金田少年の生徒会日誌 作:珍明
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窓を打つ雨風に負けまいと、暖炉の炎は燃え上がる。
パチパチと爆ぜる音が耳を打つ程、マリアを含めて誰も口を開かない。お喋りなメグレ伯爵さえ、
「……仮に『さやまは死んでいた』だとしても、『かや』はどうなるの?」
「それは俺の知り合いです。あのクラクション音、おそらく……その人が城の前まで来ているんだ」
我慢出来ず、
「その方が、11人目の参加者?」
「分からない。でも、茅さんなら……俺と明智さんがここにいると分かるはずだ。こんな雨の中、車を走らせてまで伝えに来たんだ。城の外で……何かが、起こっている」
マリアに答える金田一は深刻な雰囲気のまま、窓の向こうを見やる。
この事態を象徴するように、豪雨が治まる気配はない。
「金田一クン、まだいくつか確信を得てマセンネ。キミの推理を助ける為に、我々……何をしまショウ?」
「……先ず、皆の部屋割り。それと強盗の類で、時効に20年以上かかる罪を知りたい」
「
「「!?」」
金田一とメグレ伯爵がやり取りする中、『レッドラム』の声が割り込む。東の塔へ通じる扉に立ち、民族衣装とサングラス姿は完全に幽鬼である。
「……にいみ、驚かさないで」
突然過ぎて、マリアは声を出ずに肩を痙攣してしまう。多岐川に責められ、『レッドラム』は本名を呼ばれても気にせずにひと欠伸。
「貴様らの会話が面白くてな、つい口を挿んだ。金田一、強盗致死罪の時効は25年かかるぞ」
「……致死……。強盗した時、誰かを殺……死なせた場合ですか? 銀行員とか」
「
「……仲間を殺したら、時効まで25年……」
彼女の受け答えに、金田一はハッとする。彼の脳内にある推理パズルのピースが、組み合わさった。
「しかし……多岐川は仕方ないにしても、メグレ伯爵は何故……金田一に肩入れする? 優勝を諦めたか?」
「肩入れでなく、応援デス! 金田一クン、お友達……
『レッドラム』に冗談っぽくからかわれても、メグレ伯爵は笑顔を崩さない。
金糸の髪を手櫛で掻き上げ、暖炉の前にて優雅なポーズを決める。黒い手袋と色合いが良く、暖炉の炎がちょっとした照明となり、彼の眩しさを際立たせた。
「!? 俺、メグレ伯爵に……
「甘いデスネ、金田一クン。キミ、マドモアゼルに必ず、敬称付けマス。呼び捨てするなら、男の子しかイマセン」
「あ~……あ? まあ……正解でいいや、アンタにゃあ……負けるよ」
「ブラボー! そうデス、金田一クン。名探偵なワタシを頼りナサイ♪」
急に男同士の友情劇が始まったが、女性陣は置いてきぼり。
「金田一……貴様らの部屋割りだが、一度しか言わんから覚えろ」
「……私がメモるわ」
『レッドラム』の冷ややかな声に、多岐川はすっとメモ帳を取り出した。
東の塔、
西の塔、
金田一は瞬きせず、多岐川のペンの動きを捉えた。
「金田一サン、明日の討論会までに纏まりそうです?」
「いや、そんなに待っていられない。他の人も『モールス信号』に気付いて、何らかの手を打つはずだ」
「……金田一クン、まさか……我々参加者の中に、罪を逃れた愚か者がいると?」
マリアが期待に胸を躍らせれば、金田一は深刻さが消えない。メグレ伯爵の質問を聞き、ゾッとした。
「ああ……犯人は、
「「3人!? そんなに……」」
「金田一さん、ここでは探しようがないわ。もう迷宮入りだし……」
まだ憶測の域を出ない為、語りたくない。
