金田少年の生徒会日誌 作:珍明
お祭りの日より前の日、そんな諺がある。
不動高校学園祭も同じであり、生徒諸君の準備する様子は生き生きと輝いている。校内外を問わず、学校関係者が幾度となく事件に巻き込まれた。
蓄積された鬱憤を晴らす目的もあるだろう。宿泊届申請書の山がそれを物語り、書記と庶務は受理に苛立つ。
校舎は垂れ幕やポスターに彩られ、校門には来校者を歓迎するアーチの設置完了。飲食の出店はテントを張り、試し焼きの為に香ばしい匂いを漂わせた。
明日の日曜日を待たずして、本番の気分に浸れた。
そこへ
「……今、何と言いましたか?」
「だから、玲香ちゃんよ。速水 玲香ちゃんっ。お忍びで、学園祭に来てくれるの。あ、明日だけね。本当は内緒なんだけど、生徒会の皆には伝えておこうと思って」
ニコニコ笑顔の七瀬が、憎たらしい。
そう思っているのは、
「美雪ちゃん……今の状況じゃあ、マズイんじゃない? アイドルがお忍びで来るって……」
「秋絵ちゃん、どうして? 玲香ちゃんはスケジュール的にも大丈夫だって、言ってくれたわ」
「俺も、反対の理由……分かんなくて、説明してもらえたら……。つ~か、七瀬さん……アイドルと知り合いって純粋にスゴクね?」
「あたしと言うより、はじめちゃん。玲香ちゃんに学園祭があるって話してくれたの」
恐る恐る
七瀬の返事に事情を知らぬ者は半信半疑、余計に空気は濁る。
「しゃ~ないっスね、ここは新生会長の海峰がご説明をば。昨今、不動高校は近隣にお住まいの皆様から不安の声を頂いております。そこに来ての……ドキ☆学園祭にアイドル歌手がやってきた! 良いと思いますよ」
「……でしょう?」
得意げに席を立ち、
「さっき……校長から聞いたばっかりなんスけど、明日またTVカメラが取材に来てくれます。玲香ちゃんは年末、春、つい先日も事件に巻き込まれてるんス。お忍びがバレたら、学園祭どころじゃあなくなりますよ」
海峰の真剣な表情は、鍵盤へ指を這わせる緊迫感があった。
TV局来校は初耳だが、
学園祭は生徒の活躍する場、今を
流石の日和見主義な執行部顧問もやれやれと頭を掻き、「今回は、外部から参加してくれる方々いる。それを忘れるな」と教師らしく言い放ち、逃げるように退室しやがった。
「だ、大丈夫よ。あたしとはじめちゃんで、玲香ちゃんだってバレない様にするから。何なら、ミス研の皆にも協力してもらうわ。部長の権限あるもん」
「じゃあ、村上も頑張らないと……俺の方で来賓者受付の当番は引き受けるから、七瀬さんを手伝ってやってくれ」
「……お、おう。そうか……サンキュー、千家(アイドルを間近で見れて、嬉しいような……複雑)」
非難的な視線を受けても、七瀬は負けずに対策を提案した。
と言うか、七瀬の部活動及び、執行部の当番にも影響が出る。イラッとした。
「そこまでおっしゃるなら……分かりました。七瀬さんは募金活動でしたね、自分が引き受けましょう」
「金田君……」
「但し、問題が起きたら……ミス研は学園祭の日付を以て、廃部にしますっ」
冗談扱いされぬ様、七瀬から視線を外さない。彼女は事の重大さに目を丸くし、あんぐりと口を開けていた。
「生徒会長として、認めま~す」
「ええ!?」
誰も反対意見を出さないまま、本日の業務終了。
「はじめちゃ~ん!」
「七瀬さん、鞄! 鞄、忘れてるって!」
七瀬は血相を変え、戸締りもせずに廊下へダッシュ。村上も彼女の分の通学鞄を持ち、追いかけて行った。
狙い済ましたように、ミス研では『ホームズの孫』のよる怪奇文書が発見されたらしいが、生徒会にその報告は上がらなかった。
「秋絵さんが反対しなかったのは……意外でした」
「そう? あたし、結構……金田君寄りだと思うよ。ねえ、庶務……あれ……いない?」
鍵の返却を押し付けられた気分で、
「……金田君、学園祭のコト……なんだけど!」
「はい……」
「か~ね~だ~ク~ン♪」
秋絵は俯き加減に手をモジモジさせ、大きめの声で呼んでくる。
「学園祭、一緒にぃ~……キャッ!!」
「今、宗像先輩の声が……」
「金田君、気のせいよ。それか……チア部の掛け声が偶々、金田君を呼んでいる様に聞こえたとか?」
