金田少年の生徒会日誌 作:珍明
※本当に紛らわしいですが、死別の表現があります
白い息を吐きながら、迎えたクリスマスの朝。
雪と言う毛布に包まれた庭へ、一歩踏み出す。赤いジャケットと借りた半纏のお陰か、寒さも平気だ。
欅の木の下で、
バイク乗りには嬉しいネックウォーマー、彼女の優しさを感じる。自分の送った毛糸の手袋が慎ましく見えた。
「ここの雪、土みたいだ……」
「フフフフ……
足元にある雪を寄せ集め、壺の形へ固めた。
「
「うん」
「ここが、故郷なんだって……」
「うん」
秋絵がひと言、ひと言、話す度に雪が降り、落ちる。彼女の滑らかな頬を濡らしたが、動じない。それは自分も同じだ。
「もう……東京は十分、楽しんだわ」
秋絵の瞳に、深い決意を見る。予想していたものの気付けば、雪に濡れた手で彼女の腕を掴んだ。
「夏の雷祭……、必ず来る」
「うんっ、時雨と待ってる」
「電話しよう、毎日」
「毎日はちょっと……」
秋絵は『雲場村』へ残る。だが、別れたりしない。離れ離れになろうとも、連絡は絶やさないと話し合った。
そのせいだろうか、心は穏やかに現状を受け入れていた。
そんな昨日の出来事を思い返しながら、
警察署は積雪のせいか、物々しさが若干、半減している。それでも、緊張による汗だくは止まらず、寒気で風邪引きそうだ。
「……旭川留置場とは、全然違うのですね」
「金田君、旭川留置場に……行った事あるの? ごめん、後で聞かせてっ」
「俺のコト、気にせず……ストーブの前へ行きなって」
「うっかり離れたくないのです」
石油ストーブの傍は、大人気。その隙にトイレにでも行かれたら、見失ってしまう。実際はそんな事ないだろうが、今は独りになりたくない。
幸い人数も多さから、空気は暖かい。
自分達が呼ばれた時も、後から来た人により密集状態は変わらなかった。
面会室は建物と繋がった造り、硝子板は妙に薄く感じた。
「金田君、なんか……ワクワクしてない?」
「……そうですか。会えるから……ですかね、不破警視に……」
宇治木に指摘され、
硝子板の向こう側にある戸が開き、先ずは係官。その奥から、知った顔が現れて頬の紅潮を自覚した。
「本当に来たわね、金田君。そっちが、手紙の主……挨拶はいいわ」
「不破警視……ご無沙汰しております」
「……」
別の舞台が始まる。
そんな場違いな感情が生まれ、
「生みの母親に捨てられた男が、名前を変えて潜入する話。愛憎渦巻く屋敷に、これから起こる惨劇を予想しろ……だなんて、随分と馬鹿馬鹿しい手紙を寄こしてくれたものね。人物相関図とか、これ見よがしに送り付けてきて……小説でも書いてるの?」
「はい、そうなのです。登場人物の設定だけは……お手紙の通りに思い付いたのですが、それを十分に活かせなくて……。そこで、不破警視のお力を拝借したいのです」
狙い通りに小説のキャラクター設定と誤解してもらえ、
「蝶マニアなんてロマンチックな題材……金田君には、まだ早いかもね。でも、優秀な相談相手がた~くさんいるでしょう? あの警視庁きっての切れ者を、味方に付けられるんですもの」
(剣持さん、そんなに評判が高いんだ……)
(……金田君、誤解してる……)
不破警視は皮肉っぽく、誰か分からない相手を勧めようとする。警視庁と言えば、男気溢れる警部殿が真っ先に思い付く。切れ者と評判だったとは、流石だ。
宇治木の視線が煩くても、気にしない。
「警視庁の方は日頃から、事件でお忙しいのです。高校生の創作話に、付き合う時間はありません」
「まあ……私なら、時間だけはあるものね」
「いいえ、刑事としての経験があります。警視に成れる程の、能力です」
「……素敵なお世辞だわ、並みの刑事なら……浮かれちゃうわね」
このやり取りの間、不破警視の態度がドンドン冷たくなる。彼女の逮捕時を振り返れば、当然だ。
〝それじゃあ……、誰も救われねえよ〟
名探偵の孫の代理として事態の収拾を急ぎ、不破警視の心に寄り添わなかった。
再会を喜ばれない。そう、心のどこかでは分かっていた。
だとしても、自分は不破警視の知恵が必要だ。
ゆっくりと面会を繰り返し、信用を得る時間は無い。
