金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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後半は2年生夏・25話の続きになる感じですね
誤字報告により修正しました、ありがとうございます


Q42 劇場版-黒霊ホテルの撮影裏・後編

 朝陽を浴びた芦ノ湖の水面に、富士山が映りこむ。

 (いち)は絵画のような景色を窓から見下ろし、無意識に眠い目を擦った。

 

(……お祖父ちゃんが、万代先生と恋仲だった……)

 

 洗顔し、歯を磨き、服を着替えながら、信じられない思考に囚われる。

 

〝とは言っても、40年も前よ。お祖父ちゃんに万代先生への気持ちは、もうないわ〟

(氷室のお祖父ちゃんが亡くなったのは……35年前、交際期間は被ってないと言ったって……)

 

 昨晩、さとみの微妙な表情を思い返してはゲンナリ。

 

〝ただ……逮捕が、ショックだっただけだと思うの。しかも、いっくん……事件解決に貢献したんでしょ? 感謝状まで貰って……偉かったね〟

(どうして、お祖母ちゃんは女同士だと……お喋りが過ぎるんだろうなあ)

 

 日課のジョギング中も回想は止まらず、(いち)は辟易する。

 青森県警から受けた感謝状、自宅のクローゼット式押し入れへ突っ込んだまま。

 昔の色恋沙汰は兎も角、函館異人館ホテル事件へ捜査協力した件など、さとみは知る必要ない。口の軽い金田祖母に一度、釘を刺しておこうと決めた。

 

(ん? ……待てよ、もしかして……母さんが言ってたアレは(・・・)……)

「あっ、残間さんの……おはようございます!」

 

 ハッとした瞬間、旧館へ辿り着く。先客の一堂(いちどう)に出くわし、元気溌剌な挨拶をされた。

 見ていて気持ち良い。

 

「一堂さん、おはようございます。こちらの旧館、今は貸し切りになっていますよ」

「うん、知ってる。映画の撮影だろ。今日の収録が始まる前に、見ておきたかったんだ」

 

 清々しい笑顔で旧館を見上げ、一堂は感嘆の息を吐く。まるで建物に対し、別れの挨拶をしているように見える。その理由を聞くのは憚られ、彼の姿勢を真似てみた。

 

「残間君、ドラマ観た?」

「はい、全話欠かさず。自分は初回と最終回、とても好きです。撮り方が一際良くて、目に優しいのです」

「……ああ、分かるよ。俺も観たら……きっと、同じ回を好きになる」

「ええ、必ず……」

 

 何気ない会話だったが、一堂の言葉は哀愁漂っている。同時に、『黒霊ホテル』を視聴しない決意も含まれていた。昨日の今日で、既視感を覚えた。

 何となく、新館までの道のりを共に歩いた。

 

「残間君、東京の学校に通ってるそうだけど……仙台には戻ってくる?」

「いいえ、自分は……仙台には行きません」

 

 将来はまだ不確定だが、それだけは断言しよう。

 

帰る(・・)じゃなくて……行かない(・・・・)か、良いね。俺なんかより、潔い)

(……すっげえ、見てくる……バイトがバレたかな?)

 

 一堂の胸中は聞こえないが、その優しい眼差しは羨望に満ちていた。

 

 モーニングに家族でレストランへ行こうとしたが、にいみは客室から出て来ない。ドア越しに、枯れ果てたガラガラ声が「食べたくない」と返事が来た。

 仕方なく、姉弟で朝食を済ませる。レストランにいた志月(しづき)監督から、眠そうに声をかけられた。

 

「お前らのオカン、ちょいと借りた。チーフカメラマンの奴……光山に、アドバイスとまでは行かねえが……色々と話させてた」

((マットペインターが、そこまで介入しちゃっていいの?))

 

 志月監督の目的が分からず、姉弟で全力の愛想笑い。

 

「お陰で、当初の予定より……良い作品になる。それだけは保証するぜ」

「……お役に立てて、幸いです」

「母も喜んでおられるでしょう」

 

 志月監督は顎髭を擦り、自信満々に告げる。その得意げな笑みはどこか、応援したくなる輝きがあった。

 一堂に似ている気がした。

 

「ハハハッ、サンキュー。まだホテルにいるんなら、撮影を見学しても構わねえぜ」

「いえ、上映まで楽しみにします」

(いっくん、そういう線引きはするのね)

 

 見学に誘われたが、ネタバレ防止を理由に断った。半分は本音だ。

 

「ほ~ん? ……金田のジジイ、良い教育してやがる♪」

きゃ~!! 志月監督にナデナデされた~!!

