金田少年の生徒会日誌   作:珍明

156 / 156
残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください


Q52 露西亜人形殺人事件・首、刈られ

 天井に吊り下がるシャンデリアを横目で見上げ、カチャカチャと食器の触れ合う音を聞く。眠気が通り過ぎた脳髄は覚醒状態になり、眼球も渇いた。

 跪く姿勢を20分近く、結構ツライ。

 

「金田……お前、野郎の膝枕でよく寝れんな」

「寝てないです。ハジメちゃんがボルシチを盛大に啜る音も全部、聞こえています」

 

 ハジメは物好きを見る目で見下ろし、(いち)は視線を真上に向ける。彼は人の視線に構わず、ボルシチを盛大に啜った。

 

「はじめちゃん……静かに啜って。金田君もいつまで、佐木君に甘えてるの? みっともないっ」

「ご心配なく、七瀬先輩。金田先輩を乗せた左足は、とっくに太股の感覚ありません」

「竜太君……養子縁組して、ウチの子になりましょう」

 

 七瀬(ななせ)は羞恥心に頬を染め上げ、男子共を注意。竜太(りゅうた)はニヒルに笑い、(いち)は顎へ体重をかけた。

 

「そんなに暇なら、金田君。何かマジックやってみせて♪ ちょうどローゼスさんもいるし、腕前を見て頂けるじゃない」

「……無茶を言いよる、コイツ。七瀬さん、自分にも自尊心があります。本物の刑事がいる前で、素人推理を披露する恥知らずのパンピーにはなれません」

「……プッ! ……言われてるじゃん、犬飼君」

「……そうとは限りませんよ。梅園先生」

 

 七瀬の無茶振りをかわす筈が、余計な火種が引火した。

 (いち)は渋々、学ランの内ポケットを探す。ハンカチと小銭入れのみ、すぐに出来そうなマジックはある。ひと先ず、5百円玉を文字通りに転がして見せた。

 

わあ~、5百円玉が生物みたいに動いてる~♪ ええ!! 上に吸い込まれたわ。あ、帽子に消えた……きゃ~、違うトコから出てきた! はじめちゃん、見て見て♪

「はいはい、すごいすごい」

 

 自分を含めても10人いる食堂に、七瀬の歓声だけが響く。ちょっと虚しい。

 

「お、おお……お見事っ。ウチでもマジック関係の書籍を扱っています。どうです、金田さん……インタビューなど……」

「宝田さん、媚びが丸分かり」

「マッスルパスくらい、僕でも出来ますよ」

 

 宝田(たからだ)が汗だくな笑顔でチラ見し、梅園(うめぞの)先生は興味なし。犬飼(いぬかい)もやれやれと肩を竦めた。

 

「お上手じゃない、金田君。ねえ、ローゼスさん?」

「さあて、どうでしょう。良きマジックには、良き観客も必要ですので」

 

 幽月(ゆづき)先生のご機嫌取りな笑みと違い、ローゼスの不敵さは崩れない。やはり、プロの奇術師の前で披露するなど、自分には拷問であった。

 

「金田様、流石にございます。どうぞ、レモンティーです」

「ありがとうございます……田代さん」

 

 田代(たしろ)執事の微笑みが、目に沁みた。

 同じ型眼鏡の有頭(ありとう)弁護士は、黙々と食しているだけ。

 

「金田先輩、やっぱり上手いですね。どうして、その道……」

「あら、もう11時の鐘が鳴ったわ。何だが変な感じ……」

 

 竜太の称賛へ被せるように、鐘が鳴る。七瀬の感覚は正常だ。

 

「神明のオッサン、結局……朝まで爆睡なんかね」

「きっと酔い潰れてるんですよ。最近、お酒の量も増えておられるみたいで」

「我々の定例会も顔を出さず、最近は実質、四重奏(カルテット)でしたからね」

「全くよね~、犬飼君。ありゃあ、奥さんも愛想尽かすわ」

 

 ハジメが空席を一瞥し、ポツリと呟く。

 宝田、梅園先生、犬飼が仲間内の愚痴を溢し出す。流石に、黙っていられない。

 

「いいえ、自分達と話した時は酔いから醒めていました。ね、竜太君っ」

「はい。神明先生は、面白い話を聞かせてくれました」

「金田君、ローゼスさんも色々と不思議な話をご存じよ。この後にでも……」

「……」

 

