金田少年の生徒会日誌   作:珍明

136 / 143
或いはゲームセット、そういう話です
誤字報告により修正しました。ありがとうございます


Q32 REDRUMを名乗る女・第3討論会-ゲームオーバー

 窓を打つ雨風に負けまいと、暖炉の炎は燃え上がる。

 パチパチと爆ぜる音が耳を打つ程、マリアを含めて誰も口を開かない。お喋りなメグレ伯爵さえ、金田一(きんだいち)の言葉をただ待っていた。

 

「……仮に『さやまは死んでいた』だとしても、『かや』はどうなるの?」

「それは俺の知り合いです。あのクラクション音、おそらく……その人が城の前まで来ているんだ」

 

 我慢出来ず、多岐川(たきがわ)は物書き特有の厳しい目付き。否、金田一を睨んでいた。

 

「その方が、11人目の参加者?」

「分からない。でも、茅さんなら……俺と明智さんがここにいると分かるはずだ。こんな雨の中、車を走らせてまで伝えに来たんだ。城の外で……何かが、起こっている」

 

 マリアに答える金田一は深刻な雰囲気のまま、窓の向こうを見やる。

 この事態を象徴するように、豪雨が治まる気配はない。

 

「金田一クン、まだいくつか確信を得てマセンネ。キミの推理を助ける為に、我々……何をしまショウ?」

「……先ず、皆の部屋割り。それと強盗の類で、時効に20年以上かかる罪を知りたい」

強盗致死罪(・・・・・)だ」

「「!?」」

 

 金田一とメグレ伯爵がやり取りする中、『レッドラム』の声が割り込む。東の塔へ通じる扉に立ち、民族衣装とサングラス姿は完全に幽鬼である。

 

「……にいみ、驚かさないで」

 

 突然過ぎて、マリアは声を出ずに肩を痙攣してしまう。多岐川に責められ、『レッドラム』は本名を呼ばれても気にせずにひと欠伸。

 

「貴様らの会話が面白くてな、つい口を挿んだ。金田一、強盗致死罪の時効は25年かかるぞ」

「……致死……。強盗した時、誰かを……死なせた場合ですか? 銀行員とか

共犯者を殺した場合(・・・・・・・・・)も含めるな。逃亡中に目撃者を殺しても、そうなる。細かい点は検察が判断するが……

「……仲間を殺したら、時効まで25年……」

 

 彼女の受け答えに、金田一はハッとする。彼の脳内にある推理パズルのピースが、組み合わさった。

 

「しかし……多岐川は仕方ないにしても、メグレ伯爵は何故……金田一に肩入れする? 優勝を諦めたか?」

「肩入れでなく、応援デス! 金田一クン、お友達……アナタの息子さん(・・・・・・・・)を助けたい。ワタシ、それを助けたいデス」

 

 『レッドラム』に冗談っぽくからかわれても、メグレ伯爵は笑顔を崩さない。

 金糸の髪を手櫛で掻き上げ、暖炉の前にて優雅なポーズを決める。黒い手袋と色合いが良く、暖炉の炎がちょっとした照明となり、彼の眩しさを際立たせた。

 

「!? 俺、メグレ伯爵に……金田(かねだ)の話、してねえけど……」

「甘いデスネ、金田一クン。キミ、マドモアゼルに必ず、敬称付けマス。呼び捨てするなら、男の子しかイマセン」

「あ~……あ? まあ……正解でいいや、アンタにゃあ……負けるよ」

「ブラボー! そうデス、金田一クン。名探偵なワタシを頼りナサイ♪」

 

 急に男同士の友情劇が始まったが、女性陣は置いてきぼり。

 

「金田一……貴様らの部屋割りだが、一度しか言わんから覚えろ」

「……私がメモるわ」

 

