金田少年の生徒会日誌   作:珍明

141 / 143
そう言えば、このゲーム時間制限とかあったのかな?
そんな事を思いながら、結果発表


Q37 ○○の殺人?・転

 夕食になり、参加者は重労働にグッタリ。目が死んでおり、歩く屍だ。

 反して、(たちばな)先生は満面の笑み。マイクの前に立ち、咳払いをひとつ。誰もが一斉に緊張の視線を注いだ。

 

《皆さん、推理ゲーム開始からちょうど丸1日……経った。ここで見事……暗号を解き、フロッピーディスクを手にした者がいる!! 紹介しよう、音羽出版の鴨下君!!

 

 呼ばれた鴨下(かもした)はビクッと肩を痙攣させたが、いつきから肩を小突かれる形で鼓舞された。

 八の字に眉を寄せ、鴨下は橘先生の隣へ進み出る。弱弱しく、フロッピーディスクを提示した瞬間に、羨望、嫉妬、憤怒と様々な感情が渦巻いた。

 彼もその視線に気づき、頬に冷や汗を流す。だが、勝者の優越感に口元は緩んでいた。

 

《正解者に、盛大なる拍手を!!》

 

 橘先生の号令と共に、拍手喝采。皆の力強い音は、称賛と呼ぶには乱暴過ぎる。己の手を鴨下に見立て、殴っているような暴力性を感じ取った。

 

《それでは答え合わせだ。金田一(きんだいち)君と桜樹君、解説をお願いしたい》

「どうもどうも~♪ 皆さん、ご苦労様でした~」

「早速、ご説明します」

 

 続いて橘先生に呼ばれ、金田一(きんだいち)桜樹(さくらぎ)先輩が陽気に前へ出る。あちこちで「鴨下の奴、上手くやりやがった」「いつきが呼んだ助っ人らしい」とやっかみが囁かれた。

 

「ほんまや~、それで……」

「まんまとやられた……」

「桂 横柄もヒントだったワケ……」

 

 高校生2人の解説を聞きながら、飛躍社の社長・大村(おおむら) (こん)、神田川出版・時任(ときとう) (わたる)、フリー編集・野中(のなか) ともみは悔しさを隠さない。

 

「……っ」

 

 極東TVディレクターの都築(つづき) 哲雄(てつお)も唇を噛みしめ、俯き加減になる。握りしめた拳から、血を滲ませた。余程、悔しいらしい。

 

「桂は昨日の内に帰っちまっただろ。よく野中に繋げたもんだ」

「ああ、桜樹君がな……野中が橘先生にヒントをおねだりしているのを……偶々、聞いたらしい」

 

 カメラマンの針生(はりう) 聖典(きよのり)が感心すれば、いつきは苦笑い。

 〝答え〟を先に知っておけば、後は〝方程式〟を組み立てるのみ。ハジメが楽譜探しの経験から、大村、時任、野中の名前を並べ、閃いた。

 それらを会場の人々が、知る必要はない。

 

「金田先輩、本当に鴨下さんで良かったんですか?」

「……宇治木さんからの提案でもあります。それに問題はここからです、佐木君」

 

 竜太(りゅうた)はハンディカムに周囲の反応を収めつづけ、慎重に耳打ちしてくる。重要なのは次だ。

 

《ありがとう、実に分かりやすかった。ここで、お知らせがある。原稿には皆さんの中にいる人間を1人、実名を出すと話した件についてだが……。それを……取りやめる事にした

「え……」

 

 橘先生は高校生2人を下がらせ、全く語調を変えずに言い切った。まるで、その決定は然程、重要ではないと主張している様子だった。

 都築も驚き、勢いよく顔を上げる。他の人々もざわざわと騒ぎ出しつつ、安堵の息を吐く者もいた。

 (いち)は目を伏せ、胸を撫で下ろす。瞼を開いた時、会場の隅にいる桜樹先輩が見えた。穏やかに微笑み、ハジメとこっそり成功のタッチを交わしていた。

 

センパイ、やりましたね。父が言ってた通り、橘先生……女の子のお願いに弱い方でしたね♪」

「竜二……」

(……橘先生が、ロリコンではありませんように)

 

