金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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警察到着から数時間後、先ずは幽月来夢の視点


Q54 第3の遺言状-幽月

 幽月(ゆづき) 来夢(らいむ)は、挿絵画家。

 亡きミステリー作家の山之内(やまのうち) 恒聖(こうせい)が残した莫大な遺産、その相続人候補に選ばれた。

 遺産相続レースは殺人事件により、館へ警察が介入した為に打ち切り。

 道警の事情聴取を終え、監督役の有頭 大介(ありとう だいすけ)弁護士に案内されたのは空港近くのホテル。

 露西亜館と違い、馴染み深い和室は一服に丁度いい。

 だが、緊張状態は続いている。

 幽月の肌はより神経質になり、前髪で隠した右頬の火傷が疼く。他の3人……と、見知らぬ男女2人。年相応な女性はフォーマルなスーツを纏い、誰よりも堂々と胸を張る。座布団の距離感から、他人同士だろう。

 

「有頭先生、本日はよろしくお願いします」

「いえ……今から、上司の山田先生が段取りを……」

 

 有頭と挨拶する男性は、精悍な顔付きと引き締まった体躯。知人の奇術師に似た立ち振る舞いは、とても絵になる。

 

(誰、あれ?)

(さあ……私も、サッパリ……)

 

 推理小説家・梅園(うめぞの) (かおる)と、常談社の副編集長・宝田(たからだ) 光二(こうじ)はヒソヒソ。幽月も犬飼(いぬかい) 貴志(たかし)から視線で問われ、(かぶり)を振った。

 お(つむ)のサッパリした背広の男が入室し、有頭は背筋を正す。彼の上司たる顧問弁護士だ。

 

「お疲れ様でございます。私、山之内氏の顧問弁護士を勤めております。山田と申します。これより『第2の遺言状』効力消失に伴い、『第3の遺言状』を開示させて頂きます」

 

 山田(やまだ) 隆明(たかあき)弁護士の前置きに、ピリッと空気が張り詰めた。

 初めて明かされた情報、山之内はゲーム不成立のパターンも想定してくれていた。

 

「流石、山之内先生……何たる人格者……」

 

 宝田は内容も聞かず、感謝感激と頭を下げた。

 

「……そこの2人は、何の関係が? 税理士?

「『第3の遺言状』開示の場において、お呼びするよう……山之内氏から指名された方々です」

「正式には、代理人です。梶原と言います」

「同じく代理人、残間と申します」

 

 梅園に問われ、山田弁護士は淡々と答える。梶原(かじわら) 裕子(ゆうこ)残間(ざんま) 青完(あおまさ)は慎ましく名乗ったものの、落ち着かない。代理人を認める程の相手、その存在が脅威に感じた。

 山田弁護士が取り出した封筒、山之内の印鑑も押された封にペーパーナイフが入り込む。ひとつひとつの動作に、気が高ぶった。

 

「私、山之内 恒聖は神明 忠治、梅園 薫、幽月 来夢、宝田 浩二、犬飼 貴志の5名に、それぞれ5百万円を譲るものとする」

 

 数十億には程遠いが、当面は何とかなる。安堵の息が空気に紛れた。

 

「神奈川の本自宅を金田 にいみへ譲るものとする」

(メッセージにあった名前……)

 

 先日の高校生と同じ『金田姓』。山之内がお嬢様と呼ぶ人物、彼の母親と推測するのが妥当だろう。

 

(金田君は、氷室の……隠し子かしら?)

 

 我ながら、安直な考え。馬鹿馬鹿しくて、笑いがこみ上げてくる。それを堪え、遺言状の続きに耳を傾けた。

 

「著作権、不動産……etc.それら全てを……綾辻 真理奈に譲るものとするっ

 

 ――!?

 

 綾辻(あやつじ) 真理奈(まりな)、背氷村殺人事件の受刑者。予期せぬ名が遺産相続人と明かされ、冗談抜きで心臓が早鐘を打った。

 有頭も我関せずの態度を崩し、眼鏡がずり落ちてしまう。

 

「あ、綾辻って……そんな馬鹿な話が……ハッ。そう言えば……山之内先生、ビデオメッセージで……氷室 一聖の話を……」

「じゃあ……そこにいる2人は、綾辻の家族って……コト?」

違います

 

 慄いた宝田の言葉を繋げ、梅園は2人を見やる。残間が底なし沼のように濁った声で否定し、ゾッとした。

 

「以上を持ちまして……」

「あの、警察に押収されたノートも……綾辻さんの物ですか?」

 

 犬飼は、切羽詰まった問い。その真意を幽月達は、深く理解した。

 

「勿論です。綾辻氏への連絡につきましては、代理人であります……こちらの梶原氏が、お受けいたします」

「綾辻さんの、支援団体代表を務めております」

 

