金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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Q13の翌日、『オペラ座館』騒動中のオリ主の行動。悲恋湖伝説殺人事件の後日にもなります


Q20 オペラ座館に眠らぬ君を想う

 午前授業は終わり、下校。

 (いち)は生徒会室へ直行せねば、午後の業務に間に合わない。お弁当も持参し、優先順位を今一度、確認しよう。

 

「金田、今日の演劇部はどうする? 大会までもう3週間しかないんだぜ、そろそろ……」

「神矢君、自分は生徒会があります」

 

 教室を出ようとしたが、神矢(かみや)に呼び止められる。演劇部へ退部届を出した話はまだ、彼に伝わっていない様子。演劇部顧問の緒方(おがた)先生にイラッとする。

 

「……台本は読んでおいてくれよ。お前は大司祭なんだから」

 

 神矢は遠慮してくれたが、衝撃の配役を今知った。

 職員室へ生徒会室の鍵を取りに行き、緒方先生を探す。勝手なやり方に抗議しようと思ったが、こんな時だけ姿はなかった。

 

 学園祭実行委員のポスター制作見直し、屋台の設置場所も確保。それに伴い、パンフレット書き直しも完了。馴染みの印刷所へ発注依頼は週明け、どうにか決まった。

 全員がグッタリすれば、執行部顧問は来年度の生徒会長及び、副会長の立候補について考えるようにトドメを刺した。

 

「もっかい、……七瀬さんが会長でいいのでは?」

「でも、美雪ちゃんは部活を優先するんじゃないかな。緒方先生と須貝先生、どっちの部長にさせようかって、話したもん」

「流石に……会長の兼任はねえ」

 

 (いち)は投げやりに呟き、秋絵(あきえ)は考え込む。千家(せんけ)の言う通り、生徒会長は部長会議の進行役。兼任は校則以前に生徒への負担を考え、禁止だ。

 

「部費の公平さに欠けるから、ダメっスね」

「千家君、立候補しちゃえば? 医大を受験する予定だし、内申書も良くなるわ」

「俺? 七瀬さんの後任だと、ブーイングを喰らいそうだな。彼女、人気あるしね」

 

 海峰(かいほう)が会計と頷き合い、鈴森(すずもり)は自信満々に閃く。千家もまんざらではない様子だが、懸念もあるようだ。

 

「自分としては恙無(つつがな)く、業務を終えるなら……誰だろうと構いません。お先に失礼します」

 

 言いたい事だけを告げ、(いち)は通学鞄を持つ。戸締りをせず、退出した。

 背中に驚いた視線を浴びたが、無視しておく。

 

 『大草原の小さな家』へ到着し、まだアイドルタイムなのにコーヒーブレイクの客人が多い。

 

「「いらっしゃいませ~♪ 金田先輩、片倉さん来てますよ」」

「片倉さん、お待たせしました」

「……いや、俺も今……来たし」

 

 お手伝いの佐木兄弟に出迎えられ、驚かずに片倉(かたくら) 猟介(りょうすけ)と相席する。『流森奇術会』現役マジシャンによるマジックショーが2年D組の催し物、言い出しっぺの自分が打ち合わせするのだ。

 

「……残間君、顔色悪いけど……ちゃんと疲れ……取れてる?」

「寝ていますよ、毎日8時間です」

 

 強いて言うならば、(いち)は睡眠を取るのみ。

 昨日は不動山署に呼ばれ、帰宅した後に家族会議を強行。

 お互いに情報交換しようとしたが、北海道の函館異人館ホテルについて、詰問された。昼間に感謝状が青森県警より届き、2人を驚かせていた。

 

〝万代 鈴江に何があったんや?〟

 

 金田祖父は深刻な態度にて、聞き入り。(いち)が話す度に表情は暗くなっていく。言葉に出さずとも、彼は万代(ばんだい)先生と顔見知りだった。

 佐木親子の存在を教えた瞬間、金田祖父は手で顔を覆う。その仕草が恐ろしく、(いち)の背筋は凍り付いた。

 

〝あなた、頭を冷やしなさい〟

 

 金田祖母の静かな声に締め括られた。

 今宵も家族会議の続きをせねば、そう考えるだけで億劫だ。

 

「それで残間君の衣装、これでいい? 俺がデザインしたから、センスはイケてると思うんだけど?」

「……スカートの丈、みっじかいです。自分は制服を着ます」

 

