金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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前回、金田一不足にオマケを書きながら、ようやく2人は出会う。
※金田一が物理的にぶっ飛びます。苦手な方はご注意ください。


Ⅽ10.魔術列車殺人事件の前触れ・前編

 月末は怒涛のGW連休が待つ。

 浮足立つ生徒は部活、講習、旅行、バイトと様々な予定を立てる。彼らの満喫した連休に向け、生徒会執行部は業務に励む。優秀な新メンバーの加入もあり、手際よく進んで行った。

 

「秋絵ちゃん、連休の予定決めた? あたし、平嶋さんの実家へ遊びに行くのっ」

「え~美雪ちゃん、良いなあ。あたしなんて、家の用事に付きっきりよ。ちっとも、休みじゃないわっ。遠野先輩は?」

「僕は昼間に講習、夜は家の用事。一日か二日くらいはちゃんとした休みあるかな~って感じだよ。金田君は?」

「バイトと観劇です。クラスメイトと一緒に『遊民蜂起』を観に行きますっ。和泉さんは?」

「講習よ……」

 

 生徒会長・七瀬(ななせ)を皮切りに朝木(あさぎ)遠野(とおの)先輩と話題が振られ、(いち)和泉(いずみ)へ問う。彼女はボソッとそれだけ呟き、黙った。

 

「海峰君は?」

「勿論、講習っス。ダチとも遊びますぜ」

 

 1年生の海峰(かいほう)はいずれ、東大合格を豪語する後輩。勉強熱心である。

 

「金田君。『遊民蜂起』の割引券、貰えたの?」

「神矢君が月島先生に説明して、自分の分を貰ってくれたのです。今から楽しみです」

 

 同じ組の神矢(かみや) 修一郎(しゅういちろう)が気を利かせ、割引券を入手。それどころか、一緒に行こうと誘われた。このような機会をくれた演劇部副顧問の月島(つきしま)先生にも感謝だ。

 

「月島先生って……演劇部の副顧問ですっけ? あ、金田先輩は演劇部なんスね。囲碁部、一緒にどっスか? 部員が俺を含めて、3人しかいないんで自由っスよ」

「お気持ちだけで十分です」

 

 囲碁部はプロ棋士を多く輩出し、高校囲碁界でも名門だった過去があった。

 今では見る影もない。囲碁部部長3年4組・小角(こずみ) 由里香(ゆりか)先輩は真面目だが、腕は並。新しく部の顧問となった大塚(おおづか)先生は適当が過ぎる。廃部に片足を突っ込んだ状態だ。

 だが、何も問題のない囲碁部。存続の応援は心の中だけでやろう。

 そんな私語をしつつ、今日の業務は終了。七瀬は珍しく、最後までいた。

 

「和泉さん、駅までご一緒に……」

「ううん、あたしは1人で大丈夫だから」

「最近は日の入りも遅くなったし、和泉さんも大丈夫だよ」

 

 春休み前は駅までお見送りしていたが、問答無用で断られた。

 本人が言うなら、別に良い。さらりと遠野先輩が言うなら、もっと良い。和泉と帰る時間が無くなった。ただ、それだけだ。

 

「海峰君。観に行く話で思い付きましたが、7月の劇場版。一緒に行きましょう」

「ああ、イイっスよ。俺も先輩を誘おうと思ってやした」

 

 『エヴァ』の劇場版公開を7月に控え、今から観に行く約束を取り交わす。海峰が即答で快諾し、喜びで胸が弾む。下駄箱にて、彼と別れた途端に七瀬が近寄って来た。 

 

「ねえねえ、金田君。多岐川先生が週刊誌に載ってたんだけど、読んだ?」

「……いえ、週刊誌は読みませんので……。かほる先生がどうしましたか」

 

 物凄く目を輝かせ、七瀬は鞄から週刊誌を取り出す。生徒会長でありながら、学校に関係のない雑誌を持ち込んでいた。

 しかも、内容は『夜桜亭』の殺人事件。三夜沢(みやざわ)画伯より、推理小説家・かほる先生が解決へ導いたと証言を得た等……ほとんど事実が綴られている。巻き込まれた高校生面子について、有り難い事に触れられていない。

 

(これ、宇治木さんが書いてる……。かほる先生から承諾、貰ったのかな?)

