金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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コンサート会場になったTHEIホール(アニメ版の名称)はどう見ても、N〇Kホール。ここを押さえるサンフィッシュ室内楽団って、メチャクチャ凄いのでは?


Q22 【殺意の四重奏】を聴いてみたかった・後編

 明智(あけち)警視の語りは開演までの45分に纏められ、要点に絞り、尚且つ事件当事者の情緒も十二分に伝わった。

 かつて、(じょう)が語ろうとした出来事。

 各々の思惑が別々に働き、禍々しい不協和音(ディス・コード)は奏でられた。

 将来有望とは言え、明智警視は当時まだ高校生。人死を目の当たりにして、真相へ立ち向かう様子は冷静過ぎる。

 偶然に居合わせた現役刑事(北垣 航也)も顔負けの名推理、ハジメと七瀬は理解を深めようと真剣に聞き入っていた。

 

(……殺意の不協和音)

 

 (いち)は聞くべきではなかった(・・・・)と感じ、口元を手で覆う。

 ドイツオペラの傑作に見立て、『魔弾』が如く演奏に悪魔を宿らせる。それも、犯人は演奏者を律するはずの指揮者。出来過ぎた展開は思った以上に、そそられた(・・・・・)

 話が進む度に、その場に居たかったと悔やむ。そんな自分に驚いていた。

 

「残った3人はあれ程、固執していたアメリカ留学を全員、辞退しました。音楽家の道も捨て、別の仕事に就き、今に至るワケです」

「仲間の帰りを……待つ為に」

 

 回想終了と言わんばかりに明智警視は腕を組み、七瀬(ななせ)は感嘆の息を吐く。壮大な人間ドラマをひとつ、聞き終えたのだ。

 ハジメは沈黙を以て、敬意を見せていた。

 

「……今日は、その人が帰ってくる日……なのですね」

「そういう事、だな……」

 

 (いち)は胸に抱いた感想を知られたくなくて、差し障りのない言葉を吐く。ハジメが珍しく真意に気付かず、ほっこりと笑う。演奏を聴く姿勢になっている為、これ以上は声をかけずにおこう。

 

「明智さん、木戸教授とはご挨拶しましたが……椎名教授はどう……なったのですか?」

「……さあ? 事件の後に、大学から姿を消してしまったそうですよ。木戸教授も話題に出しませんし、きっと健やかにお過ごしでしょう」

 

 明智警視が興味なさげに答えた瞬間、観客席のライトが落とされる。

 開幕だ。

 ステージへ上がる楽団員に拍手喝采。ビオラの城はコンサートマスターとして一歩、前へ出る。外で会った時よりも、興奮を帯びた様子だ。

 

「皆さん、こんにちは。コンサートマスターの城です。ご来場いただき、ありがとうございます。本日、ご紹介するのは私達の学友である名指揮者……石山 征爾君です。盛大なる拍手を!」

 

 城の紹介に合わせ、石山(いしやま) 征爾(せいじ)はゆっくりとステージの感触を踏み締める。眼鏡の反射で見えにくいが、潤んだ瞳は喜びに満ち溢れていた。

 虫も殺さぬ顔をして、悪魔の囁きに耳を貸してしまった。

 罪への後悔と償いを終え、彼は指揮台に立つ。その背は感激に打ち震えたのは一瞬、タクトは演奏の為に振るわれた。

 

 ――曲目、ウェーバー歌劇『魔弾の射手』

 

 プロではない。たったそれだけの素晴らしき調和音(ハーモニー)、脳髄の奥に心地良く響いた。

 尊敬に値する。

 何気なく、隣に居る明智警視を見やる。

 背もたれへ身を預け、満足そうにウットリしている。彼が心から、楽しんでいる姿はとても貴重。(いち)は誘われた身だからこそ、我が事のように嬉しくなった。

 

「本当だな……全然、違う」

 

 ハジメもちゃんと最後まで聴き、皆と一緒に楽団員へ感動の拍手を送る。もう彼にとっても、「たかが、素人コンサート」ではなくなったらしい。彼にも良い影響だった。

 

「ここでもう1人、ゲストを紹介します。明智 健吾君です!

!?

