金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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Q38から翌日の出来事
90年代、警察病院は千代田にあったなと思い、ネット検索したら「コナンの聖地」で紹介されてた


Q40 箱根行きを勝手に決めないで

 元夫婦がお互いに引き取った子供達を連れ、千代田区の警察病院へ向かう。

 文面だけ見れば、意味不明。

 入院中の鹿島(かしま)元船長へ面会する。きっちりした理由はあれど、さとみがいなければ、(いち)はとっくに逃げ出していた。

 建物に取り付けられた青い文字が仰々しく、これまで目にした民間の病院とは違う。敷地内へ足を踏み入れるだけで、胃が竦んだ。

 だが、父・残間(ざんま)と姉・さとみは堂々としており、悔しい。(いち)も負けじと背筋を伸ばし、平静を保つ。

 

「無理、もう帰る」

「はやっ!」

 

 母・にいみは自動ドアの前へ立った瞬間、クッタクタ。掠れた声で弱弱しく告げられ、(いち)は場所を弁えずに大声を上げてしまう。

 

「お母さん、まだ言ってるの? ここまで来たんだから、観念しなさい」

「にいみ、私に負ぶさるか?」

「……歩く」

「……母さん、手を離してください」

 

 さとみが呆れ、残間は悠長に背中を見せ付ける。にいみは渋々と歩き出し、(いち)の肩をガッチリと掴む。服越しに爪が食い込んで、ちょっと痛い。

 しかし、彼女を振り払わない。肩に伝わる指先の震え、何に対するモノか見極める。そうする事で、燻っていた想いを鎮められるだろう。

 

「意外と……普通の病院だね、いっくん」

「確かに……」

 

 制服警官などウロついておらず、病院特有の消毒液が鼻に付く。他の病院と変わらぬ風景に少し、気が緩んだ。

 

「お電話した残間 青完です」

「お待ちください……はい、こちらです」

 

 残間が受付案内員へ名乗り、数字がひとつ書かれた紙をそっと見せられた。彼は礼儀正しく会釈し、(いち)達も続く。

 こちらから、電話連絡をしていない。

 明智(あけち)警視より、指示された方法。警察病院とは言え、鹿島元船長の居場所を嗅ぎまわる情報屋(ブン屋)は多い。その対策らしい。

 実際はどこぞの逃亡犯へ向けたものだが、(いち)は知らぬ。

 

 手順を踏んだ先、目的の病室へ辿り着く。その向こう側を想像し、(いち)は耳の後ろが煩かった。

 

「……帰る」

「お母さ……っ」

 

 にいみは怖気づき、さとみが諭す前に病室のドアが待ち構えたように開いた。

 

「にいみさんっ」

 

 洋子(ようこ)の活発な声を久しぶりに聞き、(いち)も肩がビクッと痙攣する。にいみは気まずそうに、さっと残間の後ろへ隠れた。

 

「さあ、入って。父もお待ち……お父さん!」

あ……ああ!!

 

 洋子は病室へ招こうとしたが、それより先に鹿島船長が血相を変えて飛び出してくる。点滴のチューブも気にせず、廊下へ這い蹲った。

 彼の顔色や肉付きが以前より、良い。順調に回復している様子が見られ、(いち)は頭の片隅で喜んだ。

 

「もうしわけ……ございません。アナタの厚意を無下にし……ご家族にまで迷惑を……」

「謝るな。貴様の意思を尊重しなかったのは、こちらも同じだ。積もる話をするなら、ベッドに戻れ」

 

 鹿島元船長の謝罪を遮り、にいみは毅然とした態度で病室を指差す。残間を盾にした姿はちょっと格好付かなかったが、人嫌いの彼女にしては及第点だ。

 

「お父さん、さあ……ゆっくり起きて」

 

 洋子に肩を預け、鹿島元船長はベッドへ戻される。(いち)達も病室へ入り、廊下を警戒しつつ、ドアを閉めた。

 

「初めましてだな、鹿島 伸吾。洋子から聞いているだろうが、金田 にいみだ。それと息子の(いち)、娘のさとみ。……2人の父親の残間 青完だ」

夫の(・・)青完です。妻共々(・・・)お見知りおきを

((……大人げない))

 

