金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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日高織江の視点、彼女なりの『オペラ座館』の決着です
誤字報告により修正しました。ありがとうございます


Q18 オペラ座館・新たなる惨劇‐日高

 日高 織江(ひだか おりえ)桐生(きりゅう) 春美(はるみ)と最後に言葉を交わしたのは、劇場へ避難する途中。

 

〝織江さん……本当に大丈夫?〟

〝うん、春美ちゃん。だから……頑張ろう。ね?〟

 

 これが終われば、演劇コンクールはすぐそこ。絶対に成功させようと言葉にせずとも、意味は通じていた。

 春美の切なげで、後悔に満ちた表情は今でも夢に見る。

 

 足の痛みに苦しんだ入院生活。

 演劇部部長の布施(ふせ) 光彦(みつひこ)先輩は見舞いに訪れ、深く頭を下げた。

 

〝すまない、日高君。俺がボーガンなんか、持ち込んだせいで……〟

 

 自責の念に駆られた布施先輩へ何と答えたか、覚えていない。

 ただ、織江の心を抉った。

 何故なら、布施先輩がどれだけ責任を感じていようが、法的に罰せられない。抱えた罪悪感を肩代わりしてくれない。

 春美の両親から「人殺し」と責め立てられたより、脳髄の奥が痙攣した。

 

 

 歌島を再び訪れたのは、全てを終わりにする為。

 春美の魂が彷徨う土地で、元とは言え演出家・黒沢(くろさわ) 和馬(かずま)指導の劇団『幻想』による『オペラ座の怪人』。彼女は喜んでくれるはずだ。

 けれども、舞台を否定するように人が死んだ。

 よりにもよって、ひび割れた心に絆創膏を貼ってくれていた人達。クリスティーン役の加奈井(かない) 理央(りお)を守らんと身代わりになった。きっとそうだと、信じていた。

 

 9月とは思えぬ冷え込んだ夜が明け、織江は食堂へ一番乗り。

 何故だが、剣持(けんもち) (いさむ)警部と能条(のうじょう) 光三郎(こうさぶろう)に連行され、彼の妻・聖子(せいこ)夫人は怯えた表情で黒沢オーナーの腕に縋り付き、離れた位置に着席した。

 

「謎はすべて、解けました」

 

 最後に現れた金田一(きんだいち) (はじめ)は挨拶よりも先に告げ、皆の注目を集める。

 ドラマの解決編を見るような気持ちになり、織江はちょっとだけ心が弾んだ。

 

 ――事故。

 

 ありきたりな解答に拍子抜けし、織江は欠伸を殺す。春美の仕業ではないと理由を説明しようと、金田一は携帯用のワープロをテーブルへ置いた。

 滝沢(たきざわ) (あつし)の持ち物らしい。

 

「滝沢は緑川殺害を目論んでいた。その全容が、ここにある」

 

 緑川(みどりかわ) 由紀夫(ゆきお)を花火にかこつけ、塔から落とす。彼に屋根から花火を打ち上げるように指示、命綱のロープには切れ目を入れて渡す。切れた後はあらかじめ、ネジを緩めておいた窓枠を外し、誘導。

 文字だけ見れば、簡単そうに聞こえる。

 

「事故へ見せかけた完全犯罪、滝沢には絶対の自信があったんだ。仮に緑川が助かったとしても、花火の為に窓枠を外そうと思っていたと言い訳も立つ。救助も間に合わないように、クルーザーや電話線も使えなくしていたんだ」

 

 金田一は言葉に怒りを含ませ、断言した。

 

「特定の誰かを狙えないんじゃなかった? ……間久部先生や結城先生が誤って、落ちる可能性とか……」

「その為、4階には荷物を置いていたんでしょう。私や間久部さんなら荷物を退けてまで、窓に立とうと思いせんよ」

 

 絵馬(えま) 純矢(じゅんや)の質問には結城(ゆうき) 英作(えいさく)先生が答え、織江は窓へ立つ為に退けた荷物の存在を思い出す。自分で退けたはずなのに、昨日の出来事が夢の中みたいに現実味がない。

 

「だから、滝沢は……塔の異変に気付いて、日高君を助けようと急いだんだな」

「そこが分からん。ペンフレンドだろうと、滝沢は人を助けるようなお人好しじゃない」

 

