金田少年の生徒会日誌 作:珍明
亡きミステリー作家の
遺産相続レースは殺人事件により、館へ警察が介入した為に打ち切り。
道警の事情聴取を終え、監督役の
露西亜館と違い、馴染み深い和室は一服に丁度いい。
だが、緊張状態は続いている。
幽月の肌はより神経質になり、前髪で隠した右頬の火傷が疼く。他の3人……と、見知らぬ男女2人。年相応な女性はフォーマルなスーツを纏い、誰よりも堂々と胸を張る。座布団の距離感から、他人同士だろう。
「有頭先生、本日はよろしくお願いします」
「いえ……今から、上司の山田先生が段取りを……」
有頭と挨拶する男性は、精悍な顔付きと引き締まった体躯。知人の奇術師に似た立ち振る舞いは、とても絵になる。
(誰、あれ?)
(さあ……私も、サッパリ……)
推理小説家・
お
「お疲れ様でございます。私、山之内氏の顧問弁護士を勤めております。山田と申します。これより『第2の遺言状』効力消失に伴い、『第3の遺言状』を開示させて頂きます」
初めて明かされた情報、山之内はゲーム不成立のパターンも想定してくれていた。
「流石、山之内先生……何たる人格者……」
宝田は内容も聞かず、感謝感激と頭を下げた。
「……そこの2人は、何の関係が? 税理士?」
「『第3の遺言状』開示の場において、お呼びするよう……山之内氏から指名された方々です」
「正式には、代理人です。梶原と言います」
「同じく代理人、残間と申します」
梅園に問われ、山田弁護士は淡々と答える。
山田弁護士が取り出した封筒、山之内の印鑑も押された封にペーパーナイフが入り込む。ひとつひとつの動作に、気が高ぶった。
「私、山之内 恒聖は神明 忠治、梅園 薫、幽月 来夢、宝田 浩二、犬飼 貴志の5名に、それぞれ5百万円を譲るものとする」
数十億には程遠いが、当面は何とかなる。安堵の息が空気に紛れた。
「神奈川の本自宅を金田 にいみへ譲るものとする」
(メッセージにあった名前……)
先日の高校生と同じ『金田姓』。山之内がお嬢様と呼ぶ人物、彼の母親と推測するのが妥当だろう。
(金田君は、氷室の……隠し子かしら?)
我ながら、安直な考え。馬鹿馬鹿しくて、笑いがこみ上げてくる。それを堪え、遺言状の続きに耳を傾けた。
「著作権、不動産……etc.それら全てを……綾辻 真理奈に譲るものとするっ」
――!?
有頭も我関せずの態度を崩し、眼鏡がずり落ちてしまう。
「あ、綾辻って……そんな馬鹿な話が……ハッ。そう言えば……山之内先生、ビデオメッセージで……氷室 一聖の話を……」
「じゃあ……そこにいる2人は、綾辻の家族って……コト?」
「違います」
慄いた宝田の言葉を繋げ、梅園は2人を見やる。残間が底なし沼のように濁った声で否定し、ゾッとした。
「以上を持ちまして……」
「あの、警察に押収されたノートも……綾辻さんの物ですか?」
犬飼は、切羽詰まった問い。その真意を幽月達は、深く理解した。
「勿論です。綾辻氏への連絡につきましては、代理人であります……こちらの梶原氏が、お受けいたします」
「綾辻さんの、支援団体代表を務めております」
山田弁護士に改めて紹介され、梶原は微笑んでいる。実質、山之内の遺産を管理するのは、この女だ。
飛躍し過ぎかもしれないが、間違いとは言えない。梅園先生も同じ推論を立ており、視線で頷き合った。
犬飼は「そうですか」と口を噤む。眉間のシワに、悔しさが刻まれた。
「わ……私、申し遅れましたが、常談社で副編集長を……ああ、名刺が無い」
「どうぞ、良しなに」
慌てふためく宝田へ梶原は、慣れた手付きで名刺を差し出す。この場は彼女が、支配していると感じた。
油断ならない相手に、幽月は息を呑む。
(結局、この人は何者なの? 金田君の関係者なのは、確かだけど……)
幽月は残間を盗み見するが、何ひとつ関心が無い様子だった。
「お泊まり頂く方は、こちらへ。お部屋をご用意しております」
「じゃあ、あたし……」
山田弁護士の声掛けに応じ、梅園はホテルへ宿泊。残りはそそくさと退散した。
「皆さん、山田先生の事務所へ必要な書類をお願いします。放棄される方は、お早めに……」
皆の行先は空港だが、有頭とはここでお別れ。タクシーへ乗り込む前、犬飼は深呼吸の果てに勢いよく振り返った。
「有頭さん、桐江さんの弁護を……引き受けてくれませんか?」
「は? 何でですか……? 北海道にも、当番の方がいますから……どうにかなりますよ。多分……」
――彼女の事情を全部、知ってて……そんな断り方する?
