金田少年の生徒会日誌   作:珍明

146 / 146
後半は2年生夏・25話の続きになる感じですね
誤字報告により修正しました、ありがとうございます


Q42 劇場版-黒霊ホテルの撮影裏・後編

 朝陽を浴びた芦ノ湖の水面に、富士山が映りこむ。

 (いち)は絵画のような景色を窓から見下ろし、無意識に眠い目を擦った。

 

(……お祖父ちゃんが、万代先生と恋仲だった……)

 

 洗顔し、歯を磨き、服を着替えながら、信じられない思考に囚われる。

 

〝とは言っても、40年も前よ。お祖父ちゃんに万代先生への気持ちは、もうないわ〟

(氷室のお祖父ちゃんが亡くなったのは……35年前、交際期間は被ってないと言ったって……)

 

 昨晩、さとみの微妙な表情を思い返してはゲンナリ。

 

〝ただ……逮捕が、ショックだっただけだと思うの。しかも、いっくん……事件解決に貢献したんでしょ? 感謝状まで貰って……偉かったね〟

(どうして、お祖母ちゃんは女同士だと……お喋りが過ぎるんだろうなあ)

 

 日課のジョギング中も回想は止まらず、(いち)は辟易する。

 青森県警から受けた感謝状、自宅のクローゼット式押し入れへ突っ込んだまま。

 昔の色恋沙汰は兎も角、函館異人館ホテル事件へ捜査協力した件など、さとみは知る必要ない。口の軽い金田祖母に一度、釘を刺しておこうと決めた。

 

(ん? ……待てよ、もしかして……母さんが言ってたアレは(・・・)……)

「あっ、残間さんの……おはようございます!」

 

 ハッとした瞬間、旧館へ辿り着く。先客の一堂(いちどう)に出くわし、元気溌剌な挨拶をされた。

 見ていて気持ち良い。

 

「一堂さん、おはようございます。こちらの旧館、今は貸し切りになっていますよ」

「うん、知ってる。映画の撮影だろ。今日の収録が始まる前に、見ておきたかったんだ」

 

 清々しい笑顔で旧館を見上げ、一堂は感嘆の息を吐く。まるで建物に対し、別れの挨拶をしているように見える。その理由を聞くのは憚られ、彼の姿勢を真似てみた。

 

「残間君、ドラマ観た?」

「はい、全話欠かさず。自分は初回と最終回、とても好きです。撮り方が一際良くて、目に優しいのです」

「……ああ、分かるよ。俺も観たら……きっと、同じ回を好きになる」

「ええ、必ず……」

 

 何気ない会話だったが、一堂の言葉は哀愁漂っている。同時に、『黒霊ホテル』を視聴しない決意も含まれていた。昨日の今日で、既視感を覚えた。

 何となく、新館までの道のりを共に歩いた。

 

「残間君、東京の学校に通ってるそうだけど……仙台には戻ってくる?」

「いいえ、自分は……仙台には行きません」

 

 将来はまだ不確定だが、それだけは断言しよう。

 

帰る(・・)じゃなくて……行かない(・・・・)か、良いね。俺なんかより、潔い)

(……すっげえ、見てくる……バイトがバレたかな?)

 

 一堂の胸中は聞こえないが、その優しい眼差しは羨望に満ちていた。

 

 モーニングに家族でレストランへ行こうとしたが、にいみは客室から出て来ない。ドア越しに、枯れ果てたガラガラ声が「食べたくない」と返事が来た。

 仕方なく、姉弟で朝食を済ませる。レストランにいた志月(しづき)監督から、眠そうに声をかけられた。

 

「お前らのオカン、ちょいと借りた。チーフカメラマンの奴……光山に、アドバイスとまでは行かねえが……色々と話させてた」

((マットペインターが、そこまで介入しちゃっていいの?))

 

 志月監督の目的が分からず、姉弟で全力の愛想笑い。

 

「お陰で、当初の予定より……良い作品になる。それだけは保証するぜ」

「……お役に立てて、幸いです」

「母も喜んでおられるでしょう」

 

 志月監督は顎髭を擦り、自信満々に告げる。その得意げな笑みはどこか、応援したくなる輝きがあった。

 一堂に似ている気がした。

 

「ハハハッ、サンキュー。まだホテルにいるんなら、撮影を見学しても構わねえぜ」

「いえ、上映まで楽しみにします」

(いっくん、そういう線引きはするのね)

 

 見学に誘われたが、ネタバレ防止を理由に断った。半分は本音だ。

 

「ほ~ん? ……金田のジジイ、良い教育してやがる♪」

きゃ~!! 志月監督にナデナデされた~!!

