金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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Q19に繋がる小噺、ここまでが長かった


Q43 君は黒霊と成らず

 月曜日、(いち)を待ち構えていたのは授業だけではない。

 中間テストの結果だ。ひとつだけ、赤点。高校生活初の赤点。

 肝が冷え、痙攣した。

 

「金田……お前はまだ、挽回できる! 希望を捨てるな!」

「は、はい。1教科だけですから……明日の追試、頑張ります」

 

 担任でもないノモツァンに深刻な顔されながら、強い励ましを受けた。

 その理由は放課後、電車の中で七瀬(ななせ)から聞いた。

 

「あたしも今回、順位落としたの……吉長先生を心配させちゃった」

「美雪は学年1位だぜ、それが3位になったくれ~で大げさなんだよ。他にもいるらしいぜ、そういうの。校長、俺のせいみてえに言いやがった」

(……ハジメちゃんのせい? 桜樹先輩とか……な~んつって)

 

 どうやら、順位を落とした生徒は自分だけではないらしい。その原因(ハジメ)は生活指導室へ連行され、校長から直々にお小言を頂戴されてしまったそうだ。

 

「それだけ強気な態度とは……ハジメちゃん、赤点回避ですか?」

「おうよ。いやあ、今回は自信あったんだ~♪」

「スレスレの人が、随分と強く出たモノねっ。え~と、ここからバスへ乗って……あのバス停ね」

 

 千駄ケ谷駅へ到着し、(いち)とハジメは七瀬の案内に付き従う。彼女の細い指が、反対車線のバス停を指差した。

 

「……バス、乗ってくの? ヤバ……小銭、足りねえかも。ちょいと駅員さんにお札崩して貰うわ」

「ウソでしょ、はじめちゃん……もう、しょうがないわね。金田君、先に行ってて。あたし達、1本遅れていくから」

 

 急に己のポケットを探り、ハジメは駅へ逆戻り。七瀬は人の返事も聞かず、彼を追いかけた。

 

「……七瀬さん、あちらで合流しましょう」

 

 取りあえず、返事をしてからバス停で待機。彼らを待つべきか悩んでいれば、ツンツンと肩を突かれた。

 

「やっぱり、金田君♪ ブレザーだったから、ちょっと自信なかったわ」

「三夜沢先生っ、ご無沙汰しております。お会いできて、光栄です」

 

 まさかの三夜沢(みやざわ) 渉子(しょうこ)画伯、予期せぬ出会いに胸が弾む。

 しかも、目的地も同じ『絵馬純矢展』。(いち)は迷わず、バスへ乗り込んだ。

 

「普段、人の作品は鑑賞しないんだけど……これは行かなくちゃって思ったの。本当、正解だったわ。多岐川さんはお元気? 長野でも大騒動に巻き込まれたって、噂を聞いたわ」

「ありがとうございます。かほる先生は、心配ありません」

 

 三夜沢先生の気遣いが嬉しく、(いち)は素直に状況を伝えた。

 

 石とコンクリート造形そのものが周囲と違い近代的、一際目立つ。来館者は多く、ほとんどが美術界関係だろう。

 

「スイスの建築家が設計したそうよ、話には聞いていたけど……良さそうな場所ね」

「次は三夜沢先生が個展をされては……」

「失礼、画家の三夜沢先生でいらっしゃいますか? 私、吉行と申します。月刊【美術論】の編集長をしております」

 

 1階の受付を済ませた後、白髪交じりの中年の男がスッと名刺を差し出す。その声に周囲の何人かが、ぎらりっと三夜沢先生に気付いた。怖い。

 

「今日は筆を休めてるのっ」

「そこをなんとか……」

 

 三夜沢先生は普段の態度を崩さず、その背中では小さく手を振るう。彼女は高校生を巻き込まぬ為に、わざと編集長の相手をしているのだ。

 (いち)はその意図を組み、先へ進んだ。

 

