金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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すっかり忘れてたんですが、97年は記念すべき『SASUKE』第1回の年です
誤字報告により、修正しました。ありがとうございます


Q21 【殺意の四重奏】を聴いてみたかった・前編

 地区大会に専念したい――金田祖父母へ告げ、家族会議は延期してもらう。2人には一瞬だけ、呆れられた。部活が楽しんでいるならば、それで良いと理解してもらえた。

 

 3週間を切った段階、部室の空気はピリピリと張り詰める。11月の泉鏡花演劇祭へ見学する日程が学校に認められ、石川県金沢市へ合宿も決まった。

 胸を張り、彼らに再会しよう。皆でそう意気込み、祝日の稽古も励んだ。

 翌日は運動部の早朝練習に紛れ、登校。昼休みも台詞合わせ、放課後までの体感が長い。

 生徒会室へ一番乗りした時、ようやくひと息吐いた心地だ。

 

「ねえ、金田君。最近、不審な人を見なかった? バイト先とか、ご近所でもいいんだけど」

「……いいえ」

 

 ひょっこりと現れ、七瀬(ななせ)は意味深に問いかけてくる。

 どっかのフリーライターが脳裏を掠めたが、素性は確かな人。一応、不審人物ではない。

 金田家周辺も深夜の酔っ払いが電柱に登り、自転車盗難騒ぎが年に1度、起こる程度。学校に比べれば、もう平和そのものだ。

 

「そう、良かった♪」

「……それより七瀬さん、昨日どころか、今朝も部活へ来なかったですね。舞台の進行を……」

 

 七瀬が文字通りに胸を撫で下ろし、(いち)はその間に換気しようと窓を開けた。

 

「金田、ちょっとイイか?」

「!? ……ハジメちゃん、避難訓練ですか?」

「はじめちゃん、危ないじゃない」

 

 窓の手摺を掴み、ハジメがぬっと顔を出す。その手は壁に設置された排水管を掴み、足は付け梁にある。絶妙なバランスとは言え、落ちたら真っ逆さまだ。下を覗き見ただけで、(いち)は肝が冷える。

 

「いやほら、27日に特番あるだろ? 究極のサバイバルアタックとかって、CMされてるヤツ。ちょっと早いけど、俺達が先にやっちまおうと……」

「こらあ、金田一(きんだいち)!! 何やっとるかあ!」

 

 ハジメが朗らかに言い終わる前、生活指導の先生が叫ぶ。(いち)は巻き添えを恐れ、窓を閉めた。

 

「おい、金田! 閉めんな、入れろよ!」

「話しかけないでください。共犯だと思われます」

「金田君……機嫌悪い?」

 

 閉め出されたハジメは窓をガンガン叩き、煩い。不安げな七瀬に心境を見抜かれ、大人げなかったと反省した。

 ハジメを生徒会室へ招いたところで、生活指導へ引き渡す。彼に恨みがましい目で見られたが、(いち)は知らぬ。屋上にいた3人トリオも、仲良くひっ捕らえられたそうだ。

 

「先生方には明日にでも、HRで注意してもらいましょう。学校の壁を登るのは、非常時だけです」

「どんな非常時よ、梯子とかあるじゃない」

「七瀬さん達が梯子を使う為に、自分は壁を使います」

「ああ、そう言うコト……クスクス」

 

 千家(せんけ)鈴森(すずもり)のお陰で手も足り、(いち)と七瀬は演劇部へ向かえた。

 順調に過ごした下校時、予報外れの夕立が襲う。しかも、ゲリラ豪雨。バイトへの足止めに思え、どんより。

 

「ハジメちゃんの呪いですかね?」

「先に帰っちゃったみたいだし、そうなんじゃない?」

「金田……美雪ちゃん、金田一(きんだいち)に対して酷いな」

 

 (いち)と七瀬はハジメの代わりに雨空を睨み、演劇部部長・布施(ふせ) 光彦(みつひこ)先輩は驚き呆れてしまう。

 

「金田、今日はそっちに行かねえからな」

「……有森君がいないと店長、機嫌悪いのです。掛け持ちせず、ウチを専従にしましょう」

 

 有森(ありもり)に縋ったが、憐れむように目を逸らされた。

 

「あたし、そこでバイトしようかな。金田君、店員の募集してる?」

「七瀬さん、プールのバイトはどうされましたか? 千葉でしたら、週末だけでも十分に通えるでしょう」

 

