金田少年の生徒会日誌 作:珍明
金田夫妻が孫娘と無事の再会を果たした頃。
「銭形君、どうしましたか? 顔色が悪いですよっ」
「いえ、個人的な事ですよ。明智警視……」
すっかり顔馴染みとなった道警・
「めんどくせぇ……事件じゃないなら、後で聞いてやる。この後、時間あるか?」
「……っ、相変わらず……情に厚い人ですね。聞かれて困りませんよ、剣持警部。実は……僕宛に
「金田君が!?」
己の不甲斐無さを呪うように銭形警部補は白状した。
まさかの相手に剣持は勿論、冷静な明智警視も動揺する。驚きはしたが、『幻想魔術団』所属の見習いマジシャン・さとみの弟、姉の身を案じての連絡だろうと察した。
「……あ~、銭形警部補は知らんかもしれんが、……残間親子は
「剣持警部……僕も
あまり当事者の家族関係を暴露してはならないが、銭形警部補はキチンと把握していた。
(……そうか、残間さんは俺の名を知ってたな。銭形警部補を知らないワケねえか……)
「……銭形君。私達の協力要請を受けるまで……別件に取り掛かっていたと言いましたね。少なくとも、金田君の連絡は旭川駅に到着する前だった……」
『銀流星』で向かえた朝食、剣持は
明智警視はスッと動揺を消し、剣持が気にならない情報をボソッと呟く。『銀流星』の走行中、銭形警部補が別件で出動していても、それは刑事として当然だ。
「……つまり、まだ山神 文雄が遺体で発見されていない状態で……
「……だったら、ビデオ小僧の仕業だろう。列車ン中で兄貴と連絡を取ってたし、そこから伝わった可能性も十分にあるっ」
「……剣持君にしては鋭いですね。おそらく、金田君の情報源は佐木君でしょう。銭形君、更に確認で聞きますが……5年前の事件に関する資料を誰かに話したり、見せたりしていませんか?」
銭形警部補の指摘通り、
「まさかっ。僕が道警に配属されたのはその後です。資料を見る理由も見せる相手もいないっ」
「明智警視。彼の父親は元マジシャンですし、同業者の事故に疑問を抱いて調べたとか……?」
「……剣持君……だとしたら、残間さんがわざわざ息子にだけ告げる理由はありませんっ。それに……娘の入団も絶対に許さないでしょう」
それは銭形警部補が捜査担当をしていれば、真相に辿り着いたと言わんばかりの態度。当時の関係者を責めるワケにも行かず、彼は少々乱暴な口調となる。剣持は残間だと一瞬だけ、当たりを付ける。すぐに訂正されたが、理由に納得した。
明智警視の関心は
(高遠は……違うな。ビデオ小僧にも……知らねえっつってたし……)
「……
「いえ……金田一君から聞いた限りですが、金田君はソレを誰もが知っていると思っていたのでしょう。実際、私は知っていました。彼はつくづく、北海道の事件に縁がある子です……」
「明智警視っ、……絶対に本人の前で言わないで下さい」
「言いませんよ、銭形君。……ただ、妙に嫌な予感がするんです。金田君に纏わり付いて離さない。そんな予感が……」
「……嫌な予感……明智警視にそう言われると左近寺が浮かびますなあ。人を死に追いやっておいて……のうのうと罪から逃れて……正直、やり切れませんよ」
銭形警部補に窘められ、明智警視は不快そうな表情になる。捜査に行き詰った金田一を思わせた。
だから、剣持は咄嗟にピエロ
「……剣持警部は左近寺ですか、そっちよりも高遠 遙一の行動が気に掛かります。金田一君にトリックを見抜かれたからって、母親の仇を目の前に……
「ええ、銭形君に賛成です。高遠の取調もキミに託します。どんな些細な違和感も報告して下さい」
銭形警部補と明智警視は同じ意見だが、剣持はそこまで高遠を警戒しない。母親の遺品であるトリックノートを取り返し、「満足です」と言い放ったのは本音だ。
長年、培われた刑事の勘が告げた。
そんな高遠が留置場から、左近寺へ危害を加えるはずはない。そう信じた。
○●……――『地獄の傀儡師』たる高遠 遙一はお行儀良く手錠を掛けられ、拘留中。待ち侘びた相手は硝子の向こう側へ現れ、礼儀正しく椅子へ座っていた。
「残間さんっ。起訴も始まっていないのに……こんなに早く会えるなんてっ」
「……白々しいな、高遠さん。まあ、良いさ。私も……貴方に会いたかった」
遙一が逮捕前同様にオドオドした態度を見せれば、青完は困ったように笑う。タートルネックを指先で整え、改めて会釈した。
日数を考えれば、本来は面会されない時期だろう。遙一が取り調べにて、青完との再会を望むように振る舞った結果だ。それを彼に見抜かれて寧ろ、童心に返ったように胸が躍った。
「事件の当事者、警察の方々からも話を聞いた。玲子さんの息子さんだそうだが……私にとって、貴方は今もマネージャーである印象が抜けないんだ。これまで通りの接し方しか、出来ない」
「……いえ、残間さんが信じてくれるだけで十分です」
視線を外さず、青完は詫びる。黒目の大きな瞳にも言葉通りの感情が帯びている。誰もが遙一を事件前と違う目で見る中、彼は変わらぬ。
それは相手が遙一であるが故にだ。
青完の途中下車は本当に残念無念。卑しき山神達へ仕掛けた「死のショー」にして、一世一代の大魔術を是非、彼へ披露し尽くしたかった。
――他でもないアナタに! この高遠 遙一のマジックを認めてもらいたかった!!
