金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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やっと高遠が書けました。
ここまでが長かった。

追記・副題を「後編」から「高遠」に変えました


F.14 午前4時40分の銃声は鳴らない‐高遠

 高遠 遙一(たかとお よういち)は『幻想魔術団』のマネージャーになり、2年目。

 今回の静岡公演、何かおかしい。普段と雰囲気がまるで違う。

 先ずは贈り花や差入、世界的な天才作曲家、人気絶好調の推理小説家、人間国宝の陶芸家、猟奇的な画家、登山愛好会等。宛名が豪華すぎる。

 

「面識のない業界人が……? 何が……どうなっている?」

「さあ……私もサッパリで……」

 

 ジェントル山神(やまがみ)団長と首を傾げても、答えは見えて来ない。念の為に断言しておくが、遙一は何も仕掛けておらず、本当に不可解だ。

 

「ハハハハ、団長! そんなに難しく考えないでっ、俺らも偉くなった。それでいいじゃないっすか!」

「お前は良いな……ポジティブ思考で……」

 

 カードマジックの道化師が如く、ピエロ左近寺(さこんじ)は馬鹿笑いで茶化す。ジェントル山神は異様な事態に言い知れぬ不安を覚え、ノリに乗れない。そして、それは正しい判断と言えよう。もう一度、断言するが遙一は何もしていない。

 

「これじゃないわ、さとみ! 今日の出番を取り消されたいわけ!?」

「すみません!」

 

 遙一も知らぬ原因、新人見習いマジシャン・さとみはウォーターマジックの人魚姫ことマーメイド夕海(ゆみ)に些細なミスを注意されていた。

 

「ああ、さとみちゃん。それはスタッフさんがやってくれるから、さとみちゃんもリハーサルの準備してっ。ロバートの調子は大丈夫かい?」

「ありがとう、高遠さん。ロバートの心配までしてくれてっ」

 

 ロバートは前腕サイズの人形。さとみのマジックアイテム……否、相棒だ。

 本日、さとみは団員として初のお披露目。高校に通いながら、『幻想魔術団』の裏方としてショーの経験を積み重ね、ついに見習いへ昇格したと言える。彼女と同じ時期に入った裏方は何人もいたが、誰も彼も様々な理由で脱退して行った。

 とても目出度い日。遙一も嘘偽りなく心から、さとみを祝福した。

 

 初日を無事に終えた次の日。

 速水 玲香(はやみ れいか)失踪のニュースが飛び交う中、一切の関心もないままに会場へ到着。

 

「今度は出版社に……東京フィルコンツエルト……ここは建設会社だったかな?」

 

 また別の業界からの贈り花と差入が増える。このご時世、情報伝達方法は限られている。人づてに広まるのは止められない。大物が1人贈れば、倣うように贈る。共通の話題作りも兼ねているだろう。

 

「お忙しいところ、すみません。劇団の方へお花を渡したいのですが……どちらに行けば……」

「それなら、私が受け取ります。ええと、辻口さんですか?」

 

 会場内をマネージャーとして走り回っているところ、和服を着た青年に呼び止められる。花束に添えられたメッセージカードの名前・辻口 鈴置(つじぐち すずおき)と勝手に判断した。

 

「いえ、それは先生の名前です。僕は内弟子の江波 勝彦(えなみ かつひこ)と申します」

「お弟子さん……?」

 

 聞けば、辻口先生は江戸時代より続く面打ち師。凡そ、奇術会と縁がないように思える。しかも、江波はわざわざ遠方の石川県金沢市より、来場されたのだ。

 

「歴史深い名匠の方にまで、うちの劇団が知られているなんて……恐縮です」

「僕も先生が奇術に興味があるとは知りませんで……本当は先生がお越しになるはずだったのですが、奥様が体調を崩されまして……。チケットが勿体ないから、知見の幅を広げるがてら……観て来るようにと……」

 

 見るからに気弱な江波は一介のマネージャーに対し、ペコペコと何度も頭を下げる。如何なる事情でも、何処の世界も弟子は師匠に振り回されると実感した。

 花束を控室へ持って行けば、廊下で2組の老夫婦がノックする直前に遭遇。それぞれ、薔薇の花束、お菓子の箱を手にしていた。

関係者以外立入禁止の注意書きがあっても、無視する観客は必ずいる。お帰り願うように説得するのも、仕事の内だ。

 

「な、何かご用ですか? 劇団の皆さんへお渡しする物でしたら、私が預かります」

「これはご丁寧に。私どもは残間 さとみの祖父母でございます。公演前のお忙しいところ恐縮ですが、お時間頂けないでしょうか?」

 

 2組とも、さとみの祖父母。話しかけて来た老女は金田(かねだ)と名乗るが、それでも部外者に変わりない。普段通り、オドオドした態度で対応しようとした。

 

(……透明の薔薇?)