 

 志月監督から感心そうに頷かれ、(いち)の頭をワシャワシャと撫でてくる。ゴツイ手の感触が嬉しくても、叫びそうになる自分を必死に堪えた。

 さとみの生暖かい視線から、本心は見透かされていた。

 

 にいみは結局、北見(きたみ)達が出発する時間まで眠り込む。

 二神(ふたがみ)先生に叩き起こされ、メイクも手伝ってもらい、コーディネートもされるがまま。世話を焼かれて、「園児か!」とツッコミたい。

 そのお陰で、上司の妻として恥じぬ装い。

 

「息災でな、北見さん」

「はい、奥様。またお目にかかる機会があれば、幸いです」

 

 礼儀正しい北見に倣い、一堂と九条(くじょう)も目礼。彼女達の乗るレンタカーが離れていく様を見送った。

 知らずに緊張していたのだろうか、肩の力が抜けた。

 

「さて、私達も観光名所を巡りましょう。やっぱり、神社よねえ♪」

「二神先輩、アタシらは邪魔になるんで別行動……離して……」

 

 上機嫌な二神先生に腕を引っ張られ、にいみは弱々しく反抗したが無駄。姉弟はやれやれと肩を竦め、大人しく付き従った。

 

 湖にそびえたつ神社、それだけでも清浄な気を分け与えられた。

 箱根関所は江戸時代へタイプスリップした様に心を弾ませ、深い歴史を肌で感じる。目的もなく、何の気兼ねも要らない。只、出歩くなど久しぶりだ。

 

「すまなかったな、(いち)……」

「……碇 ゲンドウのおつもりですか?」

 

 だからだろう。唐突な謝罪を、素直に笑い返せた。

 

「母さん。前に、お祖父ちゃんの気持ちを考えろと言いましたね。万代先生と関係が……ありますか?」

「……違うな、鈴ちゃんは関係ない。あの人は、遅かれ早かれ……人生のツケを払ったさ」

 

 戦後最大のスターをまさかの愛称呼び。ビックリし過ぎて、いくつもの質問がぶっ飛んだ。

 

(いち)……鈴ちゃんの件、気に病むなよ。その……、よくやった」

 

 絶句していれば、心情を誤解された。

 その慰めを聞き、(いち)は金田祖父と万代先生の関係を知らなくて良かったと思う。大女優の一ファンとしても彼女の犯した罪を知り、辛くて苦しかった。

 落ち着いた今だから、受け入れられる事実だ。

 

「それに……親父と言うのは、氷室の方でな。過ぎた事を愚痴っただけだ……」

「氷室の……お祖父ちゃん」

 

 ふと、にいみは青空を仰ぐ。眉間のシワは懐かしさよりも、不甲斐なさを表す。

 ゾッとする。 

 (いち)の神経が逆撫でされ、首筋がざわつく不快感に纏わり付かれた。

 

「お祖父ちゃん……撮影中の事故で、亡くなったのですよね?」

「……ああ、その通りだ。それ以外、本当に何もない

 

 (いち)の口が勝手に問いかけ、にいみは嗤った。

 『雪夜叉』のお面の下、そんな表情が描かれている。そう思わせる程の悲しみと絶望を込め、哂った

 されど、そこに殺意はなかった。それだけは、息子として言える。

 

「……何があったのか、自分は聞きません。でも、剣持さんには話して下さい」

「……言ったろ、只の愚痴だ。アタシも蒸し返す気はない」

 

 剣持警部の名を出した途端、にいみから笑みが消える。ドスの利いた声は、35年前の出来事をいつまでも忘れない。執念深さも感じた。

 (いち)神奈川県警(兵藤刑事)から突き放され、正直に絶望した。あの無力感は今も、胸に燻っている。

 にいみの味わった警察への失望は、もっと深い。

 

「……剣持さんは、受け止めてくれます。どうか、聞かせてあげて下さい。母さんの想い(吹雪)を……」

「……? ……(いち)、もしや……貴様、剣持とやらに……」

 

 重ねて願い、にいみが怪訝そうに何かを言いかけた。

 

「お母さん! いっくん! お昼ご飯、食べよう!」

「はい、すぐに行きますっ」

 

 さとみの呼びかけに応え、(いち)は話を打ち切る。顔も逸らした為、にいみの悲観に暮れた表情を見なかった。

 

