金田少年の生徒会日誌 作:珍明
金田祖父の様子が何か、おかしい。
廊下の電話コードを抜き、インターホンも無視しての居留守、郵便物も拒否しようとしたが、金田祖母に止められた。奇怪な行動を取りながら、いつもの笑顔は恐怖しかない。
目星は付いているものの、どうも腑に落ちない。
「あの人は元々、感情の閾値が高いのよ。余程の事があったのかしら?」
「……お祖父ちゃん、涙脆いのに?」
「やあねえ、それは……私達の代わりに泣いてくれてるんです。あの人まで愛想を無くしたら、気が滅入るわ」
「……代わりに、泣いていた……」
金田祖母とコソコソ相談し合えば、
「知りませんでした……」
「ええ、そうでしょうとも。あの人は、役者ですもの」
フッと息を抜いた老齢な笑い方には、尊敬と信頼に満ち溢れていた。
おしどり夫婦の仲睦まじさに胸打たれながら、演劇部の合宿で石川県金沢市へ出発。
新幹線の席も神矢と隣、旅立ちは上々だ。
「金田、お前さ……5組の朝木さんと、学園祭の後は進展したか?」
「神矢君……知って、いたのですね」
「知らねえ方がおかしいわ、もう1週間以上経つだろ。どう、なんだ?」
「週末、家に招いて……お菓子を食べました。家族の居ない時に……」
「年寄りかよ……、小学生だってもう少し聞き応えあるぞ」
「そんな……」
期待外れだったらしく、物凄くガッカリされる。結構、勇気を振り絞った家デートを否定され、素直にショックだ。
「クリスマスだよ、クリスマスっ。学園祭は誘われてんだぞ、今度はお前が誘わなくてどうする! まさか、誘い待ちか? 余裕だな、おいぃ~」
「ヒィッ、神矢君……怖いです。クリスマスはとても貴重な時間、秋絵さんもご予定があると思いま……」
「「「お前との予定で、埋めろっつってんの!!」」」
神矢の頬に血涙が見え、ギリギリと歯軋りされる。
周囲の人間には、バレている。ならば、隠さずに堂々としよう。
「……はい、秋絵さんを誘います。ハジメちゃんの名にかけて!」
「恋愛に関しては、ちょっと……」
友情へ誓っただけだが、神矢の不安は拭えぬ。名探偵の孫は朴念仁、頼るべき相手を間違えたと反省した。
金沢駅のホームには、金沢吉野高校演劇部の部員2人がお出迎え。2年生・
「金沢へようこそ、部長を任されました……辻口です。姉と区別する為に、美奈子と呼んでください」
「ありがとう、部長の有森です」
「美奈子ちゃんが部長なんて、スゴイじゃない♪」
「そうなのよ、七瀬さ~ん。中野先輩が……2年生からじゃあ、誰がなっても不安だってさ。だったら、美奈子に任せたいって……鬼頭さんと坂本さんまで合意しちゃったの」
美奈子と
「それと……こちらは江塔先輩、写真部で部長を務めていました。こっちの伊志田先輩は一応……フォトコンテストでも賞とか取ってますから、腕は確かです。お2人は写真部代表で、泉鏡花演劇祭を撮影に来ました」
「……俺の紹介、雑じゃね?」
「伊志田……紹介してもらえるだけ、有り難いと思えよ」
有森は全力の愛想笑いにて、
「ウチの部にも撮影係がおりますので、伊志田さんから学ばせて頂きます」
「! それは是非、任せてください。人に教えるのも、勉強ですからね」
(気を遣わせちまったな)
美奈子から静々と頭を下げられ、伊志田先輩は有頂天に手持ちのカメラを見せ付ける。江塔先輩は目礼で詫びた。
ご機嫌取りを終わらせ、先ずは駅近くのホテルへチェックイン。貴重品以外の荷物を置き、金沢観光名所のひとつ兼六園へ向かう。他の部員との待ち合わせ場所だ。
「あれ~布施ク~ン、まだ引退してなかったのかよ。受験、大丈夫か?」
「ご心配なく、俺は担任からもお墨付き貰ってるんでね」
「んじゃあ、他の3年はヤバいんじゃん。来てないんだし、ご愁傷様っ」
「……勉強に励んでんだよ」
3年生・
「岡安先輩、天に唾するが如くって知ってる?」
「……月島さんは?」
2年生・
「前の部長だった中野君は?」
「受験勉強です。明日は来るって、言ってました」
「岡安先輩は部を気遣って……度々、小道具係と衣装係の子に色々とアドバイスしてくれるんです」
「へえ、後輩想いなんですね」