 飾られた絵画はどれもこれも素晴らしい。どこかの演劇稽古を描いた作品もあり、魅入る。顔のない彼らの白熱した演技が、肌に伝わってきた。

もしも将来、純矢に描かれるならば、稽古風景をお願いしたいと心から思った。

 ホールには絵馬(えま) 純矢(じゅんや)本人がいるものの、挨拶までの行列が長い。少し離れた立ち位置に、彼を見守る人々がいた。マスクとゴーグルで顔を隠した男以外、知っている顔だ。

 再会の嬉しさで、いそいそと近寄った。

 

「金田君、久しぶり……金田一(きんだいち)は?」

「井沢君、ご無沙汰しております。彼は七瀬さんと遅れてきます。荒木君、凡そ2週間振りです。常盤さんは一緒では?」

「瑠璃子は紅さんを連れ回してるよ」

 

 天才プログラマー・井沢(いざわ) 研太郎(けんたろう)へ挨拶し、天才美少女ヴァイオリニストの所在を問う。荒木(あらき)はクスリッと笑みを溢し、やれやれと大げさに肩を竦めた。

 微かな人々の中に、それらしい声が聞こえる。

 

「荒木君。ここの設計、スイスの建築家が手掛けられたと聞きました……」

「そうなんだよ、金田君。彼は重量感を……」

「比呂、ちょっと待て。金田君、こちらは間久部先生です」

 

 美術館の設計者について触れ、荒木は意気揚々と語り出す。

 井沢は優しく会話を遮断したかと思えば、間久部(まくべ) 青次(せいじ)画伯を紹介してくれた。

 

!? 金田と申します。間久部先生にお会いできて、光栄です。素晴らしい作品の数々、雑誌ではございますが……拝見しておりますっ」

「……ありがとう」

「本日はお越しになられたのは、純矢君を弟子に迎えられた関係でしょうか? ああ、すみません……金田一(きんだいち)君からお聞きしまして」

「……うん、そう考えてもらって構わないよ」

 

 (いち)はミーハー根性が騒ぎ出し、体が本当に飛び跳ねる。素顔は見えないが、間久部画伯の引き攣った笑い声は聞こえた。

 

「純矢君、呼んで来ようか……」

「いいえ、間久部先生。比呂には後で挨拶させます。金田君、観て回ると良い。キミが気になる絵もあるよ」

「……分かりました。純矢君と話せるタイミングで、戻って来ます」

 

 間久部画伯の気遣いを何故か、井沢が丁寧に断る。

 (いち)は追究せず、3人に会釈してから飾られた絵画を気兼ねなく、見渡す。順路の道標が無ければ、目移りしてしまう。先ずは流し見だ。

 もう一巡する際、じっくりと鑑賞する絵を探しておく必要がある。

 

(あ……ハジメちゃん、待たないと……)

 

 ふと思い返した瞬間、視界の隅に捉えた。

 

 ――岬に立つ、長い髪の少女。海を眺める背中だけでも、誰かすぐに分かった。

 

(……桐生さん)

 

 脳髄の奥で彼女の名を呼ぶ。

 途端に足元は断崖絶壁の海、青々とした空、潮の香が鼻腔を擽り、波の音が耳を打つ。隣に佇む気配さえ、錯覚だと分かっている。あまりの現実感(リアリティー)に全神経が痺れた。

 

 ――金田君、歌島にようこそ。

 ――はい、桐生さん。この景色……一緒に見られて、嬉しいです。

 

 囁かれた〝声〟は静かに弾んでおり、彼女の喜ぶ様が手に取るように分かる。でも、きっとその表情は笑っておらず、感嘆の息を漏らすだけだろう。

 そう思えば、(いち)の口元が自然と緩む。

 

 ――桐生さん、都大会……進めませんでした。

 ――知ってる、当然の結果よ。

 

 既にしたはずの報告の返しは、手厳しい。いくつか、話しかけてみたが終ぞ、彼女は微笑みかけてくれなかった。とても「らしい」。

 

 ――また、会いに来ます。桐生さん

 ――そうだとしても、金田君。私、アナタを待たないわ

 