 昼食もすっかりご馳走になり、脳髄に喜びを味わう。乗り込んだタクシーの車内、にいみの機嫌も格段に良くなった。

 ホテル到着の際、(いち)は何気なく先にタクシーから降りようとした。

 

「あ……金田!」

「え……本当だわ♪ 金田く~ん!」

 

 聞き覚えのある声が耳に届き、(いち)は白目。

 この気持ちを某・名探偵の映画に例えるならば、「戦争も終わり、釣り鐘も戻っていいことづくめ」と談笑する後ろから、忍び寄る影(舞い込んだトラブル)そのもの。

 

「きゃっ。何よ、いっくん!」

 

 (いち)は咄嗟に、降りかけた姉を車内へ押し戻す。キョトンとしたドアマンへ手振りで大丈夫と伝え、声の主たる2人組へ駆け寄った。

 ここまでの動き、我ながら早業。

 

「ハジメちゃん、こんにちは。今日、家族旅行なので……謎解きは勘弁して下さいっ

 

 服の下は冷や汗でビッショビショ、心臓の音が耳障りに感じてしまう。それ程の緊張感の中、必死に懇願した。

 ハジメと七瀬はキョトンと目を丸くし、大げさな瞬きを繰り返していた。

 

「ど~いう~意味だ、金田? こっちはバイトだよ、バイト。……嘘じゃねえって、その疑いに満ちた目をやめ……」

キャアア――!! 宇津木さ~ん!!

 

 ハジメは心外そうに顔を歪め、反論は絹を裂くような悲鳴に遮られた。

 映画の撮影にしては、迫真過ぎる。どう考えても、事件発生。

 

「ハジメちゃん……警察に任せましょう」

「いや……今の、玲香ちゃんだ!

 

 (いち)は目眩に襲われ、ハジメへジト目を送ったのは致し方なし。全く物ともせず、彼は声の方角へ急ぐ。いつもの運動音痴が嘘のように、素早かった。

 

「あわわわ!?」

 

 ――と思いきや、己の足に躓いて転んだ。

 

「はじめちゃん! もう何やってるの!!」

「あら、金田一(きんだいち)君に……七瀬さん!?」

 

 七瀬(ななせ)が呆れた瞬間、さとみ達と鉢合わせてしまった。家族団欒の終わりを実感し、(いち)はガックリと膝から崩れ落ちた。

 

(いち)……orzの姿勢だな、ウケる」

「あら……本当、クスクス(ゲジ眉の子は、お友達かしら? タイプじゃないわね)」

 

 大人達の呑気な会話にイラッとした。

 

 製作会社プロデューサー・宇津木(うづき) 剣二(けんじ)襲撃事件は、降板させられた女優・深松(ふかまつ) 美鶴(みづる)の犯行であった。

 診察した二神先生曰く、下腹部を刺されたものの、彼の中年脂肪が盾となって臓物は無事だったらしい。

 逃走を試みた深松は、自称・超一流大学の教授候補が拘束。駆け付けた警察官に現行犯逮捕された。

 降板の理由は包帯の顔を見れば、一目瞭然。しかも、深松は宇津木プロデューサーが運転する車に同乗し、玉突き事故に巻き込まれての(萬屋のドラ息子が起こしたアレによる)負傷。連行されながら、恨みつらみを暴露した。

 そんな事の顛末を七瀬から、聞いた。

 結局、内輪揉め。

 ファンとして映画製作中止を覚悟したが、志月監督は冷酷に宇津木プロデューサーをクビにしての撮影続行。ハジメと七瀬は散々、扱き使われたそうだ。

 神奈川県警・藤沢(ふじさわ)刑事による現場検証、代打の撮影メンバーと大勢の人が行きかい、(いち)達はアイドル歌手とはニアミスで済んだ。

 にいみは折角の旅行を警察に介入され、不機嫌MAX。大人げない彼女に岩屋(いわや)氏が気を配り、主演の1人・愛河 翔子(あいかわ しょうこ)を紹介し、サインまで頂いた。

 

「やったね、お母さん」

「ああ……愛河 翔子が深松の代役とはな、完成が楽しみだ♪」

(……母さんの趣味、わっがんね)

 

 ご満悦な母子を眺め、(いち)は空気を壊すまいと壁になった。

 

 翌日は彼らに挨拶せず、ホテルを発った。

 ハジメが「アイツ、俺らを置いて帰りやがった!!」と叫んだそうだが、知らぬ。どうせ学校で会うのだし、問題ない。

 

「二神先生……何から何までお世話になりっぱなしで、ありがとうございます」

「感激です」

「良いのよ、アナタ達。お礼なんて言わなくても……誰かさんの帰国祝いも兼ねてるんだし、ね? 金田さん」

 

 二神先生の懐の温かさに感激し、姉弟で改めて畏まった。

 

「――先輩のおっしゃる通り! ――(アタシの分だけ、しっかり旅行費用前払いで請求しておいて。どこが帰国祝い?)」

((なんで、急に怒ってんの?))

