金田少年の生徒会日誌 作:珍明
誤字報告により修正しました。ありがとうございます
ついに、地区大会まで1週間を切った。
興奮は一気に高まり、緊張が限界に達する。毛細血管さえも落ち着かず、部活が待ち遠しい。
中間テストへ向けた授業内容が頭に入らず、黒板の文字を書き取るはずのノートには舞台の進行や、台詞が書き込まれてビックリ仰天。
これはマズいと消しゴムをかけたところ、担当教科の先生は容赦なく、黒板消しを用いた。
昼休みに
「金田、無意識っつっても限度があるだろ。稽古を言い訳にすんな」
「……はい」
「金田先輩も昼休みなのに、お勉強ですか?」
「いえ、授業の書き取りが出来なかったのです。佐木君」
「うお! ……急に金田が独り言……と思ったら、佐木か」
瞬間、
誤解した神矢は小さく、悲鳴を上げた。
「
「ハジメちゃんが? 自分は聞いてないですね。神矢君は?」
「金田が知らねえなら、俺も知らない。そういうの、美雪さんに聞いた方が早い」
「あたし?」
男子の会話を聞き付け、
「七瀬先輩、昨日はありがとうございます。ウチの愛犬も喜んでくれて」
「あたしも楽しかったよ、佐木君。運動会の話だったの?」
「
3人の盛り上がりをBGMに、
「そう♪ はじめちゃん、放課後も補習を受けてるのよ。今度の用事が4泊5日も掛かるから、学校を休まないといけなくてね。吉長先生が他の先生に話を付けてくれたの」
上機嫌な七瀬から、語られた衝撃の事実。
小さな衝突音が動揺を表わしてくれた。
「……真面目に、補習を受けているのですか? ハジメちゃんが……!」
「怪奇現象……」
「金田、佐木……気持ちは分からんでもないが、言い方……」
どんな事情があろうと、お調子者のハジメが己の担任たる
否、色んな方法でサボるに違いない。
「佐木君、ハジメちゃんへ張り込みをお願いします。竜二君にも、声をかけて下さい。先生方が多忙な時間を割いて、補習授業を実施しています。サボろうものなら、生徒会執行部として見逃せません」
「了解です。竜二も喜んで引き受けますよ、何だったら勝手に来ます」
流石、竜太は話が早い。
「や~ね、2人とも。はじめちゃんだって、やる時はやるんだから。ね? 神矢君」
「美雪さんの言う通り、
彼女達の純粋にハジメを信じる姿が眩しく、
「……ん? ひょっとして、ハジメちゃんはまた捜査協力ですか? 吉長先生やノモッツァンはともかく、他の先生方が補習に協力してくれるなんて……」
ハジメは学業より、事件を優先する。入学から繰り返される遅刻早退、無断欠席は全て事件捜査だったと言われても、
「「「それは違うだろ」」」
「先輩方、練習でもしてました?」
人の心を読んだクラスメイトにより、ツッコミが教室へ大きく響く。口を開いた全員の声がハモり、竜太も度肝を抜かれた。
「えっと……明智さんと一緒だし、似たようなもんかなあ」
「え? 絶対、面白いヤツじゃん。七瀬先輩、僕にも声をかけて下さいよ。まさか、竜二は誘ってないでしょうね?」
(……明智って、あのキラキラ?)
困惑気味に七瀬が答え、竜太は目の色を変えて食い付く。神矢は記憶を辿り、口を閉ざす。
(明智さんが……ハジメちゃんと?)
