金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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会場には色んな人が集まる。
そう、色んな人達が――と言う話です

追記・副題を「中編」から「後編」に変えました


F.13 午前4時40分の銃声は鳴らない・後編

 静岡行きの新幹線、(いち)は通路にて片倉(かたくら)の話を聞かせる。遠野(とおの)先輩は口を挟まず、最後まで耳を傾けてくれた。

 ちなみに金田祖父母は座席で駅弁を堪能中、頑丈な車両間扉もある為に会話は聞こえない。さとみへ渡す薔薇の花束が崩れないように気も張っていた。

 

「自分、そんなにわかりやすいですかね?」

「……バイトの愚痴かと思ったら、そこを気にしてたんだ。僕は金田君が好きでよく見てるから、わかるだけだよ。案外、片倉さんって人も金田君が好きなだけじゃないか?」

 

 流石は遠野先輩、見ず知らずの片倉にもキチンと敬称を付ける礼儀正しさだ。

 

「羽振りの良いお客様に好かれて、光栄ですね」

「すんごい誤解を生みそうな発言と顔だよ、金田君っ」

 

 嫌味を吐き捨てれば、遠野先輩に苦笑される。

 片倉の好きな相手とやらは、さとみだろう。昨夜の言動は狙った相手の弟から落とす算段に見える。ただの憶測だが、仮に当たっていても、絶対に姉との仲は取り持たないと決意した。

 それよりも、気になるのは遠野先輩の発言。

 

「遠野先輩、自分の事を好きって言いました?」

「え? うん、言ったよ。もしかして、言い方が嫌だった?」

 

 謎の威圧感を知らなければ、うっかり惚れてしまう天然振り。誠実な態度から滲み出る純粋さ、狙った相手は確実に落とすだろう。遠野先輩にとって、ただの後輩で良かった。

 何ひとつ問題なく、『幻想魔術団』の垂れ幕が下がった会場へ到着。

 開場まで1時間も余裕あり、金田祖父母は愛する孫娘・さとみに会う為、控室へ向かう。本番前で緊張が限界突破であろう姉に会う等、身の危険。差し入れは用意しているが、(いち)は謹んで遠慮した。

 

「思ったんだけど、お祖母さんの持っていた薔薇。この季節に珍しいよね。お店で買ったの?」

「温室の薔薇ですよ。普段は蕾のままで枯れるのですが、今朝方に珍しく咲きました」

 

 遠野先輩と広いロビーを見学に回り、ズラリと並んだスタンド花を時間潰しに眺める。自分達以外も観客で開場を心待ちにしながら、似たように動き回っていた。

 

「御堂 周一郎の名前がある……へえ。堅物そうなのに、マジックに興味あったんだ」

「こっちは多岐川 かほるだ……」

「見て、俳優の岩屋 菊之助よ。私、大ファンなの! このお花、貰えないかしら……」

「朝木 冬生って人間国宝の!?」 

 

 送り主の名前は観客の興味を引かせるらしく、口々に声を出す人々が続出。流石は一流魔術団、お祝いも豪華絢爛である。

 

「ねえ、金田君。お祖母さんとお祖父さんがわざわざ、ご挨拶に行くなんて、よっぽどのファンだろなって思ってた。けどさ、ここにある名前……キミの家でも見たね……偶然かな?」

「……遠野先輩、ご実家のお名前がありますよ……」

 

 遠野先輩の推測通り、金田宅を訪問してくれた方々のごく一部。夢と希望に溢れた麗しき新社会人さとみへの餞だ。彼を混乱させてしまい、気を逸らそうと必死に話題を振った。

 

「ああ、キミ達と観に行くって話をしたからね。父も来たがったけど、チケット取れなかったって残念がってたよ」

「え!? 社長の息子!?」

 

 社名の入ったスタンド花を見つめ、遠野先輩が説明した途端。すれ違ったカップルの男が驚愕に叫ぶ。あまりの大声に振り返ってしまった。

 

「し、失礼しました。私……村山 智彦と申します。あ、くそ……名刺がねえ……。御社には、いつもお世話に……」

「……こちらこそ、お世話になっております。父を支えて下さる方にお目にかかれて嬉しいです。これからもよろしくお願いします」

「私、智彦……村山君とお付き合いしている雪峰です」

 

