金田少年の生徒会日誌 作:珍明
誤字報告により、修正しました。ありがとうございます
市民の声が真っ先に飛び込んでくる。土曜日の特番から週明け、子供達のアスリートゴッコが
しかし、高架下の道、遊具のある公園、住宅地を支える擁壁など、チャレンジ精神が擽られる場所にて、目撃される。小林を含めた警官が軽く注意すれば、止めたフリをして繰り返す。
怪我の報告がないのは、幸い。
小林も10代の頃、ローラスケートで無茶な走りをした経験あり。彼らの気持ちは分かるが、場所を考えて欲しい。
小学生の下校時間、普段よりも多めに巡回する。川沿いの土手の遊歩道を歩けば、キャッキャッと騒がしい声だ。
「見ろ、小林。また特番ゴッコしてんぞ」
「今度はポールブリッジのステージじゃん。この辺は浅いけども……落ちた拍子に、川の底へブツかっちまうな」
緩やかな川にある砂防堰堤、小学生が色んな動きをしながら、何度も渡る。天気も良く、水位の上がらぬ時間故、子供達の遊び場と化している。
「お、保護者か……?」
遠目からでも、中年と分かる女性。真っ赤なジャケットと赤い帽子が砂防堰堤へ近寄り、注意を警戒した子供達が一瞬、身構えた。
「「!?」」
手振りで退く様に指示し、女性は堰堤の上でフワッと倒立回転。渡りきれば、次は倒立後転。その次は側方倒立回転と体操選手さながらの動きを見せた。
しかも、帽子を被ったまま。見事な技を披露した。
子供達も我こそはと、真似し出す。
「キミ達~! そんなトコで、遊ばない~!!」
小林は我に返り、大声で注意。やっとこちらに気付き、子供達は「小林だ!」と囃し立てる。完全に舐めた態度の上、女性はブーイング。勿論、クソガキ……純粋な子供達も面白そうに唇を尖らせ、大合唱。ちょっとだけ、イラッとする。
「公園とか、学校の校庭があるだろ?」
眼鏡の相棒が代案を叫んでも、ブーイングは続く。しまいには「ここが縄張り!」と反論してきた。
仕方なく、小林は自転車を相棒に任せ、土手下へ降りる。途端、女性も含めて子供達はダッシュ。まさに蜘蛛の子を散らす逃げ方だった。
「子供達、また戻って来るぞ」
「ただのブームだし、すぐに廃れると思うけどな」
相棒の言う通り、自分達がいなくなれば、遊びは再開されるだろう。ずっと見張っているワケに行かず、巡回に戻った。
高架下の公園に――さっきの赤いジャケットの女性がいた。柱の出っ張りをよじ登る動きはさながら、ロッククライミング。その手に装着されたグローブもまさに、それっぽい。
川にいた子達とは別のグループが、それを真似る。
「こらこら、やめろ! アンタも降りて来て!」
慌てて、止めに入る。上にいる女性を呼べば、掴んだ箇所から躊躇いなく手を離す。落下する動きを見た瞬間、小林は万一に備え、受け止める体勢になった。
その心配なく、女性はスーパーヒーロー着地で無事に地面へ降り立つ。
正直、ビビった。
「……何やってんスか?」
「ロッククライミング」
「……っ。見りゃあ、分かるわ! ここは、それをする場所じゃないって話で……」
「何故だ?」
思わず、呻いた。その言葉に当たり前の返事をされ、小林は一瞬だけ言葉を無くす。口元のほうれい線と声質から、40代半ば。大人相手故、厳しく注意しようとしたが、遮られた。
「何故って……落ちたら、怪我を……」
「事件や事故は決まった場所で、起こらん。ここを登れるようにしておけば、いざという時に上へ避難できるだろう。さっきの川もそうだ。橋は常に渡れるとも限らん。川へ飛び込んで渡ろうとするより、生存率は上がるぞ」
懇切丁寧に言い直そうとしたが、屁理屈を捏ねられた。
しかし、疑問の湧く言い方だ。
「……あのう、子供達と特番ゴッコをしていたのでは?」
「違う。特番とは何だ? ん? ……ケ〇ン・コ〇ギが出演していた? ほお……月曜に帰国したばかりでな、観ていない」
帽子で表情が分かりにくいが、彼女は初耳のご様子。子供達が各々で特番の出演者やステージ内容を語り、大盛り上がりだ。
「この辺も様変わりした……すっかり、浦島太郎だ」
その例えはおそらく、年単位で国を空けていたという意味だろう。しかも、遠くの空を眺め、目の前にいる小林達を置いてきぼりにする。一応、女性と同じ方角を見てみたが、青空だけだ。
「ひょっとして、ロス帰り……あれ!? どこ行った?」
「あっち」
視線を女性へ戻すと姿がなく、相棒と子供達が同じ方向へ指差した。彼女を引き止めろや、相棒。
「ちょっと、待って! まだ話が……」
