金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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原作では桜が見頃の3月末ですが、作中では4月第二週が舞台です。もう桜が散ってそうですが、夜桜郷なら大丈夫と信じる。


C4.吸血桜殺人事件・起

 放課後の部活動は急用にて、休ませて頂く所存。

 その言葉に嘘はなく、来客用駐車場に迎えがいる。金田祖父と他に1台あった。

 待ち草臥れた金田祖父の運転にて、(いち)は出発。泊まりの荷物も一緒に持って来てもらい、道路を走行中に不動高校の制服から学ランへ着替えた。

 約1時間も走る内、建物の数は減り、田園風景が広がっていく。都内とは思えぬ緑豊かな田舎町へやって来た。

 待ち合わせ場所の駅前に到着し、疲労感丸出しの金田祖父へ感謝して車を降りる。流石は森林力、肺に取り込む空気の旨味も違う。そして、街よりも寒い。

 (いち)は学ランの上に赤いジャケットを着込み、手袋装着。マスクは待ち合わせ中であると考え、控えた。

 蛇行運転気味の車を心配しながら、見送る。頃合いを計ったように電車が到着すれば、待ち人も旅行鞄を手に現れた。

 

「待たせちゃったかしら、(いち)っ」

「こんにちは、かほる先生。自分も今来たところですよ。お荷物、持ちましょうか?」

 

 名の知れた推理小説家・多岐川(たきがわ) かほる先生。春先の気候はまだ肌寒く、白いトレンチコートの出で立ちがまさに旅行者だ。

 

「ここは良い場所ですね、雰囲気が好きです」

「あら、お目当てはここじゃないわよ。バスに乗って行くの」

 

 バス停を指差され、既にバスを待ち侘びる先客がいた。

 着物姿のご婦人は金田祖母より若いが、刻まれたシワも気品ある佇まいだ。

 問題は高校生らしき、若い2人組。不動高校新入生・佐木(さき) 竜太(りゅうた)のように眼鏡でハンディカムを持ち、スキー部3年生・白峰(しらみね) 辰貴(たつき)先輩のように片足を気遣う姿勢だ。

 寧ろ、本人達。

 

(何故……なんで? 何が……?)

 

 意外な面子に組み合わせ、(いち)は様々な驚きに声もかけられない。

 

「多岐川せんっせ~い、宇治木で~す! 同じ電車とは奇遇ですねっ」

「げっ、宇治木さん……先日はどうもっ」

(げえ!? 尾高山で会った……記者の宇治木さん……)

 

 週刊誌の記者・宇治木(うじき) 政宗(まさむね)は元気溌剌な態度で駅から現れ、かほる先生は予想外の出来事に表情が強張った。休日の旅行中に記者と出くわすなど、売れっ子小説家には憂鬱だろう。

 こちらは背筋が凍り付く。宇治木とは先日、顔を隠した状態だが、面識を持つ。その際、上手く逃げ遂せたが、今回は別問題を追及される予感。

 

「ホームの写真を撮ってたら、先生のお声がしてっ。あっ、息子さんとご一緒ですか?」

「「違いますっ」」

 

 予感的中、ゲンナリした気分で即座に否定した。

 

「ごめん。多岐川先生にはお世話になったし、ご家族にも感謝を伝えたくて……」

「アナタ、こんな片田舎で何をしているの? 休暇には見えないけどっ」

「バス、来ましたよ」

 

 これ幸いと到着したバスへ乗り込み、宇治木から逃げようとする。だが、彼も一緒に乗車してきた。

 

「もしかして、お2人も夜桜郷へ行かれるんで? 俺もですっ」

「嘘でしょう……。まさか『夜桜亭』に泊まるとは言うんじゃないでしょうね?」

「……!? かほる先生、『夜桜亭』に連れて行ってくれるのですか?」

 

 当たり前のように近い席へ座り、宇治木は愉快そうに行先を告げる。かほる先生が露骨にウンザリした。

 たった今、行先を知ってビックリ仰天。

 亡き伯父・氷室(ひむろ) 一聖(いっせい)画伯が行きそびれた場所。かほる先生はおろか、金田祖父母にも教えていないにも関わらず、行けてしまう事態に心が躍った。

 