戦慄が走る。
何事にも屈せぬ、真実を暴かんとする者が2人も揃う。4泊5日もしくはそれ以上の長丁場を予定し、ハジメは補習も受ける程の難事件――悲劇が待ち構えている。
そんな不吉な予感が神経を駆け巡り、首筋に不快感が襲う。ちり紙の上にカスがひとつ、ひとつ重なる度に纏わり付いた感情は削り落とされていく。
心を鎮めた。
全ての事情を詮索するのは、地区大会が終わった後にしよう。
施錠時間ギリギリまで粘り、只管に稽古。いっその事、校内合宿したいが前回の悲劇に鑑みて、不可能。
共演シーンのある生徒は時間を合わせ、公園や自宅へ集っての自主練。
1日経つ度、緊張の糸が張り詰める。
「息抜きって、言われてもなあ。バイトしかねえわ。なあ、金田」
「行きましょうか、有森君」
週明けから休んでいた『大草原の小さな家』へ顔を出そうと、放課後に愛車を走らせる。店の前へ着いた途端、扉が勢いよく開いた。
「ごめん、本当にゴメン!! 絶対に無理、言えない!!」
「宇治木ちゃ~ん、待ってくれ~! 俺との仲じゃん、頼むよ~」
「仲もクソも先月、知り合ったばっかでしょうが!!」
「出会った縁は一生モンだろ、宇治木ちゃ~ん!」
週刊誌記者・
「分かった! だったら、橘先生の暗号ゲーム! あれを先に解いた方が教えるってのはどうだ!」
「は!? 意味わかんない。それって、俺に何の得があんの!」
宇治木の逃げ惑う姿は情報交換とは違い、追われる側と化していた。
いつきの姿を見た瞬間、胃が痙攣した為に去ってくれたのは有り難い。宇治木には今度、コーヒーでも奢ろうと思った。
「アンタ、来られたの? じゃあ、時間あるわね」
「いらっしゃいませ、金田さん」
「こんにちは、有森君も来ますよ」
店内へ入れば、店長と
まさか、会えると思わずにビックリ。別の意味で緊張し、背筋を正した。
「巴さん……こんにちは、覚えていますか? 金田です。3月に長野県でお世話になりました」
「おお、金田君か。覚えてる、覚えてる。久しぶり、元気してた? と言うかさ……」
「キミ、にいみさんの息子さんだってね。改めまして、巴です」
「……ご丁寧な挨拶、痛み入ります。巴さん、……母と知り合いだったのですね」
陽気な態度を崩さず、巴は声を落とす。わざわざ、母・にいみへ敬称を付けるならば、それだけ親しい間柄と思う。しかし、これまでの前例を考えると違う気もした。
「キミと会った時は本当、知らなかったんだ。まあ……名前を聞いた時、もしかしてとは思ったぜ。子供がいるってのは知ってたしね」
「……そうですか」
巴がカラカラと笑い、
出会いは偶然だが例え、にいみの知り合いだと打ち明けられても、あの頃は聞き流していただろう。
「巴さん、警察の方が来られませんでしたか? 今話題の船長を見付けた件について……」
「お? その口振りは金田君ンとこにも、刑事来たんだ。まさか、俺を探し当てるとは思わなかったわ。ちょっと警察、舐めてたねえ」
念の為に問えば、誰かが聞き込みに現れたらしい。十中八九、
巴はあくまでも、匿名の電話をキッカケに探し当てられたと思い込んでいる。現実はドラマのように、ベラベラと他人に捜査情報を語らぬ。
「……あの、先程……店を出て行った方。宇治木さんと言いますが、……ここで何の話をされましたか?」
「驚いた……金田君、宇治木さんとも知り合い?」
「以前、部活動のインタビューを受けまして」
「へえ、そんなユーモアな記事も扱ってんだ。知ってるかもしんないけど、宇治木さんは偽証の記事を真っ先に書いててね。連絡したら、ここへ呼ばれたんだ。船長を見付けた時の様子とか……色々、話してた」
特に、知りたいワケではない。にいみとの出会いを聞きかけたが、思い留まっただけだ。
差し障りのない関係を伝えれば、巴は軽いノリで告げる。ひと呼吸の後、彼は後悔を滲ませた笑みへ変わった。
「船長さん……本当、メチャクチャ痩せてたんだ。それでも、生きてた。宇治木さんなら、あの人が報われるような記事を書いてくれる気がしてね」
「分かります。宇治木さんは良い仕事をしますから……」
巴の切なげな表情を見ながら、
「そこへあの、いつきって人が偶々、来てさ……もう大騒ぎ。偽証の情報源を教えてくれ~ってね」
