金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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犯人ネタバレ回、原作を未読の方はご注意ください


C7.吸血桜殺人事件・結

 朝食の席は太陽の光が射し込んで明るい。昨夜の雰囲気と反転し、ホッとした。

 冬部(ふゆべ)弁護士と絵東(えとう)医師は既に食事中、彼女の足元には旅行鞄が置かれている。警察が帰宅の許可を出せば、すぐに去る腹積もりだろう。

 

「冬部さん、絵東さん。おはようございます。昨晩は失礼いたしました」

「ああ、金田君。こちらこそ、キミには悪い事をした。警察から……斧田は物取りにやられた可能性が高いそうだ。……下手をすれば、キミも襲われていたかもしれない」

「あれ、物取りの仕業? 部屋は何も荒らされてなかったのに……」

「ほらっ、そこの坊や……佐木君だっけ? 彼のビデオを警察が確認してさ。窓が全開だったし、……盗みに入ったところで……予定外に斧田をって……。そう言われたら、納得する」

 

 2人へ挨拶すれば、冬部弁護士に詫びられる。宇治木(うじき)の質問に絵東医師は弱弱しく、佐木(さき)のハンディカムを指差す。友人である斧田(おのだ)の死を強盗殺人ならば、受け入れられる。そんな胸中が意味不明だ。

 

「……だったら、絵東さんはなんで帰ろうと? まるで次に狙われるのが自分みたいにっ」

「なっ……アンタ、まさか……あたし達の事を刑事から聞いたの!?」

「絵東!!」

 

 佐木は本当に素朴な疑問を抱いただけ、過剰に反応した絵東医師を冬部弁護士が窘めた。

 敷島(しきしま)葉崎(はざき)が食事や飲み物を運んでくれたが、気まずそうにこちらを見て来る。勿論、通りすがる捜査官の視線もあった。彼らは言い争いの仲裁はしないだろう。

 

「言葉を選べ、佐木っ」

「はい……痛くないけど、痛い……」

 

 白峰(しらみね)先輩は佐木の額へデコピンをくらわす。軽めの一撃だが、良い音がした。

 

「申し訳ございません。佐木君はお2人を心配しているのです。社長をされていた斧田さんが狙われたのなら、お2人も他人事ではありません。『夜桜亭』には何年もいらしているのですよね? 前以って練られた計画的犯行とも言えるでしょう」

「それは小説の読み過ぎだ。ミステリー界の女王に掛かれば、偶然の事故も怨恨の事件に早変わりだ」

「……今、貶されたの? 褒められたの?」

「多岐川さんっ。佐木君、お腹空いているんだろ? ささ、食べよう」

 

 (いち)が佐木の代わりに頭を下げ、冬部弁護士は怨恨の線を頑なに否定する。喧嘩を売られた気持ちになり、かほる先生は彼へ問いかける。宇治木が必死に皆を食卓へ座らせた。

 

「おはようございます。体調はもうよろしいのですか?」

「葉崎さん、おはようございます。敷島さんも昨晩はご迷惑をおかけしました」

「いいえ、あんな状況で……気を失っても仕方ないですよっ」

 

 さっきまでの諍いを聞かなかったように振る舞い、葉崎と敷島は各テーブルを回る。2人の働きぶりを見ながら、虎元(とらもと)三夜沢(みやざわ)画伯の姿はないと気付いた。

 

「葉崎さん、虎元さんと三夜沢先生はお部屋ですか?」

「はい、虎元様は朝食もお部屋で取られます。……三夜沢様は鑑識の見学に行かれました。毎年、お庭で絵を描かれる定位置に警察がうろついているから、気になると……」

 

 虎元は普段通りだそうだが、三夜沢画伯は芸術家ならではの感性でのみ動く。

 

金田先輩、斧田さんの行動を振り返るって……具体的にどうするんですか? 何か質問しようにも、あの2人は僕を完全に警戒しちゃってます。そんな視線を感じますっ

……自覚があるようで何より、しかし……自分も佐木君と同じ程度は警戒されているでしょう

 

 小声で交わしつつ、脳内は夕食時の状況を思い返す。斧田達が3人で食卓を囲い、宇治木の取材に答える様子だ。

 