 

 志月監督から感心そうに頷かれ、(いち)の頭をワシャワシャと撫でてくる。ゴツイ手の感触が嬉しくても、叫びそうになる自分を必死に堪えた。

 さとみの生暖かい視線から、本心は見透かされていた。

 

 にいみは結局、北見(きたみ)達が出発する時間まで眠り込む。

 二神(ふたがみ)先生に叩き起こされ、メイクも手伝ってもらい、コーディネートもされるがまま。世話を焼かれて、「園児か!」とツッコミたい。

 そのお陰で、上司の妻として恥じぬ装い。

 

「息災でな、北見さん」

「はい、奥様。またお目にかかる機会があれば、幸いです」

 

 礼儀正しい北見に倣い、一堂と九条(くじょう)も目礼。彼女達の乗るレンタカーが離れていく様を見送った。

 知らずに緊張していたのだろうか、肩の力が抜けた。

 

「さて、私達も観光名所を巡りましょう。やっぱり、神社よねえ♪」

「二神先輩、アタシらは邪魔になるんで別行動……離して……」

 

 上機嫌な二神先生に腕を引っ張られ、にいみは弱々しく反抗したが無駄。姉弟はやれやれと肩を竦め、大人しく付き従った。

 

 湖にそびえたつ神社、それだけでも清浄な気を分け与えられた。

 箱根関所は江戸時代へタイプスリップした様に心を弾ませ、深い歴史を肌で感じる。目的もなく、何の気兼ねも要らない。只、出歩くなど久しぶりだ。

 

「すまなかったな、(いち)……」

「……碇 ゲンドウのおつもりですか?」

 

 だからだろう。唐突な謝罪を、素直に笑い返せた。

 

「母さん。前に、お祖父ちゃんの気持ちを考えろと言いましたね。万代先生と関係が……ありますか?」

「……違うな、鈴ちゃんは関係ない。あの人は、遅かれ早かれ……人生のツケを払ったさ」

 

 戦後最大のスターをまさかの愛称呼び。ビックリし過ぎて、いくつもの質問がぶっ飛んだ。

 

(いち)……鈴ちゃんの件、気に病むなよ。その……、よくやった」

 

 絶句していれば、心情を誤解された。

 その慰めを聞き、(いち)は金田祖父と万代先生の関係を知らなくて良かったと思う。大女優の一ファンとしても彼女の犯した罪を知り、辛くて苦しかった。

 落ち着いた今だから、受け入れられる事実だ。

 

「それに……親父と言うのは、氷室の方でな。過ぎた事を愚痴っただけだ……」

「氷室の……お祖父ちゃん」

 

 ふと、にいみは青空を仰ぐ。眉間のシワは懐かしさよりも、不甲斐なさを表す。

 ゾッとする。 

 (いち)の神経が逆撫でされ、首筋がざわつく不快感に纏わり付かれた。

 

「お祖父ちゃん……撮影中の事故で、亡くなったのですよね?」

「……ああ、その通りだ。それ以外、本当に何もない

 

 (いち)の口が勝手に問いかけ、にいみは嗤った。

 『雪夜叉』のお面の下、そんな表情が描かれている。そう思わせる程の悲しみと絶望を込め、哂った

 されど、そこに殺意はなかった。それだけは、息子として言える。

 

「……何があったのか、自分は聞きません。でも、剣持さんには話して下さい」

「……言ったろ、只の愚痴だ。アタシも蒸し返す気はない」

 

 剣持警部の名を出した途端、にいみから笑みが消える。ドスの利いた声は、35年前の出来事をいつまでも忘れない。執念深さも感じた。

 (いち)神奈川県警(兵藤刑事)から突き放され、正直に絶望した。あの無力感は今も、胸に燻っている。

 にいみの味わった警察への失望は、もっと深い。

 

「……剣持さんは、受け止めてくれます。どうか、聞かせてあげて下さい。母さんの想い(吹雪)を……」

「……? ……(いち)、もしや……貴様、剣持とやらに……」

 

