金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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前回から、数分後の出来事。江口六郎視点です
残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください
誤字報告により、修正しました。ありがとうございます


Q17 オペラ座館・新たなる惨劇-江口

 江口(えぐち) 六郎(ろくろう)滝沢(たきざわ) (あつし)の死に、少なからず動揺していた。

 まともに口を利いた事はなくても、自意識過剰のナルシストな立ち振る舞いは好きになれなかった。けれども、日高 織江(ひだか おりえ)の嘆きを聞かされ、彼にも人の心があったのだと驚かされた。

 同時に彼女を深く、心配した。

 浮き沈みの激しい態度、仔羊のように怯え、山羊のように鷹揚な面構え。

 六郎は4年前、似た状態に陥った人を見ている。最後に何をしようとしたか、知っている。

 

 ――鮮血に濡れた刃

 

 かつてを振り払い、六郎は食堂のセッティングに勤しむ。他でもない黒沢(くろさわ) 和馬(かずま)オーナーの為、夕食のディナーに間に合わせるのだ。

 自らを奮い立たせようと、六郎は壁に掛けられた絵・黒沢(くろさわ) 美歌(みか)を見上げる。15歳の中学生をモデルに間久部(まくべ) 青次(せいじ)画伯が描いてくれた傑作のひとつ。

 去年の夏に訪れた際、棚にアンティーク人形が飾られていた気がする。

 

(……滝沢が、……美歌さんの死に関わってる?)

 

 美歌と初めて会った時、まだ高校だった。六郎だけが、大人になった。

 彼女が亡くなった頃と同じ高校生達が集い、滝沢が死んだ。これは偶然なのだろうか? 日高は4年前の何を語ろうとし、金田一(きんだいち) (はじめ)は何故に諫めたのだろう。

 

「江口君、緑川を見てない?」

「!? 見てない……よ?」

 

 テーブルクロスにナプキンを並べていれば、加奈井(かない) 理央(りお)に声をかけられる。ビックリしすぎて、疑問形で返してしまった。彼女は美歌と仲が良く、将来は大物になると話題にされていた。

 

「やっぱり、あの日高って子と一緒かしら。部屋にもいないし……画家の先生トコもいないし」

「緑川さんに何か用?」

「能条が呼んでんのよ、聖子さんが緑川に何か頼んだらしくてさ。戻るまで、刑事さんから離れないとか言い出して。能条も浮気者! とか、自分を棚に上げちゃって……今は3人で『UNO』してるわ」

「?? なんで刑事さん? 『UNO』?」

 

 状況が読めない。だが、夫婦喧嘩に巻き込まれた剣持(けんもち) (いさむ)警部には同情する。

 能条(のうじょう) 光三郎(こうさぶろう)その妻・聖子(せいこ)

 脳髄の奥から心臓へ澱んだ感情が運ばれ、喉に呪いの言葉が詰まる。神経が文字を認識する前に、深呼吸にて吐き出した。

 

「オーナーに心当たりがないか、聞いて来る。加奈井さんは刑事さんのところへ戻ってやれよ」

「……今は、戻りたくない」

 

 剣持警部を憐れんだつもりだが、加奈井もゲッソリ。人間関係が辛かろうと演劇の為、割り切れる人だと聞いていた。

 

「すみませ~ん、黒沢オーナーいますか? レインコートを返しに来ました」

「こっちで受け取ります」

 

 女子高生・七瀬 美雪(ななせ みゆき)は食堂へひょっこりと顔を見せ、六郎の心に爽やかな風を運んでくれる。4人分のレインコートを受け取った瞬間、夕立の豪雨が聞こえた。

 

「わ~お……間に合って、良かった~♪」

「あ、日高さんじゃん。緑川、知らない?」

「え? あたし達、塔から帰って来たけど……緑川さんとは会いませんでしたよ。まさか、いないんですか?」

 

