金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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ここから新章突入
F.19剣持警部視点の事件解決から青山家葬儀までの合間、実質の事件後日談です



2年生の春
C1.学園七不思議殺人事件さえなかったら(新年度)


 春休みを潰された全校集会、旧校舎に関わった被害者達へ黙祷が捧げられる。勿論、家庭事情や旅行中の為に不在の生徒も何人かいた。

 

――ふざけんなよ、的場!!

 

 体育館に整列した生徒の気持ちは事件のショックより、犯人への恨みに満ち満ちている。特に春季大会を終えたばかりのスキー部は息つく暇さえなく、学校へ集合する羽目になったのだ。

 集会後の生徒会室も重苦しい雰囲気を隠せない。新学期後に最初の土曜日が代休となっても、生徒の損した気分は抜けないのだ。

 生徒会執行部役員は一揃い、写真部員も来られるだけ入室。スキー部員は別室にて、写真部部長・江塔(えとう) 大樹(だいき)先輩から事件の詳しい事情を説明して頂いた。

 

「皆さん、お疲れ様でした。先ずは小田切先生、事件当時はありがとうございます。尾根先生、お忙しい中に調査協力を受けいれて頂き、ありがとうございます。津雲先生は本日、事情聴取の為に警視庁へ向かわれましたので、お礼は私の方から伝えます」

 

 何故か、ミス研会長・桜樹(さくらぎ) るい子先輩が感謝と労わりの声をかける。先生方は目礼にて返事した。

 ミス研は彼女1人だけ、当日に不参加だった鷹島(たかしま) 友代(ともよ)先輩は聖生病院へ患者のお見舞いへ行った。

 

「嬉しいお知らせです。真壁先輩と伊志田先輩に命に別条はなく、新学期までに退院できるそうです」

「「「も~っと休んでれば、いいのに」」」

 

 生徒会長・七瀬(ななせ) 美雪(みゆき)は清楚溢れ、仲間の無事を伝える。示し合わせのもなく、労わりの声が一斉に起こった。

 ミス研の真壁(まかべ) (まこと)先輩、写真部の伊志田(いしだ) (じゅん)先輩は自尊心の高さと傲慢な性格故、男子生徒と教職員に本気で嫌われている。彼らの退院と聞き、先輩方の表情は舌打ちを堪えていた。

 10年前の犠牲者・青山(あおやま) ちひろの葬儀には桜樹先輩が参列し、尾ノ上(おのうえ) 貴裕(たかひろ)の葬儀は警察の司法解剖が終わるまで、待つしかない。

 

「不満や不信を抱いたら、どうか、私達教師に相談して頂戴。頼れないかもしれないけど、1人で解決しようとするよりはマシなはずだから……」

 

 スキー部顧問の体育担当・尾根(おね) 静香(しずか)先生は生徒へ切に願った。

 夕方からの保護者会に向けての職員会議。その為に先生方が退室しても、疲労感でぐったりと椅子や地面へ座り込む生徒が多かった。

 

「警備員の立花さん……いなかったね。知らない人になってた」

「学校にいる理由もないのかも……」

 

 写真部部員・六野(ろくの) 冬花(ふゆか)鷹杉(たかすぎ) なぎさは警備員だった立花(たちばな) 良造(りょうぞう)を憐れむ。娘の失踪に翻弄され、残った家族さえも捨ててまで探した。

 (いち)も立花が過ごした10年を思えば、共感できる。だが、羨ましさが強い。何故ならば、父と娘は気付かず、傍に居続けた。

 不意に的場(まとば) 勇一郎(ゆういちろう)先生の30年を思う。決して同情など出来ず、許せぬ行為。青山の死体遺棄は時効が成立し、尾ノ上の殺人、他2名への傷害しか、罪に問えない。

 段々と氷室伯父の名を語っていた水沼(みずぬま) 貴雄(たかお)と存在が被る。怒りが沸々と煮え滾り、知らずと拳を握りしめた

 

「結局、『放課後の魔術師』はいなかったのですね」

「……そうね、秘密を隠していただけの……どこにでもいる人だったわ」

 

 棘のある自分の呟きは桜樹先輩にだけ届き、納得できる返事をくれる。その声色が脳髄に優しく響き、手の力は抜けた。

 

「あれ、もう終わってたんだ? こっちは執行部顧問が変なところで質問するから、中々終わんなくてさっ。長引く長引く~」

「まあまあ、江塔君。先生は事件当時にいなかったし、新聞に載っていない部分も知りたかったんだよ」

「いや、遠野。あれは野次馬根性だろ」

 