 『レッドラム』の冷ややかな声に、多岐川はすっとメモ帳を取り出した。

 東の塔、明智(あけち)南山(みなみやま)、多岐川、メグレ伯爵、金田一、『レッドラム』。

 西の塔、当麻(とうま)、リチャード、坂東(ばんどう)、マリア、真木目(まきめ)残間(ざんま)。名前と一緒に簡単な見取り図も書き込まれていく。

 金田一は瞬きせず、多岐川のペンの動きを捉えた。

 

「金田一サン、明日の討論会までに纏まりそうです?」

「いや、そんなに待っていられない。他の人も『モールス信号』に気付いて、何らかの手を打つはずだ」

「……金田一クン、まさか……我々参加者の中に、罪を逃れた愚か者がいると?

 

 マリアが期待に胸を躍らせれば、金田一は深刻さが消えない。メグレ伯爵の質問を聞き、ゾッとした。

 

「ああ……犯人は、3人とも(・・・・)分かった。後は……物的証拠だが、こればっかりは……」

「「3人!? そんなに……」」

「金田一さん、ここでは探しようがないわ。もう迷宮入りだし……」

 

 まだ憶測の域を出ない為、語りたくない。

 金田一は躊躇いつつ、教えてくれた。人数の多さにマリアとメグレ伯爵はビックリ。多岐川の正論は、彼には十分な慰めだ。

 

「……金田一、貴様……その若さで『4億円事件』を追っていたのか?」

「いや、興味は正直……なかった。事件内容だって、報道で知る程度だよ」

「それなのに……昨日、今日で真相が分かったと?

「まだです。だから、『レッドラム』……答えて下さい。例の大学生、『さやま』って名前なのか?」

 

 『レッドラム』はサングラスを外し、目を見開く。その驚き方は称賛に見える。しかし、金田一の緊迫した質問に再び、目を隠した。

 沈黙は肯定を意味しているだろう。金田一も確信を得て、追究しない。

 

「……金田一、どのタイミングで貴様が推理ショーを始めるのかは、任せる。但し、必ず『嘘』を混ぜてくれ

「にいみ?」

「……それは一体……」

 

 サングラスの縁を押さえ、『レッドラム』はここへ来て唐突な要求。多岐川は困惑したが、金田一の優しい口調は既に受け入れていた。

 

「――……、――……」

 

 か細い声は、この場にいる者だけに聞こえる。窓向こうの雨音に掻き消されない様、マリアは聴覚を働かせた。

 その内容が何を意味するか、語った後の騒動さえ容易に想像出来る。

 素直に、彼女が恐ろしかった。

 

「任せたぞ、名探偵」

 

 言い終えた『レッドラム』は誰の反応も見ず、東の塔へ続く扉に消える。残されたマリア達は数分の沈黙、青褪めた多岐川のため息が大きかった。

 

「……金田一さん、やめておきなさい。あんな頼み……碌な事が起こらないわ」

「多岐川さん……」

 

 多岐川は怒りのままに髪を後ろへ流し、左手の薬指にある指輪が同意するように光った気がする。金田一が彼女の親切に視線を下げた時、マリアは閃いた。

 

「ワタシがやります。推理ショー」

「マリアが!?」

「そんな、無茶よ……マリアさん」

「そうだ。下手したら……矛先が、マリアさんに行っちまう!」

 

 案の定、止められる。彼らの気遣いが嬉しくて、勇気を分けられた心地だ。

 

「ワタシは今まで、何も発言していませんわ。相手も油断しているでしょう。メグレ伯爵、何かあれば……金田一サン達を守ってください」

「……やれやれ、マリアの決心……堅そうデス。アナタの気持ち、尊重シマス。金田一クン、ランチタイムまで十分な休息を取りマショウ。体調を万全にして、謎に挑むのも探偵の仕事デス」

 

 マリアの決死の覚悟をメグレ伯爵は聞き入れ、金田一を説得してくれた。

 

「探偵の……仕事……」

 

 本職の探偵に諭され、少年探偵は少しだけ肩の力が抜けた気がする。刑事がいなくなり、過剰に気を張っていたと気付かされた。

 