金田一は躊躇いつつ、教えてくれた。人数の多さにマリアとメグレ伯爵はビックリ。多岐川の正論は、彼には十分な慰めだ。
「……金田一、貴様……その若さで『4億円事件』を追っていたのか?」
「いや、興味は正直……なかった。事件内容だって、報道で知る程度だよ」
「それなのに……昨日、今日で真相が分かったと?」
「まだです。だから、『レッドラム』……答えて下さい。例の大学生、『さやま』って名前なのか?」
『レッドラム』はサングラスを外し、目を見開く。その驚き方は称賛に見える。しかし、金田一の緊迫した質問に再び、目を隠した。
沈黙は肯定を意味しているだろう。金田一も確信を得て、追究しない。
「……金田一、どのタイミングで貴様が推理ショーを始めるのかは、任せる。但し、必ず『嘘』を混ぜてくれ」
「にいみ?」
「……それは一体……」
サングラスの縁を押さえ、『レッドラム』はここへ来て唐突な要求。多岐川は困惑したが、金田一の優しい口調は既に受け入れていた。
「――……、――……」
か細い声は、この場にいる者だけに聞こえる。窓向こうの雨音に掻き消されない様、マリアは聴覚を働かせた。
その内容が何を意味するか、語った後の騒動さえ容易に想像出来る。
素直に、彼女が恐ろしかった。
「任せたぞ、名探偵」
言い終えた『レッドラム』は誰の反応も見ず、東の塔へ続く扉に消える。残されたマリア達は数分の沈黙、青褪めた多岐川のため息が大きかった。
「……金田一さん、やめておきなさい。あんな頼み……碌な事が起こらないわ」
「多岐川さん……」
多岐川は怒りのままに髪を後ろへ流し、左手の薬指にある指輪が同意するように光った気がする。金田一が彼女の親切に視線を下げた時、マリアは閃いた。
「ワタシがやります。推理ショー」
「マリアが!?」
「そんな、無茶よ……マリアさん」
「そうだ。下手したら……矛先が、マリアさんに行っちまう!」
案の定、止められる。彼らの気遣いが嬉しくて、勇気を分けられた心地だ。
「ワタシは今まで、何も発言していませんわ。相手も油断しているでしょう。メグレ伯爵、何かあれば……金田一サン達を守ってください」
「……やれやれ、マリアの決心……堅そうデス。アナタの気持ち、尊重シマス。金田一クン、ランチタイムまで十分な休息を取りマショウ。体調を万全にして、謎に挑むのも探偵の仕事デス」
マリアの決死の覚悟をメグレ伯爵は聞き入れ、金田一を説得してくれた。
「探偵の……仕事……」
本職の探偵に諭され、少年探偵は少しだけ肩の力が抜けた気がする。刑事がいなくなり、過剰に気を張っていたと気付かされた。
「マドモアゼル多岐川も、お休みヲ。アナタも禄に眠っていないデショウ?」
「……そうするわ。何か起こっても、足手纏いだけは勘弁だもの」
メグレ伯爵に睡眠を勧められ、多岐川は目元を押さえる。分かりにくいが、彼女の目元はファンデーションに覆われた隈があった。
眠れない理由について、聞かずにおこう。
金田一の部屋へ行き、最初に行なったのはテーブルの移動。彼はそれを足場にして、鉄格子の窓を覗き込む。
「謎は――すべて解けた」
想定通りらしく、凛々しい顔に笑みが浮かんでいた。
その後、語られた金田一の推理。
この身では思い付かない発想ばかり。自分から言い出した手前もあり、一字一句、全力で脳髄へ叩き込んだ。
言い終えた後、金田一は糸が切れたように眠りへ落ちる。あどけない寝顔の持ち主が、あれ程の推理を成し得る程に事件慣れしている。マリアは尊敬よりも、気の毒さが勝った。