 片倉と打ち合わせしながら、姉・さとみを想う。

 次から次へと押し寄せる大人達の事情、彼女の心を蝕まないか心配だ。

 

「さとみちゃん、今日もマジックショーのお仕事が入ってるぜ。あの子は俺らが見とくから、そんな不安そうな顔しなさんな」

「……失礼しました。片倉さんや流森会長が居てくださるなら、はい……。姉は大丈夫だと思います」

 

 悩みが顔に出ていたらしく、片倉は切なげに眉を寄せた。非礼を詫びたつもりが、彼は更に沈痛な面持ちになった。また言葉を間違えたらしく、申し訳なく思う。

 

 閉店後の清掃を終え、裏口から退店。

 

「センパ~イ、お待ちしてマシタ。さあさ、兄さんの部屋へ行きまショ♪」

 

 自転車へ跨った竜二(りゅうじ)が元気溌剌と待ち構え、幻覚を疑う。目を擦ってみたが、どうやら本物だ。

 

「竜二君……お疲れ様です。先に帰られたのかと……え? 佐木君が独り暮らしするアパートに? 今からですか?」

「はい♪ 金田センパイが店へ来る前、お婆ちゃんから電話があったんです。ボク達にセンパイをよろしくって、お願いされました」

 

 混乱しつつ、情報を整理整頓している間に金田祖母の気遣いを知らされる。彼女が他人を頼るなど、もっと驚いた。(いち)の帰宅を許さないつもりだろうか、そんな卑屈な考えも浮かぶ。

 金田祖父と顔を合わせづらい為、素直に感謝しよう。

 

「金田先輩、来ましたね。いや~先輩と寝泊まりできるなんて、感激っス♪」

「……海峰君、こんばんは」

「金田先輩、こちら……替えの下着とパジャマです。お持たせと一緒にお爺ちゃんが持って来てくれました」

 

 生徒会室で別れたはずの海峰に出迎えられ、竜太(りゅうた)には着替えを渡される。金田祖父に部屋へ入られた挙句、洋服箪笥も見られた。仕方ないとは言え、ちょっとショック。

 友達の部屋へ泊まれる胸の高鳴りが勝り、肩の力が抜けた。

 

「流石に男4人だと狭いですねえ。兄さん、ビデオ邪魔だよ。今くらい、下げたら?」

「ここは僕の部屋だ。竜二が下げろ」

 

 竜太の整理整頓により、4人の座る場所は確保されている。しかし、顔が近すぎてハンディカム2台の存在が普段よりも強調し、ブツからないように気を遣ってしまう。

 

「……アンタらもビデオが邪魔とか言うんだ……」

「てっきり、顔の一部だと思っていました」

「「眼鏡ならまだしも、ハンディカムは無理無理っ」」

 

 海峰と一緒にギョッとすれば、意味不明な理由で諭された。可笑しくて、笑う。声を出すと煩くなる為、(いち)は口を手で覆った。

 

「金田先輩、やっと笑ってくれましたネ」

「ここにはボクら、可愛い後輩しかいないんで。ドンドン、笑ってクダサイ♪」

「いや、可愛い後輩は俺だけッショ」

 

 3人の後輩から温かい眼差しを受け、気付かされる。

 

「……自分、笑えていませんか?」

「そっスよ。……色々、立て続けに起こったんで、気持ちは分かりやす。正直……遠野先輩については、まだ割り切れてねえっス」

 

 自分の頬に触れながら、海峰の言葉に胸が痛む。

 初めて、彼の口から遠野(とおの)先輩の名が出た。或いは自分へ気を遣い、出せなかったのかもしれない。

 (いち)はハリストス正教会へ祈りを捧げ、それで折り合いを付けた。

 けれど、何も知らない生徒はどうしているのだろう。

 白峰(しらみね)先輩のような友人や、秋絵のように恋心を抱いていた人々に碌な説明もなく、時は過ぎて行く。

 

「中津川先生のした事はアレですけど……勇気と言うか、元気になった人もいますよ。うかうかしてると可愛い子が先生に取られるってね」

「……元気になるベクトルが違うッショ」

 

 竜太曰く、中津川(なかつがわ)先生の不純異性交遊は一部男子を盛り上げているらしい。

 不謹慎だが、今年度に入って2度目の発覚。彼らの焦る気持ちも分からなくないが、不意に『小田切先生』を思い返す。触発され、不破(ふわ)警視も浮かんだ。

 