「お客さん、このバスは夜桜郷行きだよ。知らずに乗ったのかい?」

「はい。秘密だと言われましたので、詮索しませんでした。かほる先生、ありがとうございます」

「その驚いた顔、着いた時に見たかったわ。宇治木さん?」

「ごめん……って……。多岐川先生も旅館の名前、言っちゃってますよ~」

 

 運転手にクスクスッと笑われても、(いち)の嬉しさは消えない。かほる先生へ心からの感謝を伝えれば、苦笑いした宇治木が遠回しに責められた。

 

「あれ……金田先輩?」

「……見た事あるジャケットだと思ったら、金田か……」

「……!?」

 

 状況に気を取られ、先に乗車していた不動高校の2人組を失念。呼ばれた瞬間、血の気が引いた。

 

「……(いち)の知り合い?」

「……はい。佐木君、白峰先輩っ。ご紹介します。かほるさん、いつもお世話になっている方です。宇治木さん、週刊誌の記者をされています。こちらは同じ高校の3年、白峰先輩です。同じく1年、佐木君です」

「どうもっ、宇治木です。キミ達も『夜桜亭』に泊まるのかな?」

「はい、そうです」

 

 かほる先生がキョトンとし、悩んだ自分は状況を整理する。とにかく、それぞれの紹介を先に済ませた。

 佐木のハンディカムに物ともせず、宇治木は愛想良く丁寧に名刺を差し出す。無愛想な白峰先輩は社会人相手でも会釈のみ。

 

「かほるさん……もしや、多岐川 かほるさんですか? ミステリー界の女王にお会いできて光栄です」

「私をご存じ? 女王だなんて、お世辞の上手い事♪」

 

 流石はミステリー研究会、大物小説家をキチンと把握している。かほる先生も気分を良くした。

 

「小説家の世界にも、女王がいんのか……与謝野晶子みたいなもんか?」

「白峰先輩、その方は詩人です」

 

 真剣な態度の白峰先輩から問われ、失礼にならぬ様に訂正した。

 

「お2人は一緒に『夜桜亭』へ? 偶然にしては出来過ぎです」

「白峰先輩は一学期だけ、ミス研に入部してくれたんですっ」

「俺だけじゃなく、鈴森もな。単なる数合わせだっ。今日はっ、月曜日の部活紹介で使う資料作りに来たんだよ」

 

 意外な展開と多過ぎる情報に理解が追いつかない。

 

「つまり……部費で旅行に来ているのですか?」

 

 場合によっては校外活動でも、生徒会執行部の役割を果たそう。

 

「あ、待って下さい。ちゃんと顧問の須貝先生からの提案なんです。決して、部活動にかこつけて、羽目を外そうとかしてないですって」

「急に執行部の顔になるな、金田っ。……桜樹が例の事件を部活紹介で、発表しようとしたんだよ。新聞に載ってない裏事情とかまで……須貝が「ふざんけんな」って、却下して。ミス研には都内で起きた未解決事件の資料があるだろ? 時効の過ぎた事件を調査しに現場へ行く。そんな感じの紹介にしておけって話だ」

 

 ミス研の会長・桜樹(さくらぎ) るい子先輩が得意げに『七不思議殺人事件』のレポートを須貝(ずがい)先生へ見せ付け、叱られる場面が容易に浮かぶ。想像だけで頭が痛い。

 

「学校で起きた事件って……つい、先週でしょう。今まで色んな事件物を書いた私が言うのもなんだけど……人の心無さすぎじゃない?」

「ええ……桜樹先輩はそういう所があります……」

 

 かほる先生に眉を顰められ、言葉を出来るだけ選ぶ。桜樹先輩は廃部の危機に晒され、必死に存続の為に動き回っている。そんな事情を省いても、(いち)は突拍子もない発想を庇えなかった。

 

「肝心の桜樹先輩は?」

「鷹島先輩、鈴森先輩と学校に残って、紹介文の作り直しです。僕ら以外に真壁先輩と伊志田先輩も調査へ行きました。ルポライターの方が引率を引き受けてくれたので、キチンとやってくれますよ」

 

 本来ならば、須貝先生が引率だろう。ミステリールポライター・白神(しらがみ) 海人(かいと)に微妙な問題児3年生2人を御せると信じている。そう思う事にした。

 

