金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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物理的に炎上したバルト城から、無事に脱出したすぐ後の話です
誤字報告により修正しました。ありがとうございます


Q33 指輪よ、さようなら-多岐川

 バルト城が燃えていく。

 多岐川(たきがわ) かほるは城の外へ連れ出され、燃え盛る炎をただ茫然と眺めた。

 

Vielen(フィーレン) lieben(リーベン) Dank(ダンケ)

 

 マリア・フリードリヒの感謝が木霊していたが、豪雨さえも飲み込まんばかりの炎。その勢いが強すぎて、警官さえも近寄れない。

 せめて、無事を願う。

 

「皆さん、避難を! 金田さんと多岐川さん、あちらの茅警部のお車へ」

「茅と申します。どうぞ、病院へお連れします」

(……箱?)

 

 明智(あけち) 健吾(けんご)警視に呼ばれ、(かや) 杏子(きょうこ)警部は炎を物ともせずに麗しくご挨拶。その腕に抱く木箱が、異様な存在感を放っていた。

 

「他の方は、我々のパトカーにっ」

「そんな……私も、にいみと乗る」

「言ってる場合かよ、オッサンはこっち!」

「ムッシュ残間、ワタシと乗ってクダサイ」

 

 警官の誘導に残間(ざんま) 青完(あおまさ)は、時と場合を考えずに露骨な不満。真木目(まきめ) (じん)とセバスティアン・ルージュ・ド・メグレ伯爵が宥めてくれた。

 

「明智さんは?」

「私は消防車を待ちます。坂東が残っている限り、ここを離れません。赤井君、先導を!」

「金田一様、お早くっ。雨が降っているとは言え、これ以上は危険です」

 

 金田一(きんだいち) (はじめ)に心配されても、明智警視の決意は揺るがない。あの炎の中を逃げ遅れた坂東(ばんどう) 九三郎(くさぶろう)を諦めていなかった。

 南山(みなみやま) 駿三(しゅんぞう)に引っ張られ、金田一もパトカーへ乗り込んだ。

 次々と避難していく中、かほるは迷う。

 バルト城が燃え尽きるまで、見届けるべきなのだろうか――自問自答を繰り返す。

 

「アタシは歩くぞ。警察の車なぞ、乗ってられん」

「にいみ! ごめんなさい、茅警部。ほら、私も乗るから……早くしなさいっ」

 

 金田(かねだ) にいみが気怠そうに歩きだした為、かほるは我に返る。慌てて彼女を捕まえ、茅警部のメルセデスへ押し込んだ。

 助手席の先客がクルリッと、後部座席を振り返った。

 

「ニイミ、ボクもいるから。そう嫌がらないで」

「……エドっ、日本に来られたのか」

「来られた……じゃないですよ、もうっ。クリスに唆されて、ボクを置いてっちゃうんだから」

「クリスの提案は理に適っていたぞ」

 

 エドワード・コロンボは親しき友のように、にいみへ笑いかけた。

 その瞬間、かほるは腑に落ちた。

 にいみがミステリーナイト参加どころか、あれ程までに大胆な行動を成し得た理由。エドワード(11人目の参加者)の協力があった為だ。

 

「何故、エドが警察と一緒にいる? クリスはどうした?」

「長野駅で、クリスと合流したところを……こちらの茅警部に見付かっちゃってさ。アイツ、こんな美人に尾行されたってのに全然、気付いてなかったんですよ」

「ウフフフ、クリス君がちっともアメリカに帰らないから、不思議に思ったの。彼は警察署でお留守番よ」

 

 にいみの問いにエドワードと茅警部が答え、メルセデスは走り出す。エンジン音を上回る爆裂音に振り返り、炎が離れていく。

 感慨深げに息を吐き、かほるは口を動かす。どうしても、今知りたい。

 

「にいみ、今まで何があったか……聞かないわ。でも、帰って来たなら……なんでご家族にも会わず、長野へ来たりしたの?」

「話せば長いが……」

 