 

 週刊誌記者・宇治木(うじき)は良い仕事をする。かほる先生はそう評価していた。

 

「推理小説家が解いた事件なんて、正に事実は小説より奇なりね。金田君は何か話、聞いてる?」

「……聞いたと言いますか……」

「僕らが遭遇した事件です」

 

 好奇心旺盛な七瀬に説明しようとした瞬間、1年生の佐木(さき)がスッと割り込む。(いち)はビックリしつつ、もう慣れた。

 

「佐木君と白峰先輩が遭遇した事件って、え……これ? 金田君も一緒だったって前に言わなかった? ケガしたとか……」

「佐木君、お喋りですね。ええ、自分は……かほる先生と一緒に旅行へ行ったのです。佐木君と白峰先輩は偶然に現地でお会いしました」

「とても嬉しい偶然でしたっ。この記事を書いた宇治木さんも『夜桜亭』に居たんですよ。僕と他の容疑者を見張っている間に、……多岐川さんが警察への推理を披露したんです」

 

 七瀬は記事を食い入るように眺めても、不動高校の生徒が関与した表現はない。事件直後の新聞にも目を通し、確認した。

 佐木は一瞬だけこちらを意識し、発言を記事に沿える。確かに、かほる先生が最終的に警察へ適切な助言をしたのは事実。但し、言い出しっぺは(いち)だ。彼はそれを黙っていてくれるつもりらしい。

 

「そういうの……部活紹介で言っても、良かったんじゃない? 真壁先輩達のルポライターと未解決事件に挑戦って、(くだり)も面白かったけど……」

「僕もそう言いましたが、須貝先生に却下されました。未解決事件の捜査で本物の事件に遭遇なんて、部のイメージダウンとか……」

 

 ミス研新顧問の歴史担当・須貝(ずがい)先生の危惧は手遅れだと思う。

 

「んで、僕が『血吸い桜』の謎解きをしたら、金田先輩のお母さんと多岐川さんが知り合ったキッカケを教えてくれるって約束を思い出しまして。今度、僕の部屋へ泊まりに来ませんか? 弟もその話を聞きたがってます」

「佐木君は1人暮らししていましたね。え? ……お泊りに誘ってくれるのですが……、喜んでっ

 

 忘れていると思いきや、浮き出た忌々しい気持ちは一瞬で消える。友達の家へ招待され、(いち)は嬉しさが勝ったのだ。

 

「ちょっと待って、佐木君に弟がいて……多岐川さんは金田君のお母さんのお友達……。何それ~、あたしも聞きたい~っ」

「中学生の弟は竜二と言います。僕は七瀬先輩も歓迎ですが……」

 

 男子のお泊り会に女子はお断り、高校生の倫理観でもアウトだ。

 

「そうよねえ、男子の一人暮らしにお邪魔するなんて……。かと言って、うちに男子だけなんて呼べないなあ。……はじめちゃんならいざ知らず、……あ! はじめちゃんの家に泊まるのは? 家が隣同士なのよ。金田君の話を聞いたら、あたしはすぐ帰れるしっ」

「!? 良いですね、それ。僕も楽しみに待ってます」

「……この場にいない人の家を提案します?」

 

 常識的な感覚を口にしたかと思えば、誘われていない七瀬の幼馴染・金田一(きんだいち)は勝手に巻き込まれる。佐木は既に行く気満々であった。

 名探偵の孫は先日、氷室伯父の焼香しに金田家を訪れた。(いち)はまたも不在だった為、お礼や挨拶も未だに言えていない。

 絶好の機会。

 

