野君は材料とか調理実習室の使用許可とか、色々と段取りしてくれたし……あ! 材料費、まだ払ってない!!」

「小田切先生、片付けが終わってからにしましょう! 手が小麦粉で白くなってます!」

 

 慌てた小田切先生は小麦粉塗れの手で、ポケットから財布を出そうとする。更に慌てた遠野先輩が必死に止めた。

 

「遠野先輩……今更ですが、高井デパートで揃えてはいけませんか?」

「金田君。既製品だと……小田切先生のお給金、全部飛んじゃうよ」

 

 事の発端は本日、小田切先生がホワイトデーの存在を知り、大慌てになる。そこに我らが七瀬(ななせ)生徒会長が職員室を訪れ、いつもの安請け合いでお返しの用意を引き受けた。

 ちなみに、元凶は演劇部へ向かう。例の如く、遠野先輩が甘やかした為だ。

 時田は作業中にひょっこり現れ、ご親切にもラッピング係を買って出てくれた恩人である。彼女も先月のバレンタインチョコを小田切先生へ渡した身、自身へのお返しを用意する何とも、複雑な立場になってしまった。

 

「こうやって、小田切先生がお返しの為に作ったって言うのが、良いの♪ 先生って、本当に優しいですよねっ」

「お返しがいるなら、きちんと返さないとね。皆も僕の為に、貴重なお小遣いを使ってくれたんだしっ」

 

 何故か、時田の物言いは刺々しい。怒りよりも嫉妬に近い。

 鈍感な小田切先生のホワイトデーへの必死さは十分に伝わったが、何故に自分は巻き込まれたのだろう。答えは下校中、買い物袋を抱えた遠野先輩と目が合った。

 満面の笑みにて、放たれる威圧感。手伝いを断れば、絶命待ったなし。結局は命惜しさ、それに尽きる。

 

「お返しと言えば、遠野先輩は何を用意したのですか?」

「明日の生徒会執行部の業務っ。皆、それで良いって♪ だから、金田君は演劇部へ行っても大丈夫だよ。人手は足りているし」

「「「……??」」」

 

 満面の笑みで遠野先輩は答えたが、時田は勿論、小田切先生も困惑した。

 

((執行部の業務をお返しにする人……初めて見た……。と言うか、OKしたんだ……。遠野先輩のファン怖……))

 

 ゾッとする(いち)と時田はアイコンタクトもせず、同じ考えに至った。

 

(だったら、月島さんにちゃんと渡せるか……)

 

 (いち)も演劇部の月島(つきしま) 冬子(ふゆこ)に義理チョコを貰った身、お返しは準備万端。登校時に彼女の下駄箱へ突っ込む等して、間接的に渡そうと企んでいた。

 その話はしていないが、遠野先輩は気を回したのだろう。後輩ではなく、ホワイトデーにお返しを待つ女性陣に対してだ。

 

「その顔~金田君もお返しの予定ありと見た♪ もしくは返して貰う方かな~?」

「秘密です……いえ、七瀬さん以外の方ですよ」

「? 金田君、どうして僕を見て言うんだい?」

「偶然だね、僕も七瀬さんからは貰ってないよっ」

 

 お喋りしながらも、手は動かし続ける。問題なく、片付けまで完了。完成したクッキーは『小田切先生私物』と書いた段ボールに詰め、生徒会室へ一時的に置いた。

 一安心すれば、疲労感が肩に来る。

 

「それじゃあ、小田切先生。明日中に持って行って下さいっ」

「うん。遠野君、ありがとうっ。生徒会室の鍵は僕が返しておくよ」

「あたしも~返しに行くっ」

 

 遠野先輩が小田切先生へ鍵を渡そうとした瞬間、はしゃぎながら時田は奪い取る。呆然とする男性2人を尻目に、彼女は廊下を軽やかな足取りで走った。

 

「行こう、小田切先生♪」

「と、時田さん。廊下は走っちゃ駄目だよっ」

 

 小田切先生は慌てて追いかければ、残された自分達は下駄箱を目指すしかない。

 

「時田君、小田切先生が好きなんだねっ」

「はい、自分もそう思います。小田切先生は他の先生と違う気がします」

 

 人の好意をまざまざと見せつけられ、遠野先輩は他人事なのに照れる。

 時田の好意について、(いち)は言及しない。生徒会執行部として、不純異性交遊は以ての外で、教師と生徒など論外だ。

 