 かほるに追究され、にいみは深いため息と共にサングラスと帽子を取る。これまでの経緯を語り出した。

 エドワードが『Mr.レッドラム』から招待状を送られ、にいみとクリス・アインシュタインに自慢しに現れた。

 これが、事の発端だった。

 クリスは主催者の英語表記に疑問、『REDRUM』のスペルを反転すれば『MURDER(殺人)』になると即座に気付く。

 そして、にいみは会場を怪しんだ。

 かつて、とある大学生から語られた古城を舞台にした〝推理合戦〟。それに酷似していた。その彼は最後に会った後、音信不通(・・・・)となった。

 テーマパーク計画も頓挫してしまい、長い間、放置された土地。

 今頃になり、イベントを行う意味。しかも、城は賞品。それどころか、移築費用付きと破格過ぎる大掛かりな企画。

 にいみは嫌な予感に囚われ、エドワードの叔父へ相談した。

 彼の叔父はすぐに綿密な殺人計画を察知し、参加者の中に標的がいると持論を述べた。

 そこで考え出されたのが、イベントの乗っ取り

 

「本当はボクが、司会進行役をするはずだったんです」

 

 エドワードの叔父の直筆による司会進行役の依頼状。偽りの討論会、参加者の動きもある程度は予測した。

 『4億円事件』を選んだのは友人の失踪時期が最も近く、如何にもそれらしい事件。

 エドワードの叔父が日本人のロス市警(黄地 公也)へ個人的興味と偽り、資料を用意してもらったそうだ。

 

「ちょっと待って……え~と、エドワードさんの叔父さんとやらは、どこまで予測したの?」

 

 情報が氾濫し、かほるは言葉通りに頭痛が襲う。肩も凝り、神経へ不愉快さが募った。

 

「2日目の昼には、主催者の標的が勝手にボロを出す(・・・・・・・・・・・)。必ず、避難経路を確保しておけ。だったな」

「流石に、放火は予定になかったですね」

「……!? ほとんど、全部じゃない……」

 

 にいみとエドワードはお互いに顔を見合わせ、ニッコリ。

 笑っている場合ではなく、かほるは驚嘆のあまりに絶句した。

 明智警視が戻った拍子に跳ね橋が下りた仕掛けは、にいみが装置にタイマーセットしていただけ。何とも単純だ。

 

「残間さんは代理参加よ、あの『嘘』はどう説明するの?」

「誰でも良かったのだ。残間はメンバーの中で、最年長。どうにでも、かわせるさ」

 

 勝手に利用された残間が少し、気の毒に思えた。

 

「エドワード君の叔父様、何者なの?」

「ああ! 茅さんに、言ってなかったですね。すみません、周りは皆知ってるもんで」

「エドの叔父貴は刑事だ。ロスでは割と有名な奴でな。中々、面白い男だよ」

「……っ」

 

 運転手の茅警部は端正な口元を細め、感嘆の息を吐く。

 エドワードの自慢げな表情より、にいみが純粋に刑事を褒める姿に驚いた。彼女は警察が嫌い、その理由も知っている。彼女の事は何でも、知っているつもりだった。

 ――あの日(・・・)、駅のホームで出会ってからずっと。

 

「……ロスの名刑事に相談しておいて、私には出来なかったの?」

「……出来んよ(・・・・)。かほるは、目標を持っていただろ。具体的には知らんが……人生を賭けているだろうと、思っていた。それを邪魔したくなかった

 

 知らずに出た質問に、嫉妬が混ざる。

 笑みを消し、にいみは窓の外を見やった。鏡のように反射した彼女の表情は凍り付き、後悔に唇を噛んでいた。

 

ああ……

 

 かほるの胸に、にいみの辛い心情が伝わってくる。堪らずに手で顔を覆い、前のめりに伏せた。

 確かに人生の目標――果たすべき義務があった。それを糧に生きてきた。

 それが原因で(・・・・・・)相談してもらえなかったなど、夢にも思わない。

 にいみが離婚する前、失踪する前、帰国する前――本当は、かほるを頼りたかったのではないか?

