金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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今回から98年を舞台にしています
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8編 金田一の報酬

 新年の明けた三が日、墓参りに寺院へ赴く人は意外と多い。

 共同永代供養墓の前には、墓参者が列を作る。順番に手を合わせていく中には、住職顔負けに経を唱える人もいた。

 

(伯父さん……久しぶり)

 

 一(いち)の番になり、立派な彫り込みがされた墓石を見やる。去年の春以来だが、氷室伯父がここに眠る実感は湧かない。今日までに様々な出来事があり、伝えたかったはずの口も動かなかった。

 冷えた心のまま、合掌。腕に着けた貝殻のチャームを数珠代わりに、シャラシャラと鳴らす。

 

(また……来るね)

 

 別れの挨拶をしてみたが、余計に白けた。

 

 駐車場へ向かいながら、ネックウォーマーを着ける。暖かくて胸にポッカリと空いた穴が、じんわりと塞がった気がした。

 

「一(いち)君、寒かったろ。さあ、どうぞ」

「黒沼先生、ありがとう。こんな場所にまで、付き合ってもらって……」

 

 1台のベンツに近付けば、運転席のドアがそっと開く。弁護士の黒沼(くろぬま) 繁樹(しげき)先生が頬の凍傷さえも長所に見える笑顔で現れ、助手席へ招いてくれた。

 エアコンが十分に効いた車内。柔らかすぎない触り心地のシートへ身を委ね、体の緊張が解けた。

 

「結構、早かったけど……ちゃんと話せた?」

「今日は、これで良いのです。さあ、黒沼先生。氷垣さんの家へお願いします」

 

 午後には、資産家の氷垣 岳史(ひがき たけし)氏と会う約束はしていた。

 新年の挨拶を兼ね、彼の友人知人を自宅へ招き、簡単な立食パーティーを催す。黒沼先生はわざわざ、金田家まで迎えに来てくれたのだ。

 バイクで行く気満々だった為、玄関先にて待ち伏せされた時はビビった。

 

「今言うのも……何ですが、普段着で宜しいですか? 氷垣さんのご友人も、沢山……来るのですよね?」

「ついでに来る人もいるから、問題ないよ。氷垣さんも今日、ラフな格好でいるはずだ。ネックウォーマー外さなくていい? 暖房、強めようか?」

 

 一(いち)はシートベルトを締めながら、見下ろす衣服は完全に庶民の身なり。

 黒沼先生の優しい口調は、安心させてくれる。そんな彼は仕立ての良いスーツ、微かな矛盾に噴き出しそうになった。

 

 迫力あるエンジン音をBGMに、氷垣氏の自宅へ到着。

 庶民には豪邸だが、高級住宅街がそびえ立つと普通に見えてしまう恐ろしさ。一(いち)が車外へ出た瞬間、冷たい風が首筋を撫でられて、身震いした。

 お手伝いさんに居間(リビングルーム)へ案内され、屋敷の主よりも優雅な調度品やテーブル、ホテルの朝食バイキングメニューが如く並んだ料理に目を奪われた。

 そして、先客の方々は正装ではないにしろ、エレガントな装いばかり。

 どう考えても、お邪魔な庶民の入る隙は無い。

 

「黒沼先生、自分……本当にこんな格好で、ヨロシイのでしょうか?」

「一(いち)君、緊張してるのかい? だったら、俺の傍から離れないでくれ」

 

 一(いち)は足が竦み、黒沼先生の肩へピッタリとくっつく。お手伝いさんにも愉快そうに笑われたが、恥ずかしがる余裕もなかった。

 恐る恐る居間へ踏み入れ、歓談中だった氷垣氏に気付かれる。一(いち)と視線が絡めば、彼は微笑んでくれた。

 歓迎されている安心感と勇気を与えられ、一(いち)は背筋が伸びる。黒沼先生より一歩、先を歩いた。

 

「一(いち)君。よく来てくれたね、今年もよろしく」

「氷垣さん、ご招待ありがとうございます。本年もよろしくお願いいたします。素敵なパーティーですね」

 

 氷垣氏が敢えて先に「おめでとう」を控えてくれた為、一(いち)も自然な挨拶が出来た。

 

「昼食は抜いてきただろうね? シェフが腕によりをかけて、御馳走を振舞ってくれたんだ。たくさん、召し上がれ」

「はい、頂きます」

「氷垣さ~ん。あけましておめでとうございます!」

 