「さっきの着地で膝が痛い、冷やす。やはり、ヒーロー着地は負担だ」
話が噛み合っているようで、噛み合わない。
懐かしい感覚だが、感傷に浸っている場合ではない。圧倒的に不審者、このまま見逃してはならない。刑事の勘が働いた。
もしも、エリートな上司がここにいれば、「キミにしては勘が鋭い」と言われそうだ。否、「刑事の勘が働く程、事件経験を積んでましたっけ?」とも言われる気がして来た。
「何が可笑しい?」
声に出して笑ってしまったらしく、女性は怪訝そうに口元を曲げる。帽子に隠れた目と絡み、勝手な回想を見抜かれた感覚に襲われた。恥ずかしさに首を横に振り、彼女を笑っていないと示した。
ちょうど、歩行者信号機に止まってくれた為、話しやすいタイミングとなった。
「……すいませんが、すこ~し話を聞いても? ここじゃあ、騒がしいので……」
「またか……何なのだ、ウザ」
警戒されない様に礼節を用いて、任意同行を求める。女性から露骨に吐き捨てられ、小林は口調を意外に思った。
「コンビニはどこだ? 氷を買う」
「それなら、向こうに案内を……?」
ため息と共に質問され、小林は反対方向を指差す。顔を背けた一瞬の隙を突いて、女性は別の横断歩道を駆け抜けた。あっという間に反対側の歩道へ行ってしまった。
「え? は? 足の痛み……」
愕然とする小林を嘲笑う様に、信号機は点滅して赤へ切り替わる。女性はこちらを見ず、スタスタと住宅地へ消えた。
あまりにも、手慣れた逃げ方。感心を通り越し、呆れた。
(どうしよ~、捕まえる口実とかねえし~……ゲンさんに報告しとくか?)
女性の動きを子供達が真似しただけ、指示や指導もしていなかった。
「小林~。子供達に聞いたら、誰も知り合いでもないってよ。今日初めて会ったらしいわ」
ようやく追い付いた相棒に声をかけられ、小林は更に悩む。彼には巡回の続きを任せ、自分1人で探す手もある。しかし、あの女性の身のこなし。取っ組み合いになれば、こちらが不利。
「もう一度、川へ行って……そっちの子供達にも、話を聞いてみるか?」
「……いいのか? 俺、1人で行こうと思って……」
「いやいや、万一の用心に越したことはないじゃん。小林がそこまで気になるなら、職質くらいはしとこうぜ」
「……サンキュー」
相棒の言う通り、気になるだけだ。それに付き合ってくれる意思が嬉しくて、遠慮なく道を戻った。
ローラスケート、スケボー、草野球、トランペットの練習など、人が増えている。穏やかな市民の日常に紛れ――普通にいた。
「!?」
遊歩道へ腰かけ、膝に氷の袋を当てている。彼女は小林達を2度見し、素知らぬ顔で帽子を深く被った。
「お姉さん、お話をヨロシイですか?」
「タイム」
今度は堂々と近寄り、小林はニッコニコの営業スマイル。対して、女性は強気のタイム宣言。ご丁寧に腕でサインを作った。
足が痛い為、時間が欲しいのかもしれない。小林が様子を窺えば、彼女はゆっくりと立ち上がる。ローラスケートで駆け抜ける少年へ話しかけた。
万札を手渡し、金額に満足そうな彼からローラスケートを受け取る。テキパキと足へ着け出した。
「……何、してるんです?」
「ハンデだ」
相棒が質問した時、彼女はローラスケートの具合を確かめる。そのまま、光GE〇JIもかくやという滑りで、遊歩道をシャーッと走り去った。本当に自然な動きの為、見送ってしまった。
「また逃げられた!!」
「本当だ!! 小林、追うぞ! オレはこっちから行く!」
小林は自分の行動にビックリし、誰に言うワケでもなく叫ぶ。我に返った相棒が慌てつつ、住宅地へ通じる道を進んだ。彼の言う通り、人の多くなった時間帯に2台の自転車が進むのは危険だ。
適切な判断に従い、小林も自転車へ跨り、ペダルを踏む。この時点で、女性との距離は開いていた。
しかし、目立つ赤い帽子とジャケットは見逃さない。
「待て!!」
風を切りながら、小林は追いかける。刑事が滑走する様子に人々も道を譲り、感謝した。
女性は軽やかに速度を上げ、橋を渡る。またも住宅地へ入り込んだ。
一歩、相棒が遅かったが、目配せで二手に分かれる。
毎日の巡回コース、地図は頭に叩き込んである。目を瞑ってでも、通り抜けられる自信があった。
どんな順路を辿ろうが、この周辺は必ず、幹線道路へ行き着く。しかも、反対側へ行く為の横断歩道は遠く、急ぐならば歩道橋しかない。
とは言え、住民の方々が行き交う道。通行人にブツからぬ様、細心の注意を払った。
(いた!)
