金田少年の生徒会日誌 作:珍明
否、休みは仕事なし状態。絶対にダメだと、アシスタントレベルの出番にも食らい付く。
だからこそ、休憩の有難さが身に沁みる。
『大草原の小さな家』は時間の合間を縫って、行く。特に夕方や日曜を狙い、バイトちゃんに会うのだ。
今日は、本人からの呼び出しでもある。
「――苺のタルトです――」
「ありがとう……コーヒー、お代わりっ」
クリスマスカラーな赤と緑のエプロン、鈴のワッペンが可愛い。中年男性が若い娘に入れ込む。その気持ちが、何となく分かってしまった。
「早い早い、さとみちゃんはまだ10代じゃん。もうちょっと、頻繁に家へ帰っていいんだぜ。クリスマスも、休みなよ。久しぶりに、お母さんと過ごせるんでしょ?」
「片倉さんみたいに、お正月にマジックショーのお仕事があるなら……そうしてます。って言うか、聞いてください! お母さん、北海道へ行っちゃったんです。来月には帰って来るんですけど~……、本当に勝手なんだからっ」
流森奇術会の先輩・
それが無くても、家族との時間が合わない。
母・にいみは頭を冷やしに北海道へ旅立ち、父・
〝会社の忘年会なんて、去年までなかったのに……。東京支店も業績好調らしくてな……景気祝いとかなんとか。タダ酒でも、行きたくない……〟
独り酒が好きな父は、意外と飲み会を嫌がる。駄々を捏ねた言い分、笑いそうになってしまう。その時、受話器越しの会話で良かった。
「さとみちゃん、笑ってる? お母さんが北海道へ行ったのが、そんなに面白い?」
「違……、えっと……父について、思い出し笑い……」
「――コーヒー、お代わりです――」
とんでもない誤解に、さとみは笑いを堪える。バイトちゃんがそっとコーヒーを置いて行った。
「ご両親は仕方ないとしても……弟君は? バイトかもしれないけど、夜には会えるだろうしさ。何なら、俺達3人だけで……」
「予定あるのよ。きっと、学校のお友達ね。片倉さんも学園祭で、会ってるでしょ?」
片倉が必死に励まそうとする中、カランカランッと来客の鐘が鳴った。
くたびれたスーツに、ちょっとだけ黒ずんだ革靴。どこにでもいるサラリーマン風の男が、慣れた様子でカウンター席へ座った。
バイトちゃんは、すぐにお冷と注文取り。
「小渕沢さんだ」
「片倉さん、知り合いですか? 同業者?」
「バイトちゃんのプロフェッショナル。出勤日には絶対……来店するんだよ、あの人。俺も頑張って週2通いなのに、半分以上も会えなくてさ」
(……どんだけ、いっくんに会いたいのよ。この人……)
流森奇術会の住み込み先から、この店は割と距離ある。毎回の外食費が嵩んでも、片倉はバイトちゃんのご機嫌取りに努める。理由は、親切と言う事にしておこう。
「――ええ~っ、小渕沢さん。海外に出張なんですか~。淋しくなります――」
「そう言ってもらえると、嬉しいです。バイトちゃん、私がいなくても……悪い狼に気を付けてください。店長も、素敵な女性には物騒な世の中ですからね」
「あら♪ 私の心配まで……ウフフ」
バイトちゃんが突然の別れにガッカリし、
「……マネージャーみたいな人、ですね」
「ん? ああ、小渕沢さんか……。聞いた話じゃあ……芸能事務所の社長の秘書だったらしいぜ」
「秘書!? すっごい仕事できる人なんだ……って、聞いた話?」
「だって、小渕沢さん。話しかけても「はあ」とか「その話、長くなります?」とかって話、続かねえんだもん♪」
ウィンクする片倉は、小渕沢に拒否られていた。彼の爽やかな笑顔はそれを察し、敢えて周囲からの情報収集に励んだのだろう。鋼のメンタルを見習いたいが、方向性は真似しない。
「片倉さん……まさか、自宅まで突き止めてませんよね?」
「いくらなんでも、そこまでやらないよ。……その疑いの眼差し、やめて。バイトちゃんの家も知らないから、本当っ」
さとみのジト目を物ともせず、片倉は余裕を持った態度で軽く受け流していた。
「戻りました、店長」
「時原さん、来たし。バイトちゃん、上がっちゃって」
「――は~い、お先に失礼しま~す――」