「……先週、都内の高校で起きた事件……。あっ、キミ達は校舎から遺体が出たって高校の生徒かい?」

「「!?」」

 

 閃いた宇治木が声に出し、運転手と老婦人の顔色が変える。都内の私立高校と名称は伏せられたが、制服姿を着た犠牲者の写真は掲載された。

 記者ならば、学校の特定は可能。しかし、あえて宇治木は学校名を出さなかった。

 

「流石、記者さんですね。こんなに早くバレるとは……」

「まあね。しかし、大変だったろう。夜桜郷は花見の名所だ。心が洗われるよ」

 

 感心した佐木がまた無遠慮にハンディカムを回しても、宇治木は慰めて来る。記者ならば、学校側の裏事情などは是が非でも、追及したいはずだ。事件関係者に敬意を払う様子が失礼ながら、物珍しかった。

 

「オニーサンの言う通りよ。夜桜郷の桜は丁度、見頃。楽しんで帰りなさい。そこのアナタ……その学ランは? 新聞にあった写真の生徒さん、ブレザーに見えたわ」

「……高校はブレザーです。こちらは伯父が昔、着ていました。廃校になりましたので、自分の普段着にしています」

 

 ずっと黙り込んでいたかと思えば、老婦人は優しい口調で花見を勧める。すっと学ランへ目配せしてきた為、(いち)は素直に答えた。

 

「そう、素敵な心掛けね」

「御婦人も着物がとてもよくお似合いです。髪の色に合っています」

 

 学ランも褒められ、御婦人の着物も上品故に言葉をかける。

 

「あ、そうかっ。ごめん、なんか変だと思ってたら、学ランを着ているからか……」

「僕もなんで学ランだろうとは思ってましたけど、金田先輩の趣味かなって」

「着られている感じが金田っぽくて、良いぞ」

(ん? 未解決事件……調査……。……猟奇殺人事件……)

 

 ここぞとばかりに学ランへ注目されたが、嬉しくない。

 様々な単語から、夜桜郷の猟奇殺人事件へ繋がる。桜樹先輩と白神の会話を盗み聞いただけで詳細は知らぬが、悍ましさは十二分に感じた。

 誰もその話に触れず、知っているかどうかさえも、問いかけは控えよう。

 

 山奥の停留所にてバスを降り、剪伐された木々に囲まれた洋館『夜桜亭』へ辿り着いた。

 

(伯父さんの邸宅に……似てんな……)

 

 予想よりも敷地面積が広く、石造りの外部床、木造の壁、ストレート切妻屋根は清掃がしっかりと行き届く。何よりも、開放的な雰囲気は客人を歓迎していた。

 

「昭和初期に造られたサナトリウムだったんですよ」

「成程、それで人里離れた場所にあるのですね。都内の喧騒からも離れ、名所の穴場スポットに相応しいです」

「……? あの着物のバアサンはどこ行った?」

「そのまま、3人とも動かないでね」

 

 高校生3人が建物を見上げ、宇治木に撮影される。その直後、正面の扉が開いた。

 

「いらっしゃいませ! 不動高校ミステリー研究会の方、多岐川様と金田様、そして宇治木様ですね。オーナーから伺っております。私、アルバイトの葉崎 栞と申します」

「同じく敷島です。何なりとお申し付けください」

 

 黒髪を流した眼鏡の葉崎(はざき) (しおり)、顔立ちのハッキリした敷島(しきしま) 大吾(だいご)が出迎えに現れる。お揃いのエプロンをした美男美女のアルバイトに接客されれば、遠方から客人の疲れは飛ぶだろう。オーナーは客の心の掴み方を心得ていた。

 

「キミ、可愛いね。夜桜郷の子?」

「いえ、静岡から来ました」

「荷物、持ってくれる? (いち)、持ってもらいなさいっ」

「はい、喜んでっ。皆さんの分もお持ちしますよ」

 

 大人2人は遠慮なく、アルバイトへ話しかける。敷島は慣れた手付きで大荷物を運び、それぞれの部屋と案内して行った。

 

「古い写真が多いな」

「これは絵ですね。下描きのまま飾ってるんですか……」

「……!?」

 