 重ねて願い、にいみが怪訝そうに何かを言いかけた。

 

「お母さん! いっくん! お昼ご飯、食べよう!」

「はい、すぐに行きますっ」

 

 さとみの呼びかけに応え、(いち)は話を打ち切る。顔も逸らした為、にいみの悲観に暮れた表情を見なかった。

 

 昼食もすっかりご馳走になり、脳髄に喜びを味わう。乗り込んだタクシーの車内、にいみの機嫌も格段に良くなった。

 ホテル到着の際、(いち)は何気なく先にタクシーから降りようとした。

 

「あ……金田!」

「え……本当だわ♪ 金田く~ん!」

 

 聞き覚えのある声が耳に届き、(いち)は白目。

 この気持ちを某・名探偵の映画に例えるならば、「戦争も終わり、釣り鐘も戻っていいことづくめ」と談笑する後ろから、忍び寄る影(舞い込んだトラブル)そのもの。

 

「きゃっ。何よ、いっくん!」

 

 (いち)は咄嗟に、降りかけた姉を車内へ押し戻す。キョトンとしたドアマンへ手振りで大丈夫と伝え、声の主たる2人組へ駆け寄った。

 ここまでの動き、我ながら早業。

 

「ハジメちゃん、こんにちは。今日、家族旅行なので……謎解きは勘弁して下さいっ

 

 服の下は冷や汗でビッショビショ、心臓の音が耳障りに感じてしまう。それ程の緊張感の中、必死に懇願した。

 ハジメと七瀬はキョトンと目を丸くし、大げさな瞬きを繰り返していた。

 

「ど~いう~意味だ、金田? こっちはバイトだよ、バイト。……嘘じゃねえって、その疑いに満ちた目をやめ……」

キャアア――!! 宇津木さ~ん!!

 

 ハジメは心外そうに顔を歪め、反論は絹を裂くような悲鳴に遮られた。

 映画の撮影にしては、迫真過ぎる。どう考えても、事件発生。

 

「ハジメちゃん……警察に任せましょう」

「いや……今の、玲香ちゃんだ!

 

 (いち)は目眩に襲われ、ハジメへジト目を送ったのは致し方なし。全く物ともせず、彼は声の方角へ急ぐ。いつもの運動音痴が嘘のように、素早かった。

 

「あわわわ!?」

 

 ――と思いきや、己の足に躓いて転んだ。

 

「はじめちゃん! もう何やってるの!!」

「あら、金田一(きんだいち)君に……七瀬さん!?」

 

 七瀬(ななせ)が呆れた瞬間、さとみ達と鉢合わせてしまった。家族団欒の終わりを実感し、(いち)はガックリと膝から崩れ落ちた。

 

(いち)……orzの姿勢だな、ウケる」

「あら……本当、クスクス(ゲジ眉の子は、お友達かしら? タイプじゃないわね)」

 

 大人達の呑気な会話にイラッとした。

 

 製作会社プロデューサー・宇津木(うづき) 剣二(けんじ)襲撃事件は、降板させられた女優・深松(ふかまつ) 美鶴(みづる)の犯行であった。

 診察した二神先生曰く、下腹部を刺されたものの、彼の中年脂肪が盾となって臓物は無事だったらしい。

 逃走を試みた深松は、自称・超一流大学の教授候補が拘束。駆け付けた警察官に現行犯逮捕された。

 降板の理由は包帯の顔を見れば、一目瞭然。しかも、深松は宇津木プロデューサーが運転する車に同乗し、玉突き事故に巻き込まれての(萬屋のドラ息子が起こしたアレによる)負傷。連行されながら、恨みつらみを暴露した。

 そんな事の顛末を七瀬から、聞いた。

 結局、内輪揉め。

 ファンとして映画製作中止を覚悟したが、志月監督は冷酷に宇津木プロデューサーをクビにしての撮影続行。ハジメと七瀬は散々、扱き使われたそうだ。

 神奈川県警・藤沢(ふじさわ)刑事による現場検証、代打の撮影メンバーと大勢の人が行きかい、(いち)達はアイドル歌手とはニアミスで済んだ。

 にいみは折角の旅行を警察に介入され、不機嫌MAX。大人げない彼女に岩屋(いわや)氏が気を配り、主演の1人・愛河 翔子(あいかわ しょうこ)を紹介し、サインまで頂いた。