 窓の外を眺め、日高は悪運の強さに大はしゃぎ。加奈井に問われた瞬間、七瀬は深刻そうに声を潜めた。緑川(みどりかわ) 由紀夫(ゆきお)の心配している彼女が純粋に見えた。

 

「七瀬さん、加奈井さん、日高さんをお願い出来ますか? 緑川さんはこちらで探しましょう」

「え? いいですよ、そんな。子共じゃないんだから、緑川さんも勝手に帰って来ます」

 

 結城(ゆうき) 英作(えいさく)医師が提案した瞬間、加奈井は急に言葉遣いを改める。切り替えの早さは尊敬する。

 

「美雪、日高を頼む」

「うん、分かった。加奈井さん、一緒にお願いします」

「OK、あ……刑事さんは能条さん達と一緒だから」

 

 結城先生の長身に隠れ、金田一はいた。七瀬にも頼まれ、加奈井は結局、聞き入れた。無作法な一面もあるが、良い人だと思う。

 

「緑川さんはおそらく、塔にいるね。日高さんをホテルから連れ出した時、誰かに尾行されたんだ。でも……塔からの帰り道に尾行はいなかった。ホテルに戻ってないなら、そういう推察になる」

「姿を見てないのに……緑川さんだって、分かる根拠は?」

「能条の奥さん、緑川さんに何かを頼んでいたからだよ。日高さんに関するね。余程、彼女の発言が気に障ったんだろう」

「!? それって、日高の部屋にいるかもしれないってコトじゃあ!?」

 

 何気なく聞いてみれば、金田一の結論に六郎も青褪める。

 

「そう思って、加奈井さんに行かせたんだ。彼女がいれば、緑川さんは大人しく振る舞うよ。私としては塔へ行くなら、明日の天候を見てからがオススメだ」

「いや、すぐに行きましょう。江口さん、懐中電灯を貸してください」

「……は、はい。刑事さんは呼びますか?」

 

 結城先生は抑揚のない声で説明され、金田一の正義感溢れる眼差しにドキッとする。六郎は緑川がどうなろうと知った事ではない。

 その醜い感情を名探偵クンに見透かされた気がして、恥ずかしかった。

 

「オッサンには聖子さんを見張ってもらう。江口さん、黒沢オーナーを呼んでください。結城先生、またお願いします」

「どうやら、天気も金田一君の意見に賛成らしい」

 

 結城先生が告げた時、豪雨の音は止む。曇空の隙間に夕焼けが見え隠れし、天候さえも名探偵クンの捜査に力を貸そうとしていた。

 きっと偶然だが、結城先生のせいでそう見えた。

 

 黒沢オーナーは詳細も聞かず、金田一に呼ばれたと聞いた瞬間にホテルを飛び出した。

 

 灯台が如く、白い塔。

 夕立に濡れたが、遺体を包んだブルーシートは無事。グラスと水差しが割れた状態で倒れ、砕けた破片が飛び散っていた。

 一見、ただの悪ふざけだ。

 でも、ここは孤島(ことう)

 クルーザーは動かせず、電気系統の故障で外部への連絡手段はない。

 

 ――自分達以外の誰か?

 

 正体不明の存在を想像し、不安が神経を揺さぶった。

 

「黒沢オーナー、あれはどなたの靴ですか?」

「……緑川君の靴だ……」

 

 結城先生は物凄く冷静に指差し、地面に転がった靴を教えた。中までしっかりと濡れた状態から、夕立前には転がっていた。捜査に素人な六郎でも、察する。

 問題は緑川自身が己の意思で脱いだか、否か。

 自然と皆は靴に触れず、周辺を探る。手入れもされていない茂み、その向こうの木々、更に向こうの崖。

 

「緑川君……なんてことだ」

 

 黒沢オーナーは嘆きながら、目元を覆う。その仕草に震え上がり、六郎は確認を恐れて足が竦んだ。

 構わず、金田一と結城先生はさっと崖の下を覗き込む。勇敢だが、見習いたくない。

 

 従業員仲間を呼び、緑川の遺体を引き上げた。六郎は生きていない(・・・・・・)人間の重さを初めて知り、体温を奪われたのではないかと思う程、体の冷え込みに気付く。

 歌島は本土から少し離れた位置にあり、夏でも寒いと今頃になって思い出した。

 

 結城先生は再び検死を任され、六郎はホテルへ帰らされた。金田一は気丈にも剣持警部と彼を待つらしく、本当に事件慣れしていると思い知った。

 

緑川が……なんで?