 竜二(りゅうじ)の言い分を竜太は咎めたが、(いち)は概ね合った経緯の為に無言を貫く。

 フロッピーディスクは朋美(ともみ)が応接間の『大時計の中』から発見し、(いち)達はハジメへ報告。桜樹先輩と暗号解読を成立させ、和田(わだ)にも原稿の存在を伝えた。

 そして、橘先生に実名を出さぬ様、説得を頼んだ。

 ギョッとした和田は恐れ戦きながら、橘先生へ挑戦。先ず、朋美が純粋な気持ちを告げた。

 

〝パパがね、頼まれてないのに仕事にしたら、信頼を失うよって言ってた。お友達に嫌われるってコトでしょ? 朋美……橘先生が嫌われるの、ヤダもん〟

 

 橘先生の身を案じた言葉、感極まった。

 

〝先生、私も娘と同じですぅ。今日、ここに来られただけで充分……楽しませてもらいました〟

 

 和田も実名を伏せるならば、出版権を他人に譲ると断言したのだ。これには橘先生も絶句し、神妙な面持ちで「考えさせて欲しい」と言わしめた。

 

「橘先生……本当は、和田さんに出版権を渡したかったと思うの」

「和田さんは鴨下さんへ恩も売れたから、まあ……真の勝者だよ」

 

 七瀬(ななせ)は感じ入った様子で上の階を見上げ、荒木(あらき)の視線もつられる。

 本来のMVP親子は用意された部屋にて、夕食中。願いが叶った展開は見せたかったが、朋美に大人の醜い部分を晒す羽目になる。それはまだ早いというモノ。

 

《楽しいひと時であった!》

 

 その後、橘先生は参加者を手ぶらで返すのも悪いらしく、ビンゴゲームを開催。用途不明の健康グッズ、釣り道具を手にした人もいた。

 (いち)達は参加せず、食事を平らげる。ハジメと桜樹先輩はいつきや鴨下に捕まり、他の方々に紹介されていく。美人にデレデレする幼馴染に、七瀬は嫉妬全開の笑み。

 ハジメとまだギクシャクしているが、東京に帰ってから謝ろう。

 

「荒木君、純矢君のお父さんが「龍之介」になった理由を聞いてもいいですか?」

「……ああ、それはね。あの芥川 龍之介さ、彼も【邪宗門】の作品名で本を出していてね。龍之介おじさんのお祖父さんは、北原 白秋と合わせて2つの『邪宗館』を所有していたんだ。そっちは完全に廃墟……」

「金田君。この後、書斎に来てくれ。話したい事がある

 

 折角、荒木と盛り上がっていたのに、橘先生は上機嫌に命じる。(いち)の返事も聞かず、「先生、どうかご慈悲を」と群がるハイエナを無視しながら、さっさと行ってしまった。

 

「荒木君、廃墟の『邪宗館』を見に行きませんか? 夜の肝試しと洒落込みましょう!

「……斬新な逃げ口上だね。僕は元々、明日の朝までいる予定だ。愚痴くらいは聞いて上げるから、腹を決めなよ」

 

 (いち)は呼び出しされる心当たりがありまくり、血の気が引く。荒木はやれやれと呆れた笑顔になり、慰めを前提に促してくれた。

 欲を言えば、一緒に来て欲しかった。

 

 豪勢な夕食後、入浴。着替えを忘れていたにも関わらず、脱衣室に用意されていて怖い。

 

「急に泊まられる方は多いので、お気になさらず。お洋服はそのまま、お持ち帰りください」

「ありがとうございます」

 

 (あおい)曰く、突然の宿泊客に対する準備は万端だそうだ。

 

 本館の外は陽がすっかり落ち、夜空は雲に覆われている。濡れた空気は雨を予想させた。

 別館の天窓から、室内の灯りに導かれて扉を叩く。橘先生はひと仕事終えた笑顔を見せ、仕事場へ迎え入れてくれた。

 

「単刀直入に言おう。昼間、いつき君と揉めていただろ。悪く思わんでやってくれ、馬鹿正直な奴でな。建前というモノを知らん。その性格が災いして、惚れた女にも愛想が尽かされよった」

「いつきさんは間違っておりません(なんだ、そっちか)」

 