 

 にいみの目は笑っておらず、冷ややかに瞼を閉じる。姉弟で意味不明と首を傾げ、クスクスと笑い合った。

 東京へ帰れば、また忙しくなる。

 今くらいは、長閑な時間を享受しよう。

 富士山の雄大な姿を眺め、自分の心までも広がっていく。これからは何が起きても、悠然と構えられる気がした。

 

○●……――一堂(いちどう) 百太(ももた)はキャメルデザイナー事務所の広報担当、今の自分が好きだ。

 最初こそ専門外に悪戦苦闘、半年も過ぎれば、時間配分にも慣れる。1年経てば、後輩の教育係も任されるまでになった。

 中途採用された九条(くじょう) 章太郎(しょうたろう)は仕事も丁寧、几帳面な上、説明も上手い。

 先輩としての尊厳、危うし。

 だから、本当は嫌だった箱根行きを引き受けた。

 7月の東京行きは個人的にトラブったが、大丈夫だった。

 今回はデザイナーの北見(きたみ) 花江(はなえ)もいる3人、きっと大丈夫。

 

「百太!!」

 

 ホテルの廊下でバッタリと鉢合わせ、絵上 小鳩(えがみ こばと)に呼ばれた。その瞬間、傍に九条がいるにも関わらず、耳を塞いで座り込んだ。

 ADの彼女がいるなら、旧館を使った撮影があるのだろう。『黒霊ホテル』の劇場版、来年の春に公開予定だ。

 

 ――怒鳴り声が、笑い声が……聞こえる。終わらない、休めない、眠れない。

 

「百太……!」

 

 ああ、知っている声だ。

 志月(しづき) 豹馬(ひょうま)、百太の父親にして多くの作品を手掛けた……尊敬する監督。

 正妻の奥さんが病気で子が為せないから、事情を知った母との間に産まれたのが自分。

 認知はされても、籍は別。偶に会いに来るけど、ほとんど母子家庭で育った。

 恨んでなど、いない。

 寧ろ、父の作品が褒められる度、「俺の父親なんだぞ」と心の中で自慢に思っていた。

 

 ――父さんの足を引っ張るわけには、イカナイ。仕事、シナクチャ。

 

「百太、おい! 返事しろ! 今までどこに……!」

「失礼、彼は私の連れです。大声を出さないでください」

 

 父の声が耳元へ迫り、九条の冷静沈着な声が遮ってくれた。

 

「兄チャン、テメエが百太を唆したのか!!」

「どう捉えてもらっても、構いません。……立てますか、行きますよ

 

 父は敵意剥き出しの声に、九条を責め立ててきた。違うと否定しなければならないはずが、顎が力を無くしたように動けない。

 後輩の手を借り、やっと立ち上がった。

 

「百太、いなくなった事を怒ってるんじゃない。……消えたくなる気持ちも分かるわ。でもね、無事なら……連絡だけはして欲しかった。一体、どれだけ心配したか、ちょっとでも考えてくれた?」

 

 小鳩が必死に訴えてきた瞬間、グサッと言う効果音が聞こえた気がする。刺さったのは、彼女の後ろにいる女性・上司たる残間(ざんま) 青完(あおまさ)の妻だ。

 最悪な場面を目撃されてしまい、自分が情けなかった。

 

 ――助けて、北見さん。助けて、名も知らない……通りすがりの人。

 

 羞恥心に染まった耳元は熱くなり、瞼の裏に浮かぶ人々へ助けを乞うた。

 バンッと客室の扉が開き、ワイシャツにスラックスの男が般若の形相でこちらを見渡した。

 

喧しいわ! 人の部屋の前で、騒ぐんじゃねえ!!