(そりゃあ……そうでしょうな)
いつきにとって、我が身に降りかかった惨劇の要因。そのひとつでしかないが、ジャーナリズムを差し置いても、正確な情報を得たいと思うのは当事者として、至極当然だろう。
――差し出がましく物申すならば、
一滴の不満が喉へ落ち、心に波紋を呼ぶ。脳髄の奥が揺さぶられる感覚を誤魔化そうと、深呼吸した。
「そんなに心配しなくても、宇治木さんなら逃げ遂せるよ。金田君、何か食べる? 折角の再会だし、俺の奢り……」
「ホットケーキセット! 何々、宇治木さんの同業者?」
「有森君? いつの間に……」
巴から誤解をされ、メニュー表を差し出される。そこへ有森がヌッと現れ、
「巴さんはトレジャーハンターです」
「ええ! スゲエ……初めて見た~♪ 俺、有森です。やっぱ、インディー・ジョーンズみたいな冒険とか、するんスか?」
「そこまでの大冒険は、まだ経験してねえなあ」
本物のトレジャーハンターと知り、有森は大興奮。
代表的な映画と比べられ、巴は慣れた様子で対応。それどころか、高校生2人に気前良く、ホットケーキセットを奢ってくれた。
「「ご馳走さまでした」」
「どういたしまして。コーヒー、美味かったぜ」
「また、どうぞ」
2人で感謝感激と頭を下げ、巴は微笑む。そのまま店長の挨拶を背に、店を出て行く姿を見送った。ドアが閉まる瞬間、彼と目が合った気がする。
(にいみさんに
巴の飄々とした笑みの下に葛藤を抱えていたなど、知らずにいた。
労働の後に金田家へ帰宅、見計らったように廊下の電話が鳴り響く。
疲れた体に鞭を打ち、
「金田でございます」
〈良かった、時間ピッタリ。お帰り、
その声は推理小説家・
「ただいま、かほる先生。何か、ありましたか? 誰かが、訪ねて来たとか……」
〈怖い言い方しないでよ。ちょっと忙しくなるから、しばらくは連絡取れないって報せておこうと思ったの。留守電はセットしてあるから、地区大会の結果は報せてね〉
多忙な中、警察の事情聴取を受けたかもしれない。そう心配したが、杞憂だった。
しかし、かほる先生にしては珍しい連絡をされて、
地区大会を観に来られないと告げられた時、
「その演劇を観に来られない程、お忙しい中……ありがとうございます」
〈フフフ、嫌味ったらしい。都大会は観に行ってあげるから、ちゃんと選出されなさいな〉
わざとらしくブ~垂れてやれば、鈴を転がす笑い声が耳を打つ。心を擽られ、
かほる先生とはこうして、何の気兼ねもなく軽口を言い合える。電話台を背もたれにし、この幸せな瞬間を噛み締めた。
「来年の夏も……会場へお連れしますよ、かほる先生」
〈あら、
穏やかな雰囲気のまま、かほる先生は受話器を下ろそうとする。
――はずだが、舌に言葉が乗った。
「かほる先生、今日……母の知り合いに会いました。トレジャーハンターをされている方なんですが、ご存知でしょうか?」
〈……! にいみの……知り合いにトレジャーハンター? いいえ、聞いた事ないわ〉
予想通りの答えを聞き、
〈ただ……いたとしても、不思議じゃないわね。にいみなら……〉
「一攫千金を……夢見ていたのですか? 母が?」
かほる先生が腑に落ちたと言いたげな口調の為、
〈アウトドアな気質と言うか、海や山奥に……よく出掛けてたのよね。私も富士の樹海を連れ回されたわ〉
「……危険過ぎませんか?」
かほる先生は散歩に行った口調だが、
〈だから、男手も拉致……同行させたわ。ミステリー評論家の神明さん、辛口で有名な方よ。
「いえ、全く……その方もアウトドア派なのですか?」
〈違うわ。神明さんから、私の作品は遭難シーンにリアリティがないってご指摘を受けてね。だったら、一緒に体験しましょうと……お連れしたのよ〉
「……ご無事で何よりです」
殊更に可笑しそうな笑い方をされ、かほる先生が樹海を満喫したと分かる。巻き込まれた評論家に心の中で、合掌しておく。彼の為人や仕事振りは今度、ミス研の方々にでも聞くとしよう。
〈あれはなかなか、有意義な時間だったわ。また今度、話してあげる♪〉
「はい、楽しみに待っています」
(母さん……白神さんに地方医師の取材、頼んでたな。人里離れた土地に……注目してる?)