(……小田切先生の敵には、なりたくないなあ……)

 

 身近な人間の恋愛感情を応援はしないが、せめて、幸あれと祈ろう。

 

「ねえ、キミ達。誰か、私を呼んでなかった?」

「いいえ、朱鷺田先生。さようならっ」

「ああ……成程ね」

 

 ひょっこりと現れたのは社会科担当・朱鷺田(ときた) (しのぶ)先生、時田と同音異字。周囲もほとんど同じ発音で呼ぶ為、彼女達の字が違うと知らぬ生徒もいる程だ。

 

「はい、さようならっ。遠野君、小田切先生を手伝ってくれたんでしょ? ありがとう♪ 正直、お返しは期待してなかったけどね。嬉しいわっ」

「……ああ、アハハ。どういたしまして?」

 

 クスクスッと笑いながら、朱鷺田先生は上機嫌に戸締り確認の巡回へ向かう。どうやら、彼女も小田切先生へバレンタインを渡した様子だ。あれだけ楽しみにしてくれれば、(いち)も手伝った甲斐がある。

 

「遠野く~ん♪ 明日は朝から、生徒会室に行けばいいの~?」

「宗像先輩もお帰りですかっ」

「ああ、……宗像君。明日は授業の後に来てくれるかい? 部活が忙しいなら、そっちを優先していいからね」

 

 2年生・宗像(むなかた) さつき先輩はぬっと現れ、遠野先輩の顔へ迫る。念の為に彼女の名を呼んでみたが、正解。顔と名前を覚えていない生徒だった。

 チョコを受け取った相手のはずだが、ツッコまない。

 

「ん? アナタ……いつも、遠野君にくっついてる……。金田一(きんだいち)君じゃない方だっけ?」

「……はい、金田です」

 

 宗像先輩の中で自分の位置付けは誰かさんより、下らしい。納得したところで、彼女はチア部の後輩達に連れて行かれる。去り際、遠野先輩へ投げキッスした。

 

「面白い人だね……みなかた(・・・・)君だっけ?」

「宗像先輩、チア部のリーダーです。あの方も明日が待ち切れないみたいです」

 

 惜しい、一字違いだ。

 

「待ち切れないからの話でなんだけど、静岡のマジックショー。本当に僕なんかが、着いて行ってもいいの? チケットが余ってるなら、他にも誘いたい人とかいれば……」

「遠野先輩が断れば、他を誘いますよ。余ったチケットを最初に渡すなら、貴方ですっ」

 

 『幻想魔術団』のホワイトデー公演、14日から16日までの3日間・静岡にて開催される。全席完売御礼の会場が姉・さとみの晴れ舞台となる。まだメインの出番はなく司会進行役だが、一流魔術団員として初お披露目だ。

 金田家は祖父母と(いち)、そして、確実に来ない1人を含めた4枚のチケットを購入済み。

 昨日まで連絡を待ったが、金田祖母は苦渋の決断にて諦める。3人で話し合い、先ずは遠野先輩を誘う流れになった。

 

「そ、そうかい? そこまで言われちゃあ、一緒に行くしかないな。白峰君も知っている『幻想魔術団』を生で観られるなんて、……今から緊張しちゃうなあ。あ、新幹線代はちゃんと用意したから、受け取ってくれよ。本当はチケット代も払いたいのに、お祖母さんに断られるし……」

「お祖母ちゃんにとって、遅めのバレンタインデープレゼントのつもりですよ。ホワイトデーのお返しは遠野先輩が泊まりに来てくれる事ですかねっ」

「フフフ……それって結局、僕が甘やかされてるだけじゃん。小田切先生を見習って、晩御飯でも作りに行こうかなっ」

「良いですねっ。遠野先輩はクッキーの型取り、とても手際が良かったです。料理の腕も期待出来ますっ」

 

 親しげな会話を繰り返すが、(いち)の内心は遠野先輩の言動に終始、怯えている。どんな話題も彼の逆鱗に触れないように気を遣う。逃げ出せない状況ならば、いっそ楽しめれば良い。だが、そんなスリルとサスペンスは求めていない。

 

(けど、遠野先輩は敵にはならないな……)

 

 その確信だけを胸に抱え、関わって行くならば、悪くない気分だ。

 

 

 翌日の放課後は本当に久々、演劇部の部室へ足を運ぶ。同じ学年の仙道 豊(せんどう ゆたか)が大道具を楽しそうに触っているだけで、他には誰もいない。

 