 白峰先輩の歩幅に合わせ、廊下を歩く。正面玄関から、壁に写真が飾られる。白黒もあれば、色あせたカラー写真もあった。

 何気なく佐木は一瞥し、すぐに通り過ぎる。だが、自分だけは釘付けになり、体が硬直した。

 スケッチブックの用紙を額縁に入れただけの簡素な絵。桜の木が奥行きまで連なり、葉っぱと蕾の形から秋か、初冬の季節。色もないのに空の青さを感じ取った。

 下描きでも、判断できる。氷室伯父の絵に間違いない。喜びに胸が熱くなった。

 

(いち)っ、部屋に行くわよ」

「……はい」

 

 かほる先生に呼ばれ、我に返った。

 (いち)が最後に案内され、その部屋も整理整頓は勿論、家具の配置は2つ窓を意識している。外にある桜の木がよく見られる。写真のように美しい光景だ。

 

「金田様のお部屋はこちらです。浴場は男性が1階、女性が2階。ご利用時間は夜10時までです。そして、この部屋の鍵をお渡しします。お部屋の出入り、またご就寝の際は施錠をお忘れないように」

「……精巧な鍵ですね。紐がアクセサリーみたいでお洒落にもなります」

 

 元は隔離施設、病室に閉じ込めた患者対策の名残だろう。敷島に手渡され、外国製品だと一目で分かった。

 

「そう言って頂けると幸いです。予備はありませんっ、紛失にご注意下さい。今日は夜桜散歩がありますので、早めの夕食になります」

「……貴重品、分かりました」

 

 敷島の説明を受けた瞬間、無くさぬように首へかける。彼がいなくなり、ジャケットを脱ぐ。下描きの絵を想いながら、氷室伯父の日記に書かれていた内容を呆然と思い返そうとした。

 

「金田先輩、こちらに目を通してもらえますか? 40年前に起こった未解決事件の資料です」

「新聞の切り抜き……歴代の会長が付け加えたメモ書きもありますね。意外と本格的です」

「こんな物がいくつもあったぜ。推理小説部だった頃から、引き継がれてるんだとよ。肝心の事件内容、見てみろ」

 

 佐木と白峰先輩がノックもせずに現れ、資料を渡してくる。全く興味なかったが、ミス研の活動内容を確認させる姿勢に感心した。

 エリート医師による凶行『血吸い桜』、そんな見出し事件状況が内容大まかに掲載されている。事件が発覚し、容疑者は逃亡した為に動機は不明とあった。桜の木の根元に埋められた遺体、医療関係者、旧校舎の事件と酷似する点は多い。

 

「これは……うちの学校も他人事ではありませんね。何故、この事件にしたのですか?」

「須貝が書類を見ずに2つ選んで、俺と伊志田のジャンケンで取ったっ」

「犯人は捕まってませんが、警察の捜査で遺体は掘り返されたとあります。運悪く遺体を見つけた! なんて事はないと思います。的場先生みたいに『夜桜亭』を見張っていたとしても、大事にはならないでしょう」

 

 事件を選んだ理由は偶然だが、安全対策が皆無。もしや、佐木は先日の事件に遭遇した為、危機感が狂っている可能性もある。執行部であり、先輩として後輩の身を守ろう。(いち)は使命感が湧き起こった。

 

「一応、言っておくが……金田が犯人を見つけたら、俺達に相談しろよ。1人でどうにかしようとすんな。寧ろ、通報しろ。絶対だぞ」

「白峰先輩、人を猟犬みたいに言わないで下さい。少しお話する程度ですよ。ただ大勢の前だと犯人も興奮してしまう恐れがありますので、静かな場所で2人きりに……」

「それ、絶対に駄目です」

 

 先輩、後輩に念押しされる。確かに執行部のやり方はあくまでも生徒同士、社会人には通じない恐れはあった。

 元々、かほる先生と純粋に旅行へ来た身、ミス研の調査とは無関係。彼女の新作のネタになりつつ、調査の手助けもしようと一先ず、思った。

 

「アナタ達、まだ喋ってるの?」

「金田君、学ランそのまま? ごめん、着替えてる途中だった?」

「かほる先生、お借りしたハンカチ。お返しします」

 

 大人2人もノックしない。やれやれと(いち)はハンカチを返し、かほる先生は受け取る。その隙、佐木はさっと資料を隠した。

 