「……っ」

 

 正面玄関へ入った時、黒沢オーナーを見かける。相手は能条夫妻、緑川の訃報に愕然としている。いつも傲慢な態度でありながら、今は哀れな程に人間味があった。

 

「キミ達も食堂へ集まってくれ。私もすぐに行く。江口君! 大丈夫かね、唇が真っ青だ」

「オーナーこそ、お疲れなのに……」

「私は構わない。それよりも何とお詫びすれば、皆さんに楽しんでもらうつもりが……こんな。私がさっさと劇場を取り壊さなかったせいで……」

「いいえっ。美歌さんが亡くなった場所を古いからって、簡単に……壊せませんよ」

 

 黒沢オーナーに心配されたが、その想いを返そう。

 美歌は4年前に劇場のステージ台にて自ら、命を絶った。理由は簡単、婚約者だった能条に捨てられた(・・・・・)からだ。

 そんな忌まわしい場所を壊そうと企めば、7月の事件。亡くなった高校生の鎮魂も込め、公演を段取りしたはずだったのに今度は2人も死んだ。

 まるで呪いだ。

 

「江口君、紅茶を頼むよ。今夜はきっと冷える」

「はい……」

 

 ポンポンッと肩を優しく叩かれ、六郎は安心感に泣きそうになった。

 まだ、泣いてはいけない。そう自分に喝を入れた。

 

 検死の結果、緑川の死因は転倒による頭部挫傷。但し、毒を煽った可能性があると告げられた。彼の口に不自然な泡が溜まり、手は胸を掻き毟っていたという。

 急に従業員の1人が悲鳴を上げ、全員の注目を浴びる。何でも、緑川が殺鼠剤を欲しがった為に渡したそうだ。

 

「え? ……それって自分で飲んだ?」

 

 絵馬(えま) 純矢(じゅんや)の呟きが耳に入り、間久部(まくべ) 青次(せいじ)画伯はちょっとだけ小突く。発言を咎めているのだろう。しかし、六郎も同じ発想になる。

 

「……緑川さんが、窓枠に細工した犯人? あの人、器用だったし……花火を打ち上げる為に窓枠を外そうとしたんじゃない? 滝沢さんが落ちちゃったから、自分のせいだと言いづらかったのかも」

「……そう言えば、滝沢さん。落ちてくる時に緑川さんを呼んでいましたね。私はてっきり、助けを求めているんだと思いましたが……」

 

 躊躇いつつ加奈井は思い付く状況を並べ立て、結城先生も何気ないひと言を加える。カルテを読み上げるような淡々とした口調の方が、六郎は怖かった。

 

……有り得ない

 

 能条の重い声が食堂へ冷たく、響いた。六郎の背筋が凍り付く。

 

「緑川は……死ぬぐらいなら、人のせいにしてでも逃げる奴だ。絶対に……ない

「あなた……」

 

 美しい顔が陶器の如く表情を無くし、能条は項垂れる。死への悼みとは違う。状況の否定だった。指先ひとつが激情を抑え込み、別の何かを堪えていた。

 流石の高慢ちきな聖子も立て続けに仲間が死に、大人しい。慰める手付きで、夫の肩を撫でた。

 

「黒沢先生、本当に……アンタの仕業じゃないのか?」

「また……能条さん」

「違う、春美ちゃんよ」

 

 能条は疑いよりも、確認を込めて問う。加奈井が咎めようとした瞬間、日高の明るい声が天井にまで響き渡った。名前は聞こえたが、意味は理解できず、全員が表情さえも止めた。

