金田少年の生徒会日誌   作:珍明

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時を戻してⅭ12の前日、東京駅にて。
事件の間に行われたやり取りです。


C14.魔術列車殺人を防げず

 東京駅は広い。そして、迷う。同じ場所をグルグル回り、目的の番線へ辿り着いた。

 函館・旭川経由、死骨ヶ原行き寝台特急『銀流星』1号。夜空が如く青い車両が連結し、ホームに停車中。乗客の乗り込みは開始していた。

 乗客である残間親子も到着済み。我が姉・さとみも一緒で有難い。

 

「遅かったな、(いち)っ。5分過ぎたぞ」

「このド阿呆、だだっ広い駅で……よう間に追うてくれたと褒めんかい!」

「……お祖父ちゃん……自分で言います」

「いっくん、お祖父ちゃん♪ 見送りに来てくれて、ありがとっ」

 

 嫌味ったらしく腕時計を見つめ、残間(ざんま)は溜息を吐く。金田祖父が怒鳴り返した為、それ以上の反論を控える。公共の場で揉めないように付き添いを頼んだが、(いち)は人選を誤ったと反省した。

 

「さとみはホンマに可愛ええのお~♪ ショー、観に行けんでスンマセンっ」

「もうお祖父ちゃんったら、その気持ちだけで嬉しいよ♪」

「これを渡しておく」

「……ん? この手帳は……?」

 

 金田祖父とさとみが穏やかに挨拶する中、残間は紙袋を渡してくる。傍から見れば、ただのティッシュケースだが、その中に通帳と印鑑を隠してある。少し大袈裟な盗難対策だ。

 問題は見慣れぬ手帳、否、アルバム手帳だ。

 

「写真を整理してな。一聖が写っていた分を纏めた。ほとんど見切れて、顔は2枚程度しか撮れていなかった」

「……っ、あ……ありがとうございます」

 

 予想外の贈り物が嬉し過ぎ、(いち)は素直に感謝した。息子を喜ばせるなど、残間らしくないと失礼な事を思った。

 

「青ボンが……(いち)を喜ばしとるっ。不治の病でも患とうたんか?」

「お祖父ちゃん! ……先週、いっくんの誕生日だったでしょう? お父さん、いっくんの為に頑張って用意したんだから」

「……お礼はさとみに言いなさい。私は必要ないと言っ……ッ」

 

 金田祖父は孫と同じ失礼な事を考え、さとみに諫められる。その気遣いを残間は台無しにする。流石にイラッとし、(いち)は鍛え上げられた腹筋へ一発蹴りを入れた。

 

「お父さんっ、余計な事は言わないで!」

「良いのですよ、さとみさん。自分は残間の誕生日さえ、忘れましたよ」

「……その笑い方、にいみにソックリだな……。写真に撮るから、そのままでいてくれっ」

「青ボン……何言うとるんや……キショ……」

 

 さとみは残間を窘めてくれたが、(いち)はありったけの嫌味を込めて笑う。こちらは母たる金田 にいみと似ても似つかない顔立ちだ。彼の意味不明な要求は金田祖父が言うように気持ち悪く、すぐに笑みを崩した。

 残念そうに残間もカメラを収めた。

 

「お父さ~んっ。お喋り中にゴメンねっ。皆さん、乗車したよ。さとみちゃんもそろそろ準備を……。さとみちゃんのお祖父ちゃん! 見送りに来る家族って、お祖父ちゃんの事だったんですね」

「高遠さんっ、もうそんな時間? すみません、呼びに来てもらっちゃって……」

「こんばんは、高遠さん。そこは私が予約した部屋だが……」

「あっ、オニーサンはさとみらのマネージャーやん。えろう、お久しぶりですっ」

「マネージャーさん……」

 

 車両の窓を僅かに開き、ひょっこりと眼鏡のマネージャー・高遠(たかとお)が顔を見せる。父と娘は勿論、金田祖父も顔見知りらしく、各々が挨拶を交わす。(いち)は邪魔をせぬようにそっと離れようとしたが、さとみに腕をガッチリと掴まれた。

 

「紹介するね、マネージャーの高遠さんっ。いつもお世話になってる人、すっごく頼りになるのよ。高遠さん、この子は弟の(いち)です」

「そんな……マネージャーとして当然の事をして……え、残間さんに息子さん?」

「……初めまして、さとみの弟です」

 