(絵東さんの態度から……悪さをしたのは3人とも? そう言えば、宇治木さん……冬部さんは他の2人を見張っているようだって……)

 

 紅茶の入ったグラスを手にし、斧田のロマネ・コンティに見立てる。ゆっくりとグラスを揺らして飲んでみても、当たり前だが、紅茶の味しかしない。

 次いで、葉崎を視界に入れる。美人な彼女は酒に酔わなくても、声をかけたくなるだろう。事情聴取の映像に斧田達とは初対面と告げていた。

 

「……冬部さん、アナタ達は同じ学校か何かだったんですか? 俺達みたいにっ」

「……ああ、中学の同級生だよ。15年以上の付き合いだ……」

「長い付き合いだったんですね。俺達は高校入ってから、知り合ったんで……。学校の先生がきっかけで『夜桜亭』へ来る事になったんですけど……。冬部さん達は誰から言い出したんですか?」

「……さあな、誰が……なんてないさ。俺達が決めたんだ」

 

 白峰先輩の遠慮がちな口調に冬部弁護士はひとつひとつ、ぶっきらぼうだが丁寧に答えてくれる。昨晩の相談した時間が2人の警戒心を少しだけ、解かせていたのかもしれない。

 お陰で「しくじった」時期が大まかに把握できた。

 

「15年前ねっ。それだけ歳月が経てば、油断もするでしょうっ」

「……!? お得意の事件物でも、思い付いたワケ?」

「このパン、美味しいですね! 北屋敷さんが焼いたんですか!」 

 

 嫌味ったらしく、かほる先生が呟く。表情を強張らせ、絵東医師が睨んだ。そこへ宇治木がわざとらしく、パンを褒め称えた。

 

(かほる先生の言う通り、わざわざ……年数を言ったんなら、中学生だった15年前に何かやらかしたな。そうか……その時の報復だと困るんだ……。でも……殺される程、恨まれるってわかってる感じ……)

 

 そこまで思考が行き付いた途端、血塗れの斧田が脳裏を過った。

 

 ――水沼モコウヤッテ、死ネバ、良カッタノニ

 

 言葉が浮かぶ。何の感情もなく、映画の題名のように脳髄へ見せ付けられた。

 ゾッとした。

 震えの正体はこれ(・・)だったのだ。

 

「先輩……どうしたんですか? 顔色、悪いです。大丈夫ですか?」

「……ええ、平気ですよ」

 

 口にしてから、既視感を覚える。昨日の暮れなずんだ夕方、今の会話に近い内容を確かに聞いた。

 その意味を突き止める前に厨房へ行かねばならない。食欲などすっかり失せ、(いち)は誰にも声をかけずに席を立つ。いくつもの視線を背に感じた。

 廊下を行き交う鑑識や警官を邪魔せぬ様に進み、ちょうど北屋敷(きたやしき)正野(ただの)刑事に聞き込みを受けていた。

 

「こうやって、従業員が1人で作業されると……こんなに広いと掃除も大変でしょうな」

「はい、見ての通りに広い造りです。今は敷島君と葉崎さんがいますし、最低限の清掃は行き届いています」

 

 語りながら、北屋敷は朝食のデザートを手際よく皿へ盛り付けていく。また準備が整ったタイミングを計ったように、敷島がデザートをトレーに載せて行った。

 

「北屋敷さん、おはようございます。昨夜は失礼いたしました」

「おはようございます。金田さんこそ、お疲れでしょう。大変でしたね」

 

 北屋敷は勝手に寝入り込んだ客人も、純粋に心配してくれている。大変なのは彼ら従業員のはずなのに、その気遣いに胃が竦んだ。

 

「……北屋敷さん、客室の構造はどの部屋も同じですか? 家具の配置も……」

「客室ですか? はい、基本的に同じです。家具やシーツも出来るだけ、同じ柄を揃えてますよ」

 

 正直に答えて貰い、目礼にて感謝を伝える。正野刑事の腕を控えめに引っ張り、黄色いテープの貼られた事件現場に連れて来た。

 