「次の連休も七瀬先輩はやはり、金田一(きんだいち)先輩とご一緒ですか? 因みにミス研は3年の先輩方が講習を受けられるので、午後に集まります。白峰先輩と鈴森先輩はスキー部です」

「……まあっ、耳が早い事っ。そうよ、はじめちゃんも旅行に着いて来るわ。金田君もアルバイトも大事だけど、部活にも顔を出してね。演劇部もミス研と同じ流れで、午後にあるからっ」

「はい、そのつもりで時間調整しています」

 

 アルバイト先の店長とも相談し、演劇部の時間も割り振った。少し過密スケジュールだが、冬休みに続いて春休みも僅かしか出勤してない。他人の事情を詮索せぬ店長でも、そろそろ限界だ。

 ご機嫌取りの意味でもGWはキッチリ働こう。

 

 噂をすれば影が差す。

 『大草原の小さな家』の夜ピーク中、かほる先生と宇治木、そして三夜沢画伯が同じ席へ揃い、仲良く……訂正、雲行きの怪しいディナータイムだ。

 

「宇治木さん……この記事は何なのかしら? 担当さんにお電話頂くまで知らなかったわよっ。私が事件当時にいたってとこだけ書くとしか、聞いてないわ」

「あ、ごめん。三夜沢先生から聞いて、つい……。俺がいなくなってから、盛り上がったみたいじゃないですか~」

「うふふ。面白い話を聞かせて頂いたんで、私もついね!」

 

 普段の物凄く冷静沈着な態度はどこへやら、かほる先生の青筋が立つ。ピキッと効果音も聞こえる。宇治木は苦笑いをしつつ、三夜沢先生は空気を読まずに上機嫌だ。

 

「――失礼致します。鶏のスペシャルソテーをお持ちしました――」

 

 失礼のないように3人分の注文をそれぞれに置き、(いち)はそっと去る。カツラのお陰でバレていない。

 

「その面白い話って何? 私も聞かなきゃ、気が済まないわっ」

「おっ、流石はかほる先生。良い着眼点ですっ。まだ報道もされてない……」

「話を進めて、手短にっ」

「……はい、すみません。……ごほんっ、『怪盗紳士』ですよ。画家の蒲生 剛三が発表していない作品をアトリエから盗み出しっ、『ルノアール国際絵画コンクール』へ出品したそうです!」

 

 深呼吸してから、かほる先生は妥協案を出す。宇治木は最初、勿体ぶった言い方をしたが、素直に暴露した。

 映画や小説に登場する怪盗、それが現実となった窃盗犯『怪盗紳士』。

 絵の世界全てを自分のモノにする。そんな信条を抱え、モデルさえも「盗む」。そのユニークな犯行に称賛の声を与え、娯楽気分なファンも多くいるという。

 

(あ、そう……)

 

 どれだけ市民の人気を集めようが、(いち)にとってはただの窃盗犯。それ以上でもそれ以下でもない。

 

「……へえ、それは……本当に驚いたわ……。あっ、三夜沢さんって先月のコンクールに入賞してたわね。蒲生画伯も同じコンクール入賞で、アナタと接点があるの? だから、宇治木さんがその件を取材している内に……私の話題になっちゃったとか?」

「あれ? 本当にそうだけど……、多岐川さん。心が読めるのかしら?」

「あははっ、三夜沢さん……違いますよ。これがお得意の推理力って奴ですよ」

 

 キョトンとした顔になり、かほる先生が状況を推測。三夜沢画伯は目を丸くし、宇治木は大爆笑。そのお陰か、席の雰囲気が少し和んだ。

 