 しどろもどろな村上 智彦(むらかみ ともひこ)が勤務する旅行会社は遠野グループの系列だと言う。肝心の遠野先輩は高校生とは思えぬ毅然とした態度で、子会社の社員を労った。

 村山の恋人でさえ、遠野先輩へ見惚れてしまう。彼女の顔と名前に覚えがあった。

 

「雪峰さんのお知り合いの方に、剣持さんはいらっしゃいませんか? 自分は金田です」

「え? ええ、剣持は上司だけど……金田……。あ、あの金田君? スッゴイ、偶然。アナタ達もマジックショーを観に来たの?」

 

 やはり、捜査一課・雪峯(ゆきみね) 美砂(みさ)刑事。以前は制服だったが、今は可憐な衣服に身を包み、バレッタを挿した髪は彼女の持ち前の美しさをより際立たせた。

 

「金田君、隅に置けないね。こんなに美しい人とも知り合いなんてっ」

「以前、お世話になったのです」

 

 雪峰刑事の器量が良さは遠野先輩が思わず、関心深く笑いかける程だ。勝手に職業を明かすのは憚られ、簡潔に説明した。

 

「遠野君! コイツ、刑事ッス。コイツの世話になるなんて、碌な奴じゃねえ! 関わっちゃ駄目ですよ!」

「智彦!? 何て失礼な事を言うの……!!」

 

 突如、村山は周囲にも聞こえる声量で(いち)と遠野先輩の間へ割り込む。軽蔑の眼差しと共に嘲笑われ、まさに頭に血が上る。握りしめた拳を振るわずに済んだのは、目を座らせた雪峰刑事が即座に恋人を咎めてくれた為だ。

 

「金田君、僕は嬉しいよ。キミがちゃんと大人を頼ってくれてね。雪峰さん、彼を助けてくれてありがとうございます」

「いいえ……大人として、当然の事をしたまでです……」

 

 遠野先輩は失礼のないように村山を押しのけ、自身の後輩を思いやる。信頼の籠った優しい手付きで肩に触れられ、(いち)の怒りは鎮まった。

 しかし、恋人を人前で蔑んだ口調で「コイツ」と言い放ち、「刑事」だとあっさりバラす等、雪峰刑事の鑑識眼を疑う程、村山は下衆。呆れ果てて、言葉もない。

 

「村山さん、今日はショーを観に来たんです。お互いに楽しい時間を過ごしましょう」

「……あ、でも……遠野君……イダダダ!?」

「アンタはこっちに来なさいっ」

 

 村山への配慮も忘れず、微笑んだ遠野先輩はそう締め括る。まだ何か言いたげな旅行会社社員は耳を引っ張られ、非難の目を向ける刑事に連行された。

 周囲の視線はそちらへ釘付けになり、クスクスッと小馬鹿にした笑いが起こった。

 

「先輩、ありがとうございます。庇ってくれて……」

「雪峯さんじゃないけどさ。僕はキミの友達として、当然の事をしたんだよ……!?」

 

 感謝を伝えれば、遠野先輩の笑顔が今度は強張る。何事かと思い、彼の視線の先へ振り返ろうとすれば、頭を掴まれて阻まれた。

 

(……え? 何か、逆鱗に触れた?)

 

 このまま、首を捩じ切られる。そんな恐怖に襲われ、体が硬直した。

 

「金田君、ここにいてくれ。すぐに戻って来るからっ」

「は……はいっ」

 

 切羽詰まった態度で遠野先輩は人混みに突っ込んでいく。大人しく従い、立ち尽くした。

 

(……怖っ……知り合いでもいたのかな……。見られたくないような……誰かとか?)