 おっそろしい提案を聞かされ、寒イボ。

 (いち)が全力の笑顔で問い返せば、七瀬は顔を背ける。きっと事件に巻き込まれて、クビになったのだろう。

 

「美雪さんが働くって言ってんだから、それでいいじゃん。花都さんもいないし、ちょうどいいだろ? バイトちゃんは可愛いけどよ」

「しかし、神矢君。七瀬さんのご自宅から遠くて、交通費も無し、最低賃金では割に合いませんよ。お近くの『Donny,s』がまだ稼げます」

 

 バイトちゃんが(いち)だと知らない神矢(かみや)に説得され、反対理由をひとつひとつ述べる。働き始めた頃など、衛生面も酷かった。遠回しの説得、来店客数と常連の増加に伴い、店長の営業意識も変わり、改善された。

 但し、未だに最低賃金。そろそろ、黒沼(くろぬま)先生にでも相談しよう。そうしよう。

 

「だったら金田君はどうして、そのお店にしたのよ」

「……ご想像にお任せします」

 

 七瀬の尤もな指摘に適当へ返した瞬間、話を中断させるかのように雨は上がった。

 

 最寄り駅から徒歩20分以上かかり、表通りからも外れた狭い道に『大草原の小さな家』はある。

 バイト先に選んだ理由はひとつ。

 

(……家から離れたかった、な~んて……言えねえわなあ)

 

 初めて店のドアノブに触れた緊張感を思い返し、今の自分を見下ろす。黒いショートヘアーのカツラ、薄手の手袋、フリルエプロン。正直、意に沿わない制服姿。

 だが、仕事は仕事。ため息はここまでと接客開始。

 

「姉チャン、20代くらいのシャイな男が来なかったか? 見るからにおっとりした顔してんだが……」

「――申し訳ございません。皆様お優しい顔をしてらっしゃいますので……――」

 

 眉間にシワを寄せ、眉を吊り上げた初老の男。顎に毛が生えた髭を弄り、深刻そうに質問されても知らない。と言うか、心当たりが多すぎだ。

 件のフリーライターも先月、ここで人捜していた。事情はさておき、貝になろう。

 例え、目の前の客人が去年、大ヒットした連続ドラマ『黒霊ホテル』を手掛けた監督・志月(しづき) 豹馬(ひょうま)に似ていても、(いち)は口を閉ざす。

 

「すみません、志月監督ですよね。私、レポーターの北条と言います。今撮影中の映画、主演女優が降板したという噂を……」

「人違いだ」

 

 後ろの席に居た芸能レポーター・北条(ほうじょう) アンヌが特ダネを求め、志月監督を詰問している。彼の堂々たる態度、やはり監督本人だ。

 

(……志月監督が撮影している映画って、どれだ?)

 

 感激しながら、(いち)は最近の芸能情報が乏しくなっている自覚を持った。

 

「志月監督。こちらとしては彼女が(・・・)交通事故に遭われ、半身不随になったと言う情報を掴んでいます」

「……事務所が発表するまで、待った方がいいじゃねえか?」

「全くです」

 

 食い下がる北条レポーターを無視せず、志月監督は差し障りのない返答。プライベートを邪魔されたと言うのに、優しい。

 そこへエリートな声が優雅に割り込む。

 

「仕事熱心なのは大変、結構。しかし、今は手を休めては如何ですか? アナタの本領は記者会見にこそ、発揮されるべきでしょう」

「いえ、情報は得るべき時に得てこそ……ああ、志月監督!」

「ごっそさん、釣り要らねえわ」

 

 キラキラした明智(あけち)警視の流し目に諭されても、北条レポーターは諦めない。志月監督はその隙を突き、さっとお会計。手慣れた動きにて、退店して行った。

 

(志月監督のサイン、欲しかった……)

 

 閉店時間も迫り、残す客も明智警視のみ。ピーク中から居座られ、正直にレポーターよりも迷惑。しかし、店長は何も言わない為に追い返せなかった。

 

「金田君、次の日曜日。THEIホールへお越しください」

「は? 嫌ですよ、何ですか……突然」

 

 帰ろうとした明智警視から、唐突なお誘い。ゾッとする。

 

「行っときなさいよ。新しい子も入ったから、こっちも休んでいいわ」

「……店長まで」

「お待ちしています、金田君」

 

 店長の恨みがましい視線を受け、(いち)は困惑。彼女の厚意を無下にすれば、こちらも仕事がやりにくい。仕方なく承諾しようとする前に、明智警視からキラキラ全開に念押された。

 

 