 (いち)は5百円玉を指で弾き、小銭入れへ華麗に投入。竜太の言葉に危機感を募らせ、幽月先生はローゼスへニッコリと微笑む。押し黙った彼が、可哀想に思えた。

 

「ローゼスさん、日本でのショーをご予定でしたら……絶対に教えてください。自分、観に行きますっ」

「……ええ、それは是非とも」

 

 割と本音だったのだが、ローゼスの視線が更に下がった。

 フードカバーを被せた状態のまま、桐江(きりえ)はティートローリーを押してくる。ずっと姿を見ないと思っていたが、神明(じんめい)先生の部屋を訪ねたのだろう。

 

「桐江君、どうだったね? 神明先生のご様子は……」

「田代さん……それが、どんなにノックしてもお返事がなく……。あまり煩くしたら、怒られるかもって」

「田代さん」

 

 2人の会話に聞き耳を立てていれば、ハジメの声に真剣さが宿った。

 

「この中2階の上って、何があるんですか? あの天井の位置が……シミになってて」

「皆様のお部屋でございますが……あそこは、ええと」

 

 ハジメの視線につられ、皆も天井を見上げる。天井の豪華さに不釣り合いなシミ、水漏れで汚れたと一目で分かった。

 ゾッとする寒気は、虫の報せ。

 

桐江さん! 本当に、神明先生から返事はなかったのですか!

「え……ええ、何も」

!! 田代さん、神明先生の部屋に案内を!」

「は、はい!」

 

 (いち)は取り繕わず、桐江へ怒鳴った。

 ハジメは瞬時に察し、走り出す。田代執事も急いで続いた。

 

 たかだが、上の階。これ程までに、遠く感じた事はない。

 自分の息遣いが騒がしく、視界と肉体がまた離れてしまった。

 田代執事のノックに応じず、鍵の開いたままの扉、暗闇の部屋、バスルームからシャワー音。

 

「金田様!」

 

 ブラウン管に映ったゲーム画面、プレイヤーとなった心地で進んだ。

 

 ――違う、違う

 

 ドアノブを回した瞬間、湯気が出迎えた。

 赤い湯船に浮かんだ胴体と、見知った顔の首。生気を亡くした瞳孔と、目が合った(・・・・・)

 

きゃああ!!

「く、首が……!!」

 

 後ろからの悲鳴はまるでストーリーイベント、実感なんてない。

 ハジメがすっと手を伸ばし、湯船からチャプチャプと漂う『何か』を取り出す。(いち)はその間、シャワー音が煩わしくてノズルを締めた。

 

「ロシア人形……」

「『イワン』ですね、コントラバスの……」

「田代さん、救急車を呼んでください

「……金田様?」

 

 ローゼスと囁き合う彼らを無視し、(いち)は田代執事へ頼む。何故だろうか、老齢たる執事の顔色が青褪めた。

 思い出した。

 この館は如何なる通信手段も取り外し、外部と連絡取れない。自分が持ち込んだ携帯電話は、有頭弁護士の手の中だ。

 

「有頭さん……すぐに救急車を」

「……金田さん」

「金田君……無理よ」

 

 今度は有頭弁護士へ頼んでみるが、狼狽える返事のみ。七瀬は震えながら、こちらへ訴えてきた。

 他の皆も同じ怯えた眼差し。ハジメも息を呑み、言葉に詰まっていた。

 

「なんですか、まさか……律儀に守るつもりですか? ゲーム中は外部との連絡を絶つなんて……馬鹿げています。有頭さん、早く救急車を……」

「金田君」

 

 視線の意味が分からずとも、ローゼスのあやすような声はしっかりと聴覚へ届いた。

 

「もう、死んでる」

 

 仮面に穿たれた穴から、こちらを覗いて来る。否、覗いたのは自分。哲学者の格言に則り、深淵を覗いた先は人の死だった。

 

 神明先生の遺体を湯船から出し、タイルの上へ寝かせる。ベッドへ運ぼうと提案したが、有頭弁護士にやんわりと止められた。

 本来なら、現場保存の為に動かしてはならない。この場合は、水による遺体損壊を防ぐ意味もあるそうだ。刑事ドラマで、聞いた気もする。

 

「金田君の携帯、今は電波が届かないみたい」

「仕方ありません。非常事態ですので、私が検死を行います」

「私は皆様に飲み物を……桐江君」

「はい、田代さん」

 

 残念そうな七瀬に報告され、有頭弁護士とふうっと緊張気味に息を吐く。田代執事は桐江といなくなり、(いち)は神明先生の頭部が潰れた箇所をぼんやりと眺め、分析する。

 

(……これは、後ろから殴られた傷?)

