金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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やっと、さとみと家族旅行するシーンが書けました。オマケ付きだけど、余は満足じゃあ~
誤字報告により修正しました、ありがとうございます


Q41 劇場版-黒霊ホテルの撮影裏・前編

 箱根観光名所のひとつ、芦ノ湖。

 富士山と重なった素晴らしい景色を奪い合う様に、いくつもの宿泊施設が点在する。

 その中でも、黒稜ホテルは連続ドラマ『黒霊ホテル』のモデル。敷地内にある旧館を舞台にもなった場所だ。実際の撮影現場は都内のホテルだが、そこに触れるファンはいない。

 (いち)は今、そこの客室にいる。黒沼(くろぬま)先生へ電話し、到着を報せた。

 

〈無事に着いて良かった。今回は家族水入らずだから遠慮するけど……次のお出掛けこそ、俺も行くからね。軽井沢の時みたいに、急に決まっても行くからね。絶対に連絡して?

「はい、勿論です……(軽井沢に拉致られた話……するんじゃなかった……)」

 

 黒沼先生の砕けた口調、まるで歳離れた兄のように親しげ。とても心地良いが、念押しは怖かった。

 電話を終え、ようやくひと息。

 東京に住んでから、神奈川は意識しないようにしていた。まさか横浜を通り過ぎて、箱根とは驚きしかない。

 それも、姉・さとみと一緒。姉弟での旅行など何年振りだろうか、胸にジワリと喜びが沁みる。

 段々とソワソワしてしまい、落ち着かなくなってきた。

 

(よし、旧館へ行こう!)

 

 意気揚々と廊下へ出た先、ベルスタッフに質問。

 

「申し訳ございません。旧館は現在、関係者以外立ち入り禁止となっております」

 

 思わぬ返答に一瞬だけ、思考が廻る。『お客様』ではなく、『関係者以外』。

 何故だろうか、押し通せる気がする。

 

「外から眺めるだけでも……いけませんか?」

「はい、残念ながら……代わりと言っては何ですが……夜の芦ノ湖展望公園は絶景でして……大観山展望台も……」

 

 ちょっとだけ期待したが、ベルスタッフは最寄りのおススメスポットを紹介してくれた。

 丁寧で説明上手の接客スタイル、見習おうと思った。

 

 ――だとしても、旧館には行く。

 

 場所を知らずとも、敷地内を散策すればいい。整地された石畳をそれとなく眺め、歳月の経った古い箇所を探す。それを辿って行けば、目的地の木造建築に到着だ。

 完全に老朽化し、窓硝子の割れもそのまま。心なしか、青空に雲がかかって薄暗い。

 

「流石、『黒霊ホテル』の名は伊達ではないな」

「ホント、不気味……。折角、箱根まで来て……2人とも、真っ先にここへ来る?」

「!?」

 

 背後から唐突の声。母娘の気配が全くなく、(いち)は心臓が飛び跳ねる程に驚いた。

 

「……なすて……コホン、お2人揃ってどうしましたか? 二神先生は……」

「先輩は常連でな、支配人からVIP待遇を受けている。お陰様で、自由に過ごせるぞ」

 

 (いち)が深呼吸してから問えば、母・にいみは満面の笑み。化粧を施した顔、ウェーブスタイルの髪、黒いハンティングジャケットは完全に余所行き。普段のズボラさが、嘘のような身だしなみ。

 折角、おめかしした顔は鬱陶しい先輩から、解放された後輩のソレだった。

 普段なら注意するところだが、何となく同情してしまう。

 

「お母さんったら、二神先生に失礼よ」

「アタシは『白蛇村』へ行きたかったのだ。社交辞令で先輩を誘ったら、この有様よ。……ここでなければ、断っていたさ。ドラマを観れんかった分、聖地巡礼くらいはさせてくれ」

 

 さとみが苦笑しながら、にいみを窘める。彼女は娘に笑い返し、旅行に至った経緯を語り出した。

 

(聖地巡礼……そんなに神社へ行きたかったの?)