 彼女の口を噤ませたのは、他ならぬ自分自身。

 見えていなかった――見ようとしなかった現実に、震えが止まらなかった。左手の薬指、石を無くした指輪が虚しさを象徴しているようで、涙が溢れた。

 

「すまん、かほる。小林の事だけでも、頼れば良かったな」

「馬鹿ね……本当」

 

 にいみは啼き、かほるは泣いた。

 茅警部とエドワードは気を遣っての沈黙、メルセデスは目的地まで静かに走行。外の豪雨も街に近付くにつれて、段々と治まり始めた。

 木箱のカサカサとした小さな音だけが、愚かな女を慰めるような優しさを感じさせた。

 

 かほる達は病院へ到着し、診察を受ける。見た目こそ無傷だったが案の定、擦り傷や火傷がいくつも見付かった。

 因みに、リチャード・アンダーソンと当麻(とうま) (めぐみ)は別の病院へ搬送された。

 治療が済み次第、順番に事情聴取と休む間もない。

 かほるは茅警部と2人きりになり、ある真相を告げた。参加者の誰も気付いていないであろうイベントの内部事情だ。

 

「分かりました。お部屋で、皆さんとお待ちください」

 

 聞き終えた茅警部は微笑を浮かべ、静かに待機を命じる。ゲンナリしたが、仕方ない。事件の規模を考えれば、これからが正念場だ。

 

「にいみ、お義母さんに連絡……」

「残間……その話、今は勘弁してくれ」

 

 控室代わりの部屋へ行けば、元夫婦の姿に入りにくい。

 決してイチャついていないが、冷め切ってもいない。と言うか、元夫側からの片想い状態。

 

「多岐川さん、入らないんスか? ああどうも、おしどり夫婦さん。残間さん、椅子を動かしたのって、何のトリックです?」

「マジックだよ、久々にやったが上手く出来た」

 

 飄々とした真木目が堂々と部屋へ入り、残間と話す姿が勇者に見えた。

 

「皆様、お預かりした携帯電話です」

「あの騒動の中、持ち出したんデスカ!?」

 

 南山とメグレ伯爵も戻り、室内は騒々しくなる。にいみは全く意に介さず、深刻にTV画面の速報ニュースを眺める。かほるにとって、商売敵のミステリー作家・山之内(やまのうち) 恒聖(こうせい)の訃報だったと後で聞いた。

 

「多岐川さん、少し話せますか?」

「あら、金田一さん。ええ、勿論」

 

 躊躇いのない金田一の誘いを断る理由は、ない。

 彼が解決の探偵役を担っているのならば、尚更だ。

 

 屋上に人気はなく、カラスが1羽のみ。曇り空は薄く夕焼けの赤に染まる。

 バルド城は遠く、その方角を眺めても煙さえ見えないのは当然だ。

 

「多岐川さん、アナタが主催者の『Mr.レッドラム』だったんですね」

 

 それは確認ではなく、確信だった。

 

「司会進行役の存在にアナタが一番、驚いていた。真木目さんが主催者は元刑事だと言い出した時、あまり気乗りじゃなかった。金田さんが参加者に蠟人形と同じ衣装を着る理由について、知らないって言った時……本当に呆れていた。今朝、明智さんが城を出た後に、すぐにキッチンの話を持ち出したでしょう。南山さんは小まめに施錠していて、俺達参加者は勝手に出入り出来ない。それなのに、アナタは『箱が置いてある』と知っていた」

 

 ひとつひとつは観察眼があると褒めたくなる程度、推理には及ばない。

 

「最後に……マリアさんへ『アナタの物だ』と城の譲渡を約束してくれた。あんな時に、そう言えるのは……持ち主の人だけです」

「……及第点ね」

 

 金田一の柔らかい微笑みには、マリアの意思を尊重した謝意が込められていた。

 茅警部には先程の事情聴取で話しており、隠す必要もない。

 

「一応、言っておきますけど、未解決事件に挑戦!! って言うのは、私の企画じゃないわ。本当は蠟人形を使ったゲームを予定していたのよ」

「そこの違和感がどうしても、拭えなかった。だから、俺も気付くのが遅れたんです。でも、金田さんから『嘘』を混ぜてくれと頼まれた時、やっと納得できました。あの人は、南山さんにも『嘘』を吐いているんじゃないかってね」