「けど、『怪盗紳士』がねえ……盗むだけじゃなく、出品? 報道もされていないし、眉唾物だわ」

「ほら、俺……あの件でまた事情聴取受けたんです。ほとんど事実確認だけでしたけど、その時に警察関係者から盗み聞いたんでっ。先ず、間違いありませんよっ」

「宇治木さん、警察から情報を盗んじゃった♪ コンクールの結果発表は5月ですっけ。蒲生さんに興味ないけど、作品は知りたいわ」

 

 報道規制を掛けたのは国内に留まらず、世界も注目する『ルノアール国際絵画コンクール』が関与する為だろう。事情聴取は担当する刑事によって、署内への呼び出しだったり、訪問先だったり、場所は様々。盗み聞いたとなければ、署内の可能性が高い。

 かほる先生達の会話を盗み聞きながら、接客をこなす。話に夢中で誰もこちらへ気付かず、やり過ごせた。

 

「美味しかったわ。宇治木さん、良い所を知っているのね」

「そうでしょ♪ ここっ、佐木君に教えて貰ったんです」

「あのビデオ小僧ね。フフフ、素敵な穴場を知っちゃった♪」

「お客様、佐木君のご紹介? コーヒー代はオマケしておきますね♪ またどうぞっ」 

 

 店長が会計しながら、3名の来店原因は佐木と知る。バイトの自分よりも店の宣伝をあちこちにしていた。

 テーブルの食器を片付けている最中、かほる先生がそっと耳打ちして来た。

 

「店員さん、舌はもう平気?」

「――はい、大丈夫ですよ。お客様――」

「そうっ。制服、良く似合ってるわ。またね♪」

「――またのご来店をお待ちしております――」

 

 イタズラっぽくウィンクされ、羞恥心に血の気が引く。かほる先生にバレたのだ。

 

(佐木君の阿呆~っ)

 

 心の中で佐木へ八つ当たりした。

 

 ぐったりした気分で帰宅すれば、廊下の電話が鳴り響く。残り少ない気力を振り絞り、受話器を取った。

 

「金田でございます」

〈残間だ〉

 

 父・残間(ざんま)、聞きたくない声に脱力。風呂上がりの金田祖父に代わりたい気持ちを堪え、受話器コードを限界まで伸ばす。行儀の悪い姿勢で廊下へ座り込んだ。

 

〈その反応は(いち)だな。頼まれていた件だが、リスト分の家具は全て売却し終えたっ。その代金を渡したいから、休みの日にでも仙台へ帰って来なさい。……一応、27日なら東京駅で会える時間を作れるっ〉

 

 北海道の邸宅で不要な家具の売買を頼んでいた。

 無事に済んで安心し、残間にも感謝せねばならない。だが、それを言葉にしたくない。用件を聞いた瞬間に受話器を置こうと思った。

 しかし、「27日」の日付に引っ掛かった。

 

「ご連絡ありがとうございます。その件に付きまして、大変お世話になりました。質問ですが、27日に東京駅にいらっしゃるのですか?」

〈さとみ……『幻想魔術団』の皆さんが寝台特急『銀流星』に乗るんだ。乗客の方々にマジックショーをお見せするんだよ。私もお供しようと思ってね〉

 

 『幻想魔術団』は毎年、4月の末頃に死骨ヶ原湿原ホテルで公演を行う。今年はその翌日28日と知っている。途轍もなく嫌な予感にゾワッと背筋が粟立つ。

 

「行くのですか? 死骨ヶ原のホテルへ……」

〈……勿論だとも、さとみのショーを観るんだ〉

 

 一瞬だけ躊躇い、残間は陽気な口調で告げる。愛娘・さとみの舞台を楽しみに待つ。幼子のような親心、そんな喜びが声からも伝わった。

 我が父ながら心底、哀れで仕方なかった。

 

「では27日、東京駅でお会いしましょう。お時間は……はい、わかりました。……お待ちしております」

(いち)っ、にいみから連絡は……〉

 