不動高校演劇部顧問の
「へへへ……まあな、俺が抜けちまったら……部費のやりくり出来る奴がいねえからよ。受験の息抜きにもなって、丁度良いや」
岡安は照れるが、該当部員がそっと目を逸らす。皆で黙祷。
「あの……金田君、月島さんは、どちらに?」
「……七瀬さん、ご説明を」
「!? 金田君が聞かれたのに……え~と、鬼頭さん……月島さんは」
威嚇してくる鬼頭に肩を掴まれ、
ここからは二手に分かれて、別行動。
緒方先生と泉鏡花演劇祭会場へ向かい、参加校の練習風景を見学。七瀬と辻口家を訪問し、先祖代々引き継がれた鬼の面を拝見させて頂く。
江塔先輩、有森、
「……神矢君、どうして……こちらを選ばなかったのでしょう」
「神矢は照明係だぞ~、会場の設備を勉強したいんだろうぜ」
「……仙道も大道具係だろ、そっちに興味持てよ」
「おお、海だ海……日本海だあ。すげえ……」
乗客の少ない車内、男子は1か所に集まって座る。
「美奈子ちゃんの傍にいなくて、大丈夫なの?」
「鬼頭さんがいるから、心配ないわ。最近……部の雰囲気が明るいって言うか、張り合いが出てきた気がするの。この調子なら、来年の県大会は行けそうかなってくらい」
七瀬に聞かれ、令衣子は自信満々。
「……県大会? 都大会みたいなもん?」
「石川県の場合は、夏の県大会を勝ち抜いて~冬の中部大会をやって……全国だっけ?」
「そうそう、その関係もあって。美奈子に任せたのもあるのよ。例え、来年の県大会が上手くいっても……あたしや鬼頭さんは卒業だし……」
パシャパシャとシャッター音を欠かさない江塔先輩の疑問に、仙道が答える。令衣子はふと、残念そうに笑った。
(坂本さんの存在、消してない~?)
(し~、ツッコむな。仙道)
仙道と有森の会話が聞こえた気がする。
格式ばった門構え、広大な立派な屋敷を取り囲んだ
暗い廊下の管柱に掛けられた鬼、鬼、鬼の面。
「……素晴らしい……」
「うおっ、こっちにもある……怖。金田……よく平気でいられるんな。オレ、夜に見たら……チビるぜ」
「……いやあ、これは圧巻。どれもこれも、作り手が違う」
「ひとつひとつが、歴代当代の代表作なんです。でも、フフフ……あたしと同世代の人から、そう言われたの初めてだわ。父と審美眼が近いのかも……」
「有森君は小道具係だから、ここにあるお面の凄さがよく分かるの」
「辻口さん、ここってフラッシュOK?」
心なしか、鬼の面が客人を歓迎しているように感じた。
客間がだだっ広い。
中心にある囲炉裏が小さく見えてしまい、畳の隅々まで暖がきちんと行き渡るか、余計な心配をしてしまった。土間の向こうが外ならば、尚更だ。
「よくぞ、お越しくださいました。僕は内弟子の江波と申します。先生はすぐお見えになりますから、お茶でも……ささっ」
「有森です。こちら、東京名物・東京バナナです。お口に合えば……」
痩せ気味の内弟子・
「江波さん、この家に鬼のミイラがあるって話……本当ですか?」
「鬼のミイラ!? ウソウソ、んなもんあるワケねえって」
「仙道……ビビり過ぎ」
「野暮かな……」
七瀬の好奇心に任せた質問に、仙道は辺りをキョロキョロ見回す。有森が優しく肩を叩いて、宥めた。
江塔先輩はシャッターチャンスとカメラを構えたが、己を御した。
「七瀬さん、知ってたの?」
「去年、来た時にそんな話を小耳に挟んで……」
「ありますよ、ただ仕事場に祀ってあるんで……お客人にはお見せ出来ないんです」
「江波さん、どうぞお気遣いなく。廊下にある面だけで、十分です」
江波は申し訳なさそうに頭を下げ、
そんな意味不明なミイラより、待ち人に焦がれる。耳を澄ませ、廊下の板張りに体重がかかる音を聞き逃さない。
障子の開いた瞬間、夏からの再会に心が躍った。
「いらっしゃい、……よく来てくれた」
「辻口先生、お久しぶりです」
(((金田、ピョンって立ち上がった……)))
面打ち師の当主・
「……少し、背が伸びたかの?」
「自分では気付きませんが……きっと、そうです」
「……お父さん見て、こんなに喜ぶ人……金田君だけね」
「彼が件の……趣味が大変、宜しいようで」
「アハハ……もう、金田君ったら……」