 先客達の不躾な視線を受けつつ、一(いち)はお言葉に甘えて料理を選びに向かう。次の訪問者が挨拶してきたのも、タイミングが良かった。

 と思いきや、長い髪と眼鏡の女性に見覚えがある。咄嗟に黒沼先生を盾にし、聞き耳を立てた。

 

「右竜先生、先ずは……初めましてですよっ。す、すみません。右竜先生の担当編集、奥ノ木です。本日はお招き頂き、光栄です」

「そう堅苦しくならないで、寧ろ……作家さんには退屈させてしまうかもしれないな。本当に親しい人だけしか、集まらないからね。もう入れ違いで、何人か帰ってしまったし……」

(……ほ、ホンモノだあ……)

 

 編集者・奥ノ木(おくのぎ) 武蔵(むさし)の挨拶と氷垣氏のやり取りで、小説家・右竜(うりゅう) あかね本人と判明。

 偶然、同じ列車に居合わせ『狭山(さやま) 恭次(きょうじ)』と名乗った相手。死骨ヶ原湿原ホテルで過ごした3日間が脳内再生され、一気に血の気が引いた。

 一期一会のつもりだった。

 予期せぬ再会など望まず、一(いち)は気配を消す。幸いにも、右竜先生はこちらに気付かない。

 

「一(いち)君、もしかしなくて……今は、作家が苦手?」

「……いえいえ、氷垣さんの顔の広さに驚いているだけデス。わあ~、美味しそう……」

 

 黒沼先生に心配され、一応は本音を伝える。氷垣氏が右竜先生を自宅へ招く程の間柄だったなど、想定外過ぎた。

 

「右竜先生が書いた短編小説、その主人公……一(いち)君に似ていたのと何か関係ある? 氷垣さんもその小説をいたく気に入って……ね」

(あちこちで読まれとるやん!)

 

 黒沼先生の意味深な微笑みを向けられ、一(いち)は目が合わせられぬ。

 ふと、煙草の匂いが鼻に付く。隣に立つスーツの客人から漂い、何気なく視界に入れた。

 ボサボサした髪を無理やり、髪ゴムで纏めた結び方。それでも、左側の前髪は垂れ下がり、顔半分を隠していた。

 

(……幽月さんも似たような髪型だったなあ、流行ってんの?)

「……キミ、氷垣さんと親しいようだが。ご家族か?」

「順堂先生、違いますよ。この子は金田君、氷垣さんの友人です」

 

 ジロジロ見過ぎたらしく、確かめる口調で問いかけられる。覗き込むような視線から、何となく医師っぽい印象を受けた。

 黒沼先生の素早い対応から、賓客と分かる。

 ここは礼儀正しくいかねば、氷垣氏の面子にも関わる問題だ。

 

「初めまして、金田と申します。ご不快な思いをさせてしまい……」

「子供は、畏まるもんじゃない。こういう場なら、尚更だ」

 

 挨拶も言い終わらぬ内に、ズバッと言われた。

 これまで何度も聞いた言葉だが、年上には敬語が常識。初対面で頭ごなしに全否定され、ションボリ。

 

「金田君、この方は順堂先生。氷垣さんの主治医だよ」

「お医者さん……そんな気は、していました。この物言いをされるなら、小児科ではありませんね。内科の先生とお見受けしました」

「……氷垣さんの主治医だと聞いて、真っ先に小児科を連想するとは……。中々、ユニークな発想の持ち主だね」

 

 さっと黒沼先生が間に入り、順堂(じゅんどう) 綾祢(あやね)先生を紹介してくれる。一(いち)は直感が当たり、調子に乗って専門分野を推測してみたが、余分なひと言で頭の悪さを露呈してしまった。

 一(いち)へ恥ずかしがっていれば、順堂先生はクンクンと犬みたいな仕草で、顔を近付けてきた。

 

「……キミは学生の様だが、医者か刑事を目指していたりするか?」

「いいえ(知り合いにはいるけど、ここ数日会ってないし)」

「……ちょっと〝臭い〟がしたもんでね。違うなら、いい」

「……お線香でしょうか? ここに来る前、お寺に寄りましたので……」

 