「マドモアゼル多岐川も、お休みヲ。アナタも禄に眠っていないデショウ?」

「……そうするわ。何か起こっても、足手纏いだけは勘弁だもの」

 

 メグレ伯爵に睡眠を勧められ、多岐川は目元を押さえる。分かりにくいが、彼女の目元はファンデーションに覆われた隈があった。

 眠れない理由について、聞かずにおこう。

 

 金田一の部屋へ行き、最初に行なったのはテーブルの移動。彼はそれを足場にして、鉄格子の窓を覗き込む。

 

「謎は――すべて解けた」

 

 想定通りらしく、凛々しい顔に笑みが浮かんでいた。

 その後、語られた金田一の推理。

 この身では思い付かない発想ばかり。自分から言い出した手前もあり、一字一句、全力で脳髄へ叩き込んだ。

 言い終えた後、金田一は糸が切れたように眠りへ落ちる。あどけない寝顔の持ち主が、あれ程の推理を成し得る程に事件慣れしている。マリアは尊敬よりも、気の毒さが勝った。

 

「マリア。金田一クンに同情、無用。彼の推理、大切な人を守る為の盾……邪魔をせず、手助けし、疲れたら、こうやって休ませてあげる。これで良いデス……」

「メグレ伯爵……、金田一サンとの付き合いが長いんですのね」

「いえ、前に一度会った切りデス♪ それだけで、金田一クンの凄さ……分かりマシタ」

「一度だけ……」

 

 一緒にいたメグレ伯爵の趣旨は、表情からも伝わった。

 才能溢れる者を認めつつ、まだ少年たる精神の未熟さに気を遣う。要するに子供を見守る大人だった。

 

 正午、食堂は開かれた。

 メグレ伯爵のエスコートで扉を通り、椅子に腰かける。日常生活の動作に過ぎないが、胃の痙攣が止まらぬ。髪の毛一本まで緊張している自覚はあった。

 

「マリアさん」

「金田一サン……」

 

 金田一は真剣な表情で拳をグッと握り、力強く頷く。彼なりの声援が伝わり、マリアは周囲に聞こえぬ様に深呼吸した。

 自分達の後に入った残間が他の人――坂東の椅子に触れ、位置を整える。その逞しい手に、朝からずっと絡ませていたタコ糸はなくなっていた。

 

「雨、止みマセンネ。Mr.明智、無事に町へ着いたんデショウカ?」

「戻って来てねえし、大丈夫だろ」

……っ、……リチャードの言う通り。ムッシュ明智が1人いないだけで、華がない。ワタシが頑張らねば!」

 

 リチャードと真木目の会話を聞き、メグレ伯爵は大袈裟な程に己の眩しさをアピール。何故だろうか、警戒心が強くなったように見えた。

 

 明智を欠いた食事は恙無く進み、デザートも終わった。

 

「南山……昆布茶をくれ」

「『レッドラム』様、そちらは生憎……」

 

 マリアはコーヒーを飲み終え、深呼吸。緊張しても音を立てず、カップをテーブルへ置いた。

 それを自らの合図とし、勢いよく立ち上がった。

 

「皆サン、お聞きください。『4億円事件』の謎、すべて解けましたわ」

 

 決して声を荒げず、腹出す声に凛々しさを忘れない。優雅たらんと、マリアは余裕の微笑を口元に浮かべた。

 

「真相が、解けた!? 本当かよ、それ!」

 

 ――!?