 江塔先輩、遠野 英治(とおの えいじ)先輩に続き、スキー部の白峰(しらみね) 辰貴(たつき)先輩が入室し、別室の会議も終わったと知る。

 

「桜樹先輩♪ 鈴森です! 今回、大活躍だったそうですねっ」

「鈴森さん、元気そうね。活躍したのは金田一(きんだいち)君よ、私が何日もかけた謎解きを一日足らずでやってのけたんですから」

 

 スキー部マネージャー・鈴森(すずもり) 笑美(えみ)は桜樹先輩とハイタッチの挨拶を交わす。

 

「うん? 七瀬さん、金田一(きんだいち)君は? アイツ、すげえ名推理だったのに新聞にも名前載せねえし、全校集会でも紹介されないわで……、この場で挨拶しても良かったんじゃないか?」

「はじめちゃんは……今日は用事があって……」

 

 江塔先輩は功労者らしき金田一(きんだいち) (はじめ)を気遣う。目を泳がせる七瀬の態度から、サボりと判断した。

 

「けどけど、金田(かねだ)君も見直しちゃった♪ 事件のあった部を今回は見逃してあげたのねっ」

 

 ニヨニヨと笑いながら、鈴森に褒め称えられる。指摘された瞬間、ハッと気付かされた。

 

「そうですよ、ミステリー研究会は廃部です。すっかり、失念しておりました。鈴森さん、ありがとうございます」

「「え?」」

 

 (いち)の廃部宣言に桜樹先輩と鈴森が間の抜けた声を出し、呆然となった。

 ずっと沈黙を貫いていた副会長が廃部手続きの用紙を出し、書記がペンを手に取る。目にも止まらぬ速さにて、桜樹先輩は紙を奪い取った。

 ここから、副会長と桜樹先輩のミス研存続に関するバトル勃発

 責任ある立場の論争は迫力が怖い。あまりの剣幕に恐れをなし、会計を含めた何人かが生徒会から逃げ出した。

 

あわわ、あたし……余計な事を言っちゃった……

「遠野先輩……、ミス研の廃部。どうにか出来ませんか?」

「……10年前、青山さんが所属していた推理小説部も、行方不明者が出た事で無くなったわけだし……。的場先生は逮捕されちゃったから、この問題の責任はもう取ったような物だけど……。う~ん……」

 

 鈴森は半ベソ状態になり、七瀬は遠野先輩へ助けを求める。彼は口を挟まず、それでも打開策を思案中だ。

 

「何が問題なんだ? 金田(かねだ)っ」

「教職員による事件発生、完全なる不祥事です。仮に温情にて、活動停止を言い渡したとしても、残った部員は3名、全員が新学期から3年生のみ。新入部員の勧誘をしなければ、来年度には部員がゼロの廃部です。そもそも顧問が欠員ならば、部として成り立ちません。よって、廃部です」

「……金田(かねだ)君、厳しいな。でも、そうか……。どう考えても、結局はそうなるのか……」

 

 白峰先輩に問われ、ミス研の状況を説明。江塔先輩は部長として廃部の単語に恐れ戦いた。

 

「だったら、津雲先生に顧問の掛け持ちを頼んでみる? 前からミス研は桜樹さんが仕切ってたし、写真部にも影響ないでしょ? ね、江塔君っ」

「六野先輩、それは……ちょっと津雲先生が可哀そうです。ただでさえ、伊志田先輩の件で苦情も多いのに……ミス研には真壁先輩が……」

「あ~分かる。あたしも真壁先輩が苦手で、ミス研は辞めたようなモンだしっ」

 

 閃いた六野先輩の提案は意外にも、鷹杉が反対した。鈴森が明るさを取り戻し、真壁先輩を遠回しに批難。よくよく考えれば、ミス研と写真部はそれぞれ科学教師の顧問と自信過剰だが、微妙に女子生徒にモテる先輩の存在と共通点が多い。

 

「ミス研が無くなっても、桜樹先輩達は写真部へ入部され……忘れて下さい」

「桜樹っ、スキー部はどうだ? スキー、滑れるだろ」

 

 妥協案を出したつもりだが、桜樹先輩の鋭すぎる眼光にビビって口を噤む。怯えた後輩を気遣い、白峰先輩もスキー部へ勧誘し出した。

 

「七瀬さんっ。金田一(きんだいち)君、とってもカッコ良かったわよねえ。彼の力が発揮されるのはミス研だけだと思わない?」

「え、ええ!? ……う~ん。今回のはじめちゃん、凄く頼もしかったし……すぐに事件を解決してくれたし……。でも……あたしとはじめちゃんも演劇部だから、掛け持ちは校則で禁止されてるし……」

((((今、さらりと……掛け持ちOKだったら、金田一(きんだいち)君とミス研に入るって言ってない?))))