「ひとつ……謝らせて欲しい。貴方が大変な事情を抱えている時、個人的な頼み事をしてしまい……申し訳なかった」
「……!? 謝るのは私の方ですよ。大切なお嬢さんを事件に巻き込んだんですからっ」
青完の元妻・
「いいやっ。さとみが劇団へ入団すると決めた日から、必ず……何か起こると分かっていた。私も玲子さんの死に疑問を抱いていたのに……何の対策も取らず、あの子を……夢も希望もない連中へ任せてしまったんだっ」
「残間さんも近宮 玲子の死を不審に思っていたんですね。それなのに……アイツらといる僕を信頼してくれたっ」
「貴方以外、誰を信頼しろと言うのか……」
「お父さん……」
瞬きせず、青完は懺悔のように呻く。憤りを抑え込んだ静かな声にぞわっと鳥肌が立つ。思わず、慰めたくて、遙一は硝子板に手を伸ばした。
ほとんど無意識に青完は硝子板へ手を這わせる。触れられない現状がもどかしかった。
「桜庭さんを信じなかったのは正解だよ。関与していなかったとは言え、5年前の真実を知りながらも黙っていたんだからねっ。本当に……なんて事だ」
「……? お父さん……、アナタは知らなかったのですか?」
眉ひとつ動かさず、青完は口調だけで
「……ああ、外れた渡し板に使われた釘が……真新しかったなんて。ここまで付き添ってくれた銭形さんに聞くまで知らなかった……」
「……ですが……っ」
咄嗟に口走りかけ、噤む。
遙一も釘の件について、山神達の会話を盗み聞いた程度。
明智警視と金田一達のやり取りから、警察の資料にしかない事実も確認済み。では、青完の息子は何故、知っていたか疑問となる。てっきり、目の前の彼が独自に調査して得た情報だと思っていた。
或いは
「ですが? ……どうしたね?」
「……僕が近宮 玲子の息子だと知って、アナタは驚いているように見えません。皆さんは大なり小なり、驚いてくれました。何故ですか?」
すぐに優先順位の低い質問へ切り替える。寧ろ、どうでもよい部類だ。出自について、青完を驚かせたかったワケでない。
「ああ……そうだ。思い出せてくれてありがとう。……私はこれを見せたかったんだ。エコー写真をコピーした物だ」
「……エコー写真? ……つまり、お子さんが奥様のお腹にいた時の?」
青完はすっと懐に忍ばせた封筒から、ラミネート加工したコピー用紙を見せられる。エコー写真は初めて見た為に教えられなければ、レントゲン写真と誤解した。
「これは高遠さんだよ。……多分、ここかな?」
「……え!? あ、これ……僕の!?」
当たり前のように言われ、動揺した遙一は素っ頓狂な声が出る。青完も見えにくいらしく、目を凝らす。彼の指先で小さな点を指差され、妙な心地だ。
自分自身が人の形を成す前、それを目にして言葉にならない。
「正確には高遠さんだと思う。玲子さんの子供だと言われて、渡された。要するに……子供の存在を知ってたんだよ。見ての通り、初期だからね。性別は分からなかったが……」
「この写真は……まさか、母から……」
「いや、……彼がくれたんだ。……玲子さんとどんな関係だったか、知らんがな……」
「……幼馴染の方が?」
青完の懐かしむ表情や言動、エコー写真。一度に様々な情報を得たが、遙一はこれまでない程に納得した。
幼い頃から感じていた――自分は
(その幼馴染こそ、本当の……)
「これを貰った時、玲子さんはついに処女受胎を果したと思って……拝んでしまったよ」
胸中で結論に達しかけた瞬間、青完の何気ない発言に全ての思考が吹っ飛ぶ。彼の近宮に対する感情を初めて知った。
遙一の隣に控えた係の人も思わず、硬直した。