 

「やったね、お母さん」

「ああ……愛河 翔子が深松の代役とはな、完成が楽しみだ♪」

(……母さんの趣味、わっがんね)

 

 ご満悦な母子を眺め、(いち)は空気を壊すまいと壁になった。

 

 翌日は彼らに挨拶せず、ホテルを発った。

 ハジメが「アイツ、俺らを置いて帰りやがった!!」と叫んだそうだが、知らぬ。どうせ学校で会うのだし、問題ない。

 

「二神先生……何から何までお世話になりっぱなしで、ありがとうございます」

「感激です」

「良いのよ、アナタ達。お礼なんて言わなくても……誰かさんの帰国祝いも兼ねてるんだし、ね? 金田さん」

 

 二神先生の懐の温かさに感激し、姉弟で改めて畏まった。

 

「――先輩のおっしゃる通り! ――(アタシの分だけ、しっかり旅行費用前払いで請求しておいて。どこが帰国祝い?)」

((なんで、急に怒ってんの?))

 

 にいみの目は笑っておらず、冷ややかに瞼を閉じる。姉弟で意味不明と首を傾げ、クスクスと笑い合った。

 東京へ帰れば、また忙しくなる。

 今くらいは、長閑な時間を享受しよう。

 富士山の雄大な姿を眺め、自分の心までも広がっていく。これからは何が起きても、悠然と構えられる気がした。

 

○●……――一堂(いちどう) 百太(ももた)はキャメルデザイナー事務所の広報担当、今の自分が好きだ。

 最初こそ専門外に悪戦苦闘、半年も過ぎれば、時間配分にも慣れる。1年経てば、後輩の教育係も任されるまでになった。

 中途採用された九条(くじょう) 章太郎(しょうたろう)は仕事も丁寧、几帳面な上、説明も上手い。

 先輩としての尊厳、危うし。

 だから、本当は嫌だった箱根行きを引き受けた。

 7月の東京行きは個人的にトラブったが、大丈夫だった。

 今回はデザイナーの北見(きたみ) 花江(はなえ)もいる3人、きっと大丈夫。

 

「百太!!」

 

 ホテルの廊下でバッタリと鉢合わせ、絵上 小鳩(えがみ こばと)に呼ばれた。その瞬間、傍に九条がいるにも関わらず、耳を塞いで座り込んだ。

 ADの彼女がいるなら、旧館を使った撮影があるのだろう。『黒霊ホテル』の劇場版、来年の春に公開予定だ。

 

 ――怒鳴り声が、笑い声が……聞こえる。終わらない、休めない、眠れない。

 

「百太……!」

 

 ああ、知っている声だ。

 志月(しづき) 豹馬(ひょうま)、百太の父親にして多くの作品を手掛けた……尊敬する監督。

 正妻の奥さんが病気で子が為せないから、事情を知った母との間に産まれたのが自分。

 認知はされても、籍は別。偶に会いに来るけど、ほとんど母子家庭で育った。

 恨んでなど、いない。

 寧ろ、父の作品が褒められる度、「俺の父親なんだぞ」と心の中で自慢に思っていた。

 

 ――父さんの足を引っ張るわけには、イカナイ。仕事、シナクチャ。

 

「百太、おい! 返事しろ! 今までどこに……!」

「失礼、彼は私の連れです。大声を出さないでください」

 

 父の声が耳元へ迫り、九条の冷静沈着な声が遮ってくれた。

 

「兄チャン、テメエが百太を唆したのか!!」

「どう捉えてもらっても、構いません。……立てますか、行きますよ

 

 父は敵意剥き出しの声に、九条を責め立ててきた。違うと否定しなければならないはずが、顎が力を無くしたように動けない。

 後輩の手を借り、やっと立ち上がった。

 

「百太、いなくなった事を怒ってるんじゃない。……消えたくなる気持ちも分かるわ。でもね、無事なら……連絡だけはして欲しかった。一体、どれだけ心配したか、ちょっとでも考えてくれた?」

 

 小鳩が必死に訴えてきた瞬間、グサッと言う効果音が聞こえた気がする。刺さったのは、彼女の後ろにいる女性・上司たる残間(ざんま) 青完(あおまさ)の妻だ。

 最悪な場面を目撃されてしまい、自分が情けなかった。

 

 ――助けて、北見さん。助けて、名も知らない……通りすがりの人。

 

 羞恥心に染まった耳元は熱くなり、瞼の裏に浮かぶ人々へ助けを乞うた。

 バンッと客室の扉が開き、ワイシャツにスラックスの男が般若の形相でこちらを見渡した。

 

喧しいわ! 人の部屋の前で、騒ぐんじゃねえ!!