顔面蒼白の犬飼にしてみれば、一生分の勇気を振り絞った依頼。幽月も
バッサリと断る有頭が、非情に見えた。
「い、行きましょうか、犬飼君。ウチにも顧問弁護士はいるから……ね?」
「……?」
哀れに思ったのか、宝田が必死に犬飼をタクシーへ押し込む。梶原は困惑していたが、彼らと同じタクシーへ乗り込む。そのまま、出発した。
「それでは、有頭さん。失礼致します」
「はい、残間さん。お疲れ様でした、息子さんにも宜しく……」
(息子……?)
残間は有頭弁護士へ丁寧に挨拶し、幽月は思考を巡らせながら、タクシーの後部座席へ座った。
「幽月さん、大変な思いをされましたね。ご無事で何よりです」
「……ええ、皆さんのお陰で命拾いしましたわ」
彼の姿勢が良く、隣にいて窮屈に感じない。上品な振る舞いは本当、知り合いの
そこで大切な約束を思い返し、幽月は姿勢を正す。
「残間さん、私……金田家の方とお約束がありますの。仲介して頂ければ……」
「スカーレット・ローゼスさんのお力を拝借した件でしたら、……
何とも有り難い。残間は懐から、厚みのある封筒を取り出した。
一瞬、欲が瞳に宿ったと自覚する。
「お2人分、ご用意しております。本来でしたら、ローゼスさんにも直接……お渡ししたかった」
「途中で帰られたのは、彼の都合です。お気になさらず」
ここで礼儀を怠ってはならぬと、恭しく両手で受け取る。封筒越しに感じる3束を味わい、高揚感に膝が笑った。
この間、見えてきた人間関係を整理する。残間は
「……神明さんの事は残念でしたが、貴女の無事を……妻は喜んでおられるでしょう」
「……奥様が? 何故、私を……」
残間に優しく労わられ、思わずキョトンとする。
「妻が埼玉で暮らしていた頃、幽月さんとお会いになっているからですよ。絵画教室で子供達に絵を教えていたのです。貴女の映った写真、今も……残っております」
「……あ、「にいみ先生」!!」
若干、気にかかった部分だった。世間話の如く明かされ、ようやくスッキリした。
自分はほんの子供、弟と共に通った絵画教室。キャンパスへ向かい続けながら、生徒の名前も碌に覚えない「にいみ先生」。脳裏のアルバムが一気にページを捲り、ようやく合点がいった。
きっと立会人も、途中で気付いたのだろう。
「そう、でしたのね。にいみ先生、お元気ですか?」
「yesと答えられる程には……」
懐かしさに胸を締め付けられ、社交辞令以上の気持ちで問う。残間の困ったような笑い方が、学ランの高校生と重なった。
人相は似ていないが、彼らは本当に父と子だ。
絡んだ紐が解けたような感覚の中で一服すれば、最高に美味い。手にある札束の為にも、我慢しよう。うっかり灰を溢しては、大惨事だ。
「ところで……氷室 一聖とは、どのような関係ですか?」
「……お答えする必要を、感じません」
幽月は好奇心がウズウズし、口が勝手に動く。残間の笑顔と口調はそのままだが、泥の如く小さな拒絶を感じた。
自分は、ここぞと言う時に出しゃばり過ぎる。
反省だ。
この好機、絶対に逃してはならぬ。
「私も、知らぬが仏……と理解していますわ」
「賢明ですな。梶原さんも知りませんので、ご理解頂ければ……幸いです」
幽月は深く頷き、立場を弁える。納得した残間は途端に、車道へ冷ややか視線を送る。もう1台のタクシー、梶原が窓際に見えた。
決して、自分にではない敵意。その威圧感は背筋が凍る程に、怖かった。
