金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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自分にしては起承転結、しっかりと書けた気がします(自画自賛
誤字報告により、修正しました。ありがとうございます


Q38 ○○の殺人?・結

 どれだけ心温まろうと、秋の風は肌寒い。ヤシの木の葉がカサカサと揺れ、空のプールを何気なく覗き込んだ。

 

「兵どもが夢の跡……な~んて、ごめん……季節違うね」

「いえ、雰囲気は合っていますよ」

「金田先輩、お待たせしました!」

 

 宇治木(うじき)との他愛ない会話を楽しんでいる中、竜太(りゅうた)は意気揚々と現れた。

 (いち)だけ別館へ拉致られ、ハジメといつきは仏頂面で待機。謎解き完了が窺え、全力の愛想笑い。

 

「金田先輩は雨どいを伝って、屋根へ登ったんです。別館と本館は2メートルですが、屋根の部分は1.5メートル弱しか離れていません。先輩なら、屋根の勾配を利用すれば、飛び移る事も可能です」

「……証拠はありますか?」

「金田先輩の服と靴です。僕が部屋へ運んだ時、ズボンの腰や膝、靴の裏、そこだけが僅かに濡れていました。濡れた屋根に触った証拠としては、十分です」

「……はい、正解です。竜太君、よく出来ました」

 

 竜太は自信満々に屋根を指差し、澱みのない解説を行う。物的証拠を確認してみれば、キチンと用意している。(いち)の衣服は既に乾いているが、彼のハンディカムには濡れた時の状況も撮影済み。

 後輩の成長に拍手。

 

本当に……こんな簡単な手口かよ。金田一(きんだいち)……おめえ、最初から知ってたんじゃねえか?

いつきさん、俺だってそんなすぐには思い付かねえよ

「話は聞かせてもらった! 事実は小説より奇なり、物事は単純だな」

 

 2人がヒソヒソ話すれば、書斎の扉が開く。元気溌剌な(たちばな)先生だ。

 

「大変、お騒がせ致しました」

「構わんよ、金田君。いつき君の狼狽える姿は、良い余興だった」

「橘先生、わざと怒ったフリを……ホント、勘弁してくださいよお~

 

 (いち)は騒動の元凶として、粛々と頭を下げる。橘先生は大らかな態度にて、むさ苦しいウィンクをかます。いつきは一気に脱力し、ヤンキー座りで煙草を取り出した。

 

「じゃあ、本当は怒ってなかったんですか」

「まあ、最初は……けしからんと思ったとも。合意なしで高校生を押し倒すなど……そう言えば、金田一(きんだいち)君はどうして、書斎に来たんだ? 昨日、呼んだ覚えはないが……」

「いやあ、チョイと気になる事があっただけで……今はもう、いいです」

 

 竜太にハンディカムを向けられ、橘先生は上機嫌にピースサイン。ふとした疑問を投げかけられ、ハジメはお調子者の笑顔で誤魔化した。

 彼の笑い方から、知りたい情報があったに違いない。詮索は止そう。

 

(……あ、和田さんの話……聞くタイミング逃した……)

 

 (いち)がハッとした瞬間、今度は本館の扉が開く。(あおい)が恭しく、頭を下げた。

 

「お話し中、失礼致します。橘先生、多岐川様がお見えです」

 

 そのひと言に臓物が締め付けられ、(いち)は静かに深呼吸する。かほる先生の到着は両親――母・にいみの存在を教えるに等しい。

 

「おお、ついに来たか……! 金田君、行こう。実は私、多岐川先生にお会いするのは初めてでな」

「はい、橘先生……」

 

 パアッと表情を輝かせ、橘先生は(いち)の肩をポンポンと親しげに叩く。かほる先生には会いたい為、素直に従った。

 

「日本ミステリー界の女王のお出ましとありゃあ、俺もご挨拶を……」

「佐木1号、俺が比呂と知り合ったキッカケ……聞きたくない? 今なら話していいかも」

「あ~是非、お願いします。でも、僕だけ聞いちゃっていいんですか?」

 