 桐生(きりゅう) 春美(はるみ)

 つい先日、『オペラ座館』で命を落とした少女。黒沢オーナーからも直々に説明を受け、覚えた名前だ。

 

「春美ちゃんの魂が……加奈井さん(クリスティーン)を守る為に、2人を殺したんだわ」

 

 己の胸元へ手を置き、日高は微笑を浮かべる。それは聖女が信仰に祈る姿と重なった。

 悍ましさが勝り、気持ち悪い。

 

「え……私を守る?」

「織江ちゃん、しっかりして! 桐生さんは好き好んで、人を傷付けたりしないわ!」

「だ~か~ら~、事故死に見えるよう……2人を死へ導いたの。そうすれば、誰の責任にもならないでしょう(・・・・)?」

 

 加奈井は己を指差し、青褪める。七瀬が日高の肩を抱き、必死に訴えるも更に恍惚とした表情と化す。

 

「馬鹿馬鹿しい、どうかしちゃったんじゃない? あの子……」

 

 聖子は怯え、能条へ縋ったが冷めた程に無反応。夫妻の様子を黒沢オーナーがじっと見つめているが、六郎しか気付かない。

 

「金田一……」

「純矢……ああ、分かってる。」

 

 この空気に耐えられない絵馬が金田一を呼んだ時、名探偵クンの強い意思を感じ取る。孤島に纏わり付いた不穏を打ち消さんとする使命感、六郎は妙に安心させられた。

 

「日高、ここで起こった事は桐生のせいじゃないっ。それを証明してやるよ、ジッチャンの名にかけて」

「本当? 金田一君の謎解きが聞けるのね。楽しみ~♪

 

 金田一の真摯な態度と正反対、日高はキャッキャッとはしゃぐ。この状況を楽しめるならば、彼女はイカレている。哀れな程に――。

 

 

 ディナーはこれまでの経験上、最悪だった。

 厨房担当が腕によりをかけた料理は半分以上残され、能条に至っては一口も手に付けない。これから頭脳を働かせる金田一と剣持警部、こんな非常時でも結城先生と日高だけが完食した。

 

「日高さん、痛み止めの処方箋をお持ちですか? ちょっと拝見したくて」

「……あ~、持ってないです。あたしも薬の事で、結城先生に相談が……」

 

 のんびりとした2人はデザートも平らげた。

 

「聖子さん、少しいいですか?」

「! な、何よ」

 

 我先に去ろうとした聖子を金田一は引き留め、剣持警部と食堂を去って行く。能条も追いかけていった。

 

「黒沢先生、殺鼠剤ってこれですか?」

「加奈井君、そうだけど……」

 

 食器を片付けたが、フォークが1本だけ見つからない。テーブル付近を探す際、加奈井と黒沢オーナーの会話に振り返る。彼らの手には殺鼠剤が握られ、箱に書かれた成分表を読んでいた。

 

「だとしたら、変ですよ」

「キミもそう思うか。この薬は遅効性。誤って口に入れたとしても、すぐにどうこうにならないはず……」

「ありますよ、即効性の殺鼠剤」

 

 首を傾げる話。のそのそと間久部画伯も加わり、六郎は聞き入った。

 

「間久部君? ……ああ、アトリエに仕掛けている分。キミのお手製だったね」

「オレ、それを金田一へ伝えてきます」

「純矢君は私の傍にいなさい。江口君、あの少年と刑事さんに教えてあげて欲しい」

「はい、分かりました。黒沢オーナー、フォークが1本、見当たりません」

 

 黒沢オーナーが納得し、絵馬は急ごうとした。間久部画伯に頼まれ、六郎に断る理由はない。足りない食器の報告をしてから、食堂を後にした。

 

 断れば良かったと後悔したのは聖子の部屋を訪れ、中途半端に開いた扉をノックしかけた瞬間だ。

 