 

 目を輝かせた桜樹先輩に手を握られ、躊躇いつつも七瀬は断らない。女子生徒は彼女の心情を勝手に汲み取り、微笑ましく見守った。

 

「桜樹君、無理矢理は駄目だよ。七瀬君も断るなら、ちゃんと断……」

「新入部員の事でしたら、ご心配なくっ。僕がいますっ」

「佐木君!? 何故、不動高校の制服を……貴方の入学は来週ですよ?」

 

 見かねた遠野先輩が2人を注意した時、佐木(さき) 竜太(りゅうた)がお馴染みのハンディカムを持ち、堂々と馳せ参じた。

 

「佐木君、ミス研入部の意思は変わらないのね」

「桜樹先輩、勿論です。金田(かねだ)先輩っ、確かに事件は起こりました。しかし、事件解決にミス研部員が自ら解決に乗り出しのも事実。問答無用の廃部ではなく、存続のチャンスを頂けませんか?」

「正論ですけど……佐木君、桜樹先輩とそこまで親しかったのですか?」

「佐木君は事件の時、普通にいたぜ」

 

 桜樹先輩と佐木が長年の間柄のように挨拶し、(いち)は更に混乱。江塔先輩の一言でまたも驚愕。ミス研会長はまだ入学前の中学生を平気で巻き込んだ。それに応じる側も大問題だ。

 

「……佐木君、金田(かねだ)君に決定権があると思ってる?」

「まあまあ、七瀬さんっ」

「校内で問題が起きりゃあ、金田(かねだ)実力行使(解決)して回ってんだぜ。またミス研に何かあれば、対処すんのは金田(かねだ)だろ。だったら、決定権もあるってモンだ。分かってんじゃねえか、佐木っ」

 

 佐木の態度に納得できず、七瀬は恨めしそうな目付きになる。現生徒会長を差し置いて、役職なきパシリに頼み込む様子が不可能なのだろう。クスクスと笑い、鈴森は宥めたが効果はない。

 また白峰先輩の冷静な分析を聞き、(いち)の負担を考えてゲンナリする。

 

「……自分は遠野先輩に従います」

「僕!? ……僕は今、桜樹君に肩入れしがちな意見しか、言えないんだよね。副会長は廃部一択……、キミに一任しよう

 

 突然に任されたのは書記。中立な立場とは言え、まさかの無茶振りにペンを持った姿勢のまま驚愕した。

 

 悩みに悩み、書記が下したミス研存続の課題。桜樹先輩すらも絶句せしめた難問中の難問。

 

「真壁先輩と伊志田先輩が協力して、事件をひとつ解決させる……中々、ブッ飛んだ発想ですね」

「期限は1学期の間……良いんじゃね? 真壁は『推理大賞』を取ってるし、伊志田が助手なら……イケるイケる」

「ある意味、お似合いね」

「……伊志田先輩、ミス研へ入れば……人数も増えて、一石二鳥ですね」

 

 条件を言葉にしても、無理難題。江塔先輩、六野先輩、鷹杉は完全に他人事であった。

 

「桜樹先輩、大丈夫ですか? 顔色、真っ青ですよ?」

「……フフフ、面白いじゃないの。部存続の為ですもの、簡単に熟せちゃあ……ツマらないわ」

「ほお……その足の震えは武者震いか?」

 

 慌てる鈴森に心配されたが、青褪めた桜樹先輩は見栄を張った為に白峰先輩から、からかわれた。

 

「え? 連帯責任にするのかい? 条件を達成できないと……写真部も廃部っ。う~ん、2人が一致団結するには……ちょうど良いかな……。大丈夫だよね? 江塔君っ」

「「「!?」」」

 

 写真部員の無責任な態度にイラッとしたらしく、書記は追加条件を出す。遠野先輩が快く認めた途端、3名は血の気が引いた。

 

「江塔君っ。私達、一蓮托生ね

勘弁して……

 

 元気になった桜樹先輩は困り果てた江塔先輩の手をガシッと掴む。そのまま、ミス研と写真部は緊張合同会議を行わんと退室。勿論、佐木も当たり前のように随従した。

 

