金田少年の生徒会日誌 作:珍明
放課後の部活動は急用にて、休ませて頂く所存。
その言葉に嘘はなく、来客用駐車場に迎えがいる。金田祖父と他に1台あった。
待ち草臥れた金田祖父の運転にて、
約1時間も走る内、建物の数は減り、田園風景が広がっていく。都内とは思えぬ緑豊かな田舎町へやって来た。
待ち合わせ場所の駅前に到着し、疲労感丸出しの金田祖父へ感謝して車を降りる。流石は森林力、肺に取り込む空気の旨味も違う。そして、街よりも寒い。
蛇行運転気味の車を心配しながら、見送る。頃合いを計ったように電車が到着すれば、待ち人も旅行鞄を手に現れた。
「待たせちゃったかしら、
「こんにちは、かほる先生。自分も今来たところですよ。お荷物、持ちましょうか?」
名の知れた推理小説家・
「ここは良い場所ですね、雰囲気が好きです」
「あら、お目当てはここじゃないわよ。バスに乗って行くの」
バス停を指差され、既にバスを待ち侘びる先客がいた。
着物姿のご婦人は金田祖母より若いが、刻まれたシワも気品ある佇まいだ。
問題は高校生らしき、若い2人組。不動高校新入生・
寧ろ、本人達。
(何故……なんで? 何が……?)
意外な面子に組み合わせ、
「多岐川せんっせ~い、宇治木で~す! 同じ電車とは奇遇ですねっ」
「げっ、宇治木さん……先日はどうもっ」
(げえ!? 尾高山で会った……記者の宇治木さん……)
週刊誌の記者・
こちらは背筋が凍り付く。宇治木とは先日、顔を隠した状態だが、面識を持つ。その際、上手く逃げ遂せたが、今回は別問題を追及される予感。
「ホームの写真を撮ってたら、先生のお声がしてっ。あっ、息子さんとご一緒ですか?」
「「違いますっ」」
予感的中、ゲンナリした気分で即座に否定した。
「ごめん。多岐川先生にはお世話になったし、ご家族にも感謝を伝えたくて……」
「アナタ、こんな片田舎で何をしているの? 休暇には見えないけどっ」
「バス、来ましたよ」
これ幸いと到着したバスへ乗り込み、宇治木から逃げようとする。だが、彼も一緒に乗車してきた。
「もしかして、お2人も夜桜郷へ行かれるんで? 俺もですっ」
「嘘でしょう……。まさか『夜桜亭』に泊まるとは言うんじゃないでしょうね?」
「……!? かほる先生、『夜桜亭』に連れて行ってくれるのですか?」
当たり前のように近い席へ座り、宇治木は愉快そうに行先を告げる。かほる先生が露骨にウンザリした。
たった今、行先を知ってビックリ仰天。
亡き伯父・
「お客さん、このバスは夜桜郷行きだよ。知らずに乗ったのかい?」
「はい。秘密だと言われましたので、詮索しませんでした。かほる先生、ありがとうございます」
「その驚いた顔、着いた時に見たかったわ。宇治木さん?」
「ごめん……って……。多岐川先生も旅館の名前、言っちゃってますよ~」
運転手にクスクスッと笑われても、
「あれ……金田先輩?」
「……見た事あるジャケットだと思ったら、金田か……」
「……!?」
状況に気を取られ、先に乗車していた不動高校の2人組を失念。呼ばれた瞬間、血の気が引いた。
「……
「……はい。佐木君、白峰先輩っ。ご紹介します。かほるさん、いつもお世話になっている方です。宇治木さん、週刊誌の記者をされています。こちらは同じ高校の3年、白峰先輩です。同じく1年、佐木君です」
「どうもっ、宇治木です。キミ達も『夜桜亭』に泊まるのかな?」
「はい、そうです」
かほる先生がキョトンとし、悩んだ自分は状況を整理する。とにかく、それぞれの紹介を先に済ませた。
佐木のハンディカムに物ともせず、宇治木は愛想良く丁寧に名刺を差し出す。無愛想な白峰先輩は社会人相手でも会釈のみ。