あの声は3年4組・
「そ……それで、金田君……学園祭……」
「金田く~ん! キミって奴は全く!! ミス研廃部とはどういう……ゴフッ!!」
深呼吸した秋絵は言いかけたが、3年3組・
学園祭準備に浮かれているにしても、何かおかしい。声のあった方角を凝視すれば、秋絵に腕を掴まれた。
「金田君。あたしと明後日、学園祭を回りましょう! ふ……2人でっ」
「……それは……」
張り上げたつもりが、掠れてしまった声。可憐な頬を真っ赤に染め、指先まで震えた手。
自惚れでなければ、ロマンスの神様どうもありがとう。そう言う展開だ。
兆候を考えるなら、やはり秋絵呼びをした夏休みだろうか? 金田祖父の指摘通り、下の名前で呼ぶのは特別感を抱かせる。
そもそも、秋絵の想い人は別にいたはず。
自分なんか、彼女の学園祭パートナーに相応しくない。しかし、こうして声をかけた勇気を無下にするなど失礼千万。
――
無駄な自問自答を0.1秒の間に済ませ、
「喜んで、秋絵さん」
「……っ、うんっ」
緊張に声は震えず、しっかりと誘われた感謝を込める。秋絵は耳まで真っ赤に染まり、返事を喜んでくれた。その鼓動が手を通して、お互いの神経を繋げた心地だ。
(離せぇ~!! 金田先輩の青春メモリーを間近で、撮るんだぁ~!!)
(お前、ちっとはデリカシー持てや!!)
廊下の曲がり角から、無音の煩い気配を感じた。
「秋絵さん、ご自宅まで……送ります。演劇部が終わるまで、待っていてもらえますか?」
「……うん、うん」
聴覚的に騒がしくなる前に、待ち合わせをして解散。胸の高鳴りを静め、
行先は教職員専用駐車場。
昨日付で退職、本日は最後の挨拶回りとなる教師がいる。ちょうど、車のトランクへ荷物を積んでいた。
「中津川先生!」
「金田君、どうしたの? そんなに慌ててぇ~」
失礼の無い様に、呼吸を整える。糸目は不思議そうに垂れ下がり、絵の具に汚れた手はそのまま。傍から見れば、普段通りの退勤だろう。
明日の学園祭にも、顔を出さないなど信じられない。
「……中津川先生、お疲れ様でした」
「……ああ、そっか……。……ありがとう、わざわざ……」
「昨日もね、美術部の皆から……花束を貰ったんだ~。あ、花を催促してるんじゃないよ? ホント、嬉しくて……」
「分かっています。次のお仕事はどちらに?」
お互い、花を贈る関係ではない。少しの後悔はあったが、言葉のみに留めた。
「それが、中々……。そんなコトより、あの絵! 美術準備室に置いてあるよ~。校長が、残していいってさ……いつでも、見てくれ。僕の代わりにっ」
中津川先生は転職活動が難航しているらしく、話題をすり替える。
彼が丹精込めて仕上げた『ミロのヴィーナス』。完成した嬉しさは一瞬だけ、去って行く者からの餞別に胸が痛んだ。
「……中津川先生こそ、いつでも……学校へ遊びに来てくださいね」
返事は、もらえなかった。
下駄箱にて、ため息を吐く。上靴へ履き替えながら、中津川先生との別れを惜しむ。
「金田センパイ、そんなに感情を浮き沈みさせて……ドMですか?」
「……竜二君。中津川先生の再就職先に伝手、何かありませんか?」
ハンディカムを持つ中学生にツッコまず、質問を投げる。彼は首を横に振るのみ。
午後は演劇部の稽古。
「布施君。今月の泉鏡花演劇祭、写真部の3年生も何人か連れて行くわ。あちらに写真撮影を任せたから、有森君と一緒にメンバーの確認をお願い」
「……分かりました。有森、行けるか? (六野君でありますように)」
「はい(美人で評判の六野先輩が良いな)」
泉鏡花演劇祭だけでなく、面打ち師にも会える。
(辻口先生へのお土産、どうしよう? 東京バナナ? お泊まりじゃないから、あんまり大袈裟にしたら……)
遠い金沢の地から「要らんよ~」という声が聞こえた気もする。
「金田君、七瀬さんが明日の本番は来ないそうよ。ミス研の方が忙しいとは言っていたけれども、何かご存知?」
「ハジメちゃんがご存知です」
緒方先生に問われ、
下校時、秋絵を自宅へ送る。バイクの2人乗り、彼女のしなやかな手は否応なしに触れてくる。そこだけ、燃えるような熱さを感じた。エンジン音より、心臓の音が騒がしくて、速度が狂いかけた。