 

 金田刀自の持つ花束、一見ただの薔薇に見える。しかし、一本だけ白ですらない透過した花びらがあった。

 遙一の手持ち以外で初めて目にする。何故なら、ソレは世に広まっておらず、他人が持てない自分だけの特別な花弁だ。

 ゾワッと背筋が粟立つ。一先ず、造花か確認しなければならない。

 

「あ~、さとみちゃんの! どうも、どうも。僕はマネージャーの高遠です。素敵な薔薇ですね、この時期に珍しいっ」

「ありがとうございます。こちらは自宅の温室で育ちましたの」

「婆さん、なんか元気のないヤツも混じっとんで。色も付いとらんぞ」

 

 ペコペコと頭を下げ、遙一はさりげなく薔薇について質問する。上手い具合に金田老が透明の薔薇を気にかけてくれた。

 

「あなた、せめて透明とおっしゃい。高遠さん、奇妙に思われるでしょうが、この一輪も正真正銘の薔薇です。育つのも難しく、このように花を咲かせたのは初めてでして」

「それは……金田さんが品種改良をしたという意味ですか?」 

 

 焦らず、急かさず、物珍しそうに首を傾げ、無知を装う。

 

「いいえ、これは頂いた物です。それを挿し木にしました。直接、受け取ったのは娘ですが……娘婿の幼馴染からだと……」

「……さとみちゃんのお父さんの……」

 

 金田刀自は曖昧だが、確かな情報をくれた。

 まさに僥倖。さとみの父親・残間 青完(ざんま あおまさ)を籠絡させれば、薔薇――幼馴染の話も聞かせてくれるだろう。

 一瞬でそこまでに思考を巡らせた時、控室の扉が開く。劇団員ではない部外者・岩屋 菊之助(いわや きくのすけ)が知らずと、招かれていた。

 

「夕海さん。守護霊が言うように、誰かのお客さんが来ているよ」

「あ……すみません、あたしの祖父母です」

「高遠っ、ボサッとしない。そちらの方々も中へ入れて上げなさい!」

「ええ!? で、でも夕海さん。関係者以外は立入禁止では……団長も何か言って下さいっ」

 

 マーメイド夕海から理不尽に怒鳴られ、遙一は怯える。ジェントル山神に助けを請うが、不機嫌そうに壁と睨めっこしていた。

 

「団長……」

 

 サイコマジックの霊媒師を売りにしたチャネラー桜庭(さくらば)は言葉を探すが、結局は何も言わずに2人揃って壁へ向き合う。遙一には状況が見えない。

 

「超大御所俳優の岩屋だよ。夕海さん、彼の大ファンだからさ~。差し入れのワインまで貰っちゃって、上機嫌よ♪ ジイサン、バアサンもおいで、おいで♪」

「岩屋 菊之助!? 夕海さんがファンとは初耳ですっ」

 

 ピエロ左近寺の馬鹿笑いを聞き、納得。夫のジェントル山神を差し置き、妻が俳優に色目を使うなど、修羅場だ。

 

「ケッ、何が守護霊だ……イタッ」

「ほほっ。岩屋さんと違って、口が悪くてお恥ずかしいですわ」

「無理もない、守護霊は由良間さんのような自信家には不要だよっ。私はまだまだ傍に居て欲しいからね」

 

 スタンダップ・マジックの貴公子たるノーブル由良間(ゆらま)が悪態付けば、マーメイド夕海は笑顔のまま肘内を食らわせる。自身の発言を貶されても、流石は年の功、岩屋は穏やかに若者を立てた。

 

「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん! 来てくれて、ありがとう♪」

「フフッ、ロバートの活躍が楽しみね」

 

 そんな中、さとみは己の祖父母達から声援を受ける。薔薇の花束は彼女に手渡された。

 

「さとみちゃん、僕の方で預かるよ」

「ありがとう、高遠さん。お願いします」

 