辻口先生との折角の挨拶、外野が煩い。だから、彼の愁いを帯びた眼差しに気付かなかった。
「ごめんくださ~い! 金森です~」
訛った呼び声が耳を打つ。門は閉まっている為、潜り戸から入ったのだろう。しかし、声の大きさを考えると音源は、玄関だ。
辻口先生、江波、令衣子の表情が無になり、トラブルの予感。
「七瀬さん、出番ですよ」
「行って来い、ミス研部長」
「俺らが証人になってやるよ」
「オレ、なんか手に持って……後ろにいようか?」
「あたしが行くの決定? もう、しょうがないわね」
男子4人から対応を任され、七瀬は不満そうに立ち上がる。流石、お節介焼き。
「いいよ、七瀬さん。お父さんが行くから」
「いえ、私が……」
令衣子が慌てて、七瀬を引き留める。江波がさっと応対に走った。
「俺達、お暇を……」
「いや、いいんじゃよ。私が若い頃から、出入りしとる古美術商でな」
「あのミイラ……『嘆きの鬼』を売ってくれって、しつこいの」
(……金森、古美術商……)
江塔先輩が優しく気遣えば、今度は辻口先生が引き留める。訪問者にふと、心当たりがあった。
「ミイラに名前かあ、由来とかあんの?」
「演劇の参考に、教えてください」
「あれは……」
仙道と有森から逸話を求められ、令衣子の語りが始まる。
玄関へ近付く度、口論が増す。
「金森さんっ。何度来られても、同じですよ」
「この商売、最後まで粘った方の勝ちなんや」
江波は強い口調で、式台へ腰かける古美術商と言い争う。初老に踏み込んだ顔のシワ、商いが得意そうな物言いは完全に一致した。
「金森さん、ご無沙汰しております。鷲尾さんは、お元気ですか?」
「ん? アンタは……鷲尾の知り合いにしては、随分若い人でんな」
割り込んだ高校生を
「金田君っ、ここはいいから奥へ……」
「金田……あ! 遠野君と同じ不動高校の……」
「……はい、そうです」
3月に会っただけと、完全に油断していた。
「辻口先生から聞きましたが、金森さんは『嘆きの鬼』にご執心とか……どういった由来の品で?」
「よくぞ聞いて下さいました! その昔、金沢の城に『藤の院』という美しい奥方が……」
我が子を殺し、絶望から井戸に身を投げた女の話。遺体の代わりに発見されたのが、ミイラだ。押し付けられ……下賜された辻口家はミイラを家宝として祀り、怨念を供養してきたと言う。
(どこの土地も、鬼は『女』か……)
10分程の長い話を纏め、
「自分達がお会いした背氷村にも『雪夜叉』の伝説がありますね」
「そう、背氷村と言えば……綾辻 真理奈! ニュースはご覧に? あれで氷室 一聖の作品、価値が跳ね上がったとか!」
「……あの手の報道で、変動するのですか?」
「勿論ですともっ、絵画をお持ちでしたら……今がチャンスですよ。ただ、殺人事件が関与してますからね。慎重になるも賢い選択です。まあ、鷲尾に言いにくいなら、私がお力になりますんで。それに……(情報がもたらす市場価値ついて)」
更に20分、市場価値の講座。
「大変勉強になりました。金森さん、お時間の方が……」
「おう? もうこんな時間か……しゃ~ない、金田君に免じて……今日は引き下がりましょう」
江波が安堵の息を吐く。
「金田君、今夜はどちらにお泊まりで? 町の方でしたら、私の車でお送りしますんで」
「友人と来ていますから、バスで帰ります」
「残念ですわ、金田君とはもっとお話ししたいですに~」
「お車まで、お見送りしてきます。江波さん……すぐ、戻りますよ」
金森は玄関の戸を開けながら、車へ誘ってくる。そこまでの義理はなく、自分も1人ではない。
本当に帰ってくれるか確認も含め、
「あの山、ちょっと富士山に似てまっしゃろ? 大門山、言うて……富山県の県境にありましてな」
「県境……それを自然の形で見ると、ロマンチックですね」
僅かな道程も、よく喋る。潜り戸までの距離が長く感じ、後2歩の時点で安心し切った。
「ほな、私はこの辺でお友達にもよろ……そうや! 遠野君っ」
「……っ」
潜り戸へ手を触れた途端、金森は遠野先輩の名を叫んだ。
その名に心臓を掴まれた気分だったが、