 剣持警部が呻いた時、能条はジロッと金田一を見やる。そこには何の感情もなく、昨日と違って憑き物が落ちていた。

 

「好きだったんだ。滝沢はそれだけ、日高に惚れていた。緑川が本気だったようにっ。この事件は2人の男が1人の女を取り合った。そう言う話なんだよ」

 

 金田一の心理的な推理を語りながら、織江を見ない。江口(えぐち) 六郎(ろくろう)くらいしか、視線をくれなかった。

 責任を感じさせない為だろうと分かっているが、ちょっとイラつく。

 

「でも、緑川さんはなんで? それに殺鼠剤を借りて、何をしようとしたの?」

「ここからは医師としての推測ですが、緑川さんはグラスに入った痛み止めの過剰摂取による反応を起こしたんでしょう。そのグラスは直前まで、日高さんが飲んでいました。滝沢さんに供えられているのを見て、人目を避けた間接キスを狙ったと考えられます」

 

 七瀬 美雪(ななせ みゆき)の質問はまたも結城先生が答え、織江はゾワッ背筋が粟立つ。人へ捧げた飲み物を奪う程、緑川に執着されていた。良い人だと思っていた反面、怖い。

 と言うか、間接キスの説明は要らない。結城先生はわざとではないか、疑った。

 

「殺鼠剤の使い方は不明だ。遅効性だから、すぐには体調に変化は出ない。厨房にはずっと人がいたから、仕込めるはずはないにしても……どこかに仕掛けている可能性は高い。鑑識が来るまで、十分に注意を払ってくれ」

「明日の昼まで?」

「いいえ、先程……電話線を直せました。すぐに救助が駆け付けてくれます」

「え?」

 

 金田一は注意喚起したが、絵馬の疑問は尤も。黒沢オーナーが待っていましたと言わんばかりに朗報を伝え、織江はガッカリしている自分に気付く。

 事件の真相が分かっても、まだこの島に滞在できると思っていた。

 

「すごい! 黒沢先生が直したんですか?」

「まさか、能条君ですよ。剣持警部と徹夜してくれたんです。……滝沢君が断線修理のメモを残していました。どうやら、自分で壊した部分を直して、ヒーローになりたかったんでしょう」

 

 喜んだ加奈井の称賛を受け流し、黒沢オーナーは静かに告げる。口元は笑っているが、憎悪に満ちた眼差しがこの場にいない滝沢へ向けられた。

 初めて、彼を恐いと思った。

 

「ともかく、これは(・・・)事故だ。金田一が言ったように、緑川が何処に殺鼠剤を仕掛けているか分からん。口に入れる物には十分、注意してくれ」

 

 剣持警部はそう締め括り、話は終わった。

 

(結局、あたしのせいなんだ……)

 

 誰も触れなかった点が、脳髄の奥で反響する。

 男2人を手玉に取っているつもりなんて、なかった。結果として、母に監視された状態で手紙を書きながら、次の返事を心待ちにしていた日々も失われた。

 薄情な程、何の感情も湧かない。

 否だ、この島には春美の霊魂すら残っていない(・・・・・・)。その現実を突き付けられ、強烈な虚しさに襲われた。

 折角、用意してもらった朝食は半分も食べられず、残した。

 

 正面玄関を抜け、外を歩く。

 向かう先は岬にポツンと佇む石碑。何も考えず、海が見たい。この心境に近い雰囲気が漂う。

 

昨夜(ゆうべ)は……スッキリと眠れたなあ)

 

 仲良しの美雪と同じベッドだった為か、眠る前に誰かと(・・・)話した気もする。折角、フォークを盗んだのに痛み止めを飲んだ後は思考がボヤけ、夢見心地にやりやすい。

 やはり、帝王大学病院からの処方薬は異物に感じて、ダメだ。

 担当医師の(うしお) 小次郎(こじろう)先生に不調を伝えても、笑顔で無視される。織江の為だと直で渡される為、断れない。両親も完全に潮先生の味方だ。 

 結城先生は流石、すぐに怪しんでくれた。まさか、殺鼠剤は入っていないだろうが、剣持警部にも相談しよう。

 

「日高さん、ここで何してるの?」

「……絵馬君。海、見てた……」

 