「センパイ、軽井沢へ行ってたと聞きました。僕も来月、父の仕事で行くんです。センパイもどうです? 新幹線も開通するし、新しくなった軽井沢駅も見られますよ」

「……行ってらっしゃい」

 

 竜二がさっと話題を変え、(いち)はまた気を遣われたと察した。

 

「そういや、先輩。聞いたかもしんないスけど、来月の大会はお手伝い出来ねえっス。囲碁部の合宿があるんで、開桜とバトって来ます♪」

「……ああ、前に教えてくれた伝統行事ですね。海峰君、全力を出し過ぎて、相手のプライドをへし折らないでくださいね」

「そいつはちと、難しいですわ~」

(海峰君がいないなら、今回は伴奏なしか……)

 

 夕食をご馳走になり、金田祖父母へ電話連絡。近くの銭湯へ行き、全員で湯船に浸かった。

 明日は日曜日と騒ぐ後輩を尻目に、(いち)は布団を拝借。

 

「え~! 金田先輩、もう寝るんスか? まだ10時前っスよ? 先輩の好みの女子とかな~んにも聞いてねえっス」

「「残念、先輩は夜10時に寝るんです」」

「おやすみなさい」

 

 予想通り、海峰からのブーイング。佐木兄弟が得意に告げ、(いち)は遠慮なく瞼を閉じる。

 意識が消えゆく最中、電話の音を耳にした。

 

 

 午前6時の起床は変わらず、されど目覚めは快適。程良い涼しさと雀の囀りが心地良く、下敷きと化した後輩を見渡す。

 竜太は枕、海峰は胴体、竜二は足元。

 バランスの良い人肌布団は疲労回復に効果抜群。毎日、この状態で眠りたいが我慢だ。

 そっと3人から離れ、深々と感謝した。

 (いち)の通学鞄へ【白神さんから先輩へ電話あり、アパートの外に待機】とメモが添えられ、2度見する。白神(しらがみ)は多忙の為、ミス研にも顔を出せない状況だ。

 窓の外を見渡せば、白いジャケットを着た男が目に入る。後ろ姿だが、本当に白神だ。

 後輩を起こさないように身支度を整え、そっと外へ出た。

 

「白神さん、おはようございます」

「……おはよう、金田君。会わせたい方がいます。一緒に来てください」

 

 小声で挨拶もそこそこにし、白神は静かに歩く。早朝の散歩に出歩く人々とすれ違いながら、遊具のない公園へ到着した。

 花壇には彼岸花が咲き並び、見事な赤は秋の始まりを教えてくれた。

 他の季節物を探そうと見渡せば、木を囲うベンチに男が1人、座っていた。白髪混じりに額の傷は遠目から見ても、印象的だ。

 違う(・・)、目を逸らしたくなる程の不愉快さ。彼と話してはならないと脳髄の奥から、警告音が鳴り響く。

 相手もこちらへ気付き、縋るようにベンチから立ち上がった。

 涼しく快晴だと言うのに、男の雰囲気は暗く沈んでいる。

 

「金田君、紹介します。甲田 征作さんです。私が以前、地方医師の取材をした際に知り合いました」

「初めまして、甲田です」

「……どうも」

 

 白神に紹介され、甲田(こうだ) 征作(せいさく)医師は物腰柔らかな態度を見せる。胸騒ぎが激しくなり、耳鳴りも煩い。自分の勘が当たらないよう、祈った。

 彼らが意味深に目配せし、(いち)は過剰に肩を痙攣させる。逃げたくても、足は竦んで動けなかった。

 

「甲田さんは悲恋湖の事件当時者です」

 

 視覚が肉体と乖離され、現実味がない。頬に触れる風も他人事、きっと映画を観ている。ドキュメンタリー映画だ。

 

「金田君、甲田さんの話を聞いてください」

「……っ」

 

 白神の鋭い声を聞き、(いち)は我に返る。彼に腕を掴まれた自分の手が知らずと耳を塞ぎ、甲田医師も慌てさせていた。

 脳髄が状況を把握し、深呼吸。

 

「失礼致しました。自分、貴方を知りません。報道に甲田さんのお名前も無く、金田一(きんだいち)君と七瀬さんから何も聞いておりません」

「そうでしょうとも。……私も彼らを通さず、アナタへ会いに来ました。遠野君がアナタへ遺した言葉を……伝えに」

 

