金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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前回の直後、新幹線の中に見せかけて……?
誤字により修正しました、ありがとうございます


Q35 ○○の殺人?・起

 (たちばな) 五柳(ごりゅう)、ノンフィクション界の重鎮。出版する書籍は必ず、ベストセラー入りする超大物作家だ。

 彼の著名人の書斎に男が1人、倒れている。

 床へ蹲り、グッタリと倒れ伏す。脈と微かな呼吸から、意識を失っているだけだ。

 こうなった原因は、自分にある。その実感が脳髄へ伝達され、全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出た。

 

 ――コンコンコン

 

 ノックの音が響き、我へ返る。いつまでも、この場所に居られない。

 

(逃げちゃダメだ……違う、逃げなくちゃ、逃げなくちゃ……)

 

 思考さえも混乱に陥り、自分への指示も支離滅裂。脱出しようにも、この書斎は換気用の天窓しかない。とても人間が通れず、扉の向こうには人がいる。

 

「橘先セ~イ、いますか~?」

 

 返事がないにも関わらず、相手はドアノブを回す。その為、思考は余計に追い詰められた。

 見られたら、拙い。ならばと、腹を括った。

 さっと開いた扉から死角になる部分へ身を潜め、相手が部屋の中へ入るのをわざと見届けた。

 

「あの~先生? いませ……! いつきさん!?

 

 倒れた相手へ真っ先に駆け寄る親切心を利用し、その隙に外へ飛び出そうとした。

 

「へ? おわわ……!?」 

 

 ――ゴン!!

 

 間抜けな悲鳴と共に、ドサッと倒れる音にビックリして振り返る。訪問者が床に偶然、転がった置物に足を取られてしまったのだ。

 

「!? は、ハジメ……」

 

 髪をひとつに括った少年は頭を打ったらしく、目を回して気絶してしまった。

 彼は運動音痴と噂だったが、度が過ぎる。状況は余計、最悪になった。

 誰がどう見ても、事件現場。

 こうなれば、自分の焦りは加速していく。行き詰った思考の果て、待つのは開き直り。

 

 ――そっとしておこう

 

 幸い2人とも、目に見える外傷はない。午後10過ぎには、お手伝いさんが家主の夜食を運ぶと聞いた。すぐに手当てを受けられる。

 起きた拍子に揉めるかもしれないが、少年の味方は多い。きっと擁護されると信じよう。されないのであれば、お人好しな彼に対する社会勉強だ。

 問題は外の泥濘、先程の土砂降りで靴跡が一組のみ(・・・・)

 これで去ろうものなら、もう1人いたとバレる。足跡を残さない方法、壁の雨どいを伝って屋根へ登るしかない。雨で濡れていたが、どうにかクリアした。

 別館と本館の距離は凡そ2メートル。しかし、それは地上での話。

 軒天の距離は1.5メートルに縮まり、屋根の勾配を利用してジャンプすれば、OK。瓦屋根ではない為、緊張したが飛び移れた。

 深夜の時間帯と雨上がりの湿った空気に、とても夢見心地。情緒の浮き沈みが激しく、テンションがハイになっていたせいもある。

 本館の廊下へ入り、扉を閉じる。電灯の眩しさと木板の感触を背に受け、廊下へ座り込んだ。

 堅い妙な達成感が髪の毛にまで浸透し、耳の後ろは煩い。きっとこれが、犯行を成し遂げた犯人の心境というヤツだ。

 

(……それもこれも橘先生が、あんな原稿を世に出すなんて言うから……)

 

 ふうっと深呼吸し、僅かな余裕が生まれる。こうなるに至った今日の自分を、顧みてみよう。

 

 

 ――10時間前、軽井沢行き新幹線へ乗車。祝日の超満員、多くの乗客でごった返す。

 (いち)七瀬(ななせ)は席を諦め、デッキにて立つ。そこで、中世ドイツのバルト城ミステリーナイトに関する奇妙奇天烈摩訶不思議な話を耳にした。

 先ず、ハジメと明智(あけち)警視の用事がソレ。

 そして、かほる先生、父・残間(ざんま)と母・にいみまで何の示し合わせもなく、参加。1名による銃の発砲、本人を含めた2名が負傷。会場たる古城は火災に見舞われ、病院へ搬送。逃げ遅れた1名が重傷を負う。