「『白蛇村』? 確か、白神屋が……」

「にいみさん!」

 

 さとみの困惑を余所に、(いち)はハッとする。白神屋白蛇酒造について問いかけようとしたが、よく通る声に遮られた。

 旧館から現れた男は還暦の域に達し、凛々しい眉と円らな瞳はブラウン管の画面で何度も目にした。何なら、面識もある。

 

「岩屋さん!?」

「ご無沙汰しております、岩屋さん。金田の孫、さとみです。その節は……」

「さとみさん、色々と大変だったろうに元気そうで何よりだ。(いち)さん、夏の舞台……本当に良かったよ。ああ、やっと直接言えた……」

 

 大御所俳優・岩屋(いわや) 菊之助(きくのすけ)の登場。

 完全に意表を突かれ、(いち)は嬌声を上げる。さとみは丁寧な態度へ切り替え、流石。アクシデントに慣れた現役見習いマジシャンと感心した。

 

「菊さん、先日ぶりだな。貴様がいるならば……撮影か」

「そんなところだ。この時間ならば、キミ達に会える。私の守護霊にそう言われて、休憩をねじ込んだ甲斐があった」

((目上の方に、その言い草!?))

 

 にいみが横柄過ぎ、姉弟は心の中でツッコんでしまう。そして、数秒の間を用いて大事な点に気付く。

 

「旧館は今、ドラマ撮影ですか?」

「映画だよ、春公開予定の『黒霊ホテル』劇場版さ。その様子だと……撮影を聞き付けたワケではなさそうだな。夜には新館へ泊まるから、ディナーをご一緒にどうだい? 先日、話し切れなかった……お2人の活躍を伝えたい」

 

 (いち)の期待通りの答えに加え、岩屋氏からの誘い。こちらへ向けられた優しい眼差し、感無量である。

 

「それは構わんが……菊さん、酒を飲むなよ。酔うと、守護霊に引っ張られ……イタッ

「ありがとうございます、岩屋さん。是非、お伺い致します」

 

 にいみの慇懃無礼な態度を見兼ね、さとみはコッソリとその腕を抓る。得意の営業スマイルにて、承諾した。

 ウキウキな気分にて新館へ戻る。

 

「関係者以外って、そういう意味だったのね。そんな気はしてた」

「春公開ならば、とっくに宣伝しているだろう。貴様ら、知らんのか?」

「……志月監督が映画を撮影中だと、聞いた覚えはあります」

 

 さとみは納得し、にいみは問いかけてくる。

 一連の騒動もあり、芸能ニュースや映画情報もおざなり。(いち)は負け惜しみのつもりで、バイト先から得た情報を呟いた。

 ふと、にいみの足が止まる。

 

「……いや、志月さんはドラマの時、チーフディレクターだったはず……この映画ではあるまい……」

こらあ、にいみ!! どこに雲隠れしてやがった!!

 

 にいみが珍しく汗だくのビッショビショ。背後からの大声にビクッと肩を痙攣させ、姉弟は反射的に振り返った。

 噂をすれば影が差す。

 志月(しづき) 豹馬(ひょうま)監督本人が鬼の形相で喚き散らし、にいみは振り返らずにダッシュ。

 

「仕事をほっぽり出しやがって!! 詫び入れろ、詫び!!」

「半分は仕上げただろ! ギャラもいらんと言ったはずだ!」

「引き継がせた若いモンが、ノイローゼになったわ! てめえとの技量の差、考えろ!!」

「知らん、それも経験だ!」

 

 文字通りに置いて行かれ、呆然。

 話の内容から、大体の察しは付く。但し、受け入れるのに時間がかかった。

 

「連ドラの制作、お母さんも一枚噛んでたのね……。え~、あたし観てないのに。お父さん、結構……楽しんで観てた気がする。知ってたのかしら?」

「……さあ、どうでしょうね。少なくとも、自分は知りません」

 

 さとみは驚きと悔しさ、(いち)は羨ましさと恥ずかしさ。お互いの別々の感情が混濁した。

 

「すみません、ここを男の人が通りませんでした?」

 

 絵上 小鳩(えがみ こばと)ADにより休憩時間の終わりを告げられ、大人の追いかけっこは即終了。

 

「……ハアハア、続きは夜な、逃げんじゃねえぞ。それと、金田のジジイにもちゃんと連絡入れてやれ」

「案ずるな、もう済んだ」

 

 志月監督はゼエゼエと息を切らして悪態吐くも、金田祖父へ気を遣ってくれた。

 

