金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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その名の通り、準備の回です
誤字報告により修正しました。ありがとうございます


Q26 蠟人形城ツアーへ行く準備

 ついに、地区大会まで1週間を切った。

 興奮は一気に高まり、緊張が限界に達する。毛細血管さえも落ち着かず、部活が待ち遠しい。

 中間テストへ向けた授業内容が頭に入らず、黒板の文字を書き取るはずのノートには舞台の進行や、台詞が書き込まれてビックリ仰天。

 これはマズいと消しゴムをかけたところ、担当教科の先生は容赦なく、黒板消しを用いた。

 昼休みに神矢(かみや)へ頭を下げ、(いち)はノートを借りた。

 

「金田、無意識っつっても限度があるだろ。稽古を言い訳にすんな」

「……はい」

 

 (いち)の理由を聞き、神矢は物凄く呆れた。本当、言い訳にならない。お弁当を完食し、机へノートを広げた。

 

「金田先輩も昼休みなのに、お勉強ですか?」

「いえ、授業の書き取りが出来なかったのです。佐木君」

「うお! ……急に金田が独り言……と思ったら、佐木か」

 

 瞬間、竜太(りゅうた)がヒョッコリと現れる。(いち)は後輩の登場に慣れており、向けられるハンディカムへピースサインさえ、余裕である。

 誤解した神矢は小さく、悲鳴を上げた。

 

金田一(きんだいち)先輩も珍しく、図書室でお勉強してました。何か、あるんですか?」

「ハジメちゃんが? 自分は聞いてないですね。神矢君は?」

「金田が知らねえなら、俺も知らない。そういうの、美雪さんに聞いた方が早い」

「あたし?」

 

 男子の会話を聞き付け、七瀬(ななせ)はヌッと顔を出す。竜太以上に神出鬼没過ぎて、噂をする間もない。

 

「七瀬先輩、昨日はありがとうございます。ウチの愛犬も喜んでくれて」

「あたしも楽しかったよ、佐木君。運動会の話だったの?」

金田一(きんだいち)の話さ、美雪さん。アイツ、勉強してるんだって?」

 

 3人の盛り上がりをBGMに、(いち)は黙々とノートを書き写す。ハジメの動向よりも、こちらが優先だ。

 

「そう♪ はじめちゃん、放課後も補習を受けてるのよ。今度の用事が4泊5日も掛かるから、学校を休まないといけなくてね。吉長先生が他の先生に話を付けてくれたの」

 

 上機嫌な七瀬から、語られた衝撃の事実。(いち)は手に力を入れすぎ、鉛筆の芯が折れる。その拍子に弾けた芯は竜太のハンディカムレンズへ命中した。

 小さな衝突音が動揺を表わしてくれた。

 

「……真面目に、補習を受けているのですか? ハジメちゃんが……!」

「怪奇現象……」

「金田、佐木……気持ちは分からんでもないが、言い方……」

 

 (いち)と竜太が愕然とすれば、神矢が苦笑交じりに宥めてきた。

 どんな事情があろうと、お調子者のハジメが己の担任たる吉長(よしなが)先生の配慮に応える姿は想像し難い。

 否、色んな方法でサボるに違いない。

 

「佐木君、ハジメちゃんへ張り込みをお願いします。竜二君にも、声をかけて下さい。先生方が多忙な時間を割いて、補習授業を実施しています。サボろうものなら、生徒会執行部として見逃せません」

「了解です。竜二も喜んで引き受けますよ、何だったら勝手に来ます」

 

 流石、竜太は話が早い。

 

「や~ね、2人とも。はじめちゃんだって、やる時はやるんだから。ね? 神矢君」

「美雪さんの言う通り、金田一(きんだいち)はいざって時に頼れるんだぜ」

 

 彼女達の純粋にハジメを信じる姿が眩しく、(いち)はノートで防ぐ。すぐに人を疑うなど、事件捜査に心が染まっている証拠。などと、責任転嫁してみる。

 

「……ん? ひょっとして、ハジメちゃんはまた捜査協力ですか? 吉長先生やノモッツァンはともかく、他の先生方が補習に協力してくれるなんて……」

 

