金田少年の生徒会日誌 作:珍明
そんな事を思いながら、結果発表
夕食になり、参加者は重労働にグッタリ。目が死んでおり、歩く屍だ。
反して、
《皆さん、推理ゲーム開始からちょうど丸1日……経った。ここで見事……暗号を解き、フロッピーディスクを手にした者がいる!! 紹介しよう、音羽出版の鴨下君!!》
呼ばれた
八の字に眉を寄せ、鴨下は橘先生の隣へ進み出る。弱弱しく、フロッピーディスクを提示した瞬間に、羨望、嫉妬、憤怒と様々な感情が渦巻いた。
彼もその視線に気づき、頬に冷や汗を流す。だが、勝者の優越感に口元は緩んでいた。
《正解者に、盛大なる拍手を!!》
橘先生の号令と共に、拍手喝采。皆の力強い音は、称賛と呼ぶには乱暴過ぎる。己の手を鴨下に見立て、殴っているような暴力性を感じ取った。
《それでは答え合わせだ。
「どうもどうも~♪ 皆さん、ご苦労様でした~」
「早速、ご説明します」
続いて橘先生に呼ばれ、
「ほんまや~、それで……」
「まんまとやられた……」
「桂 横柄もヒントだったワケ……」
高校生2人の解説を聞きながら、飛躍社の社長・
「……っ」
極東TVディレクターの
「桂は昨日の内に帰っちまっただろ。よく野中に繋げたもんだ」
「ああ、桜樹君がな……野中が橘先生にヒントをおねだりしているのを……偶々、聞いたらしい」
カメラマンの
〝答え〟を先に知っておけば、後は〝方程式〟を組み立てるのみ。ハジメが楽譜探しの経験から、大村、時任、野中の名前を並べ、閃いた。
それらを会場の人々が、知る必要はない。
「金田先輩、本当に鴨下さんで良かったんですか?」
「……宇治木さんからの提案でもあります。それに問題はここからです、佐木君」
《ありがとう、実に分かりやすかった。ここで、お知らせがある。原稿には皆さんの中にいる人間を1人、実名を出すと話した件についてだが……。それを……取りやめる事にした》
「え……」
橘先生は高校生2人を下がらせ、全く語調を変えずに言い切った。まるで、その決定は然程、重要ではないと主張している様子だった。
都築も驚き、勢いよく顔を上げる。他の人々もざわざわと騒ぎ出しつつ、安堵の息を吐く者もいた。
「センパイ、やりましたね。父が言ってた通り、橘先生……女の子のお願いに弱い方でしたね♪」
「竜二……」
(……橘先生が、ロリコンではありませんように)
フロッピーディスクは
そして、橘先生に実名を出さぬ様、説得を頼んだ。
ギョッとした和田は恐れ戦きながら、橘先生へ挑戦。先ず、朋美が純粋な気持ちを告げた。
〝パパがね、頼まれてないのに仕事にしたら、信頼を失うよって言ってた。お友達に嫌われるってコトでしょ? 朋美……橘先生が嫌われるの、ヤダもん〟
橘先生の身を案じた言葉、感極まった。
〝先生、私も娘と同じですぅ。今日、ここに来られただけで充分……楽しませてもらいました〟
和田も実名を伏せるならば、出版権を他人に譲ると断言したのだ。これには橘先生も絶句し、神妙な面持ちで「考えさせて欲しい」と言わしめた。
「橘先生……本当は、和田さんに出版権を渡したかったと思うの」
「和田さんは鴨下さんへ恩も売れたから、まあ……真の勝者だよ」
本来のMVP親子は用意された部屋にて、夕食中。願いが叶った展開は見せたかったが、朋美に大人の醜い部分を晒す羽目になる。それはまだ早いというモノ。
《楽しいひと時であった!》
その後、橘先生は参加者を手ぶらで返すのも悪いらしく、ビンゴゲームを開催。用途不明の健康グッズ、釣り道具を手にした人もいた。
ハジメとまだギクシャクしているが、東京に帰ってから謝ろう。
「荒木君、純矢君のお父さんが「龍之介」になった理由を聞いてもいいですか?」
「……ああ、それはね。あの芥川 龍之介さ、彼も【邪宗門】の作品名で本を出していてね。龍之介おじさんのお祖父さんは、北原 白秋と合わせて2つの『邪宗館』を所有していたんだ。そっちは完全に廃墟……」
「金田君。この後、書斎に来てくれ。話したい事がある」
折角、荒木と盛り上がっていたのに、橘先生は上機嫌に命じる。
「荒木君、廃墟の『邪宗館』を見に行きませんか? 夜の肝試しと洒落込みましょう!」
「……斬新な逃げ口上だね。僕は元々、明日の朝までいる予定だ。愚痴くらいは聞いて上げるから、腹を決めなよ」
