金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください


Q52 露西亜人形殺人事件・首、刈られ

 天井に吊り下がるシャンデリアを横目で見上げ、カチャカチャと食器の触れ合う音を聞く。眠気が通り過ぎた脳髄は覚醒状態になり、眼球も渇いた。

 跪く姿勢を20分近く、結構ツライ。

 

「金田……お前、野郎の膝枕でよく寝れんな」

「寝てないです。ハジメちゃんがボルシチを盛大に啜る音も全部、聞こえています」

 

 ハジメは物好きを見る目で見下ろし、(いち)は視線を真上に向ける。彼は人の視線に構わず、ボルシチを盛大に啜った。

 

「はじめちゃん……静かに啜って。金田君もいつまで、佐木君に甘えてるの? みっともないっ」

「ご心配なく、七瀬先輩。金田先輩を乗せた左足は、とっくに太股の感覚ありません」

「竜太君……養子縁組して、ウチの子になりましょう」

 

 七瀬(ななせ)は羞恥心に頬を染め上げ、男子共を注意。竜太(りゅうた)はニヒルに笑い、(いち)は顎へ体重をかけた。

 

「そんなに暇なら、金田君。何かマジックやってみせて♪ ちょうどローゼスさんもいるし、腕前を見て頂けるじゃない」

「……無茶を言いよる、コイツ。七瀬さん、自分にも自尊心があります。本物の刑事がいる前で、素人推理を披露する恥知らずのパンピーにはなれません」

「……プッ! ……言われてるじゃん、犬飼君」

「……そうとは限りませんよ。梅園先生」

 

 七瀬の無茶振りをかわす筈が、余計な火種が引火した。

 (いち)は渋々、学ランの内ポケットを探す。ハンカチと小銭入れのみ、すぐに出来そうなマジックはある。ひと先ず、5百円玉を文字通りに転がして見せた。

 

わあ~、5百円玉が生物みたいに動いてる~♪ ええ!! 上に吸い込まれたわ。あ、帽子に消えた……きゃ~、違うトコから出てきた! はじめちゃん、見て見て♪

「はいはい、すごいすごい」

 

 自分を含めても10人いる食堂に、七瀬の歓声だけが響く。ちょっと虚しい。

 

「お、おお……お見事っ。ウチでもマジック関係の書籍を扱っています。どうです、金田さん……インタビューなど……」

「宝田さん、媚びが丸分かり」

「マッスルパスくらい、僕でも出来ますよ」

 

 宝田(たからだ)が汗だくな笑顔でチラ見し、梅園(うめぞの)先生は興味なし。犬飼(いぬかい)もやれやれと肩を竦めた。

 

「お上手じゃない、金田君。ねえ、ローゼスさん?」

「さあて、どうでしょう。良きマジックには、良き観客も必要ですので」

 

 幽月(ゆづき)先生のご機嫌取りな笑みと違い、ローゼスの不敵さは崩れない。やはり、プロの奇術師の前で披露するなど、自分には拷問であった。

 

「金田様、流石にございます。どうぞ、レモンティーです」

「ありがとうございます……田代さん」

 

 田代(たしろ)執事の微笑みが、目に沁みた。

 同じ型眼鏡の有頭(ありとう)弁護士は、黙々と食しているだけ。

 

「金田先輩、やっぱり上手いですね。どうして、その道……」

「あら、もう11時の鐘が鳴ったわ。何だが変な感じ……」

 

 竜太の称賛へ被せるように、鐘が鳴る。七瀬の感覚は正常だ。

 

「神明のオッサン、結局……朝まで爆睡なんかね」

「きっと酔い潰れてるんですよ。最近、お酒の量も増えておられるみたいで」

「我々の定例会も顔を出さず、最近は実質、四重奏(カルテット)でしたからね」

「全くよね~、犬飼君。ありゃあ、奥さんも愛想尽かすわ」

 

 ハジメが空席を一瞥し、ポツリと呟く。

 宝田、梅園先生、犬飼が仲間内の愚痴を溢し出す。流石に、黙っていられない。

 

「いいえ、自分達と話した時は酔いから醒めていました。ね、竜太君っ」

「はい。神明先生は、面白い話を聞かせてくれました」

「金田君、ローゼスさんも色々と不思議な話をご存じよ。この後にでも……」

「……」

 

 (いち)は5百円玉を指で弾き、小銭入れへ華麗に投入。竜太の言葉に危機感を募らせ、幽月先生はローゼスへニッコリと微笑む。押し黙った彼が、可哀想に思えた。

 