 にいみの紹介を受け、残間はグイッと前に出る。空回りで強気な発言に、姉弟は呆れた。

 

「……鹿島です。娘の洋子が大変、お世話になりました。特に……息子さんには、本当……感謝してもし切れない……」

「……いいえ、洋子さんが母を信じてくれた。ただ、それだけです」

 

 鹿島元船長に詫びる眼差しを向けられ、(いち)の胸が痛む。

 経緯はどうであれ、にいみは洋子を孤独にした。

 恨むどころか、行方を捜す為に我が身を顧みず、仇の懐へ飛び込む程の勇気。讃える他ない。

 

「ありがとうございます、洋子さん。自分は貴女を尊敬します」

「金田君……」

 

 洋子の愁いを帯びた瞳に浮かぶ涙は、感謝だろう。

 さとみが無表情になり、にいみの背を押し出す。息子にばかり喋らせず、己の口から洋子へかけるべき言葉を発しろ、そんな凄みがある。

 

「洋子、本当に……よく頑張ったな。肝心な時、傍にいなくて……すまない

((声、小っちゃ……))

 

 にいみは深呼吸した後、か細い声で謝罪する。姉弟でも聞きづらいが、忸怩たる思いは伝わったらしい。洋子はフッと、緊張の解けた笑みを見せた。

 

「……にいみさん、それは違うわ。あたしの傍にいなくちゃいけなかったのは、あくまでも(・・・・・)……お父さんよ」

「……っ」

 

 思いの外、洋子はズバッと言い切った。鹿島元船長は顔を逸らさず、グサッと刺さった言葉の重みを噛み締めていた。

 

「お父さんはこうして、帰って来た。もう、あたしは大丈夫。だから、にいみさん……ご自分の家族を心配しなくちゃ。ね? 金田君、一度だって……アナタを悪く言わなかったわ」

(……話しすら、してねえよ)

 

 洋子は己の父親へ微笑みかけ、(いち)を見やる。同類への親近感を込めた眼差し、予想以上に心の距離が近い。気付かぬフリをした。

 

「案ずるな、洋子。こちらはどうにでも……いやまあ……説明くらいはする。納得してもらえるとは、思わんさ」

(お母さん、説明する気はあるのね)

 

 にいみは洋子を気遣おうとしたが、さとみの執拗な視線に言葉を変えた。姉はため息を殺し、やれやれと肩を竦めた。

 

「にいみ、私は……いつだって貴女の味方だ」

「残間、ちょっと黙っていてもらえます?」

 

 残間が真剣な表情で口を挿もうとした為、(いち)はイラッとする。

 

「……さとみ、2人を連れて行ってくれ。大人だけで話したい」

「うん? それは良いけど、お母さん。お父さん、置いて行って大丈夫? ちゃんと鹿島さんと話、出来そう?」

「……私は貝になる」

 

 にいみに頼まれ、さとみは念の為に問う。愛娘から遠回しに邪魔者扱いされ、残間はへこんでいた。

 以前から見慣れた微笑ましい家族の光景だが、(いち)の心は氷点下だ。

 

 行き交う人の邪魔にならない場所を求め、廊下を右往左往する。

 

「洋子さん、お父様の退院はいつ頃なんですか?」

「来月にね、それが決まった直後に来てくれるんだもん。これって、運命かな? 金田君♪」

「……そんな偶然が、あるのですよ」

 

 流石、コミュニケーション能力の高い見習いマジシャン。

 さとみは一切、洋子へ物怖じせずに接している。彼女達を視界の隅に入れ、(いち)は適当に返事した。

 朗らかで天真爛漫な少女2人はまるで、姉妹のよう。

 直視するには、勇気がいる。

 

「洋子さん、自分達の他に……訪ねて来られた方を聞いても?」

「そうね~。警察の人は除外するとして……岡崎君、佐木君……竜太君と竜二君の両方ね、白神さん……」

 

 場の空気を変えようと質問したが、聞いた名前にビックリ。

 新学期から今日までの間、彼と碌に話していない。正確には、(いち)が学園祭の準備や地区大会の稽古に追われ、事件の話をする余裕がなかった。

 見舞いを欠かさぬ姿勢は流石、佐木兄弟。しかし、竜二(りゅうじ)は好奇心旺盛で無作法な一面もあり、警察病院に迷惑をかけていないか心配。

 

