金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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能条光三郎達の区切りです
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Q19 オペラ座館に眠らぬ君を想う-能条 光三郎

 管轄警察署の巡視船に乗せられ、能条(のうじょう) 光三郎(こうさぶろう)は遠ざかる歌島を眺める。

 雄大な自然は人間の諍いに動じず、普段通りの美しさ。

 7月、『オペラ座館』の事件を聞いた。

 光三郎は何故か女の死を思い浮かべた。実際、亡くなったのは高校生――クリスティーンを予定していた演劇部の少女だったと知り、誰にも気付かれぬ様に冥福を祈った。

 本当なら、黒沢(くろさわ) 和馬(かずま)先生の下へ駆け付け、見舞いたかった。寄り添いたかった。彼の心情を思えば、悲劇の繰り返しだ。

 

 今の自分(・・・・)に、それは出来ない――!! まだ何も、成し得ていないから!!

 

 波音が魂の叫びを掻き消し、光三郎は静かに息を吐く。我が身がちっぽけに思えても、緊張を解いてはならぬ。そう、まだ(・・)カーテンコールになっていないのだ。

 

 漁港に待機していたパトカーに乗せられ、そのまま管轄署に連行される。警官の尋問は思った以上に穏やかであり、調書もすぐに終わった。

 解放された光三郎が待合室に戻れば、順番を待つメンバーに妻・聖子(せいこ)の姿はない。

 

「聖子さんはご家族の迎えが来て、帰ったわ」

 

 加奈井(かない) 理央(りお)から気まずさを隠すような、素っ気ない態度で教えられる。

 昨晩の騒動を考えれば、聖子の行動は予想通り。心の中で舌打ちし、光三郎は誰とも目を合わせずに署を後にした。

 

「能条さん! 俺も一緒にいいですか?」

 

 金田一(きんだいち) (はじめ)は肩で息をしながら、光三郎を呼び止める。聞く必要はない為、歩みを落とさずに進んだ。

 否、逸る気持ちを抑えられなかったと言うべきだろう。

 警察より先に(・・)着かなければならない。1分、1秒が惜しい。

 返事も聞かず、金田一は勝手に付いて来る。光三郎がわざと足を速めても、ゼエゼエと気を切らす息遣いがわざとらしくて、ウザかった。

 

 電車に乗り込んだ時、彼が汗だくの状態を見てしまう。ちょっとだけ憐れみながら、ズボンのポケットに手を入れる。指先に触れた無機物を強く自覚し、光三郎はやれやれと諦めた。

 

「……ガールフレンドは一緒じゃなくて、いいのか? 金田一君」

「能条さん、俺が付いて来た理由……分かってますよね。昨夜、聖子さんが話してくれた内容、最初から知っていたんじゃないですか?」

 

 からかい半分だったが、金田一は動じずに本題へ入る。

 聖子が光三郎を物にする為、考えるのも悍ましい手口。実行犯の滝沢(たきざわ) (あつし)緑川(みどりかわ) 由紀夫(ゆきお)が死に、次は己の番だと恐れて、黒沢先生へ洗い浚い暴露した。

 

〝死なせるつもりなんて、なかったの! 黒沢先生、許して! 父に言って、いくらでも払うから……〟

 

 贖罪ではなく、保身の為に彼の娘・美歌(みか)が受けた恥辱をあっさりとバラされ、腸が煮えくり返った。

 堪え切れず、手を出してしまった。

 

 ――悔やまれてならない。

 

 しかし、流石は名探偵の孫。

 同じ車両に居合わせた他の客に聞かれても、通じない様に言い方にも細心の注意を払う。その配慮は有り難い。もっと違う機会で、出会いたかった。

 光三郎が何の思惑も持たず、事件に巻き込まれただけの当事者であったなら、名探偵クンの推理ショーを心から楽しめただろう。

 まるで舞台を見届ける観客の様に――。

 

「仮にそうだとしても、これは夫婦の問題だ。キミの出番はないぜ」

「いいや、ある。もしもそうなら、アンタの苦しみは何も終わってない。これからしようとする事も……見過ごせない

 