「ローゼスさん、日本でのショーをご予定でしたら……絶対に教えてください。自分、観に行きますっ」

「……ええ、それは是非とも」

 

 割と本音だったのだが、ローゼスの視線が更に下がった。

 フードカバーを被せた状態のまま、桐江(きりえ)はティートローリーを押してくる。ずっと姿を見ないと思っていたが、神明(じんめい)先生の部屋を訪ねたのだろう。

 

「桐江君、どうだったね? 神明先生のご様子は……」

「田代さん……それが、どんなにノックしてもお返事がなく……。あまり煩くしたら、怒られるかもって」

「田代さん」

 

 2人の会話に聞き耳を立てていれば、ハジメの声に真剣さが宿った。

 

「この中2階の上って、何があるんですか? あの天井の位置が……シミになってて」

「皆様のお部屋でございますが……あそこは、ええと」

 

 ハジメの視線につられ、皆も天井を見上げる。天井の豪華さに不釣り合いなシミ、水漏れで汚れたと一目で分かった。

 ゾッとする寒気は、虫の報せ。

 

桐江さん! 本当に、神明先生から返事はなかったのですか!

「え……ええ、何も」

!! 田代さん、神明先生の部屋に案内を!」

「は、はい!」

 

 (いち)は取り繕わず、桐江へ怒鳴った。

 ハジメは瞬時に察し、走り出す。田代執事も急いで続いた。

 

 たかだが、上の階。これ程までに、遠く感じた事はない。

 自分の息遣いが騒がしく、視界と肉体がまた離れてしまった。

 田代執事のノックに応じず、鍵の開いたままの扉、暗闇の部屋、バスルームからシャワー音。

 

「金田様!」

 

 ブラウン管に映ったゲーム画面、プレイヤーとなった心地で進んだ。

 

 ――違う、違う

 

 ドアノブを回した瞬間、湯気が出迎えた。

 赤い湯船に浮かんだ胴体と、見知った顔の首。生気を亡くした瞳孔と、目が合った(・・・・・)

 

きゃああ!!

「く、首が……!!」

 

 後ろからの悲鳴はまるでストーリーイベント、実感なんてない。

 ハジメがすっと手を伸ばし、湯船からチャプチャプと漂う『何か』を取り出す。(いち)はその間、シャワー音が煩わしくてノズルを締めた。

 

「ロシア人形……」

「『イワン』ですね、コントラバスの……」

「田代さん、救急車を呼んでください

「……金田様?」

 

 ローゼスと囁き合う彼らを無視し、(いち)は田代執事へ頼む。何故だろうか、老齢たる執事の顔色が青褪めた。

 思い出した。

 この館は如何なる通信手段も取り外し、外部と連絡取れない。自分が持ち込んだ携帯電話は、有頭弁護士の手の中だ。

 

「有頭さん……すぐに救急車を」

「……金田さん」

「金田君……無理よ」

 

 今度は有頭弁護士へ頼んでみるが、狼狽える返事のみ。七瀬は震えながら、こちらへ訴えてきた。

 他の皆も同じ怯えた眼差し。ハジメも息を呑み、言葉に詰まっていた。

 

「なんですか、まさか……律儀に守るつもりですか? ゲーム中は外部との連絡を絶つなんて……馬鹿げています。有頭さん、早く救急車を……」

「金田君」

 

 視線の意味が分からずとも、ローゼスのあやすような声はしっかりと聴覚へ届いた。

 

「もう、死んでる」

 

 仮面に穿たれた穴から、こちらを覗いて来る。否、覗いたのは自分。哲学者の格言に則り、深淵を覗いた先は人の死だった。

 

 神明先生の遺体を湯船から出し、タイルの上へ寝かせる。ベッドへ運ぼうと提案したが、有頭弁護士にやんわりと止められた。

 本来なら、現場保存の為に動かしてはならない。この場合は、水による遺体損壊を防ぐ意味もあるそうだ。刑事ドラマで、聞いた気もする。

 

「金田君の携帯、今は電波が届かないみたい」

「仕方ありません。非常事態ですので、私が検死を行います」

「私は皆様に飲み物を……桐江君」

「はい、田代さん」

 

 残念そうな七瀬に報告され、有頭弁護士とふうっと緊張気味に息を吐く。田代執事は桐江といなくなり、(いち)は神明先生の頭部が潰れた箇所をぼんやりと眺め、分析する。

 

(……これは、後ろから殴られた傷?)

