金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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事件の後日談、夜桜亭での夕食タイムです。
ご飯食べるシーンは本当に好き。


C8.吸血桜殺人事件に吹雪を見る

 暮れなずむ庭園の桜は昼間の騒動を意に返さず、美しく咲き乱れる。指先に落ちる花びらをハンカチに優しく包む。持ち帰って、押し花にする為だ。

 

「たった一晩で人が減りましたね、金田先輩……」

 

 後輩の佐木(さき)は食堂を見渡し、昨晩よりも5人も減った事態を寂しがる。返事しようとしたが、(いち)の舌に気を遣い、手振りで賛同した。

 

「多岐川さん! よろしかったら、こちらのテーブルで夕食を一緒にいかが? 前の席が空席だとなんとなく寂しいんじゃないですか?」

「そうね、お言葉に甘えるわ」

「それではテーブルセッティングを作り直しますので少々、お待ちください」

 

 三夜沢(みやざわ)画伯に元気よく誘われ、かほる先生は嬉しそうに承諾する。アルバイトの敷島(しきしま)がテキパキと整えて行った。

 

「虎元さんも一緒にどうですか?」

「……私は結構、窓際の席でいい」

 

 かほる先生が誘っても、虎元(とらもと)はマスクも取らずに静かな態度で断った。

 

「藍染オーナー、それに北屋敷さん、敷島さんも私達とご一緒に食事されては?」

「三夜沢様……ありがとうございます。是非……」

 

 三夜沢画伯に声をかけられ、藍染(あいぜん)オーナーは快く受ける。従業員仲間の逮捕でショックを受けているだろう。接客中の今は態度に出さないだけだ。

 従業員達も座れるようにセッティングされ、どの席からも全員の声が届く距離に詰められた。

 

「多岐川様は警察の方と随分、話し込まれていましたが……。やはり、アナタが事件の真相を?」

「……いいえ、私はあくまでも意見を言っただけよ。素人のね」

 

 遠慮がちに敷島から確認され、かほる先生は謙虚に答える。事件の早期解決に高名な推理小説家が居合わせれば、そんな偶然を想像してしまうだろう。何故か、藍染オーナーの表情に怯えが混ざっていた。

 

「では、金田さんが厨房に来られたのも。多岐川さんの助手をなさっていたんですねっ」

(……それでいいかなあ)

 

 料理人の北屋敷(きたやしき)はテーブルへ料理を並べつつ、こちらへ素朴な疑問を投げかける。それは別の目的だったが、改める必要もない。満面の笑みにて、肯定を示した。

 

「……金田君はまだ喋れないのかね?」

「……喋るのがツライんスよ。冬部さんの肘鉄を見事に食らってりゃあ、ベロも噛むわなあ……」

 

 虎元に傷を心配され、白峰(しらみね)先輩も我が事のように痛がった。

 『夜桜亭』を騒がせた殺人事件は新人アルバイト・葉崎(はざき)の逮捕により、幕を下ろす。彼女は反論もなく、警視長捜査一課の雪峯(ゆきみね)刑事に大人しく連行された。

 寧ろ、被害者の友人である冬部(ふゆべ)弁護士は葉崎の連行を阻止せんと躍起になる。手を貸せるだけの男手で押さえ、もがいた彼の肘鉄が(いち)の顎を的確に強打した。

 勿論、冬部弁護士の意図せぬ衝突。顎への衝撃と共に舌へ痛みも走り、体勢を立て直した時には鉄の味が広がる。ケガ人は事態の鎮静化に役立った。

 捜査責任者の正野(ただの)刑事へ転んだと誤魔化し、冷静になった冬部弁護士は心からの謝罪をくれる。そして、葉崎の弁護を行わんと早々に『夜桜亭』を発つ。何故か、記者の宇治木を連れて行った。

 

「冬部さん、宇治木さんに何をさせるつもりでしょう?」

「……宇治木さんは良い仕事をしてくれるから、そこを見込んだのかもっ」

 

 佐木の質問に答え、かほる先生はクスクスッと笑う。雑に扱いながら、宇治木への信頼を感じた。

 

「ひょっとしたら、冬部さんは最初から分かってたんじゃねえか? 葉崎さんの動機も自分達の過去にあるってよ。誰かさん(・・・・)と違って……」

「その誰かさん。多岐川さんのお説教が効いてたわね。過去に興味なんてないけど、本当の意味で反省していたのは……冬部さんだけだったのかしらっ」

 