 東京駅で会う約束を取り付け、さっと受話器を置く。残間の言葉は続いていたが、無視した。

 金田祖父母へ連絡内容を伝えながら、思い返す。未成年者である自分に代わり、法定代理人たる残間に訴訟を起こしてもらう。だが、邸宅の件に続き、当てにし過ぎていると感じた。

 せめて、母・にいみがいれば、訴訟だけでも頼めただろう。そんな気の迷いも浮かんだ。

 

 

 七瀬は見事、金田一(きんだいち)を説得。佐木兄弟共々、週末に金田一(きんだいち)家へお泊りが決まった。

 

「本当によろしいのでしょうか?」

「うんっ。おばさんもどうぞって♪ 土曜日ね、住所は……」

 

 同級生の自宅にご招待は勿論、喜ばしい。しかし、住人と面識がないままだ。

 お礼も兼ね、金田一(きんだいち)の教室へ挨拶に伺う。案の定いなかった。

 

金田一(きんだいち)なら、多分……屋上じゃねえかな。いつもの3人と一緒だと思うけど……」

「ありがとうございます。村上君」

 

 村上(むらかみ) 草太(そうた)は教室を見渡し、やれやれとため息を吐く。

 

「……あれ、俺らは知り合いだっけ? え~と」

「金田君よ~。何々、金田一(きんだいち)君をお探し? アイツってま~た、何かやらかした?」

「時田さん。いいえ、金田一(きんだいち)君と約束があります。その確認です」

 

 時田(ときた) 若葉(わかば)は村上の背を押すように現れ、彼は勢いに負けて前によろけた。

 

「へえ、金田君が金田一(きんだいち)君と……意外な組み合わせねっ」

「約束の取り付けは七瀬さんがしてくれました。金田一(きんだいち)君と話した事はありませんので、少し緊張しています」

 

 何故か、時田は村上の背に頬杖を付き、にんまりと笑う。重いのか、体勢が辛いのか、彼はプルプルと生まれたての小鹿のように震えた。

 指摘せず、去った。

 屋上に例の3人はいたが、金田一(きんだいち)の姿ナシ。今日、探すのは諦めた。

 

「生徒会執行部様がおっ○い評論家に何の用だよっ」

「女子の下着が欲しいなら、アイツの十八番だぜ」

「そうそう、手品師も真っ青なテクニシャン。怪人20面相の孫だぜ、ありゃあ」

 

 親しき友人の彼らから凄まじき評価を聞き、くらっと眩暈がした。

 

「怪人20面相は小説の登場人物でしょう。金田一(きんだいち)君の祖父と違いますよ」

「「「あの名探偵の金田一(きんだいち) 耕助だろ。クラスの奴はほとんど知ってるぜ♪」」」

 

 名探偵の孫と知りながら、ケタケタ笑うのは信頼故だろう。不動高校にて金田一(きんだいち)は『オチコボレ』の代名詞のような扱いだが、彼らはその悪評を言葉にしない。それだけの関係を築き上げた金田一(きんだいち)が一瞬だけ、羨ましい気分になった。

 

「では、金田一(きんだいち)君に週末を楽しみにしているとお伝え下さい」

「その必要ねえよ、金田っ」

 

 3人に伝言を頼んだ瞬間、塔屋の上から別の声と共に何か落ちて来た。

 髪を後ろで束ねた男子、転ぶような体勢にて落下中。引き攣った笑い方から、偶発的だろう。彼の動きをスローモーションのように捉え、咄嗟に足は動いた。

 

 ――ドッ

 

 彼の溝内へ見事な蹴りが入った。

 

「へぶ!?」

「「「き、金田一(きんだいち)~!?」」」

「……ハッ! そ、空から死体が……」

 

 脛が食い込んだ感触通り、彼の体は柵まで飛ぶ。床への衝突は免れた安堵より、ゴールへシュートの快感に思わずガッツポーズ。愕然とした3人の悲鳴を聞き、我に返った。

 

「……ふっつうに俺と目があったのだろぉ! てゆーか、死体でも蹴るなあ!」

「柵が無ければ、死んでいましたね。これに懲りたら、塔屋の上で寝てはいけませんよ。全く、金田一(きんだいち)君は寝相の悪い……金田一(きんだいち)君!?