 

 かほるの言い訳を聞いたかと思えば、金田一は一度、目を伏せた。更なる覚悟を乗せた仕草だ。

 来た(・・)と直感。

 

「リチャードが呼んだ『保科』は、アナタだ」

 

 風が吹き荒れ、髪が頬に張り付く。

 少年の推理に同調し、かほるの『嘘』を暴きそうな強さだ。

 

「……にいみが、私を庇ったから?」

「それは決め手です。以前、人から教えてもらいました。お2人が知り合ったキッカケはそもそも……金田さんが、アナタの後ろ姿を誰かと見間違えた(・・・・・)から。そうですよね」

 

 その話を知られていたとは予想外。だが、驚かない。

 

 〝保科……じゃない?〟

 

 にいみの動揺した瞬間は今も尚、思い返せる。かほるも当時は死ぬ程、驚いた。

 ――あの3人の差し金?

 確かめなければならない。場合によっては……、そんな覚悟を持った付き合いに過ぎなかった。

 

「私を疑ったのは、いつ?」

「2回目の討論会で、真木目さんを相手に選んだ時です。年齢的にも、絶対に犯人じゃない。金田さんが残間さんを主犯にしろと言った時、アナタは怒っていた。俺に頼み事を断らせようとしたのも、本物を侮辱されたと感じたからだ」

 

 そう、『4億円事件』は主犯の狭山(さやま) 恭次(きょうじ)が考え抜いた『芸術(・・)』。それだけは、譲れない。

 

「主犯を知能犯と呼んで、芸術犯罪なんて褒め称えるような言い方……共犯者以上の関係……恋人だったんじゃないですか? 2人揃って、リチャード達に殺されかけ、アナタだけが生き延びた」

 

 金田一の推理に記憶が触発され、かほるの首へロープが巻かれた瞬間(・・・・・・・・・・・・)へ立ち返らせた。

 

 ――あの裏切りさえなかったら!!

 

 恭次から贈られた婚約指輪を眺める度、かほるは復讐のエネルギーを注ぎ続けた。

 恨みつらみは途切れず、機の熟したミステリーナイト。

 26年の歳月を経たバルト城にて、油断し切った裏切り者を断罪しよう。

 今回は敢え無く、失敗した。

 恭次の完全犯罪も暴かれてしまい――許せない。奴らは警察に捕まろうとも、必ず無罪を主張する。そこを突くのだ。

 相応しい『犯罪計画』はまだ、ある。次こそは――。

 

「多岐川さん、俺……多分、かなり卑怯な事を言います」

「……?」

 

 金田一の沈んだ声は懺悔に満ち、かほるは疑問と言う名の油断をした。

 

金田の為に(・・・・・)……止めようと、思いませんでしたか?」

「……!?」

 

 この場に居ない三眼目の少年。

 病院で産声を上げた瞬間にも、立ち合った。瞬きする度に成長していく姿を見届け、最早、我が子同然。

 

〝……小林さんに、誘われていたのです。……なんで、行かせちゃったんだろ……〟

 

 三眼目に荒れ狂う吹雪を宿し、少年は涙も見せずにそう言った。

 彼の為にも、復讐を完遂したかった。

 その後、にいみを本格的に探そうと思っていた。彼女を独りで悩ませ、少年を置き去りにさせた原因が自分にもあったなど、露とも知らず。

 ――彼女達を犠牲にして、残ったのは石の砕けた指輪ひとつ。

 後悔とは違う感情に襲われ、目眩が起こった。

 

と言うのが、俺の推理ショーです♪

 

 途端、明るい声が耳を打つ。

 屋上の荒んだ風も、かほるの目眩も吹き飛ぶような晴々とした笑顔が目に飛び込んで来た。

 

「どうです、多岐川さん? これをマリアさんより先に言えてたら、優勝は俺になってたんじゃありません?」

「はあ……」

 

 金田一は年相応で陽気な高校生となり、頭の後ろで手を組んだ。

 完全にお調子者のそれである。

 

