金田少年の生徒会日誌   作:珍明

127 / 143
はじめちゃん視点の話です


Q23 2分の1の証明-はじめ

 金田一(きんだいち) (はじめ)の週明けは普段通り、だった。

 寝坊して遅刻ギリギリ、3馬鹿……3人トリオと特番の内容に大盛り上がり、宿題を忘れてノモツァンに怒られ、七瀬 美雪(ななせ みゆき)の弁当箱を拝借して授業中に早弁。社会科担当の朱鷺田(ときた) (しのぶ)に見付かり、ニッコニコの笑顔で注意。

 勿論、怒った美雪にも「弁当泥棒」と怒鳴り散らされる。大人げないと言い返したら、更に彼女のご機嫌を損ねた。

 

 昼休み中、通学鞄とポケットを探る。なけなしの小銭はホームベーカリー・オオカワへ行けば、一番安いパンは買える金額だ。絶対、昼飯としても足りないが渋々と靴箱へ向かう。

 

「ハジメちゃん、お昼を一緒にしませんか? お弁当、貴方の分もあります」

「ワ~イ、食べる~♪ 金田(かねだ)ク~ン、気が利くじゃん♪」

 

 その途中、金田 一(救いの神)から弁当包み(天の恵み)を差し出され、はじめは感謝感激。何の疑いもなく喜んで受け取ろうとしたら、禿鷹……もとい美雪にスッと持っていかれた。

 

「美雪、それ俺の弁当!」

「あたしのお弁当を食べた分、これでチャラね! 金田(かねだ)君、誰が作ったか……聞いても良い?」 

「祖母です。七瀬さんのお口にも、合うと思いますよ」

 

 取り返そうともがいたが、美雪も負けじと弁当包みを死守する。2人のみみっちい攻防に巻き込まれても、金田(かねだ)は微笑ましそうに眺めていた。

 結局、はじめの昼飯は惜しくも、美雪に奪われる。涙ながらに屋上よりも高い、塔屋へ登った。

 

「はい、ハジメちゃん。貴方専用デザート、おにぎりです」

金田(かねだ)……分かってるじゃねえか♪」

 

 同伴した金田(かねだ)から、別のお弁当を渡される。はじめは冗談抜きで胸が高鳴り、嬉しさのあまりに涙が目尻に浮かぶ。頬張る米の味は塩加減がきいて美味い。よく噛み、ゴクンッと音を立てて、飲み込んだ。

 

「ハジメちゃん、食べましたね?」

 

 金田(かねだ)から企みが成功したように笑われ、はじめは背筋が凍り付く。慌てて、彼と食いかけのおにぎりを何度も見比べた。

 

「……え、何? なんかの罠?」

「実は折り入って、お願いがあります」

 

 自分でも分かる程、恐怖に震えた声は上擦ってしまう。

 構わず、金田(かねだ)は固いコンクリートに正座した。その姿勢では足が痛いが、頼み事に誠実さを示していた。

 

「地区大会が終わったら、自分の話を聞いて下さい」

「……どゆ事? 今すぐOKだぜ?」

 

 はじめは頼まれれば、いつだって話を聞く。昼だろうが、夜だろうが、深夜だろうが、寝ていようが、何だったら、授業中であろうと。

 金田(かねだ)が話したいなら、いつだって――。

 

「端的に言えば、横浜の話になります」

 

 脳髄の奥に言葉が届いた瞬間、遂に来たと思う。思いながら、その言葉を待ち望んでいた自分に気付いた。

 この淡い想いに名を付けるならば、光栄と言うのだろう。

 

「北海道の話もします。函館へ行く前、死骨ヶ原湿原ホテルにも行きました」

「え!?」

「沖縄の話もあります。波照間島へ行った時、高遠さんに会いました」

は!?