「マリア。金田一クンに同情、無用。彼の推理、大切な人を守る為の盾……邪魔をせず、手助けし、疲れたら、こうやって休ませてあげる。これで良いデス……」
「メグレ伯爵……、金田一サンとの付き合いが長いんですのね」
「いえ、前に一度会った切りデス♪ それだけで、金田一クンの凄さ……分かりマシタ」
「一度だけ……」
一緒にいたメグレ伯爵の趣旨は、表情からも伝わった。
才能溢れる者を認めつつ、まだ少年たる精神の未熟さに気を遣う。要するに子供を見守る大人だった。
正午、食堂は開かれた。
メグレ伯爵のエスコートで扉を通り、椅子に腰かける。日常生活の動作に過ぎないが、胃の痙攣が止まらぬ。髪の毛一本まで緊張している自覚はあった。
「マリアさん」
「金田一サン……」
金田一は真剣な表情で拳をグッと握り、力強く頷く。彼なりの声援が伝わり、マリアは周囲に聞こえぬ様に深呼吸した。
自分達の後に入った残間が他の人――坂東の椅子に触れ、位置を整える。その逞しい手に、朝からずっと絡ませていたタコ糸はなくなっていた。
「雨、止みマセンネ。Mr.明智、無事に町へ着いたんデショウカ?」
「戻って来てねえし、大丈夫だろ」
「……っ、……リチャードの言う通り。ムッシュ明智が1人いないだけで、華がない。ワタシが頑張らねば!」
リチャードと真木目の会話を聞き、メグレ伯爵は大袈裟な程に己の眩しさをアピール。何故だろうか、警戒心が強くなったように見えた。
明智を欠いた食事は恙無く進み、デザートも終わった。
「南山……昆布茶をくれ」
「『レッドラム』様、そちらは生憎……」
マリアはコーヒーを飲み終え、深呼吸。緊張しても音を立てず、カップをテーブルへ置いた。
それを自らの合図とし、勢いよく立ち上がった。
「皆サン、お聞きください。『4億円事件』の謎、すべて解けましたわ」
決して声を荒げず、腹出す声に凛々しさを忘れない。優雅たらんと、マリアは余裕の微笑を口元に浮かべた。
「真相が、解けた!? 本当かよ、それ!」
――!?
真木目の素っ頓狂な声を皮切りに驚愕と奇異、静観の視線がマリアへ向けられる。いつも真っ先に狼狽える坂東さえ、汗だくに目を見開くだけだ。
金田一とメグレ伯爵は勿論、固唾を飲んで見守る目。心強いが犯人達に仲間だと思われぬ様、敢えて視線を逸らした。
「では、レモンティーを頼む。砂糖を大目にな」
「南山さん、私も同じ物を……砂糖無しで」
「畏まりました」
「飲み物を注文している場合か!? 『レッドラム』、アンタ……次の討論会は明日の朝と言ってただろ。こんな不意打ちみたいな真似、許していいのか!?」
重苦しい空気の中、『レッドラム』と残間は南山へ飲み物を注文。坂東は喚き声を上げ、マリアを乱暴に指差した。彼女は金田一へ顔を向け、サングラスの縁を押さえた。
「坂東、少し違うぞ。正しくは明日の朝食
悠然とした構えで座り直し、『レッドラム』はテーブルにいる全員を見渡す。その仕草に、金田一への贔屓な態度はない。
胸を張り、マリアは緊張に歯茎が震えるのを自覚した。だからこそ、大きく口を開いた。
「『4億円事件』の犯人は坂東 九三郎、リチャード・アンダーソン、当麻 恵。アナタ達です!」
「……あら」
「何を根拠に……」
「まあまあ、お2人とも。『レッドラム』の言葉を忘れマシタカ? これはゲーム、犯人にされるのも余興ネ」
当麻は冷静に一服、坂東は動揺を隠さず。
リチャードは愛嬌のある笑顔。隣の席にいるマリアは、彼のピリピリした空気が肌に感じた。