「多岐川さん、皆のとこに戻りましょ。これから話し合わないとっ」

「……残りの事情聴取なら、まだ……」

「何言ってんスか、金田のお母さんを家に帰すんですよ。あの人、金田に似て、逃げ足速いんでしょ? 早いとこ対策しとかないと! もう、逃げちまってるかも……」

「!? ……金田一さん、アナタ……」

 

 見逃すつもりだ。

 『保科』がここにいる。

 それを警察へ明かすだけで、得られる功績は計り知れない。名探偵の孫ではなく、探偵そのものと称されるのは間違いない。

 栄誉よりも、友達の母親を家に帰す。その為だけに――彼はそれらを捨てると、決めてしまった。

 否、名探偵の祖父の名にかけて、最初から(・・・・)決めていたのだ。

 驚嘆。

 如何なる語彙力を以てしても、これ以上の言葉で表せない。

 かほるはいくもの推理物を手掛け、様々な人間を登場させた。しかし、金田一のような優しい少年探偵を書いた事はない。

 そもそも、思い付かなった。

 事件に関わる人間はどの立場であろうと、自らの利に動く者達ばかり。人間情緒に現実味(リアリティー)があると評価されてきたが、要は人の醜さしか表現できない人間不信なだけだった。

 

「金田一さん……」

「ん? なんですか、早く降りましょうよ」

 

 階段に急ぐ金田一はキチンと振り返り、人懐っこい笑みを向けた。かほるが一緒に来ると信じ切った眼差し、もう断れない。

 

「……あの馬鹿夫婦は、私に任せて頂戴。こう見えて、2人の仲裁は慣れたモノよ」

「……はい、お願いしま……わっ! おっとっと……」

 

 ひと言、喋る度に目尻へ涙が浮かぶ。拭おうと左手を動かせば、薬指から指輪が滑り落ちた。

 目敏い金田一は慌てて、拾おうと手を差し出してくれた。

 

「カア!」

 

 スッと、カラスが間をすり抜ける。金田一の手に落ちるはずだった指輪が消えていた。

 本当に瞬きする間の出来事、ギョッとした。

 

「あ~!! あのカラス!!

「……っ」

 

 金田一は叫ぶが、かほるは自然と離れていく指輪を見送っていた。

 カラスの美しい黒さは、恭次を思わせる。彼への愛は今も、胸に宿る。しばらくはまだ想い続けるだろう。

 けれども、優先すべきは空ではなく、階段の下にある。古びた指輪がカラスの巣の材料になるなら、それもまた一興だ。

 

「行きましょう、金田一さん。ぼやぼやしてると、にいみが逃げちゃうわ」

「それ、俺の台詞ですって~!」

 

 かほるは涙を拭い、馬鹿夫婦(未来)へと駆け出す。

 まるで物語の主人公にでもなったように、足取りは軽かった。

 

 

 バルド城の消火活動は、翌日の夜明けまで続けられた。

 建物は瓦礫と化し、逃げ遅れた坂東は食堂だった場所から、救出された。息絶え絶えの状態でありながら、マリアに導かれたらしい。

 肝心の彼女について、参加者の間で証言が食い違った。

 

「ドイツ人の女の子? いいや、そんな娘はいなかったぞ。外国人はメグレ伯爵とリチャードの2人、子供は金田一だけだ。あれか、来なった11人目というヤツか?」

 

 にいみは本気だった。参加者リストや設置された蠟人形も見たはずだが、マリアの部分だけ認識していなかった。

 

「明智さんの車に乗せた? いいえ。確かに城に向かう途中で、急ブレーキをかけられましたが……金田一さんを助手席へ移す為でした。そう言えば……その時から、急に車内が寒くなった(・・・・・・・・・・)と記憶しています」

 

 残間は深刻な程、真面目に答えた。マリアと会っておらず、姿も見ていないと断言。更に突入した刑事や警官も、同様(・・)であった。

 ここで、かほるの身にも奇妙な事が起こる。

 マリアへ招待状を送った住所が、思い出せなくなっていた。

 

「ドイツの監察医だったと、『Mr.レッドラム』からお預かりした書類に書いておりました」

 

 流石、南山。茅警部がすぐにドイツ警察へ問い合わせたが、該当者なし。

 

「幽霊が出たの? 行かなくて良かった~ボク、苦手なんですよ~」

「いやいや、幽霊なんて非科学的モン。いねえって!」

 

 エドワードと金田一は初対面なのに、すぐに打ち解けていた。

 

「残間サンご夫婦……マリアに全然、声をかけてませんデシタネ

「……あ! 今思えば、夫婦揃って……肖像画も視えてなかったんじゃあ?