 (いち)はグイッと高遠の前に突き出され、さとみは笑顔で紹介。彼は気弱そうな振る舞いで照れたかと思えば、ギョッと目を見開く。まるで、その驚いた表情こそが素であるような変化だ。

 眼鏡の縁を押し、高遠はすぐにオドオドした笑みになる。(いち)以外は誰も何も思わなかった。

 

「初めまして、高遠です。さとみちゃんに弟がいるなんて、知らなかったなあ~。てっきり、1人っ子だとばかり……」

「仕事には無関係ないので、伝えませんでした」

「こいたあ~。……いっぺん、イテもうたろうか?」

「お祖父ちゃん、良いのです。さとみさんは人の姿をしたゴリラですから、非力な自分と比べられ……イタタッ!」

「いっくんったら~♪」

 

 高遠が情報不足を反省する態度を見せれば、残間はしれっと答える。愚かな娘婿に金田祖父はイラッとした。場を和ませようとしたにも関わらず、さとみの弟の腕を捩じる力は痛い程に強い。

 

いっくんへの誕生日プレゼント、帰って来たら渡すね

……楽しみにしています……

 

 優しく耳元で囁き、さとみはこちらの腕を離す。ウィンクした彼女は小さく手を振り、残間も金田祖父へ一礼してから車両へ乗り込んだ。

 

「ほな、高遠さん。よろしゅう頼んます」

「はいっ、金田さん。窓からで失礼します。残間君もまたねっ」

「……おやすみなさい」

 

 金田祖父がキッチリ頭を下げれば、高遠は愛想良く笑い返す。ひとつ誤解されたが、(いち)は訂正しなかった。

 マネージャーの役職が似合う風貌。人の顔色を窺う口調と眉間のシワから、頼りなさそうに見えるだろう。だが、仕事には本気で打ち込んでいる。その必死さが初対面でも伝わって来た。

 

「なんで……高遠さん、青ボンをお父さん呼びしとったんや? ハッ!! まさか、さとみを狙ろうとんのか? どないすんねん、(いち)っ」

「そんな風には見えませんでしたが……ただ、目上の残間に敬意を払っているだけでしょう」

 

 必死に仕事へ取り組む人、それが高遠へ抱いた印象であった。

 

 

 『大草原の小さな家』はGW真っ只中、企業さえも有休を消化して最大11連休にする時期。

 つまり、常連の客足が途絶える。ただでさえ、大通りから外れた立地でひっそり経営する飲食店へ新規は中々、訪れにくいモノだ。

 そんな風に思い、悠長に構えてはならない。昼もアイドルタイムも関係なく、じっくりと忙しさが続いた。

 一段落つき、(いち)は疲れて制服を脱ぐ気にもならないまま裏口へ回る。後輩・竜太(りゅうた)がつまらそうな態度で、人の原付バイクを指先で突く。怪しげな様子にビビった。

 

「先輩、美人なお姉さんがいたんですね。竜二に聞きましたっ」

「……? 何故に佐木君()が……と言うよりも……珍しく佐木君()だけですか?」

 

 竜太の説明を聞く限り、昨晩に発車した『銀流星』へ竜二(りゅうじ)一行が乗車。

 今朝方の食堂車にて、さとみが『幻想魔術団』として挨拶して回る中、金田一(きんだいち)が残間の存在に気付く。何故なら、彼はアルバムの写真で残間家と金田家の顔触れを覚えていた。

 残間は最初こそ、軽薄そうな金田一(きんだいち)へ警戒態勢。さとみを狙う不届き者のように接した。七瀬(ななせ)による自己紹介にて、ようやく受け入れられた。

 そんな自慢話を竜二からの定期連絡で聞かされ、竜太は出し抜かれた気分らしい。北海道へ遠出する為、佐木夫婦が緊急用にと携帯電話を持たせたそうだ。

 

(知らんがな……お祖母ちゃんが珍しい事すっから……それより何処まで、佐木君に知られたんだ? 親の離婚は絶対……あ~、残間とさとみさんに背氷村の事件……金田一(きんだいち)君が解決したって言ってなかったわ……)

「……先輩の口から聞きたかった……」

 