 山田弁護士に改めて紹介され、梶原は微笑んでいる。実質、山之内の遺産を管理するのは、この女だ。

 飛躍し過ぎかもしれないが、間違いとは言えない。梅園先生も同じ推論を立ており、視線で頷き合った。

 犬飼は「そうですか」と口を噤む。眉間のシワに、悔しさが刻まれた。

 

「わ……私、申し遅れましたが、常談社で副編集長を……ああ、名刺が無い

「どうぞ、良しなに」

 

 慌てふためく宝田へ梶原は、慣れた手付きで名刺を差し出す。この場は彼女が、支配していると感じた。

 油断ならない相手に、幽月は息を呑む。

 

(結局、この人は何者なの? 金田君の関係者なのは、確かだけど……

 

 幽月は残間を盗み見するが、何ひとつ関心が無い様子だった。

 

「お泊まり頂く方は、こちらへ。お部屋をご用意しております」

「じゃあ、あたし……」

 

 山田弁護士の声掛けに応じ、梅園はホテルへ宿泊。残りはそそくさと退散した。

 

「皆さん、山田先生の事務所へ必要な書類をお願いします。放棄される方は、お早めに……」

 

 皆の行先は空港だが、有頭とはここでお別れ。タクシーへ乗り込む前、犬飼は深呼吸の果てに勢いよく振り返った。

 

「有頭さん、桐江さんの弁護を……引き受けてくれませんか?」

は? 何でですか……? 北海道にも、当番の方がいますから……どうにかなりますよ。多分……

 

 ――彼女の事情を全部、知ってて……そんな断り方する?

 

 顔面蒼白の犬飼にしてみれば、一生分の勇気を振り絞った依頼。幽月も守るべき人()がおり、他人にまで気を配れない。それでも、物は言いようだろう。

 バッサリと断る有頭が、非情に見えた。

 

「い、行きましょうか、犬飼君。ウチにも顧問弁護士はいるから……ね?」

「……?」

 

 哀れに思ったのか、宝田が必死に犬飼をタクシーへ押し込む。梶原は困惑していたが、彼らと同じタクシーへ乗り込む。そのまま、出発した。

 

「それでは、有頭さん。失礼致します」

「はい、残間さん。お疲れ様でした、息子さんにも宜しく……」

(息子……?)

 

 残間は有頭弁護士へ丁寧に挨拶し、幽月は思考を巡らせながら、タクシーの後部座席へ座った。

 

「幽月さん、大変な思いをされましたね。ご無事で何よりです」

「……ええ、皆さんのお陰で命拾いしましたわ」

 

 彼の姿勢が良く、隣にいて窮屈に感じない。上品な振る舞いは本当、知り合いの奇術師(逃亡犯)に似ていた。

 そこで大切な約束を思い返し、幽月は姿勢を正す。

 

「残間さん、私……金田家の方とお約束がありますの。仲介して頂ければ……」

「スカーレット・ローゼスさんのお力を拝借した件でしたら、……息子から(・・・・)伺っております。いつ、話を切り出そうかと思っておりました」

 

 何とも有り難い。残間は懐から、厚みのある封筒を取り出した。

 一瞬、欲が瞳に宿ったと自覚する。

 

「お2人分、ご用意しております。本来でしたら、ローゼスさんにも直接……お渡ししたかった」

「途中で帰られたのは、彼の都合です。お気になさらず」

 

 ここで礼儀を怠ってはならぬと、恭しく両手で受け取る。封筒越しに感じる3束を味わい、高揚感に膝が笑った。

 この間、見えてきた人間関係を整理する。残間は金田(かねだ) にいみと別姓の夫婦、あの立会人とは父子。そうなると、亡き天才画伯との関係が不透明になった。

 

「……神明さんの事は残念でしたが、貴女の無事を……妻は喜んでおられるでしょう」

「……奥様が? 何故、私を……」

 

 残間に優しく労わられ、思わずキョトンとする。

 

「妻が埼玉で暮らしていた頃、幽月さんとお会いになっているからですよ。絵画教室で子供達に絵を教えていたのです。貴女の映った写真、今も……残っております」

「……あ、「にいみ先生」!!」

 

 若干、気にかかった部分だった。世間話の如く明かされ、ようやくスッキリした。

 自分はほんの子供、弟と共に通った絵画教室。キャンパスへ向かい続けながら、生徒の名前も碌に覚えない「にいみ先生」。脳裏のアルバムが一気にページを捲り、ようやく合点がいった。

 きっと立会人も、途中で気付いたのだろう。

 

「そう、でしたのね。にいみ先生、お元気ですか?」

「yesと答えられる程には……」

 