「皆さん。鍵の紐、色違いですね」

「ええ、そうよ。部屋によって色を変えているんですって」

 

 紐付き鍵の話題で盛り上がり、5人で食堂へ向かう。

 桜模様のソファーと木製の椅子がテーブルを囲う。各席の名札を見れば、予約客の人数が一目瞭然。何故か、(いち)は白峰先輩と佐木、高校生グループの席。かほる先生と宇治木が同席扱いだ。

 食堂の壁にもいくつもの写真があっても、絵は一枚もなかった。

 

「あら、綺麗な方ね。昔の女優さん?」

「若い頃のあたしですよ。ようこそ『夜桜亭』へ。オーナーの藍染と申します」

 

 ワンピースに帽子の淑女。そんな写真を眺め、かほる先生は称賛する。バスで一緒だった御婦人・藍染(あいぜん) 吉野(よしの)に歓迎された。

 

「……ふうん、確かに眉と生え際の形が同じだわ。バイトの子達が名乗ってもないのに、私達を言い当てたから……どうしてかと思ったわ。アナタが報連相したのね」

「ご明察、流石は推理小説家の先生だね」

「バアサン、なんでサナトリウムを旅館にしようと思ったんですか? 穴場で良い所だけど、近場の駅からも遠すぎっスよ」

「「白峰先輩っ」」

 

 かほる先生と藍染オーナーが意味深に笑う中、白峰先輩がズバッと問う。佐木と2人で焦った。

 

「ほら、旧校舎の件もあるしよ。責任者が……な?」

「「露骨すぎますっ」」

 

 前例から、白峰先輩は警戒態勢に入る。取材も含めているつもりだろうが、藍染オーナーに失礼。

 

「昔、あたしがサナトリウムで養生した事があってね。ここが閉鎖された時に買い取ったのさ」

「……っ。ちゃんと治って良かったですね。後遺症とか、平気ッスか?」

「おや、優しい。この歳まで……体は持ってるよ。ありがとうね」

「そっか、無理すんなよ」

 

 藍染オーナーは気を悪くせず、簡単に旅館経営の経緯を語る。急に白峰先輩は彼女を労わり出す。彼は右足の大腿を複雑骨折し、その後遺症は治せない。元患者という立場の人を知らずと、気遣ってしまうのだろう。さっきの無礼な態度は少し幻滅したままだが、(いち)は男気に惚れ直しそうだ。

 

「藍染さん、廊下の絵について……」

「いらっしゃいませ、お客様。私は料理人の北屋敷と申します。何か、ご夕食に苦手な食材などはありますでしょうか?」

 

 (いち)の問いかけより先、料理人の北屋敷(きたやしき) 剛三(ごうぞう)が挨拶に現れる。氷室伯父の日記にあった名前と同じ、かほる先生より歳を重ね、氷室伯父と年代も合う風貌。何の覚悟もなく会えてしまい、言葉に詰まった。

 

「へえ、客の好みを聞いたりするんだ。サービスいいじゃん。俺は何でも、大丈夫っ」

「私も出される料理に、好き嫌いはないわ」

「俺は半分程、少なく欲しいですっ」

「僕も作って貰った料理は全部、食べます。金田先輩?」

「……豚肉のように脂身の多い物は避けて頂ければ、幸いです」

「承りましたっ」

 

 宇治木が感心して答え、かほる先生、白峰先輩、佐木と順番に答えて行く。変に動揺し、楽しい雰囲気が台無しになる。質問なら、宿泊中に聞けば良いのだ。

 要望を聞き終え、北屋敷は愛想よく下がる。皆が指定された席へ座った時、廊下の騒々しさが来客を伝えた。

 

「絵東様、斧田様、冬部様。今年もありがとうございます」

「ああ、どうも。藍染オーナー」

「あの……多岐川先生じゃありませんか? ……特大号、読みました……っ」

「ほ、本物だあ!? 俺、斧田 鏡一郎と言います。こう見えても、社長なんですよ。こっちは絵東 ちなつ、医者やってます。んで、そっちは冬部 蒼介、弁護士です。俺達は毎年、ここに来るんですよ。なっ、冬部」

 