 知らぬところでの情報漏洩にウンザリすれば、竜太はボソッと呟く。ただ知れば良いというものでなく、如何にして知るか、そこも重要らしい。彼の項垂れる姿に不謹慎ながら、(いち)には可愛く見えた。

 

「……あれ? ちょっと待って下さい……。佐木君()金田一(きんだいち)君と遠出って……嫌な予感が……」

「流石、金田先輩。ここだけの話、警視庁に脅迫状が届いたんです。北海道で事件が起こるとか! 金田一(きんだいち)先輩は剣持警部から捜査協力を依頼されて、七瀬先輩と弟は着いて行ったんですっ」

 

 金田一(きんだいち)は現役刑事も認める推理力の持ち主。高校生の身でいくつも事件を解決し、先日は警視庁より非公式ながら、表彰されたという。翌日には早速、事件に関与したのか、顔が傷だらけであった。

 彼のお馬鹿な行動により、表彰は取消。傷は七瀬によるものだと今は知らない

 

「警察の捜査を……先輩のデート旅行が面白そうなので、着いてちゃった♪ みたいな言い方しないで下さいっ」

「弟の心境的に合ってますっ」

 

 好奇心旺盛の竜二はさておき、七瀬の浅はかな行動。(いち)はゲンナリである。脅迫状が絡む程の事件に自ら首を突っ込むなど、正気ではない。彼女の身に危険が及べば、斧が血に染まる想像をしてしまう。

 一気に底冷えし、立ち眩みがした。

 

「金田先輩っ、大丈夫ですか? そんなに青褪めて……あっ! ご家族が列車に乗っているんですから、心配ですよね……。すみません……無神経に……」

「……列車の終点は……死骨ヶ原湿原ホテル……」

 

 竜太に慰められ、(いち)は脅迫状の内容にゾッとする。5年前に事故があったホテルで今度は事件予告、さとみがその渦中に放り込まれている状態だ。

 何があっても、残間は命懸けで愛娘を守るだろう。逆に父が凶行に倒れれば、さとみは己の無力に嘆く。そんな姿を想像してしまい、慄きのあまり指先が震えた。

 

「……店長、電話を貸して下さいっ」

 

 (いち)は気付けば、事務所の電話を手にして警視庁の番号を押す。エリートたる明智(あけち)警視は最悪のタイミングで休暇中。念の為、銭形(ぜにがた)警部補を頼りに北海道警察へ連絡したが、出動中であった。

 当てにしていた分、(いち)の絶望は深かった。

 

「店長、帰ッテイイデスカ?」

「は!? 明日は祝日よ、夜は絶対に忙しいでしょう!! 私を見捨てないで! って言うか、休みの前夜はアナタ目当てが多いの! お給料上乗せするから、予定外の休みは取らないで! 佐木君も何か言って!」

 

 慇懃無礼な店長に珍しく縋られても、(いち)の心は動かない。クビを覚悟で帰ろうとすれば、竜太はいつものようにハンディカムで撮り続ける。そんな彼にも、彼女は文字通りに泣いて助けを求めた。

 

「……僕の部屋に泊まりますか? 先輩の家より、僕の住まいが近いですし……弟から定期連絡も来ます。店が終わるまで、一緒に待ちますし……何だったら、注文取ったりとか、食器の片付けとか……」

「佐木君、本当!? よく分かんないけど、甘えちゃいなさい!」

「……佐木君……っ、ありがとう……」

 

 見かねた竜太が親身になり、竜二への繋ぎを買って出てくれる。それだけでも十分有難いのに、店まで手伝ってくれた。

 夜ピークは店長の予想通りに繁盛。自分も厨房へ入り、見様見真似の盛り付けを行う。忙し過ぎて、カツラの感触は邪魔。けど、脱げない。竜太が注文し、料理を運んでくれる為に助かった。

 

「美味しい~。安岡さんのオススメだから、半信半疑だったけど……良かった♪」

「醍醐さんったら、失礼しちゃうわ。まあ、三夜沢先生に紹介されて……不安がったのは私も同じだけどね」

 

 美術雑誌記者の醍醐(だいご) 真紀(まき)とアートマガジン編集者の安岡(やすおか) 章子(しょうこ)は鶏のスペシャルソテーを口にし、嬉しそうに料理を称賛していた。