 控室は大量の花と差入、他に紛れないようにしなければならない。見栄え良く飾るフリをしながら、一輪だけを抜き取る。遙一の手荷物へそっと仕舞いこんだ。

 

「微笑ましい光景を見られて満足だっ。時間をくれて、本当にありがとう。後はショーをじっくり楽しませてもらうよ」

「はいっ♪ 岩屋さん。今日は岩屋さんの為に、いつも以上に張り切りますっ。高遠! 岩屋さんを見送ってあげなさいっ」

「ええ!? で、でも……最後の打ち合わせが……」

「子供じゃねえんだ。自分だけで行けるだろっ」

 

 マーメイド夕海は瞳をハートにしながら、遙一へ命じる。彼女の態度が少し不気味に見える。ずっと黙り込んでいたジェントル山神が岩屋に対し、シッシッと追い払う。

 嫉妬心はわかるが、1人の観客に対してかなり失礼。

 

「夕海さん、気遣いありがとう。こちらの方々と一緒に行くよ。人が多ければ、意外とバレないものさ。皆さん、頼んでも良いかな?」

「かまへん、かまへん♪ 芸能人とご一緒できて、光栄ですわ~。さとみの御利益かいの~」

 

 とても自然な提案だ。

 遙一以外の誰もが納得してしまう程、自然な流れ。だが、ほんの一瞬、岩屋と金田老が視線で会話するような仕草を決して、見逃さなかった。以前から知古の関係だと、察した。

 さとみの態度から、それを知らない様子。余計な事を伏せておくのも、マネージャーの勤めである。

 

 本日の舞台も無事、終了。

 幕を下ろし、観客が退席し出した瞬間、明日に向けての準備開始。

 遙一とさとみは常備スタッフと協力し、トリックの道具を指定の倉庫へ丁寧に片付ける。途中、観客席に立ち尽くした残間の姿が見えても、傍にいる少年については気にも留めなかった。

 

「さとみちゃん。あそこにいるのは、お父さんじゃないかな? 声をかけて来ても良いよ」

「あ!? すみません、ちょっとだけ行ってきます!」

 

 さとみが壇上を降りている間も作業の手は止めない。この後、残間が控室にて挨拶する予定だ。

 1分、1秒でも早く話がしたい。久方振りに胸が高鳴れば、加減を間違えて本来の手際の良さが出てしまった。

 

「戻りました……高遠さん。ほとんど、片付けちゃったんですか? 後はやっと来ますから、先に控室へ行って下さい。父が挨拶に行きましたっ」

「じゃあ、後はリストのチャックだからね。倉庫の施錠確認もよろしくっ」

 

 作業に戻ったさとみは物凄く上機嫌、上着ポケットから見え隠れしたマシュマロが原因だろう。後を託し、控室に急いだ。

 眼鏡を押さえ、逸る気持ちも抑える。人の顔色を窺うだけの臆病なマネージャー、劇団員の知る高遠 遙一はそう振る舞うのだ。

 

「皆さん、お疲れ様です! いや~今日も素晴らしかったですよ。流石です……?」

「死ぬ死ぬ死ぬ~うお、あっ、あ~っ!!」

「意外と重いな、山神さん。それっ、たか~い、たか~い」

 

 いい歳こいたジェントル山神が残間に高い高いと天井へ投げられ、受け止められ、それを繰り返す。ピエロ左近寺どころか、見覚えのある現役マジシャン達が揃いも揃って、抱腹絶倒で笑い転げる。チャネラー桜庭とノーブル由良間は壁まで下がり、次の犠牲は己かもしれないと怯えていた。

 再び、状況が読めず、遙一は呆然としてしまう。

 

「だ、団長? 夕海さん、これは?」

「……さとみの父親、昔……マジシャンだったそうよ。私は知らないけど……うちの人は今、気付いたんですって……。グラディエーター残間とか、アンタ知ってる?」

 

 残間が元マジシャンとは、初耳。しかも、何度も面識がありながら、気付いたのが今。それと高い高いとの関係性が見えない。ジェントル山神が青褪めた表情から、嘔吐寸前の白い顔へ変わって行く。色々と危険を察知した。

 

「残間さん、こんばんはっ。開演前にお祖父さんとお祖母さんもお見えになられて、さとみちゃん大喜びでしたよ!」

「こんばんは、高遠さん。貴方が来たなら、会場の片づけは粗方終わったのだろう。山神さんもホテルへ戻られる前に着替えが必要かな?」

「……着替える……」

 