 

 はじめが感じ入る隙も無く、金田(かねだ)は瞬きせもせずに淡々と宣言する。まるで、教師が年号を読み上げる口調に似て、不気味。せめて、指折り数えるなどの動作が欲しい。

 と言うか、知らない情報もあった。はじめは聞きたくない名に思わず、顔を顰めた。

 

「甲田さんと、お話しました。その話もしたいです」

 

 金田(かねだ)は感傷的に視線を下げ、目を伏せる。一瞬、はじめの胸がチクンッと傷んだ。

 彼は真実を知った。それでも、話す相手に自分を選んだ。だから、しっかりと返事をしよう。

 

「分かった、待ってるぜ。金田(かねだ)

「はい、待っててください。ハジメちゃん」

 

 はじめが真摯に答えれば、緊張の解れた金田(かねだ)はふうっと息を吐く。正座を崩し、彼はようやく弁当を広げた。

 

「一応、聞いとくけど……なんで、地区大会の後?」

「部活に専念したのです」

 

 即答された。

 あまりにも、意外な理由。呆気に取られて、おにぎりを落としかける。しかし、前例を思い出す。軽井沢の『邪宗館』だ。金田(かねだ)は普段、ギッチギチにオカタイせいか、唐突にマイペースを貫く。

 

「今、ハジメちゃんに聞いて頂くと、稽古に集中出来ません。来年の夏が、かかっています」

「話してスッキリ~とかには、ならない?」

「なりません。自分はどうにも聞かせるんじゃなかった……と、思考が行き着いてしまうのです。それにどれだけお話が長くなるか、見当もつきません」

「あ~そっか、金田(かねだ)……忙しいもんなあ。演劇部に生徒会、バイト……」

 

 真剣に答えながら、金田(かねだ)は悩ましげに腕を組む。どうやら、彼なりの妥協案らしい。

 話さないでいる状態こそ、稽古に支障を出さない。演劇部に入部しろと勧めた身としては、その意思を尊重したい。改めて、待とうと思う。

 

「ハジメちゃん、明智さんには内緒ですよ。剣持さんにも」

「……オッサン達に、言わねえつもりなの?」

「心配させているのは重々、承知しています。でも、明智さんは待ってくれません。洗い浚い話すまで、解放してくれないでしょう」

「あり得る……」

 

 明智 健吾(あけち けんご)警視に詰め寄られ、半ベソになる金田(かねだ)を容易に想像できた。

 はじめはつい先日、とある逃亡犯と出くわしてしまった。

 

〝金田一君、お友達は大切にしてくださいね。彼に(・・)何かあったら、私も哀しいです〟

 

 わざわざプリペイド携帯で接触し、その姿を晒された時は怒り心頭。奴は人気アイドル誘拐殺人の真の首謀者だった。口振りから、何処かで(・・・・)事の顛末を見物していたのは先ず、間違いない。

 あっと言う間にいなくなり、エリート警視へ即通報。緊迫した事情聴取の次いでに、何故か長野のバルト城へ誘われた。

 何の事だと思いきや、美雪が行きたがったミステリーナイト。演劇部の地区大会と日程が被る為、諦めたヤツだ。

 申し込み日はとっくに過ぎているが、明智警視は事前に、人の分を勝手に申し込んでいた。しかも、彼と話した後を見計らったかのように、招待状も届く。

 主催者『Mr.レッドラム』、恐るべし。

 再びの長野はご勘弁。ボイコットしてやろうかと思ったが、仕方ない。嫌味な明智警視を打ち負かし、推理合戦に勝利してやろう。

 以上の事を考えながら、おにぎりを食い終わった。

 

「ゴッソサン♪ そう言や、金田(かねだ)。土曜日の特番、観たか? スゴかったよなあ、お前のジイチャンも参加してりゃあ、クリア出来たんじゃね? スタントマンやってたんだしさ」

「祖父が30代の頃なら……とだけ、言っておきます」

 

 TVの話題を振れば、金田(かねだ)は得意げにそう言った。彼のはじめと同様、祖父好き仲間だ。あの人柄の良い老夫婦にも、気の休まる日が訪れて欲しいと思う。

 

 

 はじめの心情などお構いなし、学校行事は続く。

 最も重要にして高校最大のイベント、修学旅行。参加承諾書の提出である。

 