赤い服と帽子、逃走に疲れているのだろう。ローラスケートの滑りに切れがなく、何だか、のんびりしている。これは絶好のチャンスだ。
彼女を追い越し、自転車で行く手を塞ぐ。滅多にせぬ大追跡、流石に息が切れる。小林は深呼吸し、残る気力で声を張り上げた。
「あの! お話を聞かせて、ください!」
「……はい?」
キョトンとした顔と声、どう見ても別人です。本当にありがとうございます。
小林は目の前に起こっている現象に困惑し、前髪を掻き上げる。はたと頭に違和感、制帽がない。胸や肩、ポケットを探るが、無意味な行為。
(落とした……!?)
漕ぐのに夢中で、大切な制帽を無くす。どの段階で取れたか、全く思い出せない。
「あの~、何か……お困り?」
「え、あ、ちょっと……待って。俺じゃなくて、本官はアナタと同じ格好の人を追ってまして……」
心配そうな眼差しで見られ、小林は慌てふためく。
「ああ……これ、その人の服です。お金あげるから、この格好で歩道橋へ行ってくれと……まさか、お巡りさんに追いかけられてるとは知らず……すみません」
(……か、替え玉!?)
物凄く詫びてくれた一般市民は
一先ず、剣持夫人の連絡先を控え、ジャケットと帽子、ローラスケートを預かる。
汗だくの相棒と合流し、成果を報告。お互いに苦笑し合うしかなく、労わり合った。
体力だけを無駄に使い、トボトボと自転車を押し、真粕平交番へ帰還。
交番長・ゲンが黒いカーディガンの女性と何やら、拾得物のやり取りをしている最中だった。
「戻りました……」
「どうした、お前ら。そんなに汗ダクでぇ……また、子供達にからかわれたか?」
「……っ」
朗らかなゲン交番長と挨拶し、来訪者へ目を向ける――追っていたはずの女性がいた。帽子を脱いでいるが、前髪による目元の見えにくさ、口元の嫌そうなシワに教えられた。
相棒と一緒に絶句。
「竜太郎……これ、お前の帽子か? 礼、言っとけ。こいつが届けてくれたんだぞ」
「あ……俺のです!?」
制帽を見せられた瞬間、確認せずとも小林の物だと分かる。と言うか、警官の制帽が交番に届けられるなど、失態極まって恥ずかしい。
「では、達者でな」
「ああ、先生によろしく」
「……!? 待って待って。アンタの服とか、持って来たんだぞ。それにゲンさん……交番長に対して、その態度はないだろ」
スタスタと立ち去りかけ、小林は咄嗟に両手を広げて立ち塞がった。
「良いんだ、竜太郎。そいつは氷室と言ってな、俺の恩師の娘さん。昔から、こういう態度なんだわ」
「そう言う事だ」
「親しき中にも礼儀ありデショ」
ゲン交番長はケタケタと笑うが、小林は呆れてしまう。恩師の娘など、完全に他人である。失礼ながら、歳も娘と呼ぶには程遠い。
「貴様、何か失礼な事を考えているな」
「いや……そんな、別に……ハハハ」
「……あ、電話。オレ、出ます」
女性に前髪の隙間から睨まれ、心を見透かされてドキッとする。場の空気を変えるように、所内の電話が鳴り響く。相棒が出てくれた。
「……つまり、小林 竜太郎か。……小林 星二の関係者か?」
「え? え~と、確か……長野で亡くなった画家でしたっけ。いいえ、偶々……同じ苗字なだけです」
その質問に緊張が走り、小林はあまり知らない風を装った。
『悲恋湖キャンプ場殺人事件』、容疑者の少年が湖の水上にて、ボートを爆発させての自爆。遺体は発見されず、東京の自宅に舞い戻ってくる可能性も視野に入れ、捜査中だ。
だが、何の音沙汰もないまま、既にひと月が過ぎた。間もなく、被疑者死亡の書類送検となるだろう。
「小林、お前に電話。交通総務課の南条って人から……」
「南条先輩?」
相棒に受話器を向けられ、珍しい名前を聞く。小林は迷わずに取り、受話器を耳に当てた。
〈小林君、明智です。そのまま、南条君だと思って話して下さい〉