「……あっ

 

 クネッとした髪、自信満々な眼鏡の掛け方。百太の視界が、一気に開けた。

 

「アンタ、前に……百太とタクシーで逃げた男じゃないの!」

「あん? げえ、フラれ女! ……あれ? この状況……また修羅場かよ

 

 小鳩に指差され、通りすがりの人はゲンナリ。すぐに百太へ背を向け、彼女達の視界から隠すように立ってくれた。

 

「事情は知らんし、聞きたくねえ。だがよ、いい加減にコイツを解放してやれ。無事で良かったね、はい解散! これで終いにしろ」

「はあ? ワケわからん奴だな。いいか? 俺は、百太の父親だ。親が息子の心配をして、何がワリィ。他人がしゃしゃり出てきて、親子の縁切らせる気か。アア!?」

 

 素行の悪い生徒を叱り付ける口調で命令され、父はドスの利いた声で人間関係をバラした。

 仕事に差し支えるから、黙っていようと2人で決めたはず。少しだけ、ショックを受けた。

 

え……!? 一堂が……志月監督の息子……ウソ……」

 

 宇津木 剣二プロデューサーはみるみるうちに青褪め、別姓の父と子を見比べる。何故だろう、あんなにも怖かった男が弱弱しく見えた。

 小鳩も彼を睨んでくれた。そんな気がする。

 

「へえ、親父さんね。んじゃ、ついでに言っとくわ」

 

 不敵にニヤリと笑い、通りすがりの人は深呼吸した。

 

子供のSOSに気付かない奴が、父親振るんじゃねえよ!!

 

 それは叫びのようでいて、慟哭だった。

 残間夫人にグサグサッと刺さり、よろめいていたが誰も気に留めなかった。

 

(そっか……それが、本音なんだ)

 

 通りすがりの人は、百太が言語出来なかった気持ちを代弁してくれた。

 誇れる父のように、作品を撮りたい――もう、辞めたい。

 あの日、父が電話の向こうから告げた厳しいひと言を思い返す。職場に馴染めない息子へ発破をかけたつもりだったのだろう。

 電話を切った後、百太の思考は放棄された。「どういい」とさえ、思わなかった。

 

「消えたくなるような場所にいて、自分の力で飛び出したんだ! それがどれだけ勇気のいるコトか、分かってんのか! もっぺん、言うぞ! よくぞ生きててくれました! はい、解散だ!!」

「……百太」

 

 2度目の慟哭が廊下に響き渡り、誰もが父を見た。彼の眼差しは優しくて自分が幼い頃、別れ際に見せた淋しさが滲んでいた。

 

(親父……こんなに老けたんだな)

 

 やっと、父の姿をしっかりと見られた。まだ臓物が震えているが、とても簡単な事だった。

 

「ありがとう……後はやるよ」

 

 通りすがりの人の肩へ手を置き、感謝を込めた。

 

「父さん、俺……今の仕事が好きなんだ。もう、そっちへ帰らない。宇津木プロデューサー、不義理をして……すみませんでした」

ヒィ、いや……俺は別に怒ってなんか……ハハハ」

 

 言葉はくれてやる。でも、頭は下げない。

 百太に力強く声をかけられ、宇津木プロデューサーが震え上がった姿を見ても気分はちっともスッキリしない。戻りたいと微塵も思わない。

 

「百太……俺を、恨んでるのか?」

「まさか、誇りに思ってるよ。ずっとね」

 

 縋るような声が可笑しくて、百太は素直に答える。そう言えば、口に出して伝えた事なかった。

 似た者親子だ。

 

「お兄さん、1杯奢るよ。この後、どう?」

「……そうだな、俺もムシャクシャしてんだ。奢ってくれ。そっちの人も一緒?」

「ええ、そうですね。これから、飲む予定でしたので」

 