 

 城の声は高らかに響き渡り、明智警視もビックリ仰天。彼にもサプライズな演出に(いち)達は思わず、注目してしまった。

 観客席では既に歓迎の拍手が湧き起こり、どう考えても引くに引けない状況だ。

 

「明智君、一緒に弾こうよ」

「キミも演奏してくれ」

「ちゃんとキミの分もヴァイオリンも用意してあるんだ!」

「し、しかし……」

 

 ハープの吉野 音美(よしの おとみ)とチェロの赤堤(あかつづみ) 響介(きょうすけ)も大きく手を振り、石山はヴァイオリンを片手に呼び込む。明智警視の躊躇う姿が年相応に見え、一には可笑しかった。

 

イ~ジャン、アンタらは仲間なんだしよ! ほら、遠慮せず

「……そうですね、久しぶりに弾いてみますか……」

 

 ハジメに愛嬌良く後押しされ、明智警視は満更でもない表情を見せる。それが、彼の精一杯の照れ隠しなのだろう。

 ヴァイオリンは即興であるにも関わらず、素晴らしい旋律が耳を打つ。さながら、何時間も練習に励んだと変わらぬ。

 明智警視もまた音楽家の道を諦めたと言われれば、納得の腕前だ。

 

(心に響く調和音って、コレかあ……)

 

 メロディーが細胞ひとつひとつに届く。

 10年前、城が石山と約束した演奏は叶った。事情を知らぬ者も虜にし、待ち続けた木戸(きど)教授も感無量に違いない。

 明智警視のいなくなった空席から、人の気配を感じる。かつての同級生が座わり、一緒に聴いている気がした。そうであれば、良い。

 

 ――されど不協和音が二度と聴けぬ今を、残念に思う。

 

 名残惜しくも演奏は終わり、観客席も明るく照らされる。明智警視は彼らと共にステージの裏へ消えて行った。どうやら、そのまま楽屋へ向かうつもりだ。

 (いち)も石山と話してみたかったが、ここは堪えよう。

 

「ハジメちゃん、七瀬さん。帰りましょう」

「おん? 良いのか、明智サンを待たなくて」

「馬鹿ね、はじめちゃん。明智さんはこれから、昔話に花を咲かせるのよ。あたし達がいたら、刑事のままじゃない。今日くらいは「明智君」に戻ってもらいましょう」

 

 ハジメが意外そうに聞き返したが、流石は七瀬だ。(いち)の気遣いを察してくれた。

 

「ウフフ♪ 金田君と音楽鑑賞できるなんて、はじめちゃんのお陰ね。こうなるなら、勘違いも悪くないわ」

「いやあ~……明智さんの性格なら、金田を誘う口実にしただけじゃねえの?」

 

 嬉しそうな2人の発言を聞き、(いち)は疑問が浮かぶ。そもそも、ハジメが明智警視へ地区大会を伝える理由だ。

 

「ハジメちゃん、どうして……明智さんへ地区大会の話をされたのですか? 何か事件の調書を取っていたのでしょう?」

「あ~……何だったかな、忘れちまった」

 

 尋ねた拍子にハジメは普段のお調子者へ変わり、はぐらかされた。外へ向かう人の波に飲まれ、一瞬だけ彼と逸れた。

 

「はじめちゃん、明智さんにお願いしてたの。金田君は地区大会に専念させたいから、出来るだけ聞かないで欲しいってね」

「……あの不審者の件、ですか?」

 

 七瀬はそっと耳打ちし、ハジメの本音を代わりに囁く。驚きながら、(いち)は思い当たる節を問い返せば、彼女は力強く頷いた。彼には内緒だと、ウィンクされた。

 明智警視は必要ならば、相手が誰であろうと事情聴取する。それはどの警察も同じだ。

 だから、不必要のままでいられる様に他の人へ聞き込んだ。

 今日と言う大切な日を控え、落ち着かない心境だったかもしれない。それなのに、一介の高校生を思いやってくれた。

 (いち)の為に動きながら、ハジメと明智警視は決して自慢せず、感謝も強要しない。

 感服のあまりに心臓が跳ね、満ち足りた感覚に口元が緩む。

 

「美雪~、金田~、こっちこっち~! 優歌さんもいたぞお」

「七瀬さんも一緒だったのね」

「優歌さんに夏岡さん! 会えて、嬉しい~♪」

 

 正面入口を通るしかないが、これだけの大人数。ハジメの声量が無ければ、見逃していた。

 御堂(みどう)嬢は七瀬と会え、ニコニコと上機嫌。

 

こんにちは、七瀬さんに金田一(きんだいち)君……

「夏岡さん、大丈夫っスか? お邪魔虫に見つかった~みたいな面して……逃げんな、金田」

「ハジメちゃん、逃げていません。すぐに服を掴まないでください」

 