 

 命が無事で安堵しつつ、遠野先輩を心配して周囲を見渡す。当たり前だが、見知らぬ人ばかりだ。

 

(いち)っ、先に着いていたのか。お義父さんとお義母さんはどちらに?」

「!? お2人は……さとみさんへ会いに行かれましたよ」

 

 足音や気配もなく、残間(ざんま)はそこに立つ。喪服のように黒いスーツだが、白いタートルネック、左手の薬指に光る指輪、一応、休日の会社員に見える。さとみの父親と一目でわかる相貌だが、愛嬌よりも精悍な印象が強いのだ。

 会うのは理解していたが、出来るならば、一言も会話したくなかった。

 

「こちらの父と母も控室へ行ったぞ。となれば、向こうで合流して戻って来るか」

「その様です」

 

 困った事に話しかけて来ておきながら、残間も同じ気持ちを抱えている。その証拠に一切、目を合わせない。黒目の大きな瞳はただ、ただ足元を見つめた。

 

「にいみから連絡はあったか?」

「いいえっ」

 

 簡潔に答えてやれば、あからさまに残間は落胆する。用済みと言わんばかりに顔を背けた時、遠野先輩は戻って来た。

 

「ごめんごめん、金田君。あれ……また、お知り合い? 今度はどんな繋がりだい?」

「「生物学上の親子です」」

 

 興味深そうに遠野先輩から問われた瞬間、語尾は違えど返事が被った。

 

「!? 生物学上……それを言うなら、遺伝子上じゃあないかなあ? ……って、金田君のお父さん!? すみません、僕は遠野と言います。金田君と同じ不動高校の生徒です。彼にはいつも助けられてばかりでして、今日の公演も金田君にお誘い頂きましたっ」

「ご丁寧な挨拶、痛み入る。私は残間と言うが呼びにくければ、金田の父親とでも呼んでくれ」

「そちらの方が呼びにくいですよ、残間」

 

 キチンとツッコミを入れ、遠野先輩は後輩を立てて挨拶する。彼の気遣いに残間は感心しつつ、自分勝手な自己紹介を済ませた。

 ご希望通りに「残間」呼びしてやれば、勘付いた遠野先輩は気まずそうに笑った。

 

「こちらの会社、社長が遠野だったと記憶しているが……ご家族か何かで?」

「はい、父です。生憎、今日は来られませんので……贈り花だけでもと思ったのでしょう。僕はあまりマジシャンに詳しくなくて……宜しければ、お父さんからご教授願えませんか?」

(先輩……優しい……)

 

 家庭の事情などに全く触れず、自然な話題を振る。流石は遠野先輩だ。

 

「青ボンっ。姿ぁ見んと思うたら、遠野くんと喋っとたんか」

「お祖父さん、お帰りなさい。お祖母さん、薔薇を渡せたんですね……? 後ろの方々は?」

「金田さん、どっちがお孫さんだね?」

 

 金田祖父母が控室から戻り、一緒にいる知らぬ面々に遠野先輩は面を食らう。残間祖父母以外にも、凛々しい眉とつぶらな瞳の初老の男性が親しげに笑いかけた。

 大御所俳優・岩屋(いわや) 菊之助(きくのすけ)その人である。顔も隠さず、堂々たる態度にビックリし過ぎて2度見した。

 

「あ~揃うとるから、ついでに紹介しとくわ。遠野くん、こっちが残間のジジ、ババ。んで、ダチの菊。菊~っ、右から娘婿、孫、孫のダチや」

「お祖父ちゃん、省略し過ぎですよ。初めまして、ご紹介に預かりました。孫の(いち)です。こちらが残間 青完。こちらは遠野 英治先輩、同じ高校の先輩です。失礼ですが、俳優の岩屋 菊之助さんにソックリだと言われませんか?」

「流石は金田さんのお孫さんっ。私の守護霊が言っていた通りっ、しっかりしてらっしゃる。如何にも、私は岩屋だ」

「……!? え、そこに名前が……え!?」

 

 金田祖父が簡易的な紹介をした為、こちらがキチンと自己紹介する。言い当てられた岩屋氏は心霊的な発言をしつつ、握手して来る。還暦を迎えたばかりの手はシワだらけでも皮膚は強く、まだまだ現役だ。

 無表情の残間は折り目正しく頭を下げただけが、今度は遠野先輩がスタンド花を二度見して混乱に陥った。

 

(うおお! ほ、本物だあ!! トーク番組でよく聞く、守護霊とか言ってる♪ って言うか、お祖父ちゃんと友達! 何ソレ初耳!?)