 煙草を消し、いつきは気合を入れて立ち上がる。そこへハジメと竜太は棒読みを開始し、フリーライターの探究心を擽った。

 

「おいおい、お前ら。俺抜きで面白い話しようとすんじゃねえよ」

「「どうぞ、お構いなく」」

 

 いつきはまんまと釣られ、こちらに付いて来なかった。

 

 元いた応接間へ通され、ソファーに座る面子を見やった。

 

「あっ、多岐川先生。金田君です」

 

 桜樹(さくらぎ)先輩、荒木(あらき)竜二(りゅうじ)七瀬(ななせ)……そして、かほる先生。彼女がソファーへ腰かけ、出された紅茶を優雅に啜る。(いち)は人心地がついた。

 左手の薬指に、指輪がない。珍しいと思ったが、それだけ。

 

「橘先生……初めまして、多岐川と申します。この度は身内がお世話になりました」

「初めまして、多岐川先生。金田君には十分、楽しませてもらったのでね。私の方が礼を言いたいくらいです」

 

 かほる先生はすっと立ち上がり、橘先生へご挨拶。上品な笑顔の裏に作家同士の気迫を感じ、(いち)は貝になった。彼女へ個人的に報告したい件もあるが、また今度で良い。

 視界の隅で応接間を見渡すが、両親の姿形はない。緊張していただけに、肩透かしを食らった気分だ。

 

「大丈夫、ご両親も軽井沢にいるわ。正野刑事と一緒に、お土産を選んでるそうよ」

(……正野さん。あっちこっち行かされて、大変だな)

 

 七瀬からそっと説明され、(いち)は心の中で正野(ただの)刑事に詫びた。

 

「先日、お誕生日のパーティーをされたとかで……おめでとうございます」

「ハハハ、これはご丁寧に……時間があれば、多岐川先生にもお越し頂きたかった」

「多岐川先生、すみません。新幹線の時間が迫っています」

 

 社交辞令に次ぐ、社交辞令も早1時間。宇治木はそこを見計らい、わざとらしく乗車時間を緊迫気味に伝えた。そうでもしなければ、延々と話が続いてしまう。

 

「もうそんな時間、大変。楽しい時はあっという間ですわ」

「全くですな。思った以上に、素敵な方だ。こうして、知り合えたんだ。今度はゆっくり、お話したい」

 

 名残惜しそうにソファーから立ち、かほる先生は橘先生と再びの社交辞令。(いち)達は帰り支度万全、タクシーも2台呼び、外で待たせている。

 

「僕が橘先生の代わり、多岐川先生を駅まで見送ります」

「おお、荒木君。そうしてくれるかね。次に私が軽井沢へ来た時は、『邪宗館』へお邪魔させてもらうよ。絵馬夫妻にもよろしく言ってくれ。いつき君は残って、私を手伝うんだ」

「……お? あ……はい」

 

 荒木は見送りする体で、橘先生へ別れを告げる。いつきも便乗しようとしたが、引き留められた。

 

「僕達はもう少し、ここにいます。パーティーの映像を確認してもらわないと行けませんし」

「センパ~イ、また東京で~。父さんもそう言ってます」

「お2人とも、今日の学校は最初から休む気だったのですか?」

 

 佐木親子ともここで別れ。彼らは仕事に来ていたとすっかり、忘れていた。

 

「葵さん、棗さん。世話になったわ、またね」

「はい、是非とも」

「勝手に来ても、持て成さないわよ。ちゃんと連絡してよね」

 

 桜樹先輩は花村(はなむら)姉妹と挨拶し、タクシーへ乗り込む。満員となり、先に出発した。

 

「菊さん、ありがとうございました」

「またのお越しを……」

 

 (いち)(きく)へ感謝を伝え、もう1台のタクシーの助手へ座った。

 

「橘先生の隣にいた人、挨拶せずに来ちゃったわ」

「彼はフリーライターです。どうか、お気になさらず」

 

 かほる先生はハッとしたが、荒木が優しく宥めてくれた。

 

(……いつきさんに、謝ってねえや……)

 