欲を言えば、一緒に来て欲しかった。
豪勢な夕食後、入浴。着替えを忘れていたにも関わらず、脱衣室に用意されていて怖い。
「急に泊まられる方は多いので、お気になさらず。お洋服はそのまま、お持ち帰りください」
「ありがとうございます」
本館の外は陽がすっかり落ち、夜空は雲に覆われている。濡れた空気は雨を予想させた。
別館の天窓から、室内の灯りに導かれて扉を叩く。橘先生はひと仕事終えた笑顔を見せ、仕事場へ迎え入れてくれた。
「単刀直入に言おう。昼間、いつき君と揉めていただろ。悪く思わんでやってくれ、馬鹿正直な奴でな。建前というモノを知らん。その性格が災いして、惚れた女にも愛想が尽かされよった」
「いつきさんは間違っておりません(なんだ、そっちか)」
手振りでソファーを勧められ、礼儀を以て従う。応接間よりも丈夫な革の感触を受け、背筋を整えた。
「正しければ、良い。と言うワケでもあるまい。私も今日は、初心に返らされた。やはり、和田君を呼んで正解だ」
「……橘先生、和田さんに出版権を渡したかったのですか? 最初からそうしては……」
わざわざ急須から茶を淹れてもらい、和田の話になる。橘先生は彼に感服し、本当の笑みを浮かべていた。
出来レースを企てた理由を知りたくなり、
それを知る事で、迫りくる再会に向けた心の準備をしたかった。
「……私くらいの立場になると、選べんのだよ。他の連中を納得させる理由なぞ、考えるだけで時間の無駄さ」
「和田さんを選んだ理由は……っ」
唐突のノック音に、口を噤んだ。
「入ってくれ」
「失礼しま~す。橘先生、何の……ご用……お?」
「げえ!! いつきさん」
橘先生に応じて扉を開けたのは、いつき。先客にギョッとされたが、こちらも胃が竦む。驚き過ぎ、声に出した悲鳴は甲高くて恥ずかしい。
「丁度良かった、いつき君。ちょいと席を外すから、場を持たせてくれ」
「「は!?」」
一切、丁度良くない。まだ話の途中だ。
橘先生は企みの笑顔で構わず、ソファーから立ち上がる。
「10時過ぎには棗が夜食を持って来るから、それまでに戻る。何か必要なら、葵にでも持って来させてくれ。いつき君は内線番号を知っとるな」
「ええ、あの……橘先生」
スタスタと歩き、橘先生はお節介焼きオジサンの顔になる。いつきの質問さえ無視し、静かに閉めて出て行った。
ビデオのデジタル時計を見れば、午後8時45分。
――1時間以上あるじゃねえか!!
置き去りにされた2人の気持ちは、ひとつになった。
「しゃ~ねえなあ……」
流石、いつきは橘先生の無茶振りに慣れた対応。ソファーへドカッと座り、ふ~っと煙草に火を点けた。
だが、
ふと、いつきが
(ヤッバ!! 桜樹先輩に言ってないけど……ああっ、店長とか有森君なら……報告すんじゃね? そもそも、桜樹先輩がいつきさんの依頼を引き受けたのって、花都さんの居場所を詮索しない条件とか?)
「おお!? どうし……アツッ」
驚愕の事実に絶句し、
「いつきさん、自分……失礼しますっ」
「はあ!? おい、橘先生に待ってろって言われただろうが!」
桜樹先輩へ事実確認が先、
バケツをひっくり返した勢いは数歩の距離にある本館を遠く、感じさせる。濡れ鼠となれば、必然的に風呂や着替えをもう一度、借りなければならない。
天候さえも、敵になった。
ため息を殺し、止むまで待とうと扉を閉めた。
「あ~……金田クンよお。まあ、座れや……」
「金田で構いません、……はい。大人しくしています」
気まずそうに頬を掻き、いつきは言い慣れない呼び方でソファーを勧める。
(花都さんの話を出すなよ、絶対に出すなよ。振りじゃないからな!)
でなければ、反射的に手が出てしまう。ハジメが『借りがある』と言った相手だ。
堪える。
頬を流れる汗も煩わしくて、拭う。水槽の金魚を愛でる事に全集中し、いつきの存在を意識の外へ排除した。
「そういや、花都 千冬はどうしてる? 佐木の兄に聞いても、教えてくんなくてさ」
人の不安は大概、的中する。
只の質問か、共通の話題を探しただけ。いつきの喋り方に、他意はなかった。そう認識する前に、
――凡そ5分の回想終了。体感的に30分くらい経過した気がする。
(……原稿、関係なくね?)