 ハジメは学業より、事件を優先する。入学から繰り返される遅刻早退、無断欠席は全て事件捜査だったと言われても、(いち)は納得してしまう。

 

「「「それは違うだろ」」」

「先輩方、練習でもしてました?」

 

 人の心を読んだクラスメイトにより、ツッコミが教室へ大きく響く。口を開いた全員の声がハモり、竜太も度肝を抜かれた。

 

「えっと……明智さんと一緒だし、似たようなもんかなあ」

「え? 絶対、面白いヤツじゃん。七瀬先輩、僕にも声をかけて下さいよ。まさか、竜二は誘ってないでしょうね?」

(……明智って、あのキラキラ?)

 

 困惑気味に七瀬が答え、竜太は目の色を変えて食い付く。神矢は記憶を辿り、口を閉ざす。

 

(明智さんが……ハジメちゃんと?)

 

 戦慄が走る。(いち)は悟られぬ様、折れた鉛筆をカッターの刃で削った。

 何事にも屈せぬ、真実を暴かんとする者が2人も揃う。4泊5日もしくはそれ以上の長丁場を予定し、ハジメは補習も受ける程の難事件――悲劇が待ち構えている。

 そんな不吉な予感が神経を駆け巡り、首筋に不快感が襲う。ちり紙の上にカスがひとつ、ひとつ重なる度に纏わり付いた感情は削り落とされていく。

 心を鎮めた。

 

 全ての事情を詮索するのは、地区大会が終わった後にしよう。

 施錠時間ギリギリまで粘り、只管に稽古。いっその事、校内合宿したいが前回の悲劇に鑑みて、不可能。

 共演シーンのある生徒は時間を合わせ、公園や自宅へ集っての自主練。

 1日経つ度、緊張の糸が張り詰める。

 緒方(おがた)先生と布施(ふせ)先輩の判断により、金曜日は部活を休ませる。翌日の土曜日に通し稽古へ専念させる為だ。

 

「息抜きって、言われてもなあ。バイトしかねえわ。なあ、金田」

「行きましょうか、有森君」

 

 週明けから休んでいた『大草原の小さな家』へ顔を出そうと、放課後に愛車を走らせる。店の前へ着いた途端、扉が勢いよく開いた。

 

「ごめん、本当にゴメン!! 絶対に無理、言えない!!」

「宇治木ちゃ~ん、待ってくれ~! 俺との仲じゃん、頼むよ~」

「仲もクソも先月、知り合ったばっかでしょうが!!」

「出会った縁は一生モンだろ、宇治木ちゃ~ん!」

 

 週刊誌記者・宇治木(うじき)が謝りながら、ダッシュで駆け抜ける。それをフリーライター・いつき 陽介(ようすけ)が必死の形相で追う。大騒動だ。

 

「分かった! だったら、橘先生の暗号ゲーム! あれを先に解いた方が教えるってのはどうだ!」

「は!? 意味わかんない。それって、俺に何の得があんの!」 

 

 宇治木の逃げ惑う姿は情報交換とは違い、追われる側と化していた。(いち)が助け舟を出す前に、いつきと走り去ってしまった。

 いつきの姿を見た瞬間、胃が痙攣した為に去ってくれたのは有り難い。宇治木には今度、コーヒーでも奢ろうと思った。

 

「アンタ、来られたの? じゃあ、時間あるわね」

「いらっしゃいませ、金田さん」

「こんにちは、有森君も来ますよ」

 

 店内へ入れば、店長と時原(ときはら)へご挨拶。

 有森(ありもり)の席を取ろうと見渡せば、コーヒーを飲む客は1人。ひとつ縛りの髪に革ジャン、つぶらな瞳の男を2度見。トレジャーハンターの(ともえ) 荘十郎(そうじゅうろう)だ。

 まさか、会えると思わずにビックリ。別の意味で緊張し、背筋を正した。

 

「巴さん……こんにちは、覚えていますか? 金田です。3月に長野県でお世話になりました」

「おお、金田君か。覚えてる、覚えてる。久しぶり、元気してた? と言うかさ……」

 