 彼とは望まずとも、また会うだろう。嫌な予感は当たるモノだ。

 館が徐々に離れ、ふと名の知らぬ男を思い返す。彼に焼けたコテージはもうないと、伝えたい気持ちに駆られた。

 

「荒木君。前にここへ来た時、お会いした方から連絡はありませんか?」

「……ああ、あの人(・・・)。いいや、ないね。言ったろ、僕は顔出しNGなんだ。彼に会いたいなら、キミが有名になりなよ」

 

 荒木は素っ気なく答えたかと思えば、とても理に適った提案を聞かせてくれた。

 確実に『遊民蜂起』の関係者だった人。演劇を続けていれば、いつか再会するはずだ。黒沢(くろさわ)先生に尋ねる方が何倍も早いが、先日の質問を正確に答えなかった為に憚られた。

 

「あら、(いち)。何の話?」

「男同士の秘密です」

「言い方、ヤダな」

 

 かほる先生へ正直に答えたが、荒木には不評だ。

 

 行きと違い、軽井沢駅への距離が縮んだように到着は早かった。

 ドアを開けられても、タクシーから降りたくない。(いち)は手間暇をかけ、ゆっくりとシートベルトを外す。ぬっと現れたハジメに容赦なく、引き摺り出された。

 足が地面に触れ、胃液が逆流しそうな感覚。緊張が限界突破だ。

 

「ハジメちゃん、優しくしてください」

「本当、お前らは似た者親子だよ。往生際が悪いったら、ありゃしねえ……」

 

 (いち)は産まれたての小鹿が如く、ハジメの腕に弱弱しく縋り付いた。

 ふうっと息を吐き、彼は顎で歩道橋を指す。何も考えず、反射的に見上げた。

 父・残間(ざんま)を盾にし、座り込んだ人影。背を向けていようとも、誰かなんてすぐに分かる――にいみ()がそこにいる。

 

「母さん」

 

 たったひと言が、あっさりと声に出た。

 思いの外、平坦な口調は自分でも無関心に聞こえた。

 にいみは一瞬だけ、肩を震わせる。深呼吸を風に混ぜた後、躊躇いながらも確実に息子を振り返った。

 最後に言葉を交わした時よりも、痩せた体躯。遠目からでも目の下にある隈が濃く、まともな睡眠を取れていない証。不摂生な生活を送っていたのだろう。

 再会の涙を流すより、置き去りにされた怒りを露わにするより、伝えねばならない。

 

「小林さんは、悪くなかった。何も悪い事してない……ただ、巻き込まれただけだったよ」

「……!? (いち)っ」

 

 (いち)は声高らかに告げ、にいみを仰天させる。彼女の心情に合わせたかのように、色なき風が吹き荒れた。

 

「ごめん、2人とも。……金田君、なんて言った?」

「……さあ……風が強くて、サッパリ」

「あたしも……」

 

 その為だろうか、少し離れた宇治木と桜樹先輩には、ほとんど聞き取れなかった。七瀬の場合、ある程度の事情を察して、誤魔化してくれたような気もする。

 

(……小林さんが巻き込まれただけ? (いち)っ、どこでそれを……)

(……小林? あの悲恋湖キャンプ場で死んだ画家も確か……そんな名前……まさか、ね)

 

 だが、かほる先生や荒木の耳には微かに届き、それぞれの考察を伏せてくれた

 

「……金田、お前……」

 

 ハジメは真横に居る為、知られてしまう。彼を辛くさせると分かっていても、にいみに伝えるべきは今なのだ。

 にいみは目を瞠ったまま、重苦しい歩みにて階段を下りる。瞬きもせず、息子の前へ立つ風貌は母親と言うより、歴戦の猛者を思わせた。

 その物々しい気迫に、肌が粟立つ。追及が来ると確信し、(いち)は気を引き締めた。

 

「……星二を……」

「それと! 洋子さんに会って下さい。貴女を心配して、探したのです。水崎さんに取り入ってまで……この意味、分かりますねっ」

 

 にいみの言葉を遮り、(いち)は懇願した。

 途端、彼女の眉は痙攣し、開いた口は強張る。スッと目を伏せ、肺へ取り込んだ息を吐き出す。深呼吸とは違う仕草、募った感情を一先ず、鎮めていた。

 