 

 正直、現役俳優の登場に大興奮だが、残間の手前である為に冷静沈着な態度を貫く。口の中を噛んで、(いち)は必死に耐えた。

 

「なんや、(いち)。おもろい顔しよって。いっつも菊がTVに出よったら、カッコイイ言うてやろがっ。もっと喜ばんかいっ」

「金田さん、お孫さんは十分に喜んでるとも。控室でキミのお姉ちゃんにも会ったよ。私達の席は残念ながら遠いが、今日のショーを一緒に楽しもうっ」

「はい。岩屋さん程の大御所の方と同じ時間を過ごせるなんて、光栄です。姉はまだまだ未熟者ですが、岩屋さんにご満悦頂ける活躍をお約束致します」

「……? キミのお姉ちゃん?」

 

 岩屋氏との出会いに気を取られ、遠野先輩の一言で我に返る。家庭事情が絡む為、彼には一番重要な説明を省いていたのだ。

 丁度、開場時間となり、大ホールへの扉が開いた。

 

「開場になったで! お前ら、便所~済ませとけよ!」

「あなた、煩いっ」

 

 (いち)と同じ事実に気付き、金田祖父はわざとらしく大声を張り上げる。流石に周囲へ迷惑な為、金田祖母は厳しく叱った。

 

 座席は隣同士、遠野先輩から逃げられるはずもない。それでも、残間の隣よりはまだマシだ。

 

「へえ、娘さんが出演されるんですか。一流魔術団に入れるって、凄い才能の持ち主なんですね」

「出演と言っても……パンフレットに載らないし、ステージネームも付けてない司会進行係でね。つまり、最初から最後まで合間に顔を見せてくれる大事な役割だ。……(いち)っ。お誘いしておいて、何も話していないとはな」

「……話で思い出したのですが、残間。流森さんは来ていますか?」

 

 遠野先輩へ誇らしげに愛娘を説明しつつ、残間は遠回しに息子を責める。不意に片倉を思い返し、流森(ながれもり)会長の場所を探った。

 

「流森さんは2階の席にいらっしゃる。挨拶なら、後にしなさい。30分もしない内に開演だっ」

「わかりました。30分以内に戻ってきますっ」

「か、金田君。僕も行くよ」

 

 入場して来る人々を避け、2階の座席を目指す。広い会場は大人も迷う為、心配した遠野先輩も着いて来た。

 

「金田君、お姉さんがいたんだね」

「……はい、いますよ。ショーが始まれば、遠野先輩でもわかります。残間にソックリですのでっ」

 

 確認してくる遠野先輩から、いつもの謎の威圧感はない。どうやら、意気消沈している様子。そんな彼の腕を突然、細い手が掴んだ。

 

「本当に遠野先輩だっ♪ あたし、朝木です。ほらっ、去年の生徒会選挙でっ。美雪の応援をしていた時に話したっ」

「え……え~と、朝木さん……? 金田君っ」

「1年生の朝木 秋絵さんです」

 

 目を輝かせる朝木 秋絵(あさき あきえ)が思い返せず、遠野先輩は必死に記憶を探る。助け舟を出せば、彼はすぐに思い当たった。

 

「ああっ、七瀬君が秋絵ちゃんって呼んでたお友達っ」

「そう! その秋絵ちゃんです♪ あたし、父に連れて来られたんです。本当はマジックショーとか興味ないんですけど、先輩に会えたんでラッキー♪」

 

 身近な知り合いと出会うのは意外。しかし、朝木は遠野先輩しか見ておらず、わざわざ氏名を答えた自分には目もくれない。これが不動高校における知名度差だ。

 遠野先輩はそれに相応しき前生徒会長と実感し、ホンの少しだけ誇りに思う。彼が朝木に捕まっている間、流森会長を発見。手早く挨拶を済ませ、片倉について質問した。

 

「残間がさとみさんとのディナーにショーを依頼したのですか? いえ、先日に片倉さんとお会いする機会がありまして、名刺を頂きました。今日、流森さんが来られる話も彼から……。……ふふっ、確かに片倉さんは少しお喋りでしたね。はい、失礼します」

 

 快く答えてくれた流森会長の話では先月、さとみと片倉は残間の依頼で顔を合わせた。その場で話し込んだ内容は今回のお披露目、弟が1人いる。この2つだそうだ。

 

(やっぱり、さとみさんが情報源じゃん。あのお喋りが……)

 

 折角の目出度い日だが、さとみにイラッとした。

 