 遙一に挨拶し、疲れた笑顔の残間は白い顔色の山神をそっと下す。解放された団長はよろよろと適当なテーブルに手を置き、吐き気と格闘した。

 

「私も歳だな。山神さんの体重くらい、両手を使わねばならんとは……」

「いやいや、残間さ~ん。アンタ、最高だよ♪ 桜庭ちゃんも味わってみる?」

「嫌だっ」

 

 腕力低下を嘆き、残間は加齢を実感。ピエロ左近寺が慰めるように肩をバシバシッと叩くが、彼の体は重心がしっかりと立ち、ビクともしない。確実に常人よりも鍛え上げられていた。

 提案されたチャネラー桜庭は寡黙な普段よりも、ハッキリと大きな声で拒否した。

 

「あれ? 私達はともかく、皆さんは残間さんがマジシャンだと知っていたんですよね? さとみちゃんはどうして『幻想魔術団』に入団を?」

「私達は我が子や知り合いの子を弟子に取らない、そう決めている。自分の子は必要以上に厳しくしてしまうし、知り合いの子には甘くなってしまうんでね」

「「「単純に残間の娘とか、後が怖くて恐くて。山神すげえなあって思ってたっ」」」

 

 遙一の素朴な疑問に残間は納得の行く回答をしたが、名の知れた現役マジシャンの方々は完全に私情だった。ジェントル山神が恨めしそうに彼らを睨んでいた。

 

「おい、オッサンども。他の劇団を観に来るくらいに暇なアンタらと違って、俺らは忙しいんだよ、さっさと帰れ」

「由良間さ~ん、なんて失礼を!?」

 

 自意識過剰で自信過剰のナルシスト、ノーブル由良間は業界の先輩方へ言い放つ。困った顔で大慌てに遙一が注意すれば、そっと肩へ残間の手が置かれた。

 

「大丈夫だよ、高遠さん。彼らは百戦錬磨の強者だ。若輩者の戯言に一々、腹を立てたりしないさ」

「残間さ~ん、それって由良間さんを……いいえ、何でもないです」

「アハハッ。残間さん、言うねえ。生真面目な人だと思っていたら、こんなに茶目っ気たっぷりとはっ」

 

 ノーブル由良間の無礼な態度は若者故の特権だが、つまりは未熟者と呼んでいるに等しい。ピエロ左近寺も意味を理解して、大受けだ。

 

「ともかく、山神さん。さとみにはマジシャンの心得しか教えて来なかった。これからどう育つかは、貴方次第です。くれぐれもよろしくお願いします」

「あ~あ~、残間さん。まださとみちゃんが来てませんよ」

 

 父親として残間は改めて頭を下げ、控室を去ろうとした為に遙一は引き留める。まだ肝心の本題について、何も話せていないのだ。

 

「ご安心なく、高遠さん。皆さんが宿泊するホテルに私も部屋を取っている」

「ホテルにまで着いて来るつもりか!?」

「まあまあ、団長。さとみちゃんは本格的に残間さんから巣立っちゃうんですよっ。今日ぐらいは好きにさせてあげましょうよ♪」

「「「そうだぞ、山神っ。なんだ? 残間にビビったか?」」」

 

 予想外の事態にジェントル山神は悲鳴を上げ、ピエロ左近寺は更に爆笑。現役の皆様方はクスクスッとからかった。

 ホテルに行けば、此処よりも時間が取れる。まさに好機、遙一は心の中でガッツポーズした。

 

 残間達は先にホテルへ出発、さとみも合流して本日の反省会。

 順番に着替え、衣装を置いたままの控室に鍵を掛けて常備スタッフへ託す。レンタカーで劇団員全員の乗車を確認、遙一の運転でホテルへ到着した。

 

「高遠……、今日の運転……荒くないか?」

「予定が混んでますんでっ」

 

 チャネラー桜庭の指摘通り、運転が荒い自覚はある。事実を言い訳に受付にてチェックイン完了。

 

「それでは明日、今日と同じ時間にお願いしますっ」

「うしっ、んじゃあ。最上階のバーにでも♪ 団長や桜庭ちゃんはどう? 由良間はその辺の女でも引っかえて、ルームサービスでも取るのかな?」

「食欲ない、まだ酔いが……」

「オレ、寝る。ルームサービス、適当に取る」

「俺は予約した店に行くっ、チェックインの時間までに戻るっ」

「私は岩屋さんからのワイン、開けちゃおう♪」

 