 話は終わりと言わんばかりに、風が頬を撫でる。

 (いち)の眼前には額縁へ嵌められた絵画、視界が現実へ引き戻された。

 不思議と名残惜しくない。

 ふうっと肩に力を抜き、今いる状態を即座に思い返す。こちらへ近寄る足音に気付かず、ひと先ずは純矢へ会おうと思考を切り替えた。

 

「金田君」

 

 気配のない真後ろから囁かれ、ビックリして振り返る。

 彫刻を思わせる整った顔立ち、衣服に覆われた無駄のない筋肉を持つ肢体。クリッとした赤茶の髪は地上へ降りた天使が如し、美しさ。

 

「……っ、能条 光三郎……」

 

 劇団『幻想』の若きトップスター・能条(のうじょう) 光三郎(こうさぶろう)その人。

 しかも、(いち)の名前を呼ばれた。

 演劇界の未来を背負って立つ舞台俳優から、誰の紹介もなく、名を呼ばれた。

 

(どっかで……会った?)

 

 (いち)は勝手に大混乱し、冷や汗でビッショビショ。

 

「フフフ……そう緊張しないでくれ、金田君。それとも、クリスティーンが良いかな?」

「金田でお願いします」

 

 玉を転がすような声、その表現がとても似合う。だからこそ、どこぞの色狂い脚本家と同じ呼び方は断固拒否した。と言うか、それ抜きでも2度と呼ばれたくない。

 

「……もしかして、黒沢先生から……自分の話を聞かれましたか?」

「あれ? 僕が夏のコンクールを観に行ったって……その様子じゃあ、キミは気付いてなかったんだね」

 

 黒沢先生の名を出せば、思ってもいない返し。能条氏から残念そうに微笑まれてしまい、(いち)は必死に記憶を辿る。片付けの真っ最中、楽屋がそんな話で誰かが盛り上がっていた。

 ような気がする多分……と自信なし。七瀬の存在をここまで強く求めたのは、初めてだ。

 

「この絵、熱心に眺めていたけど……気になるのかい?」

「……はい、とても……気になります」

 

 返答に詰まっていれば、能条氏は話題を変えてくれる。しかし、(いち)は絵に没入していた様を見られ、少し恥ずかしかった。

 

「絵馬君、この絵は見送りにピッタリだと言っていたよ。……確かに、そうだ」

「……見送り……能条さん、どこかに行かれるのですか?」

 

 能条氏は感慨深く絵を眺め、純矢へ共感を示していた。

 2人が歌島で知り合ったなど知らず、(いち)は浮かんだ疑問を口走る。そう問いかけたくなる程、旅立ちを予感させた。

 

「分かるかい? しばらく演劇を休むんだ。長い〝芝居〟を終えたら……ちょっとだけ、疲れちゃってね」

「〝芝居〟……」

 

 能条氏は絵から目を離さず、愚痴っぽく告げる。何故だろうか、そのひと言が深く心へ染み込んだ。

 どことなく〝吹雪〟とニュアンスが似ている。そう、感じ取った。

 

(この人は、終わったんだ……)

 

 勝手に羨んだ。

 

「でも、必ず帰って来るよ。僕には演劇しか、ないからね」

「はい……ゆっくり休んでください。『幻想』の皆さんも、お待ちしていますよ」

 

 初対面のはずだが、会話が弾む。能条氏の優しい人柄のせいだろう。

 

「おお、言い忘れるところだった。僕、『幻想』は辞めたんだ。戻って来たら、『遊民蜂起』へ入団するつもりだ。まだ座長と話してないけどね」

「……『遊民蜂起』に」

 

 能条氏の俗っぽい喋り方すら、無邪気な子供を思わせる。(いち)はその劇団には浅からぬ縁があり、息を呑んだ。

 脳裏を過ったのは、軽井沢で出会った男。

 彼について、能条氏になら聞ける。その直感に従った。

 

「能条さん、2年前に『遊民蜂起』が軽井沢で火災に遭った話なのですが……。その時、大火傷を負った生存者がいたはずです。ご存じでしょうか?」

!? ……知ってはいる。キミはどこで、彼を知ったんだい? もう演劇界ですら……気に掛けないんだぜ」

 