 どれだけの推理力だろうと、夫婦の諍いに探偵は不介入。しかし、金田一はそれで納得せず、寧ろ、光三郎の計画や動機を知っているかのような口振りだった。

 見透かされた感覚に襲われ、背筋が粟立つ。

 

「俺、アンタに会う前……似た事件に関わったんです。相手から受けた仕打ちを憎み、恨みを晴らそうと、その人は死に物狂いで……殺意を隠し通した。俺も何かひとつでも見落としたら、見抜けない……本当、犯行に使うには勿体無い才能の持ち主でした」

「……あ、そう」

 

 他人の事情と重ねられただけ、イラッとした。

 まさか、つい先日に世間を騒がせた人気アイドル誘拐殺人事件だと、光三郎は全く気付かなかった。

 それを抜きにしても、今からの行動を妨害されるのは――本当に困る。

 

「見逃してくれる条件があるなら、聞こう」

「……黒沢オーナーに話してください。アナタがどんな思いで、聖子さんと結婚したのか……。どれだけ……辛くて、耐えてきたか。あの人には聞く義務がある」

 

 ダメ元だったが、金田一は思った以上の難問を課す。

 光三郎自身は軽蔑されようとも、黒沢先生には何も知らずにいて欲しかった。聖子に釈明など機会を与えず、この手で裁いてやりたかった。

 だが、他に葬らねばならい物がある。今はそちらが優先だ。

 

「分かった」

 

 自分の口から出た返答は思いの他、小さくて笑い出しそうだった。

 

 乗り換えた電車の中ではお互いに無言。

 目的の新宿駅に到着し、光三郎は降りる。金田一も当たり前のように付いて来た。偶々かもしれないが、堂々と尾行されるのはムカつく。

 購買にあるタブロイド紙や新聞紙が目に入り、ひとつの記事を見るとはなしに見てしまう。

 劇団『アフロディア』所属・脚本家の虹川(にじかわ) 幸雄(ゆきお)。業界人特有の性癖の持ち主であり、緑川と同音の名前から、警戒していた。いつか逮捕されると思っていたが、麻薬取締法違反とは恐れ入った。

 

「能条さん、何か?」

「いや……」

 

 気付けば、足を止めて見入っていたらしい。金田一に心配された。

 虹川は演劇コンクールの審査員だった為、無意識に不動高校の舞台を思い返していただけだ。

 黒沢先生を東京で見かけ、慌てて追いかけた先で観た――あの場面。

 

 ――儚げなクリスティーンが、たどたどしく奏でる『悪魔組曲』の旋律。魂を悪魔に売り渡した我が身さえ、心打たれた。

 

 その学校の生徒たる金田一が、目の前にいる。不意の閃きは運命だろうか、光三郎は一瞬の瞑想に浸った。

 

「金田一君、ひとつ……頼まれて欲しい。金田(かねだ)君の事だ」

「!? ……金田(かねだ)が何か?」

 

 名を聞き、金田一は年相応に青褪める。彼が高校生だと初めて、実感した。

 

「彼はいずれ、誰かを殺す。そうならないように、見守ってあげてくれ」

「……能条さん、アンタ……金田(かねだ)の何を知ってるんですか?」

 

 金田一の顔色が変わっていく。傍から見れば、光三郎が脅迫しているような雰囲気。それでも気にせず、続けた。

 

「何も、知らないさ。それなのに……今は見える(・・・)んだよ。誰かの返り血を浴びた……彼の、そんな姿が……」

「……っ」

 

 脳髄の奥、胸の内に溜め込んだ憎悪はまだ燻る。聖子を殺せなかった憤りがあるからこそ、舞台にいるクリスティーンから〝吹雪(憎悪)〟を感じた。

 口走りながら、名探偵クンにどうしても伝えたかったのだと気付く。

 クリスティーンを演じた少年が再び、透明な心のままに舞台へ立ってもらう為だ。

 久しぶりに浮かんだ願い。

 

「能条さん、ありがとう」

 

 真摯な態度で頭を下げ、金田一は先にホームから走り去った。

 見送った光三郎は彼を追い払いたかっただけなのに、礼を言われた。その意味は後にも先にも、分からない。

 