「真冬に沖縄、最高じゃね?」

「夏にバイトした甲斐、あったぜ」

「女子は水着、忘れんなよ♪」

 

 いつもの3人を中心に男子は女子の水着を勝手に想像し、盛り上がる。はじめも勿論、その1人だ。

 

「キンダニ、こっち見んな」

「へえ、来る気なんだ。金田一君」

「冴子ちゃん、太田さん……お小遣いはどれくらい、持ってく?」

 

 厳しい目付きの冴子(さえこ)太田(おおた) 千明(ちあき)の冷めた言い方に傷付く。平嶋(ひらしま) 千絵(ちえ)が必死に話題を変えてくれて、天使に見えた。

 しかし、この修学旅行。はじめの調査によれば、意外と不参加者が多い。

 

「有森、行かねえの?」

「俺さ、クラスメイトと反り合わねえんだわ。お互いに気を遣ってまで、行く必要ないもんな」

 

 有森(ありもり) 裕二(ゆうじ)は普段通りの態度で軽く言ってのけたが、一瞬の笑わない眼差し。言いたくない事情を察し、はじめもそれ以上は聞かない。彼とはウマも合い、残念に思った。

 

「千家も行かないワケ?」

「まだ検討中、俺としては残って勉強に励みたい……かな」

 

 千家 貴司(せんけ たかし)は勉学を理由にしたが、入院中の彼女の為だろう。初詣以来に見せた姿は、明らかに痩せていた(・・・・・・・・・・)

 医療の知識に乏しくても、違和感を覚える。一緒に行けぬ寂しさはあるものの、千家の思うままに過ごして欲しいと願う。

 

「相田……も留守番組?」

「うん、あたし……転校して来たばっかだしさ。仲良しグループに入れてもらうって言うのも、違うし。沖縄って結構、出る(・・)のよねえ」

 

 転校生にして、ミス研の新入部員・相田 桃子(あいだ ももこ)はニヨニヨッと笑う。ドクロアクセサリーをジャラジャラさせ、呟くのは不吉な予言。彼女とは挨拶程度しか、言葉を交わしていないものの。根は良い子なだけに、旅行を楽しんで欲しかった。 

 

「ええ? 陣馬のクラス、半分以上も行かない。そんなのアリ!? 修学旅行だぞ!」

「運動部の連中はしょっちゅう、遠征とかで合宿してっからな。E組の白石も行かねんだとよ。なあ、岡崎」

「俺達は行くけど……学科が違うから、バラバラだな。そっちは沖縄かあ、良いなあ。こっちは長野のスキー場だぜ」

 

 陣馬 剛史(じんま つよし)岡崎(おかざき) 浩司郎(こうしろう)は参加と聞き、安心した。行先はツッコまずにおこう。

 

「金田一♪ 誰が行くか~なんて、気にするのは赤点を取れなくなってからにしたまえっ」

「! 朝基、それは……ゴミ箱に捨てたはずの俺の小テスト! 返せよ!!」

 

 クラスメイト・朝基(あさき)が長い前髪を掻き上げながら、乱入してくる。わざわざ、一桁しか取っていない答案用紙を見せ付けられ、ゲンナリ。

 腹立つからかい方をされて、朝基を追い回す。ノモツァンに捕まり、理不尽な説教を受けた。週末の再テストは流石に点数を上げ、彼のご機嫌を取らねばならない。

 

 ――にも関わらず、はじめは今、横浜ブランカホテルに立つ。

 

 神奈川県警の(かや) 杏子(きょうこ)警部から直々の捜査協力を要請され、連れて来られた。

 最初、はじめは勉学を言い訳に断ろうとした。だが、彼女はある不確定情報を伝え、是が非でも、この事件を早期解決させなければならなくなったのだ。

 

「わあ……床も天井もピカピカ、素敵……」

「この生け花、面白いデスネ」

「それは夢月流の生け花よ、オーナーがファンなの」

 