 

 メグレ伯爵は頷きながら、真木目もハッとする。

 バルド城の元城主・エリザベート・フリードリヒの肖像画、かなりの大きさであったにも関わらず、焼け跡から額縁さえも発見されなかった。

 代わりと言っては何だが、肖像画の真下から白骨化した男性の遺体と――『4億円事件』の全貌が記された『犯罪計画書』が掘り返された。

 ビニール袋に密封され、リチャード、当麻、坂東の名は問題なく読めたそうだ。

 

 劇的な親子の対面は軽井沢で(・・・・)行われ、ひと騒動あったが完全に別の話。

 

 週末には――未解決事件の犯人逮捕が、世間を賑わせた。

 

 名前を伏せ、明智警視の活躍を週刊誌へ独占掲載させた。元担当刑事の息子が時効を覆し、親子2代に渡る執念の逮捕。情緒溢れる一面の見出しが、一大センセーショナルを巻き起こす。

 やはり、宇治木(うじき) 政宗(まさむね)記者は良い仕事をすると改めて、感心した。

 参加者達も事件解決の功労者となり、警察から賞を賜った。

 受け入れたのは、メグレ伯爵と真木目のみ。

 エドワード達はあくまでも間接的であるとし、南山も仕事を全うしただけと主張。

 にいみは賞であろうと、警察に必要以上、関わりたくないと突っ撥ねた。元妻に合わせ、残間も丁寧に断った。

 かほるも主催者の後始末を理由に、辞退。

 金田一は言わずもがな、公表された報道にも彼の名は無い。

 

 バルド城付近の森林火災、報道陣への正式発表、参加者への誠実な対応、瓦礫の後片付けを業者依頼、更地を売却etc……。

 放火の元凶にも、賠償金請求。支払いは期待していない。

 どういうワケか、気分直しに買った宝くじが高額当選したり、手持ちの株が爆上がりし、城の購入費以上の資産が舞い戻ったのはおそらく、マリアからの報恩だろう。

 彼女を忘れぬ為にも、かほるは万年筆を手に取る。復讐以外の感情が指を動かし、殆ど衝動的に原稿用紙へ文字を綴った。

 

 次の作品名は『蠟人形城殺人事件』、主人公は勿論――。

 

○●……――明智 健吾警視は坂東 九三郎の身柄を東京へ無事、移送完了。

 彼は重度の火傷を負い、回復する頃には霜月を迎えてしまった。

 警察本部へ引き渡した後、明智は敬礼の列を以て見送られた。

 並び立つのは父・明智(あけち) 省吾(しょうご)を知る方々。彼は最後まで諦めず、孤独な捜査を続けた。件の3人とテーマパーク建設現場に目を付け、証拠を掴む一歩手前での時効成立は正しく、無念だった。

 声に出さずとも、親子への労いの言葉は刻まれたシワ一本一本から溢れ出す。感無量と涙を流す者もいた。

 明智は誰とも目を合わさず、威風堂々と歩を進めた。それこそが、彼らへの礼儀と知っている。

 

 書類仕事を終え、向かった先は斉藤(さいとう) 吉継(よしつぐ)の自宅。

 元・刑事部長であり、父の同期だった方。

 

「明智君、見事だった」

「はい、斉藤さん」

 

 玄関にて出迎えてくれた斉藤氏は挨拶を抜きにし、敬礼。明智も素直に誇らしく思い、倣った。

 斉藤夫人に客間へ案内され、お茶を出された。

 玉露の味が舌に乗った瞬間、一気に疲労感が我が身を襲う。

 

「お母さんは、何と言ってるのかな?」

「父の墓前が騒がしいと……」

 

