金田少年の生徒会日誌 作:珍明
眠れなかった。
ホテルの寝具、室内の騒音対策に問題なく、寝付けなかった。
しかし、声質や口調、しぼんだ筋肉、もう別人だと心が訴える。
次第に彼の置かれた立場を考え、千思万考を重ねる。
(あれだけ意思疎通が出来て……身元不明、あ……記憶喪失か!)
有力な説だ。ベテラン看護師にも守秘義務があり、最低限の情報しか話さなかった。
(……だとしても、余計に……キツイな……)
ぬか喜びは勿論、その後の扱いに困る。かほる先生の推理小説でも、記憶喪失の容疑者が釈放になる展開があった。
遠野夫婦は彼を受け入れるだろうか、母・にいみはその報せを知り、何を思うだろうか? 嫌な想像が瞼の裏に浮かび、通報は躊躇われた。
どの道、
(……あの看護師さん、手掛かりが欲しいって……警察に連絡していない?)
彼本人が拒んだにしては、妙な違和感。
起床時間になり、朝のストレッチ。ダルさと戦いながら、ノソノソと朝食目当てに食堂へ向かう。バッチリメイクの緒方先生以外、部員は眠そうな目付きだ。
「金田、昨日の……話なんだが」
「神矢君……もうその話はしないと、言いましたよ」
神矢の言葉を遮り、周囲をコッソリと見渡す。同じ人を目撃した
「本当に……
「はい、昨日の事は……この胸へ仕舞います」
神矢が遠野先輩の事情をどこまで把握しているか、知らない。彼はあくまでも、クラスメイトの身を案じている。その気持ちに対して、感謝を込めた。
「……ちゃんと15分で戻って来たからな、信じてるぜ……金田」
不完全燃焼のように困った笑みを見せ、神矢はやれやれと頭を掻いた。
今は、考えない。
そう自制すれば、胸の痛みは治まった気がする。
泉鏡花演劇祭会場。
日本庭園の真ん中に建てられた3階建て、瓦屋根も立派だ。
多くの人々が来場し、ほとんど満席。
吉野高校の出番まで時間を潰そうと、出店や野外パフォーマンスを見て回る。
「金田君、あそこ2人……どう思う? 刑事っぽくない?」
「七瀬さん、人様に対して……何を言っているのですか?」
急に
髪の長いサングラスの女性、肩まで髪の長い男性の2人組。どちらもスラリとした美男美女、ファッション誌のモデルが着そうなコーディネート。寧ろ、何かの撮影に思えた。
刑事の要素が分からぬ。
「手に持ってる週刊誌、宇治木さんトコの雑誌よ。あれには『4億円事件』特集記事が載ってるの」
「本当ですねって……そりゃあ、時効を覆した世紀の大捕り物ですよ。こんなお祭り騒ぎの中でも、話題になるのは当然です」
七瀬の可憐な指が雑誌を指差し、
「話しかけてみますか? 本当に刑事の方なら、剣持さん……いえ、明智さんと知り合いかもしれません」
「ううん、非番だったら悪いし……」
言われる前に提案すれば、七瀬は躊躇いがちに視線を下げる。ホッと安堵の息を吐き、彼女に背を向けた。
「でも……話しかけるくらいは、いっか……すみませ~ん♪」
「七瀬さん、ジョークですって!」
油断大敵、七瀬のコミュニケーション能力を侮っていた。
「七瀬さん! 刑事の方なら、失礼ですよ」
「何だあ……また写真を撮ってくれか? ……あっ、お前……群馬の……!」
「石川県警の……猪川さん、その節はどうも……」
「どうもじゃないぞ、お前。よくも、後始末を押し付けてくれたな。相棒のゲジ眉はどうした?」
石川県警の
彼の言う通り、逮捕劇の後は任せた為に冷や汗がビッショビショ。
「……金田君の知り合い。すみません、お休みのところ。はじめちゃんは、来ていないんです……? 群馬で……石川県警?」
「七瀬さん、そこは気にせず……」
礼儀正しい七瀬がふと疑問に思い、
「クスクス、面白い偶然だわ。私は如月、猪川さんの同僚よ。もしかして……アナタが、噂の名探偵のお孫さん?」
「違います。自分、
「あ、あたし……七瀬 美雪です(茅警部といい、刑事さんにも美人が多いなあ)」
そして、
「……自分が猪川さんと群馬でお会いした時、名乗っていませんよね? やっぱり、バイクのナンバープレートから……」
「ほお、鋭い。お前の相棒、多少やれるんでな……余所でも事件に関わっているだろうと思って、警視庁捜査一課に問い合わせてみたんだよ。剣持警部、色々と話してくれたぜ」
猪川警部、出来る男だ。
あの僅かな時間にいがみ合った姿を思い返し、素直に頼る姿が想像できない。
「七瀬さん、皆と合流してもらえますか? 猪川さんに聞きたい事があります」
「あたしも聞いちゃダメ?」
「男同士の話です」
「……ふうん、珍しい。吉野高校の時間、忘れないでよ。猪川さん、如月さん。失礼します」
「……ツマラナイ話なら、お断りだぜ。非番なんでな」
「高遠 遙一の話です」