 何事かと思えば、奇妙な質問。

 該当者を脳裏に浮かべ、彼らの移り香かもしれない。自分で嗅いでみるが、柔軟剤の香りのみ。

 その拍子に、順堂先生の足元を見やる。室内履きを履かず、剥き出しストッキングだけの足。指の形を捉えてから、ゆっくりパンツスーツを見上げた。

 ハッとした。

 

「順堂先生、女性だったのですね」

「!? 一(いち)君……?」

「……、それは……初めて指摘されたな。一応、ファンデーションとリップは……して来たんだが……」

 

 驚きのあまり、さらりと出てしまった失言に黒沼先生はギョッとする。順堂先生も目を丸くし、己の頬を軽く撫でていた。

 初対面の女性に匂いを嗅がれた。その恥ずかしさが込み上げ、一(いち)は黒沼先生の後ろへ隠れた。

 

「すみません、本当……もう喋りません」

「いや、謝罪は結構だ。私も、もう少し身なりに気を付けよう」

「一(いち)君、順堂先生は性別が医者なだけだから、そこまで気にしなくていいよ。ほら、取り皿。好きなの、食べてっ」

 

 気まずい雰囲気の中、黒沼先生は爽やかな笑顔でフォローにならないフォローを入れた。

 

「……はい、遠慮なく」

 

 それ以外は答えようがなく、一(いち)は取り分け用のトングを掴む。

 サンドイッチや手巻き寿司が一口サイズで串に刺され、焼き立てのクロワッサンまである。一口、舌へ乗せるだけで素材の良質を味わう。用意された水もミネラルウォーター、どれもこれも喉を通すのが惜しくて、ゆっくりと咀嚼した。

 

「一(いち)君の神妙な顔、面白いな。ひとつひとつ、味わって食べてくれてるのは分かるけど……」

「美味しくて……飲み込むのが、勿体ないのです」

 

 黒沼先生に微笑ましく見届けられながら、一(いち)は感激のままに食事を続ける。そうしていれば、自然とお手洗いへ行きたくなった。

 場所は覚えており、そっと廊下へ出てみた。

 右竜先生が壁へメモ帳を押し付け、一心不乱にペンを動かしている。余りにも奇怪な行動、一(いち)は呆気に取られつつも見ない振りをして通り過ぎようとした。

 

「ねえ、キミ。読んでくれた?」

「!? ……自分、ですか?」

 

 突然、右竜先生はグルンッと振り返ってくる。その首の動きは想定外でビビりかけたが、彼女の瞳は眼鏡越しでも、感想を求めていた。

 輝く表情から、偶然の再会に気付かれていたと知る。彼女は敢えて、人前で黙っていてくれた。

 その心遣いに肩の力が抜け、表情も緩む。

 

「はい、読みました。とても、素敵なお話です」

「そう……当然の感想を直接言われたら、嬉しいモノね。アレね、シリーズ化を打診されたわ。でも、私の中では完結しちゃってたから、どうしたものかと悩んでたのよ。そこに、アナタが現れた♪」

 

 一(いち)が素直な感想を伝えれば、右竜先生は顎に手を当てる。悩める仕草を取ったかと思えば、こちらへ人差し指を突き出し、自信満々の表情に変わった。

 

「ちょっとだけ、後日談を書き足すくらいにするわ。それで本当に、完成よ」

「……楽しみにしています。本当に……」

 

 今日の再会が、右竜先生に閃きを与えたらしい。

 物語の参考になったなら、これ以上にない光栄。一(いち)の心は温まり、掲載が今から楽しみになった。

 

「そうそう、ひとつだけ聞かせて。『4億円事件』の狭山 恭次と、どういう関係? 私、新聞を読んだ時は運命感じちゃったんだけど……」

「自分も驚きました。まあ名前なんて、どっかで被るものです」

 

 右竜先生の好奇心旺盛な質問へ白々しく、答えておいた。

 実際、驚愕しかなかった。

 金田家では最早、話題にしてはならない人と化している。母・にいみの若かりし頃の友人関係だった事実すら、警察関係者でも極一部しか知らない。

 名探偵の孫が知っていそうな気もするが、絶対に確認しない。

 

「そう……当てが外れたわね。じゃあ、アナタは彼をどう思う? 私は……価値観の近い仲間を選ぶべきだったんじゃないかって、思うの。お金目的で犯行に加担したのに、分け前は20年後なんて……共犯者も怒り狂うわ」

 