 手振りでソファーを勧められ、礼儀を以て従う。応接間よりも丈夫な革の感触を受け、背筋を整えた。

 

「正しければ、良い。と言うワケでもあるまい。私も今日は、初心に返らされた。やはり、和田君を呼んで正解だ」

「……橘先生、和田さんに出版権を渡したかったのですか? 最初からそうしては……」

 

 わざわざ急須から茶を淹れてもらい、和田の話になる。橘先生は彼に感服し、本当の笑みを浮かべていた。

 出来レースを企てた理由を知りたくなり、(いち)は失礼の無い様に問う。にいみが和田を利用……信用した事情もそこにあると踏んだ。

 それを知る事で、迫りくる再会に向けた心の準備をしたかった。

 

「……私くらいの立場になると、選べんのだよ。他の連中を納得させる理由なぞ、考えるだけで時間の無駄さ」

「和田さんを選んだ理由は……っ」

 

 唐突のノック音に、口を噤んだ。

 

「入ってくれ」

「失礼しま~す。橘先生、何の……ご用……お?」

げえ!! いつきさん

 

 橘先生に応じて扉を開けたのは、いつき。先客にギョッとされたが、こちらも胃が竦む。驚き過ぎ、声に出した悲鳴は甲高くて恥ずかしい。

 

「丁度良かった、いつき君。ちょいと席を外すから、場を持たせてくれ」

「「は!?」」

 

 一切、丁度良くない。まだ話の途中だ。

 橘先生は企みの笑顔で構わず、ソファーから立ち上がる。(いち)は引き留めようと、手を伸ばしかけた。

 

「10時過ぎには棗が夜食を持って来るから、それまでに戻る。何か必要なら、葵にでも持って来させてくれ。いつき君は内線番号を知っとるな」

「ええ、あの……橘先生」

 

 スタスタと歩き、橘先生はお節介焼きオジサンの顔になる。いつきの質問さえ無視し、静かに閉めて出て行った。

 ビデオのデジタル時計を見れば、午後8時45分。

 

 ――1時間以上あるじゃねえか!!

 

 置き去りにされた2人の気持ちは、ひとつになった。

 

「しゃ~ねえなあ……」

 

 流石、いつきは橘先生の無茶振りに慣れた対応。ソファーへドカッと座り、ふ~っと煙草に火を点けた。

 だが、(いち)はそこまで人間が出来ていない。彼の顔が間近にあると、遠野先輩と最後に過ごした日を否が応でも思い返してしまう。

 ふと、いつきが花都 千冬(はなと ちふゆ)を尋ねた記憶も蘇った。あの出来事で彼女はバイトを辞めてしまい、今は(・・)長野のコテージ・スノーキャンドルにいる。

 

ヤッバ!! 桜樹先輩に言ってないけど……ああっ、店長とか有森君なら……報告すんじゃね? そもそも、桜樹先輩がいつきさんの依頼を引き受けたのって、花都さんの居場所を詮索しない条件とか?)

おお!? どうし……アツッ

 

 驚愕の事実に絶句し、(いち)は勢いよくソファーから立ち上がる。いつきもビックリして、煙草の灰を手の甲へ落としが、気にしていられない。

 

「いつきさん、自分……失礼しますっ」

「はあ!? おい、橘先生に待ってろって言われただろうが!」

 

 桜樹先輩へ事実確認が先、(いち)は焦りのままに扉を開ける。突如、集中豪雨が降り注いだ。

 バケツをひっくり返した勢いは数歩の距離にある本館を遠く、感じさせる。濡れ鼠となれば、必然的に風呂や着替えをもう一度、借りなければならない。

 天候さえも、敵になった。

 ため息を殺し、止むまで待とうと扉を閉めた。

 

「あ~……金田クンよお。まあ、座れや……」

「金田で構いません、……はい。大人しくしています」

 

 気まずそうに頬を掻き、いつきは言い慣れない呼び方でソファーを勧める。(いち)は承諾したが、焦燥感が募る自分を止められない。無礼を承知で隅っこ部分へ腰かけた。

 

(花都さんの話を出すなよ、絶対に出すなよ。振りじゃないからな!