バイト先は片倉とマジックショーの打ち合わせ、帰宅後はD組の学園祭実行委員へ電話連絡。休む暇がなく、ゲンナリ。
風呂も入り、後は就寝のみ。
余裕の出来たタイミングで、ハジメがひょっこりと参上。彼の手にあるお泊りセット、目的を察して追い返そうと思ったが、金田祖父母は大歓迎と招き入れた。
抱き枕にして、寝てやる。
「ミス研も宿泊届を提出していましたが、準備は万全ですか?」
「3年だけが、残ってんだよ。鷹島先輩は帰ったけど……。明日の朝一に集合して、完成の流れだ。しかしよお……らしくねえなあ、金田。美雪を廃部で脅すなんてよ。ケケケッ」
「……ハジメちゃん、愉しんでいます?」
「まあな、桜樹先輩も『最初の試練ね』って大笑いしてたぜ。大体、ミス研なんていかがわしいクラブ。美雪が部長やるこたあねんだよ」
ハジメ曰く、ミス研の部室は七瀬と真壁先輩だけが廃部の危機に騒ぎ。他は、有名人のお忍び情報に盛り上がったらしい。人数も増え、存続の危機感が欠如している。
「玲香ちゃんが学校に来るのって、俺が頼んだんだ。中学ン時の友達に、会わせたくて……」
「お友達? ……ハジメちゃんにしては、珍しいですね」
ハジメは深刻な表情になり、理由を語り出す。彼はどれだけの人脈があろうとも、同級生や友達に自慢しない。引き合わせるなど、余程の事情だろう。
「社 冬美って奴でな。夏の演劇コンクール……ああいうの、別の日に放送やってんだろ? それで、お前のクリスティーンに惚れちまって……不動高校へ転校したいんだとっ」
「命知らずな方ですね」
木造の建物を背景に雪の降る中、ポリバケツを囲んだ中学生の男女8人。彼らとの集合写真を布団の上へ置き、ハジメは眼鏡でお下げの少女を指差した。
その友人はタレント志望の為、元々高卒を機に上京する予定だったそうだ。
正式な手続きを踏む前に、不動高校を見学したい。そこまでの決意に感銘を受け、ハジメは一肌脱ごうとプロを呼んだ。話を纏めると大体、こんな感じだ。
遠方の秋田県に知人がいるなど、どこまでも顔が広い名探偵の孫。ツッコミどころ満載の為、要点だけに着目した。
「……余計なお世話では、ありませんか?」
「ハッキリ言うなよ。冬美の奴、地元の祭りのミス桜雪祭に選ばれて……電話越しでも、な~んか芸能界を甘く見てる気がしてな」
憂いを帯びた眼差しは、
「あそこは、生半可な気持ちで生きていける場所じゃねえしな。俺に出来る事は、やっておきたいんだ」
友達の夢を壊したくない。でも、危険な目に遭わせたくない。
ハジメは意外にも、心配性だ。その優しさは当人に伝わっていると、願おう。
「ハジメちゃんは七瀬さん以外、放任主義だと思っていました」
「美雪以外は余計だっ。それとマジな話……金田は、玲香ちゃんに会わないつもりか? 箱根の時も、避けてたろ」
ちょっとからかえば、痛い所を衝かれた。
大騒ぎの中、意図的に避けていた部分もある。流石、ハジメ。そのジト目は伊達ではない。
「自分は、会いたくありません。ハジメちゃんを盗られた気分になります。どうしても、妬いてしまうのです」
「おめえなあ、……分かったよ」
本心を伝えれば、ハジメは複雑そうに頭をガリガリと掻きだす。否定せず、こちらの意思を尊重してくれた。
お人好しにも程がある。聖人過ぎて、悪用されないか心配だ。
「その代わりじゃねえが、冬美には会ってくれ」
「……それは、はい。演劇部は午後から、体育館で舞台があります。そちらへお越し頂けたら……」
よくよく考えれば、遠方の友達に利用されている。写真を仕舞う彼はもう、手遅れ。せめて、相手を値踏みさせてもらおうと決めた。
「んじゃあ、次は本題♪ お前さ……秋絵と学園祭、回るんだってぇ~? このこの色男♪」
「!? ……耳が早いですね、ハジメちゃん」
これまでの話は只の前置き、ハジメは世話焼きジジイが如く両手の拳で口元を隠す。大きな瞳を半月にさせ、ニヤついた笑み。
ゾワッと背筋が凍り付いたかと思えば、耳の後ろが熱い。羞恥心に体温の調整が追い付かず、