 割とコンパクトに纏めたが、どう考えても大惨事。 

 

「は?」

「あたしもワケわかんなくて、はじめちゃんの冗談だと思ったわよ。でも、長野の火事って言うのは本当みたい。朝刊の四面記事に載ってたわ。……気の毒ね、重傷になっちゃった人……」

 

 やれやれと七瀬は肩を竦め、重傷者を憐れむ。彼女の言い草から、その人物は顔見知りではない。

 

「かほる先生が、無事……」

「! うん、そうよ。ごめんなさい、そっちを先に伝えなくちゃ……金田君も不安よね」

 

 その点だけが救いと、(いち)は胸を撫で下ろす。ハッとした七瀬は謝りつつ、こちらの気持ちへ寄り添った。

 

「いえ、自分も剣持さんに詳しく聞かずにいました。今朝も祖父母と碌に話さず、家を出ましたので……七瀬さんのお気遣いは本当、感謝しています」

「金田君……」

「但し、無理矢理は感心しません」

「それは諦めてっ。あたしも強引な手段は好きじゃないけど、金田君はすぐ逃げちゃうでしょ」

 

 (いち)本心(感謝)本音(憤り)を語り、軽井沢行きの車内を指差した。

 流石、七瀬は嫌味を物ともせずに正論。それ程の気概が無ければ、ハジメの幼馴染は務まらないというモノ。但し、彼女がボストンバッグを抱えたように、(いち)も着替えくらいは持参したかった。

 貴重品入りのヒップバッグのみ。

 

「ところで、可愛い後輩と桜樹先輩と宇治木さんはどちらに?」

「昨日から、橘 五柳先生の別荘にいるわ。佐木君、お父さんとその人の誕生パーティーの撮影を任されてね」

 

 混雑状況の中では合流も難しい。その心配をすれば、現地集合であった。

 ふと先日の出来事が甦る。竜二(りゅうじ)が父親の仕事の為、軽井沢に出掛ける話を聞いていた。

 別段、金田家の事情に巻き込まれたワケではないと知り、ひと安心。

 

「……あのノンフィクション作家ですか、本は読んでいませんが……」

「宇治木さんは橘先生直々の招待を受けて、桜樹先輩は……いつきさんが助っ人をお願いしたの」

 

 桜樹(さくらぎ) るい子先輩について触れた途端、七瀬は歯切れが悪くなる。よくよく聞けば、あの(・・)いつきからの依頼と判明してしまい、(いち)は素直に血の気が引いた。

 

「……まさか、また脅迫状……」

「違う違う、橘先生……ちょっとした暗号ゲームをやるんですって。出版権がかかっているから、どうしても解きたいって人がいるの」

 

 露骨な不快感が脳髄の奥を這い回り、手で顔を覆う。

 橘先生の作品は金のなる木。ゲームの景品にされては、暗号を得意とする助っ人は必須だ。

 

「はじめちゃんの他に、宇治木さんも駅で待ち合わせてるわ」

「……自分も橘先生の別荘に、行くのですか?」

「そっ、これは多岐川先生の案よ。ひと段落したら、ご両親を連れて別荘へ迎えに来てくれるからね。それまで待ちましょうって話っ」

「今、テスト勉強週間ですけど? ずっと橘先生の別荘へ……」

 

 意味不明過ぎて、目眩が起こる。かほる先生まで要らん気を回し、親子の再会を果たさせようと画策してきた。

 

「お兄ちゃん達も橘先生のお友達?」

「……いいえ、知り合いの知り合いです。こんにちは」

 

 明るい声に呼ばれ、(いち)は反射的に振り返る。お下げの髪を後ろに流した小学生の女の子と分かり、愛想良くご挨拶。傍の父親らしき眼鏡でポッチャリの男性とは、視線の会釈。