「お母さん、意外と顔広いよね。今更、驚かないけど……。どうして、あたし達に秘密にしてたの?」

「必要あるまい。(いち)は兎も角、さとみはマジシャン。顔を売る相手が違いすぎる」

(……さとみさん、美人だし……変な奴に目を付けられたら、追い払うのに一苦労だしなあ)

 

 さとみの素朴な疑問に、にいみは息を整えて至極真っ当な答え。(いち)が小学校の頃、姉に付き纏う悪い虫を幾度となく蹴散らした。

 

「でも、いっくんは舞台役者なんだし……」

「ああ、アナタ達。良いタイミングね、ご亭主の職場の方々よ。面識はおありかしら?」

 

 さとみの不満はロビーに入っても続いたが、二神(ふたがみ) 育子(いくこ)先生の上機嫌な呼びかけに中断させられた。

 彼女の傍にはホテル支配人の他複数、どこかで見た顔がある。

 

(げえ!? 文月……じゃなくて、北見さん!? それに……あの人、一堂さんっ

「……!?」

「北見さん、覚えてます。あたし達が小学校の頃、事務所でお会いしましたね」

 

 文月(ふみづき) 花蓮(かれん)こと北見 花江(きたみ はなえ)もこちらに気付き、ビックリ仰天と自らの口を手で塞ぐ。

 

「……は、はい。残間さん……お父様へお弁当を届け来られた時、でしたね。お嬢さんすっかり、お美しくなられて……」

(……ええ~……あの北見さん(・・・・・・)とか、……そんな偶然ある?)

 

 さとみが懐かしみ、(いち)は愕然。

 北海道函館異人館ホテルでの既視感、偶然と無視した『北見姓』。それが無くても探偵の孫の代理と称し、北見の姉を逮捕に至らせた。

 正直、気まずい。

 

「残間の部下か、ここで会うとは妙な巡り会わせだ。しかし、北見さん以外は知らん顔だな」

「初めまして、一堂 百太です。残間さんと同じ、広報担当です。いつもお世話になっております」

「九条 章太郎と申します。研修期間の身ですが以後、ご認識頂ければ幸いです」

 

 にいみの言葉を聞きに、一堂(いちどう) 百太(ももた)九条(くじょう) 章太郎(しょうたろう)は待ち侘びた様に頭を下げる。そこまで丁寧な挨拶をされては、離婚した元夫婦と言えない。別の意味で、冷や汗が喉下を伝う。

 しかし、一堂には『大草原の小さな家』のバイトちゃんと気付かれず、そこだけは安心した。

 

「ウフフフ、金田さんのご亭主も含めて……素敵な人がたくさん♪ アナタとの縁を大事にした甲斐があったわ」

「――それはこっちの台詞ですよ。先輩の後輩で、本当に良かったです――」

 

 ウットリと男性陣を眺め、二神先生は舌なめずり。にいみは生気の無い表情にて、白々しく言い放った。

 その気持ち、十二分に分かる。

 

「皆さん、お仕事で箱根に?」

「はい、内容は言えませんが……その下準備とだけ」

 

 さとみがさっと話を逸らせば、九条は要点だけ述べる。上司の家族相手でも、口は堅い。研修中らしいが、営業マンとしてベテランの風格を備えていた。

 

「では、邪魔をしてはいかんな。この場で失礼しよう。残間にも、顔を合せた事は伝えておく」

「ありがとうございます。仙台へお戻りの際、ゆっくり話しましょう」

 

 にいみがそれとなく離れようとし、一堂は愛嬌たっぷりの微笑み。社交辞令にも聞こえるが、本音かもしれない。

 

「北見さん、また……」

(いち)さん、この後……話せませんか?」

 

 (いち)が目礼した瞬間、北見にコソッと誘われる。だが、岩屋氏を優先して断った。

 それは表向き、後ろめたさは伝わっただろう。

 

 芦ノ湖を見渡させるレストラン、豪華なディナーも美味。

 コースメニューとシェフの腕前もあるが、岩屋氏とのご相伴に舌が躍る。

 

「さとみさんの操るロバート、非常に素晴らしい。腹話術も本当に、ロバートが勝手に喋っているようでね」

「……ほお」

(いち)さんの舞台、私の守護霊も大満足でね。ピアノと合わさった演技に感動したよ。あの実力でどこの劇団にも所属していないなんて、信じ難い。入団は考えているのかね?」