「今、言うのもなんだけどよ。桐生さんには何か用意したか?」

「? 桐生 春美さんですか? 何も用意していません」

 

 一緒に来た神矢(かみや)の唐突な質問。いちが疑問しつつ答えれば、彼は何だか同情めいた表情になった。

 

「あら、珍しい。金田君っ」

「緒方先生、こんにち……え~と、神矢。そいつは新しい部員?」

「金田だよ、幽霊部員のっ」

「金田です。仙道君、初めましてと言いましょう」

 

 演劇部・顧問の緒方(おがた)先生は意味深に笑い、呑気な仙道は挨拶がてらに振り返る。そこでやっと幽霊部員の存在を認識した。

 

「金田っ、生徒会にいる方の幽霊部員か。どんなおっかない奴かと思ってたら、可愛い顔してんじゃん」

 

 にっこりと穏やかに笑い、仙道から相貌について触れられる。普段からよく言われる単語だが、不思議と心が和んだ。

 

「……褒められた気分になりました」

「あ~、仙道君は褒めたんだと思うぜ。嫌味とか言わねえし、本当っ」

 

 苦笑しながら、神矢が仙道の人柄の良さを教えてくれた。

 

「うい~っす、金田も来たかっ♪ おっ、お前も月島君へお返しを持って来たんだな。偉い偉い♪」

「月島さんいる~? いねえか、他の女子が来る前に渡したかったのになあ」

 

 演劇部部長・布施(ふせ) 光彦(みつひこ)先輩と同学年・有森 裕二(ありもり ゆうじ)がキョロキョロと部室を見渡す。全員、大なり小なり月島へのお返しを用意していた。

 

「「「「「緒方先生、いつもお世話になってます。そのお返しです」」」」」

「まあ……わざわざ? ありがとうっ」

 

 そして、全員が示し合わせたように緒方先生へのお菓子も準備済み。決して、事前の相談も打ち合わせもない。彼女は生徒の厚意に感謝し、受け取ってくれた。

 

「あ!! 金田君、来てる!? どうしたの、珍しいっ。あれ? もしかして……金田君も月島さんからチョコ貰ったの?」

「はい。お察しの通り、コレはそのお返しです」

 

 女子生徒で一番乗りに現れ、七瀬は意外そうにジロジロと眺めて来た。

 

「はじめちゃんにはなかった……、同じ幽霊部員なのにっ」

「……知りませんよ」

「知らない奴がいると思ったら、お前が金田か。生徒会にいる方の幽霊部員、あ……俺、掛け持ちにはちゃんと理由があるぞ!」

 

 生徒会にいる幽霊部員の存在に気付き、唐突に有森は言い訳し出す。文化部の掛け持ちは校則違反、彼は美術部にも所属だと思い返した。

 

「ご安心ください。有森君の掛け持ちは生徒会でも、許可されています」

「ホッ、な~んだっ。やっぱり、七瀬さんが口利きしてくれたの?」

「ううん、遠野先輩が有森君はOKだって……。なんでだっけ、金田君?」

「「「生徒会長のくせに、事情を知らんの?」」」」

 

 現役生徒会長から説明を求められ、(いち)はゲンナリした。

 

「所属理由を明確にし、両顧問の先生方から生徒会へ届出がある為です。届け出は十分に検討され、許可されます。今回は美術部で小道具作りの指導を受け、演劇部へ更なる貢献をしたいとの申し出でした。有森君のように正規の手続きを踏んでくれる生徒は本当、少ないのですよ。去年だけで、風紀委員と一緒に違反の生徒を何人取り締まったのでしょうねっ」

「ほらな、金田は美雪ちゃんの代わりに生徒会の仕事してんだよっ」

「「「ありがとう、金田っ。これからも生徒会活動、頑張れよ」」」

 

 布施先輩が念押しすれば、男子生徒からの嬉しくない感謝と応援をされた。

 

「これは月島さんも義理とは言え、チョコ渡すわなっ」

「緒方先生が退部させない理由、よく分かりましたっ♪」

「……有森君、月島さんはそういう事じゃないと思うわ。それに日高さんもね」

「うお、日高……!? いつの間に……」

 

 有森が納得した瞬間、同学年の日高 織江(ひだか おりえ)が七瀬の背後からひょっこりと現れる。緒方先生に指摘されるまで、神矢は気付かなかった。

 