「!? ……タレこみかしら?」
流石、逃亡犯。刑事を相手にする時、利便性が良すぎる。いつか、どこかで償う日が来るだろう。そんな不確かな未来よりも、今からの発言の方が臓物を痙攣させた。
「いいえ、質問です。もしも……高遠さんが記憶喪失だった場合……どうすればいいでしょうか? 頭殴って、思い出させるとか……」
「……どういう質問だ、ソレ?」
「猪川さん、市民としては当然の疑問よ。先ずは通報と……言いたいけど、金田君の質問はそこじゃないわね」
案の定、怪訝される。猪川警部を諫め、如月刑事はサングラスの隙間からこちらをじっと見つめた。
見透かされている気がして、ゾクッとする。
「記憶喪失の方は、釈放されると推理小説で読みました。高遠さんの場合も、同じですか?」
「成程、現実とフィクションの違いが気になるか……。正直に言えば、起訴も難しくなる。悔しいが……」
「高遠のような身寄りのない人だと、特にね。本人と断定できないのよ」
彼らは丁寧に答えてくれるが、意外に思う。
「……DNA鑑定する血縁が、いないっ」
「半分、正解。高遠の血縁について、詳細を知る者がいない。ここが問題だ。奴に生き別れた一卵性双生児の双子がいて、別人の可能性も視野に入れないといけなくなるんだよ」
猪川警部は涼しい表情で煙草を吹かすが、大問題に気付かされる。
遠野先輩は養子、実妹がいると聞いたが、恐らくこの世にいない。
「……指紋、取っていますよね? 高遠さんが逮捕された時……」
「その指紋こそ、別人の物とすり替えて警察のデータベースに保管された。マジシャンなら、あり得ないコトねえよな? 逃げられた道警だしよ」
「……猪川さん、飛躍し過ぎね。でも、指紋があるからって油断はしないわ。それはあくまでも、物に触れた証拠、そこにいた事実を示すだけよ」
懐疑的な視点は、刑事に相応しい。質問の意図を忘れて、感心した。
「……記憶喪失で人違いだったらと思うと、通報しづらいですね」
「話、聞いてたか? 身元の確認はこっちでする。逃亡犯に激似な一般人でも、通報してくれ」
ポツリと零れた本音に、猪川警部はやれやれと煙草を吹かす。一般市民には結構、勇気がいる行動だ。
「……通報して、相手に恨まれたくないのかしら?」
「そう思ってくれて、構いません」
如月刑事の見当はずれな質問に取り繕った答えを返す。
「……ふう、この坊主は……名探偵のお孫さんが傍に居るから……感覚、狂ってんのか? いいか、その恨みとやらは、俺達が引き受けるんだよ。警察ってのは、嫌われてなんぼだぜ」
「合っていたら、間違っていたら……それを拭う払拭するのも、こちらの仕事よ」
「……猪川さん、如月さん」
逃亡犯に関する相談だったからか、とても親身に聞こえた。
かつての
会場のアナウンスが次の公演を伝え、吉野高校の出番を知る。ここにいる目的を思い出し、
「どう見る? 如月」
「剣持警部に、連絡ね」
足早に去った高校生に対し、余計な会話がなされていたなど、知らない。
「どこにいたんだよ、金田」
「すみません、バタバタしておりまして」
退席と着席が入り乱れ、
――演目、『嘆きの鬼伝説』
『藤の院』は錯乱の果てに我が子を殺し、その自責の念に耐え兼ねて井戸へ身を投げた。古くからの伝承に、アレンジを加えた活劇。
演じ手の
(この鬼は……嘆いているだけで、誰も傷付けたくなかった……)
幕が下りた後は感傷に浸り、
「ほらほら、次の人が来るぞ。席を立てっ」
「「「う~す」」」
有森の号令に退席し、向かう先はひとつ。疲労困憊の吉野高校演劇部へご挨拶しに行った。
「辻口先生、こんにちは。こちらへいらしたのですね」
「いや、今来たところじゃよ」
「お~布施君、久しぶりだな。……受験、大丈夫?」
「お前も聞くんかい……ゴホンッ、中野君は自分の心配したまえよ」
「皆さん、どうでしたか? 鬼頭さんの演技!」
「……ウチの部、役者は1人だった?」
元部長同士の会話を尻目に、
「有森さん、その様子ですと……満足されたようですね」
「美奈子さん、素晴らしい……嘆きでしたよ」
こちらの新部長同士は穏やかに語り合い、
「鬼頭さん、お疲れ様です。最高の鬼です」
「……ええ、私自身……ここまで演れると思わなかったわ。……アナタのせいかしらね、金田君」
「……自分?」
「観客席にいるアナタ……鬼と見間違えたわ。それも血塗れの……次の役柄?」
目尻に手をやり、鬼頭は怯えたようにこちらの様子を窺う。彼女は相当、疲れているらしい。
「自分……1月に発表会がありますから、もう気負っているのかもしれませんね」
「あれ、発表会って……東京はまだ来年に向けた大会で忙しいだろ?」
差し障りなく答えたつもりが、
(バッカ、金田!)