 

 でなければ、反射的に手が出てしまう。ハジメが『借りがある』と言った相手だ。

 堪える。

 頬を流れる汗も煩わしくて、拭う。水槽の金魚を愛でる事に全集中し、いつきの存在を意識の外へ排除した。

 

「そういや、花都 千冬はどうしてる? 佐木の兄に聞いても、教えてくんなくてさ」

 

 人の不安は大概、的中する。

 只の質問か、共通の話題を探しただけ。いつきの喋り方に、他意はなかった。そう認識する前に、灰皿を掴んでいた(・・・・・・・・)

 

 ――凡そ5分の回想終了。体感的に30分くらい経過した気がする。

 

(……原稿、関係なくね?)

 

 今頃になり、気付く。但し、思惑はどうであれ、いつきと2人きりにした橘先生の責任である。その結論だけは変わらない。

 段々と人を殴った感触は手から抜け落ち、震えも止まっていた。

 代わりにハジメへの罪悪感が募り、書斎へ戻ろうか悩む。

 

「金田先輩、そんなところに居たんですか。探しましたよ、もう10時になります。布団に急いでっ」

「佐木君、ありが……」

 

 ひょいっと現れた竜太に就寝時間を心配され、返事をした瞬間は覚えている。

 

 

 目を覚ませば、佐木兄弟の体温と寝息が当たり前になってきた。

 今回は少し違い、佐木(さき)父のハンディカム。我が子が肉布団にされても、笑顔を絶やさずに撮り続ける。そこに、一種の執念を感じた。

 悪い気がしないのは、慣れ。

 

「佐木君のお父様、おはようございます」

 

 一先ず、挨拶とピースサイン。佐木父も「おはよう」の指サイン、竜太もムクリッと起き上がった。

 

「佐木君、おはようございます」

「金田先輩……起きて早々ですが、ちょっと……問題が」

 

 寝惚けた顔でベッドサイドに置いた眼鏡を掛け、竜太は何かを言いかけた。

 

 ――バン!!

 

 扉が乱暴に開け放たれ、いつきの登場。眉間に寄せたシワ、コメカミに浮き出た血管、歯を食いしばった唇の震え。

 相当に、ご立腹だ。

 

やっと起きやがったな、クソガキ!! おらあ、とっと弁明しやがれ!!

(チッ、そう簡単に記憶は飛ばないか……)

「ふあ! ……なんだ、いつきさんか……

 

 全然、怖くない。(いち)はとっくに吹っ切れている。代わりに驚いた竜二が、飛び起きた。

 

「いつきさん、おはようございます。――随分と元気がいいね~、何かいいことでもあったのかい? ――」

なんだぁ、その自称バランサーみたいな物の言い方はよおぉ!! てめえのせいで、俺はとんだ変態扱いされてんだよ!!

「いつきさん、落ち着いて……」

「いつきさん、短気はイカン! 若様の話が先やて~」

 

 折角の挨拶を癇癪で返され、慌てた宇治木(うじき)と和田が間に入ってくれた。

 どうも、様子がおかしい。

 

「自分が寝た後、何がありましたか?」

「「いつきさんが金田一(きんだいち)先輩を押し倒してました」」

 

 昨晩の深夜10時、橘先生はお手伝いの花村(はなむら) (なつめ)と好奇心旺盛な竜二を伴い、書斎へ戻った。

 いつきがハジメを床に押さえ込み、テーブル上の灰皿や置物も散乱。涙目の高校生、着衣の乱れはどう見ても無理強い場面の目撃であった。

 

神聖な書斎で、何をしとるかあ!!

 

 橘先生は仕事場を汚されたと怒り心頭。

 いつきとハジメが必死に誤解だと訴えたが、「長い付き合いだ。警察を呼ばないだけマシと思え!!」と聞く耳持たない状態に陥っていた。

 

「……なすて、そんな面白い……もとい、ハジメちゃんが気の毒です。この経験がトラウマになって、一生童貞が確定しましたね」

「「プププッ、超ウケる……」」

誰が一生だ、こらあ!?