「そっか、……竜二君もコバルトマリン号に乗ってたんだっけ? フフフ……色んな場所に現れるのね、あの子」

「全くその通りです、さとみさん」

 

 乗船した際、竜二の存在が有難かったのは内緒だ。

 

「若王子さんも来たみたい。あたしがいない時に……。あんまり、人と会えないのよ。お父さんを見付けてくれた逃亡犯が、接触するかもしれないからって」

「……っ」

(そうだった~……)

 

 窓の向こうを見つめ、洋子は何気なく余計な単語を呟いた。

 さとみの表情が一瞬だけ、曇る。すぐに普段の表情を見せたものの、(いち)は自身の迂闊さを嘆いた。

 

「岡崎君、来てくれたのですね。知りませんでした」

「そうなの? まあ……それでも、1回だけよ。竜二君は何度も来てくれるけど、金田君の話ばっかり……あっ。時原さんから聞いたかもしれないけど、あたしね……今は彼女の家でお世話になってるの。近々、お店にも行くね♪」

 

 更に話題を変えようとしたが、洋子による笑顔の圧が強い。やはり、時原(ときはら)が『大草原の小さな家』へ務めた原因は、彼女にある。慄いた体から、汗が噴き出た。

 

「それなら、洋子さん。あたしと行きません? ゆっくりお話ししたいです」

「ホント? 嬉しいなあ、残間さんって言うのも……変ね。うん、さとみちゃんにしよう♪」

 

 さとみと洋子の意気投合する姿、絶対に緊張してしまう。その日が来れば、バイトを休むと決めた。

 

「岡崎君、お弁当屋さんだったわね。お父さんが退院してから……行こうかな? う~ん、(いち)君はどう思う?」

「……いつでも、岡崎君は待っていると思います」

 

 洋子から唐突に名を呼ばれ、(いち)の肩が痙攣した。心の距離がより、迫ってくる。

 

「……それじゃあ、(いち)君。彼に伝えてくれる? 必ず、お店に伺いますって」

「ええ、勿論です」

 

 こちらを覗き込むように、洋子は頼む。何の含みの無い笑み、他人への心から感謝が伝わった。

 にいみはあらゆる面で彼女の助けとなったが、同級生の功績は大きい。彼がいなければ、鹿島元船長は警察へ出頭しなかった。

 打算の無い親切心が、本当の意味で人を助ける。その事実を改めて実感し、腹落ちした。

 心優しき同級生を持ち、(いち)は誇らしく思う。

 

(……今更、話しづらいとか……言ってる場合じゃねえ……)

 

 待たせた約束をひとつ、果そう。心に誓った。

 

 先ず、場所。

 有森(ありもり)を新部長に迎えた演劇部、七瀬(ななせ)を新部長に据えたミス研。2つの部室を候補にしたものの、人目が厳しい。

 

「海峰君、千家君、遅くなったけど……。次期会長、副会長の当選おめでとう♪」

「あざ~す、七瀬先輩。まあ、当然の結果っスね♪」

「……ありがとう、七瀬さん。当選したからには、見合った働きしないとな」

 

 来期生徒会役員も無事に決まり、盛り上がる雰囲気の生徒会室は論外。合宿で勝利を収めた囲碁部も考えたが、学校は却下だ。

 

「どう思いますか? いつの間にか、ミス研と生徒会へ入り込んだ期待の新人……村上君」

「!? 何の話だよ、金田。会計に決まって、イラついてんの?」

 

 2年1組・村上(むらかみ) 草太(そうた)のアドバイスを参考にし、ハジメを金田家へ招待したのは中間テストから解放された――当夜

 

「……と言うワケです。ハジメちゃん……最後までお聞き頂き、ありがとうございました」

「……っ」

 

 (いち)は敷布団の上に正座し、長広舌を振るった。

 折角のお泊まりにする話ではなかったが、ハジメは熱心に耳を傾けてくれた。

 

「……どうして、そうなった?」

 

 ハジメは眉間に深いシワを寄せ、後頭部をガリガリと掻く。ゆっくりと天井を仰いだかと思えば、前屈みになるなど、何とも腑に落ちない様子だ。

 甲田(こうだ)と会った話辺りから、彼の表情は曇っていた。一度に話し過ぎたかもしれない。

 