 反対に白峰先輩は「誰かさん」たる絵東(えとう)医師へ軽蔑を込める。三夜沢画伯が殊更、可笑しそうにお説教の様子を思い返した。

 件の騒動にて犯人を知ってしまい、絵東医師は狼狽のあまり、醜い自己弁護に励んだそうだ。

 

(くっそう……見たかったなあ。かほる先生が本気で叱るの……)

 

 その頃、(いち)は虎元に舌を診て頂き、お説教は見られなかったのだ。絵東医師には悪いが、かほる先生の叱り方は年齢差故に子供相手程度の経験しかない。遠慮のない説教を見学したかった。

 余程、恐怖に陥った絵東医師は冬部弁護士に便乗し、逃げ去る。思う事があったらしく、彼女は後に精神科医へ転向するが、それを知るのは葉崎に判決が下された後であった。

 

「事件の話ばっかりもアレですし……多岐川さんは金田先輩のお母さんと学校の同級生か、何かですか?」

「……いきなり、この場にいない人の話する? 本当に佐木さんは肝が据わっているわね」

「ああ、多岐川さんと金田君はそういう関係でしたの。てっきり、親子かと」

「……俺もっ。宇治木さんの前だから、誤魔化してるのかと思ったぜ」

 

 佐木の余計な質問にかほる先生はもう皮肉を隠さず、呆れる。三夜沢画伯と白峰先輩も想像力、豊かであった。

 

「……私が駆け出しの頃に偶々、知り合ったの」

「多岐川さん、そんな曖昧な言い方だと分かりませんっ。金田先輩は聞いてませんか?」

 

 かほる先生の気遣いを無下にし、佐木はこちらへ話を振るう。普段は思慮深い彼が指摘する曖昧な答えでは、追及してしまうのだろう。しかし、目上に対する態度は無礼極まる。イラッとした。

 彼女自身は気に留めていないが、(いち)が気にする。後輩へ意地悪しよう。

 

「……鬼方がどうなったか、その謎を解いて下さい。そうしたら、かほる先生と母の出会いを教えましょう。……イッ」

「……!? 分かりましたっ。北屋敷さん、あのアルバムを貸して頂けますか? 部屋で考えを纏めますっ」

「は、はい……」

 

 引き気味だった痛みは喋れば、強く主張してくれる。お茶や水を飲み、口内を冷やす。痛がる先輩を心配するより、好奇心が勝った佐木は夕食を瞬時に済ませる。北屋敷まで巻き込み、部屋へ引き篭もった。

 

「誰も今日中とは言ってないのに……」

「佐木さんって、本当に面白い子ね……」

「ミス研の奴は大体、あんな感じっスよ」

「愉快な学校ね、クスクスッ」

 

 三夜沢画伯、かほる先生、白峰先輩、藍染オーナーの会話を聞きながら、舌に配慮して貰った料理を味わう。滑らかな食材が傷の再生を促している。そう感じる程に美味しかった。

 

「ちなみに多岐川さんは鬼方がどうなったと思います?」

「私も聞きたいです。多岐川さんなら、『血吸い桜』の鬼方 桜柳にどんな結末を与えますか?」

「……皆さん、鬼方の話は避けていると思っていたけど……」

 

 敷島と三夜沢画伯から、かほる先生は期待に満ちた眼差しを受ける。藍染オーナーと虎元は口を挟まず、静観する態度となった。

 

「結論から言えば、鬼方は死んでるわ。確信したのは昨日、(いち)達が北屋敷さんからお話を聞いた時ね。鬼方は診察日誌を残していたとあるわ。日誌は何の為に書くの?」

「誰かに読んでもらう為……ですか?」

「そうよ、白峰さん。個人的な日記じゃなくて、誰かが必ず読む日誌に書いたなら……鬼方は元々、サナトリウムを去るつもりだったのでしょう。知って欲しかったのよ、自分が紅い桜を咲かせる為にどれだけ力を注いだかね」

「それで死んでる?」

 

 かほる先生の説明に白峰先輩は疑問を投げかける。だが、彼女の憶測は(いち)の閃きと同じだ。

 

「ええ、『血吸い桜』は夜桜郷の人々に恐れられたわ。一方で三夜沢さんや(いち)のように素晴らしいと評した人も多くいるっ。鬼方が生きていたなら、何かの手段で桜の美しさは自分の手柄だと公表したでしょう。時効が成立した時とか、特にね」