 滝沢の住んでいたマンションへ行き、目的のビデオテープを手に入れた。

 まだ油断せず、そのまま河川敷へ向かう。

 人が寄り付きにくい橋の下へ入り、先ずはストッパーを緩める。テープを限界まで引き延ばして、グシャグシャに潰す。コンクリートへ叩き付け、足で踏みつけた。

 4年分の重みを込め、只管、踏んだ。

 この手で始末するはずだった3人の代わりに、踏んだ。

 

「燃やすかい?」

 

 ぬっと逞しい手が現れたと思えば、黒沢先生だった。彼にまで尾行されていたと気付かず、一瞬だけ胃が竦む。それよりもマッチの有り難みに意識が傾き、光三郎は躊躇なく受け取った。

 

 ――ボウッ

 

 燃える。テープが縮れる様を眺めながら、ここに来るまでの長い道程を振り返った。

 

 愛する人の死、遺書に記された惨たらしい真相。

 復讐の為に悪魔となり、浅ましい獣の仮面を被って真上寺 聖子(ケダモノ)へ愛を囁きながら過ごした地獄の日々。

 歌島を舞台に繰り広げるはずだった『オペラ座館殺人事件』。我ながら完璧なシナリオだったが、綿密な計画や下準備、小道具さえも無駄に終わった。

 美歌が死んだ歳と同じ、17歳の少女が絡んだ事故。もしかしたら、光三郎を憐れんだ何者かの策略を疑ってしまう。

 

 ――自分になど、憐れまなくていい。どうか、美歌に安らぎあれ。

 

 パチッと音が跳ね、プラスチック部分は炎の熱で拉げる。燃える部分がなくなった事を示さんと、煙も消えていく。最後にもう1回、残骸を踏みつけた。

 

「能条君、話してくれるね?」

 

 待ち侘びた黒沢先生は泣き腫らしながら、乞う。彼はビデオテープの中身を知らない。光三郎が無我夢中に踏みつける様子から、見当を付けてしまったのだろう。

 

 その後、金田一との約束を果した。

 黒沢先生は遮らず、真剣に耳を傾けてくれた。途中から、彼への懺悔になっていた。

 ひと言発する度、光三郎は手足へ血潮が通うような感覚を味わう。例えるなら、どこかへ置き去りにした〝心〟が戻って来た。

 もう十分だと美歌が拾い、届けてくれた。そんな気分だ。

 

「黒沢先生に俺の渾身の脚本、お見せしたかったです」

「能条君、キミは……馬鹿だ。本当に……」

 

 だから、我欲を口走る。黒沢先生は演技指導をするような優しい口調で微笑み、叱ってくれた。

 光三郎の頬に涙が流れた。4年間、壊れた涙腺が治ったように泣き続けた。

 

 

 後日、聖子と離婚した。

 最初は駄々をこねられたが、真上寺の義母が倒れた。聖子のファンデーションや口紅を借りた後に起こり、もしやと警察が調査したところ、件の殺鼠剤が検出されたそうだ。

 全て、『オペラ座館』に持ち込んだ化粧品ばかり。

 光三郎達はすぐに緑川の仕業と分かり、流石の聖子も心が折れた。飼い犬に手を嚙まれ、己の母親にまで害が及んだ。良い歳のくせに我儘し放題のお嬢様はこれ以上、危険な目に遭いたくないのだ。

 緑川もまた愛した少女の為に、事を起こそうとした。本当に意外だった。

 

 離婚を機に、光三郎は劇団『幻想』も辞めた。

 憔悴しきった真上寺(しんじょうじ) 秋彦(あきひこ)理事長は聖子の犯罪教唆が表沙汰にならぬよう、黒沢先生に莫大な和解金を払ったらしい。聞いた時は腹ただしかったが、美歌の名誉を重んじれば、仕方なかった。

 

 しばらく、日本を離れよう。

 かつて黒沢親子が訪れたイタリアへ行きたくなり、気付けば旅立ちの準備をしていた。まるで引き留めるように、間久部(まくべ) 青次(せいじ)画伯から絵馬(えま) 純矢(じゅんや)の個展へ誘われた。

 何故だろうか、行かねばならない。そう直感した。

 

 絵馬は来館者の対応に追われながら、律儀に光三郎を出迎えてくれた。

 

「能条さん、今日はありがとうございます」

「こちらこそ、……素晴らしい絵だ」

 