 

 真木目の素っ頓狂な声を皮切りに驚愕と奇異、静観の視線がマリアへ向けられる。いつも真っ先に狼狽える坂東さえ、汗だくに目を見開くだけだ。

 金田一とメグレ伯爵は勿論、固唾を飲んで見守る目。心強いが犯人達に仲間だと思われぬ様、敢えて視線を逸らした。

 

「では、レモンティーを頼む。砂糖を大目にな」

「南山さん、私も同じ物を……砂糖無しで」

「畏まりました」

「飲み物を注文している場合か!? 『レッドラム』、アンタ……次の討論会は明日の朝と言ってただろ。こんな不意打ちみたいな真似、許していいのか!?」

 

 重苦しい空気の中、『レッドラム』と残間は南山へ飲み物を注文。坂東は喚き声を上げ、マリアを乱暴に指差した。彼女は金田一へ顔を向け、サングラスの縁を押さえた。

 

「坂東、少し違うぞ。正しくは明日の朝食までに(・・・)行なう。今でも、問題ない。さあ、聞かせてもらおうか……食後に相応しい推理ショーを」

 

 悠然とした構えで座り直し、『レッドラム』はテーブルにいる全員を見渡す。その仕草に、金田一への贔屓な態度はない。

 胸を張り、マリアは緊張に歯茎が震えるのを自覚した。だからこそ、大きく口を開いた。

 

「『4億円事件』の犯人は坂東 九三郎、リチャード・アンダーソン、当麻 恵。アナタ達です!

「……あら」

何を根拠に……

「まあまあ、お2人とも。『レッドラム』の言葉を忘れマシタカ? これはゲーム、犯人にされるのも余興ネ」

 

 当麻は冷静に一服、坂東は動揺を隠さず。

 リチャードは愛嬌のある笑顔。隣の席にいるマリアは、彼のピリピリした空気が肌に感じた。

 それどころか、リチャードの逞しい右腕がテーブルへ突けた瞬間、微かな無機質音を聞く。腕時計ではなく、もっと危険な代物(・・・・・)。メグレ伯爵はコレに気付き、冷や汗を流していたのだ。

 

 ――マリアも、受けて立つ。

 

「昨夜の討論会、坂東サンは言いました。『あいつ……犯人はバブル経済が……』と顔見知り、共犯者でなければ、そんな言葉は出てきません。更に法学部の大学生に過剰な反応を見せ、残間さんを犯人に指名しました。同一人物だったら、どうしよう……そんな不安が働いた証拠です」

「……

「リチャードはロイヤルウェディングを観に行く時、スケジュール調整が大変だと言いました。当日は祝日(・・)にされて、会社はお休みです。それ程、大変ではないでしょう。つまり、当時のアナタは調整の利かない外国……この日本に滞在していた。犯罪心理学者が、そうしなければならない理由。余程の事情です。権威と呼ばれたアナタなら、尚更です」

「……」

「当麻さんは『4億円事件』の元担当刑事までしっかりと記憶し、同姓の明智さんを犯人に指名しました。その推理力があれば、坂東さんの昨日の発言に違和感を持ったはずです。彼を犯人にしなかったのは不自然極まりませんわ。更に、アナタは大学時代に中世ヨーロッパを専攻にしていた。そんな方が探偵職に就いたのは、警察の動きを調べる為です。緘口令を布いても、噂は防げない。堂々と情報を得られます」

「……」

 

 ひと言、語る度に心臓が跳ねる。金田一はもっと納得する説明だったが、その通りに口が動かない。大勢の前で喋り慣れていたと思っていたが、場面が違い過ぎた。

 

「……残間さん、王室の結婚式って祝日扱いなんスか?」

「うん? そうだよ、日本だと馴染みないがね。海外の政府は基本、王室の公務に合わせるんだ」

 

 コッソリと真木目が残間へ質問するが、マリアは和まない。

 本番()はここからだ。

 

「そして、アナタ達3人に計画をもちかけ……主犯となった人物。それは残間 青完、アナタですっ

「……!? 残間さんが……?」

 

 マリアが残間を指差せば、多岐川は絶句の演技を試みる。とても自然だ。

 

「? 多岐川さん、私がどうしましたか?」

「……ふう、話を聞いてない人ね。アナタが(・・・・)『4億円事件』の主犯だと言っているのよ」

「……随分、話が飛んだな?」

 