 藍染オーナーの挨拶に弁護士の冬部(ふゆべ) 蒼介(そうすけ)が答え、医者の絵東(えとう) ちなつ、社長業の斧田(おのだ) 鏡一郎(きょういちろう)はかほる先生に気付き、著名人との出会いに舞い上がった。

 

「若い方に知られて、光栄ね。なら、ついでに紹介するわ。その特大号を担当した記者、宇治木さんよっ」

「ついで……どうも、ご紹介に預かりましたっ。記者の宇治木です」

「これはご丁寧にっ」

 

 雑な扱いをされても、宇治木は流石プロ。笑顔を絶やさず、斧田社長と大人の名刺交換。

 

「医者の絵東……江塔と名前の響きが一緒だな」

「斧田って人、凄く若い感じがしますけど……社長なんだ……。二代目かな」

「弁護士……、背広とかスーツの人はよく見ますが……革ジャンの人は初めてです」

 

 高校生3人が社会人3人に勝手な意見を述べる。

 

「いらっしゃいませ、虎元様ですね。お席はこちらになります」

「……」

あの人、常連の方ですかね。見晴らしの良い、窓際の席に案内されましたよ

ええ、そう思います

 

 マスクを着けたご老人・虎元(とらもと) 勝男(かつお)が無言で現れても、敷島は慣れたようにカーテンの近い席へご案内。彼のテキパキとした動きは同じ接客業のバイトをする身として、物凄く参考になる。(いち)が観察で忙しい中、佐木が小声で話しかけて来た。

 

「あ~もう疲れちゃったわ!」

「毎年ありがとうございます。三夜沢先生、今年は桜がとても紅味が濃くて……」

「……!?」

 

 美術界でも注目株の三夜沢(みやざわ) 渉子(しょうこ)画伯が本日最後の予約客として到着。驚きすぎて、(いち)は学帽を落とした。

 しかも、狙ったように三夜沢画伯の足元まで転がる。スケッチブックを持たない片手で、彼女は丁寧に拾ってくれた。

 

「ありがとうございますっ。画家の三夜沢先生ですね。先月のコンクール、受賞おめでとうございます」

「あら♪ ありがとう。そうそう、藍染さん。廊下の絵ってどうしたの? 去年までなかったし、写真以外を飾るなんて、珍しいっ」

「あれは北屋敷さんの持ち物なんです。あたしが気に入りまして、お借りしているんです」

 

 三夜沢画伯と愛染オーナーの会話を背に、(いち)は席へ戻る。ここにいる北屋敷が日記に記された人物と同一の可能性が高くなり、心が弾んだ。

 

「金田先輩、画家に詳しいんですか?」

「皆さんが知っている程度ですよ。吉良 勘次郎さんのようにっ」

「……知らねえ……」

 

 他愛ない会話をしていれば、藍染オーナーが暖炉の位置へ立つ。すっと皆が傾聴の姿勢になった。

 

「本日はようこそ、『夜桜亭』にお越しくださいました……先ずは暮れなずむ庭園の桜をご覧ください!」

 

 藍染オーナーが言い終えた瞬間、葉崎がカーテンの開閉紐を引っ張る。

 

 ――紅い花びらが舞い込んできた。

 

 一つ一つ、染めたように紅い。視界にある桜林の花が全て紅かった。

 

「……血が通っているようです……。綺麗……」

 

 花びらを手にしてみたが、植物の感触そのもので少し残念に思う。

 

「正解、良い感性してるわね。ここの桜は人の血を吸って、あんな色になったんですって。だから、『血吸い桜』って呼ばれるのよ。でも、こんなに紅いのは初めてだわ♪」

「……これが……」

「……っ……」

 

 三夜沢画伯がクスクスッと笑い、納得した佐木はカメラを回し続ける。白峰先輩は気味悪そうに顔を顰めた。

 

「葉崎さん? すっげ~顔色悪いけど、大丈夫?」

「敷島さん。う……うん、へ~きよ!」

(葉崎さん……?)