 懐かしさに胸を締め付けられ、社交辞令以上の気持ちで問う。残間の困ったような笑い方が、学ランの高校生と重なった。

 人相は似ていないが、彼らは本当に父と子だ。

 絡んだ紐が解けたような感覚の中で一服すれば、最高に美味い。手にある札束の為にも、我慢しよう。うっかり灰を溢しては、大惨事だ。

 

「ところで……氷室 一聖とは、どのような関係ですか?」

「……お答えする必要を、感じません

 

 幽月は好奇心がウズウズし、口が勝手に動く。残間の笑顔と口調はそのままだが、泥の如く小さな拒絶を感じた。

 自分は、ここぞと言う時に出しゃばり過ぎる。

 反省だ。

 この好機、絶対に逃してはならぬ。

 

「私も、知らぬが仏……と理解していますわ」

「賢明ですな。梶原さんも知りませんので、ご理解頂ければ……幸いです」

 

 幽月は深く頷き、立場を弁える。納得した残間は途端に、車道へ冷ややか視線を送る。もう1台のタクシー、梶原が窓際に見えた。

 決して、自分にではない敵意。その威圧感は背筋が凍る程に、怖かった。

 

(綾辻の支援団体代表と、氷室画伯の縁戚……。残間さんは梶原さんを知っているけど……。向こうは、知らない(・・・・)。そんなところね)

 

 どちらに付くべきか、もう決まっている。

 

(空港へ着いたら、宝田さんに口止めしないと……)

 

 他の2人は思慮深いが、噂好きの誰さんは危ない。

 それとなく警告しておこう。共に惨劇を生き抜いた仲間として――。

 

○●――……犬飼 貴志はタクシーの車窓から、流れゆく風景をぼんやりと眺めた。

 桐江 想子(きりえ そうこ)との付き合いは、殺されたミステリー評論家・神明(じんめい) 忠治(ただはる)先生より短い。山之内 恒聖先生を中心に集まり、素人楽団を組んでいた日々が勝手に脳内で再生された。

 神明先生は辛口ではあったが、評論家として正しき振る舞いをしていた。

 いつから、彼を煙たく扱ってしまったのだろうか?

 離婚したと聞いても他人事、愛妻家だと知っていたのに誰も慰めなかった。

 そんな彼を、桐江が殺した――財産欲しさに。

 

「あの……梶原さん、氷室画伯と山之内先生とはどのようなご関係で? ……実は」

「宝田さんっ、今は……その話……やめてください」

 

 隣にいる宝田 光二副編集長のお喋りな口が動きかけ、貴志は思わず諫めた。

 何でもかんでも知っている口振りでありながら、肝心な事は何も知らない。

 否、この男は編集だ。本が売れる為なら、何だって出来る。山之内先生の作品が、桐江の父親のアイデアから成り立っていた。それを本当に知らなかったのかさえ、疑わしい。

 

「犬飼君……?」

「宝田さん、内緒話でしたら……またいずれ。アナタとは長いお付き合いになるでしょうから、ね?」

 

 貴志の憤りを察せず、宝田は梶原にも窘められた。彼女の意味深な微笑みは正直に言えば、気色悪い。絶対に親しくなりたくない為、早く空港へ到着して欲しかった。

 

 着いた途端、幽月 来夢先生が宝田を無理やりタクシーから降ろし、物陰に連行。貴志はドナドナを見送り、公衆電話から両親へ連絡した。

 両親は我が子の無事を喜ぶ反面、数十億から僅か5百万円の譲渡に落胆を隠さなかった。

 

(桐江さんに比べれば……、僕には両親がいる)

 

 脳髄の奥から、傷付かない言い訳が聞こえた。

 飛行機へ搭乗する時間になっても、宝田は戻らず。貴志は梶原、幽月先生と同じ便に乗り合わせた。

 

「宝田さんは1本、遅れるそうよ。クスクス」

「はあ……」

 

 幽月先生はまるで事件など無かったように、普段通りの態度。彼女は桐江とほとんど初対面、犯人として逮捕されてもショックはないのだろう。

 貴志はもう1人、気にするべき人物がいた。彼が(・・)乗っていなかった事実にも、全く気付かなかった。

 そこまで気を配れる状態ではなかったと、言い訳しよう。

 

 高校生である貴志の相続手続きは翌日に、呆気なく終了。山之内先生の顧問弁護士の事務所が近場だったのも、幸いした。

 それでも、愛犬5匹は救えない。

 借金の抵当に入ったままの彼らはお別れを察し、元気な遠吠えを聞かせてくれた。

 だが、それは宝田からの不吉な報せの前触れだった。

 

《ですから……騙されたんですあの小娘……もとい、桐江さんは最初から(・・・・)私達を殺す気だったんですよっ》

「……宝田さん、もうちょっと具体的に言ってください」

 