 迎えた週末の日曜日は人の気も知らず、晴天。

 部活の稽古も休み、待ち合わせのTHEIホールへ足を運ぶ。近代的な建築は太陽の光に反射する程、清掃が行き届いており、花壇に植えられた植木、芝生の手入れも抜かりがない。

 公共機関も充実し、近隣住民は勿論、遠方からも来場者は訪れる。人気の少ない時間に到着した為、公共駐車場へ愛車を置けた。

 ホールの従業員がヨイショッと看板を設置し、(いち)は期待に胸を膨らます。イベント告知を確認せずに来た為、気分良く案内板を見やった。

 【サンフィッシュ室内楽団】と書かれ、ビックリ仰天。公演時間は約束よりも、1時間後だ。

 以前、明智警視はクラシックファンと語っていた。偶然とは思えない。

 

(明智さんとの約束は……)

 

 腕時計を見やり、携帯電話の着信も確認しておく。(いち)の肩に手を置かれ、ビビった。

 

「おはよう、金田君。まさかと思って声をかけたけど、人違いじゃなくて良かった」

「……城さん、おはようございます。初めまして(・・・・・)、金田です」

 

 サンフィッシュ室内楽団のコンサートマスター・(じょう) 晋一郎(しんいちろう)はクスクスと笑い、(いち)の肩を更にポンポンッと叩く。青空の様に晴れやかであり、どこか大人げなくイタズラ心を含ませていた。

 彼との出会った時、(いち)は偽名を使った。だから、今日が初対面だ。

 本当は他人の振りをしようと思ったが、挨拶されては無視できない。

 

「ご丁寧にどうも、相変わらずだね。しかも、よりにもよって……今日の演奏に来るとは運命かな?」

「? すみませんが、城さん。自分は聴きに来たとかでは……!!

 

 勝手に哀愁を漂わせ、城は意味深に呟く。(いち)が訂正する前に背中へ執拗な視線を感じ、寒気が走った。このタイミングでは1人しか思い当たらず、振り返りたくない。

 

「……あ!」

 

 (いち)が怯えている間、城はハッとする。その視線は再会を喜び、もしや別人かと振り返ってみる。やはり、明智警視だった。着込んだスーツは仕事と違い、更にブランド感が増していた。

 

「明智、おはよう……」

「城さん、ご無沙汰しております」

(え~……知り合い~?)

 

 2人が往時を偲ぶように挨拶を交わし合い、(いち)は世間の狭さに唖然とする。邪魔をしてはならぬと思い、そっと後退り。見抜かれた明智警視の手に肩を掴まれ、心臓が飛び出る程に驚いた。

 

「明智、金田君と知り合いか……」

「ええ、城さんは金田君とどのような関係で?」

「先月の高校演劇コンクールだよ。彼の学校……不動高校が演劇に『悪魔組曲』を弾いたって、私達の間でも話題になっていてね」

「成程、金田君がアナタ達に一目置かれていると……納得しました」

 

 城は刑事と高校生を交互に見つめ、興味深そうに頷く。案の定、明智警視からニッコニコの尋問……質問が始まる。知り合うキッカケに嘘はなく、(いち)は一安心だ。

 

「城さん、チューニングもありますし、そろそろ……」

「ああ、そうするよ。明智、会場でな」

「ええ」

 

 立ち話で演奏前の大切な準備時間を削っては、心苦しい。(いち)の提案を受け入れ、城と明智は微笑み合う。傍から見ても、深い事情を感じ取った。

 かつて、城の語った後悔。それに明智警視は何らかの形で関わった。そう思い付ける程、知っている雰囲気――感謝し合う人達に似ていた。

 

それで? 本当はどこで知り合ったんですか、金田君?」

「明智さん、自分達の本題に入りましょう」

 

 城がホールの中へ入った途端、明智警視のキラキラが強く放たれる。隠し事をあっさりと見抜かれたが、(いち)は話題を変えた。

 

「勿論、コンサートのお誘いですよ。金田一(きんだいち)君から聞きましたが、来月の地区大会は『魔弾の射手』を演じられるそうですね。演劇の参考にして頂ければと思い、お連れしました」

 

 純粋な音楽鑑賞と知らされ、(いち)は二重の意味で面を食らう。

 完全プライベートの明智警視と過ごすなど、『悪魔組曲』のコンサート以来。そして、ハジメのとんでもない勘違いをしている。

 

「明智警視、違います。……『魔笛』です」

「……金田一(きんだいち)君の言葉を鵜吞みにするとは、私もまだまだですね」

 