他の従業員が休憩から戻り、バイトちゃんは上がり。奥へ引っ込んだかと思えば、カランカランッと入口から、見慣れた弟の姿で再登場した。
着替え、早。
「い、いらっしゃいませ」
「時原さん、コーヒー。ひとつ」
「お疲れ、いっくん」
白々しく挨拶する従業員へ注文し、弟は当たり前のように自分達のテーブルへ座った。
「さとみさん、こちら……修学旅行のお土産です。片倉さんの分も」
「……えっ、わざわざ……あたしに? 可愛い鹿のキーホルダー♪」
「俺の分も? 残間君、気を遣わなくて良いのに……大仏柄のハンカチ」
まさかのお土産にビックリ。さとみは修学旅行へ行かなかった為、何も用意しなかった。
嬉しくて、人前でも気にせずに弟の髪をクシャクシャする。片倉まで便乗したが、彼はじっと耐えていた。
「流森会長の分はありませんから、内緒でお願いします」
「ハハハ、あの人は気にしないよ。いやあ、嬉しいな……ありがとう、残間君」
「ありがとう、これの為に呼んでくれたの?」
「コーヒーです」
お礼が重なった時、コーヒーが運ばれる。弟は砂糖とミルクをタップリ入れ、一息だ。
「お土産も渡したかったのですが、お願いがありまして……」
「いっくんから……、何々? お姉ちゃんに言ってごらん」
「そのお願いって、俺も聞いていいヤツ?」
一瞬、弟は視線を下げる。緊張に伸ばした口元は、頼み事の深刻さを教えた。
だからこそ、さとみは明るく振る舞い、わざとらしく聞き耳を立てる。弟は片倉にも頷き、緊張気味に深く息を吸った。
「高遠さん、どういう人だったか……教えて下さい」
「「……っ」」
母でさえ、詮索して来ない質問。さとみが事件の話をしても、「
血管をなぞられたような不快感は、
片倉にとっても、彼は高校の後輩かもしれない相手。取り繕う笑みには、何から話したものか悩んでいる様に見えた。
「残間君、急にどうした? そんな話、今までして来なかっただろ……」
「先日、明智さんと……高遠さんの話になりまして……」
「……そう」
まさかの事態に、さとみは問い質したい衝動を堪える。エリート警視には散々、お世話になっている身だが、余計な話をするなと文句のひとつでも言いたくなった。
「それで、お2人の話を聞かせてもらえたら……と」
「いっくんは、どう思ってるの? 高遠さんの事……」
「……必死に仕事をなさっている人、だったと思います」
「うん……あたしも、そう思うよ。高遠さん、どんなに怯えても……真剣だった。あたしもよ~し頑張るぞって、励まされた事もあったなあ……」
訊ねておきながら、弟の顔色が青褪めていく。さとみに辛い話をさせてしまい、後悔している様子だ。
生憎とこちらとら、いつまでも引き摺っていない。
自分から語らないだけで、質問されれば、答えられるまでに心は平静だ。
「さとみちゃん、手がガクガク震えてるけど……暖房、強めてもらう?」
「平気デス。コーヒー、掻き回していれば……勝手に温まりますっ」
「さとみさん、それ……自分の分です」
片倉に心配されたが、ノープロブレム。弟のコーヒーだったのは、うっかりとカップを間違えただけだ。
「……初めに言っておくと、あの高遠が……俺の後輩かは……分からない。ソイツと同学年の後輩から聞いた話じゃあ、俺が卒業した後……一身上の都合で学校から居なくなったらしい」
「OBの片倉さんなら、先生方が……」
「ここ数年の間に……あの頃の赴任していた先生は校長も含めて全員、転任しちまってな。母校なのに、浦島太郎状態だぜ」
「顔見知りの先生がいないのは、痛手ですね。警察でもないと……生徒の情報は、教えてもらえないのですか……」
片倉は申し訳なさそうに答え、弟は不服そうに納得する。その間違った認識、姉として訂正しよう。
「いっくん、ちょっと違うわ。生徒の成績に関する記録は、保管期間があってね。学校から居なくなった日、5年後には処分されちゃうのよ。今の先生達は、学籍した記録しか知らないんだと思うわ。因みに学籍は20年くらいよ」
「……成績と、学籍の記録は扱いが、違うのですか?」