「成程……もしかして、鬼方は自分で命を絶ち……桜に血を捧げたのかしら?」

 

 三夜沢画伯は口にした推論に自信がない様子。何故なら、自死してしまえば、遺体を始末する別人が必要になる。鬼方(きがた)医師と一緒に写っていた別の医者が脳裏を過った。

 

「かもしれないし、患者の遺族に葬られた線もあるわ。ただ、言えるのは……鬼方はもう現れない(・・・・)。ですから、藍染オーナーは安心して営業を続けられるわ。誰の血を捧げなくても、こんなに美しい花が咲くんですものっ」

「……流石は推理小説家の先生……見事なご高説痛み入ります。現れなくても……紅い桜は咲く……フフフ」

 

 花びらを手に取り、かほる先生は物語を解説し終える。藍染オーナーも着物の袖に落ちた花びらをそっと触れる。困ったように眉を寄せても、皺だらけの笑顔に解放感が溢れていた。

 写真の若き日と同じ、魅力的に感じた。

 

「皆さん、お話が弾んでいらっしゃいますね。デザートです。佐木様の分はお部屋にお運びしました」

「北屋敷さん、ありがとうございます。アイツが謎解きしている間に、多岐川さんの推理を聞いてたんスよ」

 

 北屋敷がデザートをトレーで運び込み、虎元はすっと離席。部屋で独りの食事をする為だ。そのまま、自分達を通り過ぎると思いきや、わざわざ、こちらのテーブルへ寄って来た。

 

「金田君っ、まだ痛いかね? これに懲りたら、危険な真似は止めなさい」

「……っ。前向きに検討致します……虎元さん……」

 

 冷汗が頬を伝っても、気付かぬ振りをする。マスクで見えない虎元の口元が皮肉っぽく歪んだ気配を感じた。

 虎元の視線は例えるならば、わざとブツかって痛がる振りで済ませようとしたが、本当に大怪我を負ってしまった患者に対する医者の目付きそのもの。年齢的にも、元医者。素性を詮索するつもりはないが、鬼方医師と勤務したもう1人の医者だろうと確信した。

 写真にあった眉の形、生え際がよく似ている。所謂、ただの言い掛かりだ。

 証明はしない。

 

「あっ、北屋敷さん。すっかり忘れてたけど、廊下にある絵! アナタの持ち物なんですってね。譲って頂けないかしら? あの絵に是非、私の手で色を着けたいわ」

「……!? 三夜沢先生、それは……っ」

「申し訳ありません、三夜沢様。あの絵は……お渡しできません」

 

 三夜沢画伯は良い画家だと思う。未完成の下描きに自ら手を加えたい。その行動力は素晴らしいが、絶対に反対。自分でも顔色が変わったと分かる程、(いち)は動揺を露わにした。

 速攻で北屋敷が丁寧に断り、足の力が抜けて座り込んだ。

 

「あら、そう……残念だわ。理由を伺っても?」

「随分前に約束したんですよ。絵を描いて下さった方が……色を着けに『夜桜亭』へ来て下さるとね。……お恥ずかしながら、相手の顔と名前も憶えておらず……、去年の大掃除でオーナーが絵を見付けるまで……存在も忘れておりました。私よりもオーナーが気に入り、飾って頂ける事に……」

「アハハッ、結構……ロマンチックな話ですね。僕は初めて見た時、絵の蕾なのに咲くんじゃないかなって思いましたよっ」

 

 心底、残念そうな三夜沢画伯に北屋敷はさらりと事情を語る。敷島は何故か、照れ臭そうに笑った。

 歓談の中、(いち)だけは体の芯が冷めていく感覚を味わう。北屋敷が相手と交わした約束は果されないと知っている。それを伝える意思のない自分自身に絶望した。

 かほる先生の心配そうな視線を感じた。

 

 夜桜散歩の後、浸かる湯は心地良い。体が芯から温まって散る。なのに、心は寒い。

 斧田(おのだ)の血濡れた姿が消えない(・・・・)。紅い花びらも混ざり、正直、魅入られた。

 

 ――水沼モコウヤッテ、死ネバ、良カッタノニ

 