 高級感溢れるフロントに入った瞬間、美雪と不動中学生・佐木(さき) 竜二(りゅうじ)がはしゃぐ。茅警部から説明されても、はじめは生け花に興味ない。それを見抜いた様に、彼女の小箱がカサカサと音を立てる。

 

「美雪はともかく……なんで、2号まで来んだよ。遊びじゃねんだぞ」

「金田一センパイの活躍が見られるなんて、死骨ヶ原以来じゃないデスカ♪」

 

 佐木2号にハンディカムを向けられ、嫌な事件を思い返す。彼のビデオは証拠検分に助かったが、必要以上にレンズを向けないで欲しい。

 麗しき茅警部はそれを微笑ましく見守った後、すっと刑事の目付きになる。傍から見れば、気付かない程の僅かな変化だ。

 

「被害者はアナタもよく知る人よ」

 

 そう告げられ、案内された26階に金髪碧眼の少年が待ち受けていた。一目見た瞬間、記憶にある人物リストがピックアップされ、ひとつの名が即座に浮かんだ。

 

「ええ!? クリス!?」

「うっそ、クリス君!?」

「げえ、金田一!? 嫌な予感してたけど……やっぱり、アンタかよ」

 

 クリス・アインシュタイン。

 悲報島で起こった殺人事件を生き延びた当事者、去年の夏以来の再会だ。たった1年だけで背は伸び、幼かった顔立ちはちょっとだけ、大人びて見えた。

 腕には包帯が巻かれている。不安そうにイラつく様子から、彼が被害者だろう。

 

「センパイ、外国人の方ともお知り合いなんですネ」

「彼はクリス君と言って、茅警部と同じ事件に居たの」

 

 佐木2号と美雪が話し出し、はじめは茅警部にそっと誘導される。廊下の奥、非常階段……犯行現場へ連れて来られた。まだ鑑識の調査中である為、扉から見下ろすだけだ。

 クリスの血痕がコンクリートの階段へ向かい、落ちていた。

 犯行時間は深夜2時、容疑者は双子の桐沢(きりさわ) 紅子(べにこ)緑子(みどりこ)。夢月流家元・桐沢(きりさわ) 香四郎(こうしろう)の娘だ。

 ここで面倒な事実、クリスが襲われた2615号室は元々、桐沢家元の泊まっていた部屋だった。

 それを部屋へ招かれていたクリスがうっかり眠り込んでしまい、桐沢家元は婚約者・冬堂(とうどう) あけみの部屋に居たと言う。つまり、狙われたのは家元だった可能性がある。

 

「どちらがやったにせよ……親である私の責任、どうかご容赦を……」

「容赦と言われても……」

「クリスのご両親は犯人が名乗り出てない限り、示談交渉に応じないそうよ。すぐに日本へ来られるから、それまでに……ね」

 

 桐沢家元は土下座する勢いだったが、茅警部が手振りで止めさせた。妙に歯切れの悪い言い方から、彼女は別の問題も危惧している。

 

「クリス君、怪我は大丈夫なの? 辛そうに見えるけど、病院へ行かなくて……」

「痛いに決まってるだろ。でも、じっとなんてしていられないよ。僕が自分で犯人を捕まえるんだ」

 

 美雪の怪我する気持ちを無下に扱い、クリスは益々、イライラを募らせた。

 

「じゃないと、ニイミがホテルに戻ってくれないっ」

「!? にいみ(・・・)……?」

 

 うっかり聞き逃しそうに成程、クリスはか細い声で呟く。はじめは彼が情報源だと分かり、茅警部を意識した。

 

「ニイミ?」

「僕のナニーだ。……言っとくが襲われた時は彼女、ホテルに居なかったんだ。警察が嫌いだからね、彼女。こんな状況をどっかから見て、電話だけ寄こした薄情な人さ」

 

 佐木2号の質問にクリスは深いため息、物凄く慣れた対応。警察が絡むと姿を消すのが、日常茶飯事に聞こえる。

 

「ニイミが……ナニー? ニックネームか?」

「違うわよ、はじめちゃん。アメリカではシッターさんを「Nanny」って呼ぶの」

 