(綾辻の支援団体代表と、氷室画伯の縁戚……。残間さんは梶原さんを知っているけど……。向こうは、
どちらに付くべきか、もう決まっている。
(空港へ着いたら、宝田さんに口止めしないと……)
他の2人は思慮深いが、噂好きの誰さんは危ない。
それとなく警告しておこう。共に惨劇を生き抜いた仲間として――。
○●――……犬飼 貴志はタクシーの車窓から、流れゆく風景をぼんやりと眺めた。
神明先生は辛口ではあったが、評論家として正しき振る舞いをしていた。
いつから、彼を煙たく扱ってしまったのだろうか?
離婚したと聞いても他人事、愛妻家だと知っていたのに誰も慰めなかった。
そんな彼を、桐江が殺した――財産欲しさに。
「あの……梶原さん、氷室画伯と山之内先生とはどのようなご関係で? ……実は」
「宝田さんっ、今は……その話……やめてください」
隣にいる宝田 光二副編集長のお喋りな口が動きかけ、貴志は思わず諫めた。
何でもかんでも知っている口振りでありながら、肝心な事は何も知らない。
否、この男は編集だ。本が売れる為なら、何だって出来る。山之内先生の作品が、桐江の父親のアイデアから成り立っていた。それを本当に知らなかったのかさえ、疑わしい。
「犬飼君……?」
「宝田さん、内緒話でしたら……またいずれ。アナタとは長いお付き合いになるでしょうから、ね?」
貴志の憤りを察せず、宝田は梶原にも窘められた。彼女の意味深な微笑みは正直に言えば、気色悪い。絶対に親しくなりたくない為、早く空港へ到着して欲しかった。
着いた途端、幽月 来夢先生が宝田を無理やりタクシーから降ろし、物陰に連行。貴志はドナドナを見送り、公衆電話から両親へ連絡した。
両親は我が子の無事を喜ぶ反面、数十億から僅か5百万円の譲渡に落胆を隠さなかった。
(桐江さんに比べれば……、僕には両親がいる)
脳髄の奥から、傷付かない言い訳が聞こえた。
飛行機へ搭乗する時間になっても、宝田は戻らず。貴志は梶原、幽月先生と同じ便に乗り合わせた。
「宝田さんは1本、遅れるそうよ。クスクス」
「はあ……」
幽月先生はまるで事件など無かったように、普段通りの態度。彼女は桐江とほとんど初対面、犯人として逮捕されてもショックはないのだろう。
貴志はもう1人、気にするべき人物がいた。
そこまで気を配れる状態ではなかったと、言い訳しよう。
高校生である貴志の相続手続きは翌日に、呆気なく終了。山之内先生の顧問弁護士の事務所が近場だったのも、幸いした。
それでも、愛犬5匹は救えない。
借金の抵当に入ったままの彼らはお別れを察し、元気な遠吠えを聞かせてくれた。
だが、それは宝田からの不吉な報せの前触れだった。
《ですから……騙されたんです。あの小娘……もとい、桐江さんは
「……宝田さん、もうちょっと具体的に言ってください」
宝田は受話器向こうで完全に怯え、支離滅裂な話を繰り返す。貴志は何度も質問するが、意味が分からない。流石にイラッとした。
《山之内先生の代理人が、
「……え?」
ようやく宝田は、明確に情報を伝えてくれた。山之内先生は露西亜館で療養中も、執筆に専念していた。
貴志も勿論、知っていた。
だからこそ、ゾッとする。ミステリーマニアなら、この展開をこう呼ぶだろう。
《桐江さんは、山之内先生の考えたストーリーを殺人に利用した……模倣犯だったんです!》