 甲田医師が遠野先輩の名を紡ぎ、恐怖に慄く。反対に小林(こばやし)画伯の遺言ではないと安堵する気持ちも混ざり、冷たさと暑さが血液を駆け巡った。

 瞼の裏に金田祖父が嘆く姿を思い浮かべ、(いち)は拳を握りしめる。彼に倣い、今度は自分がその番(・・・)だ。

 

「甲田さんが話せる限り、全て……聞きます」

「金田君……」

 

 自分の覚悟を示そうとしたが、声が震えすぎて尻込みしているに聞こえる。しかし、甲田医師には十二分に伝わってくれた。

 順を追いながら、甲田医師は語る。

 3年前の海難事故、犇めき合う救命ボート。海に落ちないよう、しがみついた甲田医師の手へ縋り付いた少女。1人対大勢を天秤にかけ、『カルネアデスの板』に則った。

 

(……あの写真に写っていた……遠野先輩の妹が、そうか?)

 

 そこは定かではないが、小泉(こいずみ) 瑩子(けいこ)の名は当時の新聞にも載っていた。

 

「遠野君は小泉さんを殺した……私を探し出し、仇を討とうとしました。他の方は私とイニシャルが一緒だった……それだけの理由で、巻き込まれただけなんです」

「巻き込まれた……だけ?」

 

 懺悔する甲田医師の言葉が耳を貫き、隠れていた不安が消え去る。心のどこかで、小林画伯が遠野先輩から恨まれる程に罪深いと、知るのが怖かった。

 その死は変えられないけれども、殺害された動機はハッキリした。

 

(小林さんは……悪くなかった。母さん、小林さんは何も悪い事してないよっ)

 

 感極まった想いをこれ程、母・にいみへ伝えたいと思った事はない。小林画伯と過ごした何気ない日々が強制的に呼び起こされ、目元に涙が溢れる。咄嗟に隠そうと手で覆ったが、すぐに気付かれた。

 

「金田君!」

「甲田さん、続けてください……」

 

 涙に驚いた甲田医師は話を止めてしまい、(いち)は懇願する。彼は白神へ視線を送った後、大きく頷いた。

 

「遠野君は……極度の錯乱状態にあり、アナタと七瀬さんを見間違えました」

 

 金田一(きんだいち)に真相を明かされ、甲田医師は犠牲を出さないように自ら斧を手に取った。その時に現れた七瀬(ななせ)へ向かい、遠野先輩は言い放ったそうだ。

 

〝金田君……大丈夫、コレが終わったら……一緒に学園祭、回ろう〟

 

 遠野先輩の心は血に濡れた悲恋湖になく、11月の学園祭へ飛んでいた。

 

「気が早いですね……遠野先輩、らしくない……」

 

 全てを聞き終え、(いち)は開口一番にそう呟く。傍から聞けば、笑い声だ。

 遠野先輩を想うのだから、笑ったっていい。もう涙は止まり、濡れていた頬は乾いた。

 甲田医師が語った内容を反芻しながら、ひとつの確信が芽生える。

 

「礼は言いませんよ、甲田さん。アナタは言うべき相手を間違えています」

「金田君……礼など不要です。しかし、遠野君はアナタに……」

 

 続けようとした甲田医師の口へ人差し指を立て、遮る。戸惑う糸目が見開かれ、(いち)はやっと彼と視線が絡んだ気がする。

 

「遠野先輩のご両親がいます」

「……っ、……しかし……既に警察が……」

 

 遠野先輩は養子、両親もただの養い親だ。(いち)も数える程度しか、会っていない。それだけで息子を愛する親だと十分、知っている。だからこそ、殺人に至った動機も受け入れなければならない。

 悲しみの湖へ沈もうとも――それが親の役目だ。

 

「警察は事件の概要を伝えるだけです。具体的に何があったのか、アナタにしか語れない。先ず、お2人に会ってあげて下さい」

「……私になど……会ってもらえるか……」

 

 それに事件直後はショックもあり、話が十分に伝わっていないかもしれない。

 だから、甲田医師に無い発想だったらしく、急にオドオドし出した。

 弱気な態度を見て尚の事、彼らは会わせるべきと勘が働く。甲田医師はこのまま、どこかへ消え去るつもりだったのではないかと疑う程、儚い。

 