「そうそう、ちょうど……彼も高遠さんみたいに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたもんだ。そんなワケねえだろって呆れられた……笑いながらね」
「アナタは近宮 玲子を……母を愛していたのでは?」
クスクスッと笑い、青完は封筒にそれを戻す。大切に扱う様子から、信仰や崇拝とは違う。遙一は知らずと
「……魅かれていたよ。近宮 玲子は世界一の天才マジシャン、愛さない理由はないっ」
「……っ」
愁いを帯びた瞳はそっと瞼で伏せられ、青完はタートルネック越しに首筋を押さえる。その仕草ひとつひとつに深い愛を感じた。
友愛、親愛、敬愛。まごう事なき、純愛。青完の愛を受けた母が初めて、羨ましく思う。
「時間です」
無情にも係の人が面会時間終了を告げる。遙一側の戸が開き、名残惜しい気分のまま大人しく下がった。
「これは差し入れておくよ。またね、高遠さん」
「はい、お父さんっ」
戸が閉まる直前まで、微笑んだ青完は座る。上手く笑えていただろうか、遙一は自身の表情が気になった。
エコー写真のコピーは約束通り、差し入れされる。看守の指示がない空き時間はただ、それを眺めた。
(……青完さんは母を愛していた……。だから、「彼」は妊娠を教え……近宮 玲子を諦めさせようとした? 高遠の父は母を愛していたのは間違いないが……「彼」は? いや、母も警戒心の強い方だ。どんな目的で近付いて来たか……分かるはず。けれども……この仮説が正しいなら、青完さんと金田 にいみとの結婚を許す理由は? 子供? ……娘だとしても、イマイチしっくり来ないな……)
幼馴染の友情を超えた青完への愛。近宮への嫉妬心。行動原理の矛盾。考えを纏めようとすればする程、掴みかけた「彼」の人物像は砂のように手から零れ落ちていく。不愉快さに溜息を吐いた。
〝弟は今月、誕生日なのよ〟
父親に瓜二つのさとみを思い返す中、三眼目の息子が強く存在を主張して来た。
(……目的は息子……)
パズルのピースがカチッと当てはまり、胸の疼きが少しだけ晴れる。まるで「彼」の思考が読めたような愉快な気分だ。
最初はその存在に対し、純粋に驚いた。
愛娘を溺愛する親馬鹿に息子のいる気配なし、駅での言動も父子は他人行儀。失踪中の妻さえも想う残間にしては、息子との確執は意外だ。
同級生達から金田姓と聞けば、母親に引き取られた身と分かる。おそらく、横浜での暮らしも一緒だろう。事件捜査を優先し、誰もさとみへ両親の離婚について触れなかった。
(
『地獄の傀儡師』のショーを台無しにした名探偵は当然ながら、また高校生を相手に胸が高鳴る。しかも、金田一と同じ字面に運命を感じた。
――会いたい。会って話したい。
東京駅で簡単な挨拶しかしておらず、会える見込みはないだろう。かと言って、こちらから手紙を送るのは時期尚早。今はただ大人しく、『炎の鉄槌』が下されるのを待つのみ。
繋がりと呼ぶべき残間親子がいる。機会は必ず、訪れると絶対的な確信があった。
――1ヶ月過ぎた暑い日、願いは叶った。
左近寺「どうも、閲覧ありがとうございます♪ いやあ、大変な事件でしたね。俺も心が痛い痛い……なーに、その可哀想なヤツを見る目は? 事件は終わったんだぜ。笑いなよ♪ さて、次回は『次いで墓場島殺人事件』へ!! あの探偵気取りの坊や、また事件に関わっちゃうの? ごくろーさん♪」
残間 青完
穴埋めオリキャラ。姉弟の父親、元マジシャン。近宮を愛し、若かりし頃は妊娠を知るや「処女受胎に決まってんじゃん、相手など存在しない(意訳)」と崇め奉った狂信的部類のファン。その様子を見た幼馴染は「ダメだコイツ、早く何とかしないと(意訳)」とドン引きした。
3児の父親である剣持の目から見ても、父子の不仲を感じ取れる。