「遠野先輩、用事は済みました。席に戻りましょう」

「あ、うん。じゃあね、朝木さん。手を離して……っ」

「先輩、席はドコですか? あ~、遠い……。ねえ、ねえ。アナタ、席を代わらない? あたしの父は有名人だから、一緒に観ても損はないわっ」

 

 妙に遠野先輩が嫌がる原因、愛用の腕時計に朝木が知らずと触れている為だ。劣化した革の部分は乱暴に引っ張れば、千切れる。それを恐れている様子だ。

 しかし、紳士的な遠野先輩は女子を腕力で振り払わない。逆に腕時計へ興味を引かせてしまうと知っているのだ。

 

「まさか、ロビーに名前があった……朝木 冬生とか言うんじゃないだろうね?」

「流石、先輩っ。その、まさかです♪」

「!? 有名人がご家族だと、大変ですね……」

 

 その陶芸家にして人間国宝・朝木(あさき) 冬生(とうせい)に先日、遠野先輩と一緒にお会いした。それを娘の朝木が知らぬなら、黙っておこう。彼と視線で会話し、結論付けた。

 礼儀上、ご挨拶に馳せ参じるべきだろうが、今日は控えよう。

 

「朝木さん、席替え出来ません。自分も家族と来ていますのでっ」

「……家族と一緒じゃ、しょうがないよね」

 

 すっと遠野先輩を離したが、朝木の明るい声とは裏腹に怯えたような笑い方だ。家族サービスと縁のない父親の珍しすぎる気まぐれから、少しでも逃げようとしていた。

 同じではないけれど、父親に対して抱いた複雑な感情に気付いてやれなかった。

 (いち)は勿論、知っていても席替えはしなかったと断言しよう。そんな義理、朝木にはない。

 

「……ふふっ、先輩にチョコも渡してないけど。会えただけでホワイトデープレゼントを貰った気分♪ 来年は渡しますね」

「気持ちだけでも、嬉しいよっ」

 

 ウィンクした朝木の約束に対し、困った笑顔の遠野先輩は紳士的に答えた。

 開演前から意外な知り合いと出会い、別の意味で疲れが来る。席へ戻っても、遠野先輩から珍しいため息が聞こえた。

 

「どうしたね、遠野さん。そんなに疲れた顔をして……まだ始まってもないが?」

「また、同じ学校の生徒に会いましてね」

(また?)

 

 残間の杞憂に対し、遠野先輩は笑顔を取り繕う。他にも不動高校の生徒を見かけ、尚且つ説明しないならば、聞かずに置くのが賢明だ。

 合図のブザーが鳴り、ゆっくりと照明が落ちる。騒々しかった観客が自然と口を閉じた。

 

「皆様、ようこそ静岡の地へ。私は『幻想魔術団』の団長! ジェントル山神でございます」

 

 スポットライトが当てられた火炎マジックの紳士・山神(やまがみ) 文雄(ふみお)の挨拶が終われば、待ちに待った開演だ。

 タネも仕掛けも解けぬ、視覚を楽しませる為だけに用意された演目の数々。

 

「さ~て、次なるは――」

 

 ひとつのショー毎に拍手が巻き起こり、その都度、見目麗しい新人見習いマジシャンが笑顔を振りまき、観客の目を一度、休ませる。たったそれだけの登場だが、(いち)にとっては何よりも素晴らしいマジックであった。

 

「今宵のショーはこれにて、閉幕。皆様のご来場を心より感謝申し上げます」

 

 終わりは始まりと同じ、ジェント山神の挨拶にて幕を引く。盛大なる拍手はメンバー全員へ向けられているが、さとみだけの声援に感じていた。

 瞬く間の体感だったが、時間は正確に経つ。感動のあまり、(いち)は終わりを残念に思った。

 

(いち)っ、少し話したい」

「え!? ……わかりました。遠野先輩、祖父母と正面入り口に居て下さい」

「わかった。入口の外側にいるからね。凄く面白かったから、僕の心臓がまだドキドキしちゃって……」

「ホンマやで、さとみの衣装はドキドキしたわ」

「あの子の衣装だけ、どうして薄着なのかしら?」

 

 残間に呼び止められ、(いち)は現実に引き戻される。残間祖父母の前で悪態は付けず、渋々と承諾。

 遠野先輩と金田祖父母、残間祖父母は先に退出。混雑する座席は騒々しく、お互いの声が聞こえるように距離を詰める。残間のタートルネックに隠れた首筋から、目を逸らした。

 