 そう言った客の声は聞きながら、手も動く。店内の状況も把握できる。だが、一瞬でも気を抜けば、遠くの死骨ヶ原湿原を意識してしまう。原付バイクを飛ばして、ホテルへ飛び込みたい衝動で体が疼いた。

 

「キミ……大丈夫かい? 顔色が良くない」

「え……、――はい、お客様。ご心配には及びません――」

 

 髪を一纏めにした中年男性の心配そうな声を聞き、我に返る。彼は厨房との境界線になる位置から、覗き込んでいた。

 (いち)が知らない顔の為、新規の客。普段通りに愛想よく、カツラで隠した目元も笑って見せる。厨房も見られていると自覚したお陰だろう。臓物の痙攣が落ち着いた。

 

(……カツラで顔が見えないのに……よく顔色が見えたな、この人……)

「なら、良いんだ。邪魔してゴメンね。ご馳走様っ」

「ありがとうございます!」

「ありがとうござ~ます」

 

 会計を済ませ、退店して行った男の名は「黒川(くろかわ)」。

 『怪盗紳士』へ加担する人間であり、美術系雑誌の担当編集から業界情報を得ようとしていた。この場で名乗らなかった彼については後日、本当に意外な形で知った。

 

 閉店作業を終え、退勤。

 原付バイクを2人乗り(但し1人乗り用)、交通課に見つからぬ様に細心の注意を払う。竜太の部屋に到着し、招かれた嬉しさと様々な不安が混ざり合う。(いち)は緊急事態でも、ニンマリ顔が抑えられなかった。

 一人暮らしに最適な広さ。台所以外はビデオの棚に埋め尽くされ、竜太らしい雰囲気だ。

 設置された留守番電話には竜二からの記録があり、『銀流星』の急停車騒動から死骨ヶ原湿原ホテルに至るまでの要点のみ、報告されていた。

 

「明智さんが休暇で列車に乗り合わせていたんですか?」

「良かったですね、金田先輩っ。金田一(きんだいち)先輩もいますし、百人力です。おや、まだ続きが……」

残間が旭川で降りたあ!? あんの役立だず……ゴホンッ。会社で問題が起きたのでしたら、残間の立場上……致し方ありません」

「……金田先輩、ご自分のお父さんを名字呼びしているんですね」

 

 捜査中の為に詳細は伏せられているが、事件発生は確定。しかも、肝心な時に残間は会社からの呼び出し、旭川駅で下車していた。さとみから離れた為に思わず、(いち)は口汚く罵った。

 すっと竜太のハンディカムに気付き、咳払いで誤魔化した。

 

「今から、竜二に電話してみます」

「はい……お願いします」

 

 本当に冷静な竜太は受話器を取り、竜二の携帯電話へ繋げる。(いち)には1秒、1秒が遅く感じ、逸る気持ちを落ち着かせようと正座して待った。

 

〈兄さん、遅いよ。何度も電話したのにっ〉

「金田先輩を部屋に呼んでたっ。今、2人っきり!」

佐木君()、聞こえますか?」

 

 ワンコールで応じた竜二は開口一番に文句、負けじと竜太も自慢。受話器の向こうへ聞こえる程度に声量を抑え、(いち)は叫んでみた。

 

〈金田センパイと2人っきり!? また~ボクのいない時に面白い事してぇ……あ、ちょっと待ってっ〉

「「……?」」

〈も……もしもし、いっくんなの?〉

 

 急に竜二の声が遠くなり、さとみの戸惑いに溢れた声へ代わる。耳に声が入った瞬間に体の緊張がスッと抜け、(いち)は知らずと安堵の息を吐いた。

 察しの良い竜太は気を遣い、そっと受話器を無言で渡してくれた。

 

「さとみさん……ご無事ですか?」

〈……! うん……、あたしは無事よ。……お父さんから、連絡があったの?〉

「いえ、こちらにいる佐木君()からです。大まかな事情はそちらの佐木君()からですが、……事件が起こったそうですね。何故、残間と一緒に旭川駅で降りなかったのですか?」

〈……仕事なんだから、無茶を言わないでっ。それに旭川駅の時はまだ事件になってなかったの……〉

 

 残間はただの観客、さとみはマジシャン。彼女は勝手に舞台を降りられないのは知っている。頭で理解していても、心は納得できない。心臓の血脈が塞がるような不愉快な感覚が襲ってきた。