「かほるさん……もしや、多岐川 かほるさんですか? ミステリー界の女王にお会いできて光栄です」
「私をご存じ? 女王だなんて、お世辞の上手い事♪」
流石はミステリー研究会、大物小説家をキチンと把握している。かほる先生も気分を良くした。
「小説家の世界にも、女王がいんのか……与謝野晶子みたいなもんか?」
「白峰先輩、その方は詩人です」
真剣な態度の白峰先輩から問われ、失礼にならぬ様に訂正した。
「お2人は一緒に『夜桜亭』へ? 偶然にしては出来過ぎです」
「白峰先輩は一学期だけ、ミス研に入部してくれたんですっ」
「俺だけじゃなく、鈴森もな。単なる数合わせだっ。今日はっ、月曜日の部活紹介で使う資料作りに来たんだよ」
意外な展開と多過ぎる情報に理解が追いつかない。
「つまり……部費で旅行に来ているのですか?」
場合によっては校外活動でも、生徒会執行部の役割を果たそう。
「あ、待って下さい。ちゃんと顧問の須貝先生からの提案なんです。決して、部活動にかこつけて、羽目を外そうとかしてないですって」
「急に執行部の顔になるな、金田っ。……桜樹が例の事件を部活紹介で、発表しようとしたんだよ。新聞に載ってない裏事情とかまで……須貝が「ふざんけんな」って、却下して。ミス研には都内で起きた未解決事件の資料があるだろ? 時効の過ぎた事件を調査しに現場へ行く。そんな感じの紹介にしておけって話だ」
ミス研の会長・
「学校で起きた事件って……つい、先週でしょう。今まで色んな事件物を書いた私が言うのもなんだけど……人の心無さすぎじゃない?」
「ええ……桜樹先輩はそういう所があります……」
かほる先生に眉を顰められ、言葉を出来るだけ選ぶ。桜樹先輩は廃部の危機に晒され、必死に存続の為に動き回っている。そんな事情を省いても、
「肝心の桜樹先輩は?」
「鷹島先輩、鈴森先輩と学校に残って、紹介文の作り直しです。僕ら以外に真壁先輩と伊志田先輩も調査へ行きました。ルポライターの方が引率を引き受けてくれたので、キチンとやってくれますよ」
本来ならば、須貝先生が引率だろう。ミステリールポライター・
「……先週、都内の高校で起きた事件……。あっ、キミ達は校舎から遺体が出たって高校の生徒かい?」
「「!?」」
閃いた宇治木が声に出し、運転手と老婦人の顔色が変える。都内の私立高校と名称は伏せられたが、制服姿を着た犠牲者の写真は掲載された。
記者ならば、学校の特定は可能。しかし、あえて宇治木は学校名を出さなかった。
「流石、記者さんですね。こんなに早くバレるとは……」
「まあね。しかし、大変だったろう。夜桜郷は花見の名所だ。心が洗われるよ」
感心した佐木がまた無遠慮にハンディカムを回しても、宇治木は慰めて来る。記者ならば、学校側の裏事情などは是が非でも、追及したいはずだ。事件関係者に敬意を払う様子が失礼ながら、物珍しかった。
「オニーサンの言う通りよ。夜桜郷の桜は丁度、見頃。楽しんで帰りなさい。そこのアナタ……その学ランは? 新聞にあった写真の生徒さん、ブレザーに見えたわ」
「……高校はブレザーです。こちらは伯父が昔、着ていました。廃校になりましたので、自分の普段着にしています」
ずっと黙り込んでいたかと思えば、老婦人は優しい口調で花見を勧める。すっと学ランへ目配せしてきた為、
「そう、素敵な心掛けね」
「御婦人も着物がとてもよくお似合いです。髪の色に合っています」
学ランも褒められ、御婦人の着物も上品故に言葉をかける。
「あ、そうかっ。ごめん、なんか変だと思ってたら、学ランを着ているからか……」
「僕もなんで学ランだろうとは思ってましたけど、金田先輩の趣味かなって」
「着られている感じが金田っぽくて、良いぞ」