宝田の悲痛な訴えを聞き、貴志はショックのあまりに受話器を落とした。
桐江は山之内先生に雇われてから、ずっと露西亜館へ住み込み。しかも、館の仕掛けにも覚えあり。先生本人や執事の目を盗んで原稿を読むなど、容易い立場だ。
違うと否定したくても、状況証拠が揃い過ぎている。
〝生きてくだけで、精一杯だったし……〟
亡き父親との思い出すら、辛そうに語った桐江の儚げな表情がこびり付いて離れない。淡い恋心に従い、彼女を待つつもりだったが、その決意は脆くも崩れ去った。
〝それじゃあ……、誰も救われねえよ〟
過呼吸に苦しみながら、貴志は名探偵の孫の叫びを思い返す。彼ならば、自分の悩みを聞いてくれるはずだ。
桐江を心から憐れんでくれたのなら、貴志にも優しい言葉をかけてくれる。そう期待した。
〝この情けを……受け取らないと決めたのは、本人です〟
吹雪の様に冷たい言い草が、貴志に甘えを許さない。彼は神明先生を殺され、怒り狂っていた。それでも、桐江へ情けをかけていた。
どんな心情だったのだろうか、考える。今まで読破した推理小説を忘れ、自分の人生観で考えた。
(……あいつも、こうなると知っていた?)
立会人として現れただけの高校生に過ぎず、桐江に目を付けるタイミングはどう考えても、早すぎる。彼は演劇部だと
或いは、遺稿を……既に読んでいた可能性が高い。
だって、貴志に暗号の助言をしてくる者が犯人だと、教えたのは彼だ。
〝犯人逮捕の瞬間は……立ち合いますよ〟
自分の仮説を納得させるかのように、次々とそれに相応しい場面が思い返される。自然と、心はその方向へ結論を出そうとする。これでは、駄目だ。
名探偵の孫の言う通り、救われないまま時間だけが過ぎてしまう。
会いに行こう――探偵役だった彼のいる東京へ。
いつの間にか、通話の切れた受話器を戻しながら、貴志はそう決めた。
田代「田代です。皆様、閲覧ありがとうございます。にいみ様は相続放棄され、山之内先生のご自宅は綾辻様の物となりました。私は綾辻様にお仕えし、家々の管理を任されました。……桐江さんのお世話も託されたましたので、会いに行こうと思います。さて、次回は『第3の遺言状-はじめ』。
幽月 来夢
挿絵画家。2年前の火事で右頬を火傷、弟は植物状態で入院中。部屋の仕掛けは隠しワインセラー
ペンネームかと思ったら、本名なのね
何故か、高遠の逃亡生活を手助けした(理由は不明)。3番目の犠牲者となってしまった
入院中の弟はその後が語られず、読者を心配させた(これで金田一パパに高遠組で登場したら、泣く)
作中にて、にいみの元教え子。気球の準備をしていたローゼスの傍で爆睡していた為、生存。ある意味、一番の勝者になった
宝田 光二
出版社の副編集長、いつきの知人。部屋の仕掛けは扉の抜け道、2番目の犠牲者
陰口、噂話が大好き。確証の無い話も広める為、要注意(楽団の仲が微妙に悪いの、コイツのせいじゃね?)
既婚者だが、アニメ・ドラマ版では妻の存在がカットされた(原作後の安否不明)。原作でやたらと怯えたシーンが目立つのは、妻の身を案じていた為と思われる
桐江とスナックで面識あるのに、気付かなかった
作中にて、ドアをガチガチに封鎖して寝ていた為、生存。山之内のシンパとなり、退職するその日まで遺作を多くの読者へ届けた
綾辻 真理奈
雪夜叉伝説殺人事件ゲストキャラ、服役中。作中にて、突然の報せに宇宙猫になる。梶原の説得で遺産を受け取った