 美雪に説明され、はじめは怪訝する。

 クリスを守る立場なのに、あんまりな態度だ。

 はじめがモヤモヤしていれば、またも茅警部に壁際へ誘導される。指先や目線で警官を動かし、美雪達と離れさせられた。

 普段の状態なら、ご褒美を期待して胸が高鳴る。しかし、この緊張感は別だ。

 

「金田一君……詳細は端折るけど、金田(かねだ)君のお母様はアメリカにいたのよ。それが月曜日、入国管理局から通達があったわ。日本へ帰って来たってね」

「……!?」

 

 日本国内に居なかった。

 聞いただけでもショックだが、先ずは確認だ。

 

「それ、金田(かねだ)には?」

「……お母様本人か分からない(・・・・・)から、ご家族にはまだ(・・)報せられないわ。空港警察の足止めも掻い潜って、逃げたそうよ」

 

 他人にパスポートを使用された可能性。空港警察から逃げても尚、報道されていない。金田(かねだ) にいみは重要参考人として、保護対象者となっているのだろう。

 心底、ホッとした。

 

(……金田(かねだ)が、話してくれる気になった矢先に……)

 

 タイミングが良いのか、悪いのか、はじめには判断できない。ただ、強烈な虚しさに歯を食いしばった。

 

 容疑者に事情聴取した時。現場を見直した時。美しい夜景を眺めながら、ディナーを堪能した時。犯人を突き止めた時さえ、異様な苛立ちが脳髄へ纏わり付いた。

 この事件の動機は伝わらぬ家族の想いがすれ違い、爆発した結果だった。

 

「すまんかった……」

「うう……」

 

 桐沢家元は沈痛な面持ちで、犯人である娘へ詫びた。彼らはもう、大丈夫だ。

 キチンと説明せず、勝手な都合で振り回す大人。振り回された子供は堪ったもんではない。愛情を傾けていようが伝わらなければ、いつか、不満は凶刃へ変わってしまう。

 はじめはそれらを間近で、見てきた。

 にいみにどんな事情があろうと、己の家族をほったらかした事実に腹が立つ。

 

「パパ、ママ。人が見てるだろ、恥ずかしいよ~」

 

 クリスの両親が泣きながら、我が子の無事を喜ぶ姿に胸を撫で下ろす。金田(かねだ)親子もこうして、笑い合ってくれる想像はとても出来ない。せめて、再会の折は傍にいよう。

 茅警部の意味深な視線に我へ返り、はじめはクリスを肩へちょいちょいと突く。

 

「クリス、事件は終わったんだし……家庭教師の人と連絡取れないか?」

「さあ……こっちの様子は見ているはずだし、警察がいなくなれば……何、ママ? そう、ニイミがまた消えちゃったの。ドロンってヤツ」

 

 はじめは急かさぬ様、慌てぬ様に問う。クリスはやれやれと肩を竦め、己の母へ事情を簡単に説明した。息子の一大事に何もせず、どこかへ消えたナニー。アインシュタイン夫妻は陽気に「全く、ニイミったら~♪」とアメリカンスタイルで笑った。

 寛大過ぎる。

 

「クリス君。お話を聞いてると、そのシッターさんは日本人っぽいけど。どこで知り合ったの?」

「ニューヨークだよ。ニイミは……」

「アインシュタイン様、お電話が入っております」

 

 美雪のさり気ない質問をした瞬間、ホテルフロントスタッフからひと言。はじめと茅警部は緊張を面に出さず、目配せする。クリスは目に見えて、上機嫌となった。

 

「クリス君、フロントで話してくれる?」

「一応……言っておくと、電話は代われないよ。警察がまだいるなんて知られたら、ニイミは切っちゃうからね」

 

 茅警部に指示され、クリスは渋々と受話器を受け取る。はじめは限界ギリギリまで近付き、聴覚を働かせた。

 

「hello、ニイミ? 事件は無事、解決したよ。パパとママも着いた……え? 警察と鬼ゴッコしてる? 根性あるお巡りが……こんな時間まで、ずっと自転車で追い回してくる? ニイミ、今どこ?」