(ん? 未解決事件……調査……。……猟奇殺人事件……)
ここぞとばかりに学ランへ注目されたが、嬉しくない。
様々な単語から、夜桜郷の猟奇殺人事件へ繋がる。桜樹先輩と白神の会話を盗み聞いただけで詳細は知らぬが、悍ましさは十二分に感じた。
誰もその話に触れず、知っているかどうかさえも、問いかけは控えよう。
山奥の停留所にてバスを降り、剪伐された木々に囲まれた洋館『夜桜亭』へ辿り着いた。
(伯父さんの邸宅に……似てんな……)
予想よりも敷地面積が広く、石造りの外部床、木造の壁、ストレート切妻屋根は清掃がしっかりと行き届く。何よりも、開放的な雰囲気は客人を歓迎していた。
「昭和初期に造られたサナトリウムだったんですよ」
「成程、それで人里離れた場所にあるのですね。都内の喧騒からも離れ、名所の穴場スポットに相応しいです」
「……? あの着物のバアサンはどこ行った?」
「そのまま、3人とも動かないでね」
高校生3人が建物を見上げ、宇治木に撮影される。その直後、正面の扉が開いた。
「いらっしゃいませ! 不動高校ミステリー研究会の方、多岐川様と金田様、そして宇治木様ですね。オーナーから伺っております。私、アルバイトの葉崎 栞と申します」
「同じく敷島です。何なりとお申し付けください」
黒髪を流した眼鏡の
「キミ、可愛いね。夜桜郷の子?」
「いえ、静岡から来ました」
「荷物、持ってくれる?
「はい、喜んでっ。皆さんの分もお持ちしますよ」
大人2人は遠慮なく、アルバイトへ話しかける。敷島は慣れた手付きで大荷物を運び、それぞれの部屋と案内して行った。
「古い写真が多いな」
「これは絵ですね。下描きのまま飾ってるんですか……」
「……!?」
白峰先輩の歩幅に合わせ、廊下を歩く。正面玄関から、壁に写真が飾られる。白黒もあれば、色あせたカラー写真もあった。
何気なく佐木は一瞥し、すぐに通り過ぎる。だが、自分だけは釘付けになり、体が硬直した。
スケッチブックの用紙を額縁に入れただけの簡素な絵。桜の木が奥行きまで連なり、葉っぱと蕾の形から秋か、初冬の季節。色もないのに空の青さを感じ取った。
下描きでも、判断できる。氷室伯父の絵に間違いない。喜びに胸が熱くなった。
「
「……はい」
かほる先生に呼ばれ、我に返った。
「金田様のお部屋はこちらです。浴場は男性が1階、女性が2階。ご利用時間は夜10時までです。そして、この部屋の鍵をお渡しします。お部屋の出入り、またご就寝の際は施錠をお忘れないように」
「……精巧な鍵ですね。紐がアクセサリーみたいでお洒落にもなります」
元は隔離施設、病室に閉じ込めた患者対策の名残だろう。敷島に手渡され、外国製品だと一目で分かった。
「そう言って頂けると幸いです。予備はありませんっ、紛失にご注意下さい。今日は夜桜散歩がありますので、早めの夕食になります」
「……貴重品、分かりました」
敷島の説明を受けた瞬間、無くさぬように首へかける。彼がいなくなり、ジャケットを脱ぐ。下描きの絵を想いながら、氷室伯父の日記に書かれていた内容を呆然と思い返そうとした。
「金田先輩、こちらに目を通してもらえますか? 40年前に起こった未解決事件の資料です」
「新聞の切り抜き……歴代の会長が付け加えたメモ書きもありますね。意外と本格的です」
「こんな物がいくつもあったぜ。推理小説部だった頃から、引き継がれてるんだとよ。肝心の事件内容、見てみろ」
佐木と白峰先輩がノックもせずに現れ、資料を渡してくる。全く興味なかったが、ミス研の活動内容を確認させる姿勢に感心した。
エリート医師による凶行『血吸い桜』、そんな見出し事件状況が内容大まかに掲載されている。事件が発覚し、容疑者は逃亡した為に動機は不明とあった。桜の木の根元に埋められた遺体、医療関係者、旧校舎の事件と酷似する点は多い。