「金田先輩。僕が記録していますから、皆さんと居てください」

 

 竜太に急かされ、(いち)はバスルームを追い出される。脱いだ学ランに袖を通しても、体の寒さは消えない。袖が濡れたせいにした。 

 神明先生の後頭部にある傷は「殺害」を示し、思い悩む。

 

「金田君、携帯電話……返すね」

(もしも、アレ(・・)が動機なら……神明先生はどっちだ?)

 

 七瀬からコッソリと携帯電話を返されても、無意識に無言を貫く。彼女の心配そうな視線に気付かず、時計の塔の応接間へ辿り着いた。

 椅子へ座り、壁にもたれかかりと体勢は様々だが、皆は沈黙に支配されていた。

 そこへ妙な違和感。

 

「あれ? ロシア人形がないわ」

 

 流石、七瀬。可憐な指をマントルピースへ向け、異変を教えてくれる。5体の音楽隊、イワンはバスルームで発見された。

 

(……ライトスタンド、こんな柄だったか?)

 

 心底どうでもいい筈が、妙に引っ掛かった。

 

「恐らく、犯人が持ち去ったんだ……。美雪、警察に連絡付いたか?」

「はじめちゃん、ダメだったの。全然、電波が立たなくて……」

「この辺りは、霧の影響で電波も入りにくい。昼間なら、まだ可能性ある」

 

 2人の会話へ助言する犬飼は、怯えを堪えている。

 

「……犬飼君、詳しいですね」

「ああ、ここには何度も来て…………山之内先生とそう言う話もしたから……」

「そ、それより……警察が来ないって……こ、これから……どうするんだ。神明先生、あれはどう見ても……うう

 

 犬飼を遮り、宝田は惨状を思い返して縮こまる。梅園先生と幽月先生も似た様子だ。

 霧に覆われ、未来(みらい)未来(みらい)が見えない不安は痛い程、分かる。

 

ハジメちゃん、宇治木さんへ報せるにしても、今は……

ああ、人が多すぎる……

「何を、コソコソと話してるの? ハッキリ言ったら?」

「ロシア人形……なんで、犯人は盗んだのかなって……」

 

 耳聡い梅園先生から責められ、七瀬が咄嗟に合わせてくれた。

 

「そんなの……決まってる。ここにある暗号文、これ(・・)に見立てる為だっ」

「!! 『楽団は朝礼で前から順に首を刈られた』……まさかっ」

「犬飼君、ちょっと借りる」

 

 眉間にシワを寄せ、犬飼が懐から暗号文を取り出す。ハジメはハッとして、一行目の文章を声に出した。

 (いち)は一度も目を通しておらず、印字された文字を読み解く。

 

(次は数合わせ……2番の子の首を5番目の子の首の右に並べ、楽しいリズムの……)

 

 最後の部分、『楽しいリズム』は楽器を示す。5人の候補者、5つの楽器、5つの塔。でも、時計はひとつ(・・・・・・)

 

「犬飼君、神明先生があんな姿で見付かったからって……いくらなんでも、大袈裟過ぎない?」

「……いえ、死体と共にバスタブへ放り込まれていたロシア人形は、5体の中で1番背の低いコントラバスのイワンでした」

ああ……! 学校の朝礼は、背の低い順に並んで……だとしたら、次は2番目に低い……チェロのエミールと同じ楽器の……私!