 (いち)は勇気を振り絞り、訂正。状況を理解した明智警視のキラキラがス~ッと消え、眼鏡の反射が強くなった。

 

「明智さん、ハジメちゃんと仲良いのですか? 世間話する程に……」

「違います。金田一(きんだいち)君から事件の調書を取る時、キミの話になっただけです」

 

 からかったつもりだが、ハジメの関わった事件。歌島の『オペラ座館』より、人気アイドル歌手誘拐事件が頭に浮かぶ。そして、七瀬から受けた質問が強く引っ掛かった。

 

「不審な人を見ていないかと、七瀬さんに聞かれました。関係ありますか?」

「……おや、七瀬君がキミにそんな質問を……。そちらに関しては、他の方からお話を伺いましたよ。気にせずともよろしい」

 

 眼鏡の縁を押し、明智警視はニッコリと笑う。彼に誘われた日、店長へ不審者について聞き込みしていた可能性があった。

 その内容を(いち)に明かさないなら、警察の守秘義務が発動している。これ以上、追究は控えよう。

 ひとつ、確かな事が分かった。だから、それで良い。 

 

「本当に、自分をコンサートに誘ってくれただけ……なのですね」

「ええ、間違いなく」

 

 今回のコンサートチケットはクチコミでしか、入手出来ない。楽団に直接の伝手があるとは言え、明智警視はわざわざ、(いち)の分を都合してくれた。

 

「……自分が女だったら、明智さんに恋しているところです。罪深いので、自重して下さい」

「あら、金田君も恋をなさるのね?」

 

 何だか、乙女心を擽られた気分になり、(いち)はこそばゆい。柄にもなく、幼子のように明智警視からプイッと顔を背けた。

 その先に御堂(みどう) 優歌(ゆか)の端正な顔が待ち伏せ、心臓が飛び出る程に驚く。

 

「これは御堂君、お元気そうで何より。本日は伴奏に来られたんですか?」

「明智さんもお変わりなく。お陰様で、充実した日々を過ごしているわ。私は夏岡に連れて来られたのよ。こちらの楽団が高い評価を受けていると聞いて、息抜きにどうとか……」

「……明智警視に金田君! どうして、こちらに……

 

 明智警視と御堂嬢が優雅に挨拶を交わし、遅れてきた夏岡 猛彦(なつおか たけひこ)が東京フィルコンツエルト所属の指揮者と思えぬ悲鳴を上げた。

 彼のコーディネートされた衣服は完全にデート仕様、(いち)はちょっと気の毒に思う。

 

「夏岡さん、安心してください。今日の明智さんはプライベートです」

「……はあ、お2人は仲がヨロシイんですね。そう言えば、金田君……とお(・・)……」

 

 夏岡が事件を予感し、不安になっていると思い、(いち)は簡潔に伝える。腑に落ちない彼が誰かの名前を言いかけ、察知した胃が竦んだ。

 

「夏岡、喉が渇いたわ。自販機は何処かしら?」

「あ……僕が買って来ます。ラウンジでお待ちください」

 

 御堂嬢はとても自然に呟き、辺りを見回す。彼女はあくまでも自販機を探す素振りだが、自らパシリを買って出るとは流石、夏岡である。

 

「入りましょう、金田君。ところで、金田先生は一緒ではないの?」

「……はい、祖母はいません」

「生憎と金田君しか、お誘い出来ませんでした」

 

 (いち)の腕を当たり前のように掴まれ、御堂嬢に従う。明智警視との間に挟まれ、歩きにくい。2人の装いは素人目でも、高級ブランド品。サンドイッチにされた庶民は、逆に目立つ。

 今度はバツが悪い。

 

「『魔弾の射手』はドイツ語のオペラを開花させた名曲です。作曲したウェーバーはライトモチーフを先駆け、ワーグナーが発展させました。この曲が無ければ、未だにオペラの主流はイタリアのままだったかもしれません」

「金田君。素晴らしいご意見ですが、何に棒読み?」

 

 華美な天井を仰ぎ見ながら、(いち)は作曲家カール・ウェーバーの壮大さに感じ入る。明智警視はクスリッと笑い、人の口調を楽しんでいる。

 

「金田君、お祖父様一筋だと思っていたわ。案外、浮気者ね」

「御堂さん、人聞きの悪い言い方をしますね。御堂先生は自分にとって、身近な方です。トイレにだって、行きます。ウェーバーは歴史上の人物ですから、トイレに行く姿も想像できません。つまり、浮気ではないのです」