「これは……うちの学校も他人事ではありませんね。何故、この事件にしたのですか?」
「須貝が書類を見ずに2つ選んで、俺と伊志田のジャンケンで取ったっ」
「犯人は捕まってませんが、警察の捜査で遺体は掘り返されたとあります。運悪く遺体を見つけた! なんて事はないと思います。的場先生みたいに『夜桜亭』を見張っていたとしても、大事にはならないでしょう」
事件を選んだ理由は偶然だが、安全対策が皆無。もしや、佐木は先日の事件に遭遇した為、危機感が狂っている可能性もある。執行部であり、先輩として後輩の身を守ろう。
「一応、言っておくが……金田が犯人を見つけたら、俺達に相談しろよ。1人でどうにかしようとすんな。寧ろ、通報しろ。絶対だぞ」
「白峰先輩、人を猟犬みたいに言わないで下さい。少しお話する程度ですよ。ただ大勢の前だと犯人も興奮してしまう恐れがありますので、静かな場所で2人きりに……」
「それ、絶対に駄目です」
先輩、後輩に念押しされる。確かに執行部のやり方はあくまでも生徒同士、社会人には通じない恐れはあった。
元々、かほる先生と純粋に旅行へ来た身、ミス研の調査とは無関係。彼女の新作のネタになりつつ、調査の手助けもしようと一先ず、思った。
「アナタ達、まだ喋ってるの?」
「金田君、学ランそのまま? ごめん、着替えてる途中だった?」
「かほる先生、お借りしたハンカチ。お返しします」
大人2人もノックしない。やれやれと
「皆さん。鍵の紐、色違いですね」
「ええ、そうよ。部屋によって色を変えているんですって」
紐付き鍵の話題で盛り上がり、5人で食堂へ向かう。
桜模様のソファーと木製の椅子がテーブルを囲う。各席の名札を見れば、予約客の人数が一目瞭然。何故か、
食堂の壁にもいくつもの写真があっても、絵は一枚もなかった。
「あら、綺麗な方ね。昔の女優さん?」
「若い頃のあたしですよ。ようこそ『夜桜亭』へ。オーナーの藍染と申します」
ワンピースに帽子の淑女。そんな写真を眺め、かほる先生は称賛する。バスで一緒だった御婦人・
「……ふうん、確かに眉と生え際の形が同じだわ。バイトの子達が名乗ってもないのに、私達を言い当てたから……どうしてかと思ったわ。アナタが報連相したのね」
「ご明察、流石は推理小説家の先生だね」
「バアサン、なんでサナトリウムを旅館にしようと思ったんですか? 穴場で良い所だけど、近場の駅からも遠すぎっスよ」
「「白峰先輩っ」」
かほる先生と藍染オーナーが意味深に笑う中、白峰先輩がズバッと問う。佐木と2人で焦った。
「ほら、旧校舎の件もあるしよ。責任者が……な?」
「「露骨すぎますっ」」
前例から、白峰先輩は警戒態勢に入る。取材も含めているつもりだろうが、藍染オーナーに失礼。
「昔、あたしがサナトリウムで養生した事があってね。ここが閉鎖された時に買い取ったのさ」
「……っ。ちゃんと治って良かったですね。後遺症とか、平気ッスか?」
「おや、優しい。この歳まで……体は持ってるよ。ありがとうね」
「そっか、無理すんなよ」
藍染オーナーは気を悪くせず、簡単に旅館経営の経緯を語る。急に白峰先輩は彼女を労わり出す。彼は右足の大腿を複雑骨折し、その後遺症は治せない。元患者という立場の人を知らずと、気遣ってしまうのだろう。さっきの無礼な態度は少し幻滅したままだが、
「藍染さん、廊下の絵について……」
「いらっしゃいませ、お客様。私は料理人の北屋敷と申します。何か、ご夕食に苦手な食材などはありますでしょうか?」
「へえ、客の好みを聞いたりするんだ。サービスいいじゃん。俺は何でも、大丈夫っ」