 慎重に言葉を選び、唇を動かす度に緊張が走った。

 能条氏は唐突の話にも関わらず、記憶の引き出しを開ける。一瞬、周囲を見渡した後、半分の好奇心を瞳に宿し、顔を近付けてきた。

 その仕草は決して、探っていない。ただ、疑問に思っているだけだ。

 お互いの息が肌にかかる距離、ちょっと近すぎる。ファンに見られたら、後が怖い。

 (いち)はそれでも構わず、彼を見上げた。

 

「言えません。言わない約束をしたのです」

「……金田君、キミは本当にクリスティーンかもしれない」

 

 無礼だと分かっていても、彼の男から『お願い』を優先した。何故か、能条氏は満足そうに微笑んだ。

 

「……その人の名は、霧生 鋭治

 

 耳元で囁かれた名、脳髄が理解するまで時間を要した。

 偶然にしては、冗談が過ぎる組み合わせ。悲鳴を上げなかっただけ、自分を褒めたい。

 

「『遊民蜂起』が火事の後に上演した『オペラ座の怪人』……そこで、〝怪人(エリック)〟を演じた男さ。千秋楽が跳ねた後、姿を消したらしい。僕が知っているのは、ここまでだ」

 

『オペラ座の怪人』の公演は人伝に聞いていたが、まさかの役柄(ファントム)に身震いさせられた。しかも、火傷はまともに癒えていない時期。

 又しても、奇妙な縁。

 能条氏に熱弁を振舞われながら、(いち)は運命を感じずにいられなかった。

 そして、あの男(水沼)と同一人物ではない確信を得られて、ホッとした。

 

「もしも……彼に逢えたら、キミの話をしておくよ」

「……能条さん、お願いします」

 

 物凄く自然に肩を叩かれ、別れの時が来たと知る。能条氏の提案は渡りに船、(いち)は躊躇った後に図々しく申し込んだ。

 これで、きっと縁は更に繋がるだろう。

 喜びか慈しみか、この感情に名を付けられぬ。

 (いち)に背を向けた瞬間、能条氏の笑みが消えたと気付かぬ程、考え込んでいた。

 

(霧生 鋭治……彼の後釜は、城 龍也だったか。……金田君が気に掛けるなら、『遊民蜂起』の火事……調べておくか。旅行前にっ

 

 彼がそんな考えに至ったなど、知る由もない。

 

「キスしてたの?」

「!? ……常盤さん……お久しぶりです。なんでしょうか……突然」

 

 何の前触れなく、常盤(ときわ) 瑠璃子(るりこ)はひょっこりと肩へ顎を乗せてくる。連れがいたはずだが、彼女は独り。(いち)は二重の驚きに悲鳴を殺したものの、指先も痙攣は抑えられなかった。

 

「あたしには、そう見えたわ。角度的にっ」

 

 長い髪を掻き上げ、常盤は腰に手を当てる。唇を尖らせ、彼女の視点からだと強調している。(いち)は勝手な想像に耳まで赤くなり、ゾッとする。

 他の来館者にも、同じ誤解をされた。ここに留まるのは、危険。

 

「さあ、純矢君のところへ戻りましょう。ハジメちゃんも来ているはずです」

金田一(きんだいち)君で誤魔化そうとしても、無駄なんだからっ。今の人は誰? ねえ、金田君!!」

 

 (いち)は平静を装い、小走りに逃げた。

 常盤のキャンキャンと煩い声は遠慮なく、付き纏う。お陰で、余計に目立った。

 

「金田~、瑠璃子~、やっと会え……」

「ハジメちゃん、パス!!」

 

 途中で合流したハジメを盾にし、常盤へブン投げた。

 

金田一(きんだいち)君っ、会えて嬉しいわ。そこ退いて……」

「ええ~……いや、瑠璃子。俺は別に……」

 

 2人がやり取りしている間、(いち)は純矢と無事にご挨拶。

 

「純矢君……、ありがとうございます。〝彼女〟と話せました」

「……!? そうか……、そう言ってくれるなんて……感無量だよ」

 

