金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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○●……――は視点変更時に使います。


F.2 氷点下15度の殺意-鈴森

 ホテルの照明だけを頼りに待つ。

 氷点下15度に相応しい寒さ、何もかも隠してくれそうな暗闇。ゴム合羽で顔を覆い、視界が普段よりも悪い。それでも見慣れた相手を見つけるには十分だ。

 昨晩も目にしたスキーウェアが向こうから、右足を引きずるように歩いて来た。

 ニット帽とゴーグルを付けているが、間違いない。準備した凶器を隠したスキーカバー、それを握る手に力が入った。

 

(……白峰!!)

 

 監視カメラのある正面を通り過ぎ、気付かれぬように木の陰から飛び出す。無警戒の後頭部へ凶器を振り下ろした。

 

 ――フラッ。

 

 当たり前のように避けられ、それでも諦めない。当てる為に再び、振るった。

 

「――鈴森(すずもり)――」

「……!?」

 

 名前を呼ばれ、胃が竦む。

 動揺してしまい、動きを止めた瞬間。白峰(しらみね)は体を回転させ、後ろ回し蹴りで凶器を蹴り飛ばした。

 

 ――ゴッ。

 

 蹴られた衝撃でスキーカバーが手から離れ、雪の上へと落としてしまった。

 それ以上に驚いたのは、その蹴り。

 

「……白峰……さん……。足……」

 

 白峰は大腿骨を複雑骨折し、こんなに高々と足が上げられるはずがない。疑問と困惑に思考が働かずにいれば、彼はニット帽とゴーグルを外した。

 

「白峰先輩だと思いましたか? 残念、自分でしたっ」

「……か、金田(かねだ)君? どうして、なんで?」

 

 悪戯が成功したように金田(かねだ)は笑う。彼だとわかった瞬間、更に混乱した。

 まず、背丈が違う。体格もだ。いくら、顔を隠そうが、白峰と同じスキーウェアであろうが、小柄で華奢な金田(かねだ)と見間違えるなど有り得ないはずだ。

 

金田(かねだ)!! ……誰だ! どうした!?」

(赤穂先輩! 昨日はナイタースキーに行っていたのに!?)

 

 血相を変え、赤穂(あこう)が乾燥室から走って来る。照明で一連の流れを見られてしまったのだ。だが、こちらが誰か見られていない。逃げるなら、今。

 焦ってでも走ろうとしたが、金田(かねだ)から足払いされて転んだ。

 

「ご心配なく、鈴森さんです! さて、ここは寒いので……お部屋でホットミルクでも飲みながら、お話しませんか?」

「鈴森……? ……?? 何が、どうなっているんだ?」

 

 金田(かねだ)の口元は愛想の良く弧を描くが、鋭い三眼目には吹雪が吹き荒れていた。

 下手な事を言えば、吹雪に巻き込まれる。そんな恐怖を覚え、赤穂へ助けを求めるように縋りついたのは仕方ないと――今でも思う。

 

○●……――赤穂先輩の部屋を借り、青褪めた鈴森はゴム合羽を脱ぐ。この極寒の中、彼女は汗だくだ。

 

「ホットミルクは赤穂先輩、入れて下さい。良ければ、白峰先輩も呼んで……」

「嫌……。絶対に……、金田(かねだ)君には話すから……」

 

 か細い声が反対し、これまた人の良い赤穂先輩は何も聞かずに頷く。そっと扉を閉めた。

 

「……許せなかったの……アイツが……、圭介をあんな目に遭わせた……」

 

 途端、鈴森は勝手に喋り出す。渋沢(しぶさわ)先輩と中学校時代から恋人関係であり、滑れないのにスキー部に所属しているのは彼と一刻でも傍に居たい為だと言う。

 

(……知らんがな)

 

 全く興味ない内容。そんな理由で殴られるなど、冗談ではない。(いち)は笑みを絶やさないように努めたが、気分は氷点下だ。

 

「試合中にピンディングが外れたのは、アイツがわざと仕組んだに決まってる! アイツだけは絶対に許さない! 許せない!」

 

 段々と興奮し出し、凄まじい形相の鈴森は声と口調を荒げる。最後にありったけの憎しみを解き放つ。止めどなく涙が溢れ、足の力を無くして座り込んだ。

 一先ず、泣き終わるのを待つ。興奮状態では何を言っても無駄なのだ。

 すすり泣く声が掠れ、ようやく涙は治まりを見せた。

 

「そのお気持ち、白峰先輩へ言ったのですか?」

「……言うわけないじゃない……」

 