 

「あたし、七瀬 美雪と言います。お2人も橘先生のところへ?」

「うん、パパと朋美が絶対、来てねって呼ばれたの。ねえ、パパ♪」

「ハハハ……スンマセン、お2人の仲を邪魔してもうて。私、和田と申します。こう見えて、雑誌の編集しとりまして、その関係です~」

「……っ」

 

 社交的な七瀬が勝手に自己紹介を始め、和田(わだ) 朋美(ともみ)の心を早速と掴む。苦笑交じりの和田(わだ) 守男(もりお)のやたらとバリトンボイスな関西弁は最近、耳にした覚えがある。

 そう、明智警視が聞かせてくれた録音の声だ。

 

「金田と申します。金田 にいみの息子と言えば、分かって頂けますか?」

 

 イチかバチか、敢えてそう名乗った。

 和田の表情が硬直し、見る見ると青褪めていく。コメツキバッタの如く飛び跳ねて、廊下へ躊躇なくジャンピング土下座。当たりだ。

 

勘弁してください!

「金田君、知り合い?」

「母の……です」

 

 奇想天外な人の縁は、繋がった。

 

「生意気な口利いて、ホンマ……スンマセン。いつも、お母様にはパシら……お世話になっております。どうぞ、犬と呼んで下さい!

「和田さん、娘さんの前です。情操教育に良くありません」

 

 親子の指定席へ向かいながら、週刊編集の名刺を渡された。

 乗客は老若男女、目的は千差万別。彼らの手にある朝刊やタブロイド紙から【ミステリー界巨匠・山之内(やまのうち) 恒聖(こうせい)逝去】の見出しが、嫌でも目に入った。

 氷室(ひむろ)祖父の弟分だった男だが、面識のない相手。一瞬だけ、黙祷に目を伏せる。今はただ、それだけだ。

 

「あれ? 金田君に七瀬さん、どうしてここに?」

「「正野さん!?」」

 

 3列に廊下側の席、警視庁捜査一課・正野(ただの)刑事がいた。

 

「……なんや、け……正野さんの仕業とちゃうんか……」

「おじちゃんもお友達~? グ~ゼンだねえ」

「ね~、朋美ちゃん」

 

 和田の勝手な誤解はどうやら、訂正されたらしい。

 朋美と正野刑事のやり取りを見ても、人間関係が見えない。

 

「へえ、朋美ちゃんはアメリカで暮らしてたの?」

「うん、ボストンって街」

 

 女子2人を座らせ、男性陣はデッキへ移動しての報連相。公共の場で話す内容ではない為、ほとんど連想ゲームと化したが、どうにか伝わった。

 

「ええ、にいみさんが長野に!? そんな偶然ある~? そりゃあ、正野さんに何べん説明しても、分かってもらえんワケや」

「正野さん、和田さんが母に会いに行くと思っていたのですね」

「……そう思ってくれていいよ。と言うか、それしか言えないかな」

 

 和田が戦慄のあまり、震え上がっている間、(いち)は正野刑事と遠回しの認識合わせ。彼は刑事、守秘義務が働くならば十中八九、にいみ絡み。

 大勢に累が及び、息子として項垂れてしまう。我が母ながら、迷惑にも程がある。

 

(金田君……自分の事を棚に上げて、お母さんに怒ってる感じ?)

 

 (いち)は苛々し過ぎて、正野刑事の心の声は聞こえない。

 

「……そういや、若様。お姉様の話、聞きましたで。エライですな、勤め先が()うなって、大変でっしゃろ。陰ながら応援さしてもらいます。朋美がロバート好きでしてな」

……若様……? 和田さん、姉の事を知っているのですか?」

「はい、以前にお写真を……。いずれ、世界的なマジシャンになる卵やき。覚えとけ、言われましてな。静岡の公演も観させて頂いて……」

「それを知っていながら……和田さんは、ご自分の仕事にされなかったのですね」

 

 意外な話に思わず、感想が口をついて出る。

 