「……さあ」

 

 岩屋氏から称賛の視線を受けながら、にいみは複雑そうに笑う。彼女の知らぬ出来事を語られ、疎外感を必死に隠している。

 

(う~ん、佐木君に頼んでみようかな。『銀星流』と死骨ヶ原湿原ホテルのビデオ映像……)

(さとみさん、竜二君にビデオ借りようとしてる? 母さんの自業自得なのに……甘いなあ)

 

 姉弟の母親に対する考えは、全く違う。

 あまり空気を微妙にしては、さとみを悲しませる。(いち)は話題を変えようと、静かに深呼吸した。

 

「岩屋さん、先程……志月監督とお会いしまして。母も連ドラの制作スタッフだったと、伺いました」

「ああ、知ってるよ。私は前作に出演してないが、キミのお母さんが失踪したのも『黒い幽霊』の呪いだと噂されていた」

「『黒い幽霊』……お母さん、知ってる?」

「あの旧館が営業していた頃から、客・従業員問わず、怪奇現象が何度も目撃されたらしい。だから、あそこには黒稜ならぬ黒霊が住み着いている。そういう脚色を加えたのさ」

 

 いくら高視聴率ドラマとは言え、かなり風評被害のある設定だ。

 それはさておき、気になる点。

 

母も(・・)……ですか。他に、どんな祟りがあったのでしょう?」

「同じ失踪だよ。当時の現場だったホテルで、撮影中にフラリと姿を消したそうだ。荷物も何もかも、置き去りにしてね。にいみさんは、その人について何か?」

「知らん。アタシは下請けとして、背景を作っただけだ。志月さん以外、誰にも会ってない」

(そりゃあ、あれだけ怒られるわ)

 

 撮影中にボイコットは日常茶飯事、映画製作が流れた事例も数知れず。

 心霊現象を基にした場合、人はそれを呪いのせいにしがち。(いち)も身近で経験あり、これ以上は詮索すまいと口を噤んだ。

 

「そんな曰く付きの作品など、菊さんの守護霊は反対しなかったのか?」

「逆だ。私から断ってはいけない、そう言っている。そのせいか、私には今のところ……影響ない」

「他の方が犠牲に……?」

 

 にいみの意地悪な質問に、岩屋氏は真剣に頭を振るう。さとみが撮影関係者を心底心配し、口走った。

 

「……出演者が2人やられた。1人は事故で降板を余儀なくされ、もう1人は立て続けに事件と遭遇している。この場では言えない……凄惨なモノばかりだ。呪いに恐れを成し、バイトの子が一度に3人も辞めてしまって、現場は大慌てだ」

「まあ……お気の毒に」

 

 思ったよりも事態は深刻、さとみは出演者に同情的だ。

 (いち)も気の毒に思いながら、妙な寒気に襲われる。嫌な予感と言えるだろう。

 

「……菊さんの言い方だと、その2人は連ドラにも出ているな?」

「勿論、だからこそ『黒い幽霊』の噂が立ったんだ。前作から起こっているトラブルは、呪いだとね」

 

 連ドラの出演者が脳髄の奥にズラリと並び、1人のアイドル歌手が頭に浮かんだ。

 北海道・背氷村、青森・タロット山荘、つい先日の誘拐殺人事件――見事に符合し、ゾッとした。

 

「岩屋さん、ご家族と一緒ですか? 紹介して下さいよ」

「西樹さん、すまない。この方々は友人の家族でね、勝手な紹介は出来ないんだ」

(見るからにアイドルだけど……誰だっけ? いっくん)

(西樹 晶です)

 

 傍から見れば、家族団欒。

 そこへ堂々と割り込んだのは、アイドル俳優・西樹(にしき) (あきら)。芸能人特有のキラキラと輝くも、どこぞのエリート警視に比べれば、豆電球に等しい。

 

「そんな事言わず、キミは高校生? それとも大学生かな?」

((うわ……あからさま……))

 

 さとみへ執拗な視線を向けたかと思えば、西樹は許可なく可憐な肩へ手を触れた。

 彼は可愛い系女子好き。ファンでもない、(いち)すら知っている。余りにも露骨すぎて只の不届き者、決定である。

 

「失せろ、若造。今なら、菊さんの顔を立ててやる」

「……分かりました」

 