「……!? 先輩、お久しぶりです……何か?」
可憐な声を聞くはずが、エリート警視の澄んだ声にビビる。本庁捜査一課の
本当に久方振りの声だが、元気そうで何より。
〈河川敷を猛スピードで自転車飛ばすお巡りがいると、近隣住民から相談がありましてね。場所を聞いて、キミの仕業だと思いました〉
「……はい、……走ってたのは砂防堰堤です。……そういうのって、先輩の耳に届くんですか?」
〈それより、何がありましたか?〉
「いえ、ちょっと職務質問しようとした女性を追いかけてたんです。結局、ゲンさんのお知り合いで……取り越し苦労でした」
追いかけっこが通報されるなど、結構な大事になっていた。
素直に報告すれば、明智警視が受話器の向こうで無言になる。呆れられたかと思ったが、違う。思考を深く、巡らせる為の沈黙だ。
小林には、分かる。
〈身元の確認は?〉
「……お名前は
〈小林君、捕まえて下さい。保護対象者・金田 にいみです〉
「……へ?」
毅然とした命令が耳を打ち、自分でも間抜けな返事をした。条件反射で振り返り、所内を見回すが保護対象者はいなくなっていた。
背筋が凍り付き、受話器を持つ手が震えた。
「さっきの人は?」
「もう帰ったぜ、その辺でタクシーを拾……」
「小林!」
ゲン交番長が言い終えるより先、小林は受話器を放り投げる。相棒の制止も聞かず、最初から自転車へ跨り、指差された方角へ突進した。
保護対象者・
海外に渡っていたが、入国管理局より彼女のパスポートを用いての入国あり。早期の本人確認及び、身柄確保されたし。
週明けの夜、警視庁から通達された最重要人物。
否、それ以上に重要な点。
(家族が、あの人を待ってる……!!)
彼女には1年以上前から、家族による捜索願が出されていた。しかし、当時は事件性が認められず、一般家出人扱いだった。
小林はその家族の顔を知らない。でも、必死になるには十分な理由だ。
「待って!」
「……ふう」
タクシーへ乗り込む寸前、彼女を引き留められた。メチャクチャため息を吐かれたが、小林は構わず、その腕へ手を伸ばす。
ヒョイと避けられた。
こうして顔を見れば、手配された写真に似ている。少し痩せ、化粧で隠した目の下の隈が酷くて、印象が大きく変わっていた。
ゲン交番長は気付かなかったのか、情報の摺り合わせも必要だ。
「……話は終わったはずだぞ、小林」
「金田 にいみさんですね。ご家族が探しています。俺……自分とご同行、願います」
煩わしいと言わんばかりに顔を歪められても、小林は努めて冷静に事情を告げる。名を呼んだ瞬間、彼女は眉間にシワを寄せて、瞼を閉じた。
ひと呼吸置き、こちらを睨めつける。ゾッとする迫力に圧され、小林は仰け反った。
彼女の鋭い視線は小林ではなく、その後ろ……否、遠くを見やる。もしや、気付かぬ内に自分の背後に誰かいるかもしれない。
頬に汗が流れる緊張感の中、ゆっくり振り返ってみる。
チラチラと視線を投げる通行人、野次馬はいる。別段、変わった人間はいない。彼らは小林と視線を絡め、遠慮がちに指を指してきた。
――バタン
彼女がタクシーに乗り込み、ドアが閉じる音。その光景に血の気が引いた。
「待て、ちょっと! 止まって!」
慌てて止めようとしたが、タクシーは無情にも発進した。後部座席にいる彼女は一切、振り返らなかった。
呆然と立ち尽くし、小林は自分の行動を振り返る。名を聞き、同行を求め、無視され、去られた。
回想時間、0.1秒で終了。
「……フザけんなよ……」
本来、小林は短気である。否、熱血だ。自覚した途端、怒髪冠を衝く。まさに髪の毛一本一本に、怒りが伝達した感覚、握りしめた拳の筋肉の波動が全身を駆け巡った。
――第2ラウンド、開幕。