それどころか、リチャードの逞しい右腕がテーブルへ突けた瞬間、微かな無機質音を聞く。腕時計ではなく、もっと
――マリアも、受けて立つ。
「昨夜の討論会、坂東サンは言いました。『あいつ……犯人はバブル経済が……』と顔見知り、共犯者でなければ、そんな言葉は出てきません。更に法学部の大学生に過剰な反応を見せ、残間さんを犯人に指名しました。同一人物だったら、どうしよう……そんな不安が働いた証拠です」
「……!」
「リチャードはロイヤルウェディングを観に行く時、スケジュール調整が大変だと言いました。当日は
「……」
「当麻さんは『4億円事件』の元担当刑事までしっかりと記憶し、同姓の明智さんを犯人に指名しました。その推理力があれば、坂東さんの昨日の発言に違和感を持ったはずです。彼を犯人にしなかったのは不自然極まりませんわ。更に、アナタは大学時代に中世ヨーロッパを専攻にしていた。そんな方が探偵職に就いたのは、警察の動きを調べる為です。緘口令を布いても、噂は防げない。堂々と情報を得られます」
「……」
ひと言、語る度に心臓が跳ねる。金田一はもっと納得する説明だったが、その通りに口が動かない。大勢の前で喋り慣れていたと思っていたが、場面が違い過ぎた。
「……残間さん、王室の結婚式って祝日扱いなんスか?」
「うん? そうだよ、日本だと馴染みないがね。海外の政府は基本、王室の公務に合わせるんだ」
コッソリと真木目が残間へ質問するが、マリアは和まない。
「そして、アナタ達3人に計画をもちかけ……主犯となった人物。それは残間 青完、アナタですっ」
「……!? 残間さんが……?」
マリアが残間を指差せば、多岐川は絶句の演技を試みる。とても自然だ。
「? 多岐川さん、私がどうしましたか?」
「……ふう、話を聞いてない人ね。
「……随分、話が飛んだな?」
キョトンとした残間へ当麻が呆れた口調で説明し、発案者の『レッドラム』まで不思議そうにレモンティーを飲んでいた。
「そ、それは昨日、私が……」
「はい、坂東さんの推理は的中です。学生だった主犯は逃亡生活の中、整形で顔を変えて『残間 青完』を名乗っていたんですわ。共犯者へ復讐する機会を狙ってっ」
「……ふ、復讐だって! 残間さんが、坂東さん達に……」
坂東はぎこちない動きで残間を見やり、怯える。マリアが毅然とした態度で補足すれば、真木目はギョッとして立ち上がる。その拍子にテーブルが大きく揺れ、豪雨が窓を激しく打ち付けた。
床にも振動を感じたが、マリアは無視した。
「この場所は事件当事、工事中。残間さんはアナタ達に合流し、口論となったんでしょう。リチャードに殺されたんです。アナタ達が関与した証拠品と一緒に、ここへ葬られた! だから、残間さんは主催者『Mr.レッドラム』として、イベントを打ち出したんです。バルト城そのものを賞品とした破格のミステリーナイト! ご自分を裏切った共犯者は必ず、参加しなければならないっ」
『レッドラム』の嘘、金田一の推理とは若干食い違う。だが、
リチャードの笑顔に隠れた殺意が、中らずと雖も遠からず。そう語っていた。
「……馬鹿な……アンタ、狭山……なのか?」
「
坂東は顔面蒼白になり、呻いた。
残間の穏やかな返しは世間話にしか、聞こえない。坂東を怯えさせ、仰け反らせるのに十分な効果があった。リチャードの右腕から、チャッとセーフティガードを
――それよりも先、残間の
「へ?」
坂東が見えない力に椅子をひっくり返され、隣にいたリチャードへ倒れ込む。衝突は避けられない。
――ズドン!!