「……(いち)っ、洋子に会ったのか?」

「はい、さとみさんに似て……素敵な方です」

 

 狙い通りの反応、にいみは洋子(ようこ)への罪悪感を抱えている。

 天真爛漫な彼女は、さとみと似通った部分がある。愛娘に似た少女へ父親を返し、安寧な暮らしをさせてあげたかった――今、確信した。

 

(……あれ? 母さん、確か……死骨ヶ原湿原ホテルに……)

 

 そこまで思い至り、一瞬だけ階段にいる残間を見やる。にいみは彼の愛した人が亡くなった劇場まで出向き、支配人へいくつか質問していたのを思い返す。死そのものを疑っている節があった。

 

「……洋子に会おう。(いち)っ、案内しろ」

 

 腑に落ちそうな何かが浮かびかけたところで、にいみの声に我へ返る。もう彼女から厳しさは消え、洋子に会わせてもいいだろう。但し、問題がひとつ。

 

「警察病院にいます。お父様が入院中ですのでっ」

「……それはそうとして、知らん顔がいるな。多岐川、紹介してもらえないか?」

「スルッと話を逸らしたわね、この人……」

 

 場所を伝えれば、にいみは気にも留めなかった人々へ視線を移す。散々、警察の世話になっておきながら、白々しい態度だ。 

 かほる先生は呆れを隠さず、わざとらしくため息まで吐いた。

 

「あの……あたし、七瀬 美雪と言います。金田君の同級生です。生徒会活動も、ご一緒させてもらってます」

 

 ――この状況で、よく自己紹介出来るな

 

 七瀬は待ち焦がれたように、声を弾ませたご挨拶。恐れ入った男性陣の心の声が、ひとつになった。

 

「……そうか、多岐川が話してくれた生徒会長だな。(いち)をわざわざ東京から、連れ出してくれたのだろ。すまない。他も、不動高校の関係者か?」

「こちらの桜樹先輩は、そうです。荒木君はここ、軽井沢にお住いの友人です。宇治木さんは週刊誌の記者をされています。皆さんには、日頃からお世話になっています」

 

 にいみは七瀬へ慣れない笑顔を向け、桜樹先輩達を見渡す。(いち)は1人、1人、紹介していった。

 

「初めまして、桜樹です」

「荒木 比呂です」

「宇治木 政宗です。息子さんもそうですが、多岐川先生にも大変お世話になっております」

 

 桜樹先輩と荒木は上品な姿勢で名乗り、宇治木も丁寧に頭を下げる。さっと名刺を差し出した手は、微かな緊張で震えていた。

 

「……多岐川は分かるが、(いち)も……? 残間、無言で後ろに立つな。喋っていいぞ」

「宇治木さんは、不動高校演劇部の取材をした事があるんだよ。それと……鹿島さんの記事を真っ先に扱ってくれた方だ」

「うお!? 残間さん、さっきまで階段にいませんでした?」

 

 にいみは名刺を繁々と眺め、残間へ告げる。気配なく佇む姿は、完全に背後霊。

 ハジメ達はギョッと目を見開き、残間と階段を交互に見比べた。

 

「面白いお父様ね、クスクス」

「……桜樹先輩がおっしゃるなら、そうなのでしょうが……。自分、宇治木さんに父を紹介しましたか?」

 

 (いち)には見慣れた光景の為、桜樹先輩へ適当な相槌を打つ。別の疑問を浮かべ、宇治木を見やる。

 

「ごめん、言ってなかったっけ? 金田君が入院した時、佐木君から紹介してもらったんだ」

入院?

 

 宇治木の答えに納得したが、にいみのブチ切れた低い声に場が凍り付く。早い冬の訪れを感じさせる寒さに襲われ、鳥肌が立った。

 ハッとした残間が頭を手で覆った瞬間、にいみの回し蹴りがその後頭部へ直撃した。

 鈍い音はしたものの、腕のガードは成功だ。

 

ヒィッ……金田君、入院してたの?」

「はい、7月……いえ、6月末に転倒事故を起こしまして……」

「「「「……っ」」」」

 

 荒木は唐突の暴力現場に青褪め、(いち)の背後へ隠れる。彼以外は不動高校演劇部の惨劇を思い返し、敢えて口を噤んだ。

 

「……息子の入院を知らぬ程、愚かではあるまい。さとみの近況ばかり、報告しおって! 何故、貴様はいつもそうなのだ!