「何か、モヤッとする点でもありますか?」

点じゃねえよ、全部だっつの。……高遠に面会だの。残間さんの約束だの。しかも、高遠の実の父親だの。長崎さんに会っただの。……つ~か、金田……コバルトマリン号に乗ってたんかよ。知らんかった……

 

 (いち)が首を傾げれば、ハジメは必死にため息を殺す。意外な返答だ。

 

「……剣持さんでなくても、桜樹先輩から聞いていると思っていました」

「真壁先輩しか、その話してねえんだわ。幽霊船の調査へ行って、岡持が大活躍したってな。佐木2号が何も言わねえなんて、妙だと思っちゃいたが……」

 

 警察は守秘義務があれど、3年3組・真壁(まかべ) (まこと)先輩さえもお喋り自慢を控えている。学校の騒動を考えれば、桜樹(さくらぎ)先輩が緘口令を布いた可能性はある。

 

「お前のお母さん……、どこまで知ってたんだ?」

「今、お話した通り……伯父さんが別人だった事、オリエンタル号衝突事故の真相、近宮 玲子に子供がいる……要はこの3つです」

 

 他にもありそうな雰囲気だったが、聞き出せた話はこれだけ。

 

「……全部、重要じゃねえか。……お前ら抜きで、ご両親は鹿島さんと何の話したんだ?」

「知りません。自分は興味ありませんが……さとみさんになら、話したかもしれません」

 

 素直に答えたのに、「ああ、そう」と呆れられた。大人達の会話など、本当に興味ない。

 

「んじゃあ、お前のお母さんに直接聞くわ。何時に帰んだ?」

「帰りません。あの人は今、ホテル暮らしです」

「へ? なんで……」

「毎日のように呼び出され、警視庁近くのホテルにいた方が楽だと……」

 

 ハジメがやれやれと肩を竦め、にいみの帰宅時間を知りたがる。

 しかし、彼女は警視庁での事情聴取、この家では金田祖母との舌戦の連日。すっかり疲弊してしまい、ホテルへ逃げ込んだ。

 

「警察が嫌いだって聞いたけど、事情聴取には行ってんだな」

「ええ、剣持さんの時間を無駄にさせられません。多少、強引な手を使いました」

 

 洗い浚い喋らなければ、自分達が知る悲恋湖キャンプ事件の情報を教えない。半ば脅迫めいた条件を聞き、にいみは渋々と承諾した。物凄く小声で「親父の気持ちを考えろ」とブツブツ呟いていたが、知らぬ。

 

「どこ泊ってんの?」

「ローズグランドホテルです。一応、言っておきますが……母は色んな場所に出掛けているらしく、いつホテルに戻っているのか、分かりません。行先もです」

 

 登山家を始めとし、金田家と縁のある方々へ挨拶巡り。金田祖母の弟たる大叔父から得た情報だ。

 小林(こばやし)画伯の遺言を託された冬部(ふゆべ)弁護士にも、会うだろう。

 

「マジかよ……またフラッと海外にでも、行っちまうんじゃね?」

「いいえ、それに関してはエドワードさん達と約束しています。しばらく、日本にいるでしょう」

 

 エドワード・コロンボというより、彼の叔父たるロスの名刑事との約束。

 片言の日本語だが、初対面でも人を安心させる包容力の持ち主。彼との時間は心弾み、残間が嫉妬全開にメンチを切り、ヒヤヒヤさせられた以外は有意義だった。

 ハジメの空気がすっと変わり、看破しようとする目付きになる。質問タイムを察知、(いち)は姿勢を改めた。

 

「……お前さ、お母さんは極端な人嫌いって言ってただろ。正直、エドワードさんやクリスと話してた時……とてもそんな風に見えなかったんだ。もしかして……お前、母親がどんな人間か……知らないんじゃないか?」

 

 言い得て妙。

 最近は自分でも薄々、感じ取っていた。

 

〝身近な人間程、その凄さが分からんもんや〟

 