「噂の金田君~♪ おっとこ前じゃんっ、彼女いるの?」

「いるなら、月島さんからのチョコなんて受け取らないだろう」

「彼女のいない俺らへの嫌味かよ」

「まあまあ、彼女いないのは本当だしっ」

「俺はあくまで、作らないだけだからなっ」

 

 興味津々な日高が問えば、有森、神矢、仙道に続き、強気な態度で布施先輩が締めくくった。

 先日、卒業した3年生がいない。それでだけで、部の雰囲気は和気藹々としている。以前の目標を掲げ、年単位で取り組む姿勢も悪くなかったが、(いち)にはどうしてもソリが合わなかった。

 

「……ん? 美雪ちゃん、幽霊部員って~他にもいなかった~?」

「はじめちゃんの事よ、織江ちゃん。あたしの幼馴染の方っ」

「はじめ……ああ、あのグ~タラでアホなダメ男。美雪ちゃんとは正反対で有名な……え? そんな奴がウチの幽霊部員なんですか!? 緒方先生、俺は初耳ですよっ」

 

 首を傾げ、日高は七瀬へ問う。彼女が答えた瞬間、布施先輩は具体的な悪評を述べ、ハッと気付く。一大事と言わんばかりに緒方先生へ抗議した。

 

「布施君は金田君しか、気にしてなかったでしょう。そっちの彼はなかなか面白い子よ、関係を持って損はないわ」

「え~……、マジっスか……。生徒会ではどうなワケ? そいつの扱い」

「……生徒会の対処を飛び越えて、生活指導の先生が直々に取り締まっている生徒です。自分達に負えません。演劇部所属に関しては執行部顧問の先生から発案されました。緒方先生の監視下に置く事で、生活態度の改善を目的としています」

「そうだったの!?」

「美雪ちゃんがなんで知らんの?」

 

 蠱惑的に微笑み、緒方先生は布施先輩を宥める。(いち)は問われた為、事実だけを説明。七瀬の反応に日高はケタケタッと笑った。

 

「美雪さん、しっかりしてるけど……金田がいてこそなんだなっ」

「神矢君、七瀬さん……しっかりはしていますよ。責任感もあり、義理堅く、情け深く、頼りがいもあり……もう良いですか? 疲れました」

「褒めるなら、最後まで褒めてよ!」

「金田は七瀬さんの良い所をたくさん、知っているんだあ」

 

 神矢に感心され、(いち)は一先ず、七瀬を称えておく。口に出せば、意外と思い付かない。彼女はほっぺを膨らませ、文句タラタラ。仙道の素直な感想に気が抜けた。

 

「月島さん、まだですかね?」

「月島さんはまだまだ来れないよ~。だって~チョコも貰ってない男子に~、告られまくってんだもん」

「「なにぃ!?」」

 

 日高の勿体ぶった答えを聞き、有森と神矢がギョッと目を丸くしまで驚く。2人の月島への好意が丸分かりだ。

 用事のある人に会えない。まるで、同じ幽霊部員を追跡した経緯と似通う。あの苦労した日々を思い返し、気分が沈んだ。

 バイトまでの時間的な余裕はあるが、(いち)は下校を決意。

 

「……神矢君、これ……月島さんに渡しておいて下さい……」

「……しゃ~ねえなあ。気を付けて、帰れ」

「え? ダメよ!? はじめちゃん、呼んでくるから待ってて……金田君!! 廊下を走らないで! 生徒会でしょう!!」

 

 疲労感丸出しの態度で頼めば、神矢は情けをかけてくれる。とても親切な彼に深く感謝しつつ、七瀬の制止を振り切って逃げた。

 

「あ~あ、桐生さんが来る前に帰っちゃった。バレたら、ヤバいかな?」

「ヤベえだろ。月島君にお返し持って来たなんて聞いたら、尚更っ」

「早く月島さん、来ないかなあ」

「今……金田君、来てなかった?」

 

 仙道の心配を布施先輩が答え、神矢が溜息を吐く。狙ったように桐生(きりゅう)の冷たい声が部室に響き、緒方先生以外の背筋がゾクッとした。

 

「見ていた通りよ、桐生さん。残念ねえ……台本の読み合わせだけでも、付き合って貰いたかったわ……フフフ」

「緒方先生。そう思うなら、金田君をキチンと引き止めて下さい。彼が部に来てくれないのは、先生の説得が足りないんじゃないんですか?」

 