「……にいみ、落ち着いて……ちゃんと折を見て、話すつもりだった。いや、本当……

 

 にいみが一方的な暴力に訴え、残間はどうにか防いでいる。一見すれば、組み手に見える。空気を切る音が段々と強くなり、野次馬根性の視線を感じ始めた。

 

「やめなさい、2人とも!」

 

 元夫婦喧嘩は推理小説家が食う。

 そんな造語が似合う程、2人の動きがピタッと止まる。大人達の胸中は兎も角、収束してくれた。

 

「金田君のお母さん、正野さんは? 一緒だと聞きました」

「彼なら、そこだ。荷物番を任せた」

「やっほ~……」

 

 七瀬が純粋に疑問すれば、にいみは何気なく階段を見上げる。呼ばれた正野刑事が通行人に紛れ、柵からひょっこりと顔を出した。彼の足元にいくつもの土産袋。

 扱き使い過ぎ。

 

「……母さん、お忙しい方をパシらないでください」

「アタシも奴らの送りなぞ、いらんと言ったが……残間には必要なのだろう? 事情はよく知らんが……」

 

 通りすがりの人々へ余計な情報を与えないよう、お互いに気を配った。

 

「! 僕はここで失礼するよ。金田一(きんだいち)、次は東京でっ」

「おう、またな……比呂。色々と助かったぜ」

 

 荒木は後ろを振り返り、突然の別れを告げる。ハジメの肩を親しげにポンッと叩き、彼が颯爽と駆け出したには黒いリムジンが見えた。

 『邪宗館』からの迎え、運転席には見知らぬ人がいた。

 言葉が届かぬかと思い、(いち)達は手を振るう。荒木はリムジンへ乗る前、手を振り返してくれた。

 次に会えたなら、もっとゆっくり話したい――そう心から願う。

 

「そんじゃあ、後は東京に帰るだけかあ。な~んか、2ヶ月くらい経った気分だぜ」

「ハジメちゃん……中間どころか、期末も終わっていますよ……それ」

「ウフフフ……流石の私も、卒業出来ないわ」

「はじめちゃんもよ、留年しちゃう」

 

 階段を上りながら、ハジメはぐ~んと背伸び。(いち)はその恐ろしい発言に震え上がり、ツッコミを入れた。

 桜樹先輩の余裕ある笑みは、何人かの通りすがりを魅力してしまう。七瀬と揃って歩けば、違うタイプの美少女高校生に振り返らざるを得まい。

 

「正野さん、昨日はありがとうございます。あたし、挨拶せずに別れちゃって……」

「……昨日(・・)? 七瀬さんと会ってないよ

「「……え?」」

 

 七瀬の丁寧に挨拶した途端、正野刑事はキョトンとする。予想だにしない返事を聞かされ、(いち)とハジメは胃が竦んだ。糸目の真剣な表情から、冗談に見えない。

 

「……えっと……宇治木さん、正野さんと会いましたよね?」

「ごめん、和田さんと話してて……その人がいたか、どうか……」

「……和田?」

「母さん、後程……説明します」

 

 七瀬が不安そうに宇治木へ問いかけ、にいみはピクッと眉を痙攣させる。話が逸れる為、(いち)は彼女を宥めた。

 

「正野さん、昨日……自分達と軽井沢行きの新幹線で偶然、お会いしたのです」

「無理無理、こっちは今朝まで……(現場)にいたんだ。残間さん……キミ達を東京へ送るように言われて、ここまで来たんだよ」

 

 高校生2人が真っ青になり、己自身を指差す。正野刑事から、更なる事実に絶句させられた。

 場所が場所なだけに守秘義務を貫いたが、十二分に伝わった。

 