 

「……そもそも、近宮 玲子があんな死に方した場所に……いえ、なんでもありません……」

〈え? 近宮先生って……いっくんまで……〉

 

 『幻想魔術団』の前身たる『近宮マジック団』の団長・近宮(ちかみや) 玲子(れいこ)。現在、さとみ達がいる死骨ヶ原湿原ホテルの劇場で命を落とした。

 沼から這い出たように泥だらけの本音が漏れかけ、歯を食いしばる。断片でも聞いてしまい、さとみは絶句してしまう。彼女のか細い声に後悔し、言葉を探す。受話器の向こうでガサガサ音がしても、(いち)は気にしなかった。

 

「……自分までって、やはり……剣持さん達はその事件が5年前の事故との関連性を……」

〈金田っ、俺! 金田一(きんだいち)っ〉

お呼びじゃありませんっ

〈ヒデェ~、ちょっと聞きたい事があんだよ!〉

 

 唐突に別の声が受話器から聞こえ、(いち)は反射的に本音が飛び出る。今の自分はただの姉を心配する弟、同級生に構う余裕はないのだ。

 

「今度は金田一(きんだいち)先輩?」

「……手短にお願いしますっ」

〈ちょうど、近宮 玲子がリハーサル中の事故で亡くなったって話をしていたトコなんだ。具体的にどんな事故だったんだ?〉

「……金田一(きんだいち)君、ホテルへ行く前に調べなかったのですか? 脅迫状の件を捜査しに来たと聞きましたよ」

 

 竜太の疑問に我に返り、金田一(きんだいち)への無礼を認めて聞き返した。だが、探偵の孫が探偵業してない。

 

〈……ぐぬぬ、正論。……脅迫状は列車での犯行を仄めかして、ホテルにまで気にかけなかったんだよっ〉

「……列車での犯行予告なら、走行する路線、停車する駅、終点は気にかけて下さいっ。仕方ありませんねえ、一度しか言いません。よく聞いて下さい」

 

 金田一(きんだいち)の言い訳に呆れつつ、(いち)は5年前の詳細を伝えた。

 近宮は劇場の舞台の上で発見。遺体の傍に天井裏で使われた渡し板が1枚落ちており、争った形跡もない事から警察は事故死で処理した。

 天才マジシャンが深夜に1人で天井裏へ向かい、渡し板が外れて転落死。マジシャン界の業界雑誌にもそう記載され、世界中の同業者へ瞬く間に広まった。

 

〈……成程、確かに事故だ。なんで、お前は知ってんのにっ。さとみさんは知らないんだ?〉

「近宮 玲子に憧れているからです。そんな方の最期なんて、知りたくありませんよっ。事故なら尚更ですっ」

 

 事件当時、さとみは中学生で(いち)は小学生。業界雑誌を読んでおらず、大人達の会話で知った。

 

〈……ふうん、そっか。んで……お前はあんな死に方って言ったよな。何か、不審な点でもあるのか?〉

「……その外れた渡し板に使われた釘です。全く錆びていない真新しい釘だったのですよ」

〈釘が新しいから、……なんだ?〉

「……自分が知っている事故の内容はここまでです。錆びていない釘について、七瀬さんに聞いて下さいっ」

 

 幽霊部員だろうと金田一(きんだいち)は演劇部、舞台の仕組みや安全対策の知識はあって欲しい。(いち)は残念な気持ちになり、受話器を竜太へ渡した。

 

「先輩、僕です。竜二をお願い致します」

〈は? 金田ぁ、まだ話は終わってねえの~。佐木2号、佐木1号が代われってっ〉

〈ボクも金田センパイと喋りたかったあ~〉

 

 文句をブツブツ言いながら、佐木兄弟は言葉を交わす。(いち)金田一(きんだいち)との会話で現場での事件を推察した。

 

(旭川駅に着くまで、事件は起こらず? だから……残間は旭川駅で降りられた……。けど……その前に列車を緊急停止させる自体が遭ったって言ったよなあ。ホテルに着く途中でまた騒ぎが起こって……、それらは全て5年前の事故が発端?)