今頃になり、気付く。但し、思惑はどうであれ、いつきと2人きりにした橘先生の責任である。その結論だけは変わらない。
段々と人を殴った感触は手から抜け落ち、震えも止まっていた。
代わりにハジメへの罪悪感が募り、書斎へ戻ろうか悩む。
「金田先輩、そんなところに居たんですか。探しましたよ、もう10時になります。布団に急いでっ」
「佐木君、ありが……」
ひょいっと現れた竜太に就寝時間を心配され、返事をした瞬間は覚えている。
目を覚ませば、佐木兄弟の体温と寝息が当たり前になってきた。
今回は少し違い、
悪い気がしないのは、慣れ。
「佐木君のお父様、おはようございます」
一先ず、挨拶とピースサイン。佐木父も「おはよう」の指サイン、竜太もムクリッと起き上がった。
「佐木君、おはようございます」
「金田先輩……起きて早々ですが、ちょっと……問題が」
寝惚けた顔でベッドサイドに置いた眼鏡を掛け、竜太は何かを言いかけた。
――バン!!
扉が乱暴に開け放たれ、いつきの登場。眉間に寄せたシワ、コメカミに浮き出た血管、歯を食いしばった唇の震え。
相当に、ご立腹だ。
「やっと起きやがったな、クソガキ!! おらあ、とっと弁明しやがれ!!」
(チッ、そう簡単に記憶は飛ばないか……)
「ふあ! ……なんだ、いつきさんか……」
全然、怖くない。
「いつきさん、おはようございます。――随分と元気がいいね~、何かいいことでもあったのかい? ――」
「なんだぁ、その自称バランサーみたいな物の言い方はよおぉ!! てめえのせいで、俺はとんだ変態扱いされてんだよ!!」
「いつきさん、落ち着いて……」
「いつきさん、短気はイカン! 若様の話が先やて~」
折角の挨拶を癇癪で返され、慌てた
どうも、様子がおかしい。
「自分が寝た後、何がありましたか?」
「「いつきさんが
昨晩の深夜10時、橘先生はお手伝いの
いつきがハジメを床に押さえ込み、テーブル上の灰皿や置物も散乱。涙目の高校生、着衣の乱れはどう見ても無理強い場面の目撃であった。
〝神聖な書斎で、何をしとるかあ!!〟
橘先生は仕事場を汚されたと怒り心頭。
いつきとハジメが必死に誤解だと訴えたが、「長い付き合いだ。警察を呼ばないだけマシと思え!!」と聞く耳持たない状態に陥っていた。
「……なすて、そんな面白い……もとい、ハジメちゃんが気の毒です。この経験がトラウマになって、一生童貞が確定しましたね」
「「プププッ、超ウケる……」」
「誰が一生だ、こらあ!?」
嗤わないように頑張り過ぎて、笑ってしまう。
佐木兄弟も反射的に口を押さえたが、肩の震えは止まない。廊下に控えていたハジメが顔を真っ赤に染め上げ、大人達を押し退けた。
「ハジメちゃん、お怪我はありませんか? 大人の人にいきなり、押し倒されて……さぞ、怖かったでしょう。黒沼先生、お呼びしますね」
「金田……俺は時々、お前が二重人格じゃないかって、疑う時あるわ。後、弁護士を呼ぶな。洒落にならん」
ハジメの身を案じたのに、気味悪がられた。ショックだ。
「俺はまた殴られる前に、お前を捻じ伏せたかっただけだっつ~の! そもそも、お前が殴るからこうなったんだろうが! そこは目ぇ、瞑ってやるから!! さっさと行って来い!」
(知らんがな)
アリバイ工作しても、あっさりと書斎に居た事実はバレる。
そもそも、橘先生といつきが知っているのだから、正に徒労。詰めが甘くて、
「金田先輩……違う部分で反省してません? まあ、それはいいとして……どうやって足跡を残さずに書斎を出たんですか?」
「僅かな時間、雨が降ったでしょ。
「金田、頼むよ。本当の事を話してくれ。橘さん……いつきさんが俺と密会する為に、お前を書斎から追い出したってカンカンなんだよ」
竜太に質問され、竜二は録画したビデオ映像を見せる。ハジメが頭をガジガジと掻く仕草を見る限り、トリックそのものは見抜かれていないと察した。
否、
それは、いつきを助ける為だ。イラッとする。
「佐木君が、謎を解いてください」
「え、僕?」
「「はあ!?」」
竜太のハンディカムを指先で突き、推理を促す。2人の重なった声は煩かったが、肝心の本人はキョトンするだけで拒まない。