「先日、お見かけしたんですよ。病院で! 遠野君、こっちへ引っ越しされたんですか?」
「……は?」
――ドクンッ
耳を疑い、懐疑的な返事が喉を突き抜ける。目眩が眼球の神経へ纏わり付き、体が揺れた。
「遠野……先輩が、こちらの病院に? いいえ……先輩は、今……ご用事で長野に……」
「ああ、やっぱり……別人でしたか。看護師さんから聞いた話ですけど、2カ月くらい前から入院されてて……ちょうど、高校も夏休みが明けた頃ですしね。ハハッ、危うく早とちりするところでしたわ」
――ドクンッドクンッ
長野の悲恋湖に沈んだ人間が、警察の目を掻い潜って金沢へ逃げ延びる。ミステリー小説ならば、在り得そうな展開だ。
この目で、確かめなければならない。警察に見付かる前に――
焦燥感による筋肉の痙攣を無理やり振り払い、足を踏み締めた。
「……金森さんが見間違えるくらい、……似てらっしゃるのでしょう。その病院に行けば、会えますか?」
「まだ、いてはると思いますよ。住所、教えときますさかい。私の名前使っていいんで! 是非、
あくまでも好奇心を装い、金森から住所の書かれたメモを受け取る。彼の善意に、深く感謝した。
――遠野先輩が生きてる
不確定情報と知りつつも、喜ぶ自分に腹が立つ。怒りを静めようと、指はピアノの動きを繰り返す。挙動不審な動きは危険と判断し、すぐに自らを諫めた。
その後の記憶は、ほとんどない。辻口家の方々と明日の泉鏡花演劇祭を約束し、巡回バスへ急いだのは覚えている。
「先生、金田君……大丈夫ですかね? まるで……『嘆きの鬼』に憑りつかれたみたいだ」
「ええ……そうなの? お父さん……」
「いいや、あれは……『雪夜叉』じゃよ。……冬が近付いておるから、か?」
自分達がいなくなった後、そんな会話がなされたとは知らない。
ホテルで夕食を済ませ、本日の反省会。緒方先生から夜の外出は控え目にと釘を刺され、解散だ。
別人でも会いたい、逸る気持ちのままに病院へ辿り着いた。
(遠野先輩……)
心臓の脈拍さえ、痛みのように鋭く感じる。自分の呼吸音しか聞こえず、後ろから忍び寄る影に気付かない。駐車場へ入った途端、掴まれた腕を反射的に振り払った。
まさかの神矢と伊志田先輩、初めて見る組み合わせだ。
「うお、危な……金田。俺だよ」
「!? ……神矢君、伊志田先輩も……」
「金田、具合悪いって感じじゃねえな。誰か知り合いでもいんのか?」
人の良い神矢なら分かるとして、伊志田先輩は何故だろう。詮索よりも、2人の存在に困った。
「……すぐ、戻ります。お願いです……ここで、お待ちください」
「金田……ちょっとヤバいぞ、前に言ったよな。止めるって……」
「そうなん?」
神矢は眉を寄せ、行く手遮ろうとする。かつての約束を果たさなければならない程、今の自分はヤバいのだ。
瞼を閉じ、深呼吸。誰かの喋り声、虫の鳴き声、耳に入っていけば、脈が落ち着いていく。
開けた視界に、神矢がいる。
「……神矢君、絶対に戻って来ます。待っていてください」
「……15分な」
礼も言わず、院内へ飛び込んだ。
受付係に金森の名を出し、へりくだって件の患者について問う。突然の来客である高校生に、如何にもベテラン看護師の方が対応してくれた。
自分と別れた後、金森が病院へ連絡してくれていた。ベテラン看護師曰く、少しでも手掛かりが欲しいとの事だ。
日の暮れた薄暗い外、廊下は点灯で明るい。夢と現実が窓により隔たれ、逢魔が時に相応しい。
表札に名が無い病室。
ベテラン看護師が声を掛け、
戸の開く音を待てず、中を覗き込んだ。
電気も付いておらず、無人のベッド。布団の上には、蝶の図鑑が置かれていた。
ベッドの下やカーテンの後ろも探ったが、当然ながら誰もいない。
「……物気の空?」
意気込んだ分だけ、拍子抜け。ベテラン看護師が言うには、トイレか散歩だそうだ。
ふと何気なく、窓の外を見やる。
神矢と伊志田先輩がいる駐車場。その2人が慄いた表情になり、アスファルトの地面へ座り込んでいた。
その視線の先、点滴のチューブに繋がれたパジャマ姿の青年。
視界の隅に入れた瞬間、足は駆け出した。
(遠野先輩、遠野先輩……!)