「……あっ

 

 クネッとした髪、自信満々な眼鏡の掛け方。百太の視界が、一気に開けた。

 

「アンタ、前に……百太とタクシーで逃げた男じゃないの!」

「あん? げえ、フラれ女! ……あれ? この状況……また修羅場かよ

 

 小鳩に指差され、通りすがりの人はゲンナリ。すぐに百太へ背を向け、彼女達の視界から隠すように立ってくれた。

 

「事情は知らんし、聞きたくねえ。だがよ、いい加減にコイツを解放してやれ。無事で良かったね、はい解散! これで終いにしろ」

「はあ? ワケわからん奴だな。いいか? 俺は、百太の父親だ。親が息子の心配をして、何がワリィ。他人がしゃしゃり出てきて、親子の縁切らせる気か。アア!?」

 

 素行の悪い生徒を叱り付ける口調で命令され、父はドスの利いた声で人間関係をバラした。

 仕事に差し支えるから、黙っていようと2人で決めたはず。少しだけ、ショックを受けた。

 

え……!? 一堂が……志月監督の息子……ウソ……」

 

 宇津木 剣二プロデューサーはみるみるうちに青褪め、別姓の父と子を見比べる。何故だろう、あんなにも怖かった男が弱弱しく見えた。

 小鳩も彼を睨んでくれた。そんな気がする。

 

「へえ、親父さんね。んじゃ、ついでに言っとくわ」

 

 不敵にニヤリと笑い、通りすがりの人は深呼吸した。

 

子供のSOSに気付かない奴が、父親振るんじゃねえよ!!

 

 それは叫びのようでいて、慟哭だった。

 残間夫人にグサグサッと刺さり、よろめいていたが誰も気に留めなかった。

 

(そっか……それが、本音なんだ)

 

 通りすがりの人は、百太が言語出来なかった気持ちを代弁してくれた。

 誇れる父のように、作品を撮りたい――もう、辞めたい。

 あの日、父が電話の向こうから告げた厳しいひと言を思い返す。職場に馴染めない息子へ発破をかけたつもりだったのだろう。

 電話を切った後、百太の思考は放棄された。「どういい」とさえ、思わなかった。

 

「消えたくなるような場所にいて、自分の力で飛び出したんだ! それがどれだけ勇気のいるコトか、分かってんのか! もっぺん、言うぞ! よくぞ生きててくれました! はい、解散だ!!」

「……百太」

 

 2度目の慟哭が廊下に響き渡り、誰もが父を見た。彼の眼差しは優しくて自分が幼い頃、別れ際に見せた淋しさが滲んでいた。

 

(親父……こんなに老けたんだな)

 

 やっと、父の姿をしっかりと見られた。まだ臓物が震えているが、とても簡単な事だった。

 

「ありがとう……後はやるよ」

 

 通りすがりの人の肩へ手を置き、感謝を込めた。

 

「父さん、俺……今の仕事が好きなんだ。もう、そっちへ帰らない。宇津木プロデューサー、不義理をして……すみませんでした」

ヒィ、いや……俺は別に怒ってなんか……ハハハ」

 

 言葉はくれてやる。でも、頭は下げない。

 百太に力強く声をかけられ、宇津木プロデューサーが震え上がった姿を見ても気分はちっともスッキリしない。戻りたいと微塵も思わない。

 

「百太……俺を、恨んでるのか?」

「まさか、誇りに思ってるよ。ずっとね」

 

 縋るような声が可笑しくて、百太は素直に答える。そう言えば、口に出して伝えた事なかった。

 似た者親子だ。

 

「お兄さん、1杯奢るよ。この後、どう?」

「……そうだな、俺もムシャクシャしてんだ。奢ってくれ。そっちの人も一緒?」

「ええ、そうですね。これから、飲む予定でしたので」

 

 父達を置き去りにし、百太は歩き出す。残間夫人のように全く状況の掴めない人もいたが、小鳩が説明してくれるだろう。

 後始末を押し付け、逃げた。もう、恥じる事はない。

 

 

 ――数人が集まる披露宴会場、彼のマイクを持つ手に迷いなし。

 

《……と言うのが、私と新郎の出会いでして。そこから15年、友情を深めるには十分な出来事がいくつもありました。その内のひとつが、皆さんご存じ『蝋人形城殺人事件』です。撮影にこそ、関わりませんでしたが……投資面や撮影許可の交渉、細々した点は全て、私がやりました》

Bien joue!(ビアンジュエ) 最上教授!」

「陰の立役者、ヒューヒュー♪」

 

 彼がビシッと決め顔になり、新郎友人席にいるセバスティアン・ルージュ・ド・メグレ伯爵と銭形(ぜにがた) ケンタロウが囃し立てた。

 ドッと大きな笑いが起こり、会場は沸いた。

 