「ええ~兄さんが、ですかあ?」
「はい、桜樹先輩は昨日の件でお疲れなのです。ハジメちゃんは一晩経ったにも関わらず、謎が解けていません。ミス研の先輩に代わり、ここは
「おい、金田。ナチュラルに俺が推理サボったみてえに、言いやがったな」
不満そうな竜二は説明を聞いても、態度を変えず。流石の温厚なハジメも、ムッとした。
「やります。……大丈夫です、父さん。謎を解かずして、何の為の助手かっ」
「兄さん!?」
「佐木1号!?」
深呼吸した竜太は眼鏡の蝶番を押さえ、今までにない覚悟を決めた表情を見せる。佐木父が彼に何を言ったか、物凄く気になった。
「ごめん、佐木君の推理力を疑うワケじゃないけど……謎が解けなかったら、どうなるの?」
「橘先生が、おっしゃる通りになるだけです」
宇治木の不安にはしっかりと、
朝の日課を終え、応接間に並べられた朝食を頂く。昨晩の内に大勢が引き揚げ、自分達以外は鴨下、都築と僅か数名のみ。
「皆さん、随分と帰りが早いのね」
「ハハハ、私だけに構っているワケにいかんのでな。大方、一昨日の騒動に取り掛かっておるんだろ」
桜樹先輩に橘先生は可笑しそうに答え、怒っている様子に見えない。機嫌を隠しているなら、上手いモノだ。
「山之内先生が亡くなられて、ウチの出版社も大慌ててです」
「県内だと、どっかの古~い城が燃えたらしいな。……帰りに、現場へ寄ってみるか」
鴨下は作家の急死を悼む。いつきの何気ないひと言に、火事の詳細を知る自分達はそっと目を逸らした。
「ほな、橘先生……私らお暇します。若様、鬼……いえいえ、お母様によろしゅう」
「……フフフ、分かりました。和田さんには助けられたと伝えておきます」
身支度を整え、和田は皆へ頭を下げる。
「いつきのオジチャン。お兄ちゃんとの恋、頑張ってね! 朋美、応援してる♪」
「ブッ!! ……朋美ちゃんに言った奴、怒らねえから名乗り出ろ……」
朋美は去り際、いつきへ純粋な声援を送った。
ほとんど人が口に含んだ水滴を吐き出し、彼の禍々しい笑顔に答える者なし。棗が目を逸らした時点で丸分かりだが、今は言うまい。
「僕はいつきさんが誰とどうなろうが、構いません。お幸せに」
「鴨下、うるせえ!
「「は~い」」
鴨下の冗談か本気か分からない応援は、いつきを不愉快にさせた。竜太とハジメはさっさと朝食を平らげ、別館へダッシュ。
「何だか、面白い事になってるね。今度は誰の差し金だい?」
「ウフフフ、金田君……素知らぬフリをしても無駄よ」
荒木と桜樹先輩はクスクスと笑い、騒動の見物人を決め込んでいた。
「七瀬さん、ハジメちゃんと行かないのですか?」
「何言ってるの、あたしは金田君の監視。誰かさんに似て、す~ぐいなくなっちゃうんだからっ」
優雅に紅茶を啜り、七瀬はビッと指差してくる。彼女に報せなかっただけだが、反論しないでおく。
「橘先生、私も失礼致します」
「ああ、帰り道。気を付けてな」
都築も朝食を終え、見送りに立った橘先生へ深々と頭を下げた。
鴨下も出版社へ現物を見せる為、別荘を出発。橘先生も書斎へこもり、宇治木は再々、上司とのやり取りで席を外す。
応接間は一気に人を減らし、10代の少年少女のみ。
「さあて、はじめちゃん達を待つ間……来週のテスト勉強でもしますか。桜樹先輩は勉強道具、ありますか?」
「……苦手な科目はね、七瀬さん……全教科持ち込んだの?」
「おお……これが、東京の教科書……。……駄目だ、目眩がする……」
「作家なのに……?」
あちこちの事態が進展するまでの間、七瀬の提案で勉強に励む。桜樹先輩もどこからともなく、数冊の教科書を取り出した。
荒木は興味深そうに教科書を手に取ったかと思えば、クラッと立ち眩みに襲われていた。
キョトンとした竜二のツッコミを聞きつつ、
(あ~、これが台本なら……頭入んのに。ま~た、神矢君にノート借りねえと……)
家庭の事情とは言え、そろそろ出席日数も不安になってくる。一度、真剣に担任の先生へ相談しようと決めた。
「ごめん、金田君。勉強中のところ……携帯電話の電源、入れてないだろ。多岐川先生が繋がらないって、こっちへ連絡して来たよ」