「この先、村上さんを当てにするな」

「……は? 残間の顧問弁護士であらせられる村上先生を……ですか?」

 

 唐突過ぎて意味不明だが、まだ我慢。残間は結論を先に告げ、過程を後から説明するのだ。

 

「仙台に引っ越す。村上さんに私の顧問弁護士を続けてもらうが、今以上に忙しくなる。(いち)の都合までは処理し切れない。幸い、村上さんから信頼できる方を何名か紹介して頂ける。(いち)が選ぶと良い」

「……え? それって、今言う事ですか? さとみさんのお披露目で感極まった……今、この状況で?」

 

 宮城県仙台市は残間の故郷、元々さとみの高校生活の為に都会へ上京した身。

 日本全国、はたまた世界各国を公演で巡る『幻想魔術団』に所属するならば、さとみの帰る家は東京でなくて良い。それは理解できる。

 東京住まいの村上(むらかみ)先生が県外の残間と雇用契約を結び続けるならば、予期せぬ事態の対応などで多忙になるだろう。それも理解できる。

 だが、言うべきは今ではない。

 さとみの晴れ姿を拝んだ余韻で情緒が崩れた今、聞きたい話であろうはずがない。(いち)への配慮がまるでなく、腸が煮えくり返った。

 

「ショーの後が良いと思った」

「……!? ……わかりましたっ。村上先生の後任は自分で探します……」

 

 怒鳴らぬように声を抑え、吐き捨てる。知らずと拳に力が入り、足が蹴る構えを取った。

 

「お父さ~ん、いっく~ん♪」

 

 観客の人数が減って行けば、壇上からでも個人の判断は付く。さとみは衣装のまま、ジャケットを羽織っていた。

 足元だけ見ていた残間は喪に服したような雰囲気から一変、親馬鹿のように表情を輝かせた。

 我が父ながら、心底、気味が悪い。

 沸点まで達した怒りは維持され、思考は穏やか程に冷静。体の余分な力も抜け、自然と暴力の構えが解けた。

 

「さとみっ、綺麗だよ。私の若い頃にソックリだ」

「……残間の現役時代も……その衣装ですか……そうですか……」

「ヤダッ、お父さんったら♪ 見た目じゃなくて、あたしの腕前を褒めてよっ」

 

 脳裏を過る当時の写真。

 残間もかつては売れないマジシャンであり、ショーの公演や裏方の経験もある。流森会長のようなプロの方々とも、個人的な友人として交流を続けている。さとみがマジシャンの道を志すに、十分な環境だろう。父親はあくまでも娘の夢を応援しただけ、現役の友人達に何も頼まなかった。

 その結果、己の力で掴み取った『幻想魔術団』の正式入団。

 父親として、愛娘はこれ以上にない誉れである。傍から見れば、微笑ましいだろう。水を差す気はないが、早く終われと祈った。

 

「団長に挨拶してくれるんでしょ? 今頃は控室よ。あたしは此処の片付けが済んでから行くわ」

「ああ、そうだね。皆で山神さんに挨拶するんだった。ではな、(いち)。お姉ちゃんを労ってあげなさい」

「ええ、そうします」

 

 語尾だけあからさまに態度を変え、笑みを消した残間は大ホールを足早に出て行く。(いち)の怒りもようやく治まった。

 

「いっくん……、大丈夫? いつ、お父さんを殴っちゃうんじゃないかって……ハラハラしちゃった」

「さとみさん、人前で……その呼び方はやめて下さい。残間に自分の拳は当たりませんよ」

 

 遠目からでも、さとみは不穏な空気を察したのだろう。流石は見習いとは言え、壇上に慣れた新人マジシャンだ。

 暴力沙汰など、心配無用。残間との殴り合いなど、幼稚園で卒業済だ。

 

「そういう問題じゃないでしょっ。手を見せなさい! ほらっ、傷になってるっ。……あ~あ、綺麗な肌なんだから、もっと大事にしてよね」

「……綺麗なのは、さとみさんですよ。とても素晴らしかったです」

 

 拳を強く握り過ぎ、掌に爪痕が残る。手を気遣い、さとみは手持ちのハンカチで覆ってくれる。そんな彼女の目元へ空いた片手を近付けた。

 