 予想通りの返事に呆れ、(いち)はため息を口中で殺した。

 

「では、渋沢先輩が鈴森さんに言ったのですか? 仇を取ってくれって……」

「圭介は今も昏睡状態なのよ! 言えるわけないでしょう!?」

 

 当然の返事。今度はわざと大げさに溜息を吐いた。

 

「渋沢先輩に言われてからでも、遅くないのでは? そうすれば、気兼ねなく殺せるでしょう」

「……は?」

 

 意外にも、鈴森は呆気に取られる。スキー板のように硬い物で殴れば、人が死ぬのは必然。

 

「鈴森さん、白峰先輩を殺す気だったのでしょう? スキーカバーの中身は水で凍らせたタオルか何かですかね。ここの寒さなら、人を殺せる強度の氷くらい簡単に作れますよ」

「……金田(かねだ)君、アナタは白峰の味方じゃないの?」

 

 心外な部分を鈴森に指摘されても、こんな状況ならば、(いち)の立ち位置をそのように判断するのも頷けると言うモノだ。

 

「違います。鈴森さん、貴女の敵であるだけです。ですから、今回みたいに妨害します。渋沢先輩と共謀して白峰先輩を狙うなら、それも阻止します」

「圭介は……っ、いつだって……白峰を信頼していたのよ。こんな目に遭っても……!?」

 

 口走った言葉に鈴森自身が驚く。彼女が愛する渋沢先輩は決して、仇討ちを望む人間ではないと気付いたのだ。

 

「自分は渋沢先輩を知りません。事故の件について、何を思っているのか、知りようもありません。繰り返し言いますが、聞いてからでも遅くはありません。ただ、廃部は覚悟して下さい。人殺しがいるような部は認めませんよっ」

「……アナタ……その為? 廃部にしたくないから……あたしが敵?」

 

 自身の行動を棚に上げ、鈴森は慄く。非人道的な人間を見る目付きだ。(いち)は段々と腹が立ち、それでも笑みは崩さない。言い過ぎだと遠慮していたが、言わせてもらおう。

 

「そもそも……白峰先輩を許さないなら、それは本人に言うべきです。渋沢先輩の事故で直接、白峰先輩に文句を言っていたのは雪岡君だけでした。赤穂先輩みたいに庇う人がいるから、言いたくても言えないのかもしれません。でも、白峰先輩には鈴森さんの怒りを受け止める義務があります。ちゃんと自分の口と言葉で伝えて下さい。マネージャーではなく、渋沢先輩の恋人としてっ」

 

 真っ当に責められ、青褪めた鈴森は今度こそ言葉を失った。

 容易くはないだろう。それが出来る性格なら、こんな手段は取らない。わざわざ、鈴森が容疑者から外れるように偽装工作など、計画的にも程がある。

 

「鈴森!! 今、フロントに病院から電話があって! 渋沢が……意識を取り戻したって!」

「圭介が!?」

 

 扉の向こうから、赤穂先輩が慌てふためく。原因はホットミルクを3つ手にし、ノブが上手く回せない為だ。

 恋人の安否に鈴森が見事な瞬発力でノブを回し、廊下へ飛び出す。そこには白峰先輩がいても、彼女は目もくれなかった。

 (いち)は赤穂先輩からホットミルクを受け取り、微妙な温さが不味く感じつつも飲み切った。

 

「タイミングの良い時に連絡が来ましたね。お2人は何処から、聞いていましたか?」

「鈴森が渋沢とデキてたところから……」

「……俺を許せないって……とこだよ」

 

 ほとんど最初から、盗み聞きしていた様子。確かに鈴森も扉越しに聞こえるであろう大声だった。

 しかし、白峰先輩には堪えたのだろう。雪岡にネチネチと責められていた時と違い、苦しげに眉を寄せて汗ばんでいた。

 

(さて、渋沢先輩は何を言うやら……)

 

 目覚めた渋沢先輩からの電話と聞き、酔い潰れた面子以外がフロントにいる。顔面蒼白の白峰先輩が現れれば、皆は自然と受話器を持つ鈴森の傍へ行かせる。彼は断罪される気分でいただろう。

 

 ――だが、白峰先輩の罪悪感は無駄となる。

 

 何故なら、試合中にピンディングが外れたのは必然。直前になって、渋沢先輩が勝手に締め直した為に起こった自己責任であった。

 

「自分で……調整して……外れた……」

 

 これには屋根(やね)先生や春田(はるた)先輩、特に雪岡(ゆきおか)は愕然とした。

 

(……ああ、そう……やっぱりね……)