「会ってもらえないなら、会えるまで、会いに行けばよいのです。そして、出来る事なら……お2人を助けてあげてください」

「……っ」

 

 動機が何であれ、遠野先輩は4人を殺した。未成年者故、報道規制はかかる。だが、世間へ知れ渡るのは時間の問題。彼の両親は『加害者の身内』として、誹りを受けるのだ。

 自分が彼らを助けるには、厄介な事情を抱えすぎている。もしかしたら、桜樹(さくらぎ)先輩辺りが動いている可能性もある。大人の助けは1人でも、多い方に越した事はない。

 

「……分かりました」

 

 ひと呼吸おき、甲田医師は告げる。手術台へ立ち向かう執刀医の如く、確固たる意思を持っていた。

 糸目に薄らと不安が見え隠れするが、彼は決して逃げないだろう。

 

「白神さん、甲田さんを送り届けてください」

「それは構いませんが、金田君は……」

 

 白神を振り返り、甲田医師を託す。自宅まで付き添うか、遠野先輩の家を目指す選択もある。寧ろ、そうなればと期待した。

 

「自分には、可愛い後輩がいますので」

「そうでしたね。行きましょう、甲田さん」

「え……はい」

 

 物陰へ隠れたハンディカムの存在を教える。白神はクスリッと笑いながら、すぐに納得して歩き出す。彼に促されるまま、甲田医師は会釈してくれた。

 話す前と違い、勇ましくなった甲田医師の歩き方に迷いはない。それを見送りながら、(いち)は奇妙な思考に纏わり付かれた。

 

(遠野先輩が……殺しそびれた相手(・・・・・・・・)

 

 〝代わり〟とするには最適の相手との出会い。しかし、甲田医師が血に伏せる姿は想像出来ず、心も踊らない。彼は違うと思った。

 

 一難去ってまた一難。

 

 後輩との時間を堪能し、金田家へ帰宅した直前。廊下の電話が鳴り響き、途轍もなく嫌な予感がする。

 (いち)は無視しようとしたが、眠そうな金田祖父が受話器を取った。

 これ幸いと自室へ行き、バイトの支度に取り掛かる。彼が電話に気を取られている間、さっさと出掛けようとしたが、無様に捕まった。

 

「七瀬さんからの電話やったで。『オペラ座館』でまた事件に遭うたと。幸いと言うたらアカンけど、金田一(きんだいち)くんらに怪我はのうて、亡くなったんも不動高校とは無関係の人や」

「……事件」

 

 一瞬、寒気が走る。歌島に季節外れの吹雪が舞い込み、金田一(きんだいち)達はそれを目の辺りにした。

 しかし、金田祖父の間延びした口調から、犠牲者は本当に赤の他人と予想できた。

 胸を撫で下ろし、亡くなった名の知らぬ方へ一瞬の黙祷を捧げた。

 

「七瀬さん達、無事なのですね」

「ああ、事情聴取も終わったらしいわ。親御さんも迎えに来てくれて、これから東京戻る言うてたで」

 

 迎えに来た保護者と聞き、七瀬の両親のみと察す。金田一(きんだいち)の両親を脳裏に浮かべ、何とも言えない気持ちになる。彼への信頼が見せる親子の絆、そう納得しておこう。

 日高(ひだか)の身も案じたが、付き添いの剣持(けんもち)警部を信じた。

 

「ニュースになる前に、緒方先生と(いち)へ連絡してくれたんや。感謝しとき。ほな、ワシらもボチボチお話ししとこうか?」

「――僕は今、忙しいので――」

 

 金田祖父にさて本題と言わんばかりの態度を示され、(いち)はバイトへ急ぐ。

 どうせ、ここへ帰って来る――信頼に満ちた眼差しを背に受けた。

 

 昼ピークの真っ只中、金田一(きんだいち)は豪快に来店の鐘を鳴らす。

 

金田ぁ、話がある!!

 

 肩で息を切らし、頬に髪をベタ付かせた形相は鬼気迫っている。彼の表情はカツラに隠れた自分自身そのもの。初来店の友達へ恐怖したのは、初めてだ。

 

!? 本名で呼ぶなあ!!