「僕は先生方にミス研の顧問を頼めないか、聞いてみるよ」

 

 嵐のような騒動を見送り、生徒会も解散。遠野先輩は生徒会の鍵を返す目的とあり、副会長達と一緒に職員室へ向かった。

 

「なんか、とんでもない事になったわね。金田(かねだ)君……はじめちゃんに頼っちゃダメよね?」

「駄目ですよ。金田一(きんだいち)君には無関係な話ですっ」

 

 既に別件で無関係な金田一(きんだいち)を巻き込んだ身、彼に負担を背負わせたくない。

 

「そうよねえ……。かと言って……金田(かねだ)君も演劇部だし……あ! 金田(かねだ)君っ。今から演劇部に来ない? 今日の部活動は中止だけど、元々が稽古予定で部室に皆もいると思うの」

「……そうですね。稽古が出来なくても……布施先輩なら、台本の読み合わせをしているかもしれません」

 

 演劇部は春休み直前の演劇部全国大会を終えれば、来週の新勧に向けて稽古に励む。毎年、2年生が役者と裏方もごちゃ混ぜに舞台へ立たされ、演じる。幽霊部員である自分は個人的に多忙だった為、一切関与していない。

 目の前の七瀬も裏方組、役者として舞台には立たない。生徒会長業務を最低限ではあるが、要領良くこなしながら演劇部を疎かにしない。そこだけ評価すれば、彼女は見習うべき努力家と言えよう。

 

金田(かねだ)君……今、あたしを褒めた?」

「褒めていませんよ。七瀬さん、新歓の演目は何でしたか?」

「太宰 治の『春の枯れ葉』。主役の野中 弥一は神矢君っ。クジ引きで決まったの。彼から聞いてない……わよね」

「……今、聞きました。神矢君、照明係ですが……いきなり主役とはお疲れ様です。しかし、去年のシェイクスピアの『真夏の夜の夢』から一転して……珍しい演目の選び方ですね」

 

 演劇部顧問の音楽担当・緒方(おがた) 夏代(なつよ)先生は歌劇を選ぶ傾向にあり、日本作家の作品は初めてだ。

 

「聞いてないで思い出したけど、金田(かねだ)君の家へいつ行けば良い? 忙しいって言うから、ずっと待ってるんだけど……」

「……!? ……金田一(きんだいち)君と一緒に! その枕詞を忘れないで下さい。残念ですが、まだ立て込んでいます。終わり次第、こちらから声を掛けますのでお待ち下さい」

 

 唐突の確認事項にビビり、(いち)は周囲を見渡す。遠野先輩どころか、誰の姿も見かけずに一安心だ。

 

「ヤダッ。それだと金田(かねだ)君、一生あたし達を呼ばないつもりでしょう! 今日、行くわ。はじめちゃんも引き摺ってでも連れて行くから!

「今夜は保護者説明会で……祖父母は留守です……」

 

 強引な七瀬の無茶振りに辟易しながら、部室へ到着。ドア越しでも会話が聞こえ、礼儀としてノックにて中の反応を確かめつつ、入室した。

 

「「「七瀬 美雪(ちゃん、さん)!! 旧校舎の話なんだけど結局、どういう事!!」」」

「きゃ、落ち着いて……つまりね……っ」

 

 途端、七瀬は慌ただしい日高(ひだか) 織江(おりえ)仙道(せんどう) (ゆかた)有森(ありもり) 裕二(ゆうじ)からそれぞれの口調にて質問攻めになる。手慣れたようにひとつひとつ、丁寧に説明して行く。全員が傾聴した。

 

「「なんだ……真壁と伊志田、退院してくるんだ。そのまま、いなくなれば良かったのにっ」」

 

 演劇部部長・布施(ふせ) 光彦(みつひこ)先輩、早乙女(さおとめ) 涼子(りょうこ)先輩が入院中の同級生へ悪態付く。清々しいまでの嫌われ様、一層に憐れであった。

 

「尾ノ上君……、本当に巻き込まれただけなんて……」

「一度も口利いた事ねえけど、ショックだよな……。しかも、あの的場が……」

 

 月島(つきしま) 冬子(ふゆこ)と友人達、神矢(かみや) 修一郎(しゅういちろう)は尾ノ上を悼み、今一度、黙祷を捧げた。

 

金田(かねだ)君、大丈夫? 疲れているように、見えるわ」

「桐生さん、お気遣いありがとうございます。自分は平気ですよ。緒方先生がおられないのなら、職員会議はまだ続いているのですね」

 