「……今朝まで(・・・・)?」

「……待て、正野……さん昨日の夜、アタシと残間に事情聴取したではないか」

「へ? いやいや、お2人と会ったのはあちらを出発する直前で……」

「……どういう状況?」

 

 残間はゆっくりと首を傾げ、にいみも事の重大さに気付いた。

 正野刑事の必死な態度に嘘はなく、かほる先生も焦りに口を手で覆った。

 

「……誰かの変装、怪盗紳士かもしれないわ。金田一(きんだいち)君、その人の変装を見抜いて、追い払ったんでしょ? 佐木君が言ってたわよ」

「ええ!? 金田一(きんだいち)君……あの怪盗紳士を手玉に取るなんて、完全に探偵じゃんか」

「いやあ~どちらかと言うと、俺が遊ばれたって言うか……え? 俺……アイツらに何にも話してねえけど……」

 

 深刻な事態に、桜樹先輩も笑みを消す。宇治木の感心にされたが、ハジメは別の意味で恐れ戦いた。

 

「……そうだわ! 桜樹先輩の言う通りなら、怪盗紳士がこっそりとメッセージカードを渡してるかも! 金田君のお父さん、お母さん、ポケットやお土産袋を見せてください」

「怪盗紳士……モーリス・ルブラン、それともモンキー・パンチか?」

「……にいみ、気持ちは分からんでもないが……そっちじゃないよ。……ん?」

 

 七瀬に急かされ、2人はポケットや襟元を探る。残間がタートルネックに違和感を覚え、手を突っ込む。すっと引き抜かれた逞しい指先には読み通り、白い薔薇模様のカードがあった。

 全員、絶句。

 

「残間さん、ちょっと拝見……」

「……正野さん、お願いします。私も怪盗紳士に狙われる覚えは……」

 

 白い手袋を着け、正野刑事はカードを改める。(いち)達も警戒態勢になりつつ、読み上げを待った。

 

「何々……【七夕の夜空を待たず、蒼穹に架けられた天の川を渡られし再会。心より、お慶び申し上げる。お2人に幸あらんことを祈って――地獄の傀儡師】……?」

 

 水を打ったような静けさは戦慄を通り越し、脳髄を揺さぶった。

 

 そっちかよ!?

 

 (いち)とハジメの心の叫びは、浅間山へ届いただろう。

 

「『地獄の傀儡師』? 何だ……このダンテの未発表作品みたいなフレーズは……」

「にいみ、『幻想魔術団』の事件よ。まさか知らな……海外にいたなら、そうよね

「殺人犯……高遠 遙一の自称です」

 

 今度は、にいみが何の事かと首を傾げる。

 かほる先生は一瞬、目を据わらせたが、その状況を思い付く。狼狽えた宇治木は周囲に動揺が伝わらない様、必死に声を抑えた。

 

「ど、どうして……そんな人が、金田君のお父様に手紙を……」

(佐木君、その辺は桜樹先輩に話してないのね……そっか、さとみさんが絡んでるし……)

 

 逃亡犯の関与に青褪め、桜樹先輩は七瀬の肩をガックンガックンと揺さぶった。

 

「皆さん、動かないで。すぐに剣持警部へ連絡するから、絶対だよ」

「……存外、高遠さんは空気を読まんな。帰りが、遅くなる……」

(……本当だあ~……)

(なんで? 高遠が……?)

 

 正野刑事は真剣な表情で指示し、残間はゲンナリ。(いち)も同じ気持ちで項垂れ、混乱したハジメの肩へもたれかかった。

 

 結局、ハジメと顔見知りの長野県警・長島(ながしま) (しげる)警部に「金田一(きんだいち)、この疫病神!!」とあれこれ理不尽な尋問……事情聴取を受け、今日の内に鹿島(かしま)親子と対面は叶わなかった。

 再会に水を差され、残間も今回ばかりは逃亡犯へご立腹。「次に会ったら、叱ってやろう」と若干、ズレた決意を固めていた。

 

○●……――残間(ざんま) さとみは今夜のマジックショーを無事、終えた。

 住み込み先へ帰宅の連絡をした際、待ちに待った吉報に言葉を失った。人は本当に驚けば、声が出ない。脳の一部は冷静に、この状況を分析していた。

 受話器向こうの流森(ながれもり)会長に気遣われ、祖父母の家へ急いだ。

 タクシーの中で通り過ぎる夜景を見ながら、先日の祖母とのやり取りを思い返す。

 

〝にいみが東京へ……帰って来たかもしれない〟

 

 ――「しれない」って何? お母さんは何処?