再び、馬鹿の一つ覚えみたいに追いかけはしない。無線を使い、相棒へ連絡。ゲン交番長より追跡命令をもらい、自転車を走らせた。
何故なら、そろそろ帰宅ラッシュの渋滞が発生する時間。パトカーより、小回りが利く。
ゲン交番長から無線連絡を受け、最寄りの駐在所勤務と合流。他とも無線でやり取りしながら、タクシーを血眼になって探す。
発見した時、既に別の客を乗せていた。しかも、腹立つ事に彼女は小林が見失った直後、さっさと降りたというのだ。
運転手曰く「別れた旦那の仕業だ」と吐き捨てられ、同情してしまったと言い訳。小林は多めに運賃代を渡されたと気付き、職務を忘れてキレそうになった。
そこから、目撃情報を受けては逃げられ、偶然にバッタリ遭遇しては逃げられを2時間も繰り返した。
「待てや、こらあ!! 交番勤務なめんな!!」
今度の彼女はスケボーを乗りこなし、歩道をすり抜ける。あの手この手と品を変え、まるで漫画の展開に段々と思考も鈍ってきた。
延々と続きそうだが、流石に疲労困憊。だが、保護対象者相手ではこれ以上、応援を呼べない。
周囲のエンジン音より、自分の荒い息や心臓の脈打つ音が神経に響く。
でも、諦めない。
するとスケボーの速度が落ち、小林は今日の経験だけで罠を警戒。
「……小林、アタシは東京を離れる。もう追って来るな。貴様らは経費が落ちるだろうが、こっちは実費だ。所持金が心許ない」
「だ……だから、家族が……」
さっさと保護を受け入れてくれれば、早い話。そう言いたいが、小林の声は掠れる。彼女に家族と再会できない理由があるならば、尚の事、警察を頼って欲しい。
「ひと段落すれば、母へ連絡する。それだけは、
「……っ」
街灯や車のライトに照らされた彼女は初めて、笑顔を見せる。どうにも、やれやれ仕方ないなあと言いたげな腹立つ笑い方。感情によるエネルギーが切れ、小林はもう何も言えなくなった。
彼女は自転車の集団へ紛れ、小林はまたも見失った。残った力を振り絞り、無線連絡。最後に交わした言葉を伝えた。
〈追跡終了、直ちに帰還したまえ〉
明智警視より追跡終了の帰還命令を受け、小林は改めて周囲を見渡す。勤務先の交番まで、距離が遠い。もうひと踏ん張りだ。
「遅かったですね、小林君」
「明智先輩……」
戻れば、まさかの明智警視がいる。彼は優雅に小林の椅子へ腰かけ、汗だくのゲン交番長と相棒は直立不動の姿勢で立ち尽くしていた。
「あのぉ……始末書はこれからで……」
「いえ、ゲンさんの話を聞かせてもらおうと伺いました。金田 にいみと接点のある方が、こんな身近にいるとは予想外です」
「……手配書の写真が、美人過ぎだあ……こりゃあ」
疲労と緊張で震えつつ、小林は問う。フフッと笑った明智警視は遠回しに「報連相を怠った理由は?」と嫌味を言っている。否、普段の彼より幾分か抑えた物の言い方だ。
だとしても、ゲン交番長の言い訳は酷い。
「結婚して、名字が変わってた? それだと、ゲンさんが……彼女の結婚を知らなかったのは不自然……」
「……逆だ、逆。死んじまった親父さんの名字だよ。先生が再婚して名字が変わるってんで、俺にだけは……氷室呼びをして欲しい……そう、頼まれてたんだ」
小林がハッと閃けば、ゲン交番長から重い理由を教えられた。
「やはり、そうですか。金田さんも、娘さんがゲンさんを訪ねたとお伝えしたところ、かなり驚かれていました」
「ゲンさん、そんなに親しいのに……金田姓も知らなかったんスか?」
「誤解すんな。先生とは卒業以来、会ってねえ」
明智警視の詰問は鋭く、相棒もビックリ。ゲン交番長は重そうに目線を落とす。
「……あいつが時々、ここへ来ては世間話をする。その程度の付き合いだからよ、わざわざ……先生に言わなかっただけじゃねえかな」
彼女の個人情報を話してしまい、詫びているように思えた。
「