 

 相手にしてみれば、ただの暴行に過ぎない。這い蹲った姿勢で怒鳴られた。だが、反省はしない。寧ろ、こちらが生徒会執行部として説教を試みた途中で、ハッと気付いた。

 パッチリとした大きな瞳に大食漢な口、(いち)と対照的な人懐っこい顔立ち。

 

「初めまして、金田一(きんだいち)君。お噂は兼ねがね、七瀬さんから伺っています」

「ああ、こちらこそ……イテテ。噂はご存じの通り、美雪から……」

 

 唐突に会えてしまい、ビックリ仰天。それでも片膝を付き、(いち)金田一(きんだいち)の目線に合わせる。彼もしっかりと挨拶を返した。

 蹴った相手だと言うのに、金田一(きんだいち)は律儀に挨拶を返す。金田祖母が年相応な子供と評した意味を実感した。

 

「大丈夫か? 金田一(きんだいち)っ」

「人間サッカーとか、初めて見たぜ」

「そんなに痛くねえだろ。その為の贅肉じゃん?」

「イテぇに決まってんだろが……」

 

 金田一(きんだいち)の溝内へ蹴り、その事実にぶわっと嫌な汗が首筋を伝う。もしも彼が他の誰か(遠野先輩以外)ならば、ここまで焦らなかった。

 

「約束はなかった事にして下さい」

「え、金田? なんで、おいっ……イタタ、もっと優しく起こしてくれ~」

 

 罪悪感があっても謝罪せず、屋上から逃げ出す。金田一(きんだいち)の声が遠退けば、今度は羞恥心に耳まで熱くなった。

 

 お泊りキャンセルは放課後までに七瀬へ伝わり、演劇部の部室にて捕まった。

 

「はじめちゃんが何かしたなら、あたしも謝るしっ。予定の問題なら、金田君に合わせるよっ」

「やらかしたのは……自分です。金田一(きんだいち)君に会わせる顔がありません……」

 

 口調とは裏腹の七瀬に首根っこを掴まれ、(いち)は委縮する。お泊り会を楽しみにしていた彼女にとって、納得し難いだろう。

 

「……美雪ちゃん、金田と何があった?」

「さあ……、生徒会の揉め事とか? 金田が美雪さんを怒らせるって珍しいよなあ」

 

 演劇部部長3年Ⅽ組・布施(ふせ) 光彦(みつひこ)先輩に問われても、神矢は事情を知らない。一緒に首を傾げるしかないのだ。

 

「会わせる顔って……だったら、有森君っ。小道具にお面とか、用意してな~い?」

「七瀬さん……お面じゃなくて、マスクって言ってくれよ。これとか、それとか、こんなのもあるぜっ」

 

 手を離した七瀬は小道具係の2年2組・有森(ありもり) 裕二(ゆうじ)に質問し、良く出来たマスクを複数も見せられる。全部、彼の手作りだ。

 

「良い出来のマスクです」

「だろ? 有森の腕は職人顔負けだぜ」

「そう思うんなら、俺にもっと良い役を下さいよ。布施先輩っ」

 

 布施先輩の言う通り、有森の腕は実に良い。作品たる小道具に込められた必死さが伝わり、(いち)は魅了される。マスクをひとつ手に取り、穿たれた穴を覗き込む。狭まった視界は閉じ込められた気分へ陥れられ、別人になった感覚だ。

 

「あ♪ 金田君っ、……『オペラ座の怪人』の役作り?」

「月島さん!? いや、これは……金田がマスクで遊びだしただけで……」

 