 キョトンとした残間へ当麻が呆れた口調で説明し、発案者の『レッドラム』まで不思議そうにレモンティーを飲んでいた。

 

「そ、それは昨日、私が……」

「はい、坂東さんの推理は的中です。学生だった主犯は逃亡生活の中、整形で顔を変えて『残間 青完』を名乗っていたんですわ。共犯者へ復讐する機会を狙ってっ」

「……ふ、復讐だって! 残間さんが、坂東さん達に……」

 

 坂東はぎこちない動きで残間を見やり、怯える。マリアが毅然とした態度で補足すれば、真木目はギョッとして立ち上がる。その拍子にテーブルが大きく揺れ、豪雨が窓を激しく打ち付けた。

 床にも振動を感じたが、マリアは無視した。

 

「この場所は事件当事、工事中。残間さんはアナタ達に合流し、口論となったんでしょう。リチャードに殺されたんです。アナタ達が関与した証拠品と一緒に、ここへ葬られた! だから、残間さんは主催者『Mr.レッドラム』として、イベントを打ち出したんです。バルト城そのものを賞品とした破格のミステリーナイト! ご自分を裏切った共犯者は必ず、参加しなければならないっ」

 

 『レッドラム』の嘘、金田一の推理とは若干食い違う。だが、筋は通っている(・・・・・・・)。マリアも場の空気に当てられて本当の事だと錯覚してきた。

 リチャードの笑顔に隠れた殺意が、中らずと雖も遠からず。そう語っていた。

 

……馬鹿な……アンタ、狭山……なのか?

狭山(・・)? ……ああ、狭山 恭次か。坂東さん、よくご存じだ」

 

 坂東は顔面蒼白になり、呻いた。

 残間の穏やかな返しは世間話にしか、聞こえない。坂東を怯えさせ、仰け反らせるのに十分な効果があった。リチャードの右腕から、チャッとセーフティガードを外す音(・・・)が聞こえた。

 

 ――それよりも先、残間の指の動き(・・・・)が刹那の差で速かった!

 

「へ?」

 

 坂東が見えない力に椅子をひっくり返され、隣にいたリチャードへ倒れ込む。衝突は避けられない。

 

 ――ズドン!!

 

 発砲音が鳴り、硝煙の匂いが鼻に付く。困惑は一瞬、皆の視線は発生源へ注がれた。

 

――~~!!

 

 リチャードは声もなく悲鳴を上げ、額に痛みの汗を浮かべた。

 彼の上等な革靴に穴が開き、肉の焼けた匂いが僅かにマリアの鼻腔を擽る。銃弾が貫通した証拠だ。

 

「リチャードさん!」

「金田一クン、駄目デス。マリアも下がってっ」

アイツ……銃を持ち込んでやがった!

「……」

 

 血相を変えた金田一が駆け寄ろうとしたが、メグレ伯爵に止められる。真木目が青褪め、当麻は我関せずと忍び歩きでテーブルから離れた。

 

あわわ……ち、違う。オレのせいじゃ……」

「坂東さん、そこを退いてくれ。南山さん、濡れたタオルと救急セットをお願いします」

「直ちに」

 

 予期せぬ事態に坂東は恐れ戦く。とても冷静な残間に指示され、床を這いつくばりながら扉へ縋り付いた。

 南山がさっとキッチンへ引っ込んだ時、残間はリチャードへ近寄る。

 

「リチャードさん、足を……」

く、来るな!

 

 名を呼ばれ、リチャードは躊躇いもなく銃口を向ける。手負いの獣と化し、場は騒然とした。

 危険なはずの残間は一先ず、両手を上げて丸腰のポーズ――を取った瞬間、坂東が座っていた椅子が1人でクルッと回転し、リチャードの右腕を上向きに弾く。

 突然の衝撃に2度目の発砲音、弾が天井のシャンデリアへ直撃。だが、真鍮製である為に跳弾し、跳ね返った先は運命に導かれたように、当麻の肩をブチ抜いた。

 

――!!