 にいみは決して声を荒げず、睨まず、地を這うような低い声で告げる。整った顔程、有無を言わせぬ迫力があり、西樹はビビる。怯えた顔を隠さず、小走りでレストランから去った。

 

「お母さん、言い過ぎよ。岩屋さんの仕事仲間なのに」

「菊さん、仕事に支障あるか?」

「問題ないさ、西樹さんは歳の近い女性にしか興味なくてね。撮影以外で声をかけられるなんて、初めてだよ。ハハハッ」

「岩屋さん、寛大過ぎます……(カッコイイ~!!)」

 

 さとみに注意されても、にいみは知らん顔。

 岩屋氏は西樹の無礼を何とも思わず、笑い飛ばす。流石、大御所俳優。そんな彼を間近で見られ、(いち)は悶える自分を抑えられなかった。

 

 デザートまでしっかりと平らげ、岩屋氏とは就寝の挨拶を以て解散。

 レストランを出た途端、にいみは志月監督に首根っこを捕まれ、ドナドナされた。取り敢えず、危険はないだろうと姉弟で手を振った。

 

「さとみさん、どうしましょうか? ホテルの方に夜の絶景スポットをいくつか、教えて頂きました。芦ノ湖展望公園とか、大観山展望台……」

「いいわね、2人で行っちゃおう♪ タクシーにしようかな、バスもいいな~♪ 部屋からコート取って来ないと、外は寒いし……」

 

 行先が決まれば、即実行。手持ちの貴重品、所持金、携帯電話のバッテリーを確認。フロントへ外出を伝え、ロビーを抜ける2人の足取りは軽い。

 

「楽しみですね、さとみさん」

 

 ――ああ、心が弾む。

 

「うんっ……こういう時くらい、お姉ちゃんでよくない?」

 

 さとみから疑問されても、(いち)は口に出しづらい。笑顔で誤魔化しておいた。

 

「さとみさん、(いち)さん。待ってくださいっ」

空気読めやあ!!

「北見さん」

 

 北見に呼び止められ、気分は氷点下。(いち)は無視して逃げようかと思ったが、さとみは律儀に足を止めてしまった。

 

「出掛けられるんでしたら、車出します。私達、レンタカーで来てますから」

「いえ、北見さん達はお忙しいのですから、自分達に気を遣わず……」

「ありがとうございます。お言葉に甘えます」

 

 北見の余計な……折角の申し出を断ろうとするも、さとみが遠慮しない。

 

「さとみさん、どういうつもりですか?」

「いっくん……北見さんにとって、あたし達は上司の家族なの。プライベート接待も、仕事の内よ」

 

 (いち)は頭を抱え、さとみにジト目を向ける。実感の込められた言い分、納得しかない。

 

 北見の運転で到着した大観山展望台、土産も買えるラウンジの営業は終了。

 それでも、夜景目当てに人は集う。夜特有の包まれる感触を受けて、悩みを覆い隠す為だ。

 限られた視界の中、満天の星空と月明かりに反射した湖が、富士山を暗闇から浮き出させる。まさに幻想的な光景に魅入られ、(いち)は頬へ突き刺さる冷たい風も忘れた。

 

「綺麗ね、いっくん」

「はい……」

 

 これまでも、いくつもの絶景を見た。

 さとみが隣にいるというだけで、人生一番だと思うのはややシスコン気味な情緒と化している。自分の心境の変化が面白おかしくて、クスリッと笑った。

 運転手の北見は若干、離れた位置に控える。(いち)へ向けられた視線が強い。

 

「北見さんも、こちらへどうぞ。見晴らし良いですよ」

「では……遠慮なく」

 

 せめて、視線から逃れようと誘えば、(いち)の隣に立たれる。こちらを気にする気配が肌に伝わり、後悔した。

 

「北見さん、話しましょう。自分……さとみさんに聞かれても、困りません」

「……私は構いませんが……」

 

 どこかで聞く羽目になるなら、心震える絶景に勇気を分けてもらおう。そんな想いで申し出れば、北見は意外そうに目を丸くした。

 

「あ~……。北見さん、いっく……弟に何か言いたそうでしたもんね。あたしが聞いてもいいなら、話して下さい」

「……はい」

 