 すっと現れた2年2組・月島(つきしま) 冬子(ふゆこ)に何故か、慌てた神矢が照れ出す。(いち)に代わって状況を説明した。

 

「『オペラ座の怪人』? これ、エリックのマスクだったのですね」

「エリック? ……それはファントムのマスクだけど、名前なんてあったのかしら?」

「え~とねえ……台本にエリックって役はいないし、ファントムにも名前はないわね」

 

 マスクに触れながら、エリックの名を出す。不思議そうに月島へ問われ、七瀬はゴソゴソッと台本を取り出す。その場にいる全員が登場人物の項目に注目した。

 

「金田君が言う通り、ファントムの名前はエリックよ。でも、大方の舞台ではエリックと名乗るシーンはないわ。名前の無い怪人……正体不明さが際立って、観客を魅了するでしょう」

「緒方先生っ、マスクを作らせたなら……次の演目は『オペラ座の怪人』ですね。この時期でしたら、老人会や幼稚園での公演だったはずですが……凝っていませんか?」

 

 演劇部顧問の音楽担当・緒方(おがた) 夏代(なつよ)先生が音もなく忍び寄り、怪しく微笑む。キレイな口紅だと言う感想以外は持たず、質問しておく。台本と小道具まで用意しているなら、演目は確定。

 しかし、部活動の行事日程が合わない濃厚な劇、疑問は浮かんだ。

 

「……今学期は夏のコンクールに向けて、今から取り組んでいくのよ。七瀬さんから聞いてない?」

「教えて頂いた覚えはありませんね」

 

 緒方先生と一緒に七瀬へ視線を送れば、そっと逸らされた。

 

「すみません、俺がちゃんと説明してなかったもんでっ。ウチの学校は忙しそうだって、向こうが遠慮したんだよ。ハハハ……」

(ああ……殺人事件の遭った学校だし、拒否られたんか……)

 

 神矢の引き攣った笑顔から、察した。

 

「配役の発表はいつ頃ですか?」

「体育祭が終わってからね。けれどっ、中間テストの結果も参考にするわ。くれぐれも赤点なんて、取らないようにっ」

 

 緒方先生の教師としての発言にそう答えた瞬間、又も七瀬がサッと顔を背ける。彼女の反応から、(いち)も幽霊部員を思い返して背筋が凍り付いた。

 

「金田っ。そろそろ、マスクを返してくれ」

「――母さん、スケキヨです――」

「……プッ、やめろよ……金田……それキャラ違うだろ……っ」

 

 有森にせがまれ、反射的に思い付く。すぐに神矢が反応し、布施先輩も笑いを堪えた。

 

「――俺は犬神家に勝った――」

「……もう……全然、マスク違うのに……そう見えて来た……。フフフッ」

「……クスッ、中々にミステリアスよ」

 

 月島のように大なり小なり、皆は笑い出す。緒方先生だけが幼子を褒めるような口調。それでもスケキヨの振る舞いが通じ、(いち)は満足だ

 

「そのマスク、着けて……はじめちゃんの家、来る? フフフ……」

「流石に……部の備品は持ち出せません。分かりました……約束通り、金田一(きんだいち)君の家へ伺います。お詫びの品を持って……」

 

 必死に笑いを堪え、七瀬は奇妙な提案をした。

 金田一(きんだいち)はともかく、彼のご家族に驚かれる。ただでさえ、ハンディカムを持った佐木兄弟もいるのだ。この上、(いち)までマスクをしては怪しい集団と誤解されてしまう。色々と恥ずかしくて、別の意味で顔向け出来ない。

 覚悟を決めれば、七瀬の笑いは嬉しさを含んだ。

 

「金田君、何してるの?」

「!? 桐生さん……すみません。マスクをお借りしていました」

 

 ドアの隙間から、同じ組・桐生(きりゅう) 春美(はるみ)の低い声にビビる。真面目な彼女に小道具で遊ぶ様を見られ、何を言われるだろう。緒方先生以外の皆、ピタッと笑いが止まる。変な沈黙が謎の緊張感を生んだ。