 

 嗤わないように頑張り過ぎて、笑ってしまう。

 佐木兄弟も反射的に口を押さえたが、肩の震えは止まない。廊下に控えていたハジメが顔を真っ赤に染め上げ、大人達を押し退けた。

 

「ハジメちゃん、お怪我はありませんか? 大人の人にいきなり、押し倒されて……さぞ、怖かったでしょう。黒沼先生、お呼びしますね」

「金田……俺は時々、お前が二重人格じゃないかって、疑う時あるわ。後、弁護士を呼ぶな。洒落にならん」

 

 ハジメの身を案じたのに、気味悪がられた。ショックだ。

 

「俺はまた殴られる前に、お前を捻じ伏せたかっただけだっつ~の! そもそも、お前が殴るからこうなったんだろうが! そこは目ぇ、瞑ってやるから!! さっさと行って来い!」

(知らんがな)

 

 アリバイ工作しても、あっさりと書斎に居た事実はバレる。

 そもそも、橘先生といつきが知っているのだから、正に徒労。詰めが甘くて、(いち)は犯罪に向かないと痛感した。

 

「金田先輩……違う部分で反省してません? まあ、それはいいとして……どうやって足跡を残さずに書斎を出たんですか?」

「僅かな時間、雨が降ったでしょ。金田一(きんだいち)センパイがその後に書斎へ行った足跡しか、ないんです」

「金田、頼むよ。本当の事を話してくれ。橘さん……いつきさんが俺と密会する為に、お前を書斎から追い出したってカンカンなんだよ」

 

 竜太に質問され、竜二は録画したビデオ映像を見せる。ハジメが頭をガジガジと掻く仕草を見る限り、トリックそのものは見抜かれていないと察した。

 否、(いち)が起きた時に真相を話してくれる。そう信じて、解かなかっただけ。

 それは、いつきを助ける為だ。イラッとする。

 

「佐木君が、謎を解いてください」

「え、僕?」

「「はあ!?」」

 

 竜太のハンディカムを指先で突き、推理を促す。2人の重なった声は煩かったが、肝心の本人はキョトンするだけで拒まない。

 

「ええ~兄さんが、ですかあ?」

「はい、桜樹先輩は昨日の件でお疲れなのです。ハジメちゃんは一晩経ったにも関わらず、謎が解けていません。ミス研の先輩に代わり、ここは竜太君の出番(・・・・・・)と言うモノです」

「おい、金田。ナチュラルに俺が推理サボったみてえに、言いやがったな」

 

 不満そうな竜二は説明を聞いても、態度を変えず。流石の温厚なハジメも、ムッとした。

 

「やります。……大丈夫です、父さん。謎を解かずして、何の為の助手かっ」

「兄さん!?」

「佐木1号!?」

 

 深呼吸した竜太は眼鏡の蝶番を押さえ、今までにない覚悟を決めた表情を見せる。佐木父が彼に何を言ったか、物凄く気になった。

 

「ごめん、佐木君の推理力を疑うワケじゃないけど……謎が解けなかったら、どうなるの?」

「橘先生が、おっしゃる通りになるだけです」

 

 宇治木の不安にはしっかりと、(いち)は何の含みも持たせずに答えた。

 

 朝の日課を終え、応接間に並べられた朝食を頂く。昨晩の内に大勢が引き揚げ、自分達以外は鴨下、都築と僅か数名のみ。

 

「皆さん、随分と帰りが早いのね」

「ハハハ、私だけに構っているワケにいかんのでな。大方、一昨日の騒動に取り掛かっておるんだろ」

 

 桜樹先輩に橘先生は可笑しそうに答え、怒っている様子に見えない。機嫌を隠しているなら、上手いモノだ。

 

「山之内先生が亡くなられて、ウチの出版社も大慌ててです」

「県内だと、どっかの古~い城が燃えたらしいな。……帰りに、現場へ寄ってみるか」

 

 鴨下は作家の急死を悼む。いつきの何気ないひと言に、火事の詳細を知る自分達はそっと目を逸らした。

 

「ほな、橘先生……私らお暇します。若様、……いえいえ、お母様によろしゅう」

「……フフフ、分かりました。和田さんには助けられたと伝えておきます」

 

 身支度を整え、和田は皆へ頭を下げる。(いち)へコッソリと耳打ちした声は怯えに怯え、感謝も込めてそう言った。

 