「宝田さん、相変わらず……気の弱い」

 

 梅園先生が否定すれば、ローゼスの補足が入り、宝田は震え上がり、幽月先生は苦笑する。それらを劇伴の如く聞き流し、(いち)は犬飼へ暗号文を返した。

 

「ローゼスさん、ちょっといいですか?」

私ですか(・・・・)、ええ……勿論」

「どうした、金田っ。何が分かった?」

 

 ローゼスへ声を掛けた瞬間、ハジメに強い口調で咎められてビビる。皆にも注目されてしまい、困った。

 

「……トイレに行きたくて、付き添いを……」

今!? それくらい、俺が付き合うって」

「ハジメちゃんは、七瀬さんの傍に居てください」

「せめて、佐木1号が戻るまで我慢してくれっ」

 

 咄嗟に誤魔化したが、ハジメは容赦ない。

 

「分かりました……ローゼスさんと竜太君を呼びに行って、そこからトイレへ行きます。自分、膀胱が限界なのです」

「金田……(嘘吐けよ)」

 

 切れ気味の口調は、後で後悔した。

 

「金田先輩、物は言いようだと思います。それで、僕はどうしたら? 言っときますが、ローゼスさんと2人きりは許しませんよ」

「一緒に、お願いします……」

 

 迎えに行った竜太からも小言を頂き、目的地へ向かう。有頭弁護士は検死の後片付けに、まだ時間がかかりそうだ。

 

「ローゼスさん、答えなくてもいいので聞いてください。ここから、逃げ出す準備をしていますか?」

「……そうか、脱出の専門家の原則ですねっ。金田先輩」

「……」

 

 マジシャンのショーはひとつのミスが命取り、舞台となる会場の下調べ、安全確認は必須の常識。そして、万一の避難経路も確保しておかねばならない。

 竜太の補足にも、ローゼスの口元さえ反応が無い。肯定と捉えよう。

 

「……はい、ローゼスさんはここがユーリ・イワノフの建てた館と、事前にリサーチしていました。抜け穴なんて最初から、当てにしていなかった方法があるはずです」

「成程……だからこそ、分からないな。アナタは何故……初対面の私(・・・・・)を頼ったのか。それとも、幽月さんを信じたんですか?」

 

 ローゼスは不敵に笑うが、その質問自体には深い意味がない様に思えた。

 なればこそ、しっかりと答えなければならない。

 

「……いいえ、自分は貴方を(・・・)信じたのです。ここからが本題です。ローゼスさん、助けてください」

「…… ええ、聞きましょう。金田君」

 

 仮面の穴から覗いた瞳が、歓喜に揺らいでいた。

 

 凡そ15分かけ、(いち)達は応接間へ戻った。

 田代執事と桐江が淹れたての飲み物をそれぞれに配っていた。

 

「金田様、ロシアンティーをお持ちしました」

「田代さん、ありがとう」

 

 (いち)もティーカップを受け取り、ハジメの隣へ立つ。彼の不躾な視線はローゼスへ注がれながら、説明を催促してきた。

 

「ふう……終わりました。ああ、田代さん……どうも」

「有頭さん、神明先生は……」

「死因はおそらく撲殺です。あの出血量だと……死んでから、首を切られてますね。私に分かるのは、ここまでです」

「じゃあ、やっぱり……これは指揮者(コンダクター)による見立て……」

 

 タオルで体を拭った有頭弁護士は、ティーカップを遠慮なく受け取る。犬飼から質問され、くたびれた様子で語る姿は恐怖を振り切り、疲労感が勝っていた。

 【露西亜館人形殺人事件】に則り、架空の殺人鬼・指揮者(コンダクター)がその存在を匂わせた。

 

「有頭さん、ひとつ……確認させてください。自分が死んだら、『第2の遺言状』は効力を失いますか?」

 

 ――!?

 

「はい、その通りです。金田さんが途中で死亡された場合、不参加の扱いとなります」

「言い切ったな……この人」

「でも、どの道……中止でしょう? あんな事が遭ったんだから……」

 

 (いち)の質問に応じる有頭弁護士は、躊躇いがない。ハジメと七瀬も、愕然とする程だ。

 

「この遺産相続レースはどんな事があっても(・・・・・・・・・)、5日後の深夜0時まで続行するように指示されています。それは『第2の遺言状』が効力を失おうとも、同じです」

「そんなの、続ける意味だってないじゃない!」

「ああ、どうしてこんなコトに……」

「「……」」

 

 有頭弁護士は相続人候補にとって重要な部分を淡々と語り、梅園先生は絶叫。宝田はとうとう、絨毯へ座り込んだ。幽月先生と犬飼の煩い視線を感じながら、ひとつ確信を持つ。

 

(……誰も『第3の遺言状』を知らない)

金田、おい……金田!」

 

 ハジメに声を掛けられても、敢えて無視する。(いち)は全員の注目を集めんと、マントルピースへよじ登った。

 

「神明先生を殺した方に告げます。明日の朝8時までに、名乗り出て下さい」

 

 ――

 ローゼスと竜太以外の困惑が手に取る様に分かり、(いち)は高らかに宣言する。

 

「名乗り出なかった場合、トリックノートを燃やします

「……は!?