「あれえ? 金田一(きんだいち)……、もう静岡から帰って来たのか?」

「有森……ぜえぜえ、金田は? ここでバイトしてるって……」

 

 (いち)が動揺のあまり、汗だくのビッショビショと化す。有森(ありもり)が物凄く自然に金田一(きんだいち)へ対応してくれて、助かった。

 

「ワリィ、見ての通りに忙しくてよ。まだ1時間以上はこの状態、明日にしてくんね?」

「じゃあ、待つわ……ぜえぜえ」

 

 有森は決して、(いち)を見ない。しかし、彼からの強い意識を肌で感じる。金田一(きんだいち)へ「帰れ」と言わなかった自分を心から褒めた。

 

「あら~♪ 可愛いお店じゃない、有森君。すみません、2人です」

「――いらっしゃいませ、順番にお呼びし致します――」

 

 オマケの七瀬は店内に興味津々、(いち)に全く気付かない。金田一(きんだいち)共々、遠慮なく外の行列へ並ばせた。

 

「小渕沢さん! ここに居て、平気なんですか? プロダクション、今……大変な時期なんじゃあ……」

「ええ、まあ。ですが、社長から役立たずの烙印を押され、とっとと出て行けと言われました」

「うわあぁ……あの社長らしいわ~」

 

 順番の回った2人は相席となった小渕沢(おぶちざわ) 英成(ひでなり)に同情しつつ、飯も食わずにコーヒー2杯で30分も居座った。影の薄い小渕沢とやらはホットケーキセットを平らげ、さっと会計を済ませて退店した為、余計に目立つ。

 

「お客様~、当店オススメのカレーライスはいがが~?

「……店長……俺のツケで、注文ひとつ」

 

 営業スマイルでイライラした店長はとっても、恐ろしい。有森も流石に申し訳ないと感じ、金田一(きんだいち)へミートソーススパゲティを奢っていた。

 

「はじめちゃん、もっと落ち着いて食べなさいよ。みっともない」

「美雪の分も取り分けてんだろ、食べ方にケチ付けんなって」

 

 一皿を分け合う高校生はどう見ても、イチャイチャカップル。独り者の店長は般若の笑顔になった。

 金田一(きんだいち)の食べっぷりに影響され、同じ注文が殺到した。

 ピークを過ぎ、(いち)は早めの休憩を取らせてもらう。

 エプロンとカツラを脱ぎ、裏口へ回る。疲労も重なり、(いち)はグッタリと愛車へもたれかかった。待ち人の2人は周囲を見渡しながら、現れた。

 

「金田君、ひょっとして……今日はお休みだった? 急いで来たみたいに見えるけど……」

お、お構いなく……七瀬さん

 

 七瀬から詫びるような視線を向け、(いち)は愛想笑いも忘れる。金田一(きんだいち)の煩い視線より、その口元にあるミートソースの存在が強すぎた。

 

金田一(きんだいち)君、ミートソース……」

「金田、演劇部に入部しろよ」

「? ……はじめちゃん?」

 

 ミートソースに気を取られ、金田一(きんだいち)の言葉を理解するのに時間がかかった。それは七瀬も同じであり、寧ろ、今更な雰囲気を醸し出した。

 

「辞めちまいたいって、お前の意思は尊重する。退部を取り消せとは言わない。だから、入部してくれ(最初から始めよう)。美雪には、お前が必要だ。不動高校演劇部は、金田(かねだ) (いち)が欲しいんだよ!」

 

 笑顔のない金田一(きんだいち)は一括りにした髪を靡かせ、切実に訴える。クリッとした大きな瞳が年相応に輝き、友達へ懇願する想いを宿らせた。

 普段見せるお調子者、偶に見せる名探偵の顔、隠された義理人情に厚い一面。

 どれとも違う。

 これが彼の素顔か、そう思わせる。

 そして、朝方に甲田医師が感じたであろう戸惑いを味わい、瞑想した。

 

 ――後戻りできないなら、もう一度始めよう。

 

 とても単純で、当たり前な理屈。何故だろうか、今は素直に頷きたくなった。

 否、もう頷いた。

 (いち)の口からフッと漏れた息と共に首振り人形の如く、納得を態度で示す。甲田医師との会話で少々、高ぶっていた感情が晴れやかに空へ舞う。心なしか、汗ばんだ熱も引いた気がする。

 きっと後輩達のように、(いち)の溜まった鬱憤も金田一(きんだいち)には見抜かれていただろうと思う。決して、お節介を焼かず、見守る優しさが嬉しい。

 

「しょうがありませんねえ、ハジメちゃんに乗せられて上げますよ」

 ……へへ、金田は乗っても損ねえだろ」

「……っ」

 