(すみません……)
「それでは、顧問の先生。今日はありがとうございました。またの機会に……」
「金田君、次に来る時はウチへ泊まりなさい」
「!? 宜しいのですか? 年頃の娘さんが2人もいらっしゃるのに……」
(金田君、秋絵ちゃんの実家に泊った記憶、無くしちゃったの?)
辻口先生から衝撃の誘いを受け、
「いいんじゃよ、今度は……ノミを握らせてやろう。面を作ってごらん」
「……はい、辻口先生」
面打ち師にとって、命とも言えるノミ。それに触れさせて貰える光栄さが、胸を高鳴らせた。
だが、辻口先生の憂いを帯びた瞳の意味は、悟れなかった。
帰りの新幹線も全員、乗車。演劇を観ただけでも、十分に疲れて眠る者もいた。
「江塔先輩、建物の写真を分けてもらえますか? 現像代、払うんで」
「OK、演劇部に請求しとくわ」
(遠野先輩……)
置き去りにした
東京駅到着、予定通りの行程。本日はこの場にて、解散。
「この場で解散する人は、気を付けて帰りなさい」
「「「ありがとうございました」」」
緒方先生は皆を見渡し、安心の微笑を浮かべる。威勢の良い声には、解放感と名残惜しさがあった。
「有森君、バイト行きます?」
「いや~今夜は勘弁、と言うか……今言うのもなんだけどよ。あの店、辞めるわ。元々、掛け持ちだったし……」
有森とバイトへ繰り出そうと思えば、突然の退職宣言。
「……店長に、迫られたのですか?」
「金田……大人を信用しようぜ。単純に、時間が足りねえの。緒方先生と担任の先生が……両親を説得してくれてさ。掛け持ちしなくても、良い様になったんだわ」
有森の口から出た両親という単語だけで、物凄い家庭の距離を感じた。
これ以上の詮索は、良くない。
「偶には、ご飯……食べに来てくださいね」
「……ああ、それは約束する」
有森の笑顔は、本心だ。彼の眼鏡のレンズに映った自分が、酷く疲れた顔に見えたのは相対効果だろう。
「金田君! 一緒に帰ろう……ちょっと金田君ったら!」
やたらとしつこい七瀬を撒いた為、無駄に疲れた。
彼女には時間稼ぎする事情があったらしいが、知る事はない。
自宅へ帰り着き、夕方なのに珍しく出迎えない。鍵も掛かり、履き物もない留守だ。
届いた小包が玄関の上がり
動揺しない自分に驚きだ。否、もう沈み過ぎて浮かんでこない。
紙箱の中には、遠野先輩の父親から便箋と新聞紙の包みがひとつずつ。
遠野先輩を我が子として向かえ、如何に幸せだったか、事件が起きるまで本心に気付けなかった後悔が、延々と書き綴られていた。
歪んだ筆跡は立ち直りの兆候を示し、
遠野先輩が被疑者死亡による書類送検となり、一家も東京を離れる。その部分が、本題だっただろう。最後に、彼が大切にしていたバカラを返すとあった。
新聞紙を開けば、バカラがあった。
背氷村で遠野先輩と選んだグラス、大人になったら一緒に飲み交わそう。
そんな将来の約束を、彼は父親に話したのだ。
――たった3年後の未来も、共に過ごせなかった。
涙がジワリと滲み、グラスを包み直し――決意が生まれた。
金沢にいる
幸い、背氷村の別荘がある。身を隠すには、打ってつけだ。
電話台の棚へ入れた電話帳を開き、病院の住所から電話番号を発見。
迷わず、受話器を握る。無音に首を傾げれば、電源コードが抜かれていたと忘れていた。
「お忙しいところ恐れ入りますが……」
ベテラン看護師に取り次いでもらい、件の患者を引き取る旨と伝える。彼女は息を呑み、予想外の返事をくれた。
「え……もう引き取り手が、決まっているのですか?」
身元引受人は、金沢でも有名な資産家。
知る人ぞ知る蝶マニアが、縁も所縁もない青年を引き取る。慈善行為に病院側も深く感銘を受け、その方向で話も進んでいると言う。
(蝶の図鑑……ソイツのっ)
警察へ通報しなかった理由は、蝶マニアが金に飽かせた圧力だ。
善意どころか邪悪な気配、虫唾が走る。
「彼は、知り合いかもしれないのです。違っていても、こちらが絶対に面倒を見ます!」
必死の説得も虚しく、ベテラン看護師は詫びるように受話器を切ってしまう。配慮のある切り方だったが、悔しいさが募った。
(……出遅れた!)