 また文字が浮かぶ。感情のない本心を恐れ、他人事と切り離す。思い付いた衝動のまま、急いで浴室を飛び出した。

 髪も乾かさず、一直線に進む。壁に掛かった絵を目にした瞬間、悩みも消え去ったような安堵に包まれる。北屋敷は相手を忘れたが、氷室(ひむろ)伯父の絵と改めて実感した。

 

(三夜沢先生のお願いも断ってたし、ずっと飾ってくれるよな……)

「金田さん、またその絵をご覧になっていたんですね。気に入って頂けて、何よりです」

 

 廊下の電灯をチェックしていた北屋敷に後ろから声をかけられ、ビビる。それに彼は昨日、今日と厨房を中心に作業を行い、(いち)がここに立つ様子は見られていないはずだ。

 

「……北屋敷さん、……またとは?」

「お連れの皆さんから、聞きました。特に多岐川さんっ、絵を売って欲しいとも。断らせて頂きましたが……アナタの為だったんですね」

 

 かほる先生は(いち)の態度から、絵の作者に気付くとは流石。氷室伯父の未発表作品という意味でも、十分な価値はあるが、北屋敷の指摘通りだろう。

 欲する気持ちは正直ない。所在が分かっていれば、こうして見に来られる。自分の手元に置いても、飾る場所は用意出来ない。得るべき人の手にあるべきだ。

 

「本当の事を言えば、約束を思い出したのは……昨夜に皆さんが厨房を訪ねて来られた時なんです」

「昨日ですか……、随分と突然ですね」

「ええ、『血吸い桜』の話をしている間に段々と……。私自身、不思議に思います……」

「オーナーも……昨晩、昔を思い出すと言っていました。きっと、そういう日だったのです」

 

 哀愁漂う笑みを浮かべ、北屋敷は昔を思い返している様子。それは氷室伯父に瓜二つの顔を目にし、記憶が無自覚に触発されたのだろう。藍染オーナーと同じように追及はしない。

 常連客を亡くし、従業員を失い、約束まで消えたと知らせるのは酷すぎる。勝手ながら、日記の話は伏せておこうと決めた。

 

「これを描いた人は……北屋敷さんとの約束を果したいと思っていましたよ」

「……っ、ええ……私もそう信じます」

 

 だから、これだけは伝える。北屋敷がどんな意味で捉え、笑みを返してくれただろう。この時はまだ分かっていなかった。

 

 

 徹夜した佐木は帰りのバスにて、かほる先生とほとんど同じ考察を語る。純粋に驚いた。

 

「最初は虎元さんが鬼方だと思いました。しかし、鬼方の眼鏡は窪みから、近眼用でしょう。虎元さんは裸眼で、しかもお歳の割に視力も良い。従って別人です」

「大したモンじゃねえか、佐木。んじゃあ、俺はもうお払い箱だな。スキー部に専念す……分かった分かった。本当に一学期だけだからな」

 

 佐木の論理的な思考は流石のミス研と言えるだろう。白峰先輩が真面目な顔で慣れぬ冗談を呟けば、縋るようにハンディカムを近付けた。

 バス停に佐木家の迎えが来ており、佐木(さき) 良子(りょうこ)からハンディカム越しに挨拶される。白峰先輩と佐木は明日の学校を約束し、車へ乗り込んだ。

 

「佐木さん、アナタと何か約束してなかった?」

「ええ、彼が思い出した時に果しますよ」

 

 佐木家の車を見送り、かほる先生はクスクスッと笑う。急がずとも、佐木とは学校でも会えるのだ。

 

(いち)っ、お誕生日おめでとう。明日は会えないから、言っておくわ」

「……ありがとうございますっ。……もしかして、今回の旅行って誕生日プレゼントだったのですか?」

「おっ、ちゃんと気付いたのね。まあ……事件に巻き込まれて、ケガまでして……災難もプレゼントしちゃったわね」

「……明日の厄落としになりましたよ」

 

 かほる先生には災難どころか、それ以上の素敵な贈り物を頂いた。

 未完成のままに置かれた氷室伯父の絵。バス停に着くまで車窓を眺めたが、当てはまる光景は見付けられなかった。

 悲しいと思わない。寧ろ、次に夜桜郷を訪れた時の楽しみだ。

 やはり、彼女は物書きとして天才。推理小説の展開が如く、感情の揺さぶられる時間であった。

 

 