 かつて、金田祖父は言い放った。

 にいみの凄さどころか、人格も分からない。氷室伯父の妹という括りに当て嵌め、『人嫌い』で『多少の絵心がある』と決め付けていた。

 だが、反省はしない。

 にいみは己がどんな人間か、息子へ語った事など一度もない。彼女の若かりし頃、夫婦の見合いも全て、さとみや、かほる先生などを通じて知るのみ。

 何も教えてもらえず、理解してやれなど土台無理な話だ。

 

「知らなくても……支障はありませんよ」

「金田……まさか、お母さんを〝敵〟だなんて思ってるんじゃないだろうな」

 

 思いの外、冷ややかに告げてしまう。ハジメは表情を強張らせ、とんでもない解釈を口走っていた。

 

「ハジメちゃん、自分は敵と暮らすような度胸はありません。それに……もしも、そうなら……こうなる前に手を打ったでしょう」

「……紅さんの時みたいにか?」

 

 矢継ぎ早な質問には、ハジメの優しさがある。

 (いち)が溜め込んだ不満や不安を形にし、吐き出させ、空になった心へ寄り添おうとしてくれている。

 眩しい。

 だからこそ、真面目に濁さず、恥を捨てて答えよう。

 

「自分は……母に、怒っているのだと思います。父に駄目だったと言われて……味方をしてくれなかった事も。離婚を勝手に決めて、さとみさんと離れ離れにされた事も」

「……金田」

「横浜の暮らしは本当に、幸せでした。でも……高遠さんの実のお父さんかもしれない人が家に来てくれるまで、寂しかったのも……本心です。「彼」との半年間、母は家に居てくれたのですから……」

「……っ」

 

 にいみは家族の誰にも、真相を話せなかった。

 ガムシャラに働く母子家庭を装い、水面下で戦い続けた。その心情は理解しよう。

 だが、氷室(ひむろ)伯父の死を知っていながら、黙っていたのは事実。

 

 ――どうして、教えてくれなかった! 知っていれば、この手であの4人を……水沼だけは必ず!!

 

 毛細血管まで焼き切りそうな激情が吹雪となり、荒れ狂う。叫びたい衝動に駆られたが、耐えた。

 

「金田……!」

 

 ハジメの切羽詰まった声が聞こえた。

 

 ――コンコンコン

 

 静かなノック音、ハッとする。会話を妨げない気遣いを感じ、(いち)は相手が誰か分かった。

 

「……どうぞ」

「……なんや、(いち)。まだ起きとんのか、もう日が変わるで。金田一(きんだいち)くんに言付けよう思うたが、言うとくわ。明日……箱根行くで。にいみとさとみ、んでお前の3人だけ。二神さんの誘いやから、断んなよ。ほな、オヤスミ」

 

 言いたい事だけ告げ、眠そうな金田祖父はドアを閉めた。

 突然の報せに高まっていた緊張は解け、高校生2人はキョトンとする。状況把握に時間が掛かった。

 

「二神って、お母さんの先輩だっけ? マンション貸してくれたっつ~」

「はい、ええ……多分。土曜日は学校ですし……日帰りでしょうか?」

(だったら、俺達とはニアミスか。玲香ちゃんに誘われたバイト、土曜だし)

「あ……本当、12時……」

 

 ハジメの質問に答えつつ、時計の秒針もハッキリと視界に入れた。

 それなのに――意識を保っており、眠らない。

 

「ハジメちゃん……眠りませんっ」

「俺も……寝るタイミング、逃しちまったな。へへ~ん♪ そんな事もあろうかと、ゲームボーイやら何やら持って来たんだ」

 

 (いち)の驚愕をよそに、ハジメはボストンバッグからゲーム機とソフトをいくつも取り出した。一晩のお泊まりに何を持ち込んだかと思えば、彼らしくて和んだ。

 

「どれもする? ニンテンドウ64はテレビに繋がねえと……台所でコッソリやっちまうか?」

 

 まだひとつ、話したかった。

 しかし、ハジメは完全に悪巧みモード。彼はわざと話を打ち切ったように思える。

 気勢を削がれ、(いち)は取り敢えずとニンテンドウ64のソフトを掴む。手にある堅い感触が初めて玩具に触れた幼子の様に、段々と心を弾ませた。

 疑問よりも、起きていられる喜びが勝った。

 

「静かにやりましょうね、ハジメちゃん」

「おっし、そうこなくっちゃ♪」

 