 桐生(きりゅう) 春美(はるみ)に心配され、(いち)は笑顔を返す。疲れてはいない為、そう答えるしかなかった。

 

「あ、金田(かねだ)がいたっ。お前、新歓の公演には出れそうか? 裏方でも良いから、参加してくれ。楽器を演奏出来ただろ……ホルンだっけ?」

「ユーフォニ……」

「ピアノよ、金田(かねだ)君が得意な楽器」

 

 布施先輩に参加を促され、今、習得中の楽器名を適当に言われる。低音楽器のユーフォニアムと訂正しようとした瞬間、月島に口を挟まれた。

 ゾッとする。学校では緒方先生と遠野先輩にしか、ピアノが弾ける事実を教えていない。何度か音楽室のピアノを借りた事はあっても、周囲の確認は怠らなかった。

 佐木と同様に以前、デパートで試奏したのを見られた可能性がある。ならば、誰と一緒だったか知られている。また、あらぬ誤解が生まれているだろう。

 

「え? 月島さん。金田(かねだ)君って、ピアノが弾けるの?」

「去年の学園祭、演劇部の公演で緒方先生がピアノの伴奏するシーンがあったでしょう? 緒方先生が遅刻しちゃって、間に合わないかもって時……金田(かねだ)君が弾いてくれたじゃない」

「……? あれは結局、緒方先生は間に合っただろ? 舞台袖で見えなかったけど……」

 

 驚いた七瀬が代わりに質問し、月島の答えで納得した。

 そう、学園祭当日。

 緒方先生は朝のラッシュ時、交通事故に巻き込まれた。彼女自身に怪我はなく、現場検証などで公演時間に出勤は不可能。執行部顧問を通し、代打の伴奏を頼まれた。彼女が間に合ったように伴奏し切り、有森達もそう思い込んでくれた出来事。

 思い返せば、校内の執行部巡回中に月島だけが「お疲れ様」と声をかけてくれた。彼女だけにはバレていたと知り、羞恥心で体中が火照った。

 

金田(かねだ)君のピアノ。アレっきりだったから、次の公演にどう?」

「いや……その、お誘いは嬉しいのですが、バイトがありますので」

「なんだ、金田(かねだ)っ。照れてんのか」

「聞かせてくれよ、ピアノっ」

 

 今度は月島に優しく参加を促されたが、本当に部活へ割ける時間がない。春休みの残りはバイトに費やし、少しでも稼がなければならないのだ。

 照れ隠しと受け取られ、神矢がからかって来る。仙道がただ頼んでいるだけなのに、それさえも恥ずかしく感じた。

 

金田(かねだ)君っ、また廊下走ってる!」

 

 七瀬に注意される程、(いち)は猛ダッシュで逃げる。この後、桐生が不機嫌だったと後で聞いた。

 

 バイトをアイドルタイムで切り上げ、帰宅。駐車場に見慣れた客人の乗用車が目に入り、少しだけ気分上昇に原付バイクを停車させた。

 玄関に揃えられた女性用のヒールが正解を教えたが、別の靴もある。誰かの靴に似ていると言うよりも、同じ型だ。

 

「ただいま、帰りました……?」

「お帰り、金田(かねだ)君っ」

 

 よりにもよって、元気溌剌な七瀬に先回りされた。制服姿ならば、下校中と丸分かりだ。その行動力に感心を通り越し、呆れた。

 

(このパターン、前にも遭った!)

「えへへ。お祖母ちゃんにお電話したら、来ても良いよって~♪」

 

 現実逃避に不必要な瞬きを繰り返しても、照れ顔の七瀬は消えない。一気に疲労感が襲って来た。

 

「小説家の先生とお知り合いだったのね♪ 最初、金田(かねだ)君のお母さんかと思っちゃった……っ」

「隅に置けないわね、(いち)。可愛い子じゃないの」

「かほる先生……」

 

 クスクスッと笑いながら、推理小説家の多岐川(たきがわ) かほる先生が居間より顔を出す。年齢と見た目から、その誤解は仕方ないだろう。左手の薬指に指輪を填めていれば、尚更だ。

 だが、宝石の付いた指輪は婚約指輪らしく、何年も未婚。一度、指輪の相手を問うとしたが、誰かに防がれたのだ。勿論、我が父と呼ぶのも憚られる残間(ざんま) 青完(あおまさ)は絶対に違う。

 