「うん、お父さんが調べてたの。あたしが、後から大学進学する場合に備えてね。高校の卒業証明書とか……」
「妙ですね……お祖母ちゃんから聞いた覚えがありません。5年経つ度に処分なんて、先生方には頻繁でしょう」
決して、秀英高校は片倉に意地悪をしてない。そう言う意味の説明だったが、弟には違う部分が気にかかった様子だ。
金田祖母は一時期、さとみ達にも教員を目指してもらおうと、大まかな仕事内容を教えられたのだ。
「成績表の保管期間が変わったのって、最近なのよ。それこそ……5年くらい前に……」
「……成程(つまり、高遠さんは……成績のような記録が破棄された頃合いを見計らって、事件を起こした?)」
さとみが語尾を言い淀んでしまった為、弟の口が急に強張った。
また何か、思い悩んでいる。
「俺の知ってる高遠……いっつも、つまんなそうだった。礼儀正しいのは上辺だけ、誰にも気を許してない。でも、マジックをやってる時は……真剣だったぜ」
すっと片倉は哀愁漂いながら、昔を懐かしむ。彼が抱いた逃亡犯への印象は、さとみと似通っていた。
「……高遠さん、高校の頃から性格は変わっていない……と言う事でしょうか?」
「同じ奴ならな、……あのさ……明智先輩、高遠を何て言ってたんだ? 興味ある」
「……それなりに、ボロクソな言われようだった……とだけ」
「それはまた……辛辣だな、流石は明智先輩」
弟の表情が少し柔らかくなり、片倉も普段通りにクスクス笑う。一瞬にして、不穏な空気を崩した。
人の心理を巧み操り、己自身に注目させる。
さとみにはまだまだ、遠い話だ。
「いっくん、お父さんにも聞いた方が良いんじゃない? あたしの送迎で、高遠さんと何度も顔を合わせてるし……」
「いいえ、あの人なら……マネージャー以外の感想はないと思います」
父との不仲は姉として承知しており、念の為の提案だ。
案の定、バッサリと断った。
「残間君も、お父さんには辛辣だね……」
「……父の考えって大体、分かってしまうので……聞くだけ時間の無駄なのです(宮城県警が張ってるから、面倒なんだよなあ)」
(同族嫌悪……)
片倉の苦笑いに、弟はやれやれと肩を竦める。こっちがやれやれだ。
「だったら、後は……桜庭か。今、何してんだ? 噂も聞かねえな」
「あたしも……」
7月から音信不通となった元同僚。
彼を思い返す瞬間はあっても、さとみから探す事はない。薄情かもしれないが、自分は前を向いて行くのみ。
「……自分、その方とは話したくありません。高遠さんの話は、ここまでにしておきます。……ありがとう……」
「! どういたしまして♪ それじゃあ、次は……あたしから相談が……こらこら、いっくん。何処へ行くの?」
「はい、捕獲! 残間君、背が伸びた?」
弟は照れくさそうに語尾だけ、敬語を崩す。精一杯の口調が愛らしく、さとみは晴れやかな心地で話題を変えようとした。
逃げる高校生を片倉が腰を掴んで、ひっ捕らえる。従業員や他の客達が、クスクスと笑った。
「さとみさんの相談とは、何でしょうか? 原稿用紙400字以内でお願いします」
「お父さんとお母さんに、
「……ほお、マジシャンらしい物言いが出来るようになりましたね。後300文字程、足してください」
「いっくん。お父さん、お母さんが戻って来てから……随分と元気になったでしょう? 後は、お母さん次第だと思うの」
弟は渋々と片倉の隣へ座り直し、話を誤魔化そうとする。両親の勝手な事情など知らないし、復縁しようと関わりたくない。そんな気持ちがヒシヒシと伝わってきた。
だが、遠慮しては話が進まない。
「……母さん、横浜の暮らしに戻りたがっていました。今更、仙台へ行く気はないと思います」
「お父さんは、お母さんと暮らせるなら、どこだっていいのよ」
(……これ、俺が聞いていい話? 気まずい)
これまで明かされた真相を自分なりに纏め、両親の離婚は共倒れを防ぐ為だったと納得した。共に歩む道が残されているならば、そうして欲しい。
「今回だけだから、それで……2人が復縁しないなら……諦めるわ」