 反対に夏岡(なつおか)は気まずい表情、ハジメがからかってしまうのも無理はない。(いち)は退散しようとしたが、さっと捕まった。

 一先ず、公共駐車場へ向かうしかない。

 ハジメ達は夏岡の車に乗せてもらい、不動山市へ送ってもらえる。電車賃が浮いたと感謝する高校生2人へ共感する中、(いち)は思い付く。

 

「御堂さん、祖母は基本的に家で過ごします。例え留守だとして、祖父が居ます。いつでも、遊びに来てください。大叔父さんも一緒に……」

「! そうね、また椿を連れて行くわ」

 

 (いち)の本心が社交辞令に取られても、構わない。そんな覚悟さえ、御堂嬢には十分に伝わる。彼女の嬉しそうな笑みが教えてくれた。

 金田祖母は妙に御堂嬢を避けるが、訪問を無下にはしない。警察に呼ばれる日が何度も続き、表情には出さずとも、気は滅入っている。

 純粋に、会いたがってくれるだけの少女との会話も必要だ。

 

「え♪ 金田君……もしかして、優歌さんと?」

「いえ……」

違います

 

 頬を赤らめた七瀬に何やら勘違いされ、イラッとする。(いち)の説明を遮り、夏岡の濁った太い声が否定した。

 思わず、高校生陣は怯んだ。

 

「あたしも今度、遊びに行くね。『魔弾の射手』、金田君のピアノで聴かせてよ」

「どうしましょうねえ……」

「俺に任せろ、美雪! クラシックな楽器のひとつやふたつ……」

「ほお、では……僕が指導しましょう。遠慮は要りませんよ、金田一(きんだいち)君?」

 

 七瀬は社交辞令どころか、今からでも来る気満々の気配。

 (いち)が返答に困っていれば、ハジメは顎に手を添えて、ニヒルに笑う。今度は夏岡の指揮者としての誇りを擽ってしまい、怖い笑みを向けてくる。

 流石のお調子者も汗だくになり、小声で「遠慮します……」と断った。

 

 愉快な時間を終え、(いち)は興奮冷めやらぬ内に金田宅へ帰宅。

 早くピアノに触れたかったが、玄関は来客を伝える。靴のサイズやデザインから、若い女性……少女、同級生を連想した。

 

「金田君、お帰り♪」

「……秋絵さん、いらっしゃいませ……」

 

 該当者を出す前に居間から、秋絵(あきえ)が屈託のない笑顔を見せた。

 (いち)が思う以上に、金田家には客人が多い。御堂嬢は余計だったかもしれないと、つい笑ってしまった。

 

「今日はどうされましたか? 生徒会に何か、問題でも……」

「阿呆、(いち)の為にお越し下さったんやろうが! 朝木さん家で作った一輪挿し、わざわざ持って来てくれはったんやでっ」

「あなた、煩い。(いち)、早かったわね。お昼ご飯は? ……まだの様ね、丁度良い。朝木さんとお昼を一緒にしていたの。すぐに用意するわっ」

 

 要件を聞こうとしただけなのに、金田祖父母が煩い。

 卓袱台に並べられた食事は金田祖母の手料理、今日の昼当番は金田祖父だった気がする。記憶違いだと思い込んだ。

 腹の音が本当に小さく鳴り、さっと秋絵の隣へ座らされた。年寄りは何故、こんな時だけ力が強いのだろうか、つくづく疑問だ。

 仏壇の前に供えられた一輪挿し、純白よりも白くて、艶やか。その隣に蝉の置物がひとつ、添えられている。

 朝木(あさき) 冬生(とうせい)陶工の手を借りた一輪挿し、常盤(ときわ) 瑠璃子(るりこ)が拵えた蝉。

 異なる分野の芸術家が齎した素晴らしき構図。(いち)は胸が温まった。

 今日は、そういう日らしい。

 

「時雨さんが……焼いて下さったのですね」

「うん、時雨も今までで一番、良い出来だって……フフフ」

「ところで常盤さんの蝉が何故、ここに?」

「蝉は瑠璃子ちゃんからよ。金田君に持ってて欲しいって……あたし、「って」ばっかり言ってる」

 

 秋絵と談笑している間に、そっと自分の分も食事が並べられる。早すぎる為、金田祖母は(いち)の分を作り置きしてくれた。感謝して、咀嚼する。

 

「秋絵さん、荒木君の新刊を読みましたか? ベストセラーになられたそうです」

「わあ、素敵ね。金田君、タイトル教えて。買いに行くから」

「お貸ししますよ、自分は読み終えましたので」

「本当? あ~……やっぱり、買うわ。ありがとう」

 