「金田先輩っ。そろそろ、電話を切ります。お姉さんに伝えたい事とかありますか?」

 

 情報が曖昧過ぎて、纏まらない。悩んでいる時に竜太の声を聞き、(いち)は憶測を止めた。

 

「さとみさんに高遠さん……マネージャーさんの言う事をよく聞くように言って下さい」

「分かりました。竜二、先輩のお姉さんに……」

 

 残間が傍にいないなら、さとみを守れるのは高遠だけだ。

 この時、現場で誰が被害に遭っている等の状況を全く知らない。近宮の弟子達であり、さとみの先輩マジシャンでなく、マネージャーを信用した。東京駅で初対面に過ぎない彼は決して、新人見習いマジシャンに危害を加えないと言う強い確信があったのだ。

 

「先輩、お姉さんからです。いっくん、おやすみ~♪」

……ありがとう、佐木君

 

 竜太は表情を変えず、高い声で言付けを伝える。感謝が棒読みになったのは致し方ない。受話器を置けば、(いち)は就寝の準備。寝る時間直前の為、夕食は控えた。

 勿論、竜太は夕食タイム。

 

「先輩っ。外れた渡し板の釘が新しかったって……、十分に事件性が高いと思うんですが……警察は事故で済ませたんですか? その近宮って人が予め通る事を見越したか……誘い出した可能性もあったでしょうに……」

「ええ、その通りです。ですが、天井裏は不特定多数の方が行き来する場所です。近宮 玲子より先にホテル従業員が訪れる可能性もありました。こう言ったあらゆる可能性を捜査し、現実的な結論として警察は事故と判断したのです」

 

 流石、竜太。天井裏の渡し板に錆びていない釘を使う。その危険性を十分、理解している。

 本来、天井裏などの落下する危険がある場所では釘をわざと錆びらせ、板から抜けにくくしておく。逆に真新しい釘では人の重さが掛かった瞬間、板は外れるのだ。

 

「……でも、金田先輩みたいに不審に思う人もいるんですよね?」

「……いますよ。その証拠として、近宮 玲子が亡くなった死骨ヶ原湿原ホテルに『幻想魔術団』以外のマジシャンは誰も近寄りません……」

 

 近宮の弟子達は『近宮マジック団』の頃に全く揮わず、『幻想魔術団』を設立してからは人気上昇中の売れっ子劇団に大変身。どうして、怪しまずにいられるだろう。陰口がすぐに広がる狭い世界だ。

 疑いを持ちながらも、口は閉ざされた。

 

「そこまで怪しんでいながら、お姉さんの入団に反対しなかったんですか?」

「……さとみさんが入りたがっていたのです。近宮 玲子のような素晴らしいマジシャンになりたいと……夢と希望に満ち溢れる純粋な姉に……そんな怪しい劇団は止めなさいっ。な~んて、言えませんよ……」

 

 実際、言えるワケがなかった。

 物心付いた頃にはクレヨンよりも、マジック道具で遊びまくりの幼少期。小学校になれば、当たり前のようにマジシャンを志した。

 純粋無垢な姉に疑心暗鬼な弟の気持ちなど、言えぬ。

 

「それにっ、さとみさんはゴリラが人の形を成した新種です。何あったとしても、返り討ちですよ!」

「……目を泳がせて挙句、部屋を行ったり来たりしながら、言われてもなあ。先輩のお父さんは……」

 

 さとみとの姉弟喧嘩にいつも負け通し、心配はないと自分へ言い聞かせる。観察してくる竜太に追及された瞬間、借りた布団へ潜り込む。失礼と思いつつも、(いち)は回答拒否を態度で示した。

 

「……ふうっ、ごちそうさま。前に教えてくれた……『金田(かねだ) 正太郎(しょうたろう)』に憧れてって言うのは嘘も方便ですか?」

「違います。金田 正太郎には本当に憧れています! 健康優良不良少年を知らなければ、金田姓になろうとは思いませんでしたよっ」

 

 夕食後の竜太は食器を片付けながら、心外な質問をして来る。速攻で布団の隙間から、(いち)は本音を熱く語った。

 

「……本当、金田先輩は見ていて飽きないです。竜二の話だと……お父さんも元マジシャンだったとか、お姉さんもマジシャンなら……先輩は一緒に目指そうと思わなかったんですか?」

「……いいえ、思いません。……手ほどきは受けていましたが、興味が湧きませんでした」

 