 殊更、可笑しそうに緒方先生が呟けば、桐生は顧問相手でも容赦なく言い放つ。

 

「え~何々? 春美ちゃん、金田君に気があっちゃたり?」

「気はあるわ、勿論。役者として、同じ舞台に立ちたいって気がねっ」

「桐生さん……、どうして……そこまで金田君に……」

 

 からかい半分の日高が笑顔で問えば、桐生は真剣に返す。その気迫に七瀬は物怖じした。

 

「見ていれば、わかる。それ以上は教えないわ。そうでしょう? 緒方先生っ」

「確かに口先で教えても、理解できないでしょうね。既にわかっている人はいるわ。桐生さん以外にもね」

 

 桐生と緒方先生のやり取りは後日、神矢から聞いた。

 

 『大草原の小さな家』はホワイトデーで大繁盛。

 常連は勿論、新規のお客様もホワイトデープレゼントを持ち込んでのご来店。バレンタインチョコも渡していないにも関わらず、ご厚意に感謝すべきだろう。

 

「キミ、最近は忙しいだろ? だって、こんなに大きな涙の塊が零れてきたよっ。さあ、キミのポケットへ入れてしまおう」

「――わあ、何もないところからクッキーが……素敵ッ。片倉さん、魔法使いみたいです――」

 

 常連客・片倉 猟介(かたくら りょうすけ)にカツラへ手をかけられ、一瞬だけ焦る。彼の動きは目で追えたが、その技巧はプロ並み。趣味や市販されたマジックアイテムを使用したトリックとは段違いだ。

 ただ、夕食時のピークはご勘弁。1人に構うと他が疎かになる。

 

「本当っ、プロみたい。片倉さんなら、あの『幻想魔術団』にも入れちゃうんじゃない?」

「まさか……マジシャン界でも、あそこに入るのは何も知らない純粋な羊だけさ……」

 

 褒め称える店長に対し、片倉は哀愁を込める。彼の告げた「羊」が良い意味であるはずがない。

 

「――確か、『幻想魔術団』は今日から静岡で公演ってお話を聞きました。とても可愛いらしい新人マジシャンのお披露目とか、どんな方なんでしょうね? ――」

「……よく知ってるね。新人がいるとか、それが可愛い子だって……。もしかして、キミ……その新人の関係者?」

 

 失言があったらしく、片倉は目を座らせる。冷徹な態度で言い当てられ、ゾッとする。追及されないようにサッと他の応対へ逃げた。

 

 閉店作業終了、無事退勤。

 お客様からの贈り物は全て、店長へ献上。これが自分なりのホワイトデープレゼントである。彼女はご満悦だ。

 

(佐木君、来なかったなあ)

 

 バレンタインデーに出勤しなかった為、今日もいないと判断されたのだろう。彼らがいれば、この疲労感も少しは和らぐ。佐木兄弟には前以て出勤を伝えるか、連絡先の交換を本気で検討しよう。

 

「こんな時間まで、お疲れ様っ」

「!?」

 

 (いち)が店の裏手へ出た瞬間、片倉の待ち伏せに遭う。カツラも制服エプロンも脱いだ状態を見られた。

 しかも、駐輪させていた原付バイクに跨れてしまい、逃走不可能。恐怖で胃が竦み、店内へ下がろうとした。

 

「逃げなくていいよ、キミが男の子だと知ってるぜ」

「え? どうし……っ。……いえ……知っていながら、他のお客様に黙っていてくれたのですね。今後の参考にしたいので、見破られた理由を教えて頂けますか?」

 

 バイト中は全力で女子として振る舞っており、違和感はないと自負していた。

 

「アハハッ。見破ったんじゃなく、知ってたんだよ。残間君っ」

「!? ……人違いですよ、自分の名前ではありません。バイクを返して下さいっ」

 

 身元まで知られ、(いち)の背筋が凍り付く。父・残間(ざんま)の知人にしては若すぎ、記憶を辿っても面識はない。沈黙は承諾と同じになってしまう為、事実を織り交ぜて、会話を繋げた。

 笑みを消し、片倉は疑う目のままだ。嘘を見抜かんとする目付きは刑事に近い、犯罪の容疑者にされた気分で不愉快だ。

 

「そう警戒しなさんな。俺はこういうもんだっ」

「……流森奇術会……っ、本当にプロのマジシャン……」

 