「ようやっと帰ってきよったか、(いち)っ。ワシらが学校行っとる間、多岐川さんにお守り頼んどるさかい。おもてなししたれよ。後、女の子呼ぶ時は前以て言わんかい。洗濯物取り込んどる時に来よったから、ワシのパンツ……」

「あなたっ、お客様の前です! ネクタイが曲がっています」

 

 背広に着替えた金田祖父が早口で捲し立て、慌ただしく靴を履く。余所行きの着物を纏った金田祖母は二重の意味で注意しながら、夫の曲がったネクタイを整えた。

 高校生の保護者会は年齢層が幅広い、学校へ赴く為だけに意気込み過ぎである。

 

「多岐川さん、後をお願いします。七瀬さん、ゆっくりして頂戴。(いち)、夕食は台所に並べてありますよ。そのまま、居間へお運びなさい」

「ええ、お気を付けて」

「はい、お言葉に甘えますっ」

「……行ってらっしゃい」

 

 留守を任せた金田祖父母が車に乗り込み、発進するまで見送った。

 台所には指示通り、刺身の盛り合わせ、おひたしが3人分。炊飯器の中はタケノコの炊き込み、突然の訪問客を持て成す為に夕食の献立も張り切っていた。

 

「あたしも持って行くわ。これ、全部?」

「座っていて下さい……って言う前に……」

 

 (いち)が順番に運ぼうとすれば、ひょっこりと現れた七瀬がさっさと手伝う。金田祖母ならば働き者と称賛するだろうが、ウロチョロされたくない。

 

「七瀬さん、金田一(きんだいち)君の姿がありません。引き摺ってでも、連れて来るのでは?」

「家には電話したけど、まだ帰ってなかったの。もう良いわ、はじめちゃんも1人で来たんだしっ。今日はあたしだけ」

 

 今こそ、金田一(きんだいち)に居て欲しかった。寧ろ、自分が引き摺っても連行したい気分だ。

 

「フフフッ、素敵な子じゃない。(いち)は引っ込み思案だから、このくらい強引な子が良いのかもね」

「かほる先生は何か用事があったのではありませんか? 祖父が呼んだのではなく、頼んだと言っていました」

 

 かほる先生は正座で茶を啜り、完全に寛ぎ状態。そんな彼女を尻目にタケノコご飯を一膳、仏壇へ供える。りんを鳴らし、合掌。普段よりも夕飯時が騒がしくなるのを氷室(ひむろ) 一聖(いっせい)伯父へ詫びた。

 

「正解っ。不動高校の事件も心配だったし、来週の土日を空けて欲しかったのよ。その連絡をしたくても、いっつも通話中でしょう。来た方が早いと思ってね。これも渡したかったしっ」

「それは好都合です。来週の土曜日は代休になりました。午前からでもお付き合い出来ます」

「……新春特大号? ……ええ!? 多岐川先生、あの世界的な作曲家……御堂 周一郎と対談したんですか!? ああ!! 人間国宝の朝木 冬生まで一緒に!?」

 

 勝手に来週の予定を立てられながら、かほる先生はそっと卓へ雑誌を置く。七瀬は見出しを黙読し、ビックリ仰天。彼女の張り上げた声量に(いち)の動揺は掻き消されても、好奇心は湧き起こった。

 接点のない各業界の偉人3名、奇跡の対談など胸躍る熱い展開だ。

 

「ええ。私達、偶然にお互いを知る機会があったのよ。ある共通点が見つかって……これを今、世間に公表しない手はないって事でね。朝木さんから、お話を頂いたの」

「何ですか……その共通点って」

 

 かほる先生は自慢気に対談へ至った経緯を説明し、目を輝かせた七瀬は聞き入る。共通点に心当たりがあり、(いち)はスッと熱が治まった。

 

「だ~め、読んでからのお楽しみっ。これは(いち)から、借りなさいな。書店でも取り扱っているわっ」

「確かに、本屋で買わないといけませんねっ。金田(かねだ)君……絶対に買うから、先に読んでいい?」

「お断りします、七瀬さん」

 

 流石、かほる先生は勿体ぶる。しかも、雑誌の宣伝までこなす。興奮した七瀬の懇願は断固拒否、こちらも部屋に籠り、読み耽りたい衝動を堪えているのだ。

 

「う~ん、……分かったわよ。こんな組み合わせ……夢みたい~。うちの学校に朝木先生の娘さんがいるんですよ。中学校の時、御堂先生のお孫さんと同級生だったんですっ。彼女達も知ってるのかな~♪」