 宝田は受話器向こうで完全に怯え、支離滅裂な話を繰り返す。貴志は何度も質問するが、意味が分からない。流石にイラッとした。

 

《山之内先生の代理人が、私に(・・)先生の遺稿を送ってくれたんです。そこに書かれた内容が、今回の事件と全く同じなんですってば!》

「……え?」

 

 ようやく宝田は、明確に情報を伝えてくれた。山之内先生は露西亜館で療養中も、執筆に専念していた。

 貴志も勿論、知っていた。

 だからこそ、ゾッとする。ミステリーマニアなら、この展開をこう呼ぶだろう。

 

《桐江さんは、山之内先生の考えたストーリーを殺人に利用した……模倣犯だったんです!》

 

 宝田の悲痛な訴えを聞き、貴志はショックのあまりに受話器を落とした。

 桐江は山之内先生に雇われてから、ずっと露西亜館へ住み込み。しかも、館の仕掛けにも覚えあり。先生本人や執事の目を盗んで原稿を読むなど、容易い立場だ。

 違うと否定したくても、状況証拠が揃い過ぎている。

 

〝生きてくだけで、精一杯だったし……〟

 

 亡き父親との思い出すら、辛そうに語った桐江の儚げな表情がこびり付いて離れない。淡い恋心に従い、彼女を待つつもりだったが、その決意は脆くも崩れ去った。

 

〝それじゃあ……、誰も救われねえよ〟

 

 過呼吸に苦しみながら、貴志は名探偵の孫の叫びを思い返す。彼ならば、自分の悩みを聞いてくれるはずだ。

 桐江を心から憐れんでくれたのなら、貴志にも優しい言葉をかけてくれる。そう期待した。

 

 〝この情けを……受け取らないと決めたのは、本人です〟

 

 吹雪の様に冷たい言い草が、貴志に甘えを許さない。彼は神明先生を殺され、怒り狂っていた。それでも、桐江へ情けをかけていた。

 どんな心情だったのだろうか、考える。今まで読破した推理小説を忘れ、自分の人生観で考えた。

 

(……あいつも、こうなると知っていた?)

 

 立会人として現れただけの高校生に過ぎず、桐江に目を付けるタイミングはどう考えても、早すぎる。彼は演劇部だと聞いていた(・・・・・)が、探偵役だったのかもしれない。

 或いは、遺稿を……既に読んでいた可能性が高い。

 だって、貴志に暗号の助言をしてくる者が犯人だと、教えたのは彼だ。

 

〝犯人逮捕の瞬間は……立ち合いますよ〟

 

 自分の仮説を納得させるかのように、次々とそれに相応しい場面が思い返される。自然と、心はその方向へ結論を出そうとする。これでは、駄目だ。

 名探偵の孫の言う通り、救われないまま時間だけが過ぎてしまう。

 会いに行こう――探偵役だった彼のいる東京へ。

 いつの間にか、通話の切れた受話器を戻しながら、貴志はそう決めた。




田代「田代です。皆様、閲覧ありがとうございます。にいみ様は相続放棄され、山之内先生のご自宅は綾辻様の物となりました。私は綾辻様にお仕えし、家々の管理を任されました。……桐江さんのお世話も託されたましたので、会いに行こうと思います。さて、次回は『第3の遺言状-はじめ』。金田一(きんだいち)様……」

幽月 来夢
挿絵画家。2年前の火事で右頬を火傷、弟は植物状態で入院中。部屋の仕掛けは隠しワインセラー
ペンネームかと思ったら、本名なのね
何故か、高遠の逃亡生活を手助けした(理由は不明)。3番目の犠牲者となってしまった
入院中の弟はその後が語られず、読者を心配させた(これで金田一パパに高遠組で登場したら、泣く)
作中にて、にいみの元教え子。気球の準備をしていたローゼスの傍で爆睡していた為、生存。ある意味、一番の勝者になった

宝田 光二
出版社の副編集長、いつきの知人。部屋の仕掛けは扉の抜け道、2番目の犠牲者
陰口、噂話が大好き。確証の無い話も広める為、要注意(楽団の仲が微妙に悪いの、コイツのせいじゃね?)
既婚者だが、アニメ・ドラマ版では妻の存在がカットされた(原作後の安否不明)。原作でやたらと怯えたシーンが目立つのは、妻の身を案じていた為と思われる
桐江とスナックで面識あるのに、気付かなかった
作中にて、ドアをガチガチに封鎖して寝ていた為、生存。山之内のシンパとなり、退職するその日まで遺作を多くの読者へ届けた

綾辻 真理奈
雪夜叉伝説殺人事件ゲストキャラ、服役中。作中にて、突然の報せに宇宙猫になる。梶原の説得で遺産を受け取った
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