怒りに身を任せ、受話器を叩き付ける。瞬間、電話が鳴り響いた。
着信も文字にビビりながら、取らなければならない。強い確信に受話器を持ち、恐る恐る耳に当てた。
「はい、金田……です」
〈
〈石川県警の猪川警部から、聞いたぞ。高遠の件で、相談したんだってな?〉
「……はい、その……すみません(猪川警部~!!)」
流石、逃亡犯。こんな時だけ、報連相が成り立つ。イラッとするし、今後は控えよう。
〈責めてるんじゃない。スカーレット・ローゼスの事なら……
「……ローゼスさん?」
〈スカーレット・ローゼスが高遠だったって話だ。
(……!? あの人が、高遠さん……?)
突然、話が変わった思いきや衝撃の事実。
仮面の奥にあった眼差しを思い返し、冷や汗が止めどなく流れる。何たる偶然だろうか、自分の相談は上手い具合に、噛み合ってしまった。
「……実は、そうなのです。自分、最後に高遠さんの声を聞いてから随分……経ちますのでっ」
〈やっぱりな……だからと言って、記憶喪失はちょっと面白かったぞ〉
剣持警部の勘違いに、全力で乗っかった。
〈次に奴を見付けたら、俺んトコに持って来い。猪川警部から聞いただろうが、人違いの心配はせんでいい〉
「……はい、高遠さんを見付けたら……そうします」
ここで遠野先輩に似た
「ただいま~、
「剣持さん、これから夕食に取り掛かります」
〈おっ、2人ともお帰りになったか。それじゃあ、
玄関の扉が開き、金田祖父は怪訝そうにこちらを見やる。剣持警部の名を大きめの声で呼べば、納得してくれた。
向こう側が通話を切る寸前、不可思議な言葉を言い残す。
今、玄関で喋ったのは金田祖父のみ。何故か、金田祖父母が両方とも、不在だったと
「剣持さんと、会っていたのですか?」
「せやせや、ホンマに時間食ってもうたわ。お惣菜
「あなた、お味噌汁だけ用意してくださいな」
気怠そうな物言いは、また事情聴取だったと感じ取った。
金田祖父は買い物袋を見せ付け、飄々と歩く。金田祖母も疲れた様子で、そう頼む。2人が開封された小包へ目を向けなかったのは、有難い。
自分も金田祖父が電話コードをそのままにした点に、疑問を抱かなかった。
荷解きの為と言い訳し、自室へ踏み入れる。独りになった瞬間、涙が止めどなく溢れた。
――昨日、あの手を掴んでいれば!!
この身を案じてくれる人々を裏切り、
判断の遅さに咽び泣く。
ひと頻り泣いた後、勉強机へ置かれた携帯電話を手に取る。
〈もしも~し、宇治木です。……小声でごめん、金田君……どうしたの?〉
「宇治木さん、お願いです。斑目 紫紋について、調べてください」
枯れた声故、普段以上に平静を装う。
細心の注意が、必要だ。
決して悟られぬ様、普段と変わらぬ生活を送ろう。金田祖父もそうであるように、自分も役者。『普通』を演じるという点において、名探偵の孫という身近なお手本がいるのだ。
――大丈夫、キミなら……きっと上手くいくよ。
脳髄で囁く遠野先輩の声は、まるで生きている様に生々しかった。
黒河「金田君……牡羊座ね、何事にも挑戦的だわ。周りが見えなくなるとこも、あるようね。これから木星に止まり……調和を成すわ。あたしに分かるのは、ここまで……。さて、次回は『銀幕に立つ役者達-佐木 竜二』。大人達の……話が、メインね」
猪川 将佐警部
黒死蝶殺人事件ゲストキャラの石川県警。32歳にして警部とは、相当に優秀かエリート組
如月 美和
嘆きの鬼伝説殺人事件ゲストキャラ。階級不明の刑事、サングラスが特徴的
中野 宏和
嘆きの鬼伝説殺人事件ゲストキャラ。作中にて、部を引退。受験勉強に励む