 

 祖母の悲痛な表情に、さとみは問い返せなかった。

 竜王丸元船長を匿い、その娘の生活を人知れずに支援。オリエンタル号元乗組員に脅され、更に竜王丸元乗組員の手で橋から落とされ、様々な不運とすれ違いの果てに消息を絶った。

 姿を隠した竜王丸元船長の出頭には高遠 遙一(たかとお よういち)の関与を知り、感情が交錯する。

 否、素直に感謝したかった。

 でも、現状を考えれば、難しい。それに彼は、さとみの想いを受け取らない気がした。

 思考がグルグルと巡り、吐き気を催す。吐いてはならぬと自分を諫め、頬に爪を立てまで、口を押さえた。

 

 到着した途端、タクシーの運転手へ釣りは要らぬと万札を渡し、転がり出る。それを見計らったように玄関の扉が慌ただしく開いた。

 祖父母が目に涙を浮かべ、さとみを出迎えてくれた。

 

「よお……頑張ったなあ、さとみ。にいみ、居間におるで」

 

 泣き上戸の祖父に告げられ、さとみは何を口走ったか、分からぬ。靴を乱暴に脱ぎ捨て、廊下に足を滑らせながら、居間へ駆け込んだ。

 父、弟、そして……母が、畳の上で雑魚寝している。

 氷室(ひむろ)伯父の仏壇へ手を合わせた直前、意識を失ったような力尽きた体勢だった。

 幼い頃によく見た光景と重なり、さとみは胸を撫で下ろす。足の力が抜けて、その場へ座り込んだ。

 服の擦れる音に反応し、母が逆再生のようにピョンッと起き上がる。寝惚けた顔をしているが、充血した瞳はこちらを捉えていた。

 

「……さとみ、ただいま」

 

 不満とか、文句とか、質問とか……色々と言いたい事はあったけれども、やつれた顔を見てしまえば、どれもこれも引っ込んでしまった。

 

「……お帰り、お母さん」

 

 だから、今はこれだけ言っておこう。頬に流れた涙の理由は教えずに――。




桂「桂 横平です~。閲覧ありがとうございます。いやあ、まさか『地獄の傀儡師』とはねえ。さっさと帰って正解でしたわ。橘先生、来年の誕生日パーティーも呼んでください♪ さて、次回は『○○の……-いつき』!! おおっと……「?」が消えたあ~」

橘 五柳
ノンフィクション作家、いつきや花村姉妹など、自分より若い世代の面倒を見たり、「良いトコ」ある人物
『社会悪』を真剣に取り扱う人は「大切な人を持つな、親戚とも縁を切っておけ」が常。マジ、業界からの恐ろしい報復が身内へ襲い掛かる(ガクブル)
大先生と呼ばれるまで生き抜き、尊敬を集めていると思われる。酒と女癖が悪いのも、若い頃に遊べなかった反動かな? それでも原作の「パ○ツ、売れ」やセクハラは……ドン引き
はじめちゃんにカツラをバラされたが、作中では生涯、隠し通した
描写抜かったが、現時点でオリ主を「氷室と多岐川の隠し子」と思い込んでいる

長島 滋
長野県警、原作にて初登場。真犯人にとって都合の良い推理をしてくれた人、はじめちゃんが来る度、惨劇が起こる為に「疫病神」呼ばわりしてくる(実際、長野が舞台の事件多いしなあ)


老齢のお手伝いさん、耳が遠い。それでも解雇されないのは、橘からの信頼が厚い為だろう

荒木 比呂
邪宗館殺人事件ゲストキャラ。作中にて、橘の誕生会に招待される

正野刑事
剣持警部の部下、Q35は逃亡犯の変装だった
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