 落ち着いた声に振り返れば、絵馬はスケッチブックを小脇に抱えている。彼とはまともに話しておらず、間久部(まくべ) 青次(せいじ)と同じ画家であるとしか知らない。

 違う(・・)

 あの男を知っている。だから、口を利きたくなかった。だって、必ず彼の話題になる。折角、考えなくて良い状況ならば、そんなの嫌だ。

 

「そのまま、そこにいてくれる? スケッチしたくなる構図だ」

「本当、嬉しい……」

 

 以前なら、画家のモデルを喜んだだろう。今は社交辞令に聞こえる。

 波音に混ざり、シャーシャーと鉛筆が動く。映画のワンシーンみたいにロマンティックだが、脳髄は勝手に場面を改変する。この場に春美を加え、微笑む姿だ。

 

「春美って……どんな人?」

 同じ学校で、演劇部で、……クリスティーンだったの」

 

 絵馬から春美の話を振ってもらい、織江は嬉しさで声が弾む。彼は事件の報道も知らず、変な先入観もない。必死に亡き友の特徴をあげつらう。

 

「じゃあ、金田君もその人を知ってる?」

「……知ってるよ、アイツが殺したようなもんだもん……!!

 

 世間話のつもりだろうが、絵馬はついにその名を出した。胃が竦み、体中の熱が集まったような目眩にクラッとする。口走ってしまった言葉に気付いたが、もう遅かった。

 絵馬は鉛筆を止め、目を見開いた。

 

「金田君が……間に合わなかった(・・・・・・・・・)?」

 

 そこには疑問と心配の感情しか読み取れず、疑念や軽蔑、驚きさえもなかった。

 絵馬は完全にあの男が人を殺さぬと信じ、尚且つ、春美を助けようとしたと言いたげであった。織江の気持ちに共感してもらえず、絶望感に打ちひしがれた。

 断崖に波がブツかる音は、織江の心を騒がせる。

 

「……最初から(・・・・)、アイツはいなかった。学校にも、合宿にも……。アイツがサボったりしなかったら(・・・・・・・・・・・)、春美ちゃんは……」

 

 そうだ。

 織江達が月島(つきしま) 冬子(ふゆこ)を理科準備室に呼び出した日、あの男は学校を欠席していた。彼がいれば、春美は早乙女(さおとめ) 涼子(りょうこ)先輩の誘いを断ったはずだ。

 合宿へ来てくれていれば、早乙女先輩の脅しも撥ね退けてくれたに違いない。

 

 ――今回だって、織江は来たのにアイツは逃げた!

 

 逆恨みと理解しつつ、憎悪の感情が毒素の如く、脳髄に纏わり付く。

 

「オレは最初を知らない。でも、これだけは言える。金田君は……助けなかったと思うよ」

「なんで……?」

 

 あまりにも意外だった。

 絵馬には軽蔑もなく、当然のように告げる態度も信じられない。

 

「金田君に助けるつもりなんて、ないんだよ。そこにヘルメットがあったから、防いだだけなんだ」

「……何ソレ、意味わかんない」

 

 海に視線を向け、絵馬は呟く。どうやら、記憶を思い返して感傷に浸っている様子だ。

 馬鹿馬鹿しくて、織江は吐き捨てた。

 

「その場にいたとしても、キミ達じゃない人(・・・・・・・・)が助かるだけだ。金田君は、そういう人なんだよ」

「……っ」

 

 絵馬は織江を見た。力強い瞳と視線が絡み、ある光景が脳裏に浮かんだ。

 理科準備室にあの男(・・・)がいたなら、真っ先に月島(・・)を硫酸から助けるだろう。食堂にいたなら、早乙女先輩(・・・・・)をボーガンの矢から身を挺して守っただろう。

 誰かの代わりに傷を負った姿、春美はより一層の後悔を抱えていたかもしれない。

 在り得たかもしれない『IF』。そこにいる織江は狼狽えるばかり、想像の中でも役立たずだ。

 

「……この石碑、……オーナーの娘さん……」

「あ……」

 

 絵馬は途端に石碑の文字を読み上げ、織江は黒沢(くろさわ) 美歌(みか)の前で騒いでいたと知る。花も添えず、無礼を詫びた。

 肖像画を見たせいだろう。生前の姿がありありと浮かぶ。

 そして、昨晩に江口と(・・・)語り合った時間を思い返す。

 と言うより、やっと夢ではない。そう認識した瞬間、視界がクリアになった。

 夢から目覚めた感覚に似ている。

 