発砲音が鳴り、硝煙の匂いが鼻に付く。困惑は一瞬、皆の視線は発生源へ注がれた。
「――~~!!」
リチャードは声もなく悲鳴を上げ、額に痛みの汗を浮かべた。
彼の上等な革靴に穴が開き、肉の焼けた匂いが僅かにマリアの鼻腔を擽る。銃弾が貫通した証拠だ。
「リチャードさん!」
「金田一クン、駄目デス。マリアも下がってっ」
「アイツ……銃を持ち込んでやがった!」
「……」
血相を変えた金田一が駆け寄ろうとしたが、メグレ伯爵に止められる。真木目が青褪め、当麻は我関せずと忍び歩きでテーブルから離れた。
「あわわ……ち、違う。オレのせいじゃ……」
「坂東さん、そこを退いてくれ。南山さん、濡れたタオルと救急セットをお願いします」
「直ちに」
予期せぬ事態に坂東は恐れ戦く。とても冷静な残間に指示され、床を這いつくばりながら扉へ縋り付いた。
南山がさっとキッチンへ引っ込んだ時、残間はリチャードへ近寄る。
「リチャードさん、足を……」
「く、来るな!」
名を呼ばれ、リチャードは躊躇いもなく銃口を向ける。手負いの獣と化し、場は騒然とした。
危険なはずの残間は一先ず、両手を上げて丸腰のポーズ――を取った瞬間、坂東が座っていた椅子が1人でクルッと回転し、リチャードの右腕を上向きに弾く。
突然の衝撃に2度目の発砲音、弾が天井のシャンデリアへ直撃。だが、真鍮製である為に跳弾し、跳ね返った先は運命に導かれたように、当麻の肩をブチ抜いた。
「――!!」
当麻は我が身の激痛が襲うよりも先に、視界を覆った血によって状況を把握した。
「当麻さん!」
「っ」
金田一の他人の身を案じる声。ハッとした真木目は上着を脱ぎ、当麻の肩へ止血処置として、押し付けた。
「どう、なってるの……?」
「椅子が……勝手に動いた?」
多岐川とマリアの困惑を余所に、残間は丸腰のポーズを崩さない。首筋まで汗に濡れたリチャードを見下ろした。
「
「お前は本当に……
澱んだ低い声はまるで、沼の底に沈んだ泥。足を取られれば、そのまま沈まされてしまう。底なし沼と同じ恐怖を感じ、マリアはゾッとする。
間近で耳にするリチャードの目に初めて、怯えが見えた。
「……リチャードが誰か殺っちまったなら、強盗致死罪……時効はまだ成立してないんじゃねえか? あれって、20年以上の時効があったろ」
「リチャードが逮捕されれば、共犯者も諸共……だったか? 多岐川……」
「……小説の展開なら、アリだわ。その辺は明智さんが戻ってからじゃないと……」
「!?」
閃いた真木目は同意を求めようと、皆を振り返る。『レッドラム』と多岐川が確認し合った時、当麻の顔から血の気が引いていた。
ゲームではなく実際に逮捕される脅威に、抵抗する気配が伝わってきた。
「当麻さん……手当しましょう、ね?」
「そうだぜ、弾が肩に食い込んでんだ。このままじゃあ、化膿しちまう」
「ハッ……全く、……たかがゲームに……」
金田一と真木目に優しく諭され、当麻は取り繕いもせずにゆっくりと肩の力を抜く。それは彼女なりの観念の仕方だった。
「救急箱です。……当麻様!? まさか、先程の銃声で……」
「南山、当麻を優先……」
「冗談じゃない!!」
救急箱を手に戻った南山へ『レッドラム』が命じた時、臆病な一喝が食堂に響き渡った。
荒い息の坂東が、燭台をナイフ代わりに向けてくる。眼鏡に隠れた瞳から大粒の涙が流れ、足はガクガクと痙攣していた。
「オレは時効だ! 殺しは、リチャードと当麻がやった!! オレは
唾と飛ばして訴える想いは、逃亡犯としての魂の咆哮。
「坂東さん。外は嵐同然、どこにも逃げられねえぜ」
「うるさい! オレの傍に寄るな、来たら燃やすぞ!!」
誰1人同情なんか、しない。心優しい金田一さえも咎人を見る目付きで、凄む。
「
彼の名を呼んだのは、いないはずの刑事。
――バアン!!