「金田先輩。僕が記録していますから、皆さんと居てください」

 

 竜太に急かされ、(いち)はバスルームを追い出される。脱いだ学ランに袖を通しても、体の寒さは消えない。袖が濡れたせいにした。 

 神明先生の後頭部にある傷は「殺害」を示し、思い悩む。

 

「金田君、携帯電話……返すね」

(もしも、アレ(・・)が動機なら……神明先生はどっちだ?)

 

 七瀬からコッソリと携帯電話を返されても、無意識に無言を貫く。彼女の心配そうな視線に気付かず、時計の塔の応接間へ辿り着いた。

 椅子へ座り、壁にもたれかかりと体勢は様々だが、皆は沈黙に支配されていた。

 そこへ妙な違和感。

 

「あれ? ロシア人形がないわ」

 

 流石、七瀬。可憐な指をマントルピースへ向け、異変を教えてくれる。5体の音楽隊、イワンはバスルームで発見された。

 

(……ライトスタンド、こんな柄だったか?)

 

 心底どうでもいい筈が、妙に引っ掛かった。

 

「恐らく、犯人が持ち去ったんだ……。美雪、警察に連絡付いたか?」

「はじめちゃん、ダメだったの。全然、電波が立たなくて……」

「この辺りは、霧の影響で電波も入りにくい。昼間なら、まだ可能性ある」

 

 2人の会話へ助言する犬飼は、怯えを堪えている。

 

「……犬飼君、詳しいですね」

「ああ、ここには何度も来て…………山之内先生とそう言う話もしたから……」

「そ、それより……警察が来ないって……こ、これから……どうするんだ。神明先生、あれはどう見ても……うう

 

 犬飼を遮り、宝田は惨状を思い返して縮こまる。梅園先生と幽月先生も似た様子だ。

 霧に覆われ、未来(みらい)未来(みらい)が見えない不安は痛い程、分かる。

 

ハジメちゃん、宇治木さんへ報せるにしても、今は……

ああ、人が多すぎる……

「何を、コソコソと話してるの? ハッキリ言ったら?」

「ロシア人形……なんで、犯人は盗んだのかなって……」

 

 耳聡い梅園先生から責められ、七瀬が咄嗟に合わせてくれた。

 

「そんなの……決まってる。ここにある暗号文、これ(・・)に見立てる為だっ」

「!! 『楽団は朝礼で前から順に首を刈られた』……まさかっ」

「犬飼君、ちょっと借りる」

 

 眉間にシワを寄せ、犬飼が懐から暗号文を取り出す。ハジメはハッとして、一行目の文章を声に出した。

 (いち)は一度も目を通しておらず、印字された文字を読み解く。

 

(次は数合わせ……2番の子の首を5番目の子の首の右に並べ、楽しいリズムの……)

 

 最後の部分、『楽しいリズム』は楽器を示す。5人の候補者、5つの楽器、5つの塔。でも、時計はひとつ(・・・・・・)

 

「犬飼君、神明先生があんな姿で見付かったからって……いくらなんでも、大袈裟過ぎない?」

「……いえ、死体と共にバスタブへ放り込まれていたロシア人形は、5体の中で1番背の低いコントラバスのイワンでした」

ああ……! 学校の朝礼は、背の低い順に並んで……だとしたら、次は2番目に低い……チェロのエミールと同じ楽器の……私!

「宝田さん、相変わらず……気の弱い」

 

 梅園先生が否定すれば、ローゼスの補足が入り、宝田は震え上がり、幽月先生は苦笑する。それらを劇伴の如く聞き流し、(いち)は犬飼へ暗号文を返した。

 

「ローゼスさん、ちょっといいですか?」

私ですか(・・・・)、ええ……勿論」

「どうした、金田っ。何が分かった?」

 

 ローゼスへ声を掛けた瞬間、ハジメに強い口調で咎められてビビる。皆にも注目されてしまい、困った。

 

「……トイレに行きたくて、付き添いを……」

今!? それくらい、俺が付き合うって」

「ハジメちゃんは、七瀬さんの傍に居てください」

「せめて、佐木1号が戻るまで我慢してくれっ」

 

 咄嗟に誤魔化したが、ハジメは容赦ない。

 

「分かりました……ローゼスさんと竜太君を呼びに行って、そこからトイレへ行きます。自分、膀胱が限界なのです」

「金田……(嘘吐けよ)」

 