「ちょっとお!! あれはあたし……山之内先生の物よ、アンタが勝手にしていいはずないでしょう!!」

「流石に言い過ぎだぞ!」

「……っ」

 

 非難轟々の嵐を受けようとも、(いち)は彼らを冷静に見渡す。何だが、首だけが並んでいる様な錯覚に陥る。朝礼の前に立つ校長もきっと、こんな心地だろう。

 有頭弁護士は迷惑そうに口元を歪め、田代執事は困惑するも空になったティーカップを片付ける。桐江は知らん顔だった。

 

「金田、さっきから何なんだ!」

「今回の惨劇! もしも……トリックノートに動機があるなら……そんな元凶(モノ)は無くなってしまえばいいのです」

「!? ……金田君。それ、アナタが犯人に狙われるんじゃあ……」

 

 ハジメに問い詰められ、(いち)は切実に訴える。七瀬は事態を把握し、狼狽した。

 

「自分は今夜、この部屋から動きません。朝の8時までに、名乗り出て下さい」 

 

 重ねて告げた瞬間、深夜0時の鐘が鳴り響いた。

 

「さて、もう0時ですし……皆さんは部屋へ戻りましょうか。金田さん、降りて下さい」

……なんだ、こいつ

 

 緊迫した雰囲気の中、有頭弁護士は手にしたイワン人形をマントルピースへ置く。平然と解散を告げる彼が犯人だったとしても、納得しかない。

 

「私は先に休ませてもらいますか……GoodNight(グッドナイト)! 四重奏(カルテット)の皆さん!」

「……」

 

 ローゼスは軽やかに振り返り、就寝のご挨拶。その視線の先は、ハジメだった。

 

「こんな状況で寝られるかっ」

 

 怯え切った宝田の反応が、新鮮に思えた。

 (いち)は自分の分のティーカップを眺め、動き続ける桐江へ声を掛けた。

 

「桐江さん、どうぞ」

「え? いえ……あたしは……」

「自分はこの時間、飲まないと忘れていました。桐江さん、どうぞ」

「あたし、この後も片付けが……」

「そうですか……」

 

 押し問答の末に断られたティーカップをテーブルへ置き、(いち)は田代執事へ振り返った。

 

「田代さん。こちらは、飲みたくなったら飲みます。ここへ置いて行って下さい」

「畏まりました。その様に」

「竜太君、お2人が無事に休まれるまで見送って下さい」

「はい、金田先輩」

 

 1人、1人と応接間からいなくなり、ハジメ達だけが残った。

 

「金田、説明してくれるんだろうな」

「この部屋に残ったのは、モールス信号を送る為です」

「あ……対岸に来てるかもって言う……宇治木さんにね。あたしがやるわ」

 

 ハッとした七瀬はすぐに電灯スイッチへ駆け寄り、パチパチパチ、パッパッパッ、パチパチパチを繰り返す。思いの外、煩わしい。

 

「なんで、ノートを脅しに使った? 美雪の言う通り、犯人に狙われるぞ」

「……そこが狙いです。指揮者はゲーム続行を望むのか、それともトリックノートを守るのか……。前者なら、殺害動機は遺産相続にあります。後者なら……神明先生はアイデアを奪った報復を受けたのか、奪う為に消されたのか……更に後者なら、宝田さんと梅園先生は確実に危険です」

 

 ハジメの切なそうな表情に堪えられず、(いち)は心情を吐露した。

 

「……分かった、そこまで状況を読んでるなら……俺もここで犯人を待つよ。けど、ひとつハッキリさせてくれ。ローゼスの仮面の下、誰か見抜いてるか?」

「さあ? 一体……何者なのでしょうね」

 

 重要だと言わんばかりに詰め寄られたが、(いち)は全く心当たりない。ハジメはズルリッと絨毯へ寝転がった。

 