「あら、素敵な偶然ね。(いち)、知ってた?」

「……朝木 秋絵さんは知っています。ご本人から聞きました。御堂先生、お孫さんがいるのですか……」

 

 瞼の裏で御堂(みどう) 周一郎(しゅういちろう)先生が浮かぶ。氷室伯父との思い出を語ってくれた表情ひとつ、ひとつ。握手した感触を思い返した。

 

……ちょっとショックです

「は? ヤダわ、この子ったら……好きだったアイドルに子供がいて、ショックを受けたファンの顔しちゃってるわよ。そう言えば、対談中もご家族の話はなさらなかったわね。朝木さんもだけど……、独り身の私に気を遣ったのかしらっ、クスクスッ」

 

 御堂先生の家族構成など知らぬ身だが、勝手に独身と思い込む。心が裏切られたと騒ぎ立てた。

 

「優歌さんはお爺様の方針もあって、周囲に伏せていたわ。あたしは演劇部の公演で、ピアノを伴奏して貰った縁でね。それにしても金田(かねだ)君、御堂先生も好きなんだっ。前に画家の氷室 一聖も好きって言ってたわよね。同じ画家で蒲生 剛三とか、三夜沢 渉子は? 先月のコンクールで受賞したんですって。同世代だったら……絵馬 純矢もオススメよ♪」

「七瀬さん、博識ねえ。あら、ワサビはある? ないわね……(いち)っ。ワサビ、持って来て」

「はいっ、ご飯のお代わりは要りますか?」

 

 七瀬の人脈には恐れ入る。金田一(きんだいち) 耕助(こうすけ)の孫もそうだが、知らぬだけで氷室画伯の甥まで同級生だ。しかし、かほる先生のかわし方は見事。とても自然に話題から逃げられた。

 今だけ、氷室伯父の名を聞きたい気分ではなかったのだ。

 

「へえ、あの名探偵の孫まで不動高校に……しかも、事件を解決したなんて……私の小説より面白いじゃないの」

「とんでもない! 普段のはじめちゃんなんて、多岐川先生の小説に書けないんですから! 本当にだらしないし、授業もサボってばっかり、進級試験なんて合格ラインギリギリだったんですっ」

 

 ワサビを居間へ手に戻れば、憤慨した七瀬によって金田一(きんだいち)は貶められる。まさに不憫。

 

金田(かねだ)君、ピアノ聴かせてよ。家にあるんでしょ?」

「……っ、七瀬さん……話が飛躍し過ぎでは? 金田一(きんだいち)君のお話で盛り上がっていたと思いましたが……」

「盛り上がってたわ、(いち)が戻って来るまでね。1月に新しいピアノを買って貰えたんですって? 是非、聞きたいわ」

 

 七瀬の頼みに便乗し、かほる先生も期待の眼差しを向けて来る。生徒会長はともかく、普段から世話になっている多忙な推理小説家の望みならば、応えるしかないだろう。

 

「一曲だけですよ。あくまでも、かほる先生の為です」

「わあっ、金田(かねだ)君のピアノが聴けるなんて♪ 同じ演劇部の月島さんが彼はとっても好きな弾き方するんだって、教えてくれたんですっ」

「あら、その子は耳が良いのね」

 

 正直、楽しみな七瀬の望みを叶えてしまうのは癪だ。

 

 流し台の食器洗いは後回し、ピアノの部屋に客人をご案内。

 その名に相応しい防音構造になっており、換気の窓を開ければ、夜でもご近所へ楽器音を響かせない個人が持つには贅沢な環境。金田祖母の嫁入り道具オルガンと御堂先生より贈られたアップライトピアノが並ぶ。電灯のスイッチを入れれば、光の加減で使い古しと新品同様の輝きがより目立った。

 

「へえ……音楽室みたいに防音対策してある……意外と本格的なんだ……。2台も並べてるなら、誰かと連番したりするの?」

「はい、祖母と偶にします。かほる先生、リクエスト曲はありますか?」

「……私は何でもいいわ、七瀬さんに聞いて上げて」

 

 2台を物珍しそうに見比べ、七瀬はただ感心する。かほる先生は不思議そうにアップライトピアノを眺めながら、リクエスト権を譲った。

 

「多岐川先生、ありがとうございます。金田(かねだ)君、モーツァルトの『レクイエム』は……あからさまだから、『ピアノ協奏曲第23番』をお願い」

「……これまた難易度が高いですね」

 