 ホールへ展示された絵は成程、天才と持て囃されるに相応しい。

 光三郎達が『オペラ座館』の劇場にて、最後に稽古をした様子が描かれた絵もあった。顔はぼかしているが、誰がどの位置か、絵の中の彼らの動きが手に取るように分かる。

 ひと月程度しか、経っていない。それでも、遠い過去に思えた。思えるように心は変わっていた。

 不意に、別の絵も思い付く。

 

「絵馬君、あの絵はあるかい? キミが日高って子に見せたスケッチブックの……」

「! 勿論、ありますよ。出口に飾ったんです。皆さんの見送りにピッタリだと思って……」

 

 聞いた瞬間、絵馬は表情を綻ばせた。どうやら、自信作と見た。

 

「純矢君、金田一君達が来たよ」

「間久部先生。はい、すぐに行きます。能条さんも……」

「俺はパス、まだ探偵クンと会う気はないんでね」

 

 間久部画伯が絵馬へ声を掛け、光三郎は気まずさもあって足早にその場を離れた。

 順路を守った先、ついに出会った。

 岬に立つ長髪の少女を描いた絵、それを鑑賞し続ける少年。

 

 ――美しい光景。

 

 光三郎は自分自身も絵の中に入り、少年少女が語り合う様子を間近で見ている気分に陥る。脳髄が心地良い感覚から抜け出たくなくて、近付くのを躊躇った。

 すっと少年の雰囲気が変わる。彼らの会話は終わったらしい。

 

金田(かねだ)君」

「……っ、能条 光三郎……」

 

 遠慮なく呼べば、三眼目は驚きに振り返る。お互い、自己紹介の必要はない。

 それでも初対面、愛想良くしよう。

 

○●……――黒沢 和馬はリゾートホテル『オペラ座館』のオーナーを辞し、歌島も売りに出した。

 演劇界へ復帰する為である。

 今回、愛娘・美歌が父親に知られまいとした死の真相を知ってしまった。同時に、ずっと目を背けていた彼女の遺志を思い出した。

 

〝いつかきっと、舞台に戻ってください〟

 

 持ち前の演出力を披露し、多くの人々を感動させる。

 遅くなったが、今こそ叶えよう。

 美歌の遺骨は先祖代々の黒沢家の墓へ埋葬し、息つく暇もなく『遊民蜂起』の門を叩いた。

 

「黒沢先生よくぞ……ご決断下さりました。やっと、肩の荷が下りますわ」

「黒沢先生が来られるなら、私などお役御免かな?」

 

 座長の(ひびき) 静歌(しずか)は突然の連絡を驚かず、高級料理店の一室を貸し切りにしてくれた。演出家の影島(かげしま) 十三(じゅうぞう)、舞台監督、顧問弁護士の影島(かげしま) (りゅう)、顧問税理士まで呼ぶとは気が利き過ぎている。

 

「いやいや、2人とも。私を末席に置いてくれと言っているだけだよ。座長は引き続き、静歌君にお願いしたい」

「黒沢先生を差し置いて、そんな真似できませんわ。ねえ? 十三先生」

「静歌先生のおっしゃる通り。たった数年離れただけで、黒沢先生を忘れる者が演劇界にいるとお思いですか? 教え子達も歓迎しますよ」

 

 初心からやり直す気持ちで参じたが、静歌先生と十三先生はクスクスとこちらへ大役を押し付けてくる。舞台監督も同意見らしく、大演出家の復活にビール瓶を追加注文し出した。

 

「『遊民蜂起』は元々、黒沢氏が立ち上げるはずだった。そう、響氏から伺っております」

「静歌君、ま~た大げさに伝えたね。影島先生……紛らわしいから、龍先生とお呼びしますね。私は命名しただけだよ」

 

 少し緊張気味の龍先生は事実確認と共に、周囲の人間が自分へどんな印象を抱いているか、さっと教えてくれた。

 

「いいえ。黒沢先生が断ったから、私にお鉢が回って来ただけですわ」

「黒沢先生に劇団へ愛着を持たせる為、命名を頼んだのは静歌先生のアイディアです」

「なんてこった。私は最初から、静歌君の術中に嵌っていたんだね」

 