「正野さん、凶器はまだ見つかってないのですか?」

「あ~、その話かあ。う~ん、……実は厨房の包丁、一本足りないんだって。多分、それが凶器だね。まあ、犯人が持ち去っただろうけど、念の為に桜林を捜査員が探してるよ」

 

 犯行の凶器が厨房の調理具、ほぼ断定だ。

 

「……2階の浴室を調べましたか?」

「……お風呂場どころか、この建物自体そこまで調べてないよ。今の時点で外部の人間か、内部の人間かも分からな……。ハッ!? 金田君、もしかして……何か分かっちゃった? この前の聖生病院でも、キミんトコの桜樹さんが活躍してくれたし……。白峰君からも執行部の活躍は聞いてるよっ」

 

 質問を聞き、億劫そうに正野刑事は簡単に捜査状況を明かす。何処まで聞かせてくれるのかと耳を傾けていれば、期待に満ちた態度で問われた。

 雪峯刑事と白峰先輩が念押した理由はよく分かり、ゲンナリ。だが、これを利用しない手はない。

 

「正野さん。2階の浴室、特に排水溝のルミノール反応を調べて頂けませんか? もしも、反応が出れば……犯人は内部の人間となるでしょう。斧田さんを襲い、何も盗らずに逃げたのです。外部の人間なら、わざわざ2階のお風呂を利用する意味もありません」

「……分かった。鑑識を向かわせるよ」

 

 桜樹先輩の前例もあり、正野刑事はあっさりと素人の判断を受け入れてくれた。

 

「他には何かないかい? 流石に犯行現場へは入れられないよ。雪峯刑事が説明した通り、現場検証があるからね。最低でも、明後日までは駄目」

「……浴室の結果が出るまで、自分の泊まっている部屋に来てもらえますか? 今から、斧田さんの行動を再現します」 

 

 これもまた正野刑事は素直に受け入れ、部屋まで簡単に着いて来る。何故だろうか、また先客がいた。

 

「あら、(いち)が本当に戻って来たっ。アナタ、ちゃんと食べてないでしょ。これ、食べなさい」

「ちゃんと鍵かけろよ、金田っ」

 

 かほる先生と白峰先輩が勝手に椅子へ座り、テーブルにわざわざ軽食を持ち込んでくれる。まだ食欲はないが、気遣いに喜んだ。

 

「佐木君はどうしました?」

「宇治木さんと一緒に食堂だ。他の奴を見張らせたっ」

 

 佐木の子守まで押し付けられ、宇治木を気の毒に思う。

 

「もしかして、多岐川さんが独自の捜査を? 推理小説家ならではの謎解きが…………」

「私は推理ショーなんてしないわよ。どこぞの名探偵の孫じゃないんだから! 斧田さんの行動を振り返るんでしたっけ?」

「……斧田さんは1人になっても、お酒を飲み続けていました」

 

 正野刑事の期待をバッサリと切り、かほる先生に促される。

 (いち)は椅子へ座り、ハンディカムの映像を必死に思い返す。斧田の遺体と床に落ちた血痕の位置、そこから割り出される死の直前の行動を想像する。彼のように振る舞い、動いて見せた。

 

(……テーブルのお酒とグラスはそのまま……、ベッドに横に…違う。窓から誰かが……違う。……ノックされたから、扉を開けて、ここで刺されて……中に逃げ込んで……。窓に近い位置……、だったら…………どうして刺された? 知り合いだった? 刺してくると思わない相手……)

 

 椅子に座り、ベッドへ寝そべり、扉に近付き、床へ仰向けになる。何度も何度も斧田の行動を納得行くまで、再現してみる。カーペットがあるとは言え、背中に伝わる床の感触は硬かった。

 

(斧田さん、瞼が開いてたよな……最期まで犯人の顔を見たんだ……。つまり、犯人も斧田さんの死に顔を見続けた……)

「金田君の動きを見る限り、被害者は誰かにノックされて無警戒に扉を開けた。そこを犯人に刺された。逃げようとして、後退り……仰向けになった……」

 