「いつきのオジチャン。お兄ちゃんとの恋、頑張ってね! 朋美、応援してる♪

ブッ!! ……朋美ちゃんに言った奴、怒らねえから名乗り出ろ……

 

 朋美は去り際、いつきへ純粋な声援を送った。

 ほとんど人が口に含んだ水滴を吐き出し、彼の禍々しい笑顔に答える者なし。棗が目を逸らした時点で丸分かりだが、今は言うまい。

 

「僕はいつきさんが誰とどうなろうが、構いません。お幸せに」

「鴨下、うるせえ! 金田一(きんだいち)、佐木、いつまで食ってんだ。行くぞ!」

「「は~い」」

 

 鴨下の冗談か本気か分からない応援は、いつきを不愉快にさせた。竜太とハジメはさっさと朝食を平らげ、別館へダッシュ。

 

「何だか、面白い事になってるね。今度は誰の差し金だい?」

「ウフフフ、金田君……素知らぬフリをしても無駄よ」

 

 荒木と桜樹先輩はクスクスと笑い、騒動の見物人を決め込んでいた。

 

「七瀬さん、ハジメちゃんと行かないのですか?」

「何言ってるの、あたしは金田君の監視。誰かさんに似て、す~ぐいなくなっちゃうんだからっ」

 

 優雅に紅茶を啜り、七瀬はビッと指差してくる。彼女に報せなかっただけだが、反論しないでおく。

 

「橘先生、私も失礼致します」

「ああ、帰り道。気を付けてな」

 

 都築も朝食を終え、見送りに立った橘先生へ深々と頭を下げた。

 (いち)にとって2人のやり取りを目にしたのは、最初で最後だった。

 

 鴨下も出版社へ現物を見せる為、別荘を出発。橘先生も書斎へこもり、宇治木は再々、上司とのやり取りで席を外す。

 応接間は一気に人を減らし、10代の少年少女のみ。

 

「さあて、はじめちゃん達を待つ間……来週のテスト勉強でもしますか。桜樹先輩は勉強道具、ありますか?」

「……苦手な科目はね、七瀬さん……全教科持ち込んだの?」

「おお……これが、東京の教科書……。……駄目だ、目眩がする……」

「作家なのに……?」

 

 あちこちの事態が進展するまでの間、七瀬の提案で勉強に励む。桜樹先輩もどこからともなく、数冊の教科書を取り出した。

 荒木は興味深そうに教科書を手に取ったかと思えば、クラッと立ち眩みに襲われていた。

 キョトンとした竜二のツッコミを聞きつつ、(いち)も教科書に並んだ文字の羅列は頭が痛い。

 

(あ~、これが台本なら……頭入んのに。ま~た、神矢君にノート借りねえと……)

 

 家庭の事情とは言え、そろそろ出席日数も不安になってくる。一度、真剣に担任の先生へ相談しようと決めた。

 

「ごめん、金田君。勉強中のところ……携帯電話の電源、入れてないだろ。多岐川先生が繋がらないって、こっちへ連絡して来たよ」

「……そうでした、すっかり忘れていました。……うお、ウルサ……!!」

 

 宇治木に確認され、(いち)はハッとする。ヒップバッグを開き、携帯電話の電源を入れた瞬間にけたたましく鳴り響いた。

 相手は勿論、父・残間(ざんま)でゲンナリ。

 

「七瀬さん……パス」

「金田君、自分のお父さんでしょう!! まったくもう……七瀬です。はい、はい……そうです」

 

 七瀬に携帯電話を放り投げ、(いち)は廊下へ退散。流石、生徒会長。人の頼みを無下にしない。

 

「分かりました、お待ちしてます。金田君、多岐川先生……もうすぐ着くよ」

「宇治木さん、ありがとうございます」

 

 宇治木は通話しながら、追いかけてくる。彼が切ったタイミングで、今度は別荘の電話が鳴った。

 

「お待ちください。橘先生、多岐川様からお電話が入っております」

 

 葵は丁寧に内線電話へ切り替え、橘先生へ繋げる。きっと同じ内容だろう。

 

「宇治木さん、携帯電話を買われたのですね」

「コレ、会社から支給されたヤツ。仕事以外で使っちゃダメなんだ。俺が買うにはちぃ~と値が張るし」

 