 

 職人並みに調整が出来る白峰先輩のミスでないなら、それ以外――つまり、渋沢先輩が己で手を加えた可能性があった。

 だが、白峰先輩や屋根先生を含めて、誰もそれを疑わなかった。

 それも当然。雪岡が言うように白峰先輩を頼り過ぎた為、彼の初歩的なミスだと信じ切っていた。

 

「ご馳走様でした」

「あ……ああ」

 

 (いち)は完全に白け、カップを赤穂先輩へ返す。これにてお役御免、後は就寝のみ。

 

〈悪いんだけど、笑美から白峰に謝っておいてくんない?〉

 

 今日までの険悪な部の雰囲気を知らぬ故、電話向こうの渋沢先輩は呑気にそう言った。

 

「ごめんなさい……勝手に勘違いして……」

「貴様のスキーの調整は特に細心の注意を払ってやったんだぞ! 何考えてんだ、渋沢!!」

 

 さっきまでの剣幕が嘘のように、しゅんと鈴森は詫びる。事の詳細を聞き、これまた白峰先輩も冷徹ぶりが嘘のように動揺しまくった。そして、まだ渋沢先輩に繋がったままの受話器を奪い、フロントの中心で憤りを叫んだ。

 

〈迷惑かけてゴメン。練習始まったらまた俺のスキー、ビシッと調整してくれよ。白峰の調整じゃないとさ、やっぱ……調子が出ないんだ〉

「勝手な事を言いやがって……」

 

 渋沢先輩の本音を聞き、白峰先輩はずっと堪えていた感情が涙となって爆発した。

 

「白峰なりに……事故の責任を感じてたんだな……。けど、誰よりも何よりも渋沢のスキーに細心の注意を払ったんだから、自分のせいだと言い出せなかったんだよな……。だって、本当にお前のせいじゃないんだから……」

 

 今度は庇うのではなく、赤穂先輩は白峰先輩を慰めた。

 

「白峰君……信じてなくて、ゴメンなさい……」

 

 もらい泣きに涙ぐんだ春田先輩を皮切りに部員達は次々と謝罪し、白峰先輩もそれを受け入れた。

 

 ――そんな話を朝方のジョギング中、尾根先生に聞いた。

 スキー部とは関係なく、(いち)の日課である。

 外へ出ようとしたところ、尾根先生とかち合った為にご一緒する羽目になった。

 

「鈴森さんが教えてくれた……。白峰君にしようとした事……。彼のチェーンナップ技術ばかりを取り立てて、……顧問として至らないばかりに、皆から相談してもらえなかった……そればかりか、金田(かねだ)君まで部の事情に巻き込んで、……本当にありがとう」

「尾根先生は顧問として正しかったと思います。ずっと渋沢先輩の証言を待っていたのでしょう? それなしに白峰先輩を表立って庇えば、内部分裂は避けられません。顧問は中立が一番ですよ」

 

 今回の場合は赤穂派と春田派だろう。ちなみに雪岡は春田勢。そこまでは口に出さないでおく。尾根先生も派閥争いは大体、把握済み。

 察したのだろうか、それ以上は彼女も言って来なかった。

 暖かいフロアへ戻れば、白峰先輩が2人分のホットミルクをテーブルに並べて待っていた。

 

「おはようございます、白峰先輩」

金田(かねだ)、少しいいか?」

 

 尾根先生は白峰先輩と視線で会話し、ホットミルクを持って去った。

 

「昨日、遠野に言われて参加したのかって聞いただろ。それの返事を聞いてなかった」

「ああ、あれは質問だったんのですね。……NOです。参加を命じたのは、あくまでも緒方先生です。スキー教室に参加する旨を伝えたところ、白峰先輩へ言付けを頼まれました」

 

 ありのまま、告げる。

 遠野先輩は決して、命令などしなかった。

 

金田(かねだ)君が自分から行ってくれるなんて、嬉しいよ。スキー教室に申し込んでくれる人がいないって、七瀬君が困ってたんだ。冬休みって時期も悪いし、ダウンヒルのエースだった渋沢君が転倒事故を起こして意識不明だもんなあ。不安に思っているかもしれないねえ。そう言えば……前に渋沢君から聞いたけど、彼には付き合っている彼女がいるんだって、……心配だね。君もそう思うだろ、金田君?