 切れ気味の口調は、後で後悔した。

 

「金田先輩、物は言いようだと思います。それで、僕はどうしたら? 言っときますが、ローゼスさんと2人きりは許しませんよ」

「一緒に、お願いします……」

 

 迎えに行った竜太からも小言を頂き、目的地へ向かう。有頭弁護士は検死の後片付けに、まだ時間がかかりそうだ。

 

「ローゼスさん、答えなくてもいいので聞いてください。ここから、逃げ出す準備をしていますか?」

「……そうか、脱出の専門家の原則ですねっ。金田先輩」

「……」

 

 マジシャンのショーはひとつのミスが命取り、舞台となる会場の下調べ、安全確認は必須の常識。そして、万一の避難経路も確保しておかねばならない。

 竜太の補足にも、ローゼスの口元さえ反応が無い。肯定と捉えよう。

 

「……はい、ローゼスさんはここがユーリ・イワノフの建てた館と、事前にリサーチしていました。抜け穴なんて最初から、当てにしていなかった方法があるはずです」

「成程……だからこそ、分からないな。アナタは何故……初対面の私(・・・・・)を頼ったのか。それとも、幽月さんを信じたんですか?」

 

 ローゼスは不敵に笑うが、その質問自体には深い意味がない様に思えた。

 なればこそ、しっかりと答えなければならない。

 

「……いいえ、自分は貴方を(・・・)信じたのです。ここからが本題です。ローゼスさん、助けてください」

「…… ええ、聞きましょう。金田君」

 

 仮面の穴から覗いた瞳が、歓喜に揺らいでいた。

 

 凡そ15分かけ、(いち)達は応接間へ戻った。

 田代執事と桐江が淹れたての飲み物をそれぞれに配っていた。

 

「金田様、ロシアンティーをお持ちしました」

「田代さん、ありがとう」

 

 (いち)もティーカップを受け取り、ハジメの隣へ立つ。彼の不躾な視線はローゼスへ注がれながら、説明を催促してきた。

 

「ふう……終わりました。ああ、田代さん……どうも」

「有頭さん、神明先生は……」

「死因はおそらく撲殺です。あの出血量だと……死んでから、首を切られてますね。私に分かるのは、ここまでです」

「じゃあ、やっぱり……これは指揮者(コンダクター)による見立て……」

 

 タオルで体を拭った有頭弁護士は、ティーカップを遠慮なく受け取る。犬飼から質問され、くたびれた様子で語る姿は恐怖を振り切り、疲労感が勝っていた。

 【露西亜館人形殺人事件】に則り、架空の殺人鬼・指揮者(コンダクター)がその存在を匂わせた。

 

「有頭さん、ひとつ……確認させてください。自分が死んだら、『第2の遺言状』は効力を失いますか?」

 

 ――!?

 

「はい、その通りです。金田さんが途中で死亡された場合、不参加の扱いとなります」

「言い切ったな……この人」

「でも、どの道……中止でしょう? あんな事が遭ったんだから……」

 

 (いち)の質問に応じる有頭弁護士は、躊躇いがない。ハジメと七瀬も、愕然とする程だ。

 

「この遺産相続レースはどんな事があっても(・・・・・・・・・)、5日後の深夜0時まで続行するように指示されています。それは『第2の遺言状』が効力を失おうとも、同じです」

「そんなの、続ける意味だってないじゃない!」

「ああ、どうしてこんなコトに……」

「「……」」

 

 有頭弁護士は相続人候補にとって重要な部分を淡々と語り、梅園先生は絶叫。宝田はとうとう、絨毯へ座り込んだ。幽月先生と犬飼の煩い視線を感じながら、ひとつ確信を持つ。

 

(……誰も『第3の遺言状』を知らない)

金田、おい……金田!」

 

 ハジメに声を掛けられても、敢えて無視する。(いち)は全員の注目を集めんと、マントルピースへよじ登った。

 

「神明先生を殺した方に告げます。明日の朝8時までに、名乗り出て下さい」

 

 ――

 ローゼスと竜太以外の困惑が手に取る様に分かり、(いち)は高らかに宣言する。

 

「名乗り出なかった場合、トリックノートを燃やします

「……は!?