 

「ふうん……折角だし、そのまま台本の読み合わせしたら? 私がメグの台詞を読むわ」

「配役も決まっていませんし……ねえ? 布施先輩」

「……適当で良いんじゃね? 俺がクリスティーンの台詞を読んでやるよ。え~と、【いつかあなたはその醜い言葉に対して……】」

 

 桐生は決して叱らず、自身の鞄を指定の位置へ置く。勝手な提案に困った表情の布施先輩へ助け舟を求めれば、本当に適当な配役で読み合わせが始まった。

 

「いつまでも、こんな所にいると『怪人』が出るわよ」

「――『怪人』? ――」

 

 桐生は台詞だけでもご満悦の様子。まだ役に成り切っていないが、こちらも引き込まれる演技だ。

 

「僕が海に流されたキミのマフラーを取りに行った男の子だよ!」

 

 月島の陽気な口調はラウルそのもの、クリスティーンへの想いが伝わって来る。彼女には観客を舞台へ取り込む素質がある。未熟な高校生でも、それを肌で実感した。

 脳髄が心地良い。

 後から来た部員は場の雰囲気に沈黙し、僅かな観客と化す。

 

「――自分のあるがままでも……愛されたかっただけなのだ――」

 

 物語が終局に入り、誰もが台詞に熱を込める。台本を持つ手は下がり、感性だけで体が動く。読み終えた頃に呼吸は乱れ、達成感に肌へ触れたマスクも汗ばんだ。

 拍手はないが、称賛の視線が各々に向けられる。それは月島に対してだと誰もが思う。だが、(いち)の感心にして関心はやはり、桐生だった。

 

「桐生さん……流石です。貴女の演技は……観る側でいたいですね」

「……私の演技は高く付くわ。只見なんてせず、体で払いなさいよ。役者としてねっ」

 

 桐生は不敵に笑い、こちらに被られたマスクをそっと手に取る。熱で前髪が額に張り付き、彼女の細い指先が整えてくれた。

 

「あっ! 誰がファントムかと思ったら、金田君!?」

「ほわ~、金田もちゃんと演技出来たんだな。ピアノの腕だけ、緒方先生に買われたんだと思ってたっ」

 

 マスクの下にある素顔を見てから、2年4組・日高(ひだか) 織江(おりえ)と2年E組・仙道(せんどう) (ゆたか)は感嘆の声を上げた。

 

「……それよりも、なんで布施君がクリスティーンなのっ」

「ただの成り行きだよ、早乙女君。読み合わせでも、女子にやらせるより良いだろ」

 

 3年C組・早乙女(さおとめ) 涼子(りょうこ)先輩の不満に布施先輩はボソッと答える。

 『オペラ座の怪人』の目玉は何と言っても、クリスティーン(ヒロイン)。言葉通りに暗闇を生きたエリック(ファントム)が焦がれるに相応しく、美しく可憐に演じる……否、そのものでなければならない。

 

「皆が集まっていない時に面白い事をしていますねっ、緒方先生」

「彼らが自主的にした事よ、月島先生っ」

 

 月島先生は緒方先生と台本を見ながら、いくつか台詞の添削を行い出す。その様子から、配役は決まったように思えた。

 




さとみ「さとみです。閲覧ありがとうございます。あたしが入団してから、お父さん……死骨ヶ原湿原ホテルだけは来てくれなかったのよね。さあ、普段以上にしっかりしないとっ。さて、次回は『魔術列車殺人事件の前触れ・後編』!! お友達のお家でお泊りできて、良かったね。いっくん♪」

『怪盗紳士』
ご存じ、怪盗紳士の殺人より登場。

いつもの3人
名も無きクラスメイト。こういう普通の高校生、好き。金田一も気を許しているのが分かる。
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