 誕生日に喜ばしい出来事が起これば、全てが贈り物と感じ取れる。

 朝早くの生徒会室。開けられた窓を通り、校庭に植えられた桜の花びらがいくつか室内へ舞い込む。見惚れたのは紅くない普通の桜色、十分に美しい。

 

「お早う、金田君。今日の部活紹介、……あたしだけ段取りをちゃんと確認してなかったから……」

「和泉さん、おはようございます。自分、午後は家の都合で下校します。七瀬さんと協力を……」

 

 2年1組・和泉(いずみ) さくら、桜と同じ名を持つ彼女に会えた。相変わらずのか細い声と物凄く控え目な態度だが、春休み前と何処か違う(・・・・・)。その雰囲気は愛する人の喪に服していた。

 他人事と思えず、余計なお世話と分かっている。それでも、問わずにはいられなかった。

 

「和泉さん……あの、……!?」

「おはよう、か~ね~だ~く~ん?」

「ひっ……遠野先輩……お早うございます……」

 

 途中、前生徒会長・遠野(とおの) 英治(えいじ)先輩によるオドロオドロしい挨拶が割り込む。普段は笑顔の中に威圧感を浴びさせられる程度、それがここまで露骨な迫力にビビる。和泉さえも震え上がった。

 

「聞いたよ。ケガしたんだって? 事件に遭遇して、犯人を庇おうとした人に!」

「……正しくは犯人が警察に連行されるのを防ごうとした人です」

「同じじゃないか! 舌を見せてみろ。あ~あ、この傷だね。お祖父さんとお祖母さんは何も言わないのかい?」

「はい……この程度で済んで良かったと……」

「本当かい? 未成年に対する暴行だよ、これ!」

 

 見知らぬ相手に怒り狂う。こんな遠野先輩は初めて見た。

 段々、恐怖よりも物珍しさが勝る。心に余裕があれば、(いち)は笑顔を取り繕って宥められるのだ。

 

「……いえ……事故ですから、相手の方にも謝って貰いましたよ。遠野先輩っ」

「謝れば、許されるってモンじゃないだろ。変に大人ぶって、理解のある振りして! 金田君はもっと怒っていいんだよ!」

 

 感情的な遠野先輩の言葉から、ひとつだけ胸を疼かせる。それは先月の北海道にて、鷲尾(わしお) ケイゴの主張を聞いた時から刺さっていた。

 

「……それは……犯人が世間から同情される生い立ちで……被害者が殺されて当然で……そもそも、周りがしっかりしてれば……犯行が起きなくてって話でも……ですか?」

「……犯人なんて、被害者なんて、そもそも他人だろ。どんな事情も金田君には関係ないし、キミが傷付いたっ。怒る理由なんて、これだけで良いんだっ」

 

 少し怒りの治まり、遠野先輩は熱弁。『夜桜亭』の事件を前提としていただろう。けれども、胸の疼きは血潮となって溶け込んだ感覚がする。つまり、(いち)はやっと納得したのだ。

 

「遠野先輩……ありがとうございます。決心が着きました」

「……!? そっか。遠慮せず、やるんだよ。何だったら、僕も手を貸すからっ」

 

 普段の顔付きになり、遠野先輩の手が肩に置かれる。威圧感のある笑顔がさっきより怖かった。

 

「金田君……事件に巻き込まれたのね。……大丈夫?」

「ええ、そうです。ちょっとケガしました」

「あ、和泉君だ。おはようっ、学校に来られるようになって良かったね」

 

 蚊帳の外だった和泉は椅子を盾に隠れ、か細い声で問う。怯えさせてしまい、申し訳ない気持ちになる。しかし、彼女が他人の事情を気にかけるのは珍しい。そして、遠野先輩はようやく後輩の存在に気付いた。

 

「やっぱり、開いてる。おはようございますっ。あ! 和泉さん、久しぶりっ」

「……お早う、七瀬さん」

 

 現生徒会長・七瀬(ななせ) 美雪(みゆき)が挨拶し、次々と執行部役員が集まる。最後に現れた執行部顧問の先生が物凄い知らせを持って来た。

 

「4月28日からGWに繋げる形で休校? ですか……」

「マジの黄金週間!? 高校がそんなに休んで大丈夫っスか?」

 

 2年5組・朝木(あさぎ) 秋絵(あきえ)も呆然、1年2組・海峰(かいほう) (まなぶ)は困惑。2人のように誰も喜ばず喜び、授業日程を心配する雰囲気に包まれた。

 先週の保護者説明会にて、教職員一同は批難轟々の嵐。信頼を取り戻す取り組みのひとつだ。

 