 穏やかに微笑みながら、竜太は更に質問。(いち)は答えながら、幼い頃に残間から受けたマジックの指導が脳裏を掠める。常に厳しく、叱責された。マジシャンになる道を諦められるまで、褒められた事は一度もなかった。

 

「へえ、お姉さんは手ほどきを受けて……才能を伸ばしたと……」

「……あの人は遊んでいる内に覚えて行ったんですよ。残間は最初、愛娘をその道に行かせるつもりはありませんでした。けれども、優勢遺伝子の姉上に、マジシャンの素質があり過ぎたのです。それに伴う根性も持ち合わせています。さとみさんは一人前どころか、世界に名を馳せるでしょう」

「金田先輩、意外とシスコンですね」

……!?

 

 またも心外な言葉を聞き、(いち)は絶句。せめて、姉を立てる弟が良かった。

 

 

 翌朝の定期連絡にて、金田一(きんだいち)の危機を知る。剣持警部と長崎(ながさき)支配人含めたホテルスタッフの捜索により、無事に疲労困憊の姿で発見された。

 まだ昏睡中だが、彼の命に別状はない。そう聞けて、(いち)と竜太は一安心だ。

 

「……事件現場で1人になるなんて、危険過ぎますよ」

「……竜二が傍にいながら、全く!」

〈七瀬センパイが攫われたと思って~、ボクは剣持警部を呼びに行ってたんだよ~〉

 

 受話器向こうの竜二は言い訳しても、先輩を1人にした責任を感じている。警視庁の人間がいる為か、彼らの危機管理が成っていない証拠でもある。ただ、怒る気持ちにはならない。

 だって、危険な目に遭わされたのは姉ではない。そう安心してしまった罪悪感が勝った。

 

 竜太も己の父・連太郎(れんたろう)の仕事をアシスタントする為に出掛け、(いち)も予定通りのバイト。一度、金田家へ帰宅すれば、金田祖母から滅茶苦茶に叱られた。

 恐怖で竦みながら、お泊りの連絡をしていなかったと気付く。素直に謝ったが、現在進行形の事件を伝えるか悩む。さとみを心配するどころか、金田祖父母は卒倒する。

 これからバイトの為、傍で慰めも出来ない。黙っておこうと決めた。

 

 ――死骨ヶ原湿原ホテルの事件は高遠 遙一の逮捕によって終結。

 

 バイトから帰宅した後、衝撃の報せに愕然とした。

 速報ニュースに被害者・山神(やまがみ) 文雄(ふみお)ことジェントル山神とその妻・マーメイド夕海(ゆうみ)、ノーブル由良間(ゆらま)と3人の名が羅列されたが、犯行動機は調査中とあった。

 劇団創設メンバーのみ、それだけで勝手な憶測は成されるだろう。一先ず、さとみに手が及ばなかった為、高遠逮捕は素直にショックだ。

 

 ――高遠が近宮の隠し子であった事実は流されず、報道で知る事はない。

 

 警察の手配によって、さとみを含めた『幻想魔術団』の生き残りメンバーは翌朝に東京駅へ帰って来る。

 その報せを聞き、(いち)は金田祖父母と駅へ出発。列車の到着時刻になるまで何時間も待ち構え、さとみが『銀流星』から降りて来た。

 傷ひとつない無事な姿を見るまで、生きた心地がしなかった。

 

「「さとみ!」」

「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん! ……いっくん、来てくれたの?」

来ないワケないでしょうっ

 

 さとみは予想外の出迎えに驚き、嬉しさで目尻に涙を浮かべる。彼女が泣くなら、自分は冷静でなければ、収集が付かない。

 

「残間は……まだ会社ですか?」 

「ううん、先に世田谷の事務所で待ってるはず……。事件を知って、左近寺さんのいる劇団に……あたしを置いとけないから、脱退の手続きをするとか……。って言っても、もう3人だけじゃあ……『幻想魔術団』は実質、解散よ」

 

 この時点で、さとみは仲間の死、憧れたマジシャンの死の真相、信頼していたマネージャーの逮捕と計り知れない絶望に襲われていた。それでも、笑顔を取り繕う姿が痛々しかった。

 

「このまま、ウチに帰ったらええてっ。後は青ボンに任しいやっ」

「ダメよ。まだ桜庭さんもいるし、あたしだけ……逃げるみたいじゃない。辞めるなら、ケジメは付けないとっ」

「立派よ、さとみ……」

 

 気が気でない金田祖父母の手を握り、さとみは勇気を振り絞る。少し離れた位置に残った仲間・チャネラー桜庭(さくらば)を見付け、小走りで駆け寄って行った。

 

「「「あ~、金田! ((くん)、センパイ)」」」

げえ!? 同じ列車かよ!)