 卓袱台を囲んだ食事はお互いの距離が近くて、秋絵の声がとても近い。学校にいる時よりも、彼女との会話は弾んでいる。始終、金田祖父の視線が縁談爺みたいに垂れ下がり、煩かった。

 

「朝木さん、お時間ありましたら……(いち)のピアノをお聴きになる?」

「え?」

「はい、聞きます。金田君のピアノ、先月のコンクール以来です」

 

 食器を片付けようとすれば、金田祖母の勝手な提案。(いち)の変な声を気にせず、秋絵は元気よく返事してしまう。

 

「ほれ、(いち)。朝木さんをお部屋へ案内したりぃ~や、片付けはワシがやっとったるさかい」

「……秋絵さん、こちらです」

 

 目を爛々に輝かせた金田祖父が鬱陶しい程に笑顔を見せ、(いち)はやれやれと秋絵をピアノの部屋へ案内した。

 

「わあ……! すご~い、音楽室みたい……。いつも、こんな環境で練習してるのね」

「自分も気に入っています」

 

 アップライトピアノとオルガンが並んだ部屋の防音構造を目にし、秋絵は何時ぞやの七瀬と同じ反応。(いち)はちょっとだけ、得意げになった。

 本当に気分が良くて、指が鍵盤を弾きたくてウズウズする。

 

「秋絵さん、自分……今は『魔弾の射手』を弾きたいのです。聴いて頂けますか?」

「!? ええ、勿論」

 

 秋絵の快諾を得て、(いち)は早速と椅子へ座る。音律を確認せず、今日のコンサートを脳裏へ思い浮かべた。

 石山が振るうタクトに従い、指を動かす。鍵盤に触れる度、心地良く音が弾けた。

 序曲を弾き終えただけで、満足感。曲へ込めた熱量が、頬に汗を流させた。

 

「凄い……何だろう、コンクールの『悪魔組曲』とも違う。素の金田君を見た気がする……」 

「ありがとうございます。素敵な感想です」

 

 手を合わせ、秋絵はほおっと感嘆を漏らす。拍手が出来ぬ程、彼女を感動させられた。そんな手応えを感じ、(いち)は素直に照れた。

 秋絵のリクエスト曲を弾いたりしたが、『魔弾の射手』程の感覚は得られなかった。コンサートの興奮が齎しただけでは、上手くなったとは言えない。

 もっとピアノの腕を上達させねば、そう思った。

 

 程なくして、秋絵は玄関に立つ。夕飯の買い出しがあるそうだ。

 

「また、いらっしゃ~い。いつでも歓迎しまっせ~♪」

(いち)っ、朝木さんを駅まで送って差し上げなさい」

 

 金田祖父のテンションが妙に高い。昼間から酒を飲んでいるかと思ったが、金田祖母は許さないだろう。純粋に秋絵と話せて、嬉しかったのだと思い直した。

 

「そんな、あたしは大丈夫です。道、覚えました」

「秋絵さん、送りますよ。もう少しだけ、話しましょう」

 

 遠慮する秋絵と共に、滑らかな坂道を下る。

 

「面白いご夫婦ね、堅実なお婆ちゃんと自由奔放なお爺ちゃん。あんな風に歳を取っていけたら、素敵だろうなあ」

「秋絵さんなら、成れますよ。ウチの祖父母よりも、皆に愛されるお婆ちゃんに」

「……フフフ、今日の金田君……凄く饒舌……。あたしを褒めても、何も出ないよ♪」

「そうですか? 自分、いつも喋りっぱなしですよ」

 

 何気ない雑談を交わしながら、頬に涼しい風が当たる。少しヒンヤリした感触が肌寒く、同級生の名にも入った秋だ。

 最寄り駅のアスファルトがひび割れた隙間から、小さな向日葵が必死に花咲かせる。これを見れば、まだ残暑な気もしてくる。

 

「秋絵さん、本当にありがとうございます。焼き物もそうですが、アナタに会えて……祖父母も喜んでくれました」

「ううん、ちっとも。あたし、金田君の家に来たかったの。何か理由が無いと失礼かなって、焼き物を口実にしたんだ。美雪ちゃんと金田一(きんだいち)君には実家から、届いてるわ」

「ハジメちゃんのお皿……宅配便で送れたのですが……」

「そう、送れたの!」

 