 中学以来の夜更かし。

 眠る祖父母を起こさぬ様に台所で声を出さず、はしゃいだ。

 朝方には眠りこけ、2人とも食卓に突っ伏す。しかも、TVつけっぱなしの状態で何をしていたか、丸分かり。

 目を吊り上げた金田祖母からお小言を頂いたのは、言うまでもない。

 

○●……――高校生の愉快なお泊まりより数時間前、剣持(けんもち)警部は警視庁のディスクにて項垂れる。

 

「剣持。その様子じゃあ、例の画家の妹……またダンマリか?」

「課長……一応、調書は進んでますよ」

 

 捜査一課・課長のご指摘通り、金田(かねだ) にいみは思ったよりも手強い。

 返事は「yesかno」、もしくは沈黙。

 長い前髪で表情は読み切れずとも、敵意はない。但し、金田家や残間家のような親しみや、気安さもない。

 彼女の警察嫌い、概念にすら思えた。

 寧ろ、感心してしまう。

 

「剣持……分かってるだろうが、慎重に行けよ。いくら……ロスの名刑事を味方に付けようが兄同様本人とは限らねえからな

「はい、重々承知しています」

 

 鋭い眼光に含まれた期待、そこへ答える意味も込めた。

 課長の疑いは、刑事として正しい。彼女が国々を渡り歩いていたならば、尚更だ。

 

(まあ……どう考えても、本人だな)

 

 但し、剣持の本心は正反対。

 絶対に課長と揉める為、敢えて教えない。これも処世術。

 真粕平交番の交番長、人間国宝の妹、御堂家に40年仕える執事、週刊ゲンダイの編集と身内以外の人間から、次々と証言は取れた。

 更に上司の明智警視が本日、事情聴取した横浜の女院長も彼女本人と断言した。このまま行けば、DNA鑑定へ持ち越さず、潔白は証明されるだろう。

 

「剣持警部。今、少しよろしいでしょうか?」

「雪峯か、どうした?」

 

 雪峯(ゆきみね)刑事が周囲を確かめながら、こっそりと耳打ち。

 

「金田 にいみと二神 育子の会話を偶然、小耳に挿みまして……」

偶然……何を、聞いたんだ?」

「彼女の父親、つまり……金田君のお祖父さんについてです。『警察なんぞに頼って、親父もさぞ辛かろう』と、父親に同情的でした」

「……金田さんが、辛い?」

 

 盗み聞きを疑ったが、意外な内容に驚いた。

 剣持の知る金田という老人は陽気な関西人、初見から警察にも協力的な姿勢だった。

 

「二神は、それに何と答えた?」

「二神 育子は『お父様、現役時代に警察と嫌な思い出でもあるの?』と質問していましたが、彼女は答えませんでした」

 

 金田老は元映画スタントマン、警察との嫌な思い出もひとつやふたつ、きっとある。寧ろ、絶対。

 問題は何故、沈黙したかという点だ。

 

「私の方で調べます。剣持警部は週末のご予定が……」

 

 雪峯の申し出は、実に有り難い。剣持はこの時期、どうしても人形島へ行かなければならない。

 

「そう……だな、頼む。雪峯、くれぐれも……課長には」

「……心得ています」

 

 課長の席をコッソリと盗み見ながら、雪峯へ頼む。彼女はそそくさと廊下へ飛び出して行った。

 頼れる部下に成長したと涙ぐみながら、ひとつ思い出す。

 金田老はあくまでも継父、にいみによく似た実の父親もまたスタントマンであった。

 『親父』とは、そちらを指している可能性がある。例え、本件と関係なくても確かめねばならない。

 長年、培った刑事の勘が告げている――。




志月「志月だ。俺が監督していりゃあ、百太から連絡が来てくれるかと期待したが……トラブル多くね? あの女は勝手に事故って降板するし、玲香ちゃんはマネージャーに誘拐されるし……本当に黒霊の『呪い』かもなあ。さて、次回は『劇場版-黒霊ホテルの撮影裏』!! ん? ……あの後ろ姿……にいみか!」

捜査一課・課長
明智警部の事件簿に登場、ずっと眉間にシワを寄せるタイプ。基本的、上層部の意見に従う
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