「――キミ、最近は忙しいだろ? だって、こんなに大きな涙の塊が零れてきたよっ――」

 

 (いち)は手首を動かし、さとみの目の前に包装されたマシュマロが突然、現れたように演じて見せる。目論見は成功し、彼女の心配に歪んだ表情は驚きと喜びに輝いた。

 今日、味わった不愉快な気分が報われた。

 

「……いっくん……!? これ、あたしに? バレンタイン、何もあげてないのに……用意してくれたの?」

「今日のステージは遅れたバレンタインです。お返しは必要でしょう。これから何があろうと、尊敬しています」

 

 さとみの門出を祝い、素直な気持ちを伝える。それで姓を分けた理由が帳消しにならないのは理解しているつもりだ。

 

「ありがとう、いっくん……。あたしも……応援してるよ。役者になる夢♪ 『アマデウス』のリメイク映画を作って、モーツァルトを演じるんでしょ?」

「……さとみさんより、遠い夢ですけど……」

 

 感激に滲んだ瞳を拭きながら、さとみも小学校の夢を後押ししてくれた。

 (いち)は現状を思えば、ほとんど諦めかけている。しかし、姉の激励にもう少しだけ夢を追いかけてみようとも、思い立った。

 

 残間祖父母とは駅で別れ、新幹線の乗車時間へ間に合う。座席で晩御飯に駅弁を平らげる。東京までまた座った状態になれば、公演の内容が瞼の裏に浮かぶ。窓から見える夜景が余韻を更に長引かせた。

 

「結局、金田君はお父さんと何の話をしたんだい?」

「……え~とですねえ……」

 

 遠野先輩に質問され、頭の痛い現実問題が蘇る。村上先生程の優秀な弁護士の後釜、今までは残間の身内という事で依頼料も勉強してくれた。

 後任を自力で探すと断言した以上、金銭的にも負担が増す。気苦労に項垂れ、ため息が出た。

 

「……残間は仙台市へお引っ越しするそうです」

「はあ!? 青ボン、息子ほっといて何しとんねん! 帰ったら、電話せなアカンな。ホンマにもう……っ、(いち)が阿呆みたいに大人ぶるんもアイツのせいやでっ」

「あなた……遠野くんの前よ。身内の恥を晒さないで頂戴っ」

「僕は何も聞いてませんよ、お祖母さん」

 

 質問した遠野先輩よりも、金田祖父がブチ切れる。だが、大人ぶる発言のお陰で登山家の氷垣(ひがき)氏、その顧問弁護士・黒沼(くろぬま)先生を思い返す。頼るならば、親切な彼らしかいない。

 

「……そう言った事情で、黒沼先生のお力をお借りしたく……お電話させて頂きました」

〈ああ、よくぞ……連絡してくれた。勿論、力になるよ〉

 

 東京駅に到着後、善は急げと公衆電話から電話。(いち)が藁にも縋る思いで状況を説明すれば、氷垣氏は突然の連絡にも拘わらず、快く便宜を図ってくれた。

 感謝しかなかった。




剣持「剣持だ。雪峯もメンドクセ~男に捕まったもんだ。ドコが良いのか、俺には分からんっ。さて、次回は『午前4時40分の銃声は鳴らない‐高遠』!! おっ、マネージャーの高遠も出てるか……何も起きんだろうな?」

捜査一課・雪峯 美砂
美人で評判の若き刑事、男を見る目がない。アニメ版では正義感溢れる熱血刑事。振られた腹いせの行動がヤンデレ過ぎる。

旅行会社社員・村山 智彦
作中にて、遠野の父親が経営する会社の子会社。仕事をしっかりこなし、趣味はサイクリング。陽キャラでモテ要素が強いが、女ったらし。交際する女は短気、ヤンデレと女難の相も持つ。

残間 さとみ
魔術列車殺人事件、ゲストキャラ。作中にてオリ主の姉。

残間祖父母、金田祖父母、金田 にいみ
穴埋めオリキャラ

俳優の岩屋 菊之助
黒霊ホテル殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、金田祖父の友人。

朝木 秋絵、朝木 冬生
雷祭殺人事件、ゲストキャラ

弁護士・村上先生
準レギュラー村上 草太の親。作中にて、残間の顧問弁護士。
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