 挨拶と感謝を述べ、ハジメの作った大皿が話題に上がる。今日の彼女みたいに、金田一(きんだいち)家を訪問する口実にしてやろう。お互いに同じ考えだったらしく、クスクスと笑い合った。

 改札口まで見送り、手を振った秋絵と別れた。彼女とは、無事に明日も会える。(いち)は安心して、背を向けた。

 

「良かった……元気になってくれて」

 

 秋絵は安堵の息を吐き、呟く。到着した電車の停車音により掻き消され、(いち)には聞こえなかった。

 

 家に帰った後、朗らかな金田祖父の面白がる声はとても煩い。

 

「なあ、(いち)や~♪ 朝木さんのお嬢さんと、どこまで進んだん?」

「は?」

「トボけんなや~、お前が姉以外の名を呼ぶらあて、よ~っぽど好いとるんやろ?」

「……いえ、朝木さんの家にいたら……紛らわしいので、名前で……」

 

 完全に勘違いした金田祖父から、肩をバンバン叩かれる。話も聞いてくれず、地味に痛い。どうやら、ロマンスを期待させてしまったらしい。

 

「あなた、お風呂の前に温まります?」

「それ、火傷しますや~ん……」

 

 無表情の金田祖母が沸騰したばかりのヤカンを指差し、金田祖父の肌が粟立っていた。

 

「ちょっと早いですが、お風呂……洗います」

「そう? (いち)、お願いね」

 

 (いち)も我が事のように怖く、火の粉が降りかからぬ内に風呂掃除へ逃げた。

 浴槽を泡立たせながら、冷静に考えが纏まっていく。

 

〝自分の気持ちに気付いて、それを誰かに話すと良い〟

〝どうか、私達教師に相談して頂戴。1人で解決しようとするよりはマシなはずだから……〟

 

 城との会話から触発され、尾根(おね)先生の切なる願いも蘇る。

 自分の感情はもう、知った。

 聞いてもらうべき相手、聞いてもらいたい相手。

 それはただ1人しか、いない。

 

○●……――明智 健吾は仲間と過ごし、心は少年時代に戻っていた。

 木戸教授が予約してくれた音楽スタジオへ赴き、誰かのリクエスト曲を躊躇わずに演奏し続ける。

 練習していないにも関わらず、見事に調和された旋律。石山 征爾のタクトが個々の技術を纏め、魅力を最大限に引き出しているからだ。

 

「石山君、『悪魔組曲』……いける?」

「……ああ、これかあ……やってみるよ。吉野さん」

 

 吉野 音美に手書きの楽譜を見せられ、石山は悩んだ末へ挑戦する。7月に公開されたばかりの名曲故、誰もが難儀した。

 

「流石だな、明智。こんな難しい曲も、こなしてしまうとは……」

「皆さんがいたからですよ。……私1人では、恥晒しもいいとこです」

 

 赤堤 響介達に称賛の眼差しを受けたが、明智は本音を打ち明ける。自分は偶々、この曲を間近に聴いた為、リズムに乗れただけだ。たったそれだけで、ヴァイオリンを持つ手が攣りそうだった。

 以前、『悪魔組曲』を弾きこなしたヴァイオリニストの素晴らしさ、改めて実感した。

 

「明智君と一緒だった子、ピアノで演奏したのよね。是非、音芸大に入って欲しいわ」

「音野さんも彼をご存知なんですね」

「そりゃあ、御堂 修一郎の遺作だ。演劇コンクールで使うなんて、よく使用許可が下りたもんだよ。死骨ヶ原で見かけた(・・・・・・・・・)時は本当、驚いた……」

 

 フフッと音野は微笑み、明智の連れを思い返す。高校演劇コンクールに感心した赤堤から、さらりと語られた事実。うっかりと聞き逃しそうになった。

 

「皆さん、北海道の死骨ヶ原へ……行ったんですか?」

「僕は生憎、行ってない……」

「都合が付くメンバーだけで、行って来たぜ。あの坊や、学ラン着てて……雰囲気もあってさ。最初観た時、タイムトラベラーかと思ったよ」

 

 あくまでも、明智は興味本位であるように問いかける。決して、事情聴取ではない。

 石山は頭を振るい、谷村(たにむら)が陽気に答えてくれた。

 

「次、バッハの『運命』でいこう!」

 

 城の号令で演奏に集中する羽目になり、明智は一先ず、頭の片隅に情報を追いやった。

 

 別れの時間まで音楽を堪能し、解散。誰もが社会人、明日は日常へ帰るのだ。

 

「木戸教授、お元気で」

「ああ、またね」

 