《それも偏に、新郎の絶え間ぬ努力に感化されたからです。努力は実り、完成した年の映画祭で見事……アマチュア部門賞を獲得しました。お2人の人生、賞の様に華々しくあれ!》

 

 締め括った言葉に、拍手喝采。彼に頼んで、本当に良かった。

 新郎新婦友人代表スピーチが終わり、各々が挨拶し出す。正式な披露宴の段取りとは違うが、畏まった面子でもない。

 お互いに招待したい人を呼ぶだけ、そんな慎ましい式。

 

「はあ~緊張した……。百太君よ~、舞台女優の後スピーチはキツイって。なあ、葉月?」

「フフフ、面白かったわ」

「奥様の言う通り、良いスピーチだったぜ」

 

 最上(もがみ)夫妻とグラスを乾杯し、百太は心から感謝した。

 

「ねえ、百太君。妹の友人席にいる人……都知事当選確実って噂の、鹿島議員に激似じゃなくて?」

「ああ、お義姉さん。激似ですよ、本人なんだから」

 

 銭形(ぜにがた) 蓮子(れんこ)に肩をツンツンされ、新婦友人席を指差される。推測通りと言うしかないが、3人の表情は凍り付いた。

 

「あなた、九条さんが写真撮ってくれるわ。姉さん達も来て!」

 

 妻は自ら手掛けたデザインのドレスに身を包み、美しさを散りばめる。ウェディングドレスと呼ぶには軽装だけれども、百太の衣装と揃いになっている。自慢したくなる程、大好きだ。

 

「父さんも来いよ」

「……ああ、今行く」

「豹……お前、ワシよりジジイになっとるやん」

 

 新郎家族席にいる父も杖を尽き、ゆっくりと立ち上がる。老いを感じさせる動きに堪りかね、新郎友人席にいた金田老が手を貸した。

 どっちが年上か、わかりゃしない。

 

「掛け声、どうしましょうか? 今時分、「はいチーズ」と言わないらしいです」

Ouistiti(ウィスティティー)にしましょ、異存……ないですネ?」

「メグレ伯爵、今日の主役が決めるんだよ。さあ、どうするね?」

 

 九条の疑問に何故か、メグレ伯爵が元気溌剌なお返事をかます。残間会長がやれやれと肩を竦め、新郎新婦へ祝福の視線を送った。

 百太と花江はお互いに顔を見合わせ、閃いた。

 

「せ~ので、答えよう」

「ええ、せ~の……!!」

 

 答えは勿論、同じだった。




沖田「沖田です。名前すらも……出番なかった。深松さんがあんな事になったら、しょうがないけどさあ……。さて、次回は『君は黒霊と成らず』!! わあ~、生の能条 光三郎だあ♪」

一堂 百太
イケメンAD、志月監督の隠し子。深松の誘いを断った為、宇津木から壮絶なパワハラを受ける。自ら命を絶ったが、撮影のストレスが原因と思われていた(酷い)
作中にて、にいみを探しに来た金田祖父に連れ出され、仕事をブッチ。一時的に金田家で養生した後、残間の口添えで仙台へ転職した(オリ主はバイトで家を空けがちだった為、しっかりとした面識はない)
アマチュア映画の監督として『蠟人形城殺人事件』など多くの作品を手掛けた。15年後、北見花江と結婚する

志月 豹馬
百太の父親、SOSに気付かずに死なせてしまった罪悪感に苦しんでいた
作中にて、金田祖父から「百太? ワシ、知らんよ」と嘘を吐かれる。宇津木と深松に如何なる制裁を加えようか模索していたところ、相手側が勝手に自滅した
15年後の結婚式に招待される

絵上 小鳩
百太の元カノ、AD。志月監督との親子関係を知り、百太が父親を尊敬している事も知っていた(葬儀の後にでも、言ってあげてよ)
作中にて、より戻らず

宇津木 剣二、深松 美鶴
番組プロデューサーと女優、自分勝手な理由から百太を死に追いやったが、全く反省していない
作中にて、勝手に潰し合う

神奈川県警・藤沢刑事
事件担当刑事

自称・超一流大学教授候補
殺意のレストランゲストキャラ。作中にて、学長の娘に「親の言いなりで結婚したくない」と振られ、傷心旅行中だった
最上姓の女性と結婚し、様々な過程を経て、無事に教授となる。本人曰く「画数って本当、大事なんだなあ」。百太と生涯の友人となった

愛河 翔子
ドラマCD版・死神病院殺人事件ゲストキャラ。作中にて、深松の代役
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