食堂の扉が開け放たれ、ずぶ濡れの明智と共に複数の警官が飛び込んで来た。
心強い存在の登場、一触即発の雰囲気に安心の風も舞い込む。金田一の安堵する息も聞こえた。
「な、な……なんで……跳ね橋は?」
「下がっていましたよ。私が応援を連れて、戻って来たのを見計らった様にね。それよりも……」
坂東の掠れた呻き声に明智は重い口調で答え、負傷者2人を一瞥する。その鋭い眼差しには、強い警戒があった。油断せぬ様、己を戒める切なさも――。
「リチャード・アンダーソン、当麻 恵を最寄りの病院へ搬送したまえ。逃亡の疑いもある。監視も怠るな」
「「「はっ!」」」
明智の声は雷鳴さえも貫き、警官達は迅速に動く。リチャードと当麻へ駆け寄り、傷を労わるように肩を貸す。坂東も燭台を取り上げられるが、最後の虚しい抵抗を繰り返した。
マリアからすれば、じれったい。
何故なら、リチャードの殺意は少しも
「そうか……分かったぞ! 『レッドラム』! お前、
「!?」
右腕に隠し持っていたピストルを没収され、リチャードは咄嗟に閃いた。
沸き起こった激情のまま、警官からピストルを奪い返して『レッドラム』へ銃口を向ける。刹那よりも速く、対応して切れない。
マリアでさえ、リチャードがピストルの引き金に指をかけ、やっと事態に気付いた。
「リチャード!」
「にいみ!」
「やめろお!」
「!?」
メグレ伯爵の制止、残間の呼びかけ、金田一の怒声が飛び交う中。『レッドラム』は多岐川を振り返り、庇うように手を広げた。
「ダメェ!!」
3度目の発砲音が鳴っても、血相を変えた多岐川の動きが早かった。
彼女は『レッドラム』を体当たりで、床へ押し倒す。その拍子に、左手の薬指にある指輪へ銃弾が掠めた。
――バリーン!!
その砕けた音は小さすぎて、マリアにも聞こえなかった。
2人が倒れ込む場所に残間がクッション代わりになり、床への衝突は防がれた。
「ふざけるな、保科!! 貴様も同罪だ!! 保科あ!!」
取り押さえられたリチャードはあらん限りの呪詛を込め、『レッドラム』を恫喝した。凶暴な態度に警官の数は増え、少々乱暴に連行されていった。
「明智警視、坂東の姿が見えま……!!」
――ガシャーン!!
警官の報告を防ぐ様に、シャンデリアがテーブルへ落下。2度目の発砲により、他の箇所も傷付いていたのだろう。ロウソクの炎がテーブルクロスを燃やす。
しかも、3度目の弾丸は壁の燭台へ命中し、ロウソクを1本カーペットへ落とした。
「明智警視、大変です! 坂東が蠟人形に火を付けて、赤井刑事と応戦しています! その影響で正面玄関に火の手が……」
「おいおい、マジかよ」
ここは蠟人形の並ぶ城、僅かな炎は一瞬で広がるだろう。真木目は最悪の事態を想定し、震え上がった。
「全員、退避!! 赤井君にも避難指示を!!」
明智の判断に逆らう者は、いなかった。
食堂の炎に構わず、マリア達は広間の窓から脱出を試みる。
負傷者の当麻を優先し、応急処置に当たった真木目も降り、補佐要員で南山と残間、『レッドラム』もふてぶてしい態度で警官の誘導を受ける。次は多岐川の番になった時、坂東の悲鳴が聞こえた。
「助けてくれ!! 熱い、助けてくれ~!」
「坂東さん!」
「金田一サン、待って。ワタシが行きます!」
背中に炎を纏った坂東が床や壁に擦り付け、消化せんともがいている。金田一が真っ先に駆け寄ろうとしたが、マリアは引き留めた。
「マリア、危険デス。坂東、もうどうしようもない」
今度は、メグレ伯爵が引き留める。他の者達も同意の眼差しだ。
金田一だけ、坂東の命を惜しむ表情だった。彼を助ける理由なんて、それだけで十分だ。