「ちょっとお!! あれはあたし……山之内先生の物よ、アンタが勝手にしていいはずないでしょう!!」

「流石に言い過ぎだぞ!」

「……っ」

 

 非難轟々の嵐を受けようとも、(いち)は彼らを冷静に見渡す。何だが、首だけが並んでいる様な錯覚に陥る。朝礼の前に立つ校長もきっと、こんな心地だろう。

 有頭弁護士は迷惑そうに口元を歪め、田代執事は困惑するも空になったティーカップを片付ける。桐江は知らん顔だった。

 

「金田、さっきから何なんだ!」

「今回の惨劇! もしも……トリックノートに動機があるなら……そんな元凶(モノ)は無くなってしまえばいいのです」

「!? ……金田君。それ、アナタが犯人に狙われるんじゃあ……」

 

 ハジメに問い詰められ、(いち)は切実に訴える。七瀬は事態を把握し、狼狽した。

 

「自分は今夜、この部屋から動きません。朝の8時までに、名乗り出て下さい」 

 

 重ねて告げた瞬間、深夜0時の鐘が鳴り響いた。

 

「さて、もう0時ですし……皆さんは部屋へ戻りましょうか。金田さん、降りて下さい」

……なんだ、こいつ

 

 緊迫した雰囲気の中、有頭弁護士は手にしたイワン人形をマントルピースへ置く。平然と解散を告げる彼が犯人だったとしても、納得しかない。

 

「私は先に休ませてもらいますか……GoodNight(グッドナイト)! 四重奏(カルテット)の皆さん!」

「……」

 

 ローゼスは軽やかに振り返り、就寝のご挨拶。その視線の先は、ハジメだった。

 

「こんな状況で寝られるかっ」

 

 怯え切った宝田の反応が、新鮮に思えた。

 (いち)は自分の分のティーカップを眺め、動き続ける桐江へ声を掛けた。

 

「桐江さん、どうぞ」

「え? いえ……あたしは……」

「自分はこの時間、飲まないと忘れていました。桐江さん、どうぞ」

「あたし、この後も片付けが……」

「そうですか……」

 

 押し問答の末に断られたティーカップをテーブルへ置き、(いち)は田代執事へ振り返った。

 

「田代さん。こちらは、飲みたくなったら飲みます。ここへ置いて行って下さい」

「畏まりました。その様に」

「竜太君、お2人が無事に休まれるまで見送って下さい」

「はい、金田先輩」

 

 1人、1人と応接間からいなくなり、ハジメ達だけが残った。

 

「金田、説明してくれるんだろうな」

「この部屋に残ったのは、モールス信号を送る為です」

「あ……対岸に来てるかもって言う……宇治木さんにね。あたしがやるわ」

 

 ハッとした七瀬はすぐに電灯スイッチへ駆け寄り、パチパチパチ、パッパッパッ、パチパチパチを繰り返す。思いの外、煩わしい。

 

「なんで、ノートを脅しに使った? 美雪の言う通り、犯人に狙われるぞ」

「……そこが狙いです。指揮者はゲーム続行を望むのか、それともトリックノートを守るのか……。前者なら、殺害動機は遺産相続にあります。後者なら……神明先生はアイデアを奪った報復を受けたのか、奪う為に消されたのか……更に後者なら、宝田さんと梅園先生は確実に危険です」

 

 ハジメの切なそうな表情に堪えられず、(いち)は心情を吐露した。

 

「……分かった、そこまで状況を読んでるなら……俺もここで犯人を待つよ。けど、ひとつハッキリさせてくれ。ローゼスの仮面の下、誰か見抜いてるか?」

「さあ? 一体……何者なのでしょうね」

 

 重要だと言わんばかりに詰め寄られたが、(いち)は全く心当たりない。ハジメはズルリッと絨毯へ寝転がった。

 

「戻りました。金田先輩、田代さんと桐江さんの部屋……チラッとですが、撮れましたよ」

「……え? あ、はい。そうです、流石は竜太君です。早速、映像を見せてください」

(コイツ、本当に二重人格じゃなかろうか……)

(金田君、いつもこんな感じよ)

 

 気の利き過ぎた竜太に報告され、(いち)は虚勢を張る。2人が部屋へ行った証人が欲しかっただけだ。

 

「でも、金田先輩。ノートを燃やすは、やり過ぎじゃないですか? 囮と言うより、標的になっちゃってますよ」

「佐木君、すごい……テープの数ね」

「どうなってんだ、その服……」

 

 竜太は服に仕込んだビデオテープから、ここへ到着した順番に並べ出した。

 