 城 晋一郎達と木戸教授がタクシーに乗るのを見届け、次の再会を約束した。言葉を交わすよりも、音楽を聴かせ合うばかりだったが、明智は満足した心地だ。

 そして、スタスタと歩きながら、刑事の思考へ切り替える。スーツの内ポケットにある携帯電話へ手を伸ばそうとした。

 

「明智、少し時間……良いかな?」

「城さん。はい、勿論です」

 

 城に呼び止められ、迷わずに足を止める。連れて行かれた先はカラオケボックス、他の仲間はいない為、歌を目的にしていない。どうやら、内密の話があるらしい。

 

「金田君の話なんだが、気を付けてやって欲しい」

「……城さん、順番に確認します。金田君とは死骨ヶ原湿原ホテルで会った……そうですね。そこで何を見たんですか?」

 

 いつも、城は丁寧に説明してくれる。明智は頭の回転が速い方だと自負しているが、端折り過ぎだ。

 

「すまない、明智。お前が金田君と知り合いで、安心したんだよ。もう分かってるだろ? 彼は……いずれ、誰かを手に掛ける(・・・・・・・・)

 

 猛省した城は深呼吸し、深刻に言葉を選んで、告げる。

 一瞬、時が止まった。

 他のボックスから聞こえる耳障りな歌さえ、遮断されたような錯覚に襲われた。

 驚きよりも納得であり、それに城が気付いた点も意外ではなかった。寧ろ、彼だからこそ、高校生の抱えた吹雪を見抜いたのだろう。

 

「そうは、させません。決して」

 

 明智は心から、宣言した。刑事ではなく、たった1人の人間として、誓った。やっと城の緊張は解けた様に見え、こちらも安心した。

 

「ありがとう……明智。と言うのも、彼はソレに気付いてなかったんだ。だから、私は教えた。そうしないと何かの拍子に、悪魔が囁く。……正直、余計だったかもしれないと思っていたよ」

「まさか、金田君は城さんと向き合っていました。彼は……気まずいと感じた相手からは、逃げようとします。内面を見抜き、教えてくれたアナタに対し、敬意を持っている。私にはそう、見えました」

 

 城は頭を下げ、詫びた。彼の指摘がキッカケになり、新たな惨劇を生む。そんな不安を抱いていたのだろう。明智は寧ろ、惨劇までの引き延ばしになったと思う。

 今日の様子から、そう断言できる。

 

「しかし、高校生が1人で北海道をウロウロしていて、誰も疑問に思わなかったんですか? 東京の人間と分かった時点で、ちゃんと通報なり、然るべき機関へ相談をしてください」

「うん? 金田君は1人じゃなかったよ。保護者と一緒だった……「ウリュウ先生」って呼んでたから、学校の先生か、何かだと思うな」

 

 一応、刑事として注意しておけば、またもやとんでもない事実が発覚する。

 

「まあ、サボりだったのは明白だよ。金田君、「サヤマ」って偽名を使ってたんだ。「ウリュウ先生」からも、そう呼ばれていたね」

 

 サボりどころか、彼は家出騒動を起こしていたのだ。何だか、城はわざと言っている気がしてきた。

 

「……分かりました。貴重な情報をありがとうございます」

「……明智、金田君は高校生だ。ちょっと……手加減してやれ」

 

 明智はあらゆる感情を笑顔に込め、城へ感謝を告げる。彼は何故か、この会話を悔やんでいた。きっと気のせいだろう。

 

 城と別れた後、速攻で顔見知りの道警へ連絡。死骨ヶ原湿原ホテルへパシらせ……急行してもらい、支配人に聞き込み捜査させたのは言うまでもない。

 

 ――それにより、警察は狭山(さやま) 恭次(きょうじ)の名を知るのであった!!




剣持「剣持だ。アニメ版では俺も行ってたのになあ……行きたかったぜ、チクショウ。愚痴はここまでにして、残間さんから教えてもらった狭山 恭次の身元を確認しねえと。都内の大学で法学部……おっとその前に……さて、次回は『2分の1の証明-はじめ』!! どうした、正野。……空港警察から伝達?」

石山 征爾
被害者の元恋人、悪魔の囁きに耳を傾けた

吉野 音美
石山が悪魔に囁かれる原因となった『棘付きの薔薇』を送った

赤堤 響介
被害者を転ばせる目的で、椅子に切れ目を入れた。足を捻挫させるに至った

谷村
交通事故により右腕を骨折し、事件当日は不参加。10年後の「現在」も一緒に活動していると思う
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