 天井を眺めていれば、正野刑事がブツブツと状況を推測する。彼に驚くよりも、屈んでくれた顔の位置を意識した。おそらく、犯人は斧田が事切れる瞬間を見逃さなかった。

 ノックの音と共にそっと現れた鑑識から、予想通りの結果が報告される。事件関係者とは言え、刑事以外の人間に捜査情報を明かす。この状況が甚だ疑問だ。

 だが、判断材料は十分、揃った。

 

(……あの人が犯人なら、白峰先輩や佐木君に危害は加えないし。いっその事、鬼方のせいにしても……)

「金田っ、犯人が分かったろ。俺達に黙って、こっそりと話し合いでもするつもりか?」

「ええ、そうなの!? どっかにダイイングメッセージでもあった?」

 

 起き上がりながら、白峰先輩に少し見当違いな胸中を暴かれる。ビックリした正野刑事につられ、鑑識も天井を見上げた。

 反射的に肩を痙攣させてしまい、動揺が皆に伝わる。溜息を殺しつつ、観念した。

 

「教えてくれたのは斧田さんですから、まあ……ダイイングメッセージですかね。あくまでも、この状況で斧田さんを殺せる人です。そして、『夜桜亭』で事件が起こっても困らない人も付け加えました。要は言い掛かりですね。但し……証拠がありません」

「ええ……それは困るよ。どんな推理も証拠がないとキミが言うように、ただの言い掛かりじゃん」

「ただの言い掛かりになるから、刑事さんに相談してるんスよ」

 

 途端、正野刑事は期待外れとガッカリされる。流石にイラッとすれば、白峰先輩が弁明してくれた。

 

「返り血を浴びた服よ、刑事さん。斧田さんが発見されてから、私達はすぐに広間に集まったわ。アナタ達が来てから、事情聴取の順番が来るまで全員に警察官の見張りが付いていたもの。体に付着した返り血を流せても、服までは処分する時間はないわ。隠し持っている。旅館のゴミに混ぜた。トイレに流した。いずれにせよ、物的証拠になるはずよ。まあ……裏付けを取るのは警察の方々、私達一般人の意見はあくまでも参考程度になさいなっ」

「そうか……、流石はミステリー界の女王。それで金田君、参考までに犯人も教えてくれるかな?」

 

 かほる先生なりの意見を聞き、納得した正野刑事はついでのような口調になる。反抗的な気分に陥りかけたが、裏付けをして貰う為にも情報は提供せねばならない。

 基本、執行部の業務は完了してからの報告が主だ。処理中はコレが初めてだろう。一気に緊張し、心臓が煩かった。

 

「……葉崎 栞さんです」

 

 (いち)は蚊の鳴くような声になってしまい、事件への緊張感は羞恥心に染まり上がった。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと聞くから、理由を順番に言ってごらん」

「……はいっ。先ず……佐木君のビデオにもありますように。葉崎さんは敷島さんに呼ばれ、そのまま食堂の広間へ来ています。斧田さんの部屋やご遺体の状態さえ、見ていません。ですが、葉崎さんは広間で最初に斧田さんが殺されたと断言しました。藍染オーナーもご友人へ配慮し、「亡くなった」とおっしゃった後の事です」

 

 正野刑事は心配しながら、最後まで話させる。

 口に出してしまった以上、(いち)は葉崎の。何も遠慮せず、言い掛かりを吐いた。

 

「……客室に指紋があっても不自然じゃないから、指紋採取も問題ない。春から勤めたばかりの新人、『夜桜亭』に愛着もないし……事件が起こっても困らない。……葉崎の動機までは分からないよね?」

「はい。ですが、斧田さんは息絶えるまで、刺され続けたのです。それを真正面から見届ける程、殺意があったのです」

 

 酔っ払いの斧田は美人の葉崎が部屋を訪問し、一瞬だけ舞い上がったのだろう。その隙に最初の一刺しを受け、気が動転し過ぎて悲鳴も上げられなかった。

 その様子を斧田の視点で想像する。何度も、容赦なく、刃物を振り下ろされる。凄まじい形相の葉崎はやがて、自分の顔へ変わった。血濡れで倒れ伏すのは――。

 

「早速だが、葉崎の私物を調べてみよう。ゴミ袋もだ。雪峯刑事を呼んでくれ」

 