 (いち)はどうにか、笑顔を取り繕う。覚えていた巴はとても愛想良く、向かいの席を指差す。招きに応じ、腰かけた椅子は誰かの温もりを感じた。

 

「キミ、にいみさんの息子さんだってね。改めまして、巴です」

「……ご丁寧な挨拶、痛み入ります。巴さん、……母と知り合いだったのですね」

 

 陽気な態度を崩さず、巴は声を落とす。わざわざ、母・にいみへ敬称を付けるならば、それだけ親しい間柄と思う。しかし、これまでの前例を考えると違う気もした。

 

「キミと会った時は本当、知らなかったんだ。まあ……名前を聞いた時、もしかしてとは思ったぜ。子供がいるってのは知ってたしね」

「……そうですか」

 

 巴がカラカラと笑い、(いち)は息を呑んだ。

 出会いは偶然だが例え、にいみの知り合いだと打ち明けられても、あの頃は聞き流していただろう。

 

「巴さん、警察の方が来られませんでしたか? 今話題の船長を見付けた件について……」

「お? その口振りは金田君ンとこにも、刑事来たんだ。まさか、俺を探し当てるとは思わなかったわ。ちょっと警察、舐めてたねえ」

 

 念の為に問えば、誰かが聞き込みに現れたらしい。十中八九、明智(あけち)警視か剣持(けんもち)警部だろう。彼らは情報源を明かさなかった。

 巴はあくまでも、匿名の電話をキッカケに探し当てられたと思い込んでいる。現実はドラマのように、ベラベラと他人に捜査情報を語らぬ。

 (いち)はホッと胸を撫で下ろすが、何に対してだろう。

 

「……あの、先程……店を出て行った方。宇治木さんと言いますが、……ここで何の話をされましたか?」

「驚いた……金田君、宇治木さんとも知り合い?」

「以前、部活動のインタビューを受けまして」

「へえ、そんなユーモアな記事も扱ってんだ。知ってるかもしんないけど、宇治木さんは偽証の記事を真っ先に書いててね。連絡したら、ここへ呼ばれたんだ。船長を見付けた時の様子とか……色々、話してた」

 

 特に、知りたいワケではない。にいみとの出会いを聞きかけたが、思い留まっただけだ。

 差し障りのない関係を伝えれば、巴は軽いノリで告げる。ひと呼吸の後、彼は後悔を滲ませた笑みへ変わった。

 

「船長さん……本当、メチャクチャ痩せてたんだ。それでも、生きてた。宇治木さんなら、あの人が報われるような記事を書いてくれる気がしてね」

「分かります。宇治木さんは良い仕事をしますから……」

 

 巴の切なげな表情を見ながら、(いち)鹿島(かしま)元船長と本屋で出会った風貌を思い返す。髭に覆われた顔、ボロボロの衣服。どのような路上生活だったか、想像に難くない。

 

「そこへあの、いつきって人が偶々、来てさ……もう大騒ぎ。偽証の情報源を教えてくれ~ってね」

(そりゃあ……そうでしょうな)

 

 いつきにとって、我が身に降りかかった惨劇の要因。そのひとつでしかないが、ジャーナリズムを差し置いても、正確な情報を得たいと思うのは当事者として、至極当然だろう。

 

 ――差し出がましく物申すならば、3年遅かった(・・・・・・)

 

 一滴の不満が喉へ落ち、心に波紋を呼ぶ。脳髄の奥が揺さぶられる感覚を誤魔化そうと、深呼吸した。

 

「そんなに心配しなくても、宇治木さんなら逃げ遂せるよ。金田君、何か食べる? 折角の再会だし、俺の奢り……」

「ホットケーキセット! 何々、宇治木さんの同業者?」

「有森君? いつの間に……」

 

 巴から誤解をされ、メニュー表を差し出される。そこへ有森がヌッと現れ、(いち)は訂正するタイミングを失った。

 

「巴さんはトレジャーハンターです」

「ええ! スゲエ……初めて見た~♪ 俺、有森です。やっぱ、インディー・ジョーンズみたいな冒険とか、するんスか?」

「そこまでの大冒険は、まだ経験してねえなあ」

 