 父達を置き去りにし、百太は歩き出す。残間夫人のように全く状況の掴めない人もいたが、小鳩が説明してくれるだろう。

 後始末を押し付け、逃げた。もう、恥じる事はない。

 

 

 ――数人が集まる披露宴会場、彼のマイクを持つ手に迷いなし。

 

《……と言うのが、私と新郎の出会いでして。そこから15年、友情を深めるには十分な出来事がいくつもありました。その内のひとつが、皆さんご存じ『蝋人形城殺人事件』です。撮影にこそ、関わりませんでしたが……投資面や撮影許可の交渉、細々した点は全て、私がやりました》

Bien joue!(ビアンジュエ) 最上教授!」

「陰の立役者、ヒューヒュー♪」

 

 彼がビシッと決め顔になり、新郎友人席にいるセバスティアン・ルージュ・ド・メグレ伯爵と銭形(ぜにがた) ケンタロウが囃し立てた。

 ドッと大きな笑いが起こり、会場は沸いた。

 

《それも偏に、新郎の絶え間ぬ努力に感化されたからです。努力は実り、完成した年の映画祭で見事……アマチュア部門賞を獲得しました。お2人の人生、賞の様に華々しくあれ!》

 

 締め括った言葉に、拍手喝采。彼に頼んで、本当に良かった。

 新郎新婦友人代表スピーチが終わり、各々が挨拶し出す。正式な披露宴の段取りとは違うが、畏まった面子でもない。

 お互いに招待したい人を呼ぶだけ、そんな慎ましい式。

 

「はあ~緊張した……。百太君よ~、舞台女優の後スピーチはキツイって。なあ、葉月?」

「フフフ、面白かったわ」

「奥様の言う通り、良いスピーチだったぜ」

 

 最上(もがみ)夫妻とグラスを乾杯し、百太は心から感謝した。

 

「ねえ、百太君。妹の友人席にいる人……都知事当選確実って噂の、鹿島議員に激似じゃなくて?」

「ああ、お義姉さん。激似ですよ、本人なんだから」

 

 銭形(ぜにがた) 蓮子(れんこ)に肩をツンツンされ、新婦友人席を指差される。推測通りと言うしかないが、3人の表情は凍り付いた。

 

「あなた、九条さんが写真撮ってくれるわ。姉さん達も来て!」

 

 妻は自ら手掛けたデザインのドレスに身を包み、美しさを散りばめる。ウェディングドレスと呼ぶには軽装だけれども、百太の衣装と揃いになっている。自慢したくなる程、大好きだ。

 

「父さんも来いよ」

「……ああ、今行く」

「豹……お前、ワシよりジジイになっとるやん」

 

 新郎家族席にいる父も杖を尽き、ゆっくりと立ち上がる。老いを感じさせる動きに堪りかね、新郎友人席にいた金田老が手を貸した。

 どっちが年上か、わかりゃしない。

 

「掛け声、どうしましょうか? 今時分、「はいチーズ」と言わないらしいです」

Ouistiti(ウィスティティー)にしましょ、異存……ないですネ?」

「メグレ伯爵、今日の主役が決めるんだよ。さあ、どうするね?」

 

 九条の疑問に何故か、メグレ伯爵が元気溌剌なお返事をかます。残間会長がやれやれと肩を竦め、新郎新婦へ祝福の視線を送った。

 百太と花江はお互いに顔を見合わせ、閃いた。

 

「せ~ので、答えよう」

「ええ、せ~の……!!」

 

 答えは勿論、同じだった。




沖田「沖田です。名前すらも……出番なかった。深松さんがあんな事になったら、しょうがないけどさあ……。さて、次回は『君は黒霊と成らず』!! わあ~、生の能条 光三郎だあ♪」

一堂 百太
イケメンAD、志月監督の隠し子。深松の誘いを断った為、宇津木から壮絶なパワハラを受ける。自ら命を絶ったが、撮影のストレスが原因と思われていた(酷い)
作中にて、にいみを探しに来た金田祖父に連れ出され、仕事をブッチ。一時的に金田家で養生した後、残間の口添えで仙台へ転職した(オリ主はバイトで家を空けがちだった為、しっかりとした面識はない)
アマチュア映画の監督として『蠟人形城殺人事件』など多くの作品を手掛けた。15年後、北見花江と結婚する