 正野刑事が鑑識に指示する声を聞き、我に返った。

 

「刑事さん、もしも……葉崎さんが犯人なら、冬部さん達に気付かれないよう……連れて行って貰えますか? ただでさえ、仲間が殺られて……自分達の原点だって話してくれた旅館の従業員が犯人ってキツイだろうし……」

「白峰君……。大丈夫だよ、ドラマみたいな大袈裟な逮捕劇は滅多にないんだっ」

 

 白峰先輩は切に願う。それを聞き、正野刑事は安心させようと朗らかに笑った。確かに葉崎へ報復が及ばぬ為にも、冬部弁護士と絵東医師には隠し通さねばならない。そこまで気を回せる漢気溢れた彼に惚れ直しそうだ。

 

(また血が流れたら、鬼方が喜ぶだけだろうな……)

 

 窓の向こうにある桜を何気なく、眺める。いないはずの鬼方医師へ見せ付けるように、紅い花びらは今も舞い落ちていた。

 美しい景色を見ながら、鬼方医師の行方について閃いた。

 

○●……――葉崎 栞は怒りに任せ、斧田を刺し殺した。

 殺害した達成感、殺人へ忌諱もあり、栞の思考は碌に動かない。僅かに開いた扉の向こう側から、宇治木 がほろ酔い加減で歌う声が聞こえた。

 現状を目撃される恐怖に襲われたが、宇治木は通り過ぎてくれた。すぐに彼が飲みの続きに戻るかもしれないと思い、凶器だけを持ち去った。扉をキチンと閉めたか等、二の次だった。

 血に染まった服と凶器は自室に隠す。前以て指示されていた2階の浴室清掃、返り血を洗い流すに丁度良いが、敷島に呼ばれたのは誤算。

 過去の事件もあって思った以上の警戒体制となり、一箇所に集められてしまう。何一つ処分、出来なかった。

 物取りによる外部犯と簡単に判断され、安心していた。

 普段通りに業務をこなし、警察官の目を欺く。そこまで神経を張り巡らせるなど、栞に出来ない。だから、他の2人を殺す機会だけを狙った。

 逮捕されようとも、絶対に冬部と絵東は殺すと決めた。彼らに15年前、イジメの果てに殺された青桐(あおぎり) 岳人(がくと)の妹・青桐(あおぎり) 夏美(なつみ)の忌まわしい記憶を殺す為にも必要だ。

 彼らが殺人罪で少年院に入所しようが、出所してエリート人生を歩もうが、栞には関係ない。はずだったが、斧田はあの頃と全く変わらない残虐な性根のままだった。だから、あの2人も同じだ。

 家族の仇ではない。自分の為に殺すのだ。

 

「先輩……どうしたんですか? 顔色、悪いです。大丈夫ですか?」

「……ええ、平気ですよ」

 

 朝食中、金田は青褪める。見開かれた三眼目は春にそぐわぬ吹雪に見舞われていた。

 何故だろうか、栞はその瞳を美しいと感じた(・・・・・・・)

 

「葉崎さん、お部屋を調べさせて下さい」

「……!?」

 

 雪峯刑事に呼び止められた時、早々に見抜かれたと知る。正直、悔しかった。

 藍染オーナーにも付き添われ、鑑識に部屋を捜索される。隠していた証拠をあっさりと発見された。

 

「葉崎さん……」

 

 藍染オーナーは何も聞かず、栞の肩を優しく撫でてくれる。彼女の優しさは知っているつもりだったが、手の温もりから実家で独り暮らす葉崎の母親を思い返す。初めて、旅館を血で汚してしまった事を後悔した。

 

「……最後に、冬部さんと絵東さんへ伝えたい事があります」

「いえ、後日……お話する時間を作りましょう」

 

 雪峯刑事は懇願を一蹴。完全に殺す機会を失った。

 客人は勿論、北屋敷と敷島にも見られぬ様に連れ出され、パトカーに乗せられる。それでも、手錠はされない為に逮捕された実感は正直、ない。

 藍染オーナーだけが見送ってくれようとした時、血相を変えた冬部が飛び出して来た。

 