 さとみには何も話していない。他人の機微に聡い故、北見の態度から何かしらの事情を察してくれた。

 北見は覚悟の息を吐き、(いち)へ向き直る。ゆっくりと深く頭を下げられ、胃が竦んだ。

 

「金田さん、ありがとうございます。私達を助けてくれた事、姉もいずれ……分かってくれると思います」

「……お礼はどうぞ、竜太君とお父様へ。自分は……」

 

 嘘偽りない感謝、それを受け取る資格はない。

 逮捕時、姉妹揃って向けられた否定の眼差し。憎まれている。そう思い込んでいた為、戸惑った。

 彼女達にとって、(いち)は上演中の舞台を荒らしたアクシデント()だ。

 

「いいえ、金田さんは受け取らねばなりません。出ないと、いつまでも……私達に負い目を感じてしまいます。アナタがしてくれた事は本当なら、私がすべきでした。謝罪する資格こそ、ありません。だから……どうか、お礼を言わせて下さい」

「……北見(文月)さん」

 

 劇団『アフロディア』の座長逮捕により、醜聞が世間に晒された。

 彼らを陥れた麻薬は何の因果か、北見姉妹の人生も狂わせた。

 ここにいるならば、北見の心は粗方、区切りが付いたはず。そこに至るまでの苦悩は、計り知れない。

 だが、顔を上げた彼女の凛々しさはどうだろうか――迷いのない瞳に込められた己が運命に抗い、不幸を否定する意思。

 夜の闇に負けず、美しい。

 

「……お姉さんは、ちゃんと食事を摂られていますか?」

「はい」

「万代先生、相変わらず?」

「絶対、無罪を勝ち取ってやるって」

「虹川さんは……聞かずにおきましょう」

「フフフ……私も会ってません」

「市川さんは……」

「彼は……」

 

 (いち)の口から溢れた人々。ひとつの願望が浮かび、唇は自然に動いた。

 

「いつか……皆さんの舞台が観たいです。『ナルシスの魔鏡』、その結末をっ」

「はい……私も、そう願います」

 

 劇団にとっては最後の劇、惜しくも前半だけで終わってしまった。

 もしも観られるならば、何年でも待とう。何だったら、後援者となって出資する。本気でそう、思った。

 北見の口振りは期待に胸躍らせ、観客の立場に聞こえる。二度と舞台へ上がらぬ意思を感じ取り、残念だ。

 

(いち)さん、是非……一緒に観ましょう。姉さんにも、伝えておきます」

「……!」

 

 そっと耳打ちし、北見は返事も聞かずに車へ歩き出す。勝手な約束だが、不思議と悪い気はしない。

 夜の闇が心地良いからだ。

 

「いっくん……」

「さとみさん、終わりましたよ」

 

 蚊帳の外にされても、さとみは切なげに胸元へ手を置くだけ。何も追及して来ないのは、弟を慮っていると思い込んだ。

 

 その理由を黒稜ホテルの客室へ戻った際、教えられた。

 

「実はね……『アフロディア』の座長だった万代先生と、ウチのお祖父ちゃん。……昔、お付き合いしてたの」

ええ!?

 

 今日一番の衝撃、間抜けな叫び声は勿論の事、冗談抜きで腰が抜けた。




光山「閲覧ありがとっス、俺はチーフカメラマンの光山。監督……ゼエゼエしちゃって、年甲斐もなく走った? 夜はちゃんと寝てくださいよ。……俺に会わせたい人? へえ、誰だろう。さて、次回は『劇場版-黒霊ホテルの撮影裏・後編』!! 随分と騒がしいな」

岩屋 菊之助
大御所俳優、スピリチュアルリスト。撮影の休憩中、はじめちゃんから質問された時にビール飲んでませんか? 守護霊ってもしかして、酔いの幻聴……ゴホンゴホン
作中にて、金田祖父の友人。オリ主の憧れ

西樹 晶
歌って踊れるイケメン俳優、若い娘が好き。露骨すぎて、はじめちゃんから「〇ねばいいのに」と念じられた(落ち着け)


二神 育子
吸血鬼伝説殺人事件アニメ版ゲストキャラ。作中にて、にいみの高校の先輩

九条 章太郎
悲恋湖伝説殺人事件ゲストキャラ。作中にて、ツアーの責任で僻地に飛ばされかけたところを残間に引き抜かれ、デザイナー事務所へ転職
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