 本物のトレジャーハンターと知り、有森は大興奮。

 代表的な映画と比べられ、巴は慣れた様子で対応。それどころか、高校生2人に気前良く、ホットケーキセットを奢ってくれた。

 

「「ご馳走さまでした」」

「どういたしまして。コーヒー、美味かったぜ」

「また、どうぞ」

 

 2人で感謝感激と頭を下げ、巴は微笑む。そのまま店長の挨拶を背に、店を出て行く姿を見送った。ドアが閉まる瞬間、彼と目が合った気がする。(いち)は挨拶の意味を込め、笑みを返した。

 

(にいみさんに頼まれた(・・・・)とは言え、連絡があったコト……黙ってなきゃいけねえなんて、辛いなあ)

 

 巴の飄々とした笑みの下に葛藤を抱えていたなど、知らずにいた。

 

 労働の後に金田家へ帰宅、見計らったように廊下の電話が鳴り響く。

 疲れた体に鞭を打ち、(いち)は廊下を這いずる。着信先を確認せず、受話器を耳に当てた。

 

「金田でございます」

〈良かった、時間ピッタリ。お帰り、(いち)

 

 その声は推理小説家・多岐川(たきがわ) かほる先生に間違いなく、嬉しさに心が躍る。同時に、巴と会った後では不思議な因縁を感じた。

 

「ただいま、かほる先生。何か、ありましたか? 誰かが、訪ねて来たとか……」

〈怖い言い方しないでよ。ちょっと忙しくなるから、しばらくは連絡取れないって報せておこうと思ったの。留守電はセットしてあるから、地区大会の結果は報せてね〉

 

 多忙な中、警察の事情聴取を受けたかもしれない。そう心配したが、杞憂だった。

 しかし、かほる先生にしては珍しい連絡をされて、(いち)は首を傾げる。彼女は執筆や取材で数日単位の音信不通など、多々ある。その為、留守電サービスは常時セット済みのはずだ。

 地区大会を観に来られないと告げられた時、(いち)はショックのあまりに黙り込んでしまった。かほる先生なりの声援かもしれない。

 

「その演劇を観に来られない程、お忙しい中……ありがとうございます」

〈フフフ、嫌味ったらしい。都大会は観に行ってあげるから、ちゃんと選出されなさいな〉

 

 わざとらしくブ~垂れてやれば、鈴を転がす笑い声が耳を打つ。心を擽られ、(いち)の口元は緩んだ。

 かほる先生とはこうして、何の気兼ねもなく軽口を言い合える。電話台を背もたれにし、この幸せな瞬間を噛み締めた。

 

「来年の夏も……会場へお連れしますよ、かほる先生」

〈あら、(いち)にしては大きく出たわね。期待せず、待ってるわ〉

 

 穏やかな雰囲気のまま、かほる先生は受話器を下ろそうとする。(いち)も心地良い疲労感に従い、電話を切っても問題はない。

 ――はずだが、舌に言葉が乗った。

 

「かほる先生、今日……母の知り合いに会いました。トレジャーハンターをされている方なんですが、ご存知でしょうか?」

〈……! にいみの……知り合いにトレジャーハンター? いいえ、聞いた事ないわ〉

 

 予想通りの答えを聞き、(いち)は妙に納得してしまう。にいみの交友関係を正確に把握している者など、誰もいない。

 

〈ただ……いたとしても、不思議じゃないわね。にいみなら……〉

「一攫千金を……夢見ていたのですか? 母が?」

 

 かほる先生が腑に落ちたと言いたげな口調の為、(いち)は大混乱。にいみが大冒険に身を投じるなど、想像の中でも様になっていた。

 

〈アウトドアな気質と言うか、海や山奥に……よく出掛けてたのよね。私も富士の樹海を連れ回されたわ〉

「……危険過ぎませんか?」

 

 かほる先生は散歩に行った口調だが、(いち)は絶句。行方不明者が続出する富士の樹海、そこを歩き回る冒険心はいらない。

 