 解散後、各々が自由行動。

 

「他の皆さんは? マジックの感想を聞きたかった~っ」

「仕事があるんだよ。今日の為に無理やりスケジュールを合わせて貰ったしね」

 

 早速、父子はロビーで待ち合わせ。並んで立てば、よく似た父と娘だ。髪質、瞳の形、大まかな相貌、違うのは性別と歳だけと言っても差し支えない。一瞥した瞬間、残間と視線が絡んだ。

 

「高遠さん、私達とレストランへ行かないか?」

「いえ、私はまだやる事が……」

「明日のタイムスケジュールのチェックとかなら、あたしもやりますっ。高遠さんも一緒に行きましょっ」

 

 誘いを謙虚に断れば、さとみが仕事の助力を申し出る。彼女の言動は読み通りだ。

 

「そこまで言われちゃあ、ご一緒しようかな……。あ、僕の仕事は僕がするから、さとみちゃんはしっかり休んでね」

「はいっ」

 

 遙一とさとみのやり取りを見ながら、無言の残間は優しく微笑んだ。

 手荷物に忍ばせた薔薇へ水を与える為に一度、部屋へ駆け込む。花瓶代わりに自前のコップへ薔薇を挿す。花弁は弱弱しいが、目を引くに十分な咲き具合だ。

 レストランは夕食時、3人分の席は確保する。父親は娘をエスコートして、先に座らせた。

 

「昨日も今日も、さとみちゃんのマジックは凄いですよ。やっぱり、お父さんの助けがあってこそです」

「いいや、さとみが1人で頑張ったんだよ」

「ちゃんと学校に行けたのは、お父さんのお陰だよ。あたし、早く劇団に入りたかったから、最初は通信教育にしようって思ったの」

 

 実際、残間は劇団の公演に合わせ、さとみの学校行事や出席日数も事細かにスケジュール調整し切った。まさに彼女のマネージャーである。

 

「お父さんもマジシャンだったってね。通りでガッチリとした体格だなあって思ってたよ~。僕、勉強不足でグラディエーター残間を知らなくてっ」

「無理もないわ。引退したのは20年も前だし、辞めたきっかけもギックリ腰だもん。皆さんと会う度、ネタにされるんだからっ」

「さとみ、ギックリ腰は侮れんぞ」

 

 他愛ない会話から、慎重に本題へ移す機会を探る。今まで、何度も顔を会わせた機会が勿体ないと感じてしまう。今夜が駄目でも、後日に話す算段を設ければいいはずが、焦りの自覚が胸の鼓動を早めた。

 

「20年前と言えば、さとみちゃんが産まれる前ですね。では、ご結婚もその頃に?」

「……ええ、妻とは引退後に見合いの席でね……。私なんかには……勿体ない女性でした」

「……お父さん……」

 

 途端、残間は左手の薬指にある結婚指輪へそっと触れ、哀愁を漂わせる。踏み込んだ質問だったと感じ、失言を認めた。

 

「す、すみません。な、何か、変な事を聞いたみたいで……」

「……いいや、私が空気を悪くしたんだ。高遠さん、後で時間をくれないかな? 個人的にお願いしたい事がある。さとみはもう休みなさい」

「お父さん!?」

 

 2人だけになれる絶好の機会。さとみの焦った態度から、残間の妻であり、彼女の母親に関する事だと推測した。

 

「ぼ、僕なんかでお役に立てるなら……」

「高遠さんっ。聞かなくていいのにっ」

「さとみ、一人前になるんだろ? マジシャンは独りではやっていけない。支えてくれるアシスタントが必要だ。今まで見てきたが、高遠さんは信頼に値するよ」

 

 益々、僥倖。遙一は残間から信頼を得ていた。アシスタントを例えにし、秘密を守れる存在だと伝えたかったのだ。

 

「さとみちゃん。頼りないかもしれないけど、お願いされるからには頑張るよっ」

「高遠さん……、ありがとう」

 

 精一杯の笑顔を取り繕えば、さとみは感謝してきた。

 食事を終え、さとみは言われた通りに別れる。残間の泊まる部屋を聞けば、自分よりも下の階層だった。

 

「すみません、食事代まで出して頂いて……残間さん、良ければ……僕の部屋でお話しませんか? 見晴らしも良いですし……」

「それは勿論、高遠さんが迷惑でなければ……」

 