(可哀想……か)

 

 この口で吐いた言葉だが、今になって恥ずかしくなってきた。あれは本当に美歌へ向けた想いだったのだろうか、自分自身を江口に憐れんで欲しかっただけかもしれない。

 

「絵馬君……あたし、金田君を許さないとダメかな?」

「……オレは許さなくていい、そう言うよ」

 

 どうせ、あの男を擁護するのかと思いきや、絵馬はまたも意外な返答。

 敵なのか、味方なのか、織江には分からない。

 けれども、心に沁みた。

 涙腺の緩みを感じ、座り込む。管轄警察署の巡視船が来るまで、織江は膝に顔を埋めた。

 絵馬は何も言わず、スケッチブックへシャーシャーと音を立て続けた。

 

 そうまでして描いた絵を乗船前、見せてもらう。

 

「色、必ず付けるよ」

「……っ」

 

 長い髪の少女が岬から海を見渡す。後ろ姿だが、間違いなく春美だった。

 感激のあまり、織江の頬に涙が溢れた。

 

 ――また会えた喜びと共に、『さようなら』と告げた。

 

 

 地元警察から事情聴取を受け、織江は剣持警部に自宅へ送られた数日後。

 通院先が不動山市の聖正病院へ変更され、嬉しかった。

 剣持警部が両親を説得してくれたお陰でもあり、結城先生が『痛み止め』の分析を総合病院薬学部へ依頼した結果、とんでもない事実が発覚。

 処方箋とは全く別の成分(・・・・・・)が検出され、そもそも痛み止めとしての作用はない(・・・・・)

 警察の調査も入り、帝王大学病院に巣食った悪逆非道な行いが世間に晒され、信頼は地に落ちた。潮先生がトカゲの尻尾切りに見舞われ、直属の上司も社会的報復を受けたが、それは織江の知った事ではない。

 

 薬の抜けた織江は段々と思考回路が戻り、社会人の男性とペンフレンドになる危険性を自覚。手紙を読み返すだけで、吐き気がする程に恐ろしい。

 緑川から贈られた黒いリボンは捨てようか迷い、絵馬の個展にて黒沢オーナーとお会いした際に失礼を承知で相談した。

 

「持っているといい。思い出ではなく、戒めとしてね。私は2人を忘れる事にします」

 

 黒沢オーナーは意味深に微笑む。物怖じさせられる発言だったが、織江は深く心に止める。

 例え、下心があろうとも彼らは優しくしてくれたのは事実。

 2人の死は静岡県警も事故と判断、新聞にすら載らなかった。忘れる事が出来るその日まで、せめて、織江だけは覚えていよう。

 

 その誓いを胸に抱いたタイミングを計ったように、意外な人物と病院の駐車場で再会した。

 

「津雲先生? あたし、日高 織江です」

「……日高か、随分と髪が伸びたな。名前を聞いても、記憶と一致せんでなあ。スマンっ」

 

 不動高校の教師・津雲 成人(つくも しげと)先生。

 右手の包帯はかつて硫酸を浴び、この病院へ入院していたと思い返す。その原因が織江達にあると知りながら、謝罪や慰謝料も要求せず、見逃してくれた。

 

「津雲先生、まだ腕……痛いですか?」

「……偶にね、引っ張られる感覚がする。今日も疼くからね、診てもらおうと思ったんだ。日高はどうだ? ちゃんとご飯、食べているか?」

 

 笑顔をくれた津雲先生のひと言、ひと言が胸に刺さる。どうして今まで、彼に会おうとしなかったのだろうか、言い訳も浮かばない。

 

「本当にすみませんでした。謝ってすむ問題じゃない……でも、津雲先生を巻き込んで……ごめんなさい」

 

 頭を下げ、喉を通る言葉を吐き出した。

 遅すぎる謝罪は場所も弁えず、感情のままに口走った。自分の態度が本当に反省しての謝罪か、疑いたくなった。

 

「日高」

 

 降り注いだ声は低音なのに、心地好い。反射的に顔を上げ、津雲先生の息の抜けた自然な微笑みに見惚れた。

 

「お前はようやく、私と向き合えるようになった。ああ、許すとも……」

「……ありがとう、ございます」

 