「いいえ、メグレ伯爵。この城……
麗しい名探偵の手を振り払い、マリアは逃げ惑う坂東を追った。
「マリアさん!!」
明智の声を合図に、天井の一部が焼け落ちた。
マリアと完全に隔たれ、彼らを愕然とさせた。この方が都合良い。バルト城も自分の考えに賛同し、残った力を発揮しているらしい。
「マリアさん! この城は、アナタの物よ! バルト城をドイツへ持って帰るんでしょう! だから、戻りなさい!」
「――!!」
燃え盛る炎の中、多岐川の必死な懇願はマリアの魂へ届いた。彼女にしてみれば、只の引き留める手段に過ぎなかった。
今のマリアが最も欲しかった言葉――所有権が指先にまで戻る感覚をどう、伝えようか。日本語だと、表現し切れない。
マリアは振り返った。
多岐川に、金田一に、メグレ伯爵に、明智に、片足を斜め後ろに引き、もう片方の膝を落とす。ありったけの感謝を込めて、頭を下げた。
「
炎が拡張期となり、マリアの声は城中に響き渡る。否、城に囚われていた者達が解放を喜び、口々に感謝を述べていた。
今こそ、城主の役目。彼らを故郷へ導かん。
――空を渡れ、バルド城よ。さあ帰ろう、我が祖国へ――
剣持「……金田一と茅警部が解決した悲報島ン時と同じ、仲間の裏切りがあったと言うワケか。ドラマ版だと、俺が明智警視の立ち位置だったな。まさか……時効を覆すとは、明智警視……お見事です。ん? 警視1人の力ではない? ……そう思いますよ。さて、次回は『指輪よ、さようなら-多岐川』!! ……すげえな、金田一。お前は本当の意味で『4億円事件』に、勝ったんだ」
リチャード・アンダーソン
犯罪心理学者の権威、『殺人』を犯してしまったイギリス人
こいつが逮捕されれば、共犯者も『時効が無効』になり、逮捕される
『Mr.レッドラム』にとって、アイアンメイデンしてでも確実に殺さなければならなかった
原作において、強奪事件は二十数年前。民事の時効が過ぎた時点で「わ~い、自由だ~」と余裕綽々に帰国したと思われる。従って、『強盗致死罪』の時効は成立していない可能性がある
明智警視が元担当刑事の息子だと、途中で気付いた人物。漢字と平仮名を駆使した文章が書ける
どうやって、落そうか悩んだんですが、アニメ版で普通に銃持ってた(なんでだよ)
作中にて、銃の不法所持及び、発砲による傷害の現行犯逮捕。後に発見された証拠品により、『4億円事件』の実行犯として再逮捕される
当麻 恵
私立探偵、最初の犠牲者。はじめちゃんの活躍も知っている。大学時代、中世ヨーロッパを専攻
作中にて、銃撃を受け緊急搬送。リチャードの供述と証拠品により、逮捕
にいみが鹿島洋子を探す際、依頼した探偵(間に仲介人を挟んだ為、お互いに面識は無い)
坂東 九三郎
推理評論家、3番目の犠牲者(ドラマ版では事故死?)
作中にて、火災から生存。放火の現行犯逮捕、後に『4億円事件』の実行犯として再逮捕される
狭山 恭次
回想キャラ、法学部4年。『4億円事件』の主犯
原作で日付も完全に描写している為、あえて言いますが、68年の大学生にしては異端児
学生運動全盛期、その熱に中てられず、「芸術を立証したい」という個人的な犯行動機。こんな犯人像を思い浮かべる原作者先生の発想が、エグイ(褒め言葉)
原作では「民事の20年を待て、じゃねえと自首するからな」と仲間の怒りを買う(当麻達は窃盗罪の7年を待つ予定だった)
ドラマ版でも「銀行に金を返す」と口論になり、殺害される(なんで納得してもらえると思った?)
作中にて、にいみが10代の頃の友人。「偶になら良いけど毎回、完全犯罪の話はシンドイ」と内心、辟易させていたが、狭山は気付かなかった