「そりゃあ、勿論。お姉様に頼まれたなら、まだしも。許可ないに勝手な事したら、信頼を失いますよって。まあ、マジシャンの記事もたま~に取り扱ってますんで、いつでも取材に行きますさかい。頼ってください」

「……フフフ、ありがとうございます」

 

 にいみの家族を気遣い、売り込みも上手い。流暢な関西弁が、金田祖父よりも上品で聞き取りやすかった。

 

 前回の軽井沢到着は凡そ5時間、今回は1時間弱。

 新幹線、恐るべし。

 

「これが、あの軽井沢駅? TVで見るより、ずっと素敵♪」

「ステキ~♪」

 

 すっかり仲良くなった七瀬と朋美は手を繋ぎ、大はしゃぎでホームを駆け抜ける。

 近年の粋を集めた設計により、完成された軽井沢駅。

 田舎町並みパズルに、都会の駅のピースがカチッと嵌められた風景。そのアンバランスな美しさがちょっと気に入った。

 

「ほわ~……、ワテの記憶とちゃいますやん。エライ近代的になってもうて、浅間山だけは変わりまへんなあ」

「ん? あそこにいるのって、金田一(きんだいち)君?」

「! ホントですね」

 

 和田は駅舎の周囲を見渡し、軽井沢駅の名所・浅間山を懐かしむ。正野刑事が指差した歩道橋の下、確かに見慣れた髪型がいる。そのゲジ眉は遠くからでも分かり、(いち)は安心感に声を上げた。

 彼の隣には、宇治木。他にも、人影が見えた。

 

「ハジメちゃ~んっ」

「おお、金田! こっちこっち! ……なんか、人数多くね?」

「お、やっと来たか。待ちくたびれたぜ」

「ごめん、いつきさんが勝手に待ってたくせに……そこまで偉そうな理由、分かんない」

 

 (いち)は鍛えた声量にて、ハジメに声をかける。

 いつきと宇治木(うじき)が並ぶ。疑問よりも先に、拒絶反応が如く胃が竦んだ。

 

「あれぇ、和田ちゃんじゃん」

「げえ、いつきさん! ……考えたら、当然ですわな。お久しゅうございます~。そちらの顎髭のお兄さんは初めまして~、和田です。お見知りおきを」

「すみません、ご丁寧に。宇治木です」

「うわ……ちょっ……金田、どうした?」

 

 大人同士が挨拶する中、(いち)は無言でハジメの胸倉を掴む。そのまま、物陰へ連れ込んだ。

 

「ハジメちゃん……何故、いつきさんがいるのですか? 帰ってイイデスカ?

「うん、怒ると思った……ヤッパリ。金田、落ち着け。どうせ、別荘で会うんだし、ここで顔を合せた方が無難だって。……後、帰んなっ」

 

 (いち)は正直、ハジメへ怒鳴りたい。だが、堪えた。

 

「分かりました……そこまでおっしゃるのでしたら、両親へ会いに行きます。今、決めました。どうぞ、皆さんは暗号ゲームを楽しんで下さい」

「そんなに、いつきさんが嫌か!? 橘さんに俺達が泊まれるように、口利きしてくれたんだ。そう邪険にするなって」

 

 歩道橋を駆け上がろうとすれば、ハジメが必死に引き留める。その言い方に驚いて、振り返った。

 

「なすて……?」

「だから、いつきさんが口利きを……」

「あの人……ただ、暗号ゲームに勝ちたくて、ハジメちゃんを利用しているだけですよね? 決して……善意ではありません」

「……ああ、泊めてもらう条件は……確かに暗号だ。それとは別に、いつきさんには借りがあんだよ」

 

 強い口調で咎めれば、ハジメは困ったように頭をガリガリと掻く。人気アイドル歌手誘拐殺人事件の捜査に、いつきが協力した恩だと知る事はない。

 だから、信じられない。

 