非常口を発見し、急いで外へ出た。
足がもつれそうになっても、しっかりと地面を踏み締める。痩せた背中が手に届く位置まで、追い付いた時は泣きそうになった。
「遠野、先輩……」
呼んだ。掠れ声だが、呼んだ。
でも、目の前の彼は振り返らない。幻覚を疑い、一歩近寄る。足音に気付いたらしく、彼はそっと振り返った。
ストレートな髪質、凛々しい眉、目鼻立ちが良いハンサム。
「先輩?」
色々な感情が感極まり、声が震える。それを喜びと自覚したのは一瞬、すぐに違和感を覚える。彼の澄んだ瞳、見知らぬ人を見る眼差しだと気付いた。
落胆する自分に愕然とし、視線は彷徨う。
「
「…え?」
「急に座り込んで、具合が悪そうなんだ。誰か、呼んで来ようか?」
「……っ」
彼は点滴チューブに指を絡め、2人を指差す。その喋り方、声質が違う。それどころか「先輩」という呼びかけが、己へ向けた言葉とすら思わない。どんなに似ていても、別人。
虚しさと絶望が、吹雪となって脳髄を掻き回す。酷い、辛い、悲しいと嘆きかった。
「――すいません、トイレ探してたら……時間食っちまって。すぐ連れて帰りますんで、お構いなく~♪ ――」
「そう、暗いから気を付けてね」
お調子者の如く振る舞いながら、へっへっへと頭を下げる。わざと彼の近くを通り過ぎ、爪と耳の形を注意深く観察した。
記憶にある遠野先輩と同じだが、他人事な態度にもう自信は無かった。
帰りの巡回バスへ乗り、どうにか3人の座席を確保した。
「アレ……本当に、遠野先輩じゃあ、ない?」
「でも、なんか雰囲気……違うし……。それに……あんなに可愛がってた金田が分からないなんて、ありえねえだろ。……金田はどう、思う?」
神矢と伊志田先輩は青褪め、説明を求めてくる。怯え切った2人の視線を受け、
「……あの人は、別人です。さて、この話はもうお終い。緒方先生もそうですが、桜樹先輩にも内緒ですよ♪ 騒ぎを大きくしたら、学校にも迷惑かかりますし……ねっ」
「……あ、ああ」
痛みが癒えない状況で、傷が掘り返される。
それは駄目。だからこそ、朗らかに結論を伝える。伊志田先輩は鬼と戯れ言を交わすように、気味悪く感じたのだろう。ちょっと引いていた。
それでいい、今日は鬼に惑わされただけだ。
「金田……」
神矢の憐れみに満ちた声は、バスのアナウンスに掻き消された。
星野「星野かなえです、閲覧ありがとう。演劇部と映研って一緒くたにされがちだけど、演技のテンポとかに違いがあって、優れた舞台役者でも、撮影現場に慣れるまで時間がかかったりするのよ。さて、次回は『銀幕に立つ役者達・後編』!! ……監督や演出家は必要よ、役者を現実に戻す為にね」
吉野高校演劇部、辻口一家とその弟子、古物商
嘆きの鬼伝説殺人事件ゲストキャラ。作中にて、辻口先生は生前の氷室画伯と面識あり。美奈子が部長を託され、部員も増加した。金森はF.16にて、遠野と出会っている