「講習の申し込みは変わらず……これなら、3年生に問題ありません」

「2年生は小テストを受けさせて、合格ラインの生徒のみ……お休み許可。うん、あたしも問題ないと思います。じゃあ、実質……無条件で休めるのは1年生だけ」

「部活動の練習あり……結局、GWに先生達の休みは増えないんスね」

 

 遠野先輩、七瀬、海峰は顧問の話をそれぞれで纏める。言い終えた後、顧問は朝の職員会議に行ってしまった。

 

(28日、……死骨々原湿原ホテルに行ける……行けるけど……。行きたくねえ……)

 

 『幻想魔術団』、毎年恒例の北海道公演。観に行く気はないが、新人見習いマジシャンの応援はしたい。交通機関は直前のスケジュールによって違うが、旭川駅は利用する。そこへ見送りに向かう手もあるだろう。

 

(いやあ、わざわざ……旭川駅に行く為、北海道へ行っても……)

 

 そこまで思考が纏まった時、急に七瀬の切羽詰まった顔が迫ってきた。

 

「金田君! 午後にいないって、どういう事っ」

「七瀬君、聞いてない? 金田君はお家の用事でいないよ」

「俺、金曜に聞いたっス」

「美雪ちゃん、その話になる前にどっか行っちゃったじゃない」

 

 こちらが返事をする前に皆が弁明してくれる。特に朝木の一言で、七瀬は口を噤んだ。

 

「……あの……ほら、月島先生が割引券をくれるでしょう? 先着だし、演劇部に顔出しだけでも……」

「そんな話もありましたね。……月島先生のお気持ちだけ、頂きますっ」

 

 どんなに七瀬が目を泳がせようとも、(いち)にも都合はある。渋々と彼女はこちらの意思を汲み取り、説得を諦めた。

 

 永代供養を依頼した寺にも、散りかけの桜は咲く。紅くない色を見て、(いち)は残念に思う。自分の感覚が少々、狂っていた。

 念の為、学ランのポケットに『血吸い桜』の花びらで作った押し花を忍ばせ、持ち込んだ。

 納骨はしめやかに行われる。

 平日の昼間に参拝客もおらず、住職の唱える念仏と金田祖父のすすり泣く声だけが耳を打つ。元々、涙脆い人だが、悔しさもあるだろう。一世を風靡した天才画家が人目を避け、納骨される状況を嘆いているのだ。

 実母と実甥は涙ひとつ見せず、眉ひとつ動かない。傍から見れば、冷たい印象も受ける。金田祖父が人情味溢れる性格で有難かった。

 

(……尾高山で眠っていた方が良かったかもな……)

 

 大自然の山々が墓標でも、氷室伯父は喜んだに違いない。本物に会いたい気持ちを優先し、警察へ遺体捜索を願った。

 極端な人嫌いに都会の寺は騒がし過ぎる。今になって深く、後悔した。

 

(いち)っ、一聖にお別れを……」

 

 金田祖母の手に握られた木の筒、骨壺代わりだ。

 言葉をかけずに触れても、木の感触しかない。寧ろ、ここにいる実感は欠片もない。今日を選んだのは誕生日に氷室伯父と過ごす名目だったが、虚しさが強かった。

 

 滞りなく終われば、独りで向かうのは弁護士・黒沼(くろぬま) 繫樹(しげき)先生の事務所。公衆電話での急な訪問を伝えても、快く迎え入れてくれた。

 

「先程、伯父を納骨してきました。長々と心配をお掛けしましたが、祖父母も心に一区切り付けられるでしょう。黒沼先生のお陰です」

「……いえっ、仕事以上の事はしていません。……わざわざ、それを言いに来てくれた……のではありませんね? 本題は何でしょうか?」

 

 流石、黒沼先生。お礼は前置きとすぐに見抜かれた。

 

「ひとつ、ご相談があります。……綾辻 真里奈を訴えたいと思います。罪状は器物破損ですっ」

「!? 綾辻 真里奈を……それはご家族、全員の意思でしょうか!?」

 

 頬の傷が伸びる程に、黒沼先生は狼狽して見せる。いつも冷静沈着で年上ながらの余裕のある笑みしか、知らない。

 無理もない反応だ。

 背氷村殺人事件にて無期懲役の受刑者・綾辻(あやつじ) 真里奈(まりな)