「……標的……そうですね、自分は真犯人の(てき)です」

「金田、お前……」

「ハジメちゃん、誤解しないで下さい。敵は味方と同じ、相手を対等の立場に置いて初めて成立する関係です。指揮者(犯人)にとって、立会人(読者)は対等ではない。だから……(まと)なのです」

「……敵と味方が同じ……」

 

 (いち)は口に出しながら、自嘲気味に口元が歪む。ハジメの憐れみに満ちた表情から、目を背けた。

 

〈これからは、私がキミをメイドとして……〉

〈良かったですねえ、神明先生! 好きなブランデー浴びる程、飲めて♡〉

 

 ハジメ達の視点から物事を俯瞰する。神明先生が酒臭かった理由は、ここにあった。

 

〈第1ヴァイオリンのコンスタンチン、第2ヴァイオリンのターニャ、ヴィオラのオリガ……〉

 

 午後2時頃のビデオメッセージ、同じ場所の出来事。

 (いち)は画面と現状を見比べ、急いで別のビデオテープの映像を流す。

 

〈あたしも部屋へ帰ろ、10時半の夕食……〉

〈僕も気分転換に……〉

 

 午後10時頃のビデオメッセージ、ここではない東の塔の応接間。鐘の音とビデオの時刻表示が、5分ズレていた。

 

〈桐江さんの部屋、お面があるんですね〉

〈……ええ、そうなの〉

〈田代さん、おやすみなさい〉

〈ありがとうございます、佐木様。お先に失礼致します〉

〈うお……キミは佐木君だっけ?〉

〈犬飼さん……実は……〉

 

 ――判断材料が概ね揃い、鳥肌が立った。

 

「ハジメちゃん、竜太君、七瀬さん。暗号文、解けていますか?」

「……いや、全然……」

「あたしも、第2のヒントはイワンだけになっちゃったし……」

「……え~と、暗号文は生憎……。ただ……場所の見当は付いた(・・・・・・・・・)かなって」

 

 度肝を抜かれ、拘ってない質問が口から飛び出る。ハジメと七瀬は竜太の発言にギョッとし、お互いの顔を見合わせた。

 (いち)は寧ろ、流石は可愛い後輩と拍手を送った。

 

「金田先輩も気付いてるんでしょ? 今回の暗号ゲーム、橘先生の時と同じだって」

「自分は、つい先程です。――アイデアなんて、どっかで被るんだから――」

 

 竜太に微笑まれ、(いち)は梅園先生の煙草を吸う仕草で答えた。

 

「……あ! 分かった、時計の中ね♪

「美雪まで……そうか! 最後の楽しいリズム……嘘だろ」

 

 そう、軽井沢の暗号ゲームは『大時計の中』に景品があった。

 どこぞのフリーライターの依頼、出版社関係の助っ人、著名人の別荘、集められた参加者達、応接間の立派な時計。類似点は多く、必然的に連想してしまったのだ。

 

「単純に……名前の頭文字を取るんじゃねえんだろうなあ」

「はじめちゃん、それカタカナじゃない。ロシア人形なんだから、名前のスペルはロシア語に決まってるでしょ。それでも『TOKEI』にならないけど……ロシアンティー貰うね」

 

 ハジメと七瀬は急いで己のメモ帳と暗号文を見比べ、謎解き開始。

 

「ハジメちゃん、朝までにお願いします」

「ジッチャンの名にかけてっ」

「佐木1号が言うんかい!! ああ、美雪……寝るな、美雪!!」

「……ZZZ

 

 丑三つ時の午前2時頃には、七瀬が脱落。夜明けまでには――謎は全て解けた。




宇治木「宇治木です、……閲覧ありがとうございます。ごめん……モールス信号、見えてるんだけど……地元警察に電話しても取り合ってくれない。まあ、当然だよなあ。さて、次回は『露西亜人形殺人事件・霧、晴れて』!! まだ霧深いけど、このゴムボートで湖を渡れば……!? き、気球!?」

神明 忠治
ミステリー評論家、酒が入ると性格が変わるタイプ。妻との離婚で酒が増え、素人楽団定例会にも参加していなかった
ドラマ版は、そのまんま東が演じる。離婚の慰謝料2千万(何をしたら、そんなに高いん?)
作中にて、多岐川を通して、にいみと交友関係にあった

梅園 薫
山之内の弟子にして、愛人?竜二曰く、ビジュアル系作家。部屋の仕掛けは隠し金庫。ドラマ版は着物姿、自損事故の内容も詳しく描写されていた
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