 

 目の縁に捉えた葉崎の顔色が土気色になっていたのは、何故だろう。もしも、花びらが血液ならば、彼女に分け与えられる。有り得ない程、夢見心地な気分に浸った。

 北屋敷の料理が次々と運ばれ、(いち)の前には魚料理が並ぶ。個々客人に合わせた手間暇を考えても、絶品。思わず、無言と化す。それだけ味わい深かった。

 

「もしかして、小説家の多岐川さん! ここの『血吸い桜』をネタに新作ですか?」

「ただの旅行よ。確かに……一度は小説のネタにしようと思って、調べはしたわ。途中で断念したけど……」

 

 三夜沢画伯に気付かれ、興味津々に問われる。かほる先生は懐かしそうに思い返す。美味い食事は心を開放的にし、知らぬ者同士でも会話を弾ませた。

 

「斧田さんは自らIT企業を起こして……僅か数年で大成功とっ」

「まあ、そういう事ですわ。このロマネ・コンティを呑めるくらいにはねっ。桜の会は仕事が軌道に乗って、5年前から始めましてな」

「ここに集まると今年も頑張らなきゃって、思う。それがあたし達、3人の成功の原点よ」

 

 いつの間にか、宇治木は斧田社長と絵東医師へ取材、冬部弁護士は相槌打ちのみ。彼らの席にある高級ワインは斧田社長の自前、彼は毎年違う銘柄を持ち込むそうだ。

 

「……あのジイサンだけ、料理出てねえなあ」

「本当ですね……桜だけ眺めて……」

「あちらの虎元様、食事はお部屋で取られるそうで……」

 

 白峰先輩と佐木の疑問に葉崎は丁寧に教えてくれる。彼女はこの春が初めての勤めであり、常連に関しては他の従業員から聞いた限りだ。

 人前で食事したくない性分の人もいる為、あまり気にかけなかった。

 それ以上に舞い散る花びらが美しく、何度も食事の手が止まってしまう。その様子を佐木のビデオレンズが逃さず、捉え続けた。

 

「金田先輩は多岐川さんの影響で『血吸い桜』に興味を持たれたんですか?」

「いいえ、桜樹先輩から名前を聞いた程度です。自分は『夜桜亭』に興味があったのですよ。春に来たいと思っていました。桜の咲いた季節に……」

 

 あの事故がなければ、翌春には氷室伯父と来るはずだった。

 不意に過った言葉が名も無い感情となり、ナイフとフォークを強く握らせた。

 

「実際、良い旅館だよな。近くにスキー場はないのか? 俺はスキー部でな、次の合宿に提案出来るっ」

「スキー場はないですねえ。釣りのスポットなら、ありますよ。普段は渓流釣りのお客さんばかりなんです。桜の時期だけはガラリと客風が変わって、ちょっとクセのある方々が毎年、来るんですよ」

 

 花見以外にも、渓流釣りとは意外。しかも、春の常連客は曲者呼ばわりしており、敷島は発想が面白い。大まかな説明を聞き、白峰先輩は真剣に思案中。スキー部による渓流釣り合宿でも、十分に楽しめる。

 

「白峰様はスキー部もなさっているんですか……。通りで、ガタイが良いと思いましたっ。お2人も運動部とか?」

「僕はミス研一筋です」

「自分、演劇部です」

 

 会話を弾ませようと敷島が質問した為、2人で順番に答える。途端、佐木がビックリしてハンディカムを下ろす。眼鏡を外してまで、じっとこちらを凝視した。

 

「金田先輩、演劇部なんですか? 去年の学園祭も秋の高校生演劇コンクールも入学式の新歓公演も観に行ったのに、いなかった……ですよね?」

「……学園祭と入学式は伴奏していました。役者だけが演劇ではありませんよ。……何故、高校生の演劇コンクールを観に行ったのですか?」

「父に撮影の仕事が入りまして、僕も助手をやっていました。……伴奏はピアノしか……っ。あ~なんで気付かなかったんだ……」

(知らんところで、不動高校と関わってんな。コイツ……)

 

 驚いた表情のまま追及され、勝手に閃いては悔しがる。珍しい佐木の反応、(いち)は愉快な気分だ。

 

「……白峰先輩は知ってたんですか? 金田先輩が演劇部って……」

「ああ、雪岡に聞いた。でなきゃ、金田はスキー部に入れる。絶対っ」

「流石に……スキー部と執行部は両立出来ません。演劇部も幽霊部員ですよ」

 

 不動高校は運動部に力を入れ、大会や他校との練習試合に向けた年間スケジュールが過酷の極み。勿論、計画的な休みはあるが、それを執行部に割り当てる生徒はいない。(いち)もお断りだ。