「戻りました。金田先輩、田代さんと桐江さんの部屋……チラッとですが、撮れましたよ」

「……え? あ、はい。そうです、流石は竜太君です。早速、映像を見せてください」

(コイツ、本当に二重人格じゃなかろうか……)

(金田君、いつもこんな感じよ)

 

 気の利き過ぎた竜太に報告され、(いち)は虚勢を張る。2人が部屋へ行った証人が欲しかっただけだ。

 

「でも、金田先輩。ノートを燃やすは、やり過ぎじゃないですか? 囮と言うより、標的になっちゃってますよ」

「佐木君、すごい……テープの数ね」

「どうなってんだ、その服……」

 

 竜太は服に仕込んだビデオテープから、ここへ到着した順番に並べ出した。

 

「……標的……そうですね、自分は真犯人の(てき)です」

「金田、お前……」

「ハジメちゃん、誤解しないで下さい。敵は味方と同じ、相手を対等の立場に置いて初めて成立する関係です。指揮者(犯人)にとって、立会人(読者)は対等ではない。だから……(まと)なのです」

「……敵と味方が同じ……」

 

 (いち)は口に出しながら、自嘲気味に口元が歪む。ハジメの憐れみに満ちた表情から、目を背けた。

 

〈これからは、私がキミをメイドとして……〉

〈良かったですねえ、神明先生! 好きなブランデー浴びる程、飲めて♡〉

 

 ハジメ達の視点から物事を俯瞰する。神明先生が酒臭かった理由は、ここにあった。

 

〈第1ヴァイオリンのコンスタンチン、第2ヴァイオリンのターニャ、ヴィオラのオリガ……〉

 

 午後2時頃のビデオメッセージ、同じ場所の出来事。

 (いち)は画面と現状を見比べ、急いで別のビデオテープの映像を流す。

 

〈あたしも部屋へ帰ろ、10時半の夕食……〉

〈僕も気分転換に……〉

 

 午後10時頃のビデオメッセージ、ここではない東の塔の応接間。鐘の音とビデオの時刻表示が、5分ズレていた。

 

〈桐江さんの部屋、お面があるんですね〉

〈……ええ、そうなの〉

〈田代さん、おやすみなさい〉

〈ありがとうございます、佐木様。お先に失礼致します〉

〈うお……キミは佐木君だっけ?〉

〈犬飼さん……実は……〉

 

 ――判断材料が概ね揃い、鳥肌が立った。

 

「ハジメちゃん、竜太君、七瀬さん。暗号文、解けていますか?」

「……いや、全然……」

「あたしも、第2のヒントはイワンだけになっちゃったし……」

「……え~と、暗号文は生憎……。ただ……場所の見当は付いた(・・・・・・・・・)かなって」

 

 度肝を抜かれ、拘ってない質問が口から飛び出る。ハジメと七瀬は竜太の発言にギョッとし、お互いの顔を見合わせた。

 (いち)は寧ろ、流石は可愛い後輩と拍手を送った。

 

「金田先輩も気付いてるんでしょ? 今回の暗号ゲーム、橘先生の時と同じだって」

「自分は、つい先程です。――アイデアなんて、どっかで被るんだから――」

 

 竜太に微笑まれ、(いち)は梅園先生の煙草を吸う仕草で答えた。

 

「……あ! 分かった、時計の中ね♪

「美雪まで……そうか! 最後の楽しいリズム……嘘だろ」

 

 そう、軽井沢の暗号ゲームは『大時計の中』に景品があった。

 どこぞのフリーライターの依頼、出版社関係の助っ人、著名人の別荘、集められた参加者達、応接間の立派な時計。類似点は多く、必然的に連想してしまったのだ。

 

「単純に……名前の頭文字を取るんじゃねえんだろうなあ」

「はじめちゃん、それカタカナじゃない。ロシア人形なんだから、名前のスペルはロシア語に決まってるでしょ。それでも『TOKEI』にならないけど……ロシアンティー貰うね」

 

 ハジメと七瀬は急いで己のメモ帳と暗号文を見比べ、謎解き開始。

 

「ハジメちゃん、朝までにお願いします」

「ジッチャンの名にかけてっ」

「佐木1号が言うんかい!! ああ、美雪……寝るな、美雪!!」

「……ZZZ

 