〈……東京〉

 

 軽い挨拶から始まったが、クリスは端正な顔を徐々に曇らせていく。はじめにも居場所が聞こえ、驚いた拍子に肩が痙攣した。

 

「そのまま、警察に保護してもらうように言って頂戴」

「ニイミ! 僕が行くまで、警察の人と一緒にいて!」

〈クリス、合流はしない。貴様は家族と帰れ……ガチャン

 

 茅警部が言うより先、クリスは受話器へ叫んだ。しかし、無情にも電話は一方的に切られた。

 ツーツーツー音が虚しく、フロントへ響く。

 受話器を見つめ、クリスは突然の別れにショックを隠さなかった。プライドの高い彼がそれ程、信用した相手故にちょっと可哀想に思う。

 そして、にいみ本人の人となりを知らないが、親子だなあと変に感心してしまった。彼の逃げ癖は、母親譲りかもしれない。

 

「根性のあるお巡りって、何だ?」

「……両津 勘吉とか?」

「センパイ、それは漫画です」

 

 瞬きしないクリスに問われても、はじめに思い当たるのはその人のみ。佐木2号のツッコミが無ければ、気まずかった。否、やっぱり気まずい空気が流れた。

 

「クリス君、アメリカの住所を教えてよ。シッターさんに会ったら、あたしの方から連絡するわ」

「……美雪さん……」

 

 美雪の提案を聞き、クリスは初めて心の底から感謝している様に見えた。はじめには思い付かない発想、こういう時に気の利く彼女がいてくれて、良かった。

 アインシュタイン夫婦が英語でヒソヒソ話し、妙な感じだ。ナニーとの別れを惜しんでいるように見えない。そもそも、クリスは何をしに日本へ来たのだろうか?

 

「クリス君、生活安全課の兵頭警部が来られるの。そのシッターさんの話、聞かせてくれる?」

「病院、行ってからでいい? 刺された箇所がどんどん痛くなってきた……」

「早く言えよ!?」

 

 さり気なく、茅警部が頼むとクリスの包帯に血が滲む。彼の母親とパトカーへ乗せられ、最寄りの病院へ搬送されて行った

 残ったクリスの父親と桐沢家元が話し合い、警察に被害届を出さず、双方和解が成立した。

 

 東京駅行の電車に乗り込み、座席シートへ腰かけた瞬間に疲れがドッと来た。高校生だけで帰らせられないと茅警部も付き添い、微かな香水の香りに癒される。

 

「金田一君、今回は本当にありがとう」

「いやあ、結局……本命は分からず……ですし」

 

 にいみを自転車で追い回す強者など、全く見当が付かない。とりあえず、剣持(けんもち) (いさむ)警部のオッサンではないのは確か。明智警視が優雅に自転車を漕ぐ姿は想像できるが、実際に見たくない絵面だ。

 

「はじめちゃん、はい単語カード。事件は無事に解決したけど、まだこっちの問題が残ってるわ。こういう時間に勉強してよね。じゃないと日曜日の運動会、観に行けないわよ」

「え♪ 金田一センパイ、七瀬センパイ、ボクの運動会。観に来てくれるんですか?」

「……初耳ですけどお? 2号……不動中だっけか」

 

 美雪に単語カードを渡され、勝手な予定を聞かされる。時期的に言えば、地域小・中学校の運動会開催は当然だろう。しかし、はじめが行っても意味は無い。

 現に、小学生の従妹から「ドンクサイ奴は来るな」と念押しされた。彼女は今学期に不動小へ転校して来たばかり、はじめは従兄として是非ともからかい……応援したかったが、諦めた。

 

「そうよ、はじめちゃん……真壁先輩に誘われなかった? 弟の守君が応援団長を任されたから、見に行こうって。佐木君、知ってるわよね?」

「はい、知ってます。生憎、赤白に分れちゃいましたけど、真壁センパイの弟とは思えない程、誠実な人ですよ」

「あっそ……」

 