「夫と美歌さんは確かに婚約者でしたわ。式の日程も決まっていたのに……突然、あんな事になって。残された夫が本当に可哀想で、私と一緒になったんです」

「お義父さんは資産家で、劇団理事長だ。俺達の結婚は劇団内でも、反発を生みましたよ。俺が見境なくファンに手を出す遊び人だと、根も葉もない噂が流れて……聖子は箱入り娘ですから、馬鹿正直に信じてしまったんです。お陰で、最悪の結婚生活を強いられました」

 

 白々しい嘘が聞こえ、怒りが沸々と耳の後ろへ籠る。六郎は振り上げた拳を固く握りしめた。

 

 ――聖子が横恋慕し、能条が美歌を裏切った。

 

 ガンガンッとノックの音を強くし、振り返った能条を知らずと睨んでしまう。何事かと剣持警部が対応してくれた為、ふたつの殺鼠剤について教えた。

 

「江口さん、滝沢さんの部屋を教えてくれませんか? 能条さん達も一緒に来てください」

「俺達も?」

「滝沢の部屋なんて、勝手に見ればいいじゃない」

「金田一にも考えがあるんでしょう。ご協力をお願いします」

 

 金田一に頼まれ、更に後悔。さっさと仕事に戻れば良かった。剣持警部に背を押された能条夫妻の困惑など、知るモノかと六郎は滝沢の部屋に案内した。

 

 部屋の主が最後に過ごした状態のまま、触っていない。クローゼットの中、置かれた旅行鞄、机の上にある閉じたワープロを見渡す。

 

「このワープロは?」

「滝沢は脚本家を気取って、シナリオを打っていたんだよ。理事長が読めば、採用されるはずだ……取り立ててくれって、何度も……せがまれたぜ」

 

 金田一は神妙に問いかけ、能条は渋々と答える。剣持警部から白い手袋を借り、名探偵クンはワープロの電源を入れた。

 液晶画面は原稿用紙に文字が連なり、六郎は思わず、顔を背ける。人の秘密を勝手みるなど、罪悪感が湧く。カタッ、カタッと慎重にキーボードを叩く音が続いた。

 

「これは……」

 

 剣持警部は内容を読んだらしく、息を呑んだ。

 

「聖子さん、滝沢さんはどんな人でしたか?」

「……自分に自信があったわ。良くも悪くも」

「1人の女性に固執したりしますか?」

「……それは多分、なかったわね。本人はとっかえひっかえ出来る立場だと、思っていたし……」

 

 金田一の質問の意図は分からないが、聖子の答えは聞くだけで気分を害する。名探偵クンは読み終わった後、鞄の中身を改めた。布に包んだニッパー、絶縁テープが見えてしまった。

 

「次は緑川さんの部屋をお願いします」

 

 名前を聞くだけで、ゲッソリした。しかも、緑川は机の上に日高から送られた便箋をわざわざ、丁寧に並べていた。彼は真剣に恋していたと分かるが、嫌すぎる。

 

「緑川さん、聖子さんに頼み事をされていましたよね。彼が何をするか、心当たりはありますか?」

「な、何のコトよ」

「聖子さん、緑川が死んだ今となっちゃあ、日高君に何が起こるか分からん。どんな些細な事でもいい。勿論、能条さんも思い付く事があれば……」

「……緑川は人に言われないと、何も出来ない奴だ。正直、そんな事を探るよりも、黒沢先生を調べた方がいいんじゃねえのか?」

「……っ、能条……」

 

 物色に付き合わされ、能条は悪態吐く。何が何でも、黒沢オーナーへ疑いの目が行くように仕向ける。そういう男だと分かっていたが、六郎はいよいよ我慢の限界になってきた。

 

「勿論、黒沢オーナーにも話を聞きます。江口さん、お2人を食堂へ連れて行ってください。俺達も後から、行きます」

「おい、まだ解放しねえつもりかよ」

「逃げる理由でもあるのか?」

 