「……さとみさん、甘いですよ。たった1回の旅行で、何が変えられるのですか。あの2人が元鞘に戻るなんて奇跡……」
かなり譲歩したつもりだが、弟はグチグチと正論をまくし立てかける。はたと口を閉じ、じっとコーヒーを眺めた。
急な沈黙は、不安になる。
「高遠さんに、任せましょう」
「「……は?」」
返事を待っていれば、まさかの爆弾発言。さとみと片倉は理解が遅れ、間抜けな声が出た。
「ブッ!?」
「小渕沢さん! 急に、どうしたの!?」
小渕沢が唐突にコーヒーを噴き出し、店長が大慌てで冷たいテーブルナプキンを渡していた。タイミング的に、こちらの会話を聞かれていたかもしれないが、気のせいだろう。
「明智さんが、約束してくれたのです。高遠さんに罪を償わせたら、マジックショーを開催してくれると……」
「明智さんが……」
「明智先輩、大きく出たね……」
気のせいか、弟の三眼目がキラキラと輝いている。
エリート警視の無謀……大胆な約束を聞き、さとみ達は暖房の利く店内で寒気が走る。失礼ながら、逮捕しても脱走されてしまい、大人しく刑期を終える姿が想像出来なかった。
それに母親の仇を討つ為とは言え、彼はマジックを血に染めた。
さとみはどうしても、忌避感が拭えない。
「あの2人が、よりを戻す方法なんて、それこそ……一世一代の大魔術ではありませんか?」
「……ああ、
フッと笑い、弟は得意げに言い放つ。さとみは呆然と呟いてから、腑に落ちた。
逃亡犯が己の罪を悔い改める事は、ないだろう。別れた夫婦の為に、幻想の舞台へ立つなど、それもまた奇跡だ。
だからこそ、信じたい。それが、弟の願いだ。
「ハッハッハ……、そりゃあ良い。……何年でも待つから……是非とも、感想を聞かせてくれ」
「片倉さん……他人事だと思って」
片倉は名案だと爆笑するが、実現には様々な障害が立ち並ぶ。それまで、両親の問題は進展しないなど、とんでもない事態だ。
さとみの不安は、増すばかり。
「お姉ちゃん、大丈夫です。高遠さんは生来のマジシャン、舞台を待つ観客の前に必ず……現れますよ」
「……分かったわ、いっくんに免じて……信じて待ってる。でも、旅行の計画は手伝ってね」
弟の心変わりは正直、奇妙。一番、逃亡犯との関わりを避けていたのだ。
これも母が帰還した影響だと思い、本題へ戻す。
「……チッ、旅行先に変装した高遠さんが現れて、吊り橋効果で復縁と言う手もありですかね」
「いきなり、雑な展開に! 一世一代の大魔術に賭けるんじゃなかったの!?」
「……プッ」
わざとらしく舌打ちしたかと思えば、弟は気だるげにテーブルへ突っ伏す。そんなやり方、逃亡犯を便利に使っているだけだ。信頼や信用とは程遠くて、さとみは呆れを隠さなかった。
片倉は笑いを堪え、必死に唇を噛んでいた。
「ごちそうさまでした」
「は~い、またどうぞ♪」
小渕沢は足音を立てず、そそくさと店を出て行く。視界の隅に捉え、さとみはちょっとだけ気にかかった。
「いつも、思ってたけど……残間君。なんで、さとみちゃんの前でも敬語なの?」
「中学校の頃……祖母の前で、コギャル語を話したら……ひと騒動になりまして……」
「コギャル語!? え、いっくん……何ソレ、あたし……知らないけど?」
片倉と弟の話題に興味を惹かれ、さとみは去っていった男の存在をすぐに忘れた。
冴えない風貌に隠された姿を知らぬまま――梅雨の時期。
ビル「支配人のビル・ハメットにございます。皆様、閲覧ありがとうございます。我がフランクリンホテルは本日も営業しておりますので、いつでもお越しください。さて、次回は『クリスマスに迷い込んだ悪魔』!! ……クランプスの事ですかね?」
残間 さとみ
魔術列車殺人事件ゲストキャラ。作中にて、オリ主の姉
片倉 猟介
高遠少年の事件簿ゲストキャラ。作中にて、流森奇術団所属のマジシャン
金田 にいみ、残間 青完
穴埋めオリキャラ、さとみの両親
近宮 玲子
魔術列車殺人事件回想キャラ。作中にて、彼女の死が残間一家に大きな影響を与えた
小渕沢 英成
この姿では、速水玲香誘拐殺人事件ゲストキャラ。作中にて、この日を境に来店する事はなかった