 丑三つ時の午前2時頃には、七瀬が脱落。夜明けまでには――謎は全て解けた。




宇治木「宇治木です、……閲覧ありがとうございます。ごめん……モールス信号、見えてるんだけど……地元警察に電話しても取り合ってくれない。まあ、当然だよなあ。さて、次回は『露西亜人形殺人事件・霧、晴れて』!! まだ霧深いけど、このゴムボートで湖を渡れば……!? き、気球!?」

神明 忠治
ミステリー評論家、酒が入ると性格が変わるタイプ。妻との離婚で酒が増え、素人楽団定例会にも参加していなかった
ドラマ版は、そのまんま東が演じる。離婚の慰謝料2千万(何をしたら、そんなに高いん?)
作中にて、多岐川を通して、にいみと交友関係にあった

梅園 薫
山之内の弟子にして、愛人?竜二曰く、ビジュアル系作家。部屋の仕掛けは隠し金庫。ドラマ版は着物姿、自損事故の内容も詳しく描写されていた
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

平行線機能不全(作者:キユ)(原作:金田一少年の事件簿)

 自分のあずかり知らぬところで金田一一を殺されてしまった高遠遙一が、逆行転生したので「今回こそは」と会いに行ったら、なぜか平行線が女の子になっていて相手への感情を盛大に拗らせる話。▼ あるいは、過去の記憶を頼りに事件の芽を摘んでいるのに、なんだかんだと別の事件に巻き込まれてしまう金田一一の物語。


総合評価:246/評価:8.71/連載:48話/更新日時:2026年06月06日(土) 20:00 小説情報

小城探偵事務所(作者:無月)(原作:金田一少年の事件簿)

コンビニも、ゲームも、風呂もトイレもある。食事だって慣れた物だし、人種だって変わらない。▼けれど、けして安全とは言い難い世界。しかも、転生先は犯人です。▼でも、まずはお礼が言いたい。▼「コナンワールドじゃなくてありがとう! 神様!!」▼同じ推理物なら無差別に殺される可能性があり、銃刀法が欠片も仕事してないあの世界よりは大分マシ。▼なんか物理法則とか、一部化学…


総合評価:7114/評価:8.82/連載:60話/更新日時:2026年07月19日(日) 20:19 小説情報

殺人鬼達に救われる道はあるのか?(作者:コミカド)(原作:金田一少年の事件簿)

「罪を犯したモノは、その罪を償わない限り本当の幸せは得られない」▼「人の命を奪った者は、その十字架を生涯を掛けて背負わなければならない」▼「弁護士にとっての最大の使命は、罪を犯した者を心から反省させ、再び立ち上がれるように後押しする事である」▼そんな信念を持った弁護士が様々な『事件簿』に関わっていき、救われぬ悲劇に僅かな希望を掴もうと奔走する物語。▼金田一と…


総合評価:1515/評価:8.76/連載:38話/更新日時:2026年07月06日(月) 12:00 小説情報

厚い事件簿を薄くしたい(作者:あきゅおす)(原作:金田一少年の事件簿)

 二度目の人生を過ごしてきた男が巻き込まれた事件によって転生したのが『金田一少年の事件簿』の世界ということを認識してどうにかやっていくお話。▼※最初の1話以外は思いついたものから書いていますので、時系列がいきなり飛んだり戻ったりしています。なので、唐突に原作キャラと仲良くなったり、逆に知り合いじゃなかったりしますのでご了承くださいorz▼2022/3/27▼…


総合評価:4209/評価:8.42/短編:13話/更新日時:2022年03月27日(日) 04:47 小説情報

高遠遙一は、地獄の傀儡師となりえるのか(作者:wisterina)(原作:金田一少年の事件簿)

高遠遙一。金田一一のライバルにして、別名『地獄の傀儡師』と呼ばれる犯罪コーディネーターはどこで道を違えたのだろうか。▼最初の脱獄をした時か?魔術列車殺人事件の時か?彼が唯一尊敬するマジシャン近宮玲子が亡くなった時か?▼いやもっと前、高遠遙一が高校生の時。高遠が近宮玲子に似ていると評した彼女が、とある狂人によって殺されたときに狂い始めたのだろう。▼これは彼女―…


総合評価:1092/評価:8.64/完結:19話/更新日時:2026年02月02日(月) 07:25 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>