 残念そうに目尻を下げ、右竜先生はとんでもない質問を投げ付けてきた。

 エリート警視からも、聞かれた事のない問い。

 一(いち)が生まれる前に亡くなっていた人物。何の接点もない故に当然、そして、答えはひとつしかない。

 

「何も、思いません」

「え……『4億円事件』の犯人よ? 何も感じないって言うの?」

「はい、その人について思う暇があれば……アナタの新作に期待します」

「……っ、そっか……。若い子にしてみれば……昔の事件だもんね。ありがとう」

 

 未解決事件がエリート警視により、真相が暴かれた。彼の父親は、時効まで捜査し続けた。

 自分にとって重要なのは、そこだけ。

 見知らぬ主犯に思う事など、無い。

 右竜先生は感慨深く笑い、それらをメモ帳に書き記した。

 まさかと思った後日、掲載された小噺に一(いち)の台詞が大仰な表現で使われていたのは、別の話である。

 

 夕方に迫れば、立食パーティーも終わりを告げる。

 元々、入れ替わり立ち代わり客人が訪問しており、どんな人が現れたか覚えきれなかった。

 

「氷垣さん、次の診察でな」

「わざわざありがとう、順堂先生。帰り道、お気を付けて」

 

 最後の客人だった順堂先生も帰り、一(いち)と黒沼先生のみ。お手伝いさんの丁寧な片付けが素早く、バイトの参考にしようと見入っていた。

 

「一(いち)君、待たせたね。楽しんでくれたかい?」

「はい、お料理がとても美味しかったです。次は自分の番ですね、背氷村にはいつ頃……行きましょうか? 以前、黒沼先生へお伝えしました様に、春休みの4月上旬、GW、夏休みの8月が調整出来ます」

 

 氷垣氏への感謝から、次の約束について日程の確認だ。

 

「そう来るだろうと思って、春に予定を空けておいたよ。キミがご友人達と過ごしたように2泊3日、氷室君の作品を鑑賞させてもらうよ」

「はい、伯父さんも喜んでくれますっ。……あ、母も呼びますか? 一応、伯父の妹ですし……」

 

 氷垣氏と予定をすり合わせ、一(いち)は胸が熱くなる。氷室伯父の血筋として、家族も招くべきか、意見を聞いてみた。

 

(自分の母親を、伯父の妹って呼ぶ人……初めて見た)

 

 黒沼先生から久しぶりに不可解な視線を送られ、一(いち)は口調を気に留めた。

 

「キミのお母さんとは十分、話したよ。でもそうだな……お姉さんとはまだだったね。キミ達、姉弟のマジックショーが観たいというのは……贅沢かな?」

「! ぜ、是非! お姉ちゃ……姉の方から、お願いすると思います!」

 

 突然の申し出、高ぶった神経は勝手に両手を万歳させた。

 お手伝いさんの微笑ましく見守り様な笑い声が聞こえ、即座に我へ返った。

 幼稚な態度を見せてしまい、ちょっとだけ反省。

 

「黒沼君、一(いち)君を頼む。……ちょっと張り切り過ぎて、疲れたみたいだ」

「……っ、分かりました。一(いち)君、家まで送るよ」

 

 氷垣氏は笑顔のまま、手近な棚へもたれかかる。黒沼先生はグイッと一の肩を押した。

 

「……はい。氷垣さん、今日は本当にありがとう。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ。またね」

 

 今日と言う日に主治医が参加していた事、居間で見送るしかない程の疲労感。奇妙な点はあったものの、一(いち)は明かされない限り、人の事情へ触れない。

 だからせめて、普段通りに挨拶をして別れた。

 

 帰り道は案の定、夕方のラッシュ。

 バイクならば抜けそうな渋滞、黒沼先生は別の帰路を探してくれるが、それは他の運転手も同じ。大通りは混む。茜色の空は地上へ沈み、群青色へ染まりつつあった。

 更に、ベンツの心地良さが眠気を誘った。

 

「一(いち)君、寝てていいよ。家に着いたら、起こすから」

「いいえ、折角の黒沼先生との時間……起きていたいです」

「嬉しい事を言ってくれるなあ。ついでと言ったらなんだけど……最近、宇治木さんと密に連絡を取り合ってるよね。理由、聞いてもいい?」

(!! なんで……知ってんだ!?)