――ペシンッ
自分も彼女と同じ舞台に立ち、向かい合わねばならない。硝子板に触れないギリギリの距離まで、顔を寄せた。
「不破警視……その男の名前を変えてでも、何かを成し遂げたい……。そんな想いに共感できて、これからの行動を予測できるのは、貴女だけです」
臥薪嘗胆の思いで、怨敵を前に刃を研ぎ続けた人々。
成し遂げた者もいれば、優先順位を変えた者もいる。彼らの意見を求める手は、最初から考えなかった。
己の事で手一杯であり、似た境遇の他人への介入は避けたがる。予測を立てられても、高校生を関わらせない様に先手を打たれてしまう。
「貴女にしか、分からない……彼の
脳髄が騒いだ時――ガタンッと窓が音を立てた。
我に返り、ふと窓の外を見やる。体が熱くなりすぎて、今が冬だと忘れていた。
「アナタ……東京の人間よね。明智警視と知り合うのは……分かるわ、でも……銭形君はどうして? 随分と、金田君を気に掛けていたように思えるわ」
首を傾げた不破警視は一瞬だけ、驚きを瞳に宿す。すぐに鋭い眼光へ変わり、取り調べのような口調に変わった。
彼女の質問には、はぐらかさずに答えた方が良い。
瞬きの如き瞑想した後、
「……銭形さんとは、去年……知り合いました。背氷村で起こった殺人事件、現場になった……邸宅の持ち主は……伯父です」
「……! アナタの伯父は……」
(金田君……! それ、言っちゃう?)
宇治木は動揺のあまり、目が泳いでいた。
(前も……こんな空気になったな、どこだっけ? 確か、葉崎さん……)
緊張が限界突破し、頭の隅が非常に冷静と化す。既視感と懐かしさを感じつつ、不破警視を眺めた。
「綾辻 真理奈とは、お知り合い?」
「いいえ、他人です」
好奇心の欠片もなく、念の為に問いかけただけの口調だ。
すらりと本音が出た。
自分の声なのに、
「……そう、よく分かったわ。今日の返事は、そちらの彼に出せばいいのかしら?」
「は、はいっ」
「不破警視……! ありがとうございます」
不破警視は表情を崩さず、宇治木へ確認する。突然に話しかけられ、彼はビクンッと肩を激しく痙攣させた。
頼み事を引き受けてくれると解釈し、
「その不破警視って嫌味? それとも、媚び? 私の本名、知ってるはずよね」
「? 貴女は
不破警視は不快そうに眉を寄せ、怒りを滲ませた。
しかし、
「「……っ」」
何故だろうか、2人は揃ってあんぐりと口を開ける。但し、不破警視は呆れで、宇治木は驚愕と表情の意味は違っていた。
ちょっと心外。
「全く……何を考えているか、分からないわ」
不破警視は不敵に笑い、目元に手をやろうとする。指の動きは、眼鏡があった頃の癖だ。
「眼鏡、どうされたのですか?」
「……視力回復の運動を勧められて、やってみたのよ。大分、視えるようになったわ」
「それは良いですね。眼鏡のないお顔も十分、素敵ですよ。ファンとして、嬉しい限りです」
「……分かった、分かった。もう帰りなさい……」
眼鏡は凶器にもなり得る為、取り上げられたのかと思った。
素顔の不破警視だと改めて認識し、
行動で拒絶され、とても残念な気持ちに陥る。まだ面会時間内だが、渋々と席を立つ。
「そこの記者さん、次に手紙を出す時……札幌拘置所の住所になっていると思うわ。1ヶ月は待たせないつもりよ」
「は、はい。分かりました……心に留めておきます」
不破警視は顔を隠したまま、妙に沈んだ声。宇治木は背筋を伸ばし、見様見真似の敬礼を返した。
猛吹雪の中、どうにかタクシーを拾う。建物から数分も経たぬう内、防寒具に守らてれない肌が寒さで強張った。
「宇治木さん、札幌の住所になるとは……どういう意味でしょうか?」
「ごめん、知ってると思ってた。多分、あの人は近いうちに移送されるんだよ。留置場はあくまでも、逮捕者を一時的に入れる場所だからさ。時期的にも、とっくに拘置所へ居てもおかしくないし……函館にも拘置所はあるはずだけど……何でだろうね?」
起訴された人間は、拘置所へ送られる。ドラマや映画で何度も視聴したはずの知識が、彼に説明されるまで思い付かなかった。