 原付バイクに跨ったまま、片倉は名刺を差し出した為に渋々と受け取る。流森会長と残間は昔馴染みで、小学校時代は家族ぐるみの交流もある。成程、さとみの入団情報も筒抜けだ。納得よりも、世間の狭さに焦った。

 しかし、別の疑問も浮かぶ。流森会長は残間家の事情について、何も知らない。知っていても口が堅く、人様の家庭事情を話もしない。片倉への情報源にしては足りない。

 

「――僕、残間ではありません。プロの方とお話出来て嬉しかったです。僕のバイク、返して下さい――」

「ふ~ん、そういう事にしておいてやる。これ以上、突っついてバイトを辞められたら、会えなくなっちまう。会うって話で教えとくけど、会長が明日の公演を観に行くって言ってたからな。残間君も家族で明日、行くんだろ? 会えるかもなっ」

 

 名刺を渡して所属を明らかにした為か、片倉はいつもの気取った態度がなくなる。代わりに物凄く馴れ馴れしくなった。

 しかし、流森会長が明日の公演を観に行くとは知らない情報だ。

 金田家と残間家はさとみにせがまれ、同じ日にチケットを取った。もっと言えば、土曜日も学校がある弟に都合を合わさせた。

 

「――大事な事なので2回言いますが、僕は残間ではありません。ですが、片倉さんが明日の公演を観に行くか、お聞きしてもいいですか? ――」

「行かねえ。チケット代高いわ、マジ。だから、ここで言っておく。……キミのお姉ちゃん、気を付けてやれよ。近宮 玲子のような最期を迎えたくないならなっ」

 

 久々に聞いた名前、感情そのものが凍り付く。それに反し首筋だけは熱くなった。

 さとみの『幻想魔術団』への入団が決まった日から、避けられない警告を今、初めて聞かされた。

 『幻想魔術団』の前身である『近宮マジック団』の団長だった天才マジシャン、近宮 玲子(ちかみや れいこ)の最期。警察が事故死として処理した最期。マジシャン界に衝撃を与えた最期――。

 籠った熱が汗となり、背中が濡れる。冷えた空気が汗ひとつひとつの感触を教えてくれた為、段々と感覚を取り戻した。

 

「……ご心配には及びません」

 

 絞り出した声は普段と違い、震えている。だが、何の感情による震えか判断出来ずにいた。

 

「……ポーカーフェイスを気取っても、わかりやすいよ。またね、残間君っ」

 

 人の気も知らず、片倉は語るだけ語って去ろうとした。

 

「片倉さん! ……さと……貴方の言うお姉ちゃんの父親にも、同じ警告をされたのですか?」

「……教えないっ」

 

 (いち)は重要な話を煙に巻かれた挙句、原付バイクすらも通れない路地へ逃げられた。

 腹立だしい事、この上ない。

 すぐに原付バイクで建物を辿って追いかけたが、道路でタクシーに乗り込まれてしまう。ただ、見送るしかなかった。

 

(家と反対方向だし……、寝る時間迫ってるし……今日は諦めるか……どうせ……店に来るしなあ。キミのお姉ちゃんって言ってるんだから……情報源、さとみさんじゃんよ! ……ムカつくわあ、な~にがポーカーフェイスを気取っていても、わかりやす……ん? 最近、誰かに言われたような……。……あっ)

 

 以前、遠野先輩に言われたのだ。




雪峯「閲覧ありがとう、雪峯です。え~っと、早乙女さんは部活でも最後の方に来るだろうから、すれ違いか……。私もよく彼とすれ違うのよねえ。あっ、私の出番は次回だから! さて、次回『午前4時40分の銃声は鳴らない・後編』!! あれ、タイトルちょっと変わった?」

時田 若葉、今年度赴任・小田切 進
異人館村殺人事件、ゲストキャラ

社会担当・朱鷺田 忍
人形島殺人事件、ゲストキャラ

チア部・宗像 さつき
魔神遺跡殺人事件、ゲストキャラ

演劇部部長・布施 光彦、月島 冬子、仙道 豊、有森 裕二、日高 織江
オペラ座館殺人事件、ゲストキャラ

片倉 猟介
高遠 遙一の事件簿、ゲストキャラ。作中にて流森奇術会のマジシャン。

近宮 玲子
魔術列車殺人事件、回想キャラ

流森奇術会会長
魔術列車殺人事件、名前のみ登場

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