 もう逃げられないと悟り、高揚感が沸々と湧き起こった。すぐにでも劇団員達と挨拶し、稽古に励みたい。逸る衝動を抑え、劇団員人数、活動資金etc.……運営状況を確認している間、酒豪の舞台監督はビールを煽っていた。

 

「出資者の方にも知らせないとね。代理人と連絡は取れるかい? ……ええと、名前は……」

「水沼さんです。残念ですが、こちらからの連絡手段はありません」

 

 出資者の代理人・水沼(みずぬま)。そう名乗った男との出会いが『遊民蜂起』の始まりと言えよう。

 黒沢を訪ねに『オペラ座館』へ宿泊し、劇団設立の話を持ち掛けてきた。

 発案たる出資者は資産家だが、演劇の素人。その為に元演出家へ助力を願った。

 役員になりたいワケでも、劇団が得た利益も要らない。そんな説明を延々とされたが、どう考えても胡散臭い。マスクとサングラスで素顔を隠すのは仕方ないにもしても、詐欺を疑った。

 黒沢が断れば、水沼は静歌先生を当てにした。引き受けた彼女の勇猛果敢さに、当時は呆れたモノだ。

 

「最後に連絡があったのは2年前、私が演出した『オペラ座の怪人』の千秋楽がはねた頃です。あちらの期待以上だったと、お褒めの言葉をもらいはしましたが……それだけですな」

「そんな長い期間、連絡がないなんて……ご病気でもされてないといいが……」

 

 十三先生の説明に、黒沢は水沼の身を案じた。

 

「水沼氏は2年以上、宣言無しの音信不通です。定期報告の契約もありません。ですが、然るべき機関に調査を依頼してはいかがでしょうか」

 

 呑気な舞台監督は運営上の問題点になるのか、龍先生へ問う。まだ若いのに、しっかりとした発言だ。

 次いで、顧問税理士は出資者への取り分を用意しており、万一の返金請求にも対策済みと説明してくれた。

 水沼は劇団の恩人。龍先生の意見を取り入れると結論付け、食事を楽しんだ。

 舞台監督から秋の演劇大会ゲスト審査員を押し付けられたが、酒の勢いで了承した。

 

 解散の後、気兼ねなく飲み直そうと静歌先生、十三先生の3人でバーへ入った。

 

「黒沢先生、こちらをご覧ください」

「……これは、履歴書? ……っ」

 

 十三先生は周囲を見渡し、明らかに手作り感のある履歴書を取り出した。知っている顔が写った写真、記入された名前、家族構成や経歴が綴られていた。

 ゾッとする。

 

「驚きました? この子、水沼さん……正しくは出資者の方がゾッコンの相手です。その方、彼が所属するに相応しい劇団を見付けられず、新たに作ろうとなさったんです」

 

 確認で問えば、静歌先生はとんでもない情報を伝えてきた。

 

「出資者のご家族?」

「さあ、そこまでは……水沼さんも私達の目に適うなら、スカウトして欲しいとだけで……多くは望んでおられませんでした。ですから、彼の存在は私と十三先生しか知りません」

「書類は中学生とありますが、今は高校生です。8月の演劇コンクールで見かけましたよ。荒削りな演技でしたが、柄にもなく美しいと感じましたね」

 

 何たる偶然、否、必然(・・)

 高校演劇コンクールにて、審査員を務めた十三先生の補足説明は聞かずとも、こちらは既に書類の高校生と面識がある。この状況に息を呑んだ。

 書類を見た直後に感じた悪寒はもう、歓喜へ変わっていた。

 

 

 秋の演劇大会、高校生達の舞台審査も無事に終える。

 彼の少年とも再会し、水沼の名に心当たりがあるか問う。当ては外れ、知り合いではなかった。

 探偵クンの腕を見込み、調査を依頼したが断られた。彼が言うには、良い結果にならないそうだ。忠告を聞き入れ、一先ずは諦めた。

 黒沢が更なる活躍をすれば、向こうから連絡をくれる。そう、信じた。

 

 