「喋ってるとこ、悪いけど……2人とも。こっちは剣持警部と合流しなきゃだから、もう行くね」

「正野さんっ、はい。お気を付けて」

「うお、誰かと思ったら……正野さんも金田と来てくれてたんスか?」

 

 正野刑事はそっと割り込み、別行動を教える。(いち)はチラリと和田親子を盗み見、ハジメには黙ってこうと決めた。

 

「はじめちゃ~ん、タクシー乗るわよ~」

「わ~ってる! 金田……携帯電話、電源入れとけよ」

「……っ」

 

 七瀬に呼ばれ、ハジメは様々な事情を踏まえ、ひと言に集約する。(いち)の胸にグサッと刺さり、重い。父親との繋がりを断つなと、忠告された気分になった。

 

「あら、正野刑事……もう行っちゃったの? ご挨拶したかった……」

 

 タクシーは2台に分かれ、(いち)はハジメと宇治木、七瀬の4人で相乗り。残りはもう1台へ乗り込んだ。

 

金田一(きんだいち)君には説明したけど、もう1回するね」

 

 移動中、今度は宇治木から暗号ゲームの詳細を語られる。

 昨晩、行われた橘先生生誕50周年誕生パーティー。

 完成した原稿をフロッピーディスクに収め、別荘のどこかに隠した。その場所の〝答え〟も暗号に隠したという単純なゲーム。

 

「どんな内容なんですか?」

「あっ、ごめん。それは俺も知らない。なんでも、ある社会悪を取り扱っててね。しかも、関係者がパーティーに参加者してるとかっ。その1人に対して、挑発してたよ。原稿には実名を出しているから、公になったら、罪に問われる。先を越されないように、頑張れってさ」

「いつきさんが言うには、かなり場は騒然としたらしいぜ。どいつもこいつもヤマし~コトしてんだろうなあ」

「……?」

 

 興味本位で七瀬が問えば、宇治木は当然、苦笑する。ハジメの他人事な態度は兎も角として、(いち)はその状況にひっかかりを感じた。

 

「罪に問われるなら、事件ですよね。何故、橘先生は警察へ通報しないのですか? 社会的信用のある方のタレコミです。警察も無下にはしないでしょう」

 

 車内が一気に静まり返り、タクシーの運転手さえも硬直していた。

 その反応が、(いち)には理解出来ない。

 

「……橘先生は警察を頼らず、執筆の力で……隠された悪事を世に知らしめたいんだよ。ごめん、適当言った……」

「それは……警察が証拠不十分で検挙出来ないから、橘先生は出版に踏み切ったと言う意味でしょうか?」

 

 宇治木の汗だくに目を泳がせる様子を見れば、(いち)の更なる疑問は否であった。

 

「……ネタになりそうだから、本にしただけなんじゃねえの?」

「そんな人じゃない。敵の多いテーマばかり扱ってて、橘先生はこれまで何度も……脅迫は勿論、命を狙われたコトもある。本当に、『悪』を許さない人なんだよ」

 

 ハジメは腕組みをし、差し障りのない意見を吐き出す。宇治木は橘先生が味わった苦心惨憺の日々を語り、目を伏せた。

 警察へ通報しない理由は業界では周知の事実だが、あえて自分達に教えない。そんな気配を感じ取った。

 

「出版社関係の方々が集まっているのですよね。仕事柄でも繋がりがありますし……自首するように説得した方が、早くありませんか?」

「もしかしたら、これが(・・・)説得なんじゃない? 原稿が見付かるまでの間に、自首を考えて欲しいのよ」

 

 大手作家なら説得は可能だろうと思ったが、七瀬の推測は一理ある。しかし、宇治木がさっと目を逸らした時点で違う。

 思った以上の厄介事、ゲンナリ。

 逃げ出したいが、別の方法で拘束されては更に厄介だ。

 ハジメと予定より早く会えても、約束は先延ばし。両親と会う前に、聞いて欲しかった。

 

「ハジメちゃん、ひとつだけお願いがあります。両親が来た時……いつきさんがまだ別荘に居る状態なら、遠慮してもらいます。母には本当、会わせられません」

「……ああ、約束するよ」

 