 

 黒沼先生の魅力的な声から、背筋の凍る質問を放つ。一(いち)の眠気は完全に吹き飛び、動揺も隠せない。一気に服の下は、冷や汗でビッショビショ。

 

「北海道、楽しかった?」

「……、あの……、あ、あ!? 停めて下さい!」

 

 ニカッと笑い、黒沼先生は瞬きせずに問う。恐怖に慄いていれば、車窓の向こう側に見知った2人組を発見、タイミング良く赤信号で停まった。

 

「と……友達を見付けたので、ここからは歩いて帰ります」

「うん、分かった。また連絡するよ」

 

 一(いち)は早口で捲し立て、降りる言い訳をする。黒沼先生は笑顔を崩さず、聞き入れてくれた。

 

「ありがとうございましたっ」

 

 ベンツの外は冷たい風が吹き荒れ、緊張に汗を掻いた体が凍り付きそうだ。

 信号が変わらない内に横断歩道を渡り、ベンツを振り返る。運転席にいる黒沼先生は普段通り、とても爽やかで手を振ってくれた。

 こちらの動きを知っているだけで、計画は知らないらしい。

 

(……流石に、金沢行く時は……声かけよう)

 

 竦んだ心臓を胸の上からポンポンと叩き、焦りは治まる。そして、車内から本当に見かけた人達を追いかけた。

 彼らは噴水公園へ入り、『おでんの富田』と暖簾を掲げた屋台へ真っ直ぐ向かっていた。

 

「オッサン、これじゃあ約束が違うぜっ」

「何を言うか、金田一(きんだいち)!! 晩飯を奢ると言ったはずだっ」

「回らない寿司屋って言ったじゃ~ん、ここはどう見ても公園の屋台だろ~!」 

「ま~ま~、ここのツミレダンゴは美味いんだぞ!」

 

 足音を立てずに近付いてみれば、何とも庶民臭い押し問答。

 愉快過ぎて、とても和んだ。

 

「ワッ、だ~れだ♪」

「うえ!? え、あ、美雪じゃねえな……この手の感触。草太はやらねえし……、千家……3馬鹿……」

 

 ぬっとハジメの目元を手で覆い、その耳元で囁く。奇声を上げたのは一瞬だけ、すぐに相手を探り当てようとしていた。

 

「金田一(きんだいち)、手当たり次第に同級生の名を言っとるだろ? 流石のIQも疲れて、頭が回らんらしい……スマンな、今年もよろしく」

「剣持さん、今年もよろしくお願いします。ハジメちゃんは昨日振り」

「あ! 金田か……んだよ、驚かせやがって……」

 

 剣持(けんもち) 勇(いさむ)警部に男気溢れるウィンクを貰い、一(いち)も上機嫌に新年のご挨拶。

 やっと言い当てたハジメから、そっと手を振り払われる。込み上げる笑いを抑え、彼の隣へ腰かけた。

 

「金田、イイもん食った帰りだろ?」

「……何の事でしょうか? ハジメちゃん」

「しらばっくれんな。体中から色んな香水が匂ってくるし、服の袖にソースのタレ。ネックウォーマーもジャケットのポケットなら、バイクで来ていない。けど、手は温かい……誰かの家に招かれて、車でここまで送ってもらった。どうだ?」

「……お見それしました」

 

 チラ見されただけで、見抜かれた。

 それと同じ理屈で、自分は黒沼先生に見透かされているのかもしれない。

 

「大根とツミレを、後は適当に盛ってくれ」

「アルコールのない飲み物があれば、お願いします。自分で払います」

 

 剣持警部は高校生の会話に混ざらず、店主にご注文。一(いち)も遠慮がちに飲み物を頼んだ。

 

「オッサン、茶くらい奢ってやれよ」

「わ~っとるわ、一(いち)君も食える分だけ食っとけ」

「いえ、本当にお腹いっぱいで……」

「はい、お待ちど~さん」

 

 和気藹々と話し込んでいる間に、蛸の足、コンニャク、がんもどき、ロールキャベツまであった。

 汁の染み込んだ香ばしさ、ハジメの箸が見えない速さで口へ放り込んでいく。

 

「聞いてくれよ、金田。オッサンったらさ、最初は神戸牛だ~大トロ寿司だって景気のイイコト言って、頼みゴトして来るんだぜ。オバサン、ジャガイモとイカ巻きと卵も♡」

「今日も……頼み事ですか?」

「まあ、そんなとこだ」

 