 金田一の指示が気に入らないらしく、能条はウンザリした。六郎がアルバイトの立場を忘れて咎(とが)め、舌打ちされた。

 

 再び食堂へ集められた理由、部屋割りの変更だ。

 

「今は誰に何が起こるか、分かりません。緑川さんが知っている状態から、少しでも変えるんです。日高の部屋は俺が使う。美雪は日高を頼む」

「うん」

 

 納得いく理由だが、能条夫妻は不満顔。

 

「黒沢先生、こんなガキに好き勝手やらせていいんですか?」

「文句言うなら、能条さんは俺と一晩過ごすか? 安心して寝られるだろ?」

 

 剣持警部のひと言に押し黙る姿は緊張する場故、六郎は笑いを堪えた。もう自分自身の感覚も、狂い始めていた。

 

 加奈井、能条、聖子と劇団員の荷物を移動させるだけで、六郎は疲労困憊。

 3人がそれぞれ部屋に籠り、内側から鍵を掛ける音もしっかりと聞いた時には夜10時を回っていた。その間も金田一は従業員やら、黒沢オーナーと話し込む姿をチラホラと見かけた。

 名探偵は話を聞くだけで、パッと謎が解けるイメージだった。その認識を改めよう。

 

「はじめちゃん、それが(・・・)織江ちゃんとどう繋がるの?」

 

 正面玄関の戸締り確認へ向かえば、金田一と七瀬、そして、結城先生の姿が見えた。

 とても嫌な予感、六郎は反射的に物陰へ隠れてしまった。

 

「もしも、俺の考えが正しいなら……」

「……金田一君、それをわざわざ……日高さんに聞く必要ないんじゃないかな?」

 

 金田一の言い分を遮ったのは意外にも、結城先生だ。高校生2人もビックリ。

 

「結城先生。ここで自分の行いを知らなければ、日高はまた今日と同じ事をどこかで繰り返します。その度、桐生の仕業だと誤解し続ける……」

「老婆心ながら、忠告するがね。日高さんにとって大切なのは、お友達の魂がここにあるか、否か。それだけさ。滝沢さんが死んで……彼女はおそらく、この島へ来た本来の目的(・・・・・)も忘れただろう。私の願いでもあるがね」

 

 金田一は捜査する時と違い、年相応の少年の顔になった。六郎は彼が自分よりも若く、まだ高校生だと気付かされた。

 結城先生のカルテを読む口調が退院を見送るような優しさを感じ、そっちへ驚いた。

 

「……結城先生、まさか……気付いているんですか?」

「専門ではないが、日高さんのような事例は何度も目にしている。いつの日か……彼女が今日を振り返って、何か疑問を抱いたなら、キミ達を訊ねるはずだ。真相を明かすのは、その時で良い」

「?」

 

 金田一と結城先生は同じ考えに至り、敢えて、その言葉を伏せている。キョトンとした七瀬は話が読めず、六郎には見当が付いた(・・・・・・)

 2人の会話を聞き、確信へと変わった。

 

 

 深夜12時を越え、窓の光しかない食堂に彷徨う影が現れる。左足を引きずる歩き方から、相手はすぐに分かった。

 

「日高さん」

「こんばんは、江口さん」

 

 六郎が暗い厨房から顔を出しても、微笑んだ日高は驚かない。月明かりに照らされ、乱れた前髪が頬にかかる仕草さえも精霊のように魅力的だった。

 

 ――ああ、このまま光に導かれ、消え去りそうな程に儚い。

 

「眠れないなら、紅茶を淹れようか?」

「要らない、美歌さんに会いに来ただけ……」

 

 美歌の肖像画を見上げ、日高は台本を読み上げる口調。もしかしたら、半分は寝惚けている可能性もある。

 

「江口さん、美歌さんが好きだったの?」

「……好きだよ」

「死んで哀しかった?」

「……勿論」

「ちゃんと能条さんに言った? 美歌さんを返せって……」

「言えてない。これから言うよ、キミがフォークを返してくれたら(・・・・・・・)