「私も出される料理に、好き嫌いはないわ」
「俺は半分程、少なく欲しいですっ」
「僕も作って貰った料理は全部、食べます。金田先輩?」
「……豚肉のように脂身の多い物は避けて頂ければ、幸いです」
「承りましたっ」
宇治木が感心して答え、かほる先生、白峰先輩、佐木と順番に答えて行く。変に動揺し、楽しい雰囲気が台無しになる。質問なら、宿泊中に聞けば良いのだ。
要望を聞き終え、北屋敷は愛想よく下がる。皆が指定された席へ座った時、廊下の騒々しさが来客を伝えた。
「絵東様、斧田様、冬部様。今年もありがとうございます」
「ああ、どうも。藍染オーナー」
「あの……多岐川先生じゃありませんか? ……特大号、読みました……っ」
「ほ、本物だあ!? 俺、斧田 鏡一郎と言います。こう見えても、社長なんですよ。こっちは絵東 ちなつ、医者やってます。んで、そっちは冬部 蒼介、弁護士です。俺達は毎年、ここに来るんですよ。なっ、冬部」
藍染オーナーの挨拶に弁護士の
「若い方に知られて、光栄ね。なら、ついでに紹介するわ。その特大号を担当した記者、宇治木さんよっ」
「ついで……どうも、ご紹介に預かりましたっ。記者の宇治木です」
「これはご丁寧にっ」
雑な扱いをされても、宇治木は流石プロ。笑顔を絶やさず、斧田社長と大人の名刺交換。
「医者の絵東……江塔と名前の響きが一緒だな」
「斧田って人、凄く若い感じがしますけど……社長なんだ……。二代目かな」
「弁護士……、背広とかスーツの人はよく見ますが……革ジャンの人は初めてです」
高校生3人が社会人3人に勝手な意見を述べる。
「いらっしゃいませ、虎元様ですね。お席はこちらになります」
「……」
「あの人、常連の方ですかね。見晴らしの良い、窓際の席に案内されましたよ」
「ええ、そう思います」
マスクを着けたご老人・
「あ~もう疲れちゃったわ!」
「毎年ありがとうございます。三夜沢先生、今年は桜がとても紅味が濃くて……」
「……!?」
美術界でも注目株の
しかも、狙ったように三夜沢画伯の足元まで転がる。スケッチブックを持たない片手で、彼女は丁寧に拾ってくれた。
「ありがとうございますっ。画家の三夜沢先生ですね。先月のコンクール、受賞おめでとうございます」
「あら♪ ありがとう。そうそう、藍染さん。廊下の絵ってどうしたの? 去年までなかったし、写真以外を飾るなんて、珍しいっ」
「あれは北屋敷さんの持ち物なんです。あたしが気に入りまして、お借りしているんです」
三夜沢画伯と愛染オーナーの会話を背に、
「金田先輩、画家に詳しいんですか?」
「皆さんが知っている程度ですよ。吉良 勘次郎さんのようにっ」
「……知らねえ……」
他愛ない会話をしていれば、藍染オーナーが暖炉の位置へ立つ。すっと皆が傾聴の姿勢になった。
「本日はようこそ、『夜桜亭』にお越しくださいました……先ずは暮れなずむ庭園の桜をご覧ください!」
藍染オーナーが言い終えた瞬間、葉崎がカーテンの開閉紐を引っ張る。
――紅い花びらが舞い込んできた。
一つ一つ、染めたように紅い。視界にある桜林の花が全て紅かった。
「……血が通っているようです……。綺麗……」
花びらを手にしてみたが、植物の感触そのもので少し残念に思う。
「正解、良い感性してるわね。ここの桜は人の血を吸って、あんな色になったんですって。だから、『血吸い桜』って呼ばれるのよ。でも、こんなに紅いのは初めてだわ♪」
「……これが……」
「……っ……」
三夜沢画伯がクスクスッと笑い、納得した佐木はカメラを回し続ける。白峰先輩は気味悪そうに顔を顰めた。
「葉崎さん? すっげ~顔色悪いけど、大丈夫?」
「敷島さん。う……うん、へ~きよ!」
(葉崎さん……?)