 4人の被害者による悪質かつ卑劣な行いから、世論を味方に付けた母親想いの復讐者。そんな人間を訴えるなど、誰から見ても苛烈極まりない。彼女が殺した被害者遺族も判決の後、控訴しなかった。

 

「自分だけの意思です。自分は怒っています。綾辻 真里奈は殺人罪にしか問われませんでした。氷室 一聖の自画像を破壊しておいてっ。それは伯父の持ち物であって、綾辻の物ではありません。十分、器物損壊罪に当たると考えます」

「……金田君、罪状の問題じゃなく……。キミは未成年です。未成年者は単独で訴訟出来ません。法定代理人……つまり、キミのご両親が代わりに訴訟するしかないんです。ご家族の意思を確認したのは……その為です」

 

 硬い決意を胸に黒沼先生を訪ね、まさかの年齢制限。衝撃の事実を知り(いち)の頭が真っ白になる。視界は定まらず、言語さえも失われた感覚に陥った。

 それも数秒、知らずに意気込んだ姿が勝手に再生される。他人事のように呆然と脳内で繰り返し、一気に羞恥心が襲う。耳まで真っ赤に染まり、皮膚が汗まみれだ。

 

すみません……穴があったら入りたいです……

「いいえ、金田君は法律に明るいので……ご存知だと思っていました。……失礼ですが、お父様にご相談は?」

 

 学帽で顔を隠しても、無意味。

 父と呼ぶには憚られる残間(ざんま) 青完(あおまさ)、親子関係が氷点下まで冷め切ろうとも、法的に頼れるのは現時点で彼のみ。黒沼先生の気遣いに含まれた無情な現実がグサッと刺さった。

 

「……父……は……綾辻 真里奈に後ろめたさがあります。実刑を受ける前に、一度だけ会いに行ったそうです。二度と会いたくないし、裁判の傍聴席にも来ないで欲しいと……」

「お父様だけが会いに行かれた。つまり、綾辻 真里奈は氷室 一聖の縁者を少なからず、知っていると……」

 

 裁判の傍聴席など座る気はなかった。結果的にも綾辻の願いは叶い、今では腹ただしい。

 

「今日になって、金田君がご相談に来られたのは何か、キッカケでもありましたか?」

「……先程も言いましたように……綾辻にずっと、怒っていたのです。でも、そもそも伯父との関りを絶っていたのが原因のひとつ。伯父の形見を壊されて……自分は傷付いた……。その気持ちに気付かない振りをしていました。友達に他人の事情は関係ない。自分は怒っていいと言われて、怒る決心が付いたのです」

 

 黒沼先生は確認の意味で問い、胸の内を吐露する。自身にも小学生の言い訳に聞こえた。

 

「……お話は分かりました。お母様と連絡が取れない以上、金田君のお父様しか訴訟を頼れません。お父様を説得するか、成人まで待つ。現状は2つです。どのような方法を取ったとしても、私はキミの力になりましょう」

「……!? あ、ありがとうございます」

 

 正直、軽蔑されるのを覚悟していた。 

 黒沼先生は優しく、そして真剣に訴訟問題と向き合ってくれる。意外過ぎて、ビックリ仰天。変な音程の声で礼を述べても、彼は穏やかに微笑んだ。

 

「お礼はこの件が終わってからで良いですよ。私個人としては金田君の怒りは当然です。その怒りを訴訟という形で晴らしたいなら、弁護士の出番と言うワケです」

「黒沼さん……」

 

 黒沼先生は優秀な弁護士で尚且つ、こちらの心情に寄り添ってくれる。差し出された手を迷わず、握り返す。人はこれを信頼と呼ぶだろう。彼に出会えて良かったと心から、(いち)は思えた。




看護婦「サナトリウム時代に勤務していた看護婦です。ここが閉鎖されてた未来でも、事件が起こるなんて……これも『血吸い桜』が招いた悲劇かしら? 桜のせいにしちゃあ、可哀想ね。さて、次回は『吸血桜殺人事件に吹雪を見る‐はじめ』!! はじめ……、ああ、主人公の金田一君ね」

弁護士・黒沼 繁樹
雪霊伝説殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、オリ主に雇われている。

綾辻 真里奈
雪夜叉伝説殺人事件、ゲストキャラ。作中にて、残間と面会。実刑判決を受けて服役中。
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