「……そうでした、すっかり忘れていました。……うお、ウルサ……!!」
宇治木に確認され、
相手は勿論、父・
「七瀬さん……パス」
「金田君、自分のお父さんでしょう!! まったくもう……七瀬です。はい、はい……そうです」
七瀬に携帯電話を放り投げ、
「分かりました、お待ちしてます。金田君、多岐川先生……もうすぐ着くよ」
「宇治木さん、ありがとうございます」
宇治木は通話しながら、追いかけてくる。彼が切ったタイミングで、今度は別荘の電話が鳴った。
「お待ちください。橘先生、多岐川様からお電話が入っております」
葵は丁寧に内線電話へ切り替え、橘先生へ繋げる。きっと同じ内容だろう。
「宇治木さん、携帯電話を買われたのですね」
「コレ、会社から支給されたヤツ。仕事以外で使っちゃダメなんだ。俺が買うにはちぃ~と値が張るし」
宇治木の携帯を見つめながら、プールへ向かう。昨日の混雑が嘘のように静まり返り、水も抜いていた。
音もなく吹く風は少し冷たく、頬を撫でた。
「宇治木さん、本当に色々とありがとうございました。言いそびれたくありませんので、今……言っておきます」
折角のパーティーに賓客として招かれたにも関わらず、高校生に扱き使われた。
その働きに見合う出版権さえ、手放した。
申し訳なさと感謝を伝えれば、宇治木は途端に目線を下げる。更に気まずそうな様子で、唇を噛む。
「……ごめん、ずっと黙ってようと思ったけど……やっぱり、無理だ。金田君、キミさ……俺と尾高山で会ってるよね? 3月の遺体捜索が行われた……あの日にっ」
「……!? どうして……」
神妙な面持ちで訊ねられ、ゾッとする。
確かに本当の初対面は尾高山、
2度目に出会った偶然は死ぬ程、驚かされた。
「……『夜桜亭』行きのバスでさ、佐木君と白峰君に週刊誌の記者だって紹介してくれただろ。……俺、ちゃんと自己紹介していなかったし。多岐川先生の仕事相手なら、普通は編集者を思い付くもんだ。まあ、そん時は先生が前から、俺の話をしてくれたのかな~って聞き流してた」
(本当だっ、あ~やっちまった)
流石、記者。些細な言い間違えにも疑問を抱き、しっかりと記憶に焼き付けている。恐れ入った。
「その節は……どうも。碌に話もせず……」
「いやいや、アレはしょうがないよ。いきなり、信用しろって無理があったし……」
冷や汗を掻きながら、
「先に言いますが、自分は甥です」
「え……甥? 隠し子じゃなくて?」
「甥ですっ。その……父は一昨日の火災に巻き込まれた当事者でして……」
「……あ~成程、橘先生の言ってた惨劇に当てはまるね」
意を決し、
それでも、宇治木の表情から憐れみは消えない。
「……辛い時期に、尾高山へ行かなければならない程……好きだったんだね。氷室 一聖が……」
憐憫よりも同情的な物言いは、心に沁みる。
宇治木もまた愛する人を失った痛みを知るのだと、理解した。だから、出会い頭に
そんな彼になら、
「……はい、愛しています。今も……」
「……愛……何だろうなあ、すっげえ……キミらしいよ」
言い慣れたはずの愛の言葉。けれども、今日は妙に照れ臭い。
宇治木が一世一代の偉人を相手取り、取材する真摯な態度を貫く為だろう。でも、彼は亡き天才画伯の甥について、勝手な仕事をしない。
そう、信頼した。
野中「野中よ、あ~あ……とんだ時間の浪費ね。橘先生もな~んか普段より、お行儀いいし。現役女子高校生のせいかしら? さて、次回は『○○の殺人?・結』!! ……!? また特ダネ逃した……」
鴨下 あきら
音羽出版の編集、困ったような八の字眉毛が特徴。仕事の為なら、いつきも扱き使う。作中にて、和田から出版権を譲渡される
大村 紺
飛躍社の社長、橘の死で本が売れると笑ってた(うわ……)
時任 亘
神田川出版社・編集者、はじめちゃんの逮捕情報を編集長にタレこんだ(てめえ)
野中 ともみ
フリー編集、自分の魅力がよく分かっている
針生 聖典
最近、手術したばっかりのカメラマン。良い人
花都 千冬
なぜ、暖炉は燃えていたか? ゲストキャラ。作中にて、コテージ・スノーキャンドルに勤務中