 

 当麻は我が身の激痛が襲うよりも先に、視界を覆った血によって状況を把握した。

 

「当麻さん!」

「っ」

 

 金田一の他人の身を案じる声。ハッとした真木目は上着を脱ぎ、当麻の肩へ止血処置として、押し付けた。

 

「どう、なってるの……?」

「椅子が……勝手に動いた?」

 

 多岐川とマリアの困惑を余所に、残間は丸腰のポーズを崩さない。首筋まで汗に濡れたリチャードを見下ろした。

 

残り6発(・・・・)、まだ続けるかね? リチャードさん」

「お前は本当に……狭山なのか(・・・・・)? ……あの『モールス信号』は……何だったんだ」

 

 澱んだ低い声はまるで、沼の底に沈んだ泥。足を取られれば、そのまま沈まされてしまう。底なし沼と同じ恐怖を感じ、マリアはゾッとする。

 間近で耳にするリチャードの目に初めて、怯えが見えた。

 

「……リチャードが誰か殺っちまったなら、強盗致死罪……時効はまだ成立してないんじゃねえか? あれって、20年以上の時効があったろ」

「リチャードが逮捕されれば、共犯者も諸共……だったか? 多岐川……」

「……小説の展開なら、アリだわ。その辺は明智さんが戻ってからじゃないと……」

!?

 

 閃いた真木目は同意を求めようと、皆を振り返る。『レッドラム』と多岐川が確認し合った時、当麻の顔から血の気が引いていた。

 ゲームではなく実際に逮捕される脅威に、抵抗する気配が伝わってきた。

 

「当麻さん……手当しましょう、ね?」

「そうだぜ、弾が肩に食い込んでんだ。このままじゃあ、化膿しちまう」

「ハッ……全く、……たかがゲームに……」

 

 金田一と真木目に優しく諭され、当麻は取り繕いもせずにゆっくりと肩の力を抜く。それは彼女なりの観念の仕方だった。

 

「救急箱です。……当麻様!? まさか、先程の銃声で……」

「南山、当麻を優先……」

冗談じゃない!!

 

 救急箱を手に戻った南山へ『レッドラム』が命じた時、臆病な一喝が食堂に響き渡った。

 荒い息の坂東が、燭台をナイフ代わりに向けてくる。眼鏡に隠れた瞳から大粒の涙が流れ、足はガクガクと痙攣していた。

 

オレは時効だ! 殺しは、リチャードと当麻がやった!! オレは棄てただけ(・・・・・)だ! オレだけは自由の身だ!

 

 唾と飛ばして訴える想いは、逃亡犯としての魂の咆哮。

 

「坂東さん。外は嵐同然、どこにも逃げられねえぜ」

うるさい! オレの傍に寄るな、来たら燃やすぞ!!

 

 誰1人同情なんか、しない。心優しい金田一さえも咎人を見る目付きで、凄む。

 

それは(・・・)、出来ませんよ。坂東 九三郎」

 

 彼の名を呼んだのは、いないはずの刑事。

 ――バアン!!

 

 食堂の扉が開け放たれ、ずぶ濡れの明智と共に複数の警官が飛び込んで来た。

 心強い存在の登場、一触即発の雰囲気に安心の風も舞い込む。金田一の安堵する息も聞こえた。

 

な、な……なんで……跳ね橋は?

「下がっていましたよ。私が応援を連れて、戻って来たのを見計らった様にね。それよりも……」

 

 坂東の掠れた呻き声に明智は重い口調で答え、負傷者2人を一瞥する。その鋭い眼差しには、強い警戒があった。油断せぬ様、己を戒める切なさも――。

 

「リチャード・アンダーソン、当麻 恵を最寄りの病院へ搬送したまえ。逃亡の疑いもある。監視も怠るな」

「「「はっ!」」」

 

 明智の声は雷鳴さえも貫き、警官達は迅速に動く。リチャードと当麻へ駆け寄り、傷を労わるように肩を貸す。坂東も燭台を取り上げられるが、最後の虚しい抵抗を繰り返した。

 マリアからすれば、じれったい。

 何故なら、リチャードの殺意は少しも消えていない(・・・・・・)

 

「そうか……分かったぞ! 『レッドラム』! お前、保科か(・・・)!!