「……アレだよ、アレ! 北海道の背氷村。そこで殺された4人……いや、3人の遺族についてだ」
ゲン交番長の答えを聞き、明智警視は表情が凍り付く。それもそのはず、彼が解決した事件。人伝にコッソリと聞いた程度だが、小林達も当然、知っている。
明かされた真相のひとつ、高名な画家の死。氷室姓だったはずだが、偶々、同じ名字なだけだろう。
「具体的には?」
「……嫌な話だがよ……」
追究する明智警視にゲン交番長は躊躇いながら、不可解な事実。
第1の被害者・
第2の被害者・
第3の被害者・
「どうもねえ、これらは年内……綾辻 真里奈が
彼女と話した瞬間を思い返しながら、ゲン交番長は首を捻る。彼の言う通り、ひとつひとつに関連性はない。
旅行先で亡くなる日本人は珍しくなく、萬屋病院の残虐行為による犠牲者は未だ正確な人数を把握されず、全国各地で毎日、事故は起こる。
なのに、小林は言い様のない気持ち悪さを覚えた。
そう、まるで――。
「天罰?」
小林が噤んだ言葉を相棒は本当に何気なく、呟く。ただの感想で他意はないが、異様な静けさの中では響いてしまった。
「聞かなかった事にします」
明智警視は感情のない声を出し、相棒は事の重大さに青褪める。あの3人が卑劣な行いをしようとも、その遺族の死に対して、警察としてあってはならない発言だ。
「……金田 にいみのご家族に連絡は?」
「ご両親には、伝えました。警察に見付かったなら、もう東京には居ない。そう、見解を述べられました」
小林は彼女の家族も心配になり、声を荒げる。流石、判断の早い明智警視。ただ、「ご両親には」と念押しする言い方が気になる。別れた夫がいると、タクシー運転手に話していた。
(お子さんがいるのかな……)
失礼ながら、想像つかない。
「金田さん、ゲンさんを覚えていましたよ。クラスで一番、面倒見の良い生徒だったから、ピッタリだと……」
「……俺ン時は、やんちゃな奴が多かっただけでぇ」
明智警視は労わるような優しい口調になり、ゲン交番長は照れくさそうに制帽を脱ぐ。深刻な話をしていた分、小林は胸の不快感がス~ッと抜けていく。
その恩師とやらに、会ってみたいと思えた。
「小林君、ご苦労様でした。始末書の提出、待ってますよ」
「……はい、明智先輩」
何も解決しなかったが、ひとつの家族が再会に至る一歩だと思えば、今日の働きは無駄じゃなかった。
始末書と戦いながら、小林は明日も公務に励むのだ。
翌日の夕方、交番前にローラスケートを履いた子供達が集う。巡回から戻った小林を見た途端、「小林~、ヒーロー着地やって」「昨日のオバチャン、プロのアスリート?」と質問攻め。
相棒に助けを求めたものの、そっと視線を逸らされた。彼の肩が細かく震え、笑っているのは丸分かり。他人事のようでムカつく。
「あっちのお兄ちゃんが教えてくれるぜ」
「小林~!?」
小林が指差した瞬間、相棒が悲鳴を上げた。
結局、2人仲良く好奇心な子供達に囲まれたのは別の話である。
茅「茅です。……まあ、金田 にいみさん。お話を聞く限り、フィジカルの強い方ですねえ……明智警視。あら、この子もとっても喜んでいるわ。ウフフフ……さて、次回は『金田一フミの誘拐事件を言い当てて』。金田一君、そんなにあからさまに聞いては、バレれてしまうわよ」
小林 竜太郎巡査
明智警部の事件簿レギュラー。アニメ版ではイケメンに描かれている為、コミック版のヘタレっぷりのギャップは良い
相棒・眼鏡くん
名前のない相棒
交番長・ゲン
小林が勤める交番の交番長、勤続35年。作中にて、金田祖母の教え子。クラスメイトの面倒見が良かった(物理的に)。にいみの警察嫌いも知っており、偶の話し相手になっていた
明石の兄妹、加納の父親、比留田の愛人
穴埋めオリキャラ、綾辻逮捕後にそれぞれの別々の形で死亡