 最初に浮かんだのは申し訳なさ、次いで深い感謝だ。

 心が温かすぎて泣きそうになったが、絶対に涙を流さなかった。

 

 帰宅してすぐ、春美の両親へ謝罪の手紙を書いた。

 7月の事件から初めて宛てると今更、気付く。ペンフレンドには何通も書いたというのに、どれだけ悲劇のヒロイン思考だったか、身に沁みた。

 

 返事は勿論、来なかった。

 

 きっと織江が学校も辞め、自堕落な生活を送っている為だろう。

 だから、参考書を開く。先ずは勉学に勤しもう。やっと母の監視はなくなった。

 

 美雪に桐生家の墓を教えてもらい、命日には必ず訪れた。時々、早乙女先輩と行き違ったりもしたが、鉢合わせはしなかった。

 

 

 保護観察が解かれた年、神奈川にある大学の法学部にようやく合格。

 ここからスタートラインだと張り切っていたところ、まるで見ていたように春美の両親から手紙が届き、緊張した。

 内容は織江の墓参りを知っており、【春美は成人し、家を出たと思う事にする】と綴られていた。そうでもしなければ、自分達がいつまでも亡き娘を悼み続ける。そんな心配までされていた。

 

(あたし達……)

 

 早乙女先輩ではなく、三眼目の元同級生が脳裏を過った。

 

 向日葵のバッチを手にした時、両親の献身が報われたと感じ入る。それだけ歳月もかかり、織江は20代最後の歳を迎えた。

 

「おめでとう、織江ちゃん。これで先生だね♪」

「いやあ~日高が弁護士なんて、もう足向けて寝らんねえぜ」

「立派になったわね、日高さん」

 

 レストラン『大草原の小さな家』を貸し切り、美雪は金田一や恩師・緒方 夏代(おがた なつよ)先生を呼んでくれた。

 彼女は気を利かせすぎて、当時の演劇部部員にまで声をかけようとした。そっちを止めるので必死になったのは、笑い話。

 そのメンバーに月島を入れなかったのは、美雪の心遣い。彼女には織江から連絡を取ろうか、まだ思案中だ。

 

「緒方先生も教頭になられると聞きました。おめでとうございます」

「フフフ、気苦労が増えるだけよ。でも、ありがとう」

 

 緒方先生は年齢だけなら、中年の域。口元を上げるだけで一層、魅力的な笑みになる。まさに美魔女だ。

 

「金田一君と美雪ちゃんは相変わらず?」

「いやあ、そう言う話はよそうぜ……日高」

 

 金田一が苦笑交じりに話を逸らそうとした時、カランカランッと来客の鐘が鳴る。

 貸し切りのはずだと扉を見やれば、懐かしい顔は口髭を生やす。すらりとした体格は服越しでも、鍛えられた筋肉が分かる。イケメンに磨きがかかっていた。

 

金田(かねだ)君?」

「日高さん、お久しぶりです」

 

 同級生の成長に喜ぶより、予期せぬ登場にギョッとした。

 

金田(かねだ)君! 来てくれたのね」

「美雪……お前、金田(かねだ)に声かけたのかよ。本当、豪胆だな……」

「そういうことも相変わらずね、七瀬さん」

 

 どうやら、美雪の独断らしい。余計な事をされたが、やれやれと許してしまう。

 改めて、金田(かねだ) (いち)を見やる。

 彼に対する感情(許せない)は沈殿し、心の底へ居座る。決して消えないが、火に油を注ぐ真似もしない。

 

「……大人になったね、あたし達」

「はい、そう思います」

 

 お互いに含みのある笑いを見せ、店長はサービスだと5つのグラスを用意。

 それぞれが手に取り、キチンと乾杯した。

 硝子製の容器を見る度、17歳の頃に訪問した『オペラ座館』を思い返しては自問自答を繰り返す。

 滝沢へグラスを供えた時、緑川がいると知っていて(・・・・・)、痛み止めを3つも入れたのではないか? 本当は(・・・)2人の男へ気を持たせ、自分を取り合うように仕向けていたのではないか?