 ため息交じりに頼めば、ハジメは真摯に頷いてくれた。七瀬も承知の視線を送り、宇治木は事情も知らない為に沈黙を貫いた。

 

「宇治木さんはOKですよ。かほる先生もお世話になっていますから、両親も喜びます」

「え、本当? じゃあ、お言葉に甘えるよ。いや~、キミのお母さんに会うの楽しみ♪」

((いつきさんとの扱い差……))

 

 かほる先生の名を出した途端、宇治木は仕事の予感に目を輝かせた。

 同級生の呆れた視線が突き刺さったが、知らぬ。

 

 目的地の別荘へ到着し、煉瓦の屋根を見上げる。新築よりも馴染み深い色合いの印象が強く、観光地・軽井沢の土地にも合う外観。更に窓の数から、客人を大歓迎している。

 ここまでの道順と景色で、ようやく気付いた。

 

「……こちら、8月に来た場所です。その時は建設中でしたが、随分と立派な建物が完成しましたね」

「じゃあ、ここが2年前に火事が遭った場所? ……と言う事は……」

「ちょっと、はじめちゃん! 先に行かないで!」

「ごめん、領収書を……」

 

 (いち)の簡潔に説明を聞き、ハジメはハッと閃く。かと思えば、さっと正面玄関へ駆け出した。

 その理由は使用人・(きく)に応接間へ案内された時、すぐに知れた。

 

「あら、金田一(きんだいち)君。やっとご登場ね、暗号の話なんだけど……」

「先パ~イ♪」

「ワリィ、その前に……比呂!」

(あ!)

 

 麗しの桜樹先輩達へ挨拶をそこそこに、ハジメは窓際に佇む〝仲間〟へすっ飛んで行った。

 

金田一(きんだいち)! どうして、ここに……会えて嬉しいよ」

「へへへ、純矢に聞いたんだよ。どっかの作家の誕生パーティーに招待されたってさ、~ここのコトかあ♪」

 

 ハジメの〝仲間〟、若き文芸小説家の荒木(あらき) 比呂(ひろ)。彼らは予期せぬ再会に、ほっこりと静かに喜びを噛み締めていた。

 

「金田君っ、良かった……キミも来たんだ」

「こんにちは、荒木君。ベストセラー入り、おめでとうございます。読みましたよ、素敵なお話でした」

 

 荒木の親しげなご挨拶が嬉しくて、そっと耳打ち。彼と照れ隠しの強い握手を交わす羽目になった。

 

「へ!? そいつが……芥川賞候補って噂の!? しかも、金田一(きんだいち)の知り合い? どうなってんだ、こりゃあ」

「驚いた……その人の声、初めて聞いたわ」

金田一(きんだいち)先輩……意外な人脈がありますね」

「ごめん、話聞いてなかった。何があったの? ……ええ!? あの子、荒木先生……? ウソ~……でも、言われたら……若手のベテラン感あるかも……」

 

 いつきの驚きに桜樹先輩、竜太(りゅうた)と宇治木も次いで目を丸くする。その態度に、こちらもビックリだ。

 

「荒木君、皆さんと自己紹介していなかったのですね」

「僕が顔を売りたくないのは、橘先生も分かってくれているから。ずっと見学してたんだ。ああ、先生にはちゃんと挨拶したよ」

 

 橘先生に対する礼儀はあるものの、他の客人との分厚い心の壁を感じた。

 

「言ってるコト、巨匠も顔負けだわ。流石……比呂」

 

 ハジメの感心に、激しく同意。

 

「桜樹先輩……昨日は、ありがとうございます。良い結果をお見せ出来ず」

「そうなの? 私……アナタ達の出番が終わってから、すぐに会場を出ちゃったわ」

「金田君の言い方……桜樹先輩も、昨日の地区大会を観に来てくれてたんですか。ありがとうございます……佐木君もひょっとして居た?」

 

 (いち)は桜樹先輩と言葉を交わせば、七瀬はハッとする。チラリと竜太へ問いかけた。

 

「生憎、昨日は朝からここへ来ていました。ああ、父と竜二は庭にいます。暗号ゲームの様子を撮影中です。僕は先輩達が来るって聞いて、桜樹先輩と待ち構えてました」

「……お三方が揃うなんて、冬以来ですね」

 

 親子3人と対面した日、春休みの出来事を思い返す。2度と戻らぬ光景を脳裏から追い払った。 

 

「なあなあ、金田一(きんだいち)ク~ン♪ 荒木先生とどうやっ……」

いつきさん、やっと帰って来た! 手伝ってくださいよ!