 (いち)は演奏前にピアノの音律を確認、指に触れた鍵盤は問題なし。椅子へ座れば、自然と姿勢も整う。緒方先生の姿が脳裏を過った。

 緒方先生の指使いにて『第23番・第2楽章』を弾けば、尾ノ上や青山、発見された6人が浮かんでは消えた。

 『レクイエム』でなくとも、これもまた魂が慰められる程の旋律。

 どうか、安らかに眠り給えと本心のままに指を動かす。

 一曲を弾き終え、緒方先生が伴奏したように振る舞えた満足感は味わった。

 

「本当に緒方先生が……弾いているみたいだった……。尾ノ上君を……ううん、旧校舎にいた青山さんさえ、悼んで……」

「……っ、泣かせるつもりはありませんでした……」

 

 感激に笑い、七瀬は涙を流す。大粒の涙に驚かされ、ポケットを探してもハンカチがない。かほる先生がそっと彼女へ差し出してくれた。

 

「更に上手くなったわね、(いち)っ。緒方先生とやらは知らないけど、女性かしら。とても女性的な弾き方だったわ」

「はいっ、緒方先生は女の人です。とっても素敵な先生で演劇部の顧問なんです」

 

 意味深に微笑みながら、かほる先生の指摘は正しい。七瀬がハンカチで涙を拭い、緒方先生の人となりを明るく教えた。

 金田一(きんだいち)が居なくても、かほる先生が居てくれて良かった。

 

金田(かねだ)君、ピアノのお礼に洗い物するねっ」

「貴女はお客様ですよ。居間でじっとしていてください」

「ご飯までご馳走になったんだから、遠慮しないでっ。新歓の公演、良かったら伴奏してね♪ 曲は『荒城の月』をお願いっ。台本も置いておくから、弾くタイミングも確認しておいて」

「バイトがありますから稽古には……七瀬さん、人の話を……聞いて……」

 

 ピアノを楽しんだ七瀬は軽やかな足取りにて、台所へ行ってしまう。客人に洗い物とは言え、家事をさせたと金田祖母に叱られる予測が立った。

 

「ハンカチ、洗って返します。来週、自分はどちらへ連れて行かれるのですか?」

「秘密♪ 土曜日が丸々休みなら……金曜日の晩でも、良いわね。二晩は泊まる準備をしておいてっ。ああ、あの学ランも持って行くと良いわ。きっと、映えるわよっ」

 

 イタズラっぽく、かほる先生はウィンクする。そこまで秘密にするならば、きっと自分を喜ばせる算段があるのだろう。彼女と会えば、弱気は強気に、快調はより快活に変えられた。

 かほる先生にとって、友人の息子に過ぎない。だからこそ、遠慮なく甘えられるのだ。

 

「それは楽しみですね」

「その素直さ、七瀬さんにも見せて上げなさいな。彼女、アナタがいない間にちゃんと仏壇へ手を合わせてくれたわよ。良い子じゃないの」

 

 邪推はやめて欲しい。余計なお世話だ。

 瞬間、斧を持った遠野先輩が脳裏を過る。命の危機に青褪めた。

 

「……どうしたの……急に怯えたりして?」

「いえ……何でもありません」

 

 決して、遠野先輩が暴力を振るう様など、一度も目にした事はない。ただ、彼の想いに気付いているだけだ。

 今日、七瀬1人を招く羽目になったと知られた時の言い訳を今から、必死に考えた。




的場「……真壁、嫌われ過ぎだろ。……伊志田といい、なんでアイツらがモテるんだ? まあ、それは置いといて、皆のトラウマでお馴染みのトリックは……披露したかった。……ん? なんだっ、反省していない奴を見る目をするな。私はこれから取調だぞ! さて、次回は『死神病院殺人事件を解決した後に』!! 聖生病院かあ、他人事とは思えないなあ……」

金田 一
オリ主、生徒会執行部のパシリ。氷室 一聖の甥
村上 草太のような立ち位置を目指しましたが、氷室の縁者である時点で重い設定と後から気付いた

七瀬 美雪
忘れ去られがちな現生徒会長、演劇部でも顔見知り

金田一 一
現時点で面識がない

佐木 竜太
中学校在籍状態で旧校舎事件に遭遇し、金田一の推理ショーを見届ける。オリ主のバイト先の常連

金田祖父母
穴埋めオリキャラ、氷室の両親

残間 青完(あおまさ)
穴埋めオリキャラ、オリ主の父。氷室と義兄弟


推理小説家・多岐川 かほる
蝋人形城殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、生前の氷室と交流があった。オリ主も度々、世話になっている間柄
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