 宇治木の携帯を見つめながら、プールへ向かう。昨日の混雑が嘘のように静まり返り、水も抜いていた。

 音もなく吹く風は少し冷たく、頬を撫でた。

 

「宇治木さん、本当に色々とありがとうございました。言いそびれたくありませんので、今……言っておきます」

 

 折角のパーティーに賓客として招かれたにも関わらず、高校生に扱き使われた。

 その働きに見合う出版権さえ、手放した。

 申し訳なさと感謝を伝えれば、宇治木は途端に目線を下げる。更に気まずそうな様子で、唇を噛む。

 

「……ごめん、ずっと黙ってようと思ったけど……やっぱり、無理だ。金田君、キミさ……俺と尾高山で会ってるよね? 3月の遺体捜索が行われた……あの日にっ」

「……!? どうして……」

 

 神妙な面持ちで訊ねられ、ゾッとする。

 確かに本当の初対面は尾高山、(いち)はニット帽やスノーゴーグル、マスクで顔を完全に隠した状態。宇治木に声をかけられた際、適当に貰った名刺を渡して誤魔化し、隙を見て逃げた。

 2度目に出会った偶然は死ぬ程、驚かされた。

 

「……『夜桜亭』行きのバスでさ、佐木君と白峰君に週刊誌の記者だって紹介してくれただろ。……俺、ちゃんと自己紹介していなかったし。多岐川先生の仕事相手なら、普通は編集者を思い付くもんだ。まあ、そん時は先生が前から、俺の話をしてくれたのかな~って聞き流してた」

(本当だっ、あ~やっちまった)

 

 流石、記者。些細な言い間違えにも疑問を抱き、しっかりと記憶に焼き付けている。恐れ入った。

 

「その節は……どうも。碌に話もせず……」

「いやいや、アレはしょうがないよ。いきなり、信用しろって無理があったし……」

 

 冷や汗を掻きながら、(いち)は平身低頭。

 

「先に言いますが、自分は甥です」

「え……甥? 隠し子じゃなくて?」

「甥ですっ。その……父は一昨日の火災に巻き込まれた当事者でして……」

「……あ~成程、橘先生の言ってた惨劇に当てはまるね」

 

 意を決し、(いち)は素性を明かす。勢いに押された宇治木は一瞬、キョトンと目を丸くした。更に言い訳がましい説明を加えれば、ようやく納得してもらえた。

 それでも、宇治木の表情から憐れみは消えない。

 

「……辛い時期に、尾高山へ行かなければならない程……好きだったんだね。氷室 一聖が……」

 

 憐憫よりも同情的な物言いは、心に沁みる。

 宇治木もまた愛する人を失った痛みを知るのだと、理解した。だから、出会い頭に(いち)の内情を見抜けた。

 そんな彼になら、氷室(ひむろ)伯父への愛を教えられる。否、聞いて欲しいと思った。

 

「……はい、愛しています。今も……」

「……愛……何だろうなあ、すっげえ……キミらしいよ」

 

 言い慣れたはずの愛の言葉。けれども、今日は妙に照れ臭い。

 宇治木が一世一代の偉人を相手取り、取材する真摯な態度を貫く為だろう。でも、彼は亡き天才画伯の甥について、勝手な仕事をしない。

 そう、信頼した。




野中「野中よ、あ~あ……とんだ時間の浪費ね。橘先生もな~んか普段より、お行儀いいし。現役女子高校生のせいかしら? さて、次回は『○○の殺人?・結』!! ……!? また特ダネ逃した……」

鴨下 あきら
音羽出版の編集、困ったような八の字眉毛が特徴。仕事の為なら、いつきも扱き使う。作中にて、和田から出版権を譲渡される

大村 紺
飛躍社の社長、橘の死で本が売れると笑ってた(うわ……)

時任 亘
神田川出版社・編集者、はじめちゃんの逮捕情報を編集長にタレこんだ(てめえ)

野中 ともみ
フリー編集、自分の魅力がよく分かっている

針生 聖典
最近、手術したばっかりのカメラマン。良い人


花都 千冬
なぜ、暖炉は燃えていたか? ゲストキャラ。作中にて、コテージ・スノーキャンドルに勤務中
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。