 ハジメは食べながら、愚痴を溢したかと思えば、追加注文。一(いち)がふとした不安に問えば、剣持警部はやれやれと、熱燗を飲み出した。

 新年から事件とは、ご苦労様としか言えない。

 

「お客さん、お2人は息子さんですか?」

「未来の息子です」

「「ブッ!? ゲホゲホ……」」

 

 店主に聞かれ、一(いち)は願望を答える。息の合った2人はそれぞれ、同じタイミングで酒を噴き出し、卵を喉に詰まらせた。

 

「ゴホン……一(いち)君……それは、どういう意味だ?」

「養子縁組という手があります。自分はいつでも、剣持さんと籍を同じにする覚悟が……」

「金田……シャレになってねえって……」

「アハハ、何だか大変そうねえ~」

 

 本気なのに、どうやら場の空気に合わなかった様子。店主の笑い声だけが、救いだ。

 ハジメの食事が進めば、剣持警部も酒を煽る。そうなると、1人の酔っ払いが誕生した。

 

「大切なのはな~経験と勘よ? それを金田一(きんだいち)や明智が、妙なヘリクツこいて~」

(まいったな~、ここまで完璧にイっちまったオッサンは初めてだ~)

「剣持さん、いつもありがとうございます。ハジメちゃんのIQが活かされるのは、剣持さんのような現場で信頼された方のお陰です」

 

 呂律の回らない剣持警部から、ハジメは困り顔。2人の間へそっと入り込み、一(いち)は顔を真っ赤にした酔っ払いへ優しく語り掛けた。

 その時、暖簾が動く。高級ブランドのスーツを視界に入れ、高校生2人はギョッとした。

 

「うう……一(いち)君くらいだ。そんなに労わってくれんのは……ろくでもない上司がつくとホント、こっちの身が持たん」

「……剣持さん」

「俺がどれだけ仲立ちしてると思ってんだか、毎回……尻拭いも押し付けられて」

「……オッサン」

「アナタの職場も何やら、気苦労が多いようですね」

 

 ハンドサインや声掛けしても、剣持警部は気付かずに愚痴を垂れ流す。よく通る声が、彼の隣へ座った。

 

「そ~なのよ、アンタも分かる?」

「ええ、分かりますよ。私も(・・)出来の悪い部下を抱えていますからね」

 

 酔っ払いとは相手を見ずに、話しかける割合が多い。剣持警部もその1人らしく、目を閉じた状態で相手の肩へ手を回した。

 もう、助けられない。

 

「足りない分は、剣持さんから貰ってください」

「毎度どうもっ」

「急げ、金田っ」

「お2人とも。送って差し上げますから、お待ちなさい」

 

 一(いち)は店主へ一万円札を渡して、ハジメと一緒に屋台を抜け出す。途端、エリートな命令が下った。

 従う義理はないのだが、体が硬直したように動けなくなった。

 エリートパワー恐るべし。

 

「さあ、剣持君。続きをどうぞ……私にも、ハンペンとツミレダンゴをください」

「ぎょえ~!! あ、明智警視~!?」

(いつ帰れっかな……)

(知らんがな)

 

 剣持警部の悲痛な叫びが公園中に響き渡り、夜は更けていく。




さとみ「残間 さとみです。閲覧ありがとうございます♪ 人前でお姉ちゃん呼びしていいのに、この弟は……。お母さんも伯父さんを兄貴呼びしてるのよ。……何、いっくん? 姉御!? それはちょっと……違うかなあ。さて、次回は『白銀に消えた身代金のように理解し合えたら』!! 学校の敷地で雪ダルマ作るのとか、醍醐味ね」

剣持 勇
お馴染み準レギュラー。事件関係者だらけなオリ主の家庭へ複雑な思いを過ぎらせる

おでんの富田
ツミレダンゴが美味しい屋台

黒沼 繁樹、氷垣 岳史
雪霊伝説殺人事件ゲストキャラ。作中にて、氷垣は氷室画伯と交流があった。黒沼はオリ主の世話を焼きたがる

奥ノ木 武蔵、右竜 あかね
聖恋島殺人事件ゲストキャラ。作中にて、右竜はQ3でオリ主と出会っている

順堂 綾祢
明智警部の事件簿に登場、女医。作中にて、氷垣の主治医

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