〈だから、男手も拉致……同行させたわ。ミステリー評論家の神明さん、辛口で有名な方よ。(いち)は知っているかしら?〉

「いえ、全く……その方もアウトドア派なのですか?」

〈違うわ。神明さんから、私の作品は遭難シーンにリアリティがないってご指摘を受けてね。だったら、一緒に体験しましょうと……お連れしたのよ〉

「……ご無事で何よりです」

 

 殊更に可笑しそうな笑い方をされ、かほる先生が樹海を満喫したと分かる。巻き込まれた評論家に心の中で、合掌しておく。彼の為人や仕事振りは今度、ミス研の方々にでも聞くとしよう。

 

〈あれはなかなか、有意義な時間だったわ。また今度、話してあげる♪〉

「はい、楽しみに待っています」

 

 (いち)が本心から答えた瞬間、通話は切れた。微かな寂しさと再会を期待し、腕を伸ばして受話器を置く。残りの気力を振り絞り、立ち上がった。

 

(母さん……白神さんに地方医師の取材、頼んでたな。人里離れた土地に……注目してる?)

 

 ふとした疑問に立ち尽くせば、寝間着の金田祖父が居間から、ひょっこりと顔を出す。

 

「かほる先生、一攫千金……狙っとんのか?」

 

 中途半端に話を聞かれ、とんでもない誤解が生まれる。

 

「違います。……母さんが、トレジャーハンターの方と知り合いなのです」

「なんや驚かしなさんな、(いち)。……? ほな、にいみが一攫千金を……?」

 

 即座に訂正、金田祖父は安堵の息を吐く。彼は疑問を口にしてしまい、キョトンとする。考えに耽り、顎を撫でだした。

 その間、(いち)はさっさと台所へ行き、夕食を平らげる。金田祖母が当番の食事だが、有森と食べたホットケーキセットは美味しかった。

 

「かほる先生からお電話?」

「はい、何かあれば留守電へと……」

 

 風呂上がりの金田祖母は湯気を髪に湿らせ、(いち)へ昆布茶を差し出す。彼女のシワだらけの手を見つめ、巴と会った事実を報せるべきか、悩んだ。

 

「……お祖母ちゃん、伯父さんが原因で……母さんが手痛い目に遭った話を知っていますか?」

「……っ」

 

 かほる先生相手のように素直になれず、全然知りたくもない質問が口から飛び出る。ギョッとした金田祖母から目を逸らし、(いち)は数秒前の自分を殴りたい程に後悔した。

 凡そ1分弱の沈黙は長く、感じた。

 

「……ふう……28年くらい前、一聖が特別賞を受賞した……翌年よ。にいみが17歳、今の(いち)と同じ頃ね」

 

 頭を抱え、金田祖母は食卓の真正面へ腰かける。彼女は(いち)の為に淹れた昆布茶を飲み干しながら、言葉通りに苦い思い出を語り出した。

 (いち)が愛する氷室(ひむろ)伯父の栄えある受賞、それが原因と言いたげ。

 血脈に寒気が駆け抜ける。

 

「狭山 恭次とか言う法学部の大学生が……にいみへ取り入ろうとしたわ。一聖に近付く為にね

 

 その名を聞き、更にゾッとする。狭山(さやま) 恭次(きょうじ)、父・残間(ざんま)を通して名前だけしか知らぬ。

 

「……母さんの友人と聞いています。……伯父さんのファン?」

「……にいみは偶然、本屋で知り合ったと言っていたけど、とんでもない。一聖が東京の展示会に現れたら、尾行して……私達の住まいを探し出したの。でも、一聖との仲を取り持てないと知ったら……まあ、そう言う事よ」

 

 金田祖母の濁した罵詈雑言が何となく、想像つく。(いち)は焦燥感が募り、酷く汗ばんだ。

 にいみが人間嫌いだと思っていた為、貴重な友人としか認識していなかった。まさか、利用された事情を推察しようがない。

 

「残間から独り暮らしを後押ししてくれた人だと……聞きました」

「……にいみったら、娘婿にはそう説明したの。実際、キッカケになった人ではあるわ。にいみはその点だけ、感謝しているのかもね」

「……結婚式に呼びたかったと」

「ウソでしょう? 嫌よ、お目出度い席に見たい顔じゃないわ」

 