「!?」

 

 右腕に隠し持っていたピストルを没収され、リチャードは咄嗟に閃いた。

 沸き起こった激情のまま、警官からピストルを奪い返して『レッドラム』へ銃口を向ける。刹那よりも速く、対応して切れない。

 マリアでさえ、リチャードがピストルの引き金に指をかけ、やっと事態に気付いた。

 

リチャード!

にいみ!

やめろお!

「!?」

 

 メグレ伯爵の制止、残間の呼びかけ、金田一の怒声が飛び交う中。『レッドラム』は多岐川を振り返り、庇うように手を広げた。

 

ダメェ!!

 

 3度目の発砲音が鳴っても、血相を変えた多岐川の動きが早かった。

 彼女は『レッドラム』を体当たりで、床へ押し倒す。その拍子に、左手の薬指にある指輪へ銃弾が掠めた。

 

 ――バリーン!!

 

 その砕けた音は小さすぎて、マリアにも聞こえなかった。

 2人が倒れ込む場所に残間がクッション代わりになり、床への衝突は防がれた。

 

ふざけるな、保科!! 貴様も同罪だ!! 保科あ!!

 

 取り押さえられたリチャードはあらん限りの呪詛を込め、『レッドラム』を恫喝した。凶暴な態度に警官の数は増え、少々乱暴に連行されていった。

 

「明智警視、坂東の姿が見えま……!!

 

 ――ガシャーン!!

 

 警官の報告を防ぐ様に、シャンデリアがテーブルへ落下。2度目の発砲により、他の箇所も傷付いていたのだろう。ロウソクの炎がテーブルクロスを燃やす。

 しかも、3度目の弾丸は壁の燭台へ命中し、ロウソクを1本カーペットへ落とした。

 

「明智警視、大変です! 坂東が蠟人形に火を付けて、赤井刑事と応戦しています! その影響で正面玄関に火の手が……」

「おいおい、マジかよ」

 

 ここは蠟人形の並ぶ城、僅かな炎は一瞬で広がるだろう。真木目は最悪の事態を想定し、震え上がった。

 

「全員、退避!! 赤井君にも避難指示を!!」

 

 明智の判断に逆らう者は、いなかった。

 

 食堂の炎に構わず、マリア達は広間の窓から脱出を試みる。

 負傷者の当麻を優先し、応急処置に当たった真木目も降り、補佐要員で南山と残間、『レッドラム』もふてぶてしい態度で警官の誘導を受ける。次は多岐川の番になった時、坂東の悲鳴が聞こえた。

 

助けてくれ!! 熱い、助けてくれ~!

「坂東さん!」

「金田一サン、待って。ワタシが行きます!」

 

 背中に炎を纏った坂東が床や壁に擦り付け、消化せんともがいている。金田一が真っ先に駆け寄ろうとしたが、マリアは引き留めた。

 

「マリア、危険デス。坂東、もうどうしようもない」

 

 今度は、メグレ伯爵が引き留める。他の者達も同意の眼差しだ。

 金田一だけ、坂東の命を惜しむ表情だった。彼を助ける理由なんて、それだけで十分だ。

 

「いいえ、メグレ伯爵。この城……私の家で(・・・・)、もう誰も死なせたくありません」

 

 麗しい名探偵の手を振り払い、マリアは逃げ惑う坂東を追った。

 

「マリアさん!!」

 