 純矢へハグしたい衝動を抑え、感謝を握手のみに留める。彼は破顔して笑い、手を握り返してくれた。

 ハジメには帰り道にグチグチ言われたが、寄り道のファミレス代でチャラにしてもらった。持つべきものは友達である。

 

○●――……高校生達が来館した翌日、剣持(けんもち)警部は人形島から戻り、警視庁へ赴く。

 伝達事項を受けた後、外部からの連絡を受けた。相手に驚き、すぐに待ち合わせ場所へ急いだ。

 行き先は都内の寺院。

 

「お待ちしておりました」

「……こりゃあ。どうも、ご丁寧に……」

 

 呼び出した張本人・にいみの見違えた風貌。

 化粧を施した顔は文字通りに印象を変え、すらりとした橙のフォーマルスーツ。恰好は姿勢さえも整わせ、先日の猫背もない。畏まった口調も相俟って本当、別人かと思った。

 以前、手配に使った写真を見ていなければ、気付かないレベル。

 

「ここは……何か意味が?」

「兄を納骨した場所です。いずれ、両親も世話になります」

 

 剣持が周囲を見渡せば、にいみは厳かに告げる。情報とは不思議なモノで、途端に何の変哲もない寺へ親しみを覚えた。

 石畳を歩いた先は、共同永代供養墓。手ぶらで来た為、剣持は一先ず、手を合わせる。何処からともなく、金木犀の香りが線香代わりとなり、鼻腔を擽った。

 

「お話を聞いて頂く前に……剣持さん、我が家の事情は何処までご存知でしょうか?」

「……粗方ですが、35年前に亡くなられたお父様が氷室姓だったとか、……お仕事中の事故だそうですね」

 

 まさか、雪峯(ゆきみね)刑事が自費調査した直後に話題される。偶然とは恐ろしい。

 

「あの蔵沢監督の作品に出演されていたと聞いた時は、驚きでしたな」

「……その部分は、両親ではありませんね。お調べになられたんですか、ゲンさんにも……大まかな地名を言っただけでしたのに」

 

 映画史に名を馳せた巨匠の未発表作品。その撮影中の出来事とくれば、個人的に興味が湧くというモノ。

 剣持はあくまでも雑談として、本音を語る。にいみは感心そうに頷き、目を伏せた。

 

「アナタが20年前に駐在所へ顔を出した話も、聞かせてもらいましてね(雪峯がっ)。事故の調書を読ませてくれとせがんだコトも……」

「……剣持さんは、お読みになられたのでしょう。本当に、何があったか知りたいなら……アタシも警察になるべきでした。今の状況を考えるなら……その方が……」

 

 少しでも明るく振る舞おうとしたが、にいみはしんみりと相槌を打つ。先日と全く違う態度は、剣持の言葉を詰まらせた。

 

(めんどくせぇ……)

 

 口癖を胸中で呟き、剣持は深呼吸する。牽制など、そもそも性分ではない。

 普段通りに行こう。

 

「現場検証を終えた後、フィルムが県警に押収された。調書には、理由が書かれていなかった。アンタは何を、知っている? 親父さんは本当に、事故死だったのか?」

「……近宮 玲子でもあるまいに、親父の死は事故だ」

 

 取り繕わず、剣持のやり方で問う。にいみは鷹揚な口調へ変え、開いた瞼の下から冷たい眼差しが覗いてきた。

 それは、剣持の後ろを見ている。ここにいない当時の捜査員に対しての侮蔑だ。

 

「何が、あったんだ?」

「……別件の証拠品、それしか分からん。……親父が死んでも、蔵沢さんは撮影を続けようとしてくれた。幸い、親父の出番は撮り終わっていたからな。残りの撮影に取り掛かったところで、フィルムを持って行かれた。ご丁寧に令状を持って、有無を言わさず……」

 

 別件の証拠品。それならば、守秘義務により説明されない。

 フィルムそのものか、或いは撮影場所。刑事として、いくらでも仮説は立てられる。だが、これは遺族側としては堪ったもんではない。

 