 金田祖母は忌々しげに吐き捨て、嘆息する。前髪を掻き上げる仕草は、娘の身を案じる母親に見えた。

 司法学部の大学生ともなれば、響きだけでも学歴高い。金田祖母にとっても敬う相手だろうに、狭山を問題児が如く、嫌悪していた。

 にいみはその人の名を使い、死骨ヶ原湿原ホテルへ宿泊した。

 何かしらの想い入れがあるからこそ、今も尚、忘れぬ人。それは、ただの友情ではない。もっと深い。

 

(母さん……狭山に、惚れてたんだ)

 

 失言を口走りそうになり、(いち)は口元を覆う。金田祖母はこちらの動きに気付かず、眉間にシワを寄せたまま、昆布茶を2人分も淹れ直してくれた。

 

「……伯父さんは、狭山さんと会わず?」

「……私の知る限り、会ってないわ。あんな人……一聖だって、相手にするはずない」

 

 ここだけ空気を読まず、興味本位。金田祖母は皮肉っぽく口元を曲げる。悪態吐きたいのを堪え、指先が痙攣していた。

 忘れられない過去を掘り起こしてしまい、(いち)は胸が痛む。

 

「すみま……」

「謝らないで、(いち)。偶には……記憶を刺激しないと、ボケちゃうわ」

 

 咄嗟に謝ろうとしたが、苦笑交じりの金田祖母に窘められた。滅多に言わない冗談から、彼女の辛抱強さが伝わってきた。(いち)は素直に尊敬した。

 ハジメと話す時も金田祖母に同席してもらおうか、どうすべきか、考えを巡らせる。いっそ、剣持警部も呼びたい気持ちになった瞬間、(いち)はハッと息を呑む。

 

「その話……明智さんには?」

「……してませんよ……あ……。で、でも……狭山とは本当、20年以上も連絡を取ってないんだから、知り合い以下のはず……よ?」

 

 震えた声で問えば、金田祖母も青褪める。どんな些細な交友関係であろうと、にいみの情報は剣持警部……明智警視へ伝えておかなければならない。今、金田家はそんな状況下にあるのだ。

 

「……と、兎に角……剣持さんへ報せましょう。明智さんはハジメちゃんと用事があると聞きましたので」

「もう遅い時間よ、ご迷惑じゃないかしら?」

 

 慌てふためき、(いち)は自室へダッシュ。机の上に置いた携帯電話を手に取り、急いで剣持警部へ連絡した。胃がひっくり返るような緊張は、彼の携帯電話へ初めて繋げた喜びと思い込もう。

 

〈狭山 恭次……その人なら、親父さんから(・・・・・・)聞いてるぞ。まだ所在は分かっとらんが……わざわざ、ありがとうな。(いち)君〉

「いえ、父が話しているなら……余計でした」

 

 剣持警部の快活な声が聞け、(いち)の緊張は和らぐ。

 狭山の存在を彼らに知られた原因が、自分の家出騒動にある事。残間は明智警視から容赦なく言及され、話すしかなかったなど、その辺の事情は後で聞いた。

 

「夜遅くにすみま……」

(いち)君、謝らんでいい。言ったろ? 出れん時が多いって〉

 

 強い口調だったが、剣持警部の笑顔が見えるようだった。本当、人情味溢れる人だ。

 (いち)は彼の声だけでなく、顔が見たい衝動を抑え込む。

 

「はい……おやすみなさい、剣持さん」

〈ああ、おやすみ。それと……日曜日の大会、頑張れよ〉

 

 感謝を込めて、就寝のご挨拶。

 しかも、剣持警部からの声援と言う名のご褒美を貰う。きっと良い事の前触れ、柄にもなくそう思った。




南山「南山と申します。皆様、閲覧ありがとうございます。バルト城に滞在の間、きっちりとお世話させて頂きます。さて、次回は『蠟人形城へ行く準備-明智』。語られざる捜査の裏側……ですか」

巴 荘十郎
亡霊校舎の殺人ゲストキャラ。作中にて、にいみの知人。鹿島船長を発見したり、オリ主をヒッチハイクに乗せてくれた
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