 ハッとした金田一(きんだいち)と軽口を言い合った後、(いち)は常に持ち歩く生徒手帳を取り出す。白紙のページを引き千切れば、察した七瀬がそっとボールペンを貸してくれた。

 即席で入部届を書き上げ、ペンと一緒に七瀬へ手渡した。

 

「明日からの新入部員です。七瀬さん、宜しくお願い致します」

「……ええ、こちらこそ?」

 

 (いち)は角度の良いお辞儀も加え、演劇部を支える裏方へ改めてご挨拶申し上げる。

 もっと喜んでくれてもいいのだが、七瀬は腑に落ちない表情で雑な入部届を眺めた。入部を拒んでいないが、彼女の複雑な心境は見て取れた。

 

「美雪、どうしたよ? 金田がまた入部するって言ってんじゃん♪」

「……っ、……はじめちゃんの分からず屋っ」

(帰ったら、台本を……読まないと……あ!)

 

 金田一(きんだいち)はお調子者の笑顔になり、七瀬はプイッと顔を逸らす。帰った後の忙しさを想定した途端、大事な点を思い出す。

 

「七瀬さん、『オペラ座館』の話ですが……皆さんに怪我はないと聞きました。日高さん、ご様子はいかがだったでしょうか?」

「……! ……織江ちゃんは大丈夫よ。もう大丈夫になったわ、ありがとう」

 

 答えてもらえないのを覚悟し、日高の状態を問う。七瀬の表情が綻んだ為、本当に問題ないのだろう。

 

「金田……日高と連絡、取ってんのか?」

「いいえ、ただ……日高さんはもう一度『オペラ座館』へ行きました。素直に、尊敬します」

 

 金田一(きんだいち)は一瞬にして、深刻そうな顔になる。表情の忙しい彼を安心させようと、本音を打ち明ける。

 日高のした事を自分はきっと、許さない。

 だが、この想いは伝えない。教えてやらない。一生の間に再会しようとも、桐生の死について語り合わない。きっと、お互いにそうする。

 

「……織江ちゃん、金田君はどうして来なかったの? って言ってたよ」

「行けませんよ。自分はっ」

「それよりさ、純矢も来てたぜ。間久部さんに弟子入りするとかなんとか……」

 

 感傷に浸っていた七瀬と(いち)のしめやかな雰囲気は金田一(きんだいち)の何気ない発言により、吹き飛んだ。

 愛する氷室(ひむろ)伯父と同等に、人前へほとんど姿を見せない間久部(まくべ) 青次(せいじ)画伯。彼のアトリエがなんと歌島にあり、金田一(きんだいち)達は言葉を交わしたと言う。

 

「ハジメちゃん、なんで……自分を呼んでくれなかったのですか?」

「金田、てめえで断ったんだろ?」

 

 恨みがましく、金田一(きんだいち)の首元を知らずに掴む。彼は何とも言えぬ表情になり、正論を吐いた。

 

「うっそ……金田君、間久部さんのファンなの? 来れば良かったのに、残念ね」

「……うう」

「美雪、余計な事……言うなって」

 

 七瀬のひと言がグサッと刺さり、(いち)は悔しさを隠せない。金田一(きんだいち)の硬い胸板へ頭を置き、涙を隠した。

 野郎にもたれかかれ、彼は戸惑いながらも背中を撫でてくれたのだった。




佐伯「佐伯 涼子です。この子達……診察しなくて大丈夫なの? ちゃんと、かかりつけ医はいるのかしら? 刑事さん、ケアが足りないんじゃなくて? とても心配だわ。さて、次回は『殺意の四重奏を聴いてみたかった』!! 刑事さん、ケアってそういう意味ではなくてですね……」

間久部 青次
高名な画家、黒沢オーナーの友人。重度のアレルギー体質の為、人の接触を避ける孤独な人生に辟易していた。美歌の存在に心救われ、その感動を絵に認めた
能条のコトも、事情があって悪ぶっていると見抜いていた唯一の人物
劇場版にて事件後は『遊民蜂起』に入ったっぽい描写がある
作中にて、純矢の弟子入りを認める。歌島も売りに出される為、お引越し

片倉 猟介
高遠少年の事件簿ゲストキャラ。作中にて、『流森奇術会』所属のマジシャン

小渕沢 英成
この姿では……速水玲香誘拐殺人事件ゲストキャラ
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