「函館の拘置所は初犯か、犯罪の素人みたいな奴が入るんです。札幌まで移送されるなら、お客さんの相手は厄介な事件を起こした挙句に、厄介な身分って事ですよ」
「ごめん、運転手さん。聞こえちゃった? そんな事情もあるんでねえ、勉強になります~」
(高遠さん、旭川の留置場に居たけど……移送先が決まらなかったんだな)
タクシー運転手の親切な説明を聞き、2人で納得。
不破警視は素人どころか、犯罪を取り締まるプロ。ならば、扱いは慎重になると言うワケだ。
(……だったら、万代先生はそっちか。一応、初犯扱いのはずだし)
戦後最大のスターを思い返した瞬間、ついでに好色家の脚本家まで脳裏を過ぎる。ゾッとした。
函館空港へ到着し、フロアにて東京行きの遅延状況を知る。足止めされて、ゲンナリ。
「ハリストス正教会へ行けば、良かったです」
「今からでも行く? 急いでないなら、函館駅から東京を目指すって手も……うん?」
これからの行動を決めようと相談していれば、急に宇治木は遠くを見やる。
――見慣れた眼鏡の親子がハンディカム片手に電話中。
言わずと知れた不動高校・ミス研の1年1組・
「!? 竜太君に……お父様?」
「金田先輩! 良かった……俵田刑事と連絡が付いたんですね」
「え、ごめん……佐木君。何かの事件? 俺達、その刑事さんとは別件で函館へ来たんだ」
ふと、
「宇治木さん、自分のせいです。……竜太君、俵田さんに何かあったのですか?」
「……宇治木さんなら、良いか……。金田先輩、落ち着いて聞いて下さい。……万代先生が……」
「は?」
聞こえた瞬間に思考が停止、聴覚が音を拾わなくなった。
視界はスローモーションのように、行き交う人々の動きさえも秒単位で把握出来る。言うなれば、世界に取り残された感覚だった。
「24日の夜に……巡回の方が、倒れているところを発見したそうです。身元引受人でもある花江さんへ連絡が行って、そこから俵田刑事へ……んで僕達に……今朝です」
(万代先生……確か、持病が……)
それでも、竜太の声だけは明確に聞こえる。
病死。
『雲場村』にいる朝木家の人々が、浮かんで消えた。
(……二神先生に頼めば、いや……オジサンだって手を尽くしたんだ。……これ以上、出来る事なんて……)
別の病院へ診察させても同じ結果になるなら、絶望を突き付けるだけだ。
「ごめん、佐木君。俵田さんって人、青森県警だよね。道警から直接に連絡、行かないもんなの?」
「俵田刑事は元々、管轄違いなので……逮捕した後は関わらないんです。容疑者がどうなっても、その刑事へ申告する義務もないって……父が言ってます」
(俵田さんの電話……誰か、出たのか?)
宇治木と竜太のやり取りから、ほとんど雑音に変わる。今朝方、金田家へ連絡が入ったならば、確実に金田祖父が受けたはずだ。
死別のショックと金田祖父の身を案じ、目眩が襲ってくる。
肩を掴まれた感触を受け、顔を上げる。佐木父が大きく頷き、眼鏡の奥から心配そうな眼差しを感じ取った。
混濁とした感情が吸い取られ、四肢の感覚が戻ってくる。人の温もりがもたらす、手当ての力だ。
――これ以上、背負い込むな。
佐木父がそう言っている様に、聞こえた。
(……時雨さんには、秋絵が傍にいる……)
仲良し姉妹の姿を思い浮かべ、ようやく息が整った。
「はい、大丈夫です。お2人は、どちらへ行こうとしたのですか?」
「警察署です。無理だと思いますが、色々と詳しい話を聞きたくて……。それに、金田先輩が……もう来てるんじゃないかと……」
「ドンピシャだったね。しかし……警察署か、俺から取材のアポ取ってみるか。あんま、期待しないでね」
竜太に行動を見透かされた気分になり、ちょっと肌寒い。しかし、前半の理由には勇敢さ過ぎだ。
宇治木が週刊誌記者として、警察署へ連絡してみたが「広報からの正式発表をお待ちください」と断られた。
「ごめん……」
「宇治木さんでそうなら、僕らも行き損でしたよ。金田先輩、どうします? 別件に、付き合いましょうか?」
「いいえ、自分の用事は終わりました。……ハリストス正教会へ、行きましょう。折角の……函館ですから」