「……一応は戻って来たぞ、灰になって」

「……え!? 燃えた!? 県警に問い合わせは……」

 

 口にしてから愚問だったと気付く。

 

「……故意かどうかなど、アタシも知らん。蔵沢さんは説明を求めて、何度も県警に掛け合ってくれたが……終ぞ、奴らは何も言わなかった。……泣く泣くお蔵入りだ」

 

 言わなかった奴らの気持ちも、聞かせてもらえなかった彼女達の気持ちも、分かる。

 剣持はどちらにも同調せず、只々、拳を握り締めた。

 

「……正直、親父が死んだ時より、哀しかったな。折角、主役だったのに……」

 

 にいみの皮肉っぽく歪んだ口元。閉じられた瞼から、今にも涙が零れそうに見えた。

 スタントマンが主役に抜擢され、家族と喜びを分かち合う光景が目に浮かぶ。

 その遺作とも言える形見が、失われた。

 そんな目に遭わされた彼女に警察を嫌うなと、どの口が言えよう。それが無くても、剣持は警察を好きになってくれなど、口が裂けても言わん。

 

「……打ち明けてくれた事、誠に感謝する」

 

 心に浮かんだ言葉を伝える。沈黙を破り、その心情を語ってくれた。敬意以外、ない。

 

「……ひとつ、お願いがあります。ある方の行方を調べて頂けませんか。お住まいを訪ねましたが、物気(ものけ)(そら)で……」

(……まさかっ、噂に聞く高遠の実の父親か!?)

 

 にいみはしばらく考え込んでから、頼み事をしてきた。

 躊躇いを見せる物言いに、心当たりが大あり。

 逃亡犯の逮捕にも、繋がるかもしれない。そんな期待が生まれ、アドレナリンが分泌されたハイテンション。

 剣持が食い気味の姿勢になった為、にいみは一歩後ろへ下がる。物凄く白けた表情を向けられ、ハッと我へ返った。

 

「金田の親父の弟だ」

「金田さんの弟? 初耳ですが……」

 

 鷹揚な喋り方で告げられたが、意外な人物。剣持の見込みが外れるが、希望は捨てきれない。

 

「腹違いでな、元々……仲も良くなかった。公務員をやっていたから、事故の時も当てにした。そこで、親父とは袂を分かったのだ」

 

 教師ではなく、公務員という言い方が気になる。10年前の旅客機墜落事故で揉めたとなれば、消防職員かもしれない。

 

「アタシも2年前に会ったきりだ。パチ屋でっ」

「パチ屋!? アンタ、パチ屋に行くのか?」

「……叔父貴はその時、仕事を辞めたと言っていた。真面目な人だったから、定年前に辞めたのは意外だったが……気にしなかった。一応、帰国してから…………和田にも探らせたが、居所は掴めん」

「……分かりました。こちらで調べます。その方のお名前とご住所を……」

 

 パチ屋発言にビックリして、ツッコんだが、無視された。

 犬と呼ばれた男の顔が浮かび、胸中で憐れんだ。

 しかし、協力者に探らせる程、にいみは最悪の事態を危惧している。金田老の弟ならば、有力な情報を持っている可能性も高い。今度は、正式な捜査の範疇内だ。

 剣持は警察手帳を開き、ペンを構えた。

 

藤原……、藤原 玄道だ

「……は?

 

 紅を引いた唇が告げた名は、探す必要のない相手だった。




真北「速水がお世話になっております。色々とトラブルはありましたが、撮影は無事に終わりました。これも皆様のお陰です。これからも、ウチの速水をよろしくお願い致します。さて、次回は『瞬間消失の謎を生徒会に知られるな』!! ……え、不動高校の学園祭に行きたい? それはちょっと……」

ノモツァン
シリーズ通して、大体登場する準レギュラーのような存在

三夜沢 渉子
吸血桜殺人事件ゲストキャラ。作中にて、オリ主と『夜桜亭』で面識がある

井沢 研太郎、常盤 瑠璃子
邪宗館殺人事件ゲストキャラ
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