 

 いつきは高校生を仲介し、荒木へ取り入ろうとする。そこへ半裸の垂れ目な男が乱入し、彼の返事も聞かずに連行。物凄い剣幕に、(いち)はギョッとした。

 

「誰ですか……今の」

「音羽出版の鴨下さんよ、いつきさんの依頼主ね。金田一(きんだいち)君の力が借りたいって言い出した人と言えば、分かりやすいかしら?」

「どうして、服を……?」

「ごめん、見苦しくて。屋敷の裏手に川が流れてるから、そこを探っているんだ。原稿があるかもってね」

 

 (いち)の呟きに桜樹先輩がクスクスと答え、七瀬も呆然。宇治木が鴨下(かもした) あきらに代わり、謝った。

 

「お待たせしました、和田です。朋美が物珍しいモンに飛び付いてもうて」

「うわあ~……♪ 大きな時計に……美人なお姉さん、モデルさん?」

「ウフフフ、ありがとう。只の高校生よ、朋美ちゃん」

 

 朋美の桜樹先輩への純粋な反応が面白く、和んだ。

 

「橘先生はどちらに? 挨拶せんと」

「私なら、ここだっ」

 

 竜太と庭へ行きたかったが、和田の言う通り。家主への挨拶は大事だ。

 途端に眉の太い男が扉をわざとらしくバーンと開き、歓迎の笑みを向ける。竜太ではないが、待ち構えたと言わんばかり。

 人に好かれるような笑い方を貼り付けた笑顔、洞察力に優れた眼力、百戦錬磨のノンフィクション作家は伊達ではない。

 

「橘先生~、本日は娘共々、お招きに与りまして光栄です」

「和田君、会いたかったよ。……ああ、可愛らしい娘さんだ。昨日は運動会だったんだろ? 忙しいのに来てくれて、ありがとうね。ちょっとでも具合が悪くなったら、遠慮せずに言うんだよ」

「はい、橘先生♪」

 

 平身低頭と和田が挨拶する中、橘先生は朋美と視線を合わせる為に膝を曲げる。親しい間柄と言うより、是が非でも和田親子を招待したかったのだろう。

 

「宇治木君、そちらの3人が例の?」

「すみません、紹介が遅れました。金田君、金田一(きんだいち)君、七瀬さんです」

 

 橘先生に聞かれ、宇治木も恐縮する。いつきの口利きしたと聞いたが、彼も事情説明してくれたらしい。落ち着いてから、礼を言おう。

 

「話は聞いている。キミ達はあの多岐川先生の知り合いだそうだね、歓迎するよ」

「ありがとうございます」

 

 青空に浮かぶ白昼の残月が如く、細められた目に嘘はない。但し、企みがあるのは一目瞭然だった。




大村「ど~も~、大村言います。和田が登場してもうたら、キャラ被ってまうやん。でもな、わいの方が謎解きリードしとるからな(多分)! お前に原稿は渡さんで~! さて、次回は『○○の殺人?・承』!! ど……どっち!?」

和田 守男、
天草財宝伝説殺人事件ゲストキャラ、反逆の王子の兄と同じ声帯を持つ男。作中にて、にいみの知人

和田 朋美
以下同文ゲストキャラ。作中にて、冬休み期間に帰国した

橘の別荘
いつきが駆け出しの頃から、何度も泊りこんで仕事した場所。作中にて、2年前に火事の遭ったコテージ跡地を買い取った新築
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