 

 別の車両から、金田一(きんだいち)達が降りて来る。しかも、こちらへ気付いた。

 絶賛、会いたくない顔触れにウンザリ。いちの意図が伝わったらしく、竜二だけは怯んだ様子を見せた。

 

「あら……、金田一(きんだいち)くんっ。も、もしかして……またアナタが事件を解決に……? なんと……お礼を言ったら……」

「ほんまやで、世間知らずのウスラトンカチやと思うとったに……。何度も孫を助けてくれて……おおきになあ……」

「いや……そんな……。……ん? ウスラトンカチ?」

「「何度も?」」

 

 金田一(きんだいち)の姿を目にした途端、金田祖父母は感謝の涙が溢れ出る。本来なら、(いち)も彼へ頭を下げる立場だ。しかし、前回を知らぬ2人に追及されたくない。感動の対面が早く終われと祈った。

 

「今回は七瀬さんも一緒だったのね。事件に巻き込まれて、怖かったでしょう。よく頑張ったわっ」

「あたしなんかより、はじめちゃんの方が大変で……今回は?」

「佐木く~ん。カニ食うて来たか?」

「いや……アハハッ」

 

 だが、最悪な事に改札口まで一緒に向かう。金田祖父母の相手は七瀬と竜二に任せ、(いち)金田一(きんだいち)と歩幅を合わせた。

 

「金田っ。こんな時になんだけどよ……近宮 玲子が亡くなった事故……釘の話は誰から聞いたんだ?」

「は? ……失礼しました。錆びた釘が板を抜けにくくするのは昔からの手法ですし、舞台に携わるなら大体の方はご存じです」

「釘をわざと腐食させるのは一般的な知識ですかって、意味で聞いたんじゃねえよ! 外れた板の釘が真新しかったって話は……警察の資料にしかない(・・・・・・・・・・)んだとっ。記事にも載せてねえし……事故当時、現場検証に立ち会ったホテルの支配人……長崎さんって人しか、そこまで詳しく知らなかったぜ」

……え? だって……」

 

 金田一(きんだいち)のノリツッコミが見事だった為、内容の理解に()間を要する。(いち)は理解した瞬間、ゾッとした。

 釘の件は周知の事実ではなかった。

 

「金田? どうしたよ……」

《間もなく……線に電車が参ります……》

 

 様々な音を他人事のように聞きながら、金田一(きんだいち)の真っ直ぐな瞳を見つめ返す。

 何事にも屈せぬ、真実を暴こうとする使命感が宿る。ルポライター、雑誌記者、刑事に近いが今は違う。この問いかけは追及と言うよりも、確認に聞こえた。

 

「父親……」

「……ああ。やっぱり、残間さんが独自に事故を調べていたんだな」

 

 血の気が引きながら、一言だけ呟く。流石は金田一(きんだいち)。先日の電話でのやり取りに加え、(いち)が事故の真相を知った方法について推理済み。

 外れているが、指摘しない。もしも、これが捜査中の質問であったならば、彼は違和感を覚えただろう。ただの確認で幸いした。

 

(近宮 玲子の子供の父親に聞いたなんて……信じてくれるだろうけど、今は言いたくない……)

 

 顔や名前も知らぬ相手。その存在を他人に語るのは、悪魔の如き素晴らしいヴァイオリンの調べを聴いた後だ。




夕海「夕海です……閲覧ありがとうございます。私は台詞があっただけ、マシなのかしら……。そうそう、最近は優勢遺伝子の事を顕性遺伝子って言うそうね。知らなかった……さて、次回は『魔術列車殺人事件を防げず‐剣持』!! 高遠……何、笑ってんのよ……」

美術雑誌記者・醍醐 真紀
怪盗紳士の殺人、ゲストキャラ。

黒川
怪盗紳士の殺人、モブキャラ

アートマガジン編集者・安岡 章子
怪盗紳士からの招待状、ゲストキャラ。
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