「金田君、公共の場ですよ。金田一(きんだいち)君のような発言は控えなさい」

 

 意地悪く笑い、御堂嬢は己の髪を掻き上げる。挑発的な物言いを受けて立ち、(いち)は彼女の祖父へ向けた想いを熱く語った。

 明智警視の注意は一々、この場にいない誰かさんを下げる。執念を感じて、怖い。

 

「優歌さん、お待たせしました」

 

 飲み物を手にした夏岡が戻り、ホッとする。(いち)も飲み物を買いに行こうとした瞬間、明智警視に肩を掴まれる。柱の陰から、眼鏡のご老人が足音もなく現れた為だ。

 歩いていれば、ブツかっていた。お互い危機回避に、安堵する。

 

「明智さ……」

「木戸教授、お久しぶりです」

「! 明智君じゃないか、久しぶりだね。しばらく見ない間に、大きくなって……」

 

 (いち)が礼を言うよりも先に、明智警視は懐かしそうに相手へ話しかける。木戸(きど)教授は親しげに挨拶を返し、糸目をそっと開く。優しい目付きは顔触れを何気なく、確認している。知り合いを探すような眼差しだった。

 

「……そちらはもしや、夏岡 猛彦ではないかな?」

「はい、ご推察の通り。指揮者の夏岡さんです。こちらの高校生は御堂君と金田君。皆さん、この方は音芸大の木戸教授です」

 

 木戸教授は見事に言い当て、微笑んだ明智警視により、1人1人紹介された。

 

「初めまして、夏岡です。音芸大の教授に知られていようとは、光栄の至り」

「ご紹介に預かりました。御堂です」

「金田と申します」

 

 夏岡は紳士的に振る舞い、社交辞令も上手い。御堂嬢は己の祖父の名を出さず、上品なお辞儀。2人の礼儀に並べるよう、(いち)もしっかりと頭を下げた。

 

「ふうん? キミは御堂 周一郎の……。明智君、人が悪いな。私が彼女に気付かないと思ったかい?」

「いいえ。教授ならば、言うまでもないと思いまして」

(((……それを人が悪いと言うのでは?)))

 

 木戸教授は又も言い当て、小賢しい子供を相手するような口調で笑う。明智警視の笑みが更に、強くなる。親しい間柄にしか、発しない雰囲気。

 3人は口を挿まず、心の中でツッコんだ。

 

「と言う事は……キミも、音楽家志望さんかな? ピアノを専攻しているように思えるが、どうだい?」

「はい、ピアノは得意です。もっとも、御堂さんには敵いませんが……」

「私を引き合いに出さないで。木戸教授、金田君は先月、高校演劇コンクールに出演したんです。そこで『悪魔組曲』を弾……何よ、金田君」

 

 木戸教授から鋭い洞察力を3度、披露された。(いち)が脱帽していれば、御堂嬢が勝手に喋り出した為、慌てふためいた。

 開場時間になり、誰が言うまでもなくラウンジを後にする。

 

「それじゃあ、明智君。控室で会おう」

「はい、木戸教授。後程……」

 

 木戸教授は3階、御堂嬢と夏岡は2階、(いち)と明智警視は1階、それぞれの客席へ分れた。気のせいだろうか、夏岡はホッとしていた。

 

「明智さん、ステージ近くを選ぶのですね。紅さんのコンサートでは2階にいましたが、城さん達のお顔を拝見する為ですか?」

「そう受け取ってもらっても、構いません」

 

 老若男女問わず、来場者が客席を埋めていく。その分、話し声で周囲も騒がしくなった。

 

「親戚からチケットを貰えて、ラッキーだったわ。ねえ、はじめちゃん♪」

 

 聞き慣れた明るい声が真後ろに聞こえ、(いち)は硬直。明智警視へ視線を送ったが、本当に知らぬ顔をされた。

 そして、肝心のハジメは返事をしない。寧ろ、寝息が聞こえる。

 

「イッタ! な、何すんだよ。美雪……」

「演奏が始まる前から、寝ないでよ。恥ずかしいわね」

「仕方ねえだろ、こちとら徹夜でゲームしてたんだぜ。お父さんが特番観て、盛り上がっちまってよ。柄にもなく、勝負しようとか言い出して~」

「じゃあ、断りなさいよ。他を誘ったら、除け者にされたって文句言うくせに! こんな事なら、海峰君を誘えばよかった。彼はどんな曲も、クラシックに弾いちゃうんだからっ」

 

 人の頭を叩く気持ちの良い音がしたかと思えば、夫婦漫才ならぬ幼馴染漫才が始まった。

 ピアニストを目指す後輩が名前だけでも巻き込まれ、クシャミをしているなど自分達は知らない。

 

「そ~カリカリすんな、美雪。たかが(・・・)素人のコンサートじゃん」

「……たかが?