「まさか!?」

「重要参考人です。これ以上は近寄らないで下さい!」

 

 パトカーに触れかけた冬部の手を雪峯刑事が咄嗟に防ぐ。屈強な警察官に取り押さえられても、縋るように手を伸ばす。鬼気迫った表情は死んだ斧田の為と思えば、彼への殺意が湧き起こる。全てをブチまけ、殺してやりたい衝動だ。

 

「物取りだと言ったじゃないか! 十分な証拠もないのに、不当な扱いは許されないぞ!」

「冬部さん、落ち着いて!」

「公務執行妨害になります!」

 

 冬部の怒鳴り付ける内容に耳を疑う。彼は栞を庇っていた。

 慌てた宇治木、金田が冬部を羽交い締めにしてでも警察官から引き離す。誰も連行される栞に驚いていなかった。

 

「出してっ」

「待ってくれ! 行くなあぁ!

 

 雪峯刑事も急いで乗り込み、運転手の警察官はパトカーを発進させる。周囲を振り払ってでも、冬部は追って来ようとした。

 悲痛な叫びはサイレンに掻き消されたが、冬部の咆哮は止まらぬ。まるで栞の無実を訴える光景に驚愕するしかなかった。

 

 

 後日、冬部は栞の弁護を引き受け、何度も面会に訪れる。キッチリとした背広姿を見る度、逃げ続けた。

 1秒に満たない面会時間、冬部は栞の背に向い「必ず釈放させる」とだけ告げる。何の悪感情もない彼の態度が意味不明だ。

 

 その理由は更なる後日、宇治木が教えてくれた。

 冬部は「葉崎 栞」の事情を全て知っていた。更に母子家庭の葉崎家へ差出人不明で金銭的援助まで行い、栞の暮らしを陰ながら、支えていた。

 今回も証拠不十分による釈放を目指し、方々を走り回っている。宇治木は栞の地元や母校を巡り、思い出話や美談を集めて回る。ついでに斧田の会社での悪評も探らされていると言う。

 栞の心証を良くする為、死んだ斧田を貶める気でいるのだ。

 

「15年前、キミ達の間に何があったのかは知らない。けど……冬部さんは真剣にそれを償って来たんだと思うよ。そんな彼の弁護を受けて欲しい……」

 

 宇治木は誰に頼まれた訳でもなく、報せに来た。あまりにも、栞が冬部を拒む為である。

 涙が溢れた。

 それは「葉崎 栞」としてか、「青桐 夏美」としての涙か、判断出来ない。でも、やっと泣けた気がした。兄が死に、母が心を狂わせても、涙は出なかった。

 家庭を支える為に一心不乱に働いた父の為にも、「青桐 夏美」は泣けなかったのだ。

 

 宇治木が帰った後、葉崎の母を想った。『夜桜亭』のオーナーを想った。想うだけの時間はあり、心に隙間が生まれた。そこへ入り込むのは金田。三眼目に宿った吹雪はいつか、『血吸い桜』のように紅く染まる。予感よりも確信に近かった。

 つまり、まだ染まっていない。

 

(どうして……思い留まれたんだろう……)

 

 知りたいワケでもない疑問が浮かんでは消える。栞とは全く縁のない金田を想えば、押し寄せる感情と記憶の波が少しだけ治まった。

 次に冬部と会う時、きっと真正面から向き合える。そう思った。

 




鬼方「鬼方だ! 私の桜を見てくれてありがとう! 美しく木々に血を与えるのに、トリックなど要らない! ああ、望んだ以上の紅々とした花吹雪! 素晴らしい! さて、次回は『吸血桜殺人事件に吹雪を見る』!! 『血吸い桜』……出来るなら、この目で見たかったなあ……諸君もそう思うだろ?」  

青桐 岳人
イジメの被害者。15年前に死亡。
冒頭の回想シーンにて、彼を押す3つの手の中で一つだけ、掴もうとする指の動きをしている手は冬部と思われる。

青桐 夏美
兄の死んだ2年後、記憶喪失となり「葉崎 栞」になる。『血吸い桜』と例の3人によって、記憶を取り戻す。
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