目の縁に捉えた葉崎の顔色が土気色になっていたのは、何故だろう。もしも、花びらが血液ならば、彼女に分け与えられる。有り得ない程、夢見心地な気分に浸った。
北屋敷の料理が次々と運ばれ、
「もしかして、小説家の多岐川さん! ここの『血吸い桜』をネタに新作ですか?」
「ただの旅行よ。確かに……一度は小説のネタにしようと思って、調べはしたわ。途中で断念したけど……」
三夜沢画伯に気付かれ、興味津々に問われる。かほる先生は懐かしそうに思い返す。美味い食事は心を開放的にし、知らぬ者同士でも会話を弾ませた。
「斧田さんは自らIT企業を起こして……僅か数年で大成功とっ」
「まあ、そういう事ですわ。このロマネ・コンティを呑めるくらいにはねっ。桜の会は仕事が軌道に乗って、5年前から始めましてな」
「ここに集まると今年も頑張らなきゃって、思う。それがあたし達、3人の成功の原点よ」
いつの間にか、宇治木は斧田社長と絵東医師へ取材、冬部弁護士は相槌打ちのみ。彼らの席にある高級ワインは斧田社長の自前、彼は毎年違う銘柄を持ち込むそうだ。
「……あのジイサンだけ、料理出てねえなあ」
「本当ですね……桜だけ眺めて……」
「あちらの虎元様、食事はお部屋で取られるそうで……」
白峰先輩と佐木の疑問に葉崎は丁寧に教えてくれる。彼女はこの春が初めての勤めであり、常連に関しては他の従業員から聞いた限りだ。
人前で食事したくない性分の人もいる為、あまり気にかけなかった。
それ以上に舞い散る花びらが美しく、何度も食事の手が止まってしまう。その様子を佐木のビデオレンズが逃さず、捉え続けた。
「金田先輩は多岐川さんの影響で『血吸い桜』に興味を持たれたんですか?」
「いいえ、桜樹先輩から名前を聞いた程度です。自分は『夜桜亭』に興味があったのですよ。春に来たいと思っていました。桜の咲いた季節に……」
あの事故がなければ、翌春には氷室伯父と来るはずだった。
不意に過った言葉が名も無い感情となり、ナイフとフォークを強く握らせた。
「実際、良い旅館だよな。近くにスキー場はないのか? 俺はスキー部でな、次の合宿に提案出来るっ」
「スキー場はないですねえ。釣りのスポットなら、ありますよ。普段は渓流釣りのお客さんばかりなんです。桜の時期だけはガラリと客風が変わって、ちょっとクセのある方々が毎年、来るんですよ」
花見以外にも、渓流釣りとは意外。しかも、春の常連客は曲者呼ばわりしており、敷島は発想が面白い。大まかな説明を聞き、白峰先輩は真剣に思案中。スキー部による渓流釣り合宿でも、十分に楽しめる。
「白峰様はスキー部もなさっているんですか……。通りで、ガタイが良いと思いましたっ。お2人も運動部とか?」
「僕はミス研一筋です」
「自分、演劇部です」
会話を弾ませようと敷島が質問した為、2人で順番に答える。途端、佐木がビックリしてハンディカムを下ろす。眼鏡を外してまで、じっとこちらを凝視した。
「金田先輩、演劇部なんですか? 去年の学園祭も秋の高校生演劇コンクールも入学式の新歓公演も観に行ったのに、いなかった……ですよね?」
「……学園祭と入学式は伴奏していました。役者だけが演劇ではありませんよ。……何故、高校生の演劇コンクールを観に行ったのですか?」
「父に撮影の仕事が入りまして、僕も助手をやっていました。……伴奏はピアノしか……っ。あ~なんで気付かなかったんだ……」
(知らんところで、不動高校と関わってんな。コイツ……)
驚いた表情のまま追及され、勝手に閃いては悔しがる。珍しい佐木の反応、
「……白峰先輩は知ってたんですか? 金田先輩が演劇部って……」