 

 とろんとした目付きはフォークの話題に触れた途端、冷水を浴びせられたように見開いた。

 

「僕、ずっとフォークを探してたんだ。見付けてくれて、ありがとう」

「そうなんだ……」

 

 正直、六郎の胃は竦む。心臓も口から飛び出そうな程、緊張している。何を言えば、日高の逆上に触れてしまうか、全く分からない。

 彼女は素直にフォークを差し出してくれて、ホッとする。

 

「春美ちゃんってどんな子か、教えてくれるかい?」

「……素晴らしい、クリスティーンだったの。ううん、役に成りきれる〝役者〟だった! 誰よりも真面目に演劇へ打ち込んでて……厳しい言い方をする時もあったけど、仲間……同級生を思えばこそだもん」

 

 桐生について聞けば、日高の被っていた仮面が徐々に剥がれていく。クリスティーンに魅了された怪人から、ただの高校生へ……そんな小説の一文が柄にもなく、浮かんだ。

 彼女は友達の話がしたかったのだ。

 だから、当事者の事実を隠さなかった。六郎がしたような質問を待っていただけだった。

 

「なのに、死んじゃった。……ここで……」

「知ってる」

「痛かったよね……春美ちゃん」

「長くは……苦しまなかった。僕はそう、思うよ」

 

 食堂を見渡し、日高の頬に涙が零れる。六郎はかつての誰かが、頬を赤く染めた瞬間を思い返す。彼女の手が己を傷付けぬ様にそっと、握りしめた。

 

「あたしね……言われたんだ。春美ちゃんのお父さんとお母さんに……、お前のせいだ、娘を返してって……。江口さんも言わないと……美歌さんの為に怒ってないなんて、可哀想だよ」

「……可哀想か……」

 

 黒沢オーナーは娘を死に追いやった人達を憎まず、葬式の最中も大人の対応を取り続けた。その結果は言うまでもない。彼もまた能条達へ怒りを露わにすべきだった。

 しかし、そんな態度を晒せば、美歌は更に可哀想となる。分かっていたからこそ、黒沢オーナーには出来なかった。

 

「キミがフォークを返してくれたから、言うよ。ちゃんと……」

 

 六郎は自ら、誓う。きっと恋心を打ち明ける以上に、勇気を必要とするだろう。口より先に、手が出るかもしれない。

 

「本当? 良かった……」

 

 心の底から、日高は安心した笑みを浮かべる。見た目通りに幼い表情こそが、本来の素顔だ。初めましてと言いたくなる程、可愛かった。

 彼女を部屋へ送った後、感情のままに能条の部屋へ突入する。そこはもぬけの殻、人の決意が踏みにじられたと逆恨みし、聖子の部屋を目指す。

 こんな状況の中、夫婦の時間を過ごしているだろうと怒り狂った。

 

「待て、能条!」

「離せ! 離してくれ! この女だけは俺が、殺す!

許して、どうか……

 

 またも半開きの扉から、修羅場の乱闘音。

 恐る恐る覗き込めば、憤怒の表情で能条が剣持警部に組み伏せられ、必死に赦しを乞う聖子は飛び降りんばかりに窓へ張り付いていた。

 深夜の夫婦喧嘩かと思いきや、六郎も驚愕する真実を知らされたのは決して、別の話ではない。




緑川「……おれも? これって、おれが改心して織江ちゃんとハッピーエンドになる話じゃなかったのか! 次回……『オペラ座館・新たなる惨劇-日高』。黒いリボン……ずっと似合ってるよ、織江ちゃん」

江口 六郎
W大の学生、夏休みだけのバイト。発売当時のW大とは「早〇田大」を指していた為、9月もギリギリ夏休み期間
生前の美歌に片想いし、彼女の死を深く嘆く。黒沢オーナーの後追いを阻止した
原作小説でも能条を嫌悪しており、劇場版では露骨な態度だった
作中にて、日高の異変に気付き、自傷を食い止める
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