 

 ハジメはヘラヘラ笑い、悪気なく言い放つ。(いち)は最悪を予感して、胃が竦む。次の瞬間、明智警視は表情を強張らせ、優雅な声は不機嫌、極まった。

 まだコンサートは始まっていないのに、脳髄の奥から『葬送』が流れ出してしまう。

 

「流石、ハジメちゃん。『魔笛』と『魔弾の射手』の区別が付かない方は言う事が違いますね!」

「か、金田! なんで、お前がここに!? ……げえ、明智さんまで!?

 

 下手な諍いが起こらぬ様、(いち)は必死の作り笑顔で振り返る。ハジメは文字通りにビックリ仰天し、明智警視を遠慮せずに睨む。こちらの気遣いは無駄に終わり、ゲンナリ。

 

「クラシックどころか、オペラにも縁がない金田一(きんだいち)君にこんな所で会うとはね」

「あら~♪ 明智さんまで奇遇……って、金田君。今日も稽古でしょ?」

 

 明智警視の嫌味が始まってしまい、もう手遅れ。彼の登場に喜んだ七瀬はハッと現実に帰り、キョトンとする。その稽古を休んで、客席にいる人から言われたくない。

 思い返せば、彼女は昨日も部活を休んでいた。

 

「明智さんに誘われました。ハジメちゃんから来月の地区大会、演目が『魔弾の射手』と聞いたそうです。イメージトレーニングになればと、気を回して下さったのです」

「やだ、はじめちゃんったら! あたし達は『魔笛』をやるのに、どんな間違いよ」

「七瀬君、私も反省していますよ。金田一(きんだいち)君が間違えないと信じてしまってね」

「どっちも似たようなモンだろ」

 

 3人に責められ、不愉快なハジメはふくれっ面になる。彼らしい反論だが、(いち)カチンときた

 

「七瀬さん、サンフィッシュ室内楽団には明智さんのお友達もいるのですよ。先程、コンサートマスターの方を紹介して頂きました」

え~、良いなあ♪ やっぱり、マスターも東大出身の方なんですか?」

 

 本当の事を明かせば、好奇心旺盛な七瀬の目は一段と輝く。人気ある社会人クラシック楽団について、知る機会があるならば、ここぞとばかりに食い付くのは当然だ。

 例え、不貞腐れた幼馴染を置き去りにしても、彼女はそうする。

 

「……いいえ、城さん達は音芸大出身です。彼を含めた何人かが、お互いを競い合い、高め合ったトップエリート達でした」

「……過去形(・・・)なんスか……」

 

 ふと、明智警視は遠くを見やる。微笑んだ口元は哀切に満ち、ハジメさえも真顔にさせた。

 (いち)には心当たりがある。けれども、言うまいと思った。

 

「何か事情があって、皆さんは日曜音楽家を進んだんですか? 音楽家志望だった優香さんも結局、御堂先生のマネージャーになったワケだし……」

(人の事情にズケズケと踏み込めるなあ、この人)

 

 七瀬は親身な様子で問いかけるが、(いち)にはハラハラする展開。ハジメが彼女を止めないなら、明智警視に失礼はないのだろう。

 

「……昔の話ですよ。私が彼らと出会った10年前の秋……」

 

 勘は当たり、明智警視は悠然とした態度で語り出す。選ばれなかった者達が自ら、芸術を汚してしまった後悔を――。




椎名「どうも、椎名です。コンサートに私が行ったかどうかについては……ご想像にお任せします。さて、次回は『【殺意の四重奏】を聴いてみたかった・後編』。……ああ、素晴らしいメロディー……桐島君があの中にいないのを残念に思う程だ……」

城 晋一郎
コンサートマスターのビオラ、学生時代から面倒見が良い。選ばれなかった腹いせに、スポットライトを割った

木戸
音大の教授、明智のヴァイオリンの師。人を勝手に客寄せパンダにするお茶な一面もあり


北条 アンヌ
タロット山荘殺人事件ゲストキャラ

御堂 優歌、夏岡 猛彦
悪魔組曲殺人事件ゲストキャラ
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