 明智は今日まで一瞬の猶予もなく、動き続けた。多事多忙な息子に代わり、実家住まいの母が明智家の墓参りに行き、事件を報告してくれた。

 先祖代々の墓が供え物で溢れ返り、住職が困り果てていたそうだ。

 想像しただけで可笑しくなり、フッと息が零れる。

 

「その顔は……まだ、納得出来ん問題がありそうだな」

「ええ、いくつか……」

 

 流石、斉藤氏。

 本当なら、一件落着と行きたかったが、そうは行かないのが取調だ。

 リチャード・アンダーソンは金田(かねだ) にいみが5人目の共犯者(・・・・・・・)『保科』であり、当麻 恵が殺害したと意味不明な供述を繰り返し、調書が一向に進まぬ。

 

〝俺達は『犯罪研究会』のメンバーだったんだ! 大学に問い合わせてみろ!〟

 

 26年前の学籍記録など、大学側は既に破棄済み。

 『保科』どころか、リチャード達が在籍した記録さえ、もう失われたのだ。

 クラブについても、坂東が己の痕跡を消す為、念入りな証拠隠滅を計ったと自慢げに供述。

 男性の遺体ひとつしか(・・・・・)発見されず、当麻自身が犯行を否認。『犯罪計画書』にも名前がない為、存在の立証は難しい。

 疑われた本人の身元は上層部の判断で洗い直したが、彼の天才画伯の妹その人に間違いない。

 

〝リチャードは『ホシナ』と叫んでいたのか、犯人(ホシ)か』と思っていたな……何の事か、サッパリだ

 

 彼女自身もそうやって、不思議がる。その物言いも、本心に聞こえた。

 

「そう気負うな、明智君。時間はある。しっかりと調べるんだ。仲間を頼ってな……」

「はい……」

 

 主犯の狭山 恭次でさえ、死骨ヶ原湿原ホテルの宿泊名簿に名が(金田にいみの関係者で)なければ、捜査対象に上がらなかった。

 しかも、あの3人と同じ大学と知り、ゾッとした。

 剣持(けんもち) (いさむ)警部が大学へ問い合わせ、狭山の親族を探し出し、失踪届による死亡宣告まで突き止めたのはミステリーナイト初日(・・)

 同じ頃、外国人の少年2人を偶然、非番の茅 杏子警部が長野駅で発見。バルド城ミステリーナイトの存在を知り、明智へ報告しようとしてくれた。

 携帯電話は不通であった為、茅警部は剣持警部へ報連相。彼女は事態を重く捉え、翌日には狭山の死亡認定を急ぎ伝えんと車を走らせた。

 これらの情報から、明智は強盗致死事件(・・・・・・)と断定――リチャードを再び追える(・・・・・)

 更に、重大事件の重要参考人(金田にいみ)を安全に保護する名目(・・・・・・)で、長野県警への応援要請が即座に可能。

 誰かが欠けても、この結末に辿り着かなかった。

 ――失礼ながら、心が躍った。併せて、皆に深く感謝した。

 

「明智君、話は変わるが……例の噂は本当かね? ほら、ロスの名刑事。守秘義務は承知しているが……それだけは教えてもらえんかな?」

「あなたったら……クスクス」

 

 途端、斉藤氏の厳格な顔付きがミーハー根性丸出しの中年男性へ変わる。その豹変ぶりに、斉藤夫人も口元を押さえて笑い出した。

 

「それは、私の秘密(トップシークレット)です」

 

 エドワード・コロンボの叔父、ロス研修中も名だけは知っていた。口を利いたのは、今回が初めて。

 

〝ウチのかみさんがね、彼女と話し込んじゃって。そしたら、何の事はない。只の迷子だって言うんでね。家に帰りづらいなら、こっちが理由を用意してやろうと思っただけなのね〟

 

 明智のような若造にも、ロスの名刑事は甥に語り掛けるような口調だった。

 飾らぬ物言いはホンの少し、ゲン交番長を彷彿とさせる。彼女が信用した理由はそこにある。

 否、そうであれば良いと願った。




七瀬「七瀬 美雪です。閲覧ありがとうございます。さあ、今日は地区大会よ……うう、前回よりも緊張する……。さて、次回は『指輪よ、さようなら』!! あれ!? 審査員席に、黒沢オーナーがいる……」