 

 人の上に立つ前生徒会長様、それに相応しき穏やかな微笑み。

 だと言うのに、こちらが命乞いをせねばならない程の圧倒的な威圧感。その手に斧でも持たせれば、頭からカチ割れて絶命待ったなし。

 (いち)がここにいるのは、スキー部存続の為? 白峰先輩の護衛? 否。自分の命惜しさ、つまりは生存本能による保身である。

 

「そうか……だがよ、昨日みたいな……俺の代わりに殴られようなんて、馬鹿な真似は2度とするな。屋根先生じゃねえけど、俺にも相談してくれ」

 

 申し訳なさそうに、白峰先輩は口元を曲げる。鈴森には反撃する気満々だったが、余計な心配をかけたようだ。

 勝手にした事なのに身を案じてもらえ、(いち)は少し照れ臭い。

 

「ありがとうございます……ご心配おかけしました」

「それと俺のスキーウェア、返せっ」

 

 温かったホットミルクと共に、胸の高鳴りが一気に冷める。着ていたスキーウェアを無言で投げ返した。

 

 残りの日程は何の問題もなく、順調にゲレンデを楽しんで終わった。

 

(スキー指導も問題なしっ、駅までバスに乗車。そこから新幹線、東京駅で解散……どう考えても、遠いなあ。来年するなら、もっと近場に出来ないか……遠野先輩に検討してもらおう)

 

 (いち)は帰り支度を済ませ、チェックイン前にガランとした食堂へ足を運ぶ。あの絵を見納める為だ。

 今日も変わらず、飾ってあった。

 

氷室 一聖(ひむろ いっせい)の作品ね、それっ。好きなの? 昨日も自由時間に、ずっと見てたしっ」

「!? 七瀬さん、絵画に詳しいのですか?」

「氷室画伯くらい、誰でも知ってるしっ。ほらっ、美術の中津川(なかつがわ)先生。前に画集を見せてもらったのよ。この絵も載ってたわ。……実はね、はじめちゃんが行ったバイトって言うのが、氷室画伯の邸宅なの。……皆には内緒ね、TV局のドッキリ番組関連だからっ」

「……!? お……」

 

 胃が痙攣して思わず、変な声が出た。

 

「……お?」

「……驚きました。演劇部のOBにそこまでの伝手があったなんて……、……背氷村へ行きたかったですね」

 

 金田一(きんだいち)を初めて、(いち)は羨ましいと思えた。

 そうすれば、否が応でも『あの人』は会ってくれただろう。そんな可能性が脳裏を過ぎ去り、胸がチクッと痛んだ。

 

「クスッ、でしょう? ふ~ん、邸宅のある地名まで知ってるんだ。やっぱり、好きなのね」

「……ええ、好きですよ。……氷室 一聖は世界一の天才画伯です。好きにならない理由はないでしょうっ」

 

 つい感傷的になり、口走る。キョトンとした七瀬の表情に気付き、羞恥心で耳の後ろが熱くなってしまう。大して親しくない彼女に話す事ではなかった。

 

「……あたし、ここに来て良かったかも。金田(かねだ)君と仲良くなれたし♪ 偶には演劇部へも顔を出してよね、出ないと先輩に顔を売れないよっ」

「お言葉を返すようですが……、生徒会活動にもキチンと参加して下さい。副会長、お冠でしたよ?」

 

 途端、サッと七瀬は顔を背ける。彼女にもサボっている自覚はあり、小気味いい。しかし、親しくなれば、遠野先輩に対する諸刃の剣と成り果てる。やはり、(いち)は演劇部から遠ざかろう。

 

金田(かねだ)君! 今、フロントにご家族から連絡があって――!!」

 

 血相を変えた尾根先生が駆け込んできた。

 

「アナタのご家族が……事件に巻き込まれて、このまま青森から……北海道へ向かって頂戴って!」

ッ!?

 

 まさに絶句、意味不明。

 血の気が引き、背筋も凍ったのに自分の感覚が現実味を帯びてなかった。

 

 ――アナタの始まりはいつですか? 

10年前? 5年前? 3年前? 2年前?

   少なくとも、自分の始まりはここからだ




俵田「青森県警の俵田だ! 白峰はすごいな。部内の評価が下げられたり、殺されかけたのに許しちまうんだから。さて、次回は『雪夜叉伝説殺人事件の後始末』!! 本庁の皆様も出るのか! そりゃあ、楽しみだ!」

渋沢 圭介
勝手な転倒事故を起こし、意識不明に陥る。事件終盤に意識を取り戻し、呑気に電話で真実を伝えた

氷室 一聖
雪夜叉伝説殺人事件、ゲストキャラ。世界的に評価の高い天才画伯

中津川 賢人
誰が女神を殺したか? ゲストキャラ。美術部顧問の美術担当
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