 それと向き合うのはまだ、先な気がする。

 

金田(かねだ)君、次のクリスティーンはマダァ?」

「……うっせ~んだよ、です。日高さん」

 

 金田(かねだ)は去年、一昨年と別々の劇団が公演する『オペラ座の怪人』クリスティーン役に抜擢され、見事にやり遂げた。どちらも〝怪人〟の名演技と合わさった素晴らしい舞台であったそうだ。

 織江は勉学に勤しみ、観劇する間などありはしない。

 

「今日は日高さんのお祝いでしょう。そんな話よりも、就職先は決まったのかしら?」

「はい、勿論。横浜の有頭弁護士事務所です。所長の有頭 大介先生もどうぞ、よろしく♪」

 

 緒方先生の質問に得意げな気分で、織江は刷られたばかりの名刺を差し出す。途端、他の3人は硬直した。

 

「……織江ちゃん、横浜の……弁護士事務所に勤めるのね」

「うん、有頭先生のところで経験を積んで……いずれは結城先生の顧問弁護士になるつもり♪」

 

 妙に表情の強張った美雪に気付かず、織江は次の目標を熱く語った。

 

「あ~、結城先生狙いか……」

 

 金田一は納得しながら、グラスを持つ手は動揺のあまり、震えている。彼の言う通り、お世話になった結城先生が現役の内に顧問弁護士として、傍で働きたい。

 そして、診療所の患者さんが法的理由に悩んでいるなら、ここに弁護士ありと伝えたいのも理由のひとつ。

 かつての自分も冬部(ふゆべ) 蒼介(そうすけ)弁護士に助けられ、考え抜いた道だ。

 

「自分、有頭先生を存じています。彼は……模範的な弁護士です。きっと、日高さんを良い様にしてくれるでしょう」

「へえ、金田(かねだ)君。有頭先生と知り合い? その感じだと……2人も知ってるっぽいね」

「あら、そうなの? 相変わらず、顔が広いのね。七瀬さん」

「いえ、緒方先生……その人と……ちょっとお会いしただけで」

 

 金田(かねだ)の意味深な言い草、緒方先生の感心を無視せぬ様に、美雪は汗だく。お喋りな彼女が言葉を濁す時点で、何かの事件関係者だと察した。

 追究はやめておこう。

 

「日高はどうして、有頭さんトコにしたんだ? 横浜の弁護士は他にもいんのに」

「うん?」

 

 金田一の素朴な疑問は即答しかねる。

 結城先生の診療所に最も近く、織江を受け入れてくれた事務所だからと言うしかない。しかし、金田一の求める答えはそれと違う。

 瞼を閉じ、これまで出会った人々を思い返す。何気なく、髪を結んだ黒いリボンに触れた。

 

「あたし、眼鏡の方が好きみたい」

 

 恥じる事無く、自信満々にそう答えた。

 明日、自分の眼鏡を買いに行こう。出来れば、春美が身に着けていた形に似た眼鏡を――。




間久部「間久部です。噂の名探偵クン、ありがとう。江口君に純矢君、良くやってくれた。さて、次回は『オペラ座館に眠らぬ君を想う-能条 光三郎』。黒沢オーナー……いえ、先生。よくぞ決断されました」

日高 織江
作中にて、前回の事件を生存。保護観察とどっかの悪い医者が処方した薬の影響もあり、情緒不安定な生活を送っていた。桐生の影を求めて、歌島を訪れる
自決によってオリ主を精神的に追い詰めるつもりだったが、晴らす気は無くなった
弁護士となり、切磋琢磨しながら結城先生の顧問弁護士を目指し続けるだろう。時折、17歳の夏を思い出しながら――。

滝沢 厚
加奈井曰く「デブのナルシスト」。顔立ちが整っているから、微妙にモテていたらしい(ええー?ほんとにござるかあ?)
脚本家としての名を売りたいと切に願っており、光三郎を通して聖子の父親へ取り入ろうとした
聖子の悪事へ加担する見返りに理事長へ……という手段は取ってなかった模様(プライドかな?)
作中にて、緑川と日高の関係を知り、「緑川のくせに生意気だぞ」と勝手に文通を開始。次第に「織江ちゃんは俺と繋がる為に緑川を利用した」「最高の脚本を以て、緑川を始末しよう」と思考がシフトチェンジ
即席で作った計画は人の動きを完全に予測しきれず、日高を助ける形で死亡した

潮 小次郎
聖恋島殺人事件ゲストキャラ。作中にて、トカゲの尻尾切りにあう
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