多岐川 かほる(保科 ゆかり)
推理小説家、イベントの主催者『Mr.レッドラム』。
「45才」のはずが、公式ファンブックでは「42才」
年齢を誤魔化していると思ったけど、当麻達が「47才」なので、それ以上年齢を下げたら在学期間が被らない(当麻達が大学院生ならアリ?)
狭山の恋人、5人目の共犯者。殺された後に埋められたはずだが、事件から半年後に病院で目を覚ます。移築されたバルト城を見上げ、復讐を決意した
当時大学1年、しかも半年も音信不通。クラブ以外の生徒とのやり取りが描写されていない為、『保科』を覚えている人間は多分、いないに等しい
大学側にとっても、半年や1年で消える生徒は珍しくなく、退学処分で終わらせたと思う
おそらく遠縁の『多岐川』と養子縁組し、名前を変えたと思われる(金田一世界あるある)
リチャードの体重が見た目100㎏近いにも拘らず、1人でアイアンメイデンへ運ぶ驚異的なフィジカルの持ち主。この為、ドラマ版リチャードは細身の役者を起用
原作・ドラマ共に、はじめちゃんへ感謝を述べて自害した
作中にて、にいみの友人にして、オリ主が素直に甘えられる大人
いけしゃあしゃあと罪を逃れたが、復讐に固執しなければ、防げた悲劇があったかもしれない。そんな罪悪感を抱えながら、生涯を過ごすだろう

明智 健吾
ご存知、エリート警視
バルト城のイベント告知にて、例の3人も来ると確信(親父さんの捜査資料に、その場所に関する情報があったのかな?)
元担当刑事の息子である為、スケープゴートにされた。『犯罪芸術』を絶賛するシーンは「どっかの大佐」に見えて笑っちゃった(ゴメン
マリアが人ならざる者だったとあっさり受け入れる
作中にて、堂々の犯人逮捕
元担当刑事の捜査資料があり、時効未成立の事件容疑者リチャードと、別件の重要参考人にいみが同じ建物に滞在という極めて危険な状況。それにより、警察の正式な介入を可能にした
『保科』については立証が難しいだけで、彼自身は諦めないだろう

マリア・フリードリヒ
ドイツの若き監察医。その正体は不明(ドラマ版は人間)
招かれないと入れない(明智の車へ同乗して入城)。案内されていないのに、食堂の場所を知る。唐突の瞬間移動など、吸血鬼説が濃厚
原作では所有者の多岐川が城へ火を放ち、権利を放棄。その為、魂は解放されたと思われる
肖像画も『燃えた』ではなく、『消えた』と明言されている。おそらく所有者から正式に招待された者にしか、認識されない存在だった

エドワード・コロンボ
ロスの名刑事に激似の甥、ドラマ版に登場せず
まだ17歳なのに、日本語が堪能過ぎる
作中にて、ニューヨークで、にいみと出会う。クリスとはライバル関係にあり、妨害されて来日が遅れた

ロスの名刑事
エドワードの叔父
よく考えたら、はじめちゃん達はこの人と同じ世界線に生きてるんだ(良いなあ、羨ましい)
作中にて、にいみが保護対象者に激似と知りながら、憔悴しきった彼女の身を案じ、同僚や上層部にも報告しなかった。招待状から殺人を察知したり、イベント乗っ取りを提案したり、影の立役者。全ては、にいみを家へ帰す為の口実だった

明智 省吾
明智警視の父親、『4億円事件』元担当刑事・故人
原作にて、後は証拠を揃える段階だったと説明あり(ここ重要)。おそらく3人が同じ大学出身、犯行後の集合場所が工事現場だったなど、詳細を突き止めていたと思われる

斉藤 吉継
明智警部の事件簿に登場、明智父の同期

黄地 公也
明智警部の事件簿レギュラー、影のMVP。『4億円事件』を明智が解決したと知り、狂喜乱舞する
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