 半年が経ち、演出家・黒沢の復活公演『オペラ座館の殺人事件』は大成功を収めた。

 海外からも称賛の声を頂き、多くのファンレターが届く。

 その中にひとつ、能条 光三郎からのエアメールへ真っ先に飛び付いた。

 今回の公演は彼の脚本故、批評を気にするだろうと思い、期待に胸躍らせて開封した。

 差出人は能条。しかし、その筆跡は別人。ずっと連絡を待ち望んだ相手だ。

 

【黒沢先生が舞台へ戻られ、嬉しく思います。僕は手術が成功し、リハビリも順調です。心配しないでください。以前と同じように、この手紙も燃やして下さい】

 

 ホッと胸を撫で下ろし、黒沢は整頓された書類棚からひとつの便箋を抜き取る。

 7月の事件後に来た手紙。『オペラ座館』で高校生が亡くなり、こちらを心配する気遣いに溢れた内容である。差出人は【金田(かねだ) にいみ】だが、今回と同じ筆跡だ。

 名前が書かれていなくても、誰かなんてすぐに分かる。

 

(霧生 鋭治……)

 

 美歌と同じくらい、大切な人間。事情があって姿を消していると思い、詮索しなかった。追い詰めて、娘の二の舞になるのを避けた。

 だが、生きているなら、彼に会いたい。

 もう我慢なんて、しない。

 前回はアメリカ、今回はイタリアと国を渡り歩いている。探偵クンの真似をして、探すのは困難だろう。

 冒険へ挑む少年のように、心が躍った。

 

()を甘く見るなよ、鋭治(息子)

 

 今なら、何でも出来る。そう思い込んだ人間は無敵だ。




武村「武村 英三です。閲覧ありがとうございます。黒沢オーナー、ついに歌島を売る気に! ありがとうございます。島の売買に関して、この武村にお任せください。悪い様にはしませんとも……へへへ。さて、次回は『オペラ座館に眠らぬ君を想う』!! 『大草原の小さな家』、ほうほう。色んな客が来るんですな」

能条 光三郎
「能条タイプ」の語源、復讐の為『悪党』になった男
元々、誠実な性格であり、『外道な人間』としての暮らしは酒にも酔えず、味覚も失われる程に肉体へ異常を起こした。その生き方は読者の心をガッチリ掴む
作中にて、身を削った復讐の舞台はイレギュラーによって、破綻
演劇を離れ、ヨーロッパ旅行へ繰り出した先で意外な人物と遭遇し、黒沢オーナーへの手紙の差出人となった

黒沢 和馬
ホテルを復讐の舞台に利用される2回目
美歌の遺言を本当の意味で思い出し、演出家に復帰する。正直、『オペラ座館殺人事件』はここで終わって欲しかった
作中にて、「海外公演しようぜ」とヨーロッパを巡り、目的の人物と無事に再会する

黒沢 美歌
純粋無垢であるが故、聖子の悪意に疎かった
その身に受けた惨い仕打ち、原作と劇場版では内容が異なる(本当、ここに書きたくないレベル)

加奈井 理央
姉御肌の名女優、黒沢オーナーを本気で好き。舞台で探偵役の経験があり、はじめちゃんにも協力的。美雪とのベッドインを強く推し進めた。2人目のノスタル爺?

能条 聖子
旧姓・真上寺 聖子、悪役令嬢のお手本
光三郎を手に入れても、「財産目当て」と疑い、保険金の受取人から外すなど、疑心暗鬼に駆られた夫婦生活を送った
作中にて、他の2人同様に××してやろうと思いましたが、流石に警戒心が出るだろうと今回は生存
実母が被害に遭い、しばらくは大人しくなる

真上寺 秋彦
聖子の父親、劇団理事長。名前のみ登場

緑川 由紀夫
パシリ。光三郎曰く、3人の中ではまだ常識のある方らしい
原作小説にて、黒沢オーナーをバンバン売ってた(てめえ……)
作中にて、日高を聖子の魔の手から守ろうと「殺鼠剤」を仕込む。それがどうなったかを知る事なく、死亡した

響 静歌、影島 十三
オペラ座館第3の殺人事件ゲストキャラ。作中にて、『遊民蜂起』を運営し、黒沢復帰を待ち望んでいた

弁護士・影島 龍
暗黒城殺人事件ゲストキャラ。作中にて、劇団の顧問弁護士
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