 

「悔しい……。金田先輩をよく知っているつもりだったのに……」

「自分、佐木君をよく知りません。それでも、貴方を可愛い後輩だと思いますよ」

 

 佐木の落ち込んだ姿を可哀想に思い、励ましの本心を伝える。眼鏡の奥にある瞳がパッと輝いた。

 

「勿論、白峰先輩もカッコイイ先輩ですっ」

「……どうも。お前ら、仲良かったんだな。同じ中学か?」

「いえ、僕は金田先輩の……バッ!?」

 

 白峰先輩の質問に佐木が勝手に答えかけ、(いち)は机の下で彼へ蹴りを入れた。

 

「佐木君とは出かけ先でよくお会いまして、それで知り合ったのです」

「……そうか……、足はやめてやれ」

 

 嘘偽りのない説明を聞き、白峰先輩は痛がる佐木を労わった。

 

「多岐川さん、さっきから何をメモしちゃってるの? あらあら、高校生の会話?」

「聞こえる話が面白くて……ついね。三夜沢さんの桜……パッと見ただけで、丁寧ねえ……。とっても繊細だわ」

「毎年のように来ているから、ここの桜は描き慣れているわ。けど、この色を表現するのは本当に難しそう。絵の具に血でも混ぜようかしら……フフフ」

「……ホホホ、面白い事を言うわねえ……冗談よね?」

 

 かほる先生と三夜沢画伯の会話から、小林(こばやし) 星二(せいじ)画伯が脳裏を過る。彼好みの風景があると知っていれば、声を掛けたかった。しかし、夜桜郷の旅行ツアーはない為に来ない可能性もあっただろう。

 

「藍染さん。ここの桜は毎年、この色で咲くのですか?」

「残念だけど、今年は特に紅味が濃いの。普段は他より赤いかな~って言われるのよ。鮮やかな色合いでしょう。そんなに気に入って頂けるとはね」

 

 来年の為に聞いてみれば、今年だけの紅味。藍染オーナーが殊更、可笑しそうに微笑む。途端、虎元は退席していく。その姿を目の端で捉えながら、気付いた。

 

(虎元さんだけ……、挨拶されてない? 常連なのに……)

 

 (いち)の疑問は食後のデザートに気を取られ、消えた。

 

「金田先輩。僕はデザートの後に取材へ行きますが、一緒にどうですか?」

「……白峰先輩は行かないのですか?」

「俺はジイサンに取材しに行く。佐木は料理人の方だ。分かれた方が効率的だろ」

 

 都内とは言え、見知らぬ土地。高校生とは言え、未成年。時効は過ぎたとは言え、未解決事件。事件の取材を単独で行うなど火曜サスペンス劇場ならば、真っ先に死亡確定。

 

「3人で行きましょう」

「「何故?」」

 

 咄嗟の提案に疑問で返され、(いち)はゲンナリ。先輩後輩の危機管理が狂っていると実感した。

 




金田一「金田一はじめです。閲覧、ありがとうございま~す。原作だと俺、美雪、佐木2号で『夜桜亭』に行きます。葉崎さん、本当に美人だし~。オーナーも若い頃、モデルみてえでさ。も~桃源郷じゃん♪ さて、次回は『吸血桜殺人事件・承』!! ……これ、4話くらい取るつもりか?」

藍染 吉野
『夜桜亭』オーナー。原作では70代、作中にて60代に年齢を下げている。

新人アルバイト葉崎 栞、2年目のアルバイト敷島 大吾、料理人の北屋敷 剛三(剣持警部と同じ歳)
『夜桜亭』の従業員、ガチの美男美女。

弁護士・冬部 蒼介、医者・絵東 ちなつ、社長・斧田 鏡一郎、マスクを着けたご老人・虎元 勝男、三夜沢 渉子画伯
春にしか現れない『夜桜亭』の常連。

週刊誌の記者・宇治木 政宗
鬼戸・墓獅子伝説殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、多岐川と仕事している。

スキー部・白峰 辰貴
氷点下15度の殺意、ゲストキャラ。作中にて、スキー部の事件はオリ主が解決した為、恩を感じている。ミス研と掛け持ち中。
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