ふとした疑問に立ち尽くせば、寝間着の金田祖父が居間から、ひょっこりと顔を出す。
「かほる先生、一攫千金……狙っとんのか?」
中途半端に話を聞かれ、とんでもない誤解が生まれる。
「違います。……母さんが、トレジャーハンターの方と知り合いなのです」
「なんや驚かしなさんな、
即座に訂正、金田祖父は安堵の息を吐く。彼は疑問を口にしてしまい、キョトンとする。考えに耽り、顎を撫でだした。
その間、
「かほる先生からお電話?」
「はい、何かあれば留守電へと……」
風呂上がりの金田祖母は湯気を髪に湿らせ、
「……お祖母ちゃん、伯父さんが原因で……母さんが手痛い目に遭った話を知っていますか?」
「……っ」
かほる先生相手のように素直になれず、全然知りたくもない質問が口から飛び出る。ギョッとした金田祖母から目を逸らし、
凡そ1分弱の沈黙は長く、感じた。
「……ふう……28年くらい前、一聖が特別賞を受賞した……翌年よ。にいみが17歳、今の
頭を抱え、金田祖母は食卓の真正面へ腰かける。彼女は
血脈に寒気が駆け抜ける。
「狭山 恭次とか言う法学部の大学生が……にいみへ取り入ろうとしたわ。一聖に近付く為にね」
その名を聞き、更にゾッとする。
「……母さんの友人と聞いています。……伯父さんのファン?」
「……にいみは偶然、本屋で知り合ったと言っていたけど、とんでもない。一聖が東京の展示会に現れたら、尾行して……私達の住まいを探し出したの。でも、一聖との仲を取り持てないと知ったら……まあ、そう言う事よ」
金田祖母の濁した罵詈雑言が何となく、想像つく。
にいみが人間嫌いだと思っていた為、貴重な友人としか認識していなかった。まさか、利用された事情を推察しようがない。
「残間から独り暮らしを後押ししてくれた人だと……聞きました」
「……にいみったら、娘婿にはそう説明したの。実際、キッカケになった人ではあるわ。にいみはその点だけ、感謝しているのかもね」
「……結婚式に呼びたかったと」
「ウソでしょう? 嫌よ、お目出度い席に見たい顔じゃないわ」
金田祖母は忌々しげに吐き捨て、嘆息する。前髪を掻き上げる仕草は、娘の身を案じる母親に見えた。
司法学部の大学生ともなれば、響きだけでも学歴高い。金田祖母にとっても敬う相手だろうに、狭山を問題児が如く、嫌悪していた。
にいみはその人の名を使い、死骨ヶ原湿原ホテルへ宿泊した。
何かしらの想い入れがあるからこそ、今も尚、忘れぬ人。それは、ただの友情ではない。もっと深い。
(母さん……狭山に、惚れてたんだ)
失言を口走りそうになり、
「……伯父さんは、狭山さんと会わず?」
「……私の知る限り、会ってないわ。あんな人……一聖だって、相手にするはずない」
ここだけ空気を読まず、興味本位。金田祖母は皮肉っぽく口元を曲げる。悪態吐きたいのを堪え、指先が痙攣していた。
忘れられない過去を掘り起こしてしまい、
「すみま……」
「謝らないで、
咄嗟に謝ろうとしたが、苦笑交じりの金田祖母に窘められた。滅多に言わない冗談から、彼女の辛抱強さが伝わってきた。
ハジメと話す時も金田祖母に同席してもらおうか、どうすべきか、考えを巡らせる。いっそ、剣持警部も呼びたい気持ちになった瞬間、
「その話……明智さんには?」
「……してませんよ……あ……。で、でも……狭山とは本当、20年以上も連絡を取ってないんだから、知り合い以下のはず……よ?」
震えた声で問えば、金田祖母も青褪める。どんな些細な交友関係であろうと、にいみの情報は剣持警部……明智警視へ伝えておかなければならない。今、金田家はそんな状況下にあるのだ。
「……と、兎に角……剣持さんへ報せましょう。明智さんはハジメちゃんと用事があると聞きましたので」
「もう遅い時間よ、ご迷惑じゃないかしら?」
慌てふためき、
〈狭山 恭次……その人なら、
「いえ、父が話しているなら……余計でした」
剣持警部の快活な声が聞け、
狭山の存在を彼らに知られた原因が、自分の家出騒動にある事。残間は明智警視から容赦なく言及され、話すしかなかったなど、その辺の事情は後で聞いた。
「夜遅くにすみま……」
〈
強い口調だったが、剣持警部の笑顔が見えるようだった。本当、人情味溢れる人だ。
「はい……おやすみなさい、剣持さん」
〈ああ、おやすみ。それと……日曜日の大会、頑張れよ〉
感謝を込めて、就寝のご挨拶。
しかも、剣持警部からの声援と言う名のご褒美を貰う。きっと良い事の前触れ、柄にもなくそう思った。
南山「南山と申します。皆様、閲覧ありがとうございます。バルト城に滞在の間、きっちりとお世話させて頂きます。さて、次回は『蠟人形城へ行く準備-明智』。語られざる捜査の裏側……ですか」
巴 荘十郎
亡霊校舎の殺人ゲストキャラ。作中にて、にいみの知人。鹿島船長を発見したり、オリ主をヒッチハイクに乗せてくれた