 色よい返事を聞き、エレベーターで移動。遙一の部屋へ案内し、そそくさとカーテンを開け放つ。街のネオンや街頭で彩られた夜景を見せた。

 

「綺麗でしょう、この夜景っ」

「……高遠さん、……この花は……造花かな?」

 

 目的は窓からの見晴らしではなく、薔薇に対する反応。残間は驚愕に声が上擦り、存在を確かめるように薔薇の茎へ触れる。思いやりのある手付きだった。

 

「それはっ、さとみちゃんのお祖母さんが持って来てくれたんです。昔、頂いた薔薇を挿し木にして、温室で育てていたのが咲いたとっ。あ、勝手に飾っちゃって、すみません!」

「ああ……、お義母さんか……。てっきり、アイツかと……」

 

 好感触。疼く本性を抑えようと眼鏡を押さえ込んだ。

 

「アイツとは……もしかして、残間さんのご友人とか、ですか?」

「親友でしたよ、彼は……こんな時に居て欲しいと……願うくらいにはね」

 

 興味深そうな態度で問いかければ、幼馴染は男性と特定。そこを更に追及したかったが、先に残間が懐から一枚の写真を取り出す。彼よりも若く、遙一よりも年嵩の淑女。件の幼馴染ではなく、細君とすぐに察した。

 

「妻のにいみです。さとみの高校入学式で撮りました。一番、最近の写真です。もう3年は経ちますから、雰囲気は変わっているかもしれません。もしも、何処かでお見かけしましたら……私に直接、連絡を頂きたいのです」

「……奥様が行方不明……、大事件じゃないですか!? け、警察に届けるとか!」

 

 畏まった残間は細君の身を強く案じている。警察へ既に通報済みだろう。愚問と知りつつ、狼狽するフリをした。

 

「順を追って、説明致します。私どもは4年前、離婚しました。妻は横浜市へ移り住み、去年の2月頃から家に帰って来なくなったそうです。免許証や通帳、車のキーさえも置き去りにしていた為、神奈川県警は事件性なしと判断し……一般家出人扱いになりました。今も捜索願は出したままです」

「……さとみちゃん、いつも明るくて……そんな事情があったなんて……」

 

 意外な家庭事情に少しだけ、本心から驚く。さとみの天真爛漫な性格、残間の左手にあり続ける結婚指輪がそう感じさせなかった。

 それでも、大げさに動揺するのは忘れない。

 

「横浜に引っ越していたのは、奥様のご実家があるとか……ですか?」

「いえ、妻は東京生まれです。横浜には妻の友人がいますで、そちらを頼ったのかと……」

「ご友人と言えば、……残間さんの友人の皆様に……この話は?」

「……何も、離婚も話していません。あまり周囲に広めては、妻が戻りにくいと思いまして……」

 

 残間から細君への愛を感じる。もしくは離婚理由が彼にあり、それを後ろめたく思っている可能性もあるだろう。欲しい答えを聞くには、深く追及せねばならない。失礼な発言も致し方無し。

 

「相談しましょうよ~。さっき、言っていた親友の方とか! きっとっ、力になってくれますって!」

「……残念ですが……彼とも、連絡が取れません。……断っておきますが、妻が失踪するよりずっと前です。かれこれ、7・8年は経ちます」

 

 わざわざ弁明するのは、駆け落ちを疑わせない為だ。

 

「もし、お写真があれば、ご友人もお探ししますよ。奥様のように……それらしい方をお見掛けすれば、ご連絡いたします」

「……!? そこまでお願いするつもりはなかったのですが……、甘えても宜しいでしょうか?」

 

 残間は躊躇いつつも、今度は手帳を取り出す。2人の青年――若い頃の残間と幼馴染が写った古ぼけた写真を抜き取り、渡してきた。

 持ち歩いていたとは、まさに上々。しかし、背後の建物全体を写すように撮っている為、被写体の顔が小さく判断が付きにくい。

 

「30年前、薔薇十字館と言う場所で撮りました。彼のお気に入りのひとつでして、10代の頃は何度も招待されました。昨年に訪問しましたところ、持ち主は変わっておりました」

「……立派な建物ですね」

 

 後ろには日付と場所が書き込まれても、肝心の名前がない。残間もまるで名を伏せるように代名詞しか、言わなかった。

 これ以上の詮索は時期尚早。寧ろ、写真まで提供して貰ったのは予期せぬ成果だ。

 