「お~ん? 照れてんの? 照れちゃってんの~? グフフ……いや~ポーカーフェイス気取りの金田クンが恋とは、青春ですな~♪」
「恋……」
お調子者から弾ける笑顔を向けられ、ふと
「ハジメちゃんの恋は、実るのですか?」
「……へ? 俺は……色恋沙汰なんて……柄じゃねえしぃ~。それを言うなら、千家。5組の出し物、犬のふれあい広場だろ。そこに例の彼女を呼ぶんだってさ~、ドッグトレーナーだからよ」
己の話になれば、ハジメの視線はぎこちなく窓を向く。カーテンは閉まっており、夜空は見えない。
予想通りの反応、皮肉も出やしない。
「これだから、ハジメちゃんは一生童貞なのですよ」
「!? また言いやがったな、それ! 俺だってな、37歳くらいには親になってるわ!」
「七瀬さんのお子さんと、養子縁組される予定でも?」
「美雪……子は、お……がぁ~!!」
狼狽しながら、ハジメが本性丸出しに布団で悶絶する。実に面白く、竜太を呼べばよかったかもしれない。だが、今夜は心のアルバムへ仕舞い込む。自分だけの思い出、優越感に浸った
「お手洗いへ行きます。ハジメちゃん、何か飲み物は要りますか?」
「コーラ」
炭酸飲料はない為、牛乳にしよう。
携帯電話をトイレへ持ち込むのは、衛生的に好かない。しかし、今はここしか内緒話出来ないのだ。
いくつかのコール音が鳴り、相手は電話を取った。
〈……うるさいぞ、
「残間、お願いがあります。鷲尾さんと連絡を取って下さい」
電話向こうの父・
〈……なんで?〉
「自分の学校にいた……中津川先生を紹介して欲しいのです」
予想外の用件だったらしく、残間の困惑がありありと伝わってくる。
〈……余計なお世話だろう? 中津川先生が、ご自分から鷲尾さんを頼るならまだしも……〉
「はい、自分のお節介です。……それでも、中津川先生には絵を描き続けて欲しいのです」
中津川先生が二度と不動高校の教壇へ立たないなら、美術界への道を歩んで欲しい。彼はそもそも、人に教える立場ではなく、キャンパスへ向かうべき人間だ。
商売敵の多い業界、成功する保証はない。
危険な目に遭うかもしれないが、キッカケは与えたい。
これは、自分の我が儘だ。
「お願いします、父さん。中津川先生に、鷲尾さんを頼らせてください」
その為なら、心にもない呼称を口にしよう。胃の竦みも、吐き気も堪えよう。
〈……
「……ありがとうございます(バレテて~ら)」
声だけでも見抜かれた本心、残間はそこを責めずにため息ひとつ。言い訳に出てきた名前は、遠回しに函館の事件について知った。そう、伝えてきたのだ。
〈それと……今週、明智さんから連絡来たか?〉
「? ……いいえ、自分の方にはありません」
〈そうか……ならいい、にいみを頼んだぞ……プッ〉
(え~……気になるトコで、切りやがった……)
急に話題を変えたと思いきや、挨拶なしに切られた。
こちらがやろうと思っていた手前、先を越されてイラッとする。
このムカつきを洗い流そうと手を洗い、タオルで拭いてから廊下へ出た。
「なっげえ便所やんけ」
ハジメが毛布に体を包み、廊下に佇んでいた。座敷童の如き、可愛らしさ。
「ハジメちゃん、独りで淋しかったですか?」
「ちゃうわい、秋絵にラブコールしてんのと思っただけです~。紛らわしいんだよ、つまんねえ」
盗み聞きを隠さないのは、彼なりの誠意だ。どの部分を聞いたか、詮索しない。
「朝木さんのお嬢さんにラブコールやと!?」
「
「「!?」」
暗がりに潜むのは、金田祖父母のシワだらけの形相。男子高校生2人を本気で、ビビらせた。
その拍子にハジメが毛布の裾を踏んでしまい、廊下へ転んだのはお約束である。
京谷「京谷です。閲覧ありがとうございます。へえ、明日はアイドルが来るんだ……フフフ。さて、次回は『【瞬間消失の謎】を生徒会に知られるな・中編』!! さあ、覚悟してください!! 金田一先輩!! あ、言っちゃった」
真壁 誠
新部長を美雪に託しても、部に居座る。心配してんのかな? 学園祭中、出版社の人とのご挨拶で忙しかったらしい
新生徒会幹部
会長・海峰、副会長・千家、会計オリ主、書記と庶務は継続
元副会長、元会計は引退時期だが、ギリギリまで手伝ってくれている