 はじめ達の母校・不動中等学校に発音が似た不動中学校。初耳の人は大体、間違える。

 佐木兄弟と同級生など、はじめは興味ない。車窓の向こう側を眺め、よく知る東京の景色へ変わった。

 柄にもなく、緊張に神経が張り詰めた。

 

金田(かねだ)のお母さんが……この街にいる)

 

 顔見知りの道警はもう知っているのだろうか、気になる。佐木1号こと、佐木(さき) 竜太(りゅうた)が言うには北海道警察の不祥事が発覚し、暫く忙しいだろうという見解だ。

 青森県警から依頼され、断った案件。報道を確認した時、事件の規模に驚かされた。『小田切先生』と同じ戸籍乗っ取りもあったと知り、かつて味わった無力感が蘇った。

 

「金田一君、もう良いのよ。アナタのお陰で、クリス君は犯人から余計な恨みを買わずに済んだわ」

「……そっか、クリスの奴。自分で犯人を捕まえるって……。茅さん、俺にアイツを止めてもらいたかったんですね」

 

 茅警部に優しく肩を撫でられ、蠱惑的な唇が耳元で囁く。本来なら、美女を間近に見られて有頂天になる展開だ。

 手負いでナーバスになった被害者を守る。それもまた、茅警部の目的。

 そういう事なら、はじめはまた協力を惜しまない。

 

「ところで、茅さん。その箱、何が入っているんデスカ?」

「……ウフフ、この子……喜んでるみたい」

 

 佐木2号が珍しく、恐る恐る問う。それを喜ぶように、木箱が音を立てた。

 茅警部は愛おしげに木箱へ耳を当て、お得意な謎に満ちた笑み。不気味さと美しさがバランス良く、他人を魅了してしまう。彼女にはまた会いたいと願えば、美雪に頬っぺたをつねられた。酷い。

 他の乗客にも注目される中、東京駅へ到着。

 タクシー乗り場にて、茅警部と名残惜しくも別れる。彼女は警視庁へ行き、明智警視と話すそうだ。

 

「タクシー代も経費で落ちるんですねえ、金田一センパイ」

「……ワリィ、家着くまで寝かせてくれ……」

「はじめちゃん……お疲れ様」

 

 タクシーの心地良いエンジン音に揺さぶられ、はじめは佐木2号へ頼む。眠気に耐え切れず、美雪の肩を枕にしたが、怒られなかった。

 平日の夜、様々な音が車内へ舞い込む。それも眠りへ誘うBGM。

 

「待てや、こらあ!! 交番勤務なめんな!!」

 

 叫び声と共に、自転車が爆速で走り抜ける。はじめ以外の人間が窓の外へ顔を出し、何事かと騒いだ。

 

「はじめちゃん、あれじゃない? 自転車で追いかける警官って、はじめちゃん!」

「あ~……行っちゃっいました……リアル両津……」

 

 肝心の追われている人間は見えず、執拗な追跡も虚しく終わったと後で聞いた。




冬堂「冬堂 あけみです。あの……私、名前だけで出番なかったっぽいんですが……。ええと、アインシュタイン家の方々にはそのまま……ホテル暮らしを満喫されました。さて、次回は『2分の1の証明-小林 竜太郎』!! 警察の方って大変なんですね」

茅 杏子
麗しの刑事様、アニメ版では未登場(何故だ)

桐沢 紅子、緑子
一卵性双生児、性格は本当に違う

夢月流家元・桐沢 香四郎
双子の継父として紹介されるが、本当は実父だった(なんで隠してた?)作中にて生存する

クリス・アインシュタイン
秘宝島殺人事件ゲストキャラ。作中にて、桐沢の代わりに襲われ、負傷(ごめん)。にいみをナニーとして慕っている

岡崎 浩司郎
墓場島殺人事件ゲストキャラ

朝基、冴子
事件に関わらない準レギュラー、日常の象徴

太田 千明
学園七不思議殺人事件ドラマ版ゲストキャラだが、準レギュラーでもある
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。