「必ず、お役に立って見せましょう」

「……ありがとう、高遠さん。あの花のせいもあるだろうが、今日の貴方は彼によく似ている。私を甘やかすところが特にね」

 

 敬語がなくなり、昔を懐かしんだ残間は友愛を込めて笑う。遙一はその笑みが幼馴染の代わりに向けられたとわかっていた。

 普段なら、気にならない些事。されど、今は幼馴染を羨ましく思う程、残間の笑みを美しく感じる。思わず、世話を焼きたくなるような安らぐ笑顔だった。

 

 朝方、劇団序列が低いさとみを起こしに行く。いつも彼女はその前に起床済み、今日も身なりさえも整え、廊下にいる。遙一に背を向けた残間と話し込んでいた。

 

「おはようございます、お父さん。さとみちゃんっ」

「「おはよう、高遠さん。昨夜はありがとう」」

 

 残間は振り返り、既に帰り支度を済ませた状態。今日の別れを予感した。

 

「丁度良かった。私は先にチェックアウトするので、ご挨拶したかった。高遠さん、色々と迷惑をおかけするが……これからも宜しくお願い致します」

「おや、お帰りですか? お気を付けて……」

 

 名残惜しい気持ちはあったが、引き留めては父娘から変に勘繰られる。残間をエレベーターまで見送ってから、さとみを気遣うように問いかけてみた。

 

「そっか、もうお父さんの送迎はなくなるんだよね。それでも、最後まで居てくれると思ってたよ」

「……ちょっと、用事が出来ちゃってね。元々、今日の公演チケット取れなかったって残念がってたし……」

 

 さとみの悲しげな表情と物言いから、身内事と察する。まさか、彼女に別姓の弟がおり、その弟に関して残間と金田老が揉めたなど、露とも知らず。

 

「大丈夫。お父さんはまた観に来てくれるよ! 僕も次に会うのが楽しみだなあ♪」

「フフフッ、なんで高遠さんが楽しみなの?」

 

 父親から巣立つ為、娘は心細い気持ちに満ちている。そんな見当違いな誤解をしているように、遙一はお道化て見せた。 

 人の激励を素直に受け止め、さとみは全く疑わない。彼女が入団し、青完と出会えて本当に良かった。

 

 ――まだ問題が残っていた。

 サンフィッシュ室内楽団、美術協会、贈り花と差入が以下省略。

 

「私、夏岡 猛彦(なつおか たけひこ)と申します。東京フィルコンツエルトで指揮者を勤めております。御堂先生について、お話が……」

「私は流山 森太郎(ながれやま もりたろう)と申します! これでも、小説を書いてます。高名な多岐川先生のお話を聞かせてもらえれば……」

「ちょっと、ちょっとお兄さん達。私が先ですわ! 私、大村 紺(おおむら こん)と言いまして、飛躍社で社長させて貰ってます~。あの小林画伯が花贈ったっちゅう話を……」

「社長さん、ズルい! 私も朝木先生の話、聞かせて~や。あ、週刊ケンタイの和田 守男(わだ もりお)と申します!」

 

 様々な業界の方々から質問攻め、どれもこれも劇団とは無関係。寧ろ、こちらが事情を知りたい。余計な対応に追われて、時間にも追われた。

 

――三度目の断言だが、誓って遙一は何もしていない!




奥「奥 嘉夫……ひひ。次回『午前4時40分の銃声は鳴らない‐村山』……、あれ? まだ続く……?」

高遠 遙一
魔術列車殺人事件より登場。
薔薇発覚前、「さとみちゃんの父親なんだ。似てるね(営業モード)」
薔薇発覚後、「お父さ~ん♪(ドデカイ感情)」

ピエロ左近寺、ジェントル山神、マーメイド夕海、チャネラー桜庭、ノーブル由良間
魔術列車殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、夕海は岩屋のファン。

面打ち師・辻口 鈴置、内弟子の江波 勝彦
嘆きの鬼殺人事件、ゲストキャラ。

指揮者・夏岡 猛彦
悪魔組曲殺人事件、ゲストキャラ。

小説家・流山 森太郎
吸血鬼伝説殺人事件、ゲストキャラ。

飛躍社社長・大村 紺
金田一少年の殺人、ゲストキャラ。

週刊ケンタイ・和田 守男
天草財宝伝説殺人事件、ゲストキャラ。
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