 明智の声を合図に、天井の一部が焼け落ちた。

 マリアと完全に隔たれ、彼らを愕然とさせた。この方が都合良い。バルト城も自分の考えに賛同し、残った力を発揮しているらしい。

 

「マリアさん! この城は、アナタの物よ! バルト城をドイツへ持って帰るんでしょう! だから、戻りなさい!」

「――!!」

 

 燃え盛る炎の中、多岐川の必死な懇願はマリアの魂へ届いた。彼女にしてみれば、只の引き留める手段に過ぎなかった。

 今のマリアが最も欲しかった言葉――所有権が指先にまで戻る感覚をどう、伝えようか。日本語だと、表現し切れない。

 マリアは振り返った。

 多岐川に、金田一に、メグレ伯爵に、明智に、片足を斜め後ろに引き、もう片方の膝を落とす。ありったけの感謝を込めて、頭を下げた。

 

Vielen(フィーレン) lieben(リーベン) Dank(ダンケ)

 

 炎が拡張期となり、マリアの声は城中に響き渡る。否、城に囚われていた者達が解放を喜び、口々に感謝を述べていた。

 今こそ、城主の役目。彼らを故郷へ導かん。

 

 ――空を渡れ、バルド城よ。さあ帰ろう、我が祖国へ――




剣持「……金田一と茅警部が解決した悲報島ン時と同じ、仲間の裏切りがあったと言うワケか。ドラマ版だと、俺が明智警視の立ち位置だったな。まさか……時効を覆すとは、明智警視……お見事です。ん? 警視1人の力ではない? ……そう思いますよ。さて、次回は『指輪よ、さようなら-多岐川』!! ……すげえな、金田一。お前は本当の意味で『4億円事件』に、勝ったんだ」

リチャード・アンダーソン
犯罪心理学者の権威、『殺人』を犯してしまったイギリス人
こいつが逮捕されれば、共犯者も『時効が無効』になり、逮捕される
『Mr.レッドラム』にとって、アイアンメイデンしてでも確実に殺さなければならなかった
原作において、強奪事件は二十数年前。民事の時効が過ぎた時点で「わ~い、自由だ~」と余裕綽々に帰国したと思われる。従って、『強盗致死罪』の時効は成立していない可能性がある
明智警視が元担当刑事の息子だと、途中で気付いた人物。漢字と平仮名を駆使した文章が書ける
どうやって、落そうか悩んだんですが、アニメ版で普通に銃持ってた(なんでだよ)
作中にて、銃の不法所持及び、発砲による傷害の現行犯逮捕。後に発見された証拠品により、『4億円事件』の実行犯として再逮捕される

当麻 恵
私立探偵、最初の犠牲者。はじめちゃんの活躍も知っている。大学時代、中世ヨーロッパを専攻
作中にて、銃撃を受け緊急搬送。リチャードの供述と証拠品により、逮捕
にいみが鹿島洋子を探す際、依頼した探偵(間に仲介人を挟んだ為、お互いに面識は無い)

坂東 九三郎
推理評論家、3番目の犠牲者(ドラマ版では事故死?)
作中にて、火災から生存。放火の現行犯逮捕、後に『4億円事件』の実行犯として再逮捕される

狭山 恭次
回想キャラ、法学部4年。『4億円事件』の主犯
原作で日付も完全に描写している為、あえて言いますが、68年の大学生にしては異端児
学生運動全盛期、その熱に中てられず、「芸術を立証したい」という個人的な犯行動機。こんな犯人像を思い浮かべる原作者先生の発想が、エグイ(褒め言葉)
原作では「民事の20年を待て、じゃねえと自首するからな」と仲間の怒りを買う(当麻達は窃盗罪の7年を待つ予定だった)
ドラマ版でも「銀行に金を返す」と口論になり、殺害される(なんで納得してもらえると思った?)
作中にて、にいみが10代の頃の友人。「偶になら良いけど毎回、完全犯罪の話はシンドイ」と内心、辟易させていたが、狭山は気付かなかった
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。