落ち込んだ宇治木を励ましながら、タクシー乗り場へ向かう。佐木親子の行動力を思えば、不破警視との面会を先に済ませて良かった。彼らにも、計画を知られたくない
清浄なる空気を取り込み、冷静になりたかった。
白い壁と緑屋根のコントラストが美しい教会は、雪に埋もれている。童話の世界へ紛れ込んだ高揚感に、自然と微笑んだ。
しかし、冬期は聖堂拝観がお休み。土日のお祈りならば、参祷や見学も可能だが、今日は金曜日。つまり、来るだけ無駄足だった。
哀惜の感情がジワリと脳裏へ滲み、ため息を殺す。ここまでの道中で、確かに冷静にはなれた。
「え~と、異人館ホテルに泊まる? 部屋あるかな……」
「……帰りましょう、宇治木さん。家での年末大掃除もありますし……竜太君の家は?」
「ウチは12月に入ってから、ちょこちょこ済ませていたので……後は細かい所だけです」
結局、函館空港へ逆戻り。計ったように運航再開だ。
搭乗手続きの最中、ふと思いつく。
「宇治木さん、万代先生の昔の知り合いって興味ありますか?」
「え? ……ごめん、メッチャある。そんな……ぶっといパイプが……?」
軽い気持ちで問えば、宇治木の目が爛々と輝いて怖い。
搭乗前に公衆電話から、自宅へ連絡。携帯電話は着信履歴に嫌な予感がした為、後にしよう。コール音の後に電話を取った金田祖父へ先ずは、訃報だ。
《そう……か、わざわざスマンな。鈴ちゃんの持病は……ワシらの間でも、有名やったし……遅いか早いかの違いや》
金田祖父の声は冷静で、取り乱した様子は微塵もない。寧ろ、
「お祖父ちゃん、……鈴ちゃんの話を……宇治木さんにしてもらえませんか?」
《……宇治木さん……ああ、なんや……お仕事させる気か?》
一瞬にして、受話器の向こう側が冷たくなる。死者を記事にする行為そのものへ、嫌悪を感じた。
戦後最大のスターの死が公になれば、報道陣はこぞって取り上げるだろう。ある事ない事を意味深に書き立て、面白おかしく抽象的に、死者へ鞭を打つ。
だからこそ、どこよりも真っ先に週刊誌へ載せたい。
「……はい、鈴ちゃんの思い出を……大切に扱ってくれる。これは、宇治木さんにしか出来ない仕事です」
《……お前の宇治木さんに対する信頼は、なんやねん。……ワシの方で見極めたるさかい、ウチに連れて来んかい……ガチャンッ》
明らかな不機嫌な雰囲気に、ちょっとビビる。それでも、言質は取れた。
「宇治木さん、急ですが……わが家へお越しくださ……い?」
「……グスッ」
「金田先輩、ちょっと待ってください。宇治木さん、感激して泣いてます」
竜太に教えられるまで、何事かと焦った。
「……祖父に会えるのが、そんなに嬉しいですか?」
「先輩が、宇治木さんに全幅の信頼を置いたからです(いつきさんとは、エライ違いだ)」
「いや……もう、ごめん。金田君に、そこまで言ってもらえて……嬉しくてさ」
逸話を取材出来るチャンス到来、それを喜ぶ気持ちは分かる。しかし、涙の理由は違っていた。
高校生の身で、週刊記者を感激させる。お互いの信頼あってこそだ。
「宇治木さんって本当、良い人ですね。祖父も……貴方に託すと思います」
「金田君……」
「先輩、これ以上……宇治木さんを泣かせないで下さい」
自分なりの感謝を伝えたつもりだが、竜太に叱られた。
金田家へ帰り着けば、隠居中の映画監督や大御所俳優達が待ち構えていた。
宇治木は百戦錬磨の映画人に囲まれ、ビビりながらも取材を完遂。亡き大スターの秘話を語り尽くされ、記事として構成する方が難しかったらしい。
その間、
雑誌の特集で組むには惜しまれ、特大号として発売された。
偶然にも、死去が報道される前日だった為、編集長もご満悦の売り上げを記録したそうだ。
何故だが、ハジメはどこぞのフリーライターから「お前が情報源だろ! 俺に売れや、俺に!」と難癖をつけられたのは、別の話である。
鳳「鳳 辰馬です。閲覧ありがとうございまっス! ふうん、『
不破 鳴海(北見 蓮子)、万代 鈴江
異人館ホテル殺人事件ゲストキャラ。作中にて、万代は金田祖父の昔の交際相手
佐木 竜太、連太郎
準レギュラー?とその父親。連太郎は原作も喋らない為、作中は竜太達が通訳してくれる