「ああ、雪岡に聞いた。でなきゃ、金田はスキー部に入れる。絶対っ」
「流石に……スキー部と執行部は両立出来ません。演劇部も幽霊部員ですよ」
不動高校は運動部に力を入れ、大会や他校との練習試合に向けた年間スケジュールが過酷の極み。勿論、計画的な休みはあるが、それを執行部に割り当てる生徒はいない。
「悔しい……。金田先輩をよく知っているつもりだったのに……」
「自分、佐木君をよく知りません。それでも、貴方を可愛い後輩だと思いますよ」
佐木の落ち込んだ姿を可哀想に思い、励ましの本心を伝える。眼鏡の奥にある瞳がパッと輝いた。
「勿論、白峰先輩もカッコイイ先輩ですっ」
「……どうも。お前ら、仲良かったんだな。同じ中学か?」
「いえ、僕は金田先輩の……バッ!?」
白峰先輩の質問に佐木が勝手に答えかけ、
「佐木君とは出かけ先でよくお会いまして、それで知り合ったのです」
「……そうか……、足はやめてやれ」
嘘偽りのない説明を聞き、白峰先輩は痛がる佐木を労わった。
「多岐川さん、さっきから何をメモしちゃってるの? あらあら、高校生の会話?」
「聞こえる話が面白くて……ついね。三夜沢さんの桜……パッと見ただけで、丁寧ねえ……。とっても繊細だわ」
「毎年のように来ているから、ここの桜は描き慣れているわ。けど、この色を表現するのは本当に難しそう。絵の具に血でも混ぜようかしら……フフフ」
「……ホホホ、面白い事を言うわねえ……冗談よね?」
かほる先生と三夜沢画伯の会話から、
「藍染さん。ここの桜は毎年、この色で咲くのですか?」
「残念だけど、今年は特に紅味が濃いの。普段は他より赤いかな~って言われるのよ。鮮やかな色合いでしょう。そんなに気に入って頂けるとはね」
来年の為に聞いてみれば、今年だけの紅味。藍染オーナーが殊更、可笑しそうに微笑む。途端、虎元は退席していく。その姿を目の端で捉えながら、気付いた。
(虎元さんだけ……、挨拶されてない? 常連なのに……)
「金田先輩。僕はデザートの後に取材へ行きますが、一緒にどうですか?」
「……白峰先輩は行かないのですか?」
「俺はジイサンに取材しに行く。佐木は料理人の方だ。分かれた方が効率的だろ」
都内とは言え、見知らぬ土地。高校生とは言え、未成年。時効は過ぎたとは言え、未解決事件。事件の取材を単独で行うなど火曜サスペンス劇場ならば、真っ先に死亡確定。
「3人で行きましょう」
「「何故?」」
咄嗟の提案に疑問で返され、
金田一「金田一はじめです。閲覧、ありがとうございま~す。原作だと俺、美雪、佐木2号で『夜桜亭』に行きます。葉崎さん、本当に美人だし~。オーナーも若い頃、モデルみてえでさ。も~桃源郷じゃん♪ さて、次回は『吸血桜殺人事件・承』!! ……これ、4話くらい取るつもりか?」
藍染 吉野
『夜桜亭』オーナー。原作では70代、作中にて60代に年齢を下げている。
新人アルバイト葉崎 栞、2年目のアルバイト敷島 大吾、料理人の北屋敷 剛三(剣持警部と同じ歳)
『夜桜亭』の従業員、ガチの美男美女。
弁護士・冬部 蒼介、医者・絵東 ちなつ、社長・斧田 鏡一郎、マスクを着けたご老人・虎元 勝男、三夜沢 渉子画伯
春にしか現れない『夜桜亭』の常連。
週刊誌の記者・宇治木 政宗
鬼戸・墓獅子伝説殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、多岐川と仕事している。
スキー部・白峰 辰貴
氷点下15度の殺意、ゲストキャラ。作中にて、スキー部の事件はオリ主が解決した為、恩を感じている。ミス研と掛け持ち中。