志月 豹馬
百太の父親、SOSに気付かずに死なせてしまった罪悪感に苦しんでいた
作中にて、金田祖父から「百太? ワシ、知らんよ」と嘘を吐かれる。宇津木と深松に如何なる制裁を加えようか模索していたところ、相手側が勝手に自滅した
15年後の結婚式に招待される

絵上 小鳩
百太の元カノ、AD。志月監督との親子関係を知り、百太が父親を尊敬している事も知っていた(葬儀の後にでも、言ってあげてよ)
作中にて、より戻らず

宇津木 剣二、深松 美鶴
番組プロデューサーと女優、自分勝手な理由から百太を死に追いやったが、全く反省していない
作中にて、勝手に潰し合う

神奈川県警・藤沢刑事
事件担当刑事

自称・超一流大学教授候補
殺意のレストランゲストキャラ。作中にて、学長の娘に「親の言いなりで結婚したくない」と振られ、傷心旅行中だった
最上姓の女性と結婚し、様々な過程を経て、無事に教授となる。本人曰く「画数って本当、大事なんだなあ」。百太と生涯の友人となった

愛河 翔子
ドラマCD版・死神病院殺人事件ゲストキャラ。作中にて、深松の代役
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

小城探偵事務所(作者:無月)(原作:金田一少年の事件簿)

コンビニも、ゲームも、風呂もトイレもある。食事だって慣れた物だし、人種だって変わらない。▼けれど、けして安全とは言い難い世界。しかも、転生先は犯人です。▼でも、まずはお礼が言いたい。▼「コナンワールドじゃなくてありがとう! 神様!!」▼同じ推理物なら無差別に殺される可能性があり、銃刀法が欠片も仕事してないあの世界よりは大分マシ。▼なんか物理法則とか、一部化学…


総合評価:6155/評価:8.84/連載:46話/更新日時:2026年05月25日(月) 06:00 小説情報

殺人鬼達に救われる道はあるのか?(作者:コミカド)(原作:金田一少年の事件簿)

「罪を犯したモノは、その罪を償わない限り本当の幸せは得られない」▼「人の命を奪った者は、その十字架を生涯を掛けて背負わなければならない」▼「弁護士にとっての最大の使命は、罪を犯した者を心から反省させ、再び立ち上がれるように後押しする事である」▼そんな信念を持った弁護士が様々な『事件簿』に関わっていき、救われぬ悲劇に僅かな希望を掴もうと奔走する物語。▼金田一と…


総合評価:1490/評価:8.8/連載:32話/更新日時:2026年03月13日(金) 12:00 小説情報

平行線機能不全(作者:キユ)(原作:金田一少年の事件簿)

 自分のあずかり知らぬところで金田一一を殺されてしまった高遠遙一が、逆行転生したので「今回こそは」と会いに行ったら、なぜか平行線が女の子になっていて相手への感情を盛大に拗らせる話。▼ あるいは、過去の記憶を頼りに事件の芽を摘んでいるのに、なんだかんだと別の事件に巻き込まれてしまう金田一一の物語。


総合評価:181/評価:8.6/連載:46話/更新日時:2026年06月04日(木) 20:00 小説情報

ハンター協会の美食料理人(作者:火取閃光)(原作:HUNTER×HUNTER)

美食ハンターとか言う凄く面白い設定があったのに、序盤しか活躍しなかったのでオリジナルキャラを作り2次創作を書いてみました。▼気分転換に書き溜めたプロットを形にしてみました。温かく見守って頂ければ幸いです。▼2026/02/24 19:05頃▼日間ランキング177位を記録! ご愛好ありがとうございます!▼2026/02/26 23:39頃▼日間ランキング58位…


総合評価:4462/評価:7.46/連載:33話/更新日時:2026年04月26日(日) 00:30 小説情報

コードギアス・フロントライナー(作者:なべを)(原作:コードギアス)

コードギアスの世界に転生した、カイ・アサト。▼日本がイレブンになったときに、前世を思い出した。▼が、親が居ないイレブンの子供に人権なんてなかった。▼存在しない兵士として、KMFに載せられ戦争の最前線に送られる。▼これは、KMFに愛されながらも、戦争からは逃げられなかった転生者の話